五月、クラス対抗戦当日。
第二アリーナ第一試合。組み合わせは一夏と鈴音。片や貴重な男性操縦者、片や中国の代表候補生。話題性は十分すぎたようで、観客席は満員御礼。立ち見の生徒まで出る始末だ。それでもまだ入りきらないので、あぶれた生徒や関係者はリアルタイムモニターで鑑賞するのだとか。
そんな、人でごった返す観客席にジギスヴァルトの姿もあった。隣には本音が座っていて、そのさらに隣には癒子とナギが座っている。
一夏と鈴音は既にISを展開して向かいあっている。二人は何事か話しているようで、それを見てジギスヴァルトは溜息を吐いた。なんだか最近溜息が増えている気がする。
「ジグ君どうかしたの?」
「いや……その、なんだ。結局解決しなかったなと思ってな」
「?」
何のことだろうと首をかしげるナギに、本音が補足する。
「おりむーとりんりんが喧嘩しててー、まーだ仲直りしてないんだよねぇー」
「そうなんだ?」
「でねー、りんりんがー、何度かれっひーに相談しに来たんだよねぇー」
「へーえ?」
癒子にニヤニヤした顔を向けられ、ジギスヴァルトは顔をしかめる。
「やっぱジグ君って割と面倒見いいよね」
「……鈴が一方的に押しかけてきただけだ」
実際、初めて会った日に相談に乗ってから(あれを相談と言っていいかは甚だ疑問であるが)、数日おきに鈴音が部屋に来た。来て、愚痴をこぼして、帰って行った。
曰く、一夏が謝りに来ない。曰く、自分のことなど気にもせずにセシリアと訓練に打ち込んでいるのが腹立たしい。曰く、もしかしたら自分は一夏にとってどうでも良い存在なのではないか。曰く、曰く、曰く――。
とまあ、挙げればキリが無いのだが。とにかく、何度も何度も愚痴を聞いてやったというか、聞かされた。正直ときどき本音が一緒に聞いてくれたのはかなり助かった。精神的に。
そういうわけであるから、あそこで交わされている言葉も不毛なのだろうなと思えてならない。数日前に痺れを切らした鈴音が一夏に会いに行ったとき、あの馬鹿者が何やら大失言をやらかしたとも聞くし。
「ああ、空が青いな。鳥が飛んでいる……」
「ジグ君? おーい、ジーグくーん。帰ってこーい」
ああ、願わくはこの試合で鈴音が鬱憤を晴らしきってくれますように――。
★
試合開始のブザーが鳴り終わった直後、二人は激突した。斬りかかった一夏の雪片弐型を鈴音は二本の青竜刀《双天牙月》で受け止め、押し返す。体勢を崩した一夏に立て直す暇を与えず追撃。両手のそれを器用に回転させ、あらゆる角度から斬り込んでいく。
二刀を扱うというのは単純に刀を二本振り回せば良いというわけではない。例え一刀の達人が二刀を持ったとしても、互いが互いを邪魔しない振り方を最低限身につけられなければ素手にも劣る。
その点、鈴音は代表候補生の名に恥じぬ技量があるようだった。一夏に反撃の隙を与えない。試合開始時に踏み込んだ以外、彼は防戦一方だ。
このままでは埒が開かない。そう判断した一夏は一度距離を取るべく後退。それを鈴音は追わず――。
「甘い!」
鈴音のIS
「ほう、あれが衝撃砲というものか」
一夏が吹っ飛ばされたのを見て、観客席のジギスヴァルトが興味深そうに呟いた。
「衝撃砲?」
「なにそれ?」
癒子とナギの問いに答えたのは――意外にも本音だった。
「空間に圧力かけて砲身を作ってー、そこから余分な衝撃波をバーンと撃っちゃうすっごい兵器だねぇー。見えないからちょお避けにくいよー」
ジギスヴァルトが、癒子が、ナギが、固まった。
「……? みんなどーかしたー?」
「いや、その、なんだ。意外というかだな」
「本音がまともなこと言ってる……」
「しかも専門的なこと言ってる!」
日頃皆がどう思っているのかが非常によくわかる反応だった。それを目の当たりにした本音はしばらくきょとんとしていたが、ややあって理解が及んだのか――遅れて怒り出した。
「ひーどーいー! てゆーかゆーこたちはいーけど、れっひーは数学とか教えてあげたでしょー!」
「いや、すまない。確かに数学は教わったが、君がISのことに詳しいとは夢にも思わなかった」
「むーむー!」
「よせ、やめろ本音。悪かった。謝るから殴るのはよせ。地味に痛い」
