Over The Another Sky   作:あるぷす

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7話目

 公国領ゼレランド魔鉱都市。

ハウゼン公国、リスティリア王国そして公には公表あれていない。秘密裏に大海を越えた先に存在しているベガゼール帝国への魔鉱石の供給の大半を占めている大都市だった。住民の七割が他国からの労働者であり三国の文化が、ハウゼン公国よりも色濃く交じり合い独自の文化を発展させてた都市。一攫千金を夢見ることは出来ないが安定した収入が保証される為、人々の出入りは激しい。勿論、三国の交じり合う都市だ闇市もそれなりに賑わっている。

 

「……ゼレランドへの配達ですか?」

 

「ええ、そうなの。国内郵便船に出そうとしたんだけどね、体調を崩して出しに行けなかったの。だから、お願いできるかしら?」

 

 小高い丘に存在する事務所の一室にて差し出された手紙を受け取る。俺に依頼してきた女性は風車街(ヴィントミューレ)で花屋を営むフローラと云うお淑やかな女性だった。

 

「ええ、勿論ですよ。空の郵便配達人(スカイ・メッセンジャー)ですからね。ってフローラさん。何故笑うのですか? 俺変なこと云いました?」

 

「え、な、なんでもないわよ。ただね…二代目ちゃんが配達人の仕事をしているの珍しいから、時々配達人だってこと忘れちゃうの。御免なさいね…」 

 

 彼女の発言に椅子から転げ落ちそうになるのを我慢する。こればかりは仕方がないと云うべきだ。配達人として仕事をするより、他の仕事をすることが多い。

 個人で営業している空の郵便配達人(スカイ・メッセンジャー)は公共で運営される国際郵便団よりも割高な為だった。長距離の郵便は国際郵便団を短距離の郵便は陸路を使用するそんな棲み分けができてしまっている。つまり、空の郵便配達人(スカイ・メッセンジャー)は今ではもう珍しい職業となってしまった。

 

「…大丈夫ですよ…ハイ。自分でも判っていますから。そんなことよりも、この封筒綺麗ですね」

 

フローラさんから受け取った封筒を改めて見る。薄い翠色で彩られた四つ葉のクローバーの印刷が至る所にある綺麗な封筒。風車街(ヴィントミューレ)では滅多にお目にかかれない商品だった。

 

「うふふ。二代目ちゃん、有り難う。前の旅商人さんが持ち込んで来てくれた商品なの。櫻の樹(オオカジュ)の商品らしくて少し値が張ったけど沢山買っちゃった」

 

 頬に手をあてにこやかに笑うフローラさん。

そんな彼女に一瞬見とれてしまう。にこやかに笑う彼女に魅了されない人はいないであろう整った容姿。翠色の長い髪は一つ結びにされた三つ編みが揺れる。自分に母親と云う人がいれば、フローラさんのような人だったらいいなと思えてしまうほど彼女は優しかった。

 

「バカ者。何を鼻の下を伸ばしている」

 

「あら、ルーナちゃんこんにちは。今日もお寝坊さんなのね」

 

「このバカ者が起こしに来んからだ! 朝飯を食べ損ねたのではないか」

 

水色の民族衣装(ディアンドル)を着こなした少女が不機嫌だと云う表情を作りながら此方に視線を向けてくる。だが、彼女が纏う雰囲気は苛立ちと云うものではなかった。

 

「あら、そうなの? ならちょうど良かったわ。私お昼ご飯を作って来たのだけれど一緒にどうかしら?」

 

 事務所の裏にある崖から潮風が穏やかに流れてくる。その日の天気は快晴で外で食事をするには好条件であった。芝生の庭に少し厚手の糸で編まれたシートを敷き三人で座る。シートは三人で座るもまだまだスペース的には余裕があった。

 

「二代目ちゃん。こんな素敵なシート用意してくれて有り難う。でもいいの? この絨毯こんな使い方して……」

 

「気にすることはありませんよ。長屋にひっそりとしまって置くのもなんだかもったないですし」

 

「ふむ。フローラ早くご飯を出さんか! お主が作った料理は美味だからな」

 

