しかのこ百合集   作:ゾネサー

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お世話係のままでいられたら

 シカ部部長兼シカのお世話係。この奇妙な役職にもすっかり慣れた。それはいいんだ。問題は……

 

「みんなスキンシップが積極的すぎるっ……!」

 

 部員全員がシカなのでお世話をする訳だけど、みんなもこの関係に慣れたのかやけに気軽に甘えてくるようになった。嫌なわけじゃないんだ、決して。信頼してくれてるのが伝わってくるから。ただ……

 

「私の理性が持たないだろーが……!」

 

 こちとら高三にして年齢=付き合った人がいない歴のしょじ……ピュアガールぞ! ツノが生えてるのもいるし変な奴らだらけだけど、みんな見てくれは可愛いし、同じ時間を過ごすうちに良いところが見えてきて私もその、好きか嫌いかで言ったら……だし。とにかく!

 

「このままじゃ過ちが起きかねん……!」

 

 衝動的に何かしてしまうのは避けたい。私にとってはみんな大事なんだ。シカ部で共に過ごす時間は何ものにも代え難い。壊したくない……。ずっと、このままでいたい。

 

「おねえちゃあん。一緒に寝よ♡ 」

 

 そら来た! お姉ちゃんは成績優秀だけど聖人君子じゃねえんだぞ! 高校生になって女性的な身体つきになった妹と同じベッドで寝たらどうなるよ! 日野の猛獣の性欲舐めんな!

 

「すぅ……シャンプーの良い匂い♪」

 

「同じシャンプーだからね?」

 

 ああ……あんこも甘くて良い匂いがする。髪もサラッサラでドキッとする。このままじゃどうにかなっちまう!

 

「ええい! 離れなさい! 一人で寝れるだろ!」

 

「むぅ……。じゃあおやすみのキスだけでいいわよ」

 

「妥協しました感を出すんじゃない」

 

「……中学生の頃はたまに私が寝るまでは一緒に入ってくれてたのに」

 

「昔は昔! 今は今!」

 

「……そう。そうよね」

 

「ん?」

 

「おやすみ。お姉ちゃん」

 

「あ、ああ。おやすみ」

 

 部屋の扉が閉じて静寂が広がっていった。私はベッドに倒れ込んで右手を額に当てる。

 

「少しくらい……その少しで変わってしまうかもしれない」

 

 天井を見上げているとあんこが最後に見せた表情が浮かんできた。目を逸らしてぬいぐるみを抱き寄せる。そしていつものようにお話しした後、おやすみのキスをした。

 翌日の放課後、農作業を終えたばしゃめがブラッシングを要求してきた。往復する度にンハンハ言うオモチャみたいになっていて、和む。優等生を気取らなくて良くはなったが、それでも生徒会長として他の生徒のお手本になる立場に代わりはない。ここにいる間はそのことを忘れていられる。正しくは覚えている余裕がないんだが。

 

「……あんこちゃんと喧嘩したんですか?」

 

「んなっ……!?」

 

 当然のように私の両脚に全体重を乗っけてくつろいでいたばしゃめが不意に顔を上げて、こんなことを言った。

 

「……いや喧嘩はしてない、と思う」

 

「いっそのこと喧嘩しちゃった方が楽なのかもしれませんねえ。でも二人が喧嘩してるところは、見たくありませんが」

 

「なんじゃそりゃ」

 

 ばしゃめは成績こそ良い方じゃないみたいだが、ウマでもシカでもある割に馬鹿じゃない。今日のあんこの態度から察したんだろう。って、ちょっと!?

 

「それとも今がチャンスですかねえ」

 

 油断していたらばしゃめが片方の手をソファに突いて起き上がり、もう片方の手を顎に添えてきた。さ、最近のばしゃめは急にそういうことする……! その度に心臓がうるさいくらいバクバクして、身体も硬直して動かない。普段ならからかって終わりだから良かったのだが……

 

「あ……だ、ダメ……」

 

 ようやく発信した拒否反応は我ながらか細い声。顎を引き寄せるばしゃめを止めるにはあまりに力不足だった。

 

「んっ……!?」

 

「でもばしゃめ。あんこちゃんも好きなので、裏切りたくないんですよねえ」

 

 唇に触れたやわらかい感触は人差し指だった。この場に鏡がなくて良かったと思うくらい、自分の顔が真っ赤になっていくのが分かった。離した人差し指を自分の唇に添えるばしゃめは、普段じゃ考えられないくらい色っぽかった。

 

「も、って……。入学した時は私より圧倒的に鹿乃子の方が好きだったじゃねえか」

 

