しかのこ百合集   作:ゾネサー

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独りぼっちの私達

「はぁ……」

 

 こんな深い溜め息が出たのはいつ以来かしら。んー……中学二年生の時が最後かしらね。お姉ちゃんが高校に進学して、独りぼっちだった頃。

 

「きゃー! 虎視さんよ!」

 

「今日も素敵ー!」

 

「…………」

 

 沢山の人に話しかけられた。声援に応えないでいるとクールだと持て囃された。くだらない……。興味があるから近づきたいというなら、まだ分かる。こんな遠巻きに外見や成績を褒めちぎって、何がしたいのか。お姉ちゃんがヤンキーをやっていた頃はそうでもなかったのに。卒業した途端堰を切ったようにというのも嫌だった。

 

「おっ! おかえり。あんこ」

 

「お姉ちゃんただいま♡ ほら、おかえりのキスは?」

 

「新婚ほやほやの夫婦か!」

 

 そんな日々の唯一の癒しがお姉ちゃんだった。特別いじめられている、とかではないし。相談はしてなかった。それでも時折心配してくれたり、好き好きアピールにも付き合ってくれたり。本当の私を見てくれるお姉ちゃんのことが、大好きだった。

 

「ただいま。……お姉ちゃん。今日もいないの?」

 

 そんな日々も長くは続かなかった。これまでも委員会で遅くなることはあったけど、どうもそれだけじゃなかった。

 

「シカ部……?」

 

 だから偵察をしてみた。尾行と言い換えてもいい。それでのこたんと二人きりの部活を作ったことを知った。あの時はふざけた部活だと思ったっけ。尾行を続けているとお姉ちゃんが似たような状況であることも知った。もっともお姉ちゃんの場合は元ヤンを隠すために優等生を演じていたから、仕方なかったかもしれない。けれどあの時はそんなことを考えている余裕がなかったの。

 

「奈良公園へ送る前に串刺しにしてくれるわ!」

 

 私だけのお姉ちゃんを独占するなんて、許せなかった。けれど……

 

「こしたん伏せてっ!!」

 

「え? ……!?」

 

 誤爆したクナイがお姉ちゃんを襲った時、血も凍るような感覚だった。のこたんはそれを庇ってくれた。結果としては胸にしまっていたシカせんべいが身代わりになったけど……言うまでもなく狙ったことじゃない。のこたんは本当のお姉ちゃんを見てくれていて、いざという時は身体を投げ出してくれる人なのだと分かった。

 

「こんな私は妹失格だわ……。お姉ちゃんの隣にいるのがふさわしいのはあなた……」

 

 悲しみや怒りに囚われていた自分への情けなさもあった。それと同じか、それ以上に大好きなお姉ちゃんを任せられるのはのこたんしかいないと思った。

 

「そんなことない! そんなことないよ!」

 

 シカせんべいをくれたのが私だから命の恩人という理屈にお姉ちゃんは理解に苦しんでいる様子だった。だけど私には伝わった。そんな理屈は建前で、自分を見失っていたことに気付けたのなら今からでも遅くないと言ってくれたのだと。不思議だった。初めて会った私のことを、そこまで見てくれたことが。

 それからだった。私がシカ部に通うようになったのは。まだこの時はお姉ちゃんに会いに行っているつもりだった。もちろんそれも理由ではあったのだけど……

 

「のつ!」

 

「……のつ」

 

「今日は何する? シカ生ゲーム?」

 

「好きねえ。それともこの前トップだったから?」

 

「両方!」

 

 いつ来てものこたんは自然体で接してくれた。あの屈託のない笑顔が見たくて、来ていたんだ。

 

「はぁ……」

 

 また溜め息を吐いてしまったわ。今は昔のように独りぼっちじゃない。シカ部を通じてばしゃめという良き友人もできた。この溜め息はそう……嫌なものではなかった。代わりに、もどかしさが身体を駆け巡っていくよう。

 

「絵に描いたように恋する乙女ですねえ」

 

「恋って……あり得ないわ」

 

 高校生になってようやく分かった。確かに私はのこたんに特別な感情を抱いていると。けれど私はそれがどんな感情なのか測りかねていた。

 

「えー。ならその溜め息はなんですか?」

 

「これは……恋じゃないならなんだろうって」

 

「絶対恋してますって。なんであり得ないんですか?」

 

「だって私がお姉ちゃん以外に恋するなんて、あり得るわけないじゃない」

 

「あちゃー。そう来ましたか」

 

 ……この子も自然体と言えば自然体よね。そんな呆れた眼差しを隠そうともしない辺りとか。

 

「じゃああんこちゃんにとって、のこたん先輩はどんな存在なんですか?」

 

「んー……お姉ちゃんみたい、かな。一緒にいるとすごく安心するの」

 

