六月、ジギスヴァルトにとって突然に、それは起こった。
篠ノ之束による、携帯端末への着信。“姉”からの着信を嬉しく思う反面、また何かやらかすのではないかと警戒してしまう。
そして事実、事態はゆっくりと流れ始めていたのだ。
……事態が流れ始めているといえば、もうひとつ。
一夏もジギスヴァルトも知らないところで別の問題が成長しつつあった。
「ねえ、聞いた?」
「聞いた聞いた!」
「え、何の話?」
「だから、あの織斑君とジグ君の話よ」
「いい話? 悪い話?」
「最上級にいい話!」
「聞く!」
「本人たちと本音には内緒だからね。あのね、今月の学年別トーナメントで――」
「ええっ!? でもジグ君って確か――」
自分たちが最上級に面倒なことに巻き込まれていることを、一夏もジギスヴァルトもまだ、知らない。
★
「やっぱりハヅキ社製のがいいなあ」
「え、そう? ハヅキってデザインだけって感じしない?」
「そのデザインがいいのー」
「私はミューレイのがいいなあ」
「アレ、モノはいいけどお高いじゃん」
「お幾ら万円なんです?」
「えーっとねー……あった、これこれ」
「高っ!?」
一夏とジギスヴァルトが弾の家へ行った翌日の、月曜日の朝。クラス中の女子が手にカタログを持って、わいわいと意見を交換している。
「そういえば、織斑君とジグ君のISスーツってどこのやつなの? 見たことない型だけど」
「あー、特注品だって。男のスーツが無いからどっかのラボが作ったらしいよ。もとはイングリッド社のストレートアームモデルだってさ。ジグは?」
「私のは束さんが作ったものだ。特に何かをもとにしたとは聞いていないな」
よくよく考えればジギスヴァルトの立ち位置は非常に危うい。なにしろISもISスーツも束謹製だと公言してしまっているのだ。それらを欲する者は多く、彼は一夏と同じかそれ以上に狙われやすくなっている。
まあ、一夏ばかりが狙われないように意図してのことだが。
閑話休題、話をISスーツに戻す。
ISスーツとは文字通りIS展開時に着る特殊なフィットスーツのことだ。別にこのスーツ無しでもISは動くが――。
「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の弾程度なら完全に受け止めることができます。
あ、でも衝撃は消えませんよ。撃たれたら普通に痛いです」
すらすらと説明しながら現れたのは真耶だった。
「山ちゃん詳しい!」
「一応先生ですから――って、山ちゃん?」
「山ぴー見直した!」
「今日が皆さんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習してきてあるんです、えへん――って、山ぴー……?」
入学からおよそ二ヶ月。真耶にはいくつもの愛称がついていた。慕われている証拠かも知れないが、日頃から立派な教師であろうと頑張っている彼女にとっては嬉しくないだろう。
そんな、生徒たちにいじられている真耶をボーッと眺めながら、ジギスヴァルトは昨夜の電話について思いをめぐらせていた。
昨夜、何の前触れも無く――まあ前触れのある電話というのもおかしな話だが――着信したそれを繋ぐと、なんともハイテンションな声が通話口から飛び出した。
『もすもす
――即座に切った。切って、自分の座っているベッドに放り投げた。
「あれー? ジグー、もう電話終わったのー?」
「ああ、間違い電話だった」
着信音が聞こえていたのだろう。歯を磨いて洗面所から出てきた本音はそう言ってジギスヴァルトの隣に座り、そのまま彼の膝に倒れ込んだ。いわゆる膝枕だ。
ちなみに、本音は二人きりのときはジグと呼ぶようになった。皆の前でそう呼ぶのは恥ずかしいらしく、教室等ではれっひーのままだ。もう付き合っているのは皆にバレているのだし今さら何を恥ずかしがる、とジギスヴァルトは思うのだが。
「てひひ、ジグの膝はー寝心地いーねー」
「そうか? 硬くて枕には向かんと思――」
またしても着信音が鳴った。ディスプレイを確認すると、やはり束だった。
無視してやろうかとも思ったが、そんなことをすれば後々面倒くさい。なにしろ相手は研究室に居ながらにして世界を翻弄できる篠ノ之束だ。機嫌を損ねるとロクなことにならない。
本音に断ってから回線を繋ぐと、先程以上に騒がしくなっていた。
『いきなり切るなんて非道いじゃないか! お姉ちゃんは悲しいよ! そんな子に育てた覚えはなーい!』
「すまん。束さんがハイテンションなときはろくなことにならんから、ついな。で、用件は?」
『あのねー、ジグくん以外にもう一人うちに居るの、知ってるよね?』
「ああ、話には聞いた」
