「お待たせっ」
「おー。今日は遅れなかったな」
ある日の休日。今回の目的地は学校がある日に気軽に寄れるような場所ではなく、こしたんは今日という日がやってくるのが待ち遠しくてもどかしかった。上辺は平然としているが、鹿乃子もそうだったのかなと気になっている。
「……? 顔に何かついてる?」
「べ、別にっ……! なんでもねえよ」
「もしかして……私に見惚れてた?」
「図に乗るな」
(ああ、そうだよ! 普段よりおめかししてきやがって! それほど気合い入れてくれたのか? こういう時『似合ってるね』なんて普通のカップルなら言うんだろうな。私達には無理だけど)
「ヌンヌーン♪ こしたんとデート♪ 遊園地デート♪」
「あ、あんまりデートデート連呼するなよな。周りの目もあるんだしさ」
「こしたん。……処女っぽ」
「おまっ!? そういうところだぞ!」
こしたんとしてはいじって欲しいか否かで言えば否なのだが、相変わらず遠慮がないのは嬉しかった。付き合うことで変わったこともあったが、変わらなかったものもあった。
(結局私はこいつと馬鹿をやる日常を案外気に入ってしまってるんだろう)
「ほら。行くぞ!」
「うん!」
悪目立ちはしたくないが、実際のところ周囲の目など対して気にしていなかった。そんなものより自分の手を嬉しそうに掴むのこたんの笑顔に吸い寄せられていた。
(……やれやれ。惚れた弱みってやつかな)
「フフンフーン♪」
「それ行け元ヤンこしたーん」
「おいこら」
「今のはこしたんが誘ったでしょ」
ただ目的地に向かって移動してるだけなのにこしたんは気分が高揚して仕方なかった。座席に並んで座っていると、不意にのこたんが寄りかかってくる。少し照れくさそうにし、こしたんもそうした。互いの体温が相手に伝わるのが、二人とも心地良かった。
「着いたー!」
「意外とすぐだったな」
「さすが同じ東京のネズミーランド!」
「いや名ばかりの千葉なのよ」
「なんだか日野みたいだね」
「確かに」
本当に日野市のご当地キャラになりたいのか甚だ疑問な会話をしながらチケットを購入すると、二人はゲートを潜っていった。広がる夢のような空間が彼女たちのテンションを知らずのうちに上げていく。
「いきなりおみやげ?」
「いや目的は……これだ!」
こしたんが手に取ったのは猫耳のカチューシャ。早速付けた彼女はなんと猫のように手を丸めてアピールした。
「ど、どうかな?」
「猫に寝返ったかっ……!」
「うわあ!? デート中に世紀末モードになるな!」
「いつか猫から動物ランキング一位の座を奪ってみせる!」
「諦めろ」
しかし可愛らしい猫耳を選んだことが仇となり、のこたんは鹿として張り合ってしまった。
(しまったあ……! 照れ臭くて誤魔化しちゃった! 私の馬鹿馬鹿!)
(さすがにツノはねえけど、これでお揃いだな……♪)
「ん」
「えっ」
お店を出るとこしたんが手を伸ばした。いつものように手を繋ぐのかと思ったのこたんだったが、その割には深くまで入ってきていた。
「腕だよ腕。……今日くらいいいだろ」
「ええー!? う、うん……」
彼女から素直に恋人らしい行為を要求してくるのは珍しく、のこたんは思わず動揺を声に出してしまう。おずおずと差し出した腕にこしたんが自身の腕を絡めると、二人はゆっくりと歩き出した。
(う……。心臓のドキドキ伝わっちゃってないかな。……伝わっちゃってるよね。だって……)
(さ、さすがに大胆すぎたか!? 鼓動が痛いくらい速ぇ!)