 聞かれて、初めて気付いた。私にとってのこたんは、もはやお姉ちゃんのようなかけがえのない存在なんだと。

 

「こしたん先輩みたいなら、恋することもあるんじゃないですか?」

 

「けれどお姉ちゃんとは違うところもあるのよ。それが……よく分からなくて」

 

「ンハハァ。なるほどなるほど。それじゃあ……こしたん先輩は、どんな存在なんですか?」

 

「え? 知ってるでしょ?」

 

「好きなんですよね」

 

「大好きよ」

 

「付き合いたいって、思いますか?」

 

「え……」

 

 付き合う? 私が……お姉ちゃんと? ……考えたことなかった。私にとってのお姉ちゃんはいつも傍にいてくれる存在。それだけで私は満たされている。それ以上は……求めていない?

 

「お姉ちゃんとは、今の関係で満足しているわ」

 

「ってことは……のこたん先輩とは今の関係で満足していないんじゃないですか?」

 

「えっ!? な、なにを……」

 

「だってそうじゃないですかあ。あんこちゃんがこしたん先輩に恋することはなかったわけですから。あり得るわけ、あったってことですよ」

 

「…………そうね」

 

 私にとってお姉ちゃんは絶対的な存在。揺らぐことなどないと思っていた。だから……ずっと気付けなかった。お姉ちゃんよりも大きな存在ができていたことに……。

 

「ありがとうばしゃめ。相談に乗ってくれて」

 

「お礼は収穫を手伝ってくれればいいですよ」

 

「嫌よ。汚れるもの」

 

「がーん」

 

「またおにぎり作ってあげるから」

 

「わーい。あんこちゃん優しいから大好きです」

 

「ダメよ。好きなんて気軽に言っちゃ」

 

「あんこちゃんが言いますか……」

 

 思えば、ばしゃめは妹みたいね。お姉ちゃんからは私がこんな風に見えているのかな。これも大切な関係。シカ部は色んな人を私と繋いでくれた。のこたんの人柄がそのまま顕れているようだった。……だからこそ。

 

「ただいま。お姉ちゃん」

 

「おー、おかえり。珍しいな。こんな遅く帰ってくるなんて」

 

「うん……ちょっとね。ねえ、お姉ちゃん。大事な話があるの」

 

「え……。ちょ、ちょっと待ってな。すぅー……はぁ。な、なんだ!?」

 

「私ね、のこたんのことが好き」

 

「……知ってたよ」

 

「えっ」

 

「私に寄り添ってくる頻度が減ったもんな。さすがにお姉ちゃんが鈍くても分かるよ」

 

「そ、そうだったの?」

 

 身構えていたお姉ちゃんが拍子抜けしたように頬をかいた。……言われてみれば以前は四六時中付き纏っていたかもしれない。

 

「ちょっと妬けちゃったけどな」

 

 ……それは、つまり。

 

「お姉ちゃんもやっぱり……のこたんのことが好きなの?」

 

「へっ!? き、急にそんな……」

 

 警戒を解いていたお姉ちゃんの顔が見る見るうちに真っ赤になっていった。正直、可愛い。けどいつものようにハートマークが出てこなかった。代わりに胸の内でドクンドクンと脈打っていた。

 

「……ふぅ。好きだけど、あんことは意味合いが違うよ」

 

「そ、そうなの? じゃあ……私のことで妬いてくれてたの?」

 

「そりゃな。いつも離れようとしなかったから、寂しくもあった。……でもさ。私、ずっと考えてたんだ。あんこの隣にふさわしいのは、私じゃなくて鹿乃子なのかもしれないって」

 

「な、なんで!? 私が……妹だから?」

 

「……悪いけど、それも否定できない」

 

 ああ……こういうところ、お姉ちゃんだな。とっさに否定してもおかしくないシビアな話題なのに。嘘、吐けないんだから。

 

「ただもっと大きな理由があるんだ」

 

「それは……?」

 

 言いにくそうに目を逸らしたお姉ちゃんだったけど、もう一度深呼吸を挟んで、真っ直ぐ見据えて伝えてくれた。

 

「あんこって中学校の時……孤独、だったんだよな?」

 

「えっ!? どうして……それを?」

 

「一年半ずっと学校が終わってからシカ部に直行してただろ? 付き合いがあればそんなことはあり得ない。……ごめんな。気付くのが遅くて」

 

 するとお姉ちゃんは軽く……だけど優しく抱きしめてくれた。

 

「いいの……。気付かせないように、黙ってたんだから」

 

「話して……欲しかった」

 

「……ごめんなさい」

 

「多分な……鹿乃子はもっと早くに気付いてた。初めてシカ生ゲームやった頃には、あいつが入校許可を取ってくれてたんだ」

 

