IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

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第一〇話:生き物の脚は飾りではない

 

 ――目を開けると、本音の顔が目の前にあった。

 

 というか、唇に何か柔らかいものが当たって――。

 

「――――っ!」

 

 私の目が開いていることに気づいた本音の目が見開かれ、物凄い勢いで離れていく。椅子がガタッと音を立てた。

 

 現状を確認しよう。私はベッドに寝かされている。ベッドを囲むようにカーテンが見えるので、おそらくは医務室か病院といったところか。

 

 部屋は暗い。正確な時間はわからないが夜であるのはわかる。両脚に痛みがあるのは篠ノ之を庇ったときに灼けたからだろうか。その他にも体中至る所が痛むが――おそらく私は気絶して倒れ込んだのだろうから、その時に打ち付けたのだと信じたい。火傷だったら水ぶくれが出来たりして見た目にグロテスクなので勘弁してほしい。

 

 水ぶくれといえば、水疱瘡(みずぼうそう)という病気はある程度成長してから(かか)ると痕が残って大変だそうだ。以前、戦場で共に戦った男が笑いながら痕を見せてきた。あれはなかなかに――うむ。あまり積極的に見たいものでもない。

 

 ――さて。現実逃避などしていないで、そろそろしっかり考えようか。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 ――気まずい。

 

 ジギスヴァルトも本音も言葉を発さない。ジギスヴァルトは、現状を把握するために思考を巡らせているため。そして本音は羞恥心のため。

 

 特に本音の方は深刻だ。あまりの恥ずかしさでフリーズしている。

 

 怪我をして寝ているジギスヴァルトを見ているとどうしようも無く不安になって、心配で、そして――やっぱり自分は彼が好きなのだろうと、思って。そして気付いたらあんなことをしていた。

 

 場所は医務室、時刻は午後十時。寮の門限などとっくに過ぎている。保健医が促しても本音は頑なに帰ろうとせず、とうとうこの時間まで居座っていた。おそらく明日は寮長である千冬のお説教が待っているだろう。

 

 保健医はだいぶ前に「何かあったら呼んで」と言い残して出て行った。今、この医務室には二人きりだ。だからこそあんなことをしたのだが――。

 

(でもでもでも、なんであんなタイミングで起きるのー!?)

 

 せめて離れてから起きてくれればこんなにも慌てることはないのに。

 

「……本音」

 

「なっ、何ー!?」

 

 明らかに狼狽えて声が裏返っている。が、そこには突っ込まず、ジギスヴァルトは最優先事項を確認する。

 

「篠ノ之はどうなった?」

 

「……え?」

 

 どう考えたってさっきのことを聞かれる――と思っていた彼女は拍子抜けしてしまって、つい間の抜けた声を出してしまった。

 

「……れっひーのおかげで、無傷だったよー」

 

「そうか。それはよかった」

 

「よかったって……でもれっひーが!」

 

 普段のような間延びした喋り方でないのはそれだけ余裕が無いのだろうか、と考えて彼は少し笑った。それだけ心配してくれていると思えば嬉しくもある。おそらくは勘違いではないはずだ。

 

「そうだ、私の体はどんな状態だ? さっきから脚が痛くてな」

 

「それは……」

 

 言いづらそうに本音が俯く。何も言わずに待っていると、意を決したか、ぽつぽつと話してくれた。

 

「……脚が一番酷いの。バリアをぬいたレーザーが装甲に当たって、最後は脚の装甲が無くなっちゃって……。いちおー絶対防御は発動したけど、完全には防げないくらい高出力だったみたいで……どうしても脚が灼けて……」

 

「灼けて?」

 

「……両脚の膝から下が、えっと、深達性……II度熱傷? だって。全治一ヶ月って言ってた。

 ……ちゃんと(あと)とか残らないように治療するけど、しばらく脚使っちゃダメだって。両脚だから杖じゃなくて車椅子だよー」

 

「……それはなんとも不便そうだ」

 

 まあ、あれだけの出力のレーザーを受けてそれで済んだのだから幸運と言えるだろうか。下手をすれば脚が丸ごと炭化しかねなかったわけだし。

 

 ……それでも運が悪ければ死んでるくらいの面積が灼けているが、そこは考えないことにする。

 

「……それからー、気絶して倒れたときにいろいろぶつけてる……って言っても、こっちは明日には痛みも引くーって言ってた」

 

「それは良かった」

 

 ということは、憂慮すべきは車椅子生活のみか。完治までいかずともある程度治れば歩けるのだろうが、それでも二週間以上かかることは覚悟しておく必要がありそうだ。

 

 ――しかし、車椅子で入れる広さの個室があるトイレとか、この学園にあっただろうか?

