千客万来とはこのことを云うのだろうか。小高い丘の上にあるユリエス・ヴィルザルドの事務所は珍しくも数人のお客様が二代目を訪ねていた。
「…はい。確かにお預かりしました。お届けは、そうですね明日の午後にはお届けしますね」
卓上カレンダーを見てお客さんに返答し小包をお預かりし宛先の記入したタブを張り付ける。
「ユナちゃん。これ運んでもらえる?」
「はい! もちろんなのですよ」
修道服からメイド服に着替えた黒髪の少女に荷物を手渡し運んでもらう。精霊人、スィーリア・フィル・ローレライの付き人の少女。ルーナに彼女の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
そんな出来もしないことをふと考えていると事務所のドアについている鈴が鳴り、お客さんの到来を告げる。
「やぁ、ユリエス君久しぶりだね」
「ええ、お久しぶりです。クロードさん。お元気そうですね」
受付机の前に以前にであった若草色の髪の男性がにこやかな笑顔で立っていた。椅子から腰を上げ、彼と握手をする。彼とは二か月振りだろうか。それくらいの月日は経過していた。
「クロードさんはいつ、この
「一一四日ほど前になるね」
「一一四日というと、アレですかね。昨日のはばっちり見られましたかね」
「勿論、見学させてもらったよ。騎士に善戦していたじゃないか。ただ、どうして君はあの模擬戦闘であの鎖を使用しなかったんだい。否、どうして最後の騎士の技を防ぐ為にしか使用しなかったのかな?」
「───使用する理由がなかったからだという返答で納得して頂けますか?」
「…………」
返答を聞いたクロードさんとの間に少しの静寂が訪れる。
そんな静寂を塗り潰すかの様に元気な声が響き渡った。
「ユリエスさん! お荷物置いてきました。あっ、お客様…」
「…すまないユリエス君。また、そう…また、明日話がしたい……」
元気な声を聴いたクロードという名の青年はそう、言葉を零した後踵を返し事務所から姿を消した。
「あの、ユリエスさん……」
ユナという少女が申し訳なさそうに言葉を零す。
「あの人の
少女を見て、思う。この少女はとても人の機微に聡いと。
若干堅い椅子にもたれ掛りゆったりと大きく深呼吸をする。
冷たく静かに目の前に佇む入口のドアに視線を向ける。
◆
ゆったり、静かに宿泊施設に歩みを進める。舗装されいない茶褐色と緑の絨毯が栄える道を進むと途中から舗装された石畳の道につながる。
その石畳の道を進んでいくと自分が宿泊している宿屋に到着する。
「あ、クロードさん! お帰りなさい。二代目さんとはお会いすることが出来ました?」
宿屋の前で清掃作業に従事していた少女が声をかけてくる。亜麻色の髪にそばかすの似合う笑顔がまぶしい少女が水の入った桶を両手に持ち近寄ってきた。
「ああ、ニアと親父さんが教えてくれたからちゃんとあって話が出来たよ」
「会えたんですね。よかったです! 二代目さんいつもふらふらしてて忙しそうだから。昨日教えたのはいいけどあの丘の事務所に居なかったらどうしょうって思ってたんです」
目の前の少女はコロコロと表情が変わる。どのくらいの年だろうか10歳ぐらいだろうか。そうだとするならば……
「クロードさん! どうしました? あっお腹が空いたんですね。もう昼頃ですもんね! 今準備しますね。おとうちゃーん。クロードさんお腹すいたってぇ」
元気な声を張り上げ、宿屋の入口のドアを蹴破らんほどの力で宿屋に突入する少女の姿を目で追う。
元気なことは良いことだと思うが、元気すぎるのも考え物だと思う。
「それで! どうでした
二人分の軽食を運んできたニアが自分と同じテーブルに座り話しかけてくる。
「ああ、穏かでいい街だと思う。風が、そう風がとても心地よいね。」
「えへへ。そうですよね。私もそう思います」
本当に笑顔が眩しい少女だ。食事を口いっぱいに頬張る。
「ほら、ニア。もっとゆっくり食べろ。食べかすがついてるぞ」
左の口元にパンくずを摘まむ。
「えっ、あ、あの、えっと、ありがとうです」
頬を真っ赤にして、感謝の言葉を伝えてくれるが語尾が小さくなっていた。
「おい、
言葉の方に視線を向けると筋骨隆々の隻眼の男性がこちらを睨みつけている。左目は黒の眼帯で覆われているが古傷が眼帯を超えていた。
「───そんなつもりではないですよ。看板娘ですからね。夜道で闇討ちなんてされたくありませんし、それに……し続けなければいけないことがありますから」
「そうか……。ほら、追加分だ」
リンゴを薄い小麦粉生地で包んだ焼き菓子が白いさらに載せられ目の前に置かれる、注文していない焼き菓子に困惑しているとニアは遠慮なく手を伸ばし頬張った。
「看板娘のニアと楽しく話をしていたからな、これぐらいは安いもんだ。それにコレもな」
筋骨隆々の隻眼の男性。ヴァンが椅子に思いっきり座り、片手に持っていたエールを豪快に口に運んだ。
このエールも自分は支払うらしい。
