厚い雲に覆われ、見たことのない理解出来ないヒト達が家族の待つ家路に急ぐ。そんな中、俺はたった一人
「のう、坊主。こんな雨の中何を独りでしておるのだ?」
映し鏡やレンガ達が水の弾ける音を奏る中、近くの演奏会を何処か遠くに聞いていた俺に声をかける一対の角を生やした老人が一人いた。それが、先代ユリエス・ヴィルザルド。
「ふむふむ。それは難儀じゃのう。お主さへ良ければうちにこんか? 幸い儂も独り身でのう。部屋ばかり余って困ってるんじゃ……」
とても、不思議な老人であった。とても柔らかい雰囲気を持つ人物で何より、その雨の中でもそれを打ち消すかのような笑い皺が印象的だった。そして、その笑い皺に導かれるようにこの双月の世界。アゼンバルドに根を下ろすことになった。
◆
日の出を告げる鳥たちが息を潜む中、羽毛の籠の中で休んでいる
「うっ、やっぱ、この季節でも朝は冷えるなぁ…」
「さぁ、バリバリ働きますか!」
人生、何が起ころうともなんとかなる。
名も知らない誰かが云った言葉だ。今までは、気にも留めなかった言葉。だが、今になって、ああなるほどと理解してしまった自分がいた。
「おーい! 二代目、そろそろ切り上げるぞぉ」
首元にかけたタオルで額の汗を拭っている最中に俺に声をかけて来たのは、
どんなファンタジー小説の登場人物だ。と突っ込みたくなるがこれが現実だった。
あの日、飛空艇アスラエールを降りてから二か月が経過していた。今現在俺がいるのは、
朝の農作業を終え自宅に戻り、朝食を作りを開始しルーナを起こす。そして午前中には掃除に洗濯などの家事全般をすべてを終える。
えっ? 本来の仕事
飛空艇の発掘、技術の発展と共に個人で営業する空の郵便配達人の数は減少の一途をたどっている。公国飛空艇オドワールが領内交易などを一気に引き受けいる為だ。
現在公国領には、公都に王都、帝国、クリスタル教会への国交用に一艇づつ。副公都に国内用に一艇、そしてオドワールが配備されている。
◆
煤汚れたレンガ造りの釜戸に向かい、朝食の準備を開始する。
釜戸の内部には灰が敷き詰められ小さい
火力の調整は、炎華石を随時追加するか、新たな薪をくべて行う。
レンガ造りの釜戸の中で活き良いよく上がる炎の上に鉄網を被る。そしてフライパンを置き、油を引く。そしてフライパンの中に谷豚の肉を厚く切ったモノを焼く。次に今朝貰ってきた野菜を
食事をテーブルに準備し、寝室に彼女を起こしにゆく。
俺が使用しているベッドの横に羽毛の籠の中で休んでいるのは先代ユリエス・ヴィルザルドの古くからの同居人だと云う。いったい何時から住んでいるのかと先代に聞いたことがあったが、先代もよく覚えてはいなかった。知らない内にベッドで寝ていたから、一緒に住むことにしたのだと。
「おーい。ルーナ、朝だぁ。頼むから起きてくれぇ。家事が終わらん」
「………………」
判っていたが返答はない。立派な耳がついているというのに、俺の声は全く届いていない。
仕方がないので、何時ものように台所から持ってきたフライパンとおたまをぶつけ合い大きな音を作り出す。
「………………」
やはり、起きない。まぁ、いつものことだ。どんな音を立てようとも起きやしない。スヤスヤと心地よい寝息を立てて丸くなっている巨大な白饅頭。
「結局、この方法かぁ。あんまり、寝室に食事を持って来たくないんだけどなぁ」
籠の中で丸くなっている巨大な白饅頭を起こす方法はただ一つ。食事の匂いを嗅がせること。そうすることで彼女は一発で起きる。
「ほーれ、
「………ふぁあああ」
彼女の可愛らしい欠伸とともに、一対の白銀の翼が大きく広げられる。そして、
「ふむ、今日はさんどいっちと云う奴じゃな。うむうむ、いい匂いじゃな。さすがは二代目じゃ」