「のこたん先輩も好きですけど……シカとして尊敬しているというか。憧れ……の方が近いですねえ」

 

 ああ……。沼に嵌まるまではいってない燕谷みたいなもんなのか? それは初めて知った。だからだろうか、ついもっと知りたくなってしまった。

 

「そ、それじゃあ……。どうしてその、私のことを……」

 

 言ってしまったことに気付いて背筋が凍った。雰囲気に流されやすい自分の悪癖をこれほど恨んだことはなかった。

 

「……ふーん……。知りたいんですか?」

 

 魅力的な笑みから一転して蠱惑的な笑みを浮かべるばしゃめ。危険を感じ取った私は身を捩った。

 

「い、いや! 別に……聞かなかったこ——」

 

「ダメです。聞かせます」

 

「ひうっ……!?」

 

 今度は両手がソファに突かれた。間に挟まれた私に逃げ道はなかった。

 

「初めて会った時はこしたん先輩、優等生ぶってたじゃないですか。あの時は全然惹かれませんでした。けどシカ部に入ってすぐ化けの皮が剥がれましたよね」

 

「し、しょうがないだろ。他の二人が素の私を知ってるのに、ばしゃめにだけ隠しても……」

 

「だから知りたくなって、色々ちょっかいかけましたよね。でもこしたん先輩って優しいから、全部受け止めてくれて。……ほら。ばしゃめってちょっとマイペースじゃないですか」

 

「ちょっと……?」

 

「まあどう反応されてもそんなに気にしないんですが、付いてこられない人は付いてこられないみたいで」

 

「私もたまに振り落とされそうになるよ……」

 

「それでもしがみついてでも付き合ってくれるから、好きです」

 

「あ……う……」

 

 彼女らしい急で、それでいて真っ直ぐな告白だった。だというのに頭が真っ白になってまともな言葉が出てこない。

 

「んー、でも他の人には聞いちゃダメですよ。自分は何も言わないのに、人にだけ理由を聞くなんて、ズルいですから」

 

「……っ! わ、悪い! そうだよな。一方的なのは、卑怯だよな。お前に、そんな思いをさせちゃっ——」

 

「ばしゃめはヒト以上シカ未満なので平気です。それに……」

 

 また人差し指が戻ってきたかと思えば、そのままばしゃめは立ち上がって伸びをした。

 

「照れて言葉が出てこないのに、謝らなきゃで言葉が出てくる先輩が見れたので今日は満足しました」

 

「う……! うう……」

 

 最後にはいつものようにンハァと笑って、帰っていってしまった。どうして今日に限って、いつも以上に積極的だったんだ……。結局答えが出ないまま、私は日野動物園に足を運んだ。

 

「のつ!」

 

「はいはい。のつかれ様」

 

 日課になっているバイトの送り迎え、と言っても徒歩だが。鹿乃子はシフトの関係で部活の時間が少し削られる。その分をお世話係の私に補って欲しいらしい。

 

「今日はどこ行く!?」

 

「また寄り道すんのかよ……」

 

「そう言って断ったことがないこしたんであった」

 

「う、うるせえ!」

 

 以前買い食いしたのがよほど気に入ったらしい。しょうがねえから、付き合ってやってるわけだ。

 

「…………」

 

「ん……」

 

 さらっと手を握るなよ……。こいつは本当に自然と人の心に入り込むというか。悪い気がしないからたちが悪い。

 

「……えへへ」

 

「随分嬉しそうだな」

 

「嬉しいよ。こしたんと一緒だもん」

 

「お前なあ……」

 

 裏表なくそんなことを言うからこいつはズルい……。思えばシカ部を作った時もそうだった。無邪気に気持ちを見せてくる鹿乃子に、つい私も素を見せるように……。

 

「……♪」

 

「お、おい。それはさすがに……」

 

 指を絡めてきやがった。私の些細な抵抗むなしく、いわゆる……恋人繋ぎ、になった。必然的に距離が近付き、あろうことか身体を密着させてくる。

 

「……嫌?」

 

「嫌じゃねえけど……恥ずかしい」

 

「そっか」

 

 そう言うと身体が離れていった。指は変わらず絡めたままなのがこいつらしいというか。

 

「……ね。こしたん」

 

「ん?」

 

「こうしていられるのも、卒業するまでなのかな」

 

「……! そ、それは……」

 

 卒業……。私達は三年生だ。終わればそれぞれの道がある。確実に言えることはシカ部としての活動はできないということ。一番考えないようにしていたことだ。鹿乃子はたまにそういう時がある。確信を突いてくるというか。

 

「私はね。そうは思ってないんだ」

 

「へっ? ど、どういうことだよ……!」

 

「だって卒業した後も、送り迎えには来てもらえるでしょ?」

 

「卒業した後も来させる気かよ!? シカ部の補完じゃなかった!?」

 

「……はぁ〜。こしたんってホント……」

 

 これ見よがしに溜め息を吐いて、明らかに呆れた眼差しをぶつけてきやがった! すげえムカつく!