初々しいカップルが初めに向かったのは乗り物で運ばれて巡るタイプのお化け屋敷。どさくさに紛れてもっとくっつきたいと目論んでいたこしたんだったが……
「ヌーン!?」
「や、やれやれ。怖がりだなあ」
水入りペットボトルでも突き付けられたのかというくらいのこたんの方からくっつかれる。正直こしたん自身も怖かったが、姫を守る騎士のような優越感の方が勝り、上機嫌で出口から出てきた。
「もっと楽しいのにしよう!」
「例えば?」
「ジェットコースター」
「普通じゃん」
「いいの! 普通で!」
今日はずっとのこたんとくっついていたかったこしたんにとっては安全面の都合で離れざるを得ないアトラクションに難色を示す。だが乗るジェットコースターで迷うのこたんが目を輝かせているのを観て、やはり彼女の笑顔を優先するのだった。
「それじゃあ被り物は荷物にお預けください」
「はーい」
「よいしょっと」
「きゃあ!? 頭大丈夫!?」
「おい鹿乃子、取りすぎだ」
「こりゃ失礼」
「折れ……え? 被り物じゃない……!?」
ちょっとしたトラブルはあったものの、無事乗り込んだ二人はゆっくりと迫り上がっていく時間を味わっていた。
「ねえねえ。知ってる?」
「なんのことだ?」
「最後に落ちるところでさ。写真撮ってくれるんだって!」
「へー。知らなかったな」
「だからさ——」
「——え! い、いやそれはさすがに……」
「お願いっ!」
「う……き、今日だけだからな!」
「やったー!」
そうしていよいよクライマックス。乗客の大半が両手を上げて叫ぶ中、二人はCのような形にした手を横に伸ばしてくっつけた。——カシャ! カメラは二人で象ったハートマークを捉えた。
「あ……あ……」
到着後、降りた先にあるモニターを見てこしたんは固まっていた。
「これ全員写ってるから他の人も私達のやつ買うんじゃ……!」
「ヌン? そうだよ」
「いくらなんでも恥ずかしいっ……!」
公衆の面前でなければのたうちまわりたいほどの羞恥が襲いかかり、真っ赤になった顔を思わず覆う。
「大丈夫だって! 今時のJKはこれくらいやるよ!」
「JKのノリで流してくれるかなあ……」
「えへへー。宝物にしよー」
「……。ま、いいか」
(私も宝物にしよう。……あんこには絶対見つからないようにしねえと)
もちろん見つかって一騒動起こるのだが今は知る由もなく、なんだかんだ言いつつも写真を見て同じように嬉しそうにするのだった。
「お次は上がって落ちるやつ!」
「ジェットコースターもそうだけどな?」
(鹿乃子は絶叫系が好きなんだな)
「あばばばばば」
「……の割にはビビるんだよな。怖いものみたさってやつか」
子供のように無鉄砲にはしゃぐのこたん。コロコロと変わる表情を見守りながら、こしたんは穏やかに微笑むのだった。
午前中に絶叫系を中心に巡り少々疲れたということで、二人は一度ご飯休憩を取ることに。
「タピうまー」
「本当好きだな」
「こしたんと一緒に飲んでからお気に入りになっちゃって」
「そ、そうかよ。そういえば今度新しい味入荷するらしいぜ」
「え! ほんと!?」
「ああ。また学校帰りにでも寄ろうぜ」
「うん。絶対行く!」
ただご飯を食べながら話しているだけでも楽しく、のんびりと二人だけの世界を過ごしたのだった。そして午後になり、今度はこしたんの希望するアトラクションを中心に回ることに。
(……それにしても)
「〜♪」
(こしたんの方から抱きつかれると緊張するっ……!)
