Over The Another Sky   作:あるぷす

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15話目

 地獄(ヘル)と云えば、どの様な風景を想像するだろうか? 

答えは在って無いと云っていいだろう。実際に直接見た者はいないのだから、あくまで想像の範囲でヒトそれぞれが表現するしかないのだと私は考える。そして、私が考える地獄とはまさに眼前に広がる風景だと云えるだろう。

 幾つもの屍の山を築き。屍から漏れ出した数多の血は混ざりあい大地に残る残火によって熱せられ何度も小さく弾け飛ぶ。焼け爛れ異臭を放つ肉の匂いが混じりまるで別世界を作り出している。ああ、これを地獄と呼ばずになんと呼称すればいい。

私が知る静かで穏やかで豊かな緑は姿を消し、憎しみ、悲しみが支配する、命に対する尊厳など塵くずの異界へと豹変させた仲間をなんと呼べばいい? 

 ああ、確か彼はあのように呼ばれていた。二振りの(けん)を扱う氷炎の鬼神と……。その氷の刃は何を閉じ込めた? その炎の刃は何を燃やしている? その歪に笑う表情(かお)は何を見据えているのだ。

 

 ああ、ここは地獄だ…………。

 

 暖かな昼下がり事務所の机で向かいのお客様から発せられた言葉を流れるように用紙に落とし込む。本日は自身で云うのもアレだが、空の郵便配達人(スカイ・メッセンジャー)としての仕事を全うしている。

お客様の想いを代筆し、その内容に見合った封筒を選択。そして空を経由し郵送する。

 このハウゼン公国において読み書きが完全にできるヒトは限られていると思っている。主要都市などでは教育機関が整備されている為、読み書きができるヒトが多い。だが、地方に行くとその限りではない。地方には教育機関がある都市の方が少ない。そして、代筆を頼むヒトは中年から高齢のヒトが大半だったりする。主要都市で勉学に励む子供らに手紙を送る為だ。個人で営んでいる空の郵便配達人に依頼するよりは国際郵便団に依頼する方が安価だが、如何せん手紙が届いたのかが判らない。必ず届くという保証も少なくない。

 

「……確かにお預かりいたしました。このお手紙は必ずご子息様にお届けします」

 

 手紙を封筒に入れ蝋印を押す。

わざわざ、この風車街(ヴィントミューレ)まで来てくれた夫婦を入口までお見送りし頭を深々下げる。毎回思うことがある。先ほどの笑顔でお帰りになった夫婦のような方々の手紙を届ける。ただ単に手紙を届ける。この行為には目に見えない何かがあるのだと。きっと言葉にならない素敵な何かが……。

 

「ルーナ! ちょっと配達に行ってくる。留守番よろしくな」

 

 惰眠を貪っているであろう友人に声を張り上げて伝える。決して返答は帰っては来ないが聞こえてはいるだろう。そんなことを考えながら崖に沿って建築された長屋に入り空路用小型艇(ツークフォーゲル)に乗り込みエンジンをかける。ほどなくして、空路用小型艇はその蒼穹を泳いでいく。暖かな日差しを全身に浴び柔らかな風を纏いながら。

 

 ああ、ここは楽園だ…………。

 

 夫婦の手紙の配達を終え、風車街の事務所に戻ってきたのは日が水平線に沈み闇の帳の幕がかなり降り始めて来た時だった。手紙の配達だけならそう時間はかからない。だが、こんな時間までかかってしまったというと以前、ルーナの干し肉をダメにしてしまった謝罪を込めてお土産を選んでいたためだ。

 

「さてと、今日の夕食どうしようか……」

 

 事務所を視界に収め夕食の献立を考えているとふと違和感を覚える。

 

「うん? 灯りがついてる? 煙突から煙が……って火事じゃね。おま、やばいって!」

 

 以前、ルーナの火息(いびき)でボヤ騒ぎが起きてしまったことがある。ルーナは火息(いびき)ではないと憤怒していたが結構な大事になった。

空路用小型艇の両翼をたたみアクセルグリップを限界まで回し音を置き去りにして刹那の内に事務所にたどり着いた。本来なら長屋に空路用小型艇を格納するのだが、そんなことをしている状況ではない。空路用小型艇を地表10メールほどで浮遊機構を起動させたままで停止させ飛び降り事務所のドアを殴り開けた。