「あー。おとうちゃん。昼間からお酒はダメって云ってるのに。まだ、お客さんいるんだよ!」
「数杯ぐらい構わんだろ。よっても仕事はできるからな。ハハハ…」
頬を膨らませて怒ってますという仕草をするニアを横目にエールを仰ぐ自由奔放な親父さん。うちのギルド長に若干似た雰囲気を纏っていた。
「じゃあ、私もジュース飲むんだから!」
少女が活き良いよく席を立ち、厨房に駆け込んでいく。
おそらく、持ってくるであろうジュースも自分が支払うことになるであろう未来が予見できる。
「さてと、ニアがいなくなったところで話をしようじゃないかクロードさんよ。二代目と会ったんだろう。それにしちゃあ、苦瓜を口にしたような
「───この街にはお節介なヒトが多いようだ」
「ハハハ、違いねぇ。アイツの影響かもしれねぇなぁ」
「ユリエス君ですね。──いったい彼は何者ですか……」
「二代目だろ。それ以上でもそれ以下でもねぇなぁ……そうさな。もう五年ぐらい前かこの風車街に現れたのは。当時は気味悪がれたもんだぜ。漆黒よりも深い、深淵の黒の髪、こっちを見透かすような黒い瞳。先代の爺だけが、アイツを受け入れた。あとはアイツの実力でこの街は丸め込まれたのさ」
露店では、食事や生活必需品、水浄石や炎華石などが売られている。夕暮れにあると街燈の柱の側面に彫り込まれた土殻石ラインに役所の職員であろう人物に魔力が籠められ街燈の灯りを司る炎華石と混ざり暖かな灯りを生み出す。
大陸の最端にある街とは思えない景色であった。
◆
奔っていた。怨嗟の炎から逃げるように奔っていた。これは
後方から側面から炎が迫る。幻聴が聞こえる。助けてくれと。痛いと。熱いと。死にたくないと。不安、恐怖に駆られ幼子が母を父を探す声。大切なわが子を探す声。敵を屠ろうとする声。様々な音が背に圧し掛かり歩みが鈍くなる。それでも逃げる。暗闇をどこまでも奔り逃げる。
後方から音が聞こえなくなる。だが、醒めることはない。
「ねぇ…おにいちゃん…どうしてたすけてくれなかったの? どうして、おにいちゃんだけいきてるの?」
奔るのに夢中で手元には意識がいかなかった。そこから覗いていいたのは……
ベッドから飛び起きるように覚醒した。全身に汗が流れ肌着が体に引っ付き不快感を覚えさせた。
「ここまで、酷いのは…久しぶりだな」
窓から差し込む光の暖かさがあるはずなのに、自分は暗いくらい闇の水底にいる感覚だった。
水浄石によって清められた水で洗顔を行い、暗い気持ちを洗い流し自身に大丈夫だと云いつけながら仮面をかぶる。
「あっ、クロードさん! おはようございます。朝ごはん出来ていますよ」
2階にある宿泊室から1階の食堂に降りるとニアが元気な声で話しかけてきたため、返事をする。
「今日で、クロードさんの街に戻られるんですよね。少し寂しいです……」
宿泊用の手荷物を見てニアは少し寂しそうに言葉を零す。そんな寂しそうな様子に後ろ髪をひかれる。
「ニア。数日間だったけど有り難う。これを受け取ってくれないか? 僕の街で作られた
「有り難うございます。大切にします!」
「おう、クロード。そんないいもん娘にくれて、ありがとうな」
奥からニアの父親のヴァンが声かをかけてくる。
そんな高級なものでないから、気にすることはないと伝えるも、そんなのは関係ないさとヴァンはにこやかに笑うニアの姿を見ながら返答する。
「クロードの街はたしか……」
「ハウゼン公国領の副都市、ルクセンブルグだったよな」
ハウゼン公国領には主要都市として、いわば首都となるアクセンブルグと副都市のルクセンブルグの街がある。
アクセンブルグには王城やハウゼン公国領が所有する飛空艇の発着場、飛竜騎士や公国騎士の詰め所などが存在している。いわば政の中心都市だ。
ハウゼン公国領の主都アクセンブルグから馬車で5日ほどの場所に副都市のルクセンブルグが位置している。ルクセンブルグの周囲には首都よりも広大な農場が広がり公国領に流通している食料の3割近くを供給している。また、冒険者協会本部が設置さているのもルクセンブルクになる。
「では、ニア、ヴァンさんお世話になりました」
朝食を終え、彼らに別れの挨拶をする。
別れ惜しそうにしている少女とまたな。と気さくに笑顔の男性を背に昨日と同じ道を歩む。
目指すは、小高い丘にある空の郵便配達人の事務所。昨日と違いしっかりと仮面をつける。
いつもと同じように、笑顔を作り彼に接触する。
彼に依頼する内容は、ルクセンブルクの街から少し離れた廃墟村に住み着いた魔物の掃討。この季節に空に浮かぶ浮島の魔力に充てられ活性化する魔物たちの殲滅。
魔物の活性化と氾濫の凡その時期はすぐそこまで迫っている。
例年までの状況だと彼、二代目ユリエス・ヴィルザルドに依頼することまででない。しかし、今年は彼に出会い。依頼をしてみたくなった。
正直なところ、自分自身の中で明確な理由があったわけではない。
そう、ただ。何かが変わるのではないかと思えてしまったのだ。