一夏とシャルルは
当然だ。今のシャルルは男装を解いているのだから。突然見ず知らずの生徒が現れて自分たちの秘密を見たとなれば平常心ではいられまい。いろいろと処理能力の限界を超えたのだろう。
「……あれ? 何この空気? おねーさんもしかしてハズしちゃった?」
「…………楯無会長。さすがにもう少し真面目にやってくれ」
こめかみを押さえて溜め息を吐きながらジギスヴァルトがそう言うと、楯無は頬を掻きながら、
「いやーほら、なんか暗い雰囲気だったから明るくいったほうが良いかなーって……てへっ☆」
〔無様〕
楯無の横をすり抜けて今度はスティナが入ってきた。空中投影ディスプレイを楯無の目の前に固定表示したままで。
「ああスティナ、ご苦労。すまんな、“こんなもの”を呼びに行かせて」
「…………」
きちんと扉を閉めた後に入口からまっすぐジギスヴァルトのもとに来た彼女の頭を、彼は労う意味も込めて撫でた。気持ちよさそうに目を細める彼女を見た本音が羨ましそうにしているのに気づいて、本音の頭もぐりぐりと撫でてやる。途端に満足そうな顔になった本音にジギスヴァルトが癒されていると、楯無の悲痛な叫びが部屋に響き渡った。
「ちょっとスティナちゃん無様とか言うのやめてくれないかしら!? あとジグ君もこんなもの呼ばわりしないで!」
「しょーがないよーたっちゃんかいちょー。さすがにあれはないわぁー……」
「本音ちゃんまで!?」
なんてことかしら、幼なじみが反抗期だわ……! と楯無が床に崩れ落ちた。そこでようやく再起動が完了したらしい一夏とシャルルがわたわたと慌て始める。
「えっ? えっ? 何? 誰? 誰なの?」
「ていうかジグとのほほんさんはなんでそんなに落ち着いてるんだよ一大事じゃねえか早速秘密ががががが」
シャルルの混乱は
「二人とも落ち着け。この人はこの学園の生徒会長、更識楯無だ」
「生徒会長!?」
「おいおいそれってヤバいじゃんか! 一番知られちゃいけない人だろ!」
紹介されてますます慌てる二人に、立ち直った楯無がとても良い笑顔で、言う。
「大丈夫よ、とっくに知ってたから♪」
『はいぃ!?』
声を揃えて驚く一夏とシャルル。
「何を驚く。生徒会役員の本音が知っていたのだ、生徒会自体が知っていると考えるのが自然だろう」
まあ生徒会は三人しか居ないが――とは言わなかった。おそらくこの場合、よりたくさんの人間が知っていると思わせた方が都合が良い。
「ちなみに教師陣も大半は知っている」
「これもすべてー、更識楯無ってやつのしわざなんだぁー」
『なんだって!? それは本当かい!?』
またしても声が揃う二人。仲のよろしいことだが、何故だろうか、本人たちは心の底から焦っているとわかっているのにどうしても巫山戯ているように感じてしまう。今、かなりシリアスな場面だった気がするのだけれど。それもこれも全部更識楯無って奴の仕業なんだ。
「はいはい私のせい私のせい」
「いじけていないでさっさと話を進めろ楯無会長」
いい加減じれったくなってきたので、ジギスヴァルトはドアの前でしゃがんでいじける楯無の首根っこを掴んで無理やり立たせた。何するのよ、と抗議しつつ彼女は改めてシャルルに向き直る。
「あの、生徒会長さんが何の用でしょう……?」
問いかけるシャルルの顔にも声にも、警戒が多分にこめられている。自身を破滅に追い込める存在が秘密を握っていると知ったのだからそれは正常な反応だろう。
対する楯無はいつもの人を食ったような笑顔で扇子を開いた。そこには“救済”と書かれている。
「何の用って、酷いわシャルルちゃん。あなたが望んだんじゃない。我が校の生徒であるあなたが、助けてって言ったのよ。確かに聞いたわ私♪」
「それは……そうですけど……」
「だからおねーさんに任せなさい。私は生徒会長なんだから。生徒を守るのがお仕事なの。生徒が助けを求めるならどんな手を使ってでも守ります」
扇子を一度畳んで、再び開く。今度は“超安心”と書いてあった。だがどうしてだろうか、逆にとても不安になってくるのは。
「あの、そんなこと本当にできるんですか? こう言っちゃ失礼ですけど、たかが生徒会でしょう?」
一夏の疑問は正しい。一般的に生徒会といえばある程度の権限が与えられているものだが、それはあくまで校内のことに限られる。漫画やゲームに出てくるような、とんでもない権力を持つ生徒会なんて実在しない。
ただし。それは
ここは実質的にひとつの国扱いであるIS学園。その生徒会が“普通”などであるはずがなく。現生徒会長は
「もちろんできるわよ。IS学園生徒会長の肩書きは“学園最強”の証なんだから。全ての生徒の長たる者は最強であれ、ってね」
またまた扇子を閉じ、そして開く。書かれた文字は“学園最強”に変わっていた。相変わらず仕組みがよくわからない謎扇子っぷりである。
「すみません、意味がわかりません。最強だからって何でもできるわけじゃない……」
シャルルの反駁を受けても楯無は揺るがない。相変わらずの笑顔で話を続けていく。
「私の家、いわゆる“裏”にもちょっとばかし顔が利くのよ。
それと、あなたのことは経歴からスリーサイズから男装の経緯から、全てを調べ上げて裏も取ってある。そのうえで会議にかけた結果、IS学園はあなたの要請があれば全力であなたを守ることを決定しているわ。
ただ、デュノア社やフランス政府、国際IS委員会への根回しが必要だから、そうねぇ……学年別トーナメントが終わるまでは男装したままでいてもらわなきゃいけないかな」