ルーナの要望にフローラさんはにこにこしながら、大きめのバスケットから色々な物を取り出した。サンドイッチやリンゴと云った果物。そして、これまた滅多にお目にかけないものまで。

 

「うん? フローラ。これはもしかして、これはおむすびと云う奴ではないのかの?」

 

「そうなの」と返答を待たず、ルーナはその口一杯におむすびを頬張った。原料であるお米も封筒と一緒に購入し、調理法も教えて貰ったそうだ。そんなフローラさんの説明を聞きつつ俺も口一杯に頬張り、水浄石で清めた冷たい水で一息ついているそんな時だった。

 

「…目さーん! …代目さーん! 二代目さーん!」

 

聞き慣れた声で俺の名前が呼ばれたのは……

 

 千客万来とはこう云ったことを云うのだろうか?

四人で昼食を摂りながら、ふと考えてしまう。何年ぶりだろうか、こんなに賑やかな食事をするのは。先代が天に墜ちて行ってしまってからルーナと二人だけの食事。けして楽しくなかったと云うことではない。だが、やはり物足りなさを感じてしまう。

この世界に落とされるまでは、沢山の兄妹たちと食事をしていたから。

 

 大声で俺を呼んでいたのは、冒険者ギルドの職員の(カッツエ)族の少女ミルだった。

坂道を急ぎ足で来たのだろう肩で呼吸している彼女に水を手渡すと一気に飲み干した。水を飲んで、彼女は落ち着きを取り戻したが要件を伝える前に俺達が囲んでいる食事の虜になり跳び付いた。

 

「あ、ごめんさない。そうでした。フローラさんのご飯美味しくて、云いそびれちゃいました。それで、要件でしたよね。二代目さんはあたしのお姉ちゃんのことを知っていますよね?」

 

「ああ、ハウゼン公国の騎士さんだろ。名前は確か…マシュさんだったか?」

 

「えへへ、そうなんです。とても優秀な騎士なのですよ」

 

 これまた、口一杯に頬張っていた彼女に視線を向けるとそれを感じとったのか彼女は一気に食事を流し込んだ。

 

「それで、ハウゼン公国の騎士さんがどうしたんだ?」

 

「えっとですね。二代目さん! お姉ちゃんを助けてあげてください!」

 

 公国領ゼレランド魔鉱都市まで風車街(ヴィントミューレ)から陸路を経由するならば約5日ほどかかる。だが、俺はフローラさんの配達や(カッツエ)族の少女ミルの願いを頼まれてからゼレランド魔鉱都市の地を踏んだのは、翌日のことだった。

 

「ふむ。それで二代目、この人ごみの中でどうやってルクスを探すつもりじゃ? 妾はあまり、歩きとうないぞ!」

 

 如何にも炭鉱街と云った建物や街並み。世間話をする住民そして、露店主の威勢がいい声があちらこちら聞こえる中央道りを共に歩く少女からそんな言葉が零れる。今回ゼレランド魔鉱都市までは空路用小型艇(ツークフォーゲル)を使用せず、本来の姿の4分の1程度に戻ったルーナの手のひらに納めて貰い彼女に運んでもらった。

 

「判ってるって。そうだな、とりあえず炭鉱夫斡旋所で情報を仕入れようか。ほら、ルーナ行くぞ」

 

 ゼレランド魔鉱都市で派遣炭鉱夫で働くためには、必ず身分を保証できる書類が必要となる。まぁ、抜け道も存在するが。そして、この都市での活動は必ずと云っていいほど記録される。どこの採掘部署に属しているのか。一日にどの程度働いたのか、採掘量、宿泊場所などが記録され炭鉱夫斡旋所に保存される。

 

「ふむ。此処かのフローラの旦那が宿泊しているのは……ボロボロじゃのう。コレならまだあの事務所のほうがましではないか?」

 

「そんなことはないだろう。公国公認の宿泊所だぞ。内装は綺麗なんだろうさ。それに、俺は嫌いじゃないなこの外装……」

 