 

 脚が不自由だろうとISを動かすのに支障は無いから、そういう生徒が居ても良いように()()()()()()()あるかも知れないが――この学園の男子トイレは出入りの業者や客が使うためのトイレしか無く、そこにそういう個室があったかどうかを意識して見たことがない。

 

 バリアフリーバリアフリーと口うるさいこの時代、あるとは思うが――無かったらどうするのだこれは、と彼が頭を抱えかけた時だ。

 

「安心していいよー。れっひーのお世話は私がするからー」

 

 若干いつもの調子に戻った本音が、怖いくらい綺麗な笑顔でそう言い切った。

 

「いや、本音にそんな負担をかけるわけにはいかない」

 

 それに、たしか本音は普段「私が居ると仕事が増えるから」とか言って生徒会をサボっていた気がするし。正直ちょっと不安だ。

 

「わ・た・し・が・す・る・か・らー」

 

 ずいっと笑顔のままにじり寄ってきた。

 

 ……これは、断れない。怖い。

 

 ジギスヴァルトが冷や汗をかいていると、本音の表情が崩れた。笑顔から一転して、泣きそうな顔になって俯く彼女にまたしても戸惑う。

 

「……させてよー。怪我しないって約束したのにこんな大怪我しちゃって……ちょお心配したんだからねー」

 

 ――卑怯だと思った。

 

 これでジギスヴァルトが断ったりすれば、彼は完全に悪者だ。なにしろ既に約束を破っているのだ。

 

 それでも、彼は精一杯の抵抗を試みる。

 

 彼も健全な十代半ばの男であるからして、()()()()()()()()()カッコつけたいのだ。

 

「……嫌なこともしてもらわねばならんかも知れんぞ」

 

 トイレとか。車椅子が入れる個室が無い場合は便座に移るのを手伝ってもらう必要がある。そりゃ、抱えて運べなんて無茶は言わないが、ごく短距離とはいえ歩行の補助はやっぱり必要だ。

 

「……いーよ」

 

「見たくないものも見せてしまうかも知れんぞ」

 

 どう考えても一人で風呂には入れないし。最悪体を拭くだけで我慢するが。

 

 それに、火傷というものはかなりグロテスクだ。自分だって見たくないのだから本音に見せるなどやはり気が引ける。

 

「いーよ。……私、れっひーのこと、好きだし。だいじょーぶ」

 

 顔を耳まで真っ赤にしてそんなことを言うものだから。彼はもう断る気なんて無くなってしまった。

 

「……わかった。世話は任せる」

 

 これから感じるであろう羞恥やらなんやらについては考えないことにした。承諾してしまったのだから考えてもしかたないし――。

 

「……うん!」

 

 嬉しそうに頷く彼女を見て、まあいいかと思うのだった。

 

 ――それはそれとして、だ。

 

「ところで、今のはやはりそういうことで良いのか?」

 

「……いまのー?」

 

「私が好きだと言ったではないか。目を覚ましたときキスなどしていたのだし、そういう意味だと捉えて良いのだろう?」

 

 ボンッ! と音がしそうな勢いで、本音が茹で上がった。

 

「あ、あのあの、それはーそのー……そーだけどー……」

 

「…………」

 

 何だろう、歯切れが悪い。

 

 表情こそいつも通りを取り繕っているが、ジギスヴァルトは内心「もしかして私は何かやらかしたか!?」とてんやわんやだった。だって仕方ないじゃないか、彼は恋愛経験ゼロの純情ボーイなのだから。外見や普段の言動は全然純情そうには見えないが。

 

 そして、彼の懸念はある意味正しい。ただし、“今”ではなく“今までに”やらかしている。

 

「その、れっひーはー……私のことなんて好きじゃないんだよねー……?」

 

「……いや、好きだが」

 

「……ほぇ?」

 

 心底意外だという顔をされた。

 

「というかだな。本音のように可愛らしい女性から日頃あれだけ好意をぶつけられて何とも思わぬわけがなかろう。一夏じゃあるまいし」

 

「かわっ!? てゆーか、気付いてたのー!? で、でもでも、付き合ってるのーって聞かれたとき、ちょお真顔ではっきりきっぱり否定してたしー!」

 

「それはそうだろう。事実として付き合っていないのだから」

 

 つまり、一夏のように好意に気付いていないわけではなかった。

 

 実はこの男、“相手が何らかの手段で明確に伝えてこない事柄”はそれほど重要ではない、または隠していたいことだと考える。というか、それ以外の発想を持たない。

 

 故に。彼は好意に気付いていたが本人が伝えてこないからそのことに触れずにいたし、交際を否定したときに何故本音が不機嫌なのかを理解できなかった。

 

 それが本音の目には好意に気付いていないように映った――というのが真相である。なんと悲しいすれ違いだろうか。

 

「つまり、その……えっとー? あれー? 今どーゆー状況ー?」

 

「一般的に考えて恋愛関係に発展するであろう場面、というところだな。私たちは互いを好いていると打ち明けたわけだし」

 

「……私でいーのー?」

 

「無論だ。君でなくてどうする」

 

 ――とまあ、こうして。

 

 布仏本音の恋が成就したのは今回の事件の功名と言えるかも知れない。

 

 ちなみに、保健医が一部始終をばっちり見聞きしていた。入口のドアからこっそりと。翌日、主に本音が思いっきりからかわれた。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「お引っ越しです!」

 

 お引っ越しだそうだ。……どういうことだろうか。

 