様々な仕掛けが施された部屋から時間内に脱出するアトラクションに参加する二人。手分けして手掛かりを探す方が効率はいいのだが、こしたんが離れようとしなかった。
「ブー! 不正解だチュー!」
「最近のネズミーランドってこんなノリなんだ」
「こしたんそろそろ助けてよー!」
「どれどれ……01358?」
「隠されてた数字全部見つけたからこれが答えだと思ったのにー! 順番が違うのかな?」
「ああ……よく見てみな。回答を入力するところに受話器が置いてあるだろ」
「電話でヒント聞けるってこと!? ……固定されてて取れないよ!」
「某番組じゃねえんだから。つまりよく見ると固定電話を彷彿とさせる形になってるんだな」
「でも電話番号にしてはなんか変じゃない?」
「チッチッチ。大事なのは数字の配置さ。当て嵌めると1と3が左上と右上にあって、580が縦に並ぶだろ。これを結ぶと何かの形に見えないか?」
「あっ。Yになってるー!」
「ピンポンピンポン! 正解だキュー」
「語尾くらい統一せえ」
「さっすがこしたーん!」
「あたぼうよ!」
(……改めてこしたんって頭いいよね。元ヤンを隠すためとはいえ一杯勉強して、学年トップ取り続けてたんだもんね……)
第一関門を突破した二人は順調に進んでいき最終ステージまで辿り着いた。
「4! これだ! もらった!」
「落ち着きなって。よく見な。もう一本余ってるだろ」
「14ってこと?」
「ちゃんと確信が持てるようにヒントは貼ってあるよ」
「貼ってあるって……あれ? 世界地図?」
「そう。だから完成するのは4に似てるけどもう一本足した形の方位記号! あとは回答スペースの位置と地図を照らし合わせてみな」
「分かったー! Nだ!」
「おめでとう! 君達の勝ちだ!」
「はーはん? なるほどね」
「何がなるほどなの?」
「全部繋げると『YOU WIN』になるわけだ。洒落てんな」
「えー! 本当だ! すごいすごい!」
(カッコいい……)
最初はくっついてくるこしたんにドキドキしていたのこたんだったが、途中からは凛々しい彼女の横顔にドキドキしっぱなしだった。ゴールに辿りついた彼女達が記念品を貰うとそこにはクリアタイムと今日の参加者のクリア率が記されていた。
「やっぱりアトラクションなのに結構難しいんだね。時間もギリギリ! こしたんならもう少し余裕持っていけたんじゃない?」
「かもな。けどお前と一緒にうだうだ言いながらやってく方が楽しいと思ったんだよ」
「……!」
ただでさえどぎまぎしていたのこたんだったが、不意打ちのように照れながら笑いかけてくるこしたんを見て愛おしさが胸元に突き上げてきた。
「……惚れ直しちゃった」
「へっ! ま、まあ。それほどでも? あるっていうか……うん」
そっくりそのまま返されたカウンターに感情が昂りしどろもどろになるこしたん。抱きついてくるのこたんに頬を紅潮させながらも、幸せそうに笑って並んで歩いていくのだった。
やがて日が落ちてきて、最後のアトラクション。身体と頭を使い果たした二人は観覧車に乗って景色を眺めていた。
「綺麗だねー」
「そうだな」
「日野は見えるかな?」
「見えないし、見えたとしても分からないと思うぞ」
「そりゃそっかー」
身を乗り出してあれやこれやと指差すのこたん。はしゃぐ子供を相手する母親のように相手していると、不意にのこたんが対面に移動して座った。
「どうした?」
「今日はありがとね。すっごい楽しかった!」
「へっ。あ、ああ。……それは私も。何もかも忘れて楽しんじまった」
「私としては普段からあれくらいくっついて欲しいなー」
「む、無理無理! 恥ずかしすぎるから!」
「ヌーン……残念。……みんなと一緒にいるのもはちゃめちゃに楽しいんだけどさ。たまにはこうして二人だけで過ごしたいな」
「……お前ってさ。時々恥ずかしいことをストレートに言うよな」
「好きだもん。こしたんのこと」
「そういうところだぞ……」
(ずるい。私だってもっともっと、お前に気持ちを伝えたいのに)
屈託のない真っ直ぐな目が向けられる。こしたんは、今日という特別な日なら自分もそんな目を向けられそうな気がした。
「もちろんいいぞ。どっちの時間も大切にしていこうぜ」
「うんっ!」
「それと……」
「……?」
「ふ、服っ……! 似合ってる……な」
「えっ? 今ー!?」
「う、うるせえ! 言いそびれちまったんだよ!」
「あははっ! 変なのー! ……ありがと。嬉しい! こしたんも似合ってるよ! 悔しいけど、その猫耳も!」
「お、おう。ありがとな」
同じタイミングで顔を見合わせる。するとなんだかおかしくなって、二人とも心の底から笑ったのだった。