Over The Another Sky   作:あるぷす

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2話目

 厚い雲に覆われ、見たことのない理解出来ないヒト達が家族の待つ家路に急ぐ。そんな中、俺はたった一人風車街(ヴィントミューレ)の中央噴水に腰かけていた。透き通った映し鏡は幾重にも輪を生み出す中、周囲を見渡せば、きっと晴れていれば色とりどりで美しいレンガ造りの街並みを生み出すであろう。だが、現在の俺にはどれもこれも異質で異様にしか映らなかった。

 

「のう、坊主。こんな雨の中何を独りでしておるのだ?」

 

 映し鏡やレンガ達が水の弾ける音を奏る中、近くの演奏会を何処か遠くに聞いていた俺に声をかける一対の角を生やした老人が一人いた。それが、先代ユリエス・ヴィルザルド。

 

「ふむふむ。それは難儀じゃのう。お主さへ良ければうちにこんか? 幸い儂も独り身でのう。部屋ばかり余って困ってるんじゃ……」

 

 とても、不思議な老人であった。とても柔らかい雰囲気を持つ人物で何より、その雨の中でもそれを打ち消すかのような笑い皺が印象的だった。そして、その笑い皺に導かれるようにこの双月の世界。アゼンバルドに根を下ろすことになった。

 

 空の郵便配達人(スカイ・メッセンジャー)の朝は早い。

日の出を告げる鳥たちが息を潜む中、羽毛の籠の中で休んでいる天竜族(アオローラ・ドラッヘ)であるルーナを起こさないように寝床から起きあがる。

 

「うっ、やっぱ、この季節でも朝は冷えるなぁ…」

 

 水浄石(すいじょうせき)で清められた貯め水で洗顔を行い無理やり覚醒を促す。そして、作業服に着替えの準備をする。お古の厚手のジャケットに麻色のカーゴパンツにマウンテンブーツを履き首元にタオルを巻く。最後に(あいぼう)を担ぎ仕事場(せんじょう)に赴く。

 

「さぁ、バリバリ働きますか!」

 

 人生、何が起ころうともなんとかなる。

 

 名も知らない誰かが云った言葉だ。今までは、気にも留めなかった言葉。だが、今になって、ああなるほどと理解してしまった自分がいた。

 

「おーい! 二代目、そろそろ切り上げるぞぉ」

 

 首元にかけたタオルで額の汗を拭っている最中に俺に声をかけて来たのは、狐族(フックス)の男性だった。ピコピコと小刻みに動く長耳。ゆさゆさと揺れる小麦色の尻尾。名はジャルド。市役所に勤務している先代ユリエス・ヴィルザルドの古くからの友人だった。

 

どんなファンタジー小説の登場人物だ。と突っ込みたくなるがこれが現実だった。

 

 あの日、飛空艇アスラエールを降りてから二か月が経過していた。今現在俺がいるのは、空の郵便配達人(スカイ・メッセンジャー)の自宅兼事務所がある小高い丘の上で近くの街からそう離れてはいない。その街は公国領の最も西、ベルランダ大陸の端に位置する田舎街である風車街(ヴィントミューレ)。俺が知るヒトよりも獣人に属するヒトの方が過半数を占める。建物は基本レンガ造りで、昔国営TVで見た西欧の田舎町を彷彿とさせる街だった。基本的には自足自給であるが、旅の商人や市役所の職員が隣町まで特産品や伝統工芸品を卸に行くと云った方法で生活を営んでいる。

 

 朝の農作業を終え自宅に戻り、朝食を作りを開始しルーナを起こす。そして午前中には掃除に洗濯などの家事全般をすべてを終える。

 

えっ? 本来の仕事空の郵便配達人(スカイ・メッセンジャー)の仕事はしなくていいのかって? あればやりますとも。あればね…

 

 飛空艇の発掘、技術の発展と共に個人で営業する空の郵便配達人の数は減少の一途をたどっている。公国飛空艇オドワールが領内交易などを一気に引き受けいる為だ。

 現在公国領には、公都に王都、帝国、クリスタル教会への国交用に一艇づつ。副公都に国内用に一艇、そしてオドワールが配備されている。

 

 煤汚れたレンガ造りの釜戸に向かい、朝食の準備を開始する。

釜戸の内部には灰が敷き詰められ小さい炎華石(えんかせき)と薪が準備されている。炎華石に手をかざし魔力を送る。魔力を送ることで炎華石は発熱しある程度魔力を送り続けることで発火する。