「山田先生、意味がわかりません。主語を入れてもう一度お願いします」

 

「あう……」

 

 真耶はジギスヴァルトの指摘に項垂れて、しかしすぐに立ち直り、目の前の三人――ジギスヴァルト、本音、一夏に事の次第を説明する。

 

 ――ちなみに、本音はジギスヴァルトの付き添いであって、本来話を聞くべきは彼と一夏の二人だけである。

 

「寮の空き部屋を用意できました! ……ただ、またまた問題がありまして」

 

「問題?」

 

「実は来月、転校生が来るんですが……そのうちの一人が男の子なんです。あ、これまだ内緒でお願いしますね」

 

 悪戯をする子供のような表情でヒソヒソと話す真耶だが、その内容はかなり衝撃的だった。男が転校してくるということは――また男性操縦者が現れたということ。どうやら世界はまだまだ休むことができないらしい。

 

「なので結局部屋が足りなくて。織斑君とブレヒト君のどちらかだけがお引っ越しして、来月からその転校生と相部屋です。二人で話し合って決めちゃっていいですよ」

 

「なら、一夏が引っ越すといい」

 

 話し合うまでもないという風にジギスヴァルトが即答した。

 

「いいのか?」

 

「いいもなにも、今の私はこんな脚だ。引っ越すのも一苦労だし、どうせ本音に頼らねば何もできんからな。本音と相部屋のままで構わない」

 

 そう言うジギスヴァルトは脚と車椅子を指さして苦笑した。

 

 あれから一週間。最初の数日は医務室で過ごして、それから寮に戻り授業にも出始めた。

 

 やはり移動には車椅子が必須ということで、結局彼は車椅子(階段の昇降機能のついたハイカラな車椅子だ)に乗って本音に世話を焼かれている。動力はあるので別に押してもらわなければならないわけではないが、どうせ本音についてきてもらわなければならないし、なにより彼女が押したいと言うので任せている。

 

 彼が初めて車椅子姿で現れたときにはクラス中が騒然となった。何故か世話係を申し出る生徒が多く居たが、全て本音が()()()はね除けた。

 

 ……余談だが。寮に戻った日の夜、鈴音が若干泣きながら彼らの部屋に駆け込んできた。せっかく一夏が酢豚の約束の意味に気付いたのに、恥ずかしさのあまり否定してしまったらしい。なんとも報われないというかなんと言うか。それにしてもこの娘、最近泣いてばかりな気がしてならない。

 

 閑話休題。とにかく一夏がお引っ越しなさることになった。

 

「そっか。……ありがとな、箒を助けてくれて」

 

「一夏、その話は八度目だ」

 

 感謝してくれるのは嬉しいが、脚を見る度そう言われてはなんとも居心地が悪い。何度もそう言ったのだが、彼にとってはそう簡単に割り切れることではないらしい。別に二度と歩けないわけではなく、それどころか数週間で治るのだから気にしなくていいのだが、とジギスヴァルトは思っている。

 

「では、織斑君は今日中に荷物を纏めてくださいね」

 

「四十秒で支度するのだぞ」

 

「どーしても無理だったらぁー、三分までなら待ってあげるよぉー?」

 

「いや短えよ!?」

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 少し遡って、クラス対抗戦の日。一夏が正体不明のISを撃破してから二時間が経った頃。千冬は学園の地下五十メートルの場所に居た。そこには、限られた関係者以外は存在さえ知らされていない隠された空間があった。

 

 機能停止したISはすぐさまここに運び込まれ、解析が開始された。それから千冬はアリーナでの戦闘映像を何度も繰り返し見ている。室内は薄暗く、千冬の表情は冷たく鋭い。

 

「織斑先生、あのISの解析結果が出ました」

 

 入室してきた真耶が千冬に資料を渡す。

 

「……無人機か」

 

「どのような方法で動いていたかは不明です。織斑君の攻撃で機能中枢が焼き切れていました。修復もおそらく無理かと」

 

「コアはどうだった?」

 

「それが……登録されていないコアでした」

 

「そう、か」

 

 登録されていないコア。未だ完成どころか実験の成功さえ報告されていないはずの無人機。それが何を意味するかを千冬は考える。

 

「織斑先生? 何か心当たりが?」

 

「いや、無い。今はまだ、な」

 

 今回の襲撃に関わる事柄、特に敵ISについて、学園関係者全てに箝口令が敷かれた。

 

 コアを作れるのは篠ノ之束のみ。無人機の技術は確立していない。そんな状態でこのことが外部に知れれば、束に関係する者に――箒に、一夏に、ジギスヴァルトに、そして下手をすれば千冬にさえ危害が及ぶ可能性がある。

 

(束……信じているからな……)

 

 居場所のわからない親友の顔を思い浮かべ、彼女は資料に目を通していった。

 

 ――表情、めっちゃ怖い。

 

 




 微妙な関係をグダグダ長引かせるのも面倒なので、ジグ君には脚と引き替えにさっさとのほほんさんとくっついてもらいました。まあすぐに治りますが。
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