「そんな……嘘よ。いくらのこたんでも、学校での私を見てなかったのに分かるわけ……」

 

「……あんこ、約束してくれ。これから話すことは誰にも……もちろん鹿乃子にも口外しないでくれ」

 

「……!」

 

 今度は私が覚悟を決める番だった。お姉ちゃんの腕から離れて……ゆっくり深呼吸した。怖い……。嫌な予感が肌に纏わりついていた。

 

「聞かせて。私ものこたんのことが……知りたい」

 

 声が震えた。それでも逃げたくなかった。

 

「あいつが転校してきたのは知ってるよな?」

 

「ええ……そうらしいわね」

 

「転校してすぐのことだった。今は部室として使ってる空き部屋を、あいつは一人で掃除してたんだ」

 

「えっ。部室って……そこそこ広いわよ?」

 

「それにゴミも散乱してた。普通誰かとやるよな」

 

「……!」

 

 嫌な予感は、すぐそこまで迫っていた。

 

「たまたま通りかかって手伝うことになったんだが、こんなこと言いやがったんだよ。『掃除も誰かとやると、こんなに楽しいんだね』……ってな」

 

「のこたんが……転校してきたのって」

 

「……じゃないかと思ってる」

 

「そう……だったの。じゃあお姉ちゃんがシカ部に入ったのって……」

 

「いや……それは流れでそうなって……」

 

「ふふっ。お姉ちゃんらしい……。同情とかじゃなくて、ほっとけなくて優しくしてくれる。私もそんなお姉ちゃんに助けられたし、のこたんも……きっとそう」

 

「それなら……良かった」

 

 そんな状況にあったのこたんが掃除の手伝いを頼むことはないでしょう。お姉ちゃんは自分から申し出たのね。その時ののこたんの嬉しそうな表情が目に浮かぶよう。

 

「だからさ。自分にとって心地の良い空間が、あんこにとっても居場所になればいいって思ったんじゃねえかな」

 

「……知らなかったわ。のこたんがそこまで私のことを考えてくれてたなんて」

 

「どうだろうな。あんこが来るようになってから、時折見せてた寂しそうな顔もしなくなったし。案外自分のためかもしれねえけど」

 

「私がいることでのこたんに笑顔が増えたのなら……もっと嬉しいわ」

 

「そっか」

 

 一年半……いや、そろそろ二年になるわね。その間のこたんはずっと本当の私を見て、支えてくれていたのね。

 

「今度は私が。のこたんのことを……支えたい!」

 

「そう気負わなくてもいいよ。このことは頭の片隅に入れておいてくれ。……大丈夫さ。あんこにとってそうだったように、鹿乃子にとってもあんこはもうかけがえのない存在だよ。ただ……あいつから切り出すことはないと思う」

 

「もし断られたら……気まずくなったら……。居場所を失ってしまうかもしれないって? ふっ、馬鹿ね……」

 

「私もそうは思わない。ただな……あいつは馬鹿なんだ」

 

「違いないわね」

 

 そして私はもう一つ思ったことがあった。それはお姉ちゃんに比べるとのこたんのことを全然知らないということ。

 翌日。私は屋上で待っていた。髪が乱れないように押さえていると、カンカンと階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。やがて扉が開かれると息切れしたのこたんの姿があった。

 

「はあっ……はあっ……。お待たせこしあん!」

 

「そんなに焦らなくても、私はどこにもいかないのに」

 

 彼女の手に握られているラブレターは今朝下駄箱に仕込んだもの。読んでからすぐ走ってきてくれたのね。これもお姉ちゃんから聞いたこと。気持ちをぶつけられたのなら、のこたんは逃げずに向き合ってくれるって。

 

「ほ、本当に?」

 

「あら、疑うの?」

 

「う、ううん! ただちょっと急でびっくりしちゃって……」

 

 珍しくのこたんは戸惑っていた。こんな姿は初めて見た。きっと私の知らないあなたは、たくさん潜んでいる。

 

「じゃあ改めて。私は……のこたんのことが好き」

 

「はうう……」

 

 あらら。涙目になりながらへたり込んじゃった。可愛い♡ これから私はあなたの一番近くで、誰よりもあなたのことを見ていたい。そう思いながら、手を伸ばした。

 

「返事を、聞かせてくれるかしら?」

 

 のこたんは少しの間差し出した手を見つめていた。慣れないものを見るように、目を丸くしていた。掴んだ手を引っ張り上げると、勢いそのままに抱きしめられる。ちょっと痛いくらいに、強く。

 

「嬉しいっ! 私も……大好き!」

 

 胸の熱さを分け合うように、そっと背中に腕を回した。この時のこたんが浮かべた笑顔を、私は一生忘れないでしょう。

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