「ゆーるーさーなーいー!」
そのままじゃれ合いだした二人を見て、癒子とナギは顔を見合わせた。
――こいつらもう付き合っちゃえばいいのに。
お互いが同じ事を考えていると確信した二人はうなずき合い、ステージに視線を戻す。
いまだに試合は続いている。鈴音が撃つ衝撃砲を一夏がかろうじて避けているが、よく見ると二人とも口元が動いている。何事か言い争っているようだ。
「いい加減降参して謝りなさいよ!」
「だからこないだも言ったろ! 説明してくれりゃ謝るって!」
「説明したくないって言ってんでしょうがこの馬鹿!」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよバーカ!」
「誰が馬鹿よこのアホ! 間抜け! 朴念仁!」
「誰が朴念仁だこの貧乳!」
「また貧乳って言ったわね!?」
……よそでやれ。
もし誰かがこの会話を聞いていたなら、間違いなくそう言っただろう。試合中に痴話喧嘩なんてしてんじゃねーよ、と。
しかし本人たちは至って真剣で、そしてしつこいようだが今は試合中である。つまり両者ともISに搭乗しており、さらに一夏は先日やらかしてしまったのと同じ事をした――鈴音にとっての禁句を再び口にしてしまった。
激昂した鈴音が衝撃砲の出力を上げた。スペック上の限界まで威力を引き上げられたそれの装甲内部がこれまでより強く輝く。
(あ、やべ、死ぬ)
一夏がそう感じたときだった。
――ズドオオオオンッ!!!
「!?」
アリーナ全体に轟音と衝撃が走った。鈴音の衝撃砲ではない。それならば一夏に当たっているはずだ。
だが、煙が上がっているのはステージ中央。どうやら何かがそこに落ちてきたようだが――そこに落下するためには
状況がわからず混乱する一夏に鈴音からのプライベート・チャネルが飛んできた。
『一夏! 試合は中止よ! 今すぐピットに戻って!』
さっきまで怒っていたくせにいきなり何を言いだすんだ――と彼が思った瞬間、白式のハイパーセンサーが緊急警告を発した。
〈【警告】熱源確認/所属不明のISと断定/ロックされています〉
「なっ――」
それはつまり、そこにはアリーナのシールドを突き破れるほどの攻撃力を持つISが居るということであり。
アリーナのものと同一であるISのシールドをも敵は貫通できる、ということを示していた。
★
緊急事態。現状を表現するのにこれほど的確な言葉もないだろう。
正体不明のISがアリーナのシールドを破って乱入してきた。それだけでも異常なことだが、事態はそれだけにとどまらない。
「ちょっと、早く行ってよ!」
「無理よ! 前が全然進まない!」
「ドアが開かない! どうなってんの!?」
出口がロックされているらしく、避難が全く進まない。ステージでは一夏と鈴音が敵IS――黒い全身装甲型――と交戦している。教師や警備部隊が来ないところを見ると、アリーナのシールドレベルが上げられているのかも知れない。
(……これはまずいかも知れんな)
このままではパニックになった生徒たちが怪我をする可能性がある。それに、敵ISに一夏たちが倒されないとも限らない――否、アリーナのシールドを破った敵の火力を考えれば倒される可能性が高いだろう。
行動を起こすべきだ。だがジギスヴァルトに取れる手段は数少なく、独断で実行するのは問題がある。
彼は上着のポケットから携帯端末を取り出し、千冬に連絡を取ることにした。
――なかなか出ない。この非常事に知らない番号から通信が入っているのだから当然とも言えるが。
根気よく呼び出し続けて――ようやく繋がった。
『――誰だ?』
「ブレヒトです」
『……何故私の番号を知っている』
「いざというときのために、と束さんが教えてくれました」
千冬が溜息を吐くのが聞こえた。
『まあいい。それで何の用だ? 見ての通りの非常事態だ、下らん用ならタダでは済まさんぞ』
「アリーナの扉をぶち抜く許可を頂きたい」
『……なに?』
「生徒たちがパニックになっています。このままでは負傷者が出る。避難させなければまずい」
『……ふむ』
数秒の間。
『構わん、やれ』
「