 

「あ、いらっしゃいませ……って違いました。ごめんなさい。おかえりなさい二代目さん」

 

 事務所のドアを開け、眼前に現れた少女に一瞬面を喰らってしまう。火事場泥棒かと勘繰ってしまうが若干気の弱そうな修道服を着た少女見るにそれはないだろうと一蹴りする。「君は一体……」と声をかけようとした瞬間、奥から別の見知った女性が出てくる。

 

「ユリエス。こんばんは。お仕事ご苦労様です」

 

 淡い着物に若干着くずした若草色の長羽織。特徴的な長い耳。ああ、この柔らかく笑う女性ならよく知っている現クリスタル協会、法王スィーリア・フィル・ローレライ。俺に仕事を依頼している雇い主になる人物だ。

 事務所が火事だと思い込み飛び込んだら、修道服の美少女と和服の美女に出迎えられる。今までの人生でこんな経験はなった。だから、状況を理解し行動を起こすまでに少しばかり時間を必要としてしまった。そして、少しばかりの時間に滑り込むかのように修道服を纏った黒髪の美少女に背中を押される。法王と少女はまるで、自身の住んでいる場所のようにスムーズに足を進めダイニングへと俺の背中を押していく。

 法王に促されるようにダイニングテーブルに座る。自分の自宅なのに違和感があるのはきっと目の前に座るヒトたちが原因だとはっきりしているのは確かだった。

 

 「ヴィルザルド殿…邪魔をして済まないな」

 

 まず、言葉を零したのはロズファルアと云う神殿騎士だった。深紅の瞳を伴った切れ長の目は少し申し訳なさそうにしていたのが見て取れた。

 次に言葉を零したのは、妖艶な微笑みを零すエーデルワイスと云う名の女性だった。情報屋の女性であり若干ストーカー気質があると思えてしまう人物だった。自身のことをあまり答えないのだが、こちらのことを根掘り葉掘り素人する人物。

 

 「ごきげんよう、ユリエス。今宵はよい夜になりそうですわね」

 

 「……どうしてここにいるのかは聞かない。が、まぁ、ゆっくりしていくといい」

 

 どのような理由があれ、せっかく遥々東の果てまで来てくれたのだ無下にはできない。

 ダイニングテーブルに座り挨拶を交わしていると法王がお茶を入れてきてくれた。さすがにお客様にそんなことをさせるわけにはいかないと席を立とうとするが、ロズファルアに止められてしまう。

 

 「ヴィルザルド殿、彼女のスィーリアの好きにさせてはいただけないだろうか?」

 

 台所で修道服の少女、ユナと云う名の少女と共に楽しげに料理をしている姿を見ると、そういう側面も持っているのだなと少し微笑みを零してしまいたくなってしまった。

 

「へぇ、肉じゃがかぁ。何年振りだろ……」

 

食卓に並べられた懐かしく優しい匂いを発している料理に対して言葉が無意識に零れてしまう。

 

「あら、ユリエス? 今の発言は貰いましたわよ」

 

その発言をした妖艶の女性に料理から視線を向けるとまるで悪魔のような表情でニコニコと笑っていた。

 

「─────」

 

 迂闊だった。安易に言葉を濁してもエーデルワイスには看破されるだろう。それに、法王や守護騎士の表情も変わる。俺が、答えあぐねていると一瞬のうちに視界が真っ暗になった。

 

「このたわけ。何故、起こしに来んのだ、馬鹿者め」

 

 視界が真っ暗で何もわからないはずだが、俺はそれを正確に剥がした。そして、視界いっぱいに入り込んだのは白饅頭(ルーナ)だった。

 

「ああ、なんだ。女狐も来ていたのか? せっかくの料理が台無しだ。さっさと帰ると良い」

 

「あら、ごきげんよう。竜神皇女様がそんな自堕落でよいのかしら? 貴女が民に反逆され天竜族(アオローラ・ドラッヘ)の最後の皇女にならないよ毎日お祈りをした方がよいのかしら?」

