しかのこ百合集   作:ゾネサー

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近すぎて、届かなくて

「どどどどどどうしよよよ」

 

「落ち着いて」

 

(ま、またやっちゃった……。千春が気付いてくれなかったら間違った情報が後世に残されて、学校転覆の責任を取らされて生徒会は解散、そして……!)

 

「死あるのみ……!」

 

「大げさ……。活動記録で漢字間違えただけ……」

 

 狸小路絹はドがつくほどネガティブな思考の持ち主である。些細なミスから発想を飛躍させてしまう悪癖があり、本人としては真面目さが故の行動であるため周囲によく嗜められている。

 

「千春……ラブたんのこと、よろしくね……」

 

「お父さんお母さんも巻き込まれた……? 大丈夫だから。一緒に直そう」

 

「うぇーん! あ゙り゙がどゔ……!」

 

「あと鼻もかもう。涙と混ざって大変なことになってるから」

 

「うん……。ちーん……!」

 

(擬音言いながらかんだ……)

 

 そんな彼女をいつもフォローしているのが幼馴染の燕谷千春。落ち着いた雰囲気を纏っており、ある先輩を推している時を除けば一見して何を考えているのか分からないほど表情の変化に乏しい。

 

(ふぅ……すっきり! 千春は優しいなあ……)

 

 そんな千春だったが、絹には彼女の優しさが伝わっていた。長年フォローしてもらっているというのもあるが、そんな一面に触れる度に絹は彼女のことが好きになっていった。

 

(やっぱり私じゃ不相応だよね……)

 

 他にも記録に誤字がないか確認しながら、絹はふと幼馴染の横顔を見た。ダメダメな自分とは違って、しっかりしている彼女。そんな認識が絹の中で強まっていく。

 

「……? どうしたの?」

 

「う、ううん。なんでもない……」

 

「…………」

 

 ネガティブな気質が足を引っ張り、絹は想いを伝えようと思ったことすらなかった。だが彼女は対照的に表情の変化が豊かである。ましてや付き合いの長い千春が違和感を覚えないはずもなかった。

 

「……帰り、お茶する?」

 

「えっ。いいの?」

 

「うん。絹なら大歓迎」

 

「えへへ……」

 

 生徒会の仕事も終わり二人は帰路に就いた。他人といる時は何かしなくてはと奇行に走ってしまう絹も千春相手では安心しきっており、そこまで会話がなくても居心地の良い静謐なひとときだった。

 

「おかえり千春。絹ちゃんもいらっしゃい」

 

「ただいま」

 

「お、お邪魔しますっ……!」

 

 やがて二人は千春の家に着いた。彼女の家は兄の善治が『喫茶ツバメ』を営んでおり、よく足を運んでいた。

 

「いつものでいいかな?」

 

「はいっ……!」

 

 何気ない時間だが、絹にとっては頑張ったご褒美だった。日野で一番の喫茶店と評される料理をご馳走してもらえるのだ。現金な話でもあるが学生の懐事情からは有り難く、また千春と一緒にゆっくり食べられるのも幸せだった。

 

「相変わらずよく食べる……」

 

「んー。ほーかな?」

 

「食べながら喋らない」

 

「……ごくん。はあい」

 

 絹は子供っぽいところがあり、千春の前では特にそんな側面を見せてしまう。普段は自制して気を付けているのだが、彼女の前ではついつい気を抜いてしまっていた。

 

「それで……?」

 

「ん?」

 

「何か悩んでる……?」

 

「えっ! なんで分かるの? ……あっ」

 

「絹に隠し事は無理……」

 

「うう……大した事じゃないんだよ? その。千春はしっかりしてるのに、私は本当にダメだなあって」

 

「……そんなことない」

 

 絹は目を丸くした。一見していつもと変わらぬ表情の千春。しかし付き合いの長い彼女には機微が読み取れていた。彼女は自分のために怒っているのだと。

 

「絹は沢山フォローしてくれてる。自覚がないだけ」

 

「ええっ!? 私が……いつ?」

 

「ずっと。コミュニケーションが苦手な私のために、いつも無理してくれた」

 

「そうだったっけ……」

 

 絹も決してコミュニケーションが得意ではない。それでも幼い頃から千春のために先んじて話すようにしていた。しかし無意識の行動であったが故に、今はある種の癖のようになってしまっている。

 

「絹のそういうところ好き」

 

「えええええ!?」

 

 カウンターの方からグラスの割れる音がしたような気がするが絹はそれどころではなかった。気持ちの整理も全くついていないのに何か言わなきゃと焦りに焦っていた。

 

「わ、わ、私も好き……です! 付き合ってください!」

 

 連鎖して倒れるグラスがウェディングベルのように祝福する中、絹は押し隠していた自分の気持ちを曝け出した。

 

「えっ」

 

「えっ?」

 

「あ……その。絹の優しいところが好きって……」

 

「あああああ! またやっちゃった……!」

 

 千春の言葉足らずも手伝って発想を飛躍させてしまった絹は混乱の極致に至って頭を抱える。するとそんな彼女を見て千春は目尻を下げた。

 

「ありがとう」

 

「えっ。えっと……?」

 

「嬉しかった。絹のこと好きなのか、考えたことなかったから。まだよくわからないけど……」

 

(可愛い……)

 

 千春は傍目から見ても頬を赤く染めると、足りない言葉を埋めるように少しずつ継ぎ足していった。

 

「知りたいから……よろしくお願いします」

 

「千春っ……! こんな私でいいの……?」

 

「うん。絹だから、いい」

 

「あ……。……ありがとう。私も、嬉しいっ!」

 

 それでも埋めきれない距離を縮めるように千春は手を伸ばした。そして絹が正直な想いと共に両手を伸ばすことで、ようやく届いたのだった。

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