すぐさま端末をしまい、とりあえず手近なドアへ向かう。
「れっひーどーしたのー!?」
「私のISで扉を破る。本音はここで待っていろ」
生徒たちを掻き分けて進んでいく。とは言え、数少ない男であることが幸いしたのか、彼が進もうとするとたいていの生徒は避けてくれた。
「どいていろ。怪我をする」
扉の周りに居た生徒を退かせ、扉を見る。
(実弾兵器では跳弾の可能性がある。だがグライフでは熱で生徒に被害が及ぶかも知れん。となると……)
彼はシャルラッハロート・アリーセを右腕のみ部分展開し、さらに大剣を展開した。
この大剣は切断を目的としたものではない。刃はあるが切れ味は悪く、攻撃においての性質は打撃に近い。
故に、その威力を受けた扉は――ひしゃげ、砕け、崩れ落ちた。
その、攻撃の見た目に反した結果に唖然とする生徒たちに、ジギスヴァルトは声を張り上げる。
「何をしている! さっさと避難しろ!」
我に返った生徒たちが出口に殺到した。
それを本音や癒子、ナギに手伝ってもらいながら誘導していると、今度は千冬からジギスヴァルトに電話が入った。
「はい」
『そこから中継室が見えるか』
「中継室?」
審判やナレーターが使っていたあの部屋だろうか。
「見えます」
『お前のISを使ってどのくらいで着く?』
「壁をぶち抜いて良いのなら外を回れるので、五秒程かと思いますが」
『ならばすぐに向かえ』
「何故?」
『私やオルコットと一緒に管制室で観戦していた篠ノ之が居なくなった。監視カメラの映像では中継室に向かっている。何をする気か知らんが、ろくなことにならんだろう』
「連れ戻せと?」
『――いや、それは手遅れだ。今篠ノ之が辿り着いた。すぐに向かえ』
「Jawohl」
通話を切り、彼は本音に事情を説明した。
「れっひー、怪我しないでね」
「もちろんだ。私とて痛い思いはしたくないからな」
そして彼はISを完全に展開し、大剣で壁をぶち抜いて飛び立った。
★
「一夏ぁっ!」
アリーナのスピーカーから大声が響いた。キーン……とハウリングが尾を引くその声は箒が中継室のマイクを使って発したものだ。
「男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てずしてなんとする!」
それは叱咤、あるいは激励のつもりだったのだろう。
だが今は戦闘中である。
やはりと言うべきか、敵ISは箒に反応した。一夏と鈴音そっちのけで、巨大な腕を箒に向ける。その腕には――大口径のレーザー砲がついている。
「箒! 逃げろ!」
一夏の叫びも虚しく、砲にエネルギーが溜まっていき/箒の背後の扉が吹き飛び/敵ISがレーザーを放った。
死を予感し咄嗟に目を瞑った箒だったが、いつまで経っても体が灼かれない。
「何を馬鹿なことをしている篠ノ之……!」
名を呼ばれて恐る恐る目を開けると、目の前に緋色の全身装甲が見えた。
「ブレヒト……?」
それは扉を破壊して駆けつけ、大剣を楯にしてレーザーを防いでいるジギスヴァルトだった。
かの大剣の銘は《
この大剣の真の用途は“反射”。刀身に特殊なコーティングを施し、敵のレーザー兵器を刀身で反射させる。それにより
しかしシールドを張るのではなく“刀身で反射させる”ということは、“刀身の幅を超える太さのレーザーは防ぎきれない”ということ。
ヴォーパルシュピーゲルの幅は四十センチ程。そして今、敵ISが照射しているレーザーの幅は完全に剣の幅を超えている。彼は剣だけでなく、己の足や
しかも、反射できているレーザーが少なすぎる。敵のレーザーの大出力にかき消されて敵まで届いていない。よって敵のレーザー砲を破壊できず、彼は敵が照射し続ける限り受け止めなくてはならない。
故に――彼の装甲はどんどん破壊されていく。
「ブレヒト、装甲が……!」
「黙っていろ。――一夏! 今なら敵は動けん、さっさと
呆然としていた一夏が我に返り、零落白夜を発動。先日セシリアに教わっていた
そこまで見届けたところで、ダメージの限界がきて――ジギスヴァルトの意識は途切れた。
主人公側ばかり描写していたら一夏たちの戦いがあっさりうすしお味に。
なお、主人公に箒フラグは一切立ちません。