 一見すると古さが目立つ外装。だが、壁などに(ひび)など見受けられず。アンティーク感が漂う外装云えば適切だった。それに加え、茶色一色の壁を彩るかのように所々に緑が生い茂り色鮮やかな花を咲かしていた。

 炭鉱夫斡旋所と同じように、顔全体を隠しきれる程のフード付きの薄手のローブを脱ぎ宿泊所のドアを開いた。

 ドアに備え付けられていた鈴がチリーンと音を立てたことに気づいたのか宿泊所の従業員らしきふくよかな女性が「おや、いらしゃいませ」と言葉を零した。

 従業員らしき女性は人懐っこい笑顔を零しながら、俺達を別の従業員がいる受付へと案内してくれた。

 

「すみません。つかぬことをお聞きしたいのですが、此方の宿泊所に風車街(ヴィントミューレ)から炭坑夫としてルクスと云う人物が宿泊していませんか?」

 

「……何か身分を証明できるものはあるかい?」

 

受付にいる男性の従業員へと斡旋所で発行してもらった身分証明書を提示する。二人の従業員はその証明書をまじまじと食い入る様に見つめ、そして笑顔を零した。

 

「うん。大丈夫だね。改めまして、いらっしゃいませお客様。花雫(はなしずく)の花園にようこそ。どのようなご入り用ですかな?」

 

「あんた。何を云ってんだい! ルクスさんに用があるって云ってじゃないのさ!」

 

「かあちゃん。それは判ってるって。決まり文句だよ。決まり文句」

 

古今東西こう云った宿屋では男性より女性の方が権力(ちから)を持っているような感じを受ける。この宿屋も例に漏れないようだった。宿屋主人であろう男性の名はアレンと云い女性の方はマーサと云うらしい。代々宿屋の家系でもう三代目になるそうだ。

 

「それで、ルクスさんだったね。君の云う通り此処に泊まっているよ。帰宅はいつも日が落ちてからになるかな。まだまだ時間あるけど、どうする?」

 

「そうですね…急で悪いのですが部屋は空いていますか? 二日ほど泊まりたいのですが……」

 

「む? 泊まっていくつもりなのかの? お主また厄介ごとに首を突っ込むのか」

 

つまらなそうにしていた、ルーナがこれまたつまらなそうに言葉を零す。そんな彼女を横目に手続きを進めていく。

 

 花雫(はなしずく)の花園で宿泊の手続きを終えてからあまり時間が経過していないのだが、雲一つない青空は次第に衣替えをするかのように陰り始めていった。そんな、厚い雲の洋服を着こむ空の下中薄手のローブを(なび)かせながら面通りから裏路地へと足を進める。

 

「まったく嫌な風が吹き付けてくるんだからなぁ」

 

 陰りがある風と云えばよいのかも知れない。まるで、台風が来るような生暖かくそして身に張り付くき離れない嫌な風がゆっくりとその強さを増していく。

ゼレランド魔鉱都市の裏通りはまさに迷宮と呼ぶに相応しい場所であった。都市として次第に拡大されていくにつれ人口増加、露店の増加などで様々な建物が入り乱れていた。住家の上に露店が立ち、そこえアクセスするための簡易鉄格子階段が幾重にも作られた都市。そんな迷路をきっと存在しているであろうある人物を探して足を進める。

 

「あら、ユリエス。こんな裏路地でお会いするなんて奇遇ですわね。もしかして、わたくしを探していらしたのかしら?」

 

「――――エーデルワイス」

 

 声が聞こえた後方へと身体を向ける。そこには、こんな裏路地には似つかわしくない装いの女性が口元を扇子で隠し、妖艶な笑顔を作り出す。

裏路地の中エーデルワイスだけが切り取られた別世界の住人だと思わざる負えない程の存在感が支配していた。どこにも存在してどこにも存在しない。矛盾を体現した女性。

 深紅のマーメイドラインドレスは彼女のはっきりとした凹凸を、曲線美をより煌びやかに美しく映えさせ、長い黄金色の髪は緩く編まれサイドに流されている。胸元に添えられる宝石の類は彼女をより高貴な存在へと昇華させる。傾国の美女とはまさに彼女が持つに相応しい言葉であろう。

 

