一目惚れだった。可愛らしくて、朗らかで……自由で。そんなのこたん先輩とお近づきになりたい。そう思ってから早くも一年経ってしまった。
「会長は……その。し、シカ部の部長も兼任されてると聞きましたが……本当ですか?」
「そうだけど……それが何か?」
「……いえ……」
「もしかして燕谷さんシカ部に入部希望だったりするのかしら?」
「……………」
確実に近づける方法が一つだけあった。シカ部に入ればよかった。何度も考えた。けど、決心する勇気が湧かなかった……。このままじゃ、いけない。そう思って絹に誘われて入った生徒会をきっかけにしようとした。
「ヌン? もしかして今度こそ……入部希望者!?」
「え……その、会長が在籍してると聞いたので……」
「なーんだお客さんかあ。ささっ。入って入って!」
「……お邪魔します」
会長がいるなら緊張しないかもしれない。そう思ってシカ部の扉を叩いた。……会長がまだ来ていない上に何故か他の部員の姿もなかった。のこたん先輩と二人きりっ……!? 頭が……真っ白に……。ああ、まるで会長と待ち合わせていたかのような流れに。そんな約束してないのに……。しておけば、良かったかな。いつもそう……口下手だから、上手くいかない。
「もぐもぐ……うまー♪」
ああ……シカせんべいを頬張るのこたん先輩可愛すぎる。写真に納めたいのに緊張しすぎて身体が動かない……。
「こしたんならすぐ来ると思うからさ。自分んちだと思ってくつろいでね」
「ありがとうございます……」
見つめるばかりで何も言えなかった私に優しく接してくれた。それでいて自然体で、底抜けの明るさでこちらまで照らされるよう。私ものこたん先輩のように……なれたらな。
ほどなくして会長がやってきた。戸惑いながらも過去のシカ部の活動を紹介してくれた。シカコレ……? の話で盛り上がる二人。普通におしゃべりできる会長が羨ましい……。……!? の、のこたん先輩が沢山のシカせんべいを私に……!? それに特別な草まで……。その後も色々もてなしてもらって、少しずつのこたん先輩とおしゃべりできるようになってきた。
「また来てね!」
「……! ……はい」
……勇気を出して、良かった。それからだった。体育祭に美術の授業と千変万化の姿を見せてくれる推しの姿をカメラに収められるようになった。だからもっともっと……と思い切って日野動物園でバイトするのこたん先輩に会いに行ったりもした。緊張したけど二人でお話できたし、ツーショまで撮ってもらえた。これ以上の幸せはなかった。
「そんなに……大事なのか。そいつのことが……?」
お兄ちゃんに問われた言葉の意味。あの時は急に現れたせいで何も分からなかったけど、落ち着いた今は少し分かるかもしれない。もちろん私にとってのこたん先輩は大切な存在。問題はそれが推しとしての好きなのか……それとも。
「絹。どう思う?」
「わ、わ、私!?」
「他に相談できる人いない……」
お兄ちゃんは「幸せになれっ……!」って走り去っていったし……。絹は生徒会室を見渡すとつっちーと戯れる副会長を見てから、手のひらに拳を置いた。
「か、会長はどうかな?」
「ちょっとたぬき! なんで私よりここにいない虎視虎子なのよ!」
「ひぃ……ごめんなさい。腹を切ります……」
「どうどう」
「うう。だって副会長はシカ部を潰そうとしていたので……」
「い、今はしてないでしょ! 虎視虎子に負けるくらいだったら、私が相談に乗ってやるわよ!」
「……お願いします」
「それであいつのことどう思ってるかって話だったけど……。その。あんたは恋人になってやりたいこととかあるわけ?」
「やりたいことと言うと……」
「て、手を繋いで帰ったりとか。お休みの日に二人だけで出掛けたりとか?」
「わァ。副会長可愛い」
「たぬきあんた私のこと馬鹿にしてるでしょ! にゃー!」
「ぴえっ。そ、そういうつもりじゃ……」
絹は子供が好きだから、背の小さい副会長をついあやすように接してしまって怒られることが多々ある。
「まあまあ。……そうですね。したいです」