直接会ったことは無いが、自分とは別のテストパイロットが居ることは以前束が言っていた。彼が束に同行するのをやめてドイツに拠点を置いた後に拾ったのだと聞いた気がする。
『あの子ねー、実はいっくんたちと同い年なんだー』
「……それで?」
何だろう、嫌な予感しかしない。
『やっぱりね、束さんは大事な“弟”と“娘”を学校に行かせてあげたいんだよね! でもISの稼働データも欲しいから、IS学園に行かせたげるのが一番効率的! なので明日からあの子はそこの生徒です! イエーイやったーおめでとーう! いっくんと箒ちゃんも守れて一石三鳥! 束さんあったま良ーい!』
「なん……だと……?」
周囲に妙なのが増えると逆に一夏の注目度が上がって危険な気も――と考えたが、口にするのはやめておいた。自分の勝手な想像で束の機嫌を損ねたくなかったのだ。なにしろ彼女がその気になれば、“携帯端末の着信音を知らぬ間に女性の悩ましい声に変更する”等の世にも恐ろしい報復が可能なのだから。
それに、束は「明日から」と言った。今更何を言ったところで無駄なことだろう。
『ジグくんと同じクラスにしといたよ! だからあの子のことよろしくね! ちなみにあの子の名前は――』
以前から薄々感じてはいたが。あの“姉”は――馬鹿だ。馬鹿と天才は紙一重という言葉を見事に体現している。
と、思考が一応の終着に至ったとき、
「諸君、おはよう」
千冬が教室に入ってきた。
ざわついていた教室が一瞬で静まり、全員が席に着く。それは彼女のカリスマ性故か、それともこの二ヶ月程で皆に刷り込まれた
「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。お前たちのISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れた者は代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それも忘れたら――まあ、下着で構わんだろう」
いや構うだろう! とクラス中が心の中で突っ込んだ。例年はどうだか知らないが、今年からは一夏とジギスヴァルトが居るのだ。水着はともかく、下着はまずい。まあ、だからこそ忘れないようにという戒めとして言ったのかも知れないが。
連絡事項はそれだけだったのか、千冬は早々に教壇を真耶へと明け渡した。
「では山田先生、HRを」
「はい。えーと、今日は皆さんに転校生を紹介します。それも、なんと三人です!」
(――は?)
ジギスヴァルトは困惑した。束が言っていたのは一人だったはずだ。他の者の編入が被ったにせよ、普通なら他のクラスにも分散されるべきなのは間違いない。そうしないということは――。
(偶然などでは有り得ない。ならば目的は何だ? 一組に居る三人の専用機持ちのデータ? 私や一夏へのハニートラップ? もしくは――織斑千冬が関係する、か?)
そう、例えば――
可能性は様々に考えられる。束が寄越したという者以外は考えられる全てのパターンがどれも否定できない。
またしても面倒事に巻き込まれそうな、そんな予感がした。
「失礼します」
「…………」
「…………」
否。訂正する。
教室に入ってきた転校生三人を見て、彼は面倒事に巻き込まれると確信した。そして思い出した。
――ああ、そういえば先月一夏が部屋を移ったときに山田先生が何か言っていたな、と。
★
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」
クラス中が呆気にとられて静まり返る。しばらくして、
「お、男……?」
誰かがそう呟いた。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方が居ると聞いて本国より転入を――」
――違和感。
何がどうおかしいかと問われれば答えられないが、それでも何かしっくりこない。
人懐っこそうな顔や声は中性的。金髪を背中あたりまで伸ばして首の後ろで束ねているが、髪の長い男などどこにでも居る。背も男性としては低い方だが、これも別におかしなことではない。ないが――。
『きゃああああああ!!』
ジギスヴァルトの思考は、およそソニックウェーブと呼んで差し支えないような歓声に押しつぶされた。耳が痛い、物理的に。
「男子! 三人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」
「正統派、クール系、貴公子系のイケメンがうちのクラスに!」
「三拍子そろった!」
クラス中が歓喜に揺れ、一夏が耳を塞ぎ、ジギスヴァルトが頭を抱え、千冬が溜息を吐いた。真耶はおろおろしていた。
「あー、騒ぐな。静かにしろ」
「み、皆さーん! まだ自己紹介は終わってませんよー!」