火力の調整は、炎華石を随時追加するか、新たな薪をくべて行う。

 レンガ造りの釜戸の中で活き良いよく上がる炎の上に鉄網を被る。そしてフライパンを置き、油を引く。そしてフライパンの中に谷豚の肉を厚く切ったモノを焼く。次に今朝貰ってきた野菜を水浄石(すいじょうせき)で清めた水で軽く洗い、焼いた谷豚肉と一緒に田舎パンと呼ばれるパンに挟んで完成。

 食事をテーブルに準備し、寝室に彼女を起こしにゆく。

俺が使用しているベッドの横に羽毛の籠の中で休んでいるのは先代ユリエス・ヴィルザルドの古くからの同居人だと云う。いったい何時から住んでいるのかと先代に聞いたことがあったが、先代もよく覚えてはいなかった。知らない内にベッドで寝ていたから、一緒に住むことにしたのだと。

 

「おーい。ルーナ、朝だぁ。頼むから起きてくれぇ。家事が終わらん」

 

「………………」

 

判っていたが返答はない。立派な耳がついているというのに、俺の声は全く届いていない。

仕方がないので、何時ものように台所から持ってきたフライパンとおたまをぶつけ合い大きな音を作り出す。

 

「………………」

 

やはり、起きない。まぁ、いつものことだ。どんな音を立てようとも起きやしない。スヤスヤと心地よい寝息を立てて丸くなっている巨大な白饅頭。

 

「結局、この方法かぁ。あんまり、寝室に食事を持って来たくないんだけどなぁ」

 

籠の中で丸くなっている巨大な白饅頭を起こす方法はただ一つ。食事の匂いを嗅がせること。そうすることで彼女は一発で起きる。

 

「ほーれ、白饅頭(ルーナ)。朝ごはんだぞぉ。早くしないと俺がお前の分まで食べちゃうぞぉ」

 

「………ふぁあああ」

 

彼女の可愛らしい欠伸とともに、一対の白銀の翼が大きく広げられる。そして、彼女(ルーナ)が軽く翼をはためかせると、ゆっくりと彼女(ルーナ)は宙に浮き。俺の視線に緋色の瞳を被せてくる。

 

「ふむ、今日はさんどいっちと云う奴じゃな。うむうむ、いい匂いじゃな。さすがは二代目じゃ」

 

ふよふよと宙に浮く、彼女と共にリビングに向かい朝食を開始する。椅子に座り手を合わせ、頂きますと言葉を零すと彼女(ルーナ)も宙に浮きながら同じように言葉を零す。

彼女(ルーナ)の食事方法は独特だ。その躰に対して手は小さく両手を合わせると云う行為が出来ない。その為、彼女(ルーナ)は白銀の翼で風を発生させ、食事を風に乗せて口元まで運ぶ食事方法をとる。

食事内容によってはヒト型になり器用にスプーンやフォークを使用する。

 

「…二代目……」

 

「……ちょっと、待ってくれ。今温めてくるから」

 

そう言葉を零し、台所に向かう。そして、昨日調理したシチューを火にかける。

彼女(ルーナ)の食事量ははっきり云って異常だと云っていい。一度の食事につき三人前は当たり前だった。まぁ、彼女(ルーナ)が始祖竜である天竜族(アオローラ・ドラッヘ)だから仕方ないことなのだが。

 始祖竜、天竜族(アオローラ・ドラッヘ)

彼の者たちは、この星とともに生まれこの星とともに滅んでゆくと云われている。星の守護者(シュッツエンゲル)と云えばいいだろうか。本来ならばこのような場所で頬を膨らませながらニコニコと食事をしているはずのない存在。

 

「って、深く考えても答えは出ないしなぁ。まぁ、あの爺さんだからなぁ。っとと、うん。いい感じだな」

 

シチューの鍋をおたまでかき混ぜ、火の通り具合を確認する。

 

「さて、お待たせ。少し熱いから気を付けて食べてくれよ」

 

テーブルにシチューを運ぶとそこには、十歳位の少女が座っていた。

月光のような優しさを持ち緩やかに流れる白銀髪。全てを吸い込むかのような白い肌。まだ年齢相応の幼さを持つ端麗な容姿の民族衣装(ディアンドル)を着た少女。

俺が持ってきたシチューに紅い瞳を煌びやかに輝かせ口角を上げるルーナ。

始祖竜、天竜族(アオローラ・ドラッヘ)のルーナ・デ・シュテルンが座っていた。

 

「ふむ、昨晩のしちゅーと云う奴じゃな。(わらわ)を誰だと思っている。ふふふ」

 