 

「そうだなあ……。こしたんってさ、ラブレター貰ったことがあったよね」

 

「あ、ああ。偽物で、実際は果たし状だったけど。急になんだよ」

 

「あの時、私が伝えた言葉は偽物じゃないからね」

 

「……!」

 

 ここまで言わせて私はようやく気付いた。ばしゃめがあんこの話をしてから、あんな行動に出た理由に。あんこは昔から好き好き言ってくる代わりに、それ以上のことはしなかった。姉妹、という関係を越えようとしなかった。変わりたいなら私が逃げずにあんこも逃さずに、自分の気持ちを伝えればいいと教えてくれてたんだ。

 

「好きだよこしたん。ず〜っと一緒にいてね♪」

 

「……返事は、もう少しだけ待ってくれるか?」

 

「いいよ。その代わり今日のタピはこしたんの奢りね」

 

「一杯だけな」

 

「分かった! いっぱい頼むね!」

 

「わざとやってるよねえ!?」

 

 そしてシカ部も変わらないままじゃいられない。だけど変わる勇気を持てたなら、いつまでもお前らと一緒にいることはできるってことだよな。……ここまで二人がお膳立てしてくれたんだ。ちゃんと腹を割ってあんこと話そう。

 

「ただい——」

 

「お姉ちゃんの温もり……♡」

 

「…………」

 

 私が帰るのが遅くなる時、あんこは私の部屋によく忍び込んでくる。だからまあ、良いんだけどさ。いると思ったから、ただいまなんだけどさ。がっつりベッドに入ってるのは割と決意が砕け散りそうになった。

 

「あ、おかえり」

 

「……ただいま」

 

 悪びれもせずに迎え入れるのは、お姉ちゃんどうかと思うぞ。あんこじゃなきゃ、許してないぞ。

 

「話があるんだ」

 

「え……」

 

 私は決意が保つ間にと単刀直入に切り込んだ。

 

「ま、また今度でいい?」

 

「ま、待って……!」

 

「きゃっ!」

 

「あ……」

 

 逃してたまるものか、と覆い被さった結果。妹をベッドに押し倒してしまった。やってしまった——!

 

「…………」

 

 「お姉ちゃん大胆♪」とも言ってくれず、照れているのか目線を逸らすあんこ。普段は自分がそんなことをしているのに、されるとそんな表情をすることが分かり、背徳的な感情が私の中で渦巻いた。って! 違う違う! まずいでしょこれ!

 

「あ、いや、その。わ、悪い!」

 

 ようやく出てきた言葉がこれかよ! 言葉通りにテンパって身体も硬直してる。間に挟まれてるあんこにとっては逃げようがない。で、でもこれはチャンスか!

 

「わ、私は……構わないけど」

 

 そういうチャンスじゃなくて! お願い! 目を閉じないで! ああ、こういう時気を利かせて人差し指で触れるといいのか!? む、無理無理! そんな度胸が日野の猛獣にあると思うな!

 

「……すぅ、はぁ。あんこ!」

 

「は、はい!」

 

 帰り道に言うセリフは考えてきただろ! 何回も繰り返し復唱しただろ! 今こそ生徒会長としての演説を生かす時じゃないか! ……でもこんな状況は想定してなかった! 今じゃ……なくない!?

 

「あ、明日……。みんなに話したいことがあるから、来てくれ……!」

 

「はい?」

 

 ああああ! 日和った! 自分で分かるくらい日和っちまった! 今日何度目かも分からないくらい顔が熱い!

 

「……ぷっ。あははは!」

 

「あ、あんこ?」

 

「お姉ちゃんなりに頑張ったのは分かったわ」

 

「……わ、悪い」

 

 よほどおかしかったのかあんこは涙が出るほど笑っていた。緊迫した空気が崩れると、お互いに立ち上がる。

 

「じゃあお話、楽しみにしてるわね?」

 

「ああ! えーと……明日こそ、ちゃんと話すから!」

 

「ふふっ。頑張って? じゃあおやすみ」

 

 あんこがドアノブに手を掛けながら、こちらを向いて年相応に笑いかけてきた。怪しく笑うことが多いあんこが家でしか見せない表情に心臓がドクン、と跳ねる。

 

「お、おやすみ!」

 

 今日は振り回されてばかりだった……とりあえず切り替えよう! 明日だ明日! 