ふよふよと宙に浮く、彼女と共にリビングに向かい朝食を開始する。椅子に座り手を合わせ、頂きますと言葉を零すと
食事内容によってはヒト型になり器用にスプーンやフォークを使用する。
「…二代目……」
「……ちょっと、待ってくれ。今温めてくるから」
そう言葉を零し、台所に向かう。そして、昨日調理したシチューを火にかける。
始祖竜、
彼の者たちは、この星とともに生まれこの星とともに滅んでゆくと云われている。
「って、深く考えても答えは出ないしなぁ。まぁ、あの爺さんだからなぁ。っとと、うん。いい感じだな」
シチューの鍋をおたまでかき混ぜ、火の通り具合を確認する。
「さて、お待たせ。少し熱いから気を付けて食べてくれよ」
テーブルにシチューを運ぶとそこには、十歳位の少女が座っていた。
月光のような優しさを持ち緩やかに流れる白銀髪。全てを吸い込むかのような白い肌。まだ年齢相応の幼さを持つ端麗な容姿の
俺が持ってきたシチューに紅い瞳を煌びやかに輝かせ口角を上げるルーナ。
始祖竜、
「ふむ、昨晩のしちゅーと云う奴じゃな。
まるでリスのように口いっぱいに食事をするルーナを見ていると昔のことをふと思い出す。血の繋がらない沢山の兄妹たち。もう四年ほど経過してしまったが決して色あせることのない風景。
「…二代目。お主、また妾の前で元の世界のことを考えていたであろう?
先ほどとは違い鋭い目つきをした少女に視線を落とし、思考する。
境界転移魔術はとうの昔に失われた魔術だということだった。だが、だとしたら俺は何の為に、どうした理由の元ここ、アゼンバルドの呼び落とされたのだ…。
「悪かったな、未練たらたらで。でも、そうだな。もし仮に境界転移魔術がまだ存在して犠牲を払えば二ホンに帰れると云われても俺はきっと帰らないと思うよ。あっという間の四年間だったけど、さ、この街
「ば、馬鹿を云うではない! 妾はお主が居なくなっても何とも思わぬ! ただ、そう。ただな、お主の食事が無くなるのは惜しい。そう! 妾は食事が無くなるのが哀しいだけじゃ! 自惚れるのではない! しちゅーお代わり!」
白い頬を赤く染め、器を俺の前に突き出す。
開けた窓から暖かく心地よい風が入り込み、俺を包んでくれた。そう、先代ユリエス・ヴィルザルドに救って貰った時のような心地よさを孕んだ風が…。
◆
「二代目。これからお主は何をするのじゃ? またあの
「
食器を洗いながら、
翼をはためかせ寝室に戻るルーナの姿が見えたために、さらに言葉を伝える。ルーナの毛布も干すから昼寝をするなら、屋根でしてくれと。
「うな! お主。妾にあの毛布なしで休めと云うのか!」
「ルーナだって知ってるだろう? 天日干しした布団や毛布はこの上なく気持ちいって。今日は快晴だし、花の匂いも風に乗ってくる。ああ、とても気持ちいいんだろうなぁ」
好きにするがいい! と頬を膨らましながら彼女は窓から屋根へと向かう為に翼をはためかせた。
「本当に今日はいい風が吹くなぁ。こんな日は空路用小型艇で空を飛べたらいいんだが、まぁ仕方ないか……」
俺が使用している空路用小型艇は現行のものとはかなり異なる。
納屋から、もう一台の
「おーい。ルーナ、トム爺の所行ってくるからなぁ」
屋根にいるであろうルーナに声をかけておく。トム爺とは
納屋から出してた古代技術の結晶に跨り、エンジンを起動させる。空路用小型艇と同様に、燃料タンク部分にある液化した炎華石はエボルト燃料へと昇華し推進力となる。
アクセルグリップを回そうとした瞬間、タンデムシートが沈む感覚があった。何があったのかは、判っていたが後方を向くとそこには、少女形態のルーナが居座っていた。
「妾も行こう。あの
彼女のそんな声を聞き、