「じゃあ本気で好きじゃない! さっさと当たって砕けなさいよ!」
「砕けちゃダメですよ!?」
「だって私あいつがどう思ってるか知らないし……」
「だから会長に相談しようとしたんですよぉ……!」
そっか。絹が相談に乗ってくれなかったのは、色々考えてくれていたんだ。
「ありがとうございます。二人とも」
「……!」
「千春。感情を言葉にするようになったよね」
「そう……かな?」
「うん。今の千春は前よりもっと頼もしいよ」
「……嬉しい。私も、絹のこと頼りにしてる」
「うぇーん……! 千春……。こんなダメダメな幼馴染を……!」
「よしよし」
絹が落ち着くまで頭を撫でていると会長がやってきた。二人が気を遣って席を外してくれて、二人きりに。
「あれ!? 生徒会の業務は!?」
「まあまあ。そんなことより」
「生徒会役員がそんなこと扱い!?」
「私……のこ先輩のこと、好きです」
「え……いや、知ってるけど……」
「その。……ラブ、の方です」
「えっ! そ、そうなの? いやまあおかしくはないか……。こ、こほん。それで?」
「先輩は私のことどう思ってるかなと……。もし告白したら困らせてしまうんじゃないかって」
「そうだな……。印象はいいと思う。会いに来た時はいつも嬉しそうにしてるからな」
「……! それなら……」
「……ただ。恋愛対象として見ているかっつーと、そうじゃねえかな。懐いてくれる後輩の一人みたいな」
「そう……ですよね」
分かっていた。これは勇気を出せずに一年間何もできなかったツケが回ってきたんだ。
「そう落ち込むことはねえと思う。鹿乃子はあれで恋愛ごとにはしっかりした価値観持ってるからな。無碍にはしねえと思うぜ」
「会長ってそんなところまで知ってるんですね」
「ま、まあシカ部を立ち上げてからの腐れ縁だからな。あ! 恋人とかじゃねえから! 気にしないで!」
恋人じゃないのにそれほど深いところまで知っている……。二人の間にはシカ部という繋がりがあったから。きっとのこたん先輩も同様に会長のことを知っているんだろうな。……そっか。
「ありがとうございます。あの、もう一つだけいいですか?」
「いいよ。なんでも言ってくれ! お膳立てくらいならしてやれるぜ」
「……!」
お膳立て……そうだ。ここで会長を介してなんて意味がない。それじゃあ、一方通行のままだ。
「……明日、部が始まる前に二人きりになれるようにしてもらえますか?」
「おう! 任せとけ! 頑張れよ!」
翌日の放課後。私は部室の前まで来ていた。新学期が始まった頃に訪れたことを思い出す。今日は絹にも会長にも頼ることができない。あの時も偶然そうなって、自分からは話せなかった。……けれど私はのこたん先輩に憧れて、その人柄に引っ張られて、感情をさらけ出すようになった。私は……変わった、のだと思う。そして……もっと変わりたくなった。だから……!
——コンコン。ノックの音が小気味良く響く。すると電光石火の速さで扉が開いた。
「また来てくれたんだ! こしたんももう少ししたら来ると思うよ」
「いえ。今日はのこ先輩に会いに来ました」
「嬉しいっ! ささっ。上がって上がって!」
「……その前に一つだけいいですか?」
「ヌン? なーに?」
声がが細くなってしまった。覗き込んでくるのこたん先輩可愛いっ……! 思わずシャッターを切りたくなる。けど、今はそれ以上に……!
「私をシカ部に入れてください……!」
「……! 本当に!? やったー! これでまた賑やかになるぞー!」
言えた……! この一言のために、とんだ遠回りをしてしまったかもしれない。けど巡った回り道はたった今、一本道じゃなくなった。私はもっとのこたん先輩のことを深く知りたい。そしてのこたん先輩に私のことを沢山知ってもらいたい。今は……それだけが、全て。……!? わっ!
「それじゃあこれからよろしくね! 一緒にシカを極めよう!」
「はいっ……!」
こうして私は手を引っ張られながら、本当の意味でシカ部に足を踏み入れることができた。