まるでリスのように口いっぱいに食事をするルーナを見ていると昔のことをふと思い出す。血の繋がらない沢山の兄妹たち。もう四年ほど経過してしまったが決して色あせることのない風景。

 

「…二代目。お主、また妾の前で元の世界のことを考えていたであろう? 其方(そなた)が元の世界に帰ることは叶わぬ。未練たらしい人は好かん……」

 

先ほどとは違い鋭い目つきをした少女に視線を落とし、思考する。境界転移魔術(ディメンジョン・アウラゲート)。俺をこの世界に呼び寄せたであろう魔術。先代の教えや様々な土地を調べた結果得られた情報。

 境界転移魔術はとうの昔に失われた魔術だということだった。だが、だとしたら俺は何の為に、どうした理由の元ここ、アゼンバルドの呼び落とされたのだ…。

 

「悪かったな、未練たらたらで。でも、そうだな。もし仮に境界転移魔術がまだ存在して犠牲を払えば二ホンに帰れると云われても俺はきっと帰らないと思うよ。あっという間の四年間だったけど、さ、この街風車街(ヴィントミューレ)の人たちには返しきれないほどの恩を貰ったからな。それよか、ルーナ? もしかして俺がいないと寂しいのか?」

 

「ば、馬鹿を云うではない! 妾はお主が居なくなっても何とも思わぬ! ただ、そう。ただな、お主の食事が無くなるのは惜しい。そう! 妾は食事が無くなるのが哀しいだけじゃ! 自惚れるのではない! しちゅーお代わり!」

 

白い頬を赤く染め、器を俺の前に突き出す。

 

開けた窓から暖かく心地よい風が入り込み、俺を包んでくれた。そう、先代ユリエス・ヴィルザルドに救って貰った時のような心地よさを孕んだ風が…。

 

「二代目。これからお主は何をするのじゃ? またあの空路用小型艇(おもちゃ)で遊ぶのかのう?」

 

玩具(おもちゃ)ってなぁ。仕事道具だし、かなりの年代物(ロスト・アーティファクト)でかなりピーキーな調整したからなぁ。細かく見てあげないと。まぁ、布団干して冒険者ギルドにでも顔見せてくるよ」

 

 食器を洗いながら、子竜(しろまんじゅう)形態に戻ったルーナにそう零す。

翼をはためかせ寝室に戻るルーナの姿が見えたために、さらに言葉を伝える。ルーナの毛布も干すから昼寝をするなら、屋根でしてくれと。

 

「うな! お主。妾にあの毛布なしで休めと云うのか!」

 

「ルーナだって知ってるだろう? 天日干しした布団や毛布はこの上なく気持ちいって。今日は快晴だし、花の匂いも風に乗ってくる。ああ、とても気持ちいいんだろうなぁ」

 

好きにするがいい! と頬を膨らましながら彼女は窓から屋根へと向かう為に翼をはためかせた。

 

 彼女(ルーナ)用の毛布と自分の布団と掛け布団を庭に干す。

 

「本当に今日はいい風が吹くなぁ。こんな日は空路用小型艇で空を飛べたらいいんだが、まぁ仕方ないか……」

 

 俺が使用している空路用小型艇は現行のものとはかなり異なる。古代技術の結晶(ロスト・テクノロジー)の塊だと先代から教えてもらった事がある。何年前に作られたのか、誰が作成したのか判らないことが多すぎる。いや、空路用小型艇だけではない。もう一台、俺の手元に古代技術の結晶がある。

 納屋から、もう一台の古代技術の結晶(ロスト・テクノロジー)の塊を押し出してくる。

 

「おーい。ルーナ、トム爺の所行ってくるからなぁ」

 

屋根にいるであろうルーナに声をかけておく。トム爺とは風車街(ヴィントミューレ)のギルド長にあたる老人だ。

 納屋から出してた古代技術の結晶に跨り、エンジンを起動させる。空路用小型艇と同様に、燃料タンク部分にある液化した炎華石はエボルト燃料へと昇華し推進力となる。

アクセルグリップを回そうとした瞬間、タンデムシートが沈む感覚があった。何があったのかは、判っていたが後方を向くとそこには、少女形態のルーナが居座っていた。

 

「妾も行こう。あの髭長(トム)爺のくれるジュースは美味いからの」

 

 彼女のそんな声を聞き、機械仕掛けの馬(メヒャーニク・アインホルン)のエボルト燃料を爆発させ、機械仕掛けの馬を奔らせる。心地よい心臓(エンジン)の鼓動と全身に感じる風を感じながら奔らせること20分ほどで風車街(ヴィントミューレ)の冒険者ギルドに到着した。

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