 

 そのような会話が飛び交う食卓で、あわあわ慌てるもの。興味を示さないもの。ニコニコと静観しているもの様々な空間だった。二人は、いや正確には一匹と一人。水と油と関係だと云えばいいかもしれない。何方かが悪いことをしてしまったと云うことは無かった。互いに顔を合わせた途端にこのような関係になった。

 

 「(ああ、頭痛が痛い……)」

 

 徐々にヒートアップする一匹と一人を横目に食事を開始する。

 

「うん。とっても、おいしいです。優しい味がします」

 

一口、二口と口に運び咀嚼して感想を料理を作ってくれた二人に伝える。

 

 頬を赤く染め上げて笑顔で「ありがとうございます」と反応してくれる修道女と「それは、よかったです」と冷静に答えながらも嬉しさを隠せていない法王がいた。

 

「…それで、わざわざ此方に出向かれたのでしょうか? 依頼の件でしたら一報を下さったらお伺いしましましたのに。何か此方に来られる理由でもありましたか?」

 

「そうね、ゼレランド魔鉱都市では、こちらからの一方的な依頼の仕方だったでしょう。仮にも危険な依頼ですものしっかりと時間を設けて納得のいくまで話し合うのが普通だと思ったからね。それに、ユリエス、貴方の住む場所がどんな風景か気になったでは、理由にならないかしら?」

 

 数多くの懐かしさを感じさせる料理が出され、箸を進める中でまたもや無意識に言葉が零れる。

 

「ス、スィーリア様は……、いえ、何でもありません」

 

自身でも何を彼女に云おうとしていたのか判らない。賑やかさにかき消された言葉だ。だから、そう、きっと大した事では無いはずだと和気あいあいとした食事時間へと意識を向けた。

 

 その日、その夜、夜空は食卓の賑やかさを引き継いだかのように和気あいあいとしていた。どの星々も自分が一番星だと主張するかのように光り輝いていた。この光が何光年前の輝きだと判明しているのに、今この瞬間に輝いていると思えてしまうほどに。

 

「星を観るのが好きなの?」

 

「……どうですかね」

 

 事務所の屋根に座り星の舞踏会を観ていた俺の隣に立ち、彼女は親しみやすい笑顔を伴いながら話しかけてくる。何方ともとることのできない、不出来な返答に笑かな表情を変えず彼女は腰を下ろした。

 

「でも、少なくとも長時間ただただ星を観続ける行為は好きでないと出来ないと思うわよ」

 

「そう……ですね。きっと何も変わらないから好きなんだと思います。偽物なんてない。何処にいても、ど幾ら時を隔てようとも、それは真実で美しくて、時に残酷なんだと」

 

 先代とのワンシーンが脳内にリフレインする。

 

「うふふ、偽物なんてないか。素敵ね。クリスタル協会の法王にはね、歴代法王の記憶が継承されるの。幾千、幾万と生きた法王の記憶(れきし)がね。時々不安になるのよ今の私は本当の私なのかって」

 

 少し、ほんの少しだが悲しそうな表情が見て取れた。

 

 自分とはどこから来るのだろうか。

それまで歩んで来た経験が、自己を形成する要因だと考えることがある。経験したことのない経験が彼女には幾万とあるのだろう。記憶が、経験が彼女を疑っているのだろう。本当の、本物の法王はお前なのかと。

 星へと手を伸ばし立ち上がり。彼女、スィーリア・フィル・ローレライを正面に見据える。

 

「俺は、二代目ユリエス・ヴィルザルド。仕事は、空の郵便配達人(スカイ・メッセンジャー)。好きなことは天体観測と空を飛ぶこと、音楽を聴くこと。好きな食べ物は甘い菓子。よろしくな。スィーリア」

 

 彼女に手を伸ばし握手を求める。

先代が俺してくれたように、牧師(せんせい)が俺を救ってくれたように俺も彼女を助けたいと思った。もし、手を拒まれたのなら強引にでも俺からその手を握ってやる。それぐらいの覚悟なんて遠の昔からできている。

 

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