「あら? せっかく貴方の為に用意しましたのよ? 何か云って下さらない?」

 

「俺の為? よく判らないことを云う。そんなことよりも俺がここにいるか、理由は判っているよな……」

 

「相変わらずですのね。まぁ、そんな所も貴方らしくて素敵ですわ」

 

 正直なところ俺はエーデルワイスと云う女性が恐ろしくてたまらない。切れ長の目にはアメジスト色の瞳が妖艶に光りり彼女の存在を恐ろしい者に昇華させていると云えばいいだろうか。その妖艶な微笑みの裏に理解できないモノが隠れ潜んでいる。

 

「ユリエスはどこまでの情報が欲しいのかしら? それ相応の報酬は用意できていますわよね」

 

舗装された路地の地面を高らかに音を奏でながらエーデルワイスは歩みを進め、肘の長さまであるオペラ・グローブで俺の喉元を撫で上げながら言葉を零した。

「もちろんだ」と返答するよりも先にエーデルワイスは言葉を紡いだ。

 

「ユリエスは守護竜ティアマト様は勿論ご存知ですわよね……」

 

 守護竜ティアマト。

各クリスタルには属性に呼応するように守護竜が存在する。彼らが人の前に姿を現すことはほぼ無いと云われている。彼らが姿を現す要因は定かになっていないのが現状であり、いくつか仮説として存在する。

 クリスタルの危機や世界の均衡が崩れる時、それらを救う為(・・・)に現れるとされているのが現状の有力な仮説だった。

 

「つい三日前に公都上空にて守護竜ティアマト様が目撃され、そして騎士団の方々によって確認されましたわ。そして昨日、法王スィーリア・フィル・ローレライ様と法王様の付き人、教会騎士ロズファルアがゼレランドに来られましたわ……聡明な貴方ですから、もう粗方想像はついているのではないですか?」

 

妖艶な笑顔を作り出すエーデルワイスの情報はどこよりも正確だと断言できる。

 

「ユリエス……わたくしが求めるのは貨幣などではありませんわ。そんなゴミは捨てるほどありますもの。ユリエス、わたくしが貴方に求める報酬は過去も現在も未来も変わらず、ただ一つですわ。二代目ユリエス・ヴィルザルドが、貴方が欲しい」

 

エーデルワイスは身体を寄せ付け、俺の手に細く長い指を絡ませ翡翠色の瞳を向けてくる。

 

「判らないな。何故、そこまで俺に拘る? 貴女に応えられる様な男ではないと思うが?」

 

「あら、そんなことないですわ。細く引き締まった長身の身体。その美しい貌。すべてを塗りつぶしてしまいそうな漆黒の長髪。その長く鋭い目に宿る灰色の瞳は滅びの色彩を纏っていますもの。幾ら調べようとも貴方の過去は判らない。本当の名さえ判らない。ユリエス・ヴィルザルドは人では有り得ませんもの。だからわたくしは貴方が欲しい。すべてを魅了し破滅へと誘う貴方が……」

 

 エーデルワイス言葉が胸に喰い込み身を焦がしていく。彼女は俺ことは何も知り得る事はない。それは今後も変わることのない事実だと思いたい。それなのに彼女の翡翠色の瞳は、この身を焦がすほどのものだった。

 俺がこの世界に呼ばれ身体に変化が訪れたのは判っている。魔法が使用できること。黒髪が背中中央部まで長くなったこと。瞳の色が変化したことなど多岐にわたる。

 深く考えなかったわけでもない。だが、結局()と云う存在意義(ありかた)は変わらない。

「誰かのために頑張れる自分になりなさい」と父親だと慕った人から幼い頃から云われてきた言葉。()を――――を形作る言葉。

 

 エーデルワイスがいた場所に踵を返し、薄手のローブを取り払う。背中まで伸びた漆黒の髪を纏め上げポニーテールを作り出し意識を深部へと堕としスイッチを切り替える。目指すは、ゼレランド中央時計塔。そこに公国騎士隊が来ている。

 

 厚い雲が今か今かと雨粒を地面へと落とそうとする中、俺は地を蹴り建物の屋根へと飛んだ。

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