一夏とシャルルはポカンとした顔で楯無の話を聞いている。特にシャルルは信じられない思いで一杯だった。まさか自分が助かるなどと、想像したことさえ無かったのかも知れない。
「本当……ですか?」
「もちろん。おねーさん嘘吐かない☆」
「その胡散臭い喋りをやめろ。余計に嘘くさい」
「ぅあいたぁ!?」
デコピン一閃。ジギスヴァルトの
「……ふふっ」
その様を見て、シャルルが、笑った。
「いたたた……うんうん、女の子は笑顔が一番ね。かわいいじゃない♪」
「貴様の笑顔は末恐ろしいがな」
「ねえジグ君? 前から思っていたのだけど、あなたって先輩に対する態度がなってないんじゃない?」
「そういう性分だ。織斑先生に言わせれば私は敬語が似合わんらしい」
「敬語とかの問題じゃなくないかしら!? おねーさん“貴様”はダメだと思うの! せめて“お前”とかにしなさいな!」
「わかったからさっさと纏めろ楯無会長。一夏とシャルルがまた置いてけぼりだ」
わかってるわよ、とジギスヴァルトを一睨みしてから、楯無はシャルルに言う。
「そういうわけだから、あとのことはおねーさんたちに任せなさい。学年別トーナメントまではくれぐれも他の生徒にバレないようにしてね。
それじゃあ、あと三十分くらいで消灯時間だし、おねーさんは帰ります。バイバイ、シャルロットちゃん♪」
そして言うだけ言ってさっさと帰ってしまった。それは話を纏めたというより皆を置き去りにしたというのだ、とジギスヴァルトは眉間を押さえる。だが本人が帰ったのでもうどうしようもない。
「えっと……?」
話に若干取り残され、部屋にも残された二人は依然として混乱している。
「僕、どうなるの……?」
「話を聞いていなかったのか?」
「もうすぐ女の子に戻れるのだよねー♪」
「……ホン、トに……?」
〔本当〕
皆に言われてようやく実感がわいたらしく。加えて緊張もとけたのだろう、彼女の目にはみるみるうちに涙が溜まっていく。
「……う、あ、ああ……!」
それから消灯時間直前まで、彼女は泣き続けた。大声でわんわん泣いた。泣き止む頃には涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっていて、本音が顔を拭いてあげていた。
「……ゴメン、泣いちゃって」
「構わん。それよりそろそろ部屋に戻れ。消灯時間を過ぎてしまえば織斑先生の説教が待っているぞ」
「あ、ちょっとだけ待って」
そう言ってシャルルは立ち上がり、皆に向き直ってお辞儀をひとつ。
「さっき生徒会長さんが言っちゃったけど……僕のホントの名前は、シャルロット。シャルロット・デュノアです。ありがとう。よろしくお願いします」
「おう、宜しく」
「良い名だな。宜しく」
「よろしくねー」
〔宜しく〕
顔を上げたシャルル――否、シャルロットは、今度こそ笑顔だった。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ、ジグ、のほほんさん」
〔
そして、一夏たちは部屋を出ていく。
帰路についた一夏にはしかし、どうしても引っかかっていることがあった。それは先程のジギスヴァルトの態度。
最終的に、シャルロットが解放される方向へと事態が動き出した。ジギスヴァルトが彼女の言葉を誘導しているようだったことから、彼は途中からは彼女を助けるべく動いていたと予想できる。とすれば、楯無が乱入してきたタイミングから考えると何らかの方法――おそらくコアネットワークを介した思考通信で連絡し、楯無を呼んで待機させていたと考えるのが自然だ。
まあ、実際は楯無と直接回線を繋げる番号を知らなかったのでスティナに連絡したのだが、それは一夏の知るところではない。
とにかく、彼はシャルロットのために行動した。けれど、彼は言ったのだ。助力を請う一夏に、「嫌だ」と。さらには、シャルロットに非道い言葉を浴びせたりもした。助けるつもりだったならそんな必要は無かったはずなのに。
「一夏? どうかした?」
「え? いや、何でもない」
考えれば考えるほどわからない、そんな深みにハマってしまった一夏は、一人モヤモヤとしたものを胸に抱えるのだった。
★
明けて日曜日。ジギスヴァルトと本音はIS学園からモノレールに乗って本土へ渡っていた。目的はジギスヴァルトの趣味――彫刻に使う木材とナイフ、そしてとある機材を探すこと。彫刻刀ではなくナイフである。
それはもう早々に済ませてしまったので、現在二人は街をぶらぶらと歩いている状態だった。買った荷物は全てシャルラッハロート・アリーセの
「クレープうまうまー♪」
「ふむ、これはなかなか……」
屋台でクレープを買った二人は食べながら散策――というか、駅前へと移動していく。必要な買い物ができる店が駅から離れていたので結構な距離を歩くことになる。一旦駅に戻って駅前のショッピングモール“レゾナンス”を回る予定だ。
ちなみに本音のクレープはチョコバナナ、ジギスヴァルトはなんと海老カツである。お菓子というか軽食の部類に入るだろうか。
クレープを食べ終えた頃、二人はレゾナンスに到着した。別に買いたい物があるわけではないのでのんびりといろんな店を見て回ろうと思っていたのだが――。
「あれ、ジグじゃん。奇遇だな」
しばらく歩いたところで後ろから声をかけられた。振り返るとそこに居たのは、
「む、弾か。一週間ぶりだな」
「おう。メールはちょいちょいしてたけどな」
五反田弾その人だった。相変わらず赤みがかった長髪をバンダナで雑に纏めている。
「ジグ、知り合いー?」