 

「……私も大好きよ」

 

「へえっ!?」

 

 扉が閉じる音に紛れて聞こえてきた確かな告白。不意打ちと言ってもいいタイミングで放たれたそれは、私を混乱させるには十分過ぎた。一人残された私はウロウロした挙句、行き場のない気持ちをぶつけるようにベッドに飛び込んだ。

 

「……あんこの温もり」

 

 心の整理は追いつかなかったが、とりあえず明日は添い寝してあげようかな、なんて思いながら眠りについた。不思議とよく眠れた。

 

「さて。洗いざらい話してもらおうか」

 

「長丁場になりそうなら、ご飯炊いておきますね」

 

「カツも乗せてあげるわ」

 

「容疑者への詰問か!? 今日はそういうのじゃなくて、真面目な話なの!」

 

 翌日の放課後。深呼吸を繰り返してから決心してシカ部に入ったら、ライト付きデスクの前に座らされた。こいつら私をいじる時だけ息ぴったりなんだよな……。

 

「すぅー。今日集まってもらったのは他でもない。大事な話があるからだ」

 

 いつものノリをやめてもらって話を切り出すと、みんな黙って聞いてくれた。三人の視線が突き刺さる。その……言っといてなんだけど、真面目に聞かれると緊張するな。いきなりこの雰囲気だと、また耐えられなかったかもしれない。けどここまでお膳立てされて日和るほど、腑抜けちゃいねえ!

 

「私はお前ら三人のことが好きだ!!!」

 

「ふーん……」

 

「全員ですかあ……」

 

「私だけを見てはくれないのね……」

 

 くっ! この反応が返ってくることは覚悟はしていた。優柔不断な私に呆れるだろうと。だから言い出しづらかった……。だが! 言っちまったもんはしょうがねえ! これが私の正直な気持ちだ!

 

「一人だけと付き合うって選択ができねえのは申し訳ないと思ってる! だが、それほど私にとってお前らの存在は大きいんだ! 誰か一人じゃない。全員が特別なんだ!」

 

 みんなが望んだ答えじゃないだろう。客観的に見て、責任を持って誰かを選ぶべきだ。それでもこれがちゃんと向き合って出した私の答えだ! 後はみんな次第。どんな言葉も受け入れる覚悟はしてきた! ……つもりだった。

 

「「「やったー!」」」

 

「はい?」

 

 どうしていきなり全員でハイタッチする流れになったんだ? こんなこと言われたら混乱して当然のはずだ。

 

「それにしても全員に好きって言われてから切り出す辺りがこしたんだよね」

 

「そこがお姉ちゃんの可愛いところなのよ♡」

 

「まあまあ。ズルいですけど、いいと思いますよ。こうして全員を受け止めてくれたんですから」

 

「ま、待て待て! 本当に……いいのか?」

 

「何が?」

 

「いや、ほらその。私は確かに三人とも好きだけど。そっちからしたら、自分以外の人とも付き合ってる状態になる訳で。あんまり気分の良いものじゃないかなって」

 

「私だけを愛してくれても嬉しかったけど。お姉ちゃんが私を含めた全員を好きだと言うなら、受け入れるわ」

 

「そうそう。覚悟してきたのは、こしたん先輩だけじゃないんですよ」

 

「事前に話し合って決めてたしね」

 

「そう……だったのか」

 

 思えば三人まとめて大事な話があると呼び出したんだ。漫然と待ってる奴らじゃねえか……。

 

「私達は問題ないよ。こしたんから、改めて聞かせて?」

 

「うう……。その……末永く、よろしくお願いします……」

 

 私の心情の変化を把握されているようですげえ恥ずかしくなってきた。なんとか絞り出すような声で伝え切ると、それぞれの音吐で返事が返ってきた。心の奥まで、染み渡ってくる。勇気を出して良かった……!

 

「まずは何をしてもらおうかなあ。んー、悩むなあ」

 

「な、なんの話だ?」

 

 にじり寄ってくる三人に、たちまち私は追い詰められた。

 

「まさかこんなドキドキさせておいて、いつも通りの部活動を始めないわよね?」

 

「ま、まあ。気が気じゃないか。今日はひとまずおやすみに……」

 

 雰囲気が怪しい。とても目がギラついている。ようやく我慢をせずに済むと言いたげだ。こういうのは段階ってもんがある。恋人として、しっかり断らなければ。

 

「責任、取ってくださいね?」

 

「は……はいっ!」

 

 そんな考えとは裏腹に、私は雰囲気に流された。

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