教師二人に言われて女子たちはいったん静かになった。改めて残り二人の転校生を見る。どちらもシャルルと比べて遜色ない、それどころか彼を凌駕するほどに個性的だ。
一人は、銀。輝くような銀髪を腰近くまで伸ばしている。瞳は赤く、左目は眼帯で隠されている。身長は女子の中でも低い部類だが、纏う雰囲気や歩き方が明らかに“軍人”のそれだ。まるでゴミを見るような瞳がクラスを睥睨している。
ジギスヴァルトは彼女を知っている。忘れるはずも、見紛うはずもない。
「…………」
「黙っていないで挨拶をしろ、ラウラ」
「はい教官」
即座に姿勢を正し、千冬に敬礼する。それを受けた彼女は心底面倒くさいという風に、
「その呼び方はやめろ。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。織斑先生と呼べ」
「了解しました」
あれはわかっていないときの返事だな、とジギスヴァルトは心中で苦笑した。あの娘はなかなか頑固な性格をしているから、当分は教官呼びのままだろう。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「…………」
――静寂。
「あ、あの、以上……ですか?」
「以上だ」
「そ、そうですか……では、次お願いします、次!」
若干泣きそうな顔になっている真耶に促された三人目にクラスの視線が移る。
三人目は――白かった。ただただ、白かった。そしてある種異様だった。
身長はラウラと同じくらい。大きなフード付きのロングコートに見えるよう改造された制服を着込み、そのフードを被っている。髪は真っ白で膝にまで届こうかというほど長く、一纏めにして首の左側からフードの外に垂らしている。手には白い手袋、靴はロングブーツという具合で顔以外の肌が見えず、その顔もフードにほとんど隠れてしまっているが、白人だとか色白だとかいうレベルを超えて白い。
「…………」
彼女もまた一言も発さなかった。だがラウラとは事情が違うのだろう、教師二人は彼女に何も言わない。
(あれが昨日束さんが言っていた……)
不意に、電子黒板に文字が表示された。
〔スティナ・ヴェスターグレン
生まれつき声が出ない
日本文化、好き
よろしく〕
そして、お辞儀。どうやら何らかの方法で彼女――スティナが表示させているようだ。
ラウラと合わせてどう反応していいかわからないのだろう、クラスに微妙な空気が漂うが、それも彼女がフードを取るまでだった。
お辞儀を終えた彼女がフードを取った瞬間――またしても歓声が上がった。
「かわいー!」
「きれー! 白い!」
「お持ち帰りいいいいい!」
「妹にしたい!」
……なんだか危ない奴がいくらか居る。誰だ、妹とか言った奴。同い年だろう。
だが、ジギスヴァルトにもわからないでもなかった。フードの下から現れたのはなんとも大人しそうなかわいらしい顔だ。色が白いため儚げな印象もあるし、たしかに――。
(――っ! プレッシャー!?)
バッと後ろを振り向いた。本音と目が合った。
……怖いくらいの笑顔だった。
あまりのプレッシャーにその笑顔を直視できず、顔を正面に戻す。この後のことが恐ろしいが、考えないことにした。
「貴様が織斑一夏か?」
ふと、歓声の中にそんな声が聞こえて、ジギスヴァルトは視線をラウラに向けた。いつの間にか彼女は一夏の目の前に歩み寄っていたようだ。
「ああ、そうだけど――」
一夏が答えた刹那――ジギスヴァルトが一夏の襟首を思い切り引っ張り/ラウラが振るった手が一夏の目の前を通り抜け/スティナがラウラを床に組み伏せた。
特にスティナの動きは凄まじく、現役の軍人であろうラウラがあっさり組み伏せられてしまったことから彼女の手腕が覗える。
「ぐああっ!? 首が、首があああああ!?」
突然のことに呆然とするクラスと間抜け面で悶絶する一夏は放っておいて、ジギスヴァルトは地に伏すラウラの眼前にしゃがみ込んだ。
「久しいなラウラ。だが私の友人に危害を加えようとはどういう了見だ」
彼の声を聞いたラウラはハッとした顔で彼を見上げ、
「……ジグ兄様。居るとは聞いていましたが、このクラスだったのですか」
――一拍置いて。
『に、兄様ああああああああああ!?』
クラスが、今度は驚愕による絶叫に包まれたのだった。
まずは謝辞を。お気に入りが100件を突破していたようです。皆様ありがとうございます。
さて。はい、やらかしてしまいました。オリジナルキャラクター二人目の登場です。正直出すかどうか迷いました。ですがまあ、批判は恐ろしいですが私が満足しなければ書く意味もありませんし、だったら出してしまえと。
先天性白皮症と先天的な器質性失声症のあたりは完全に私の趣味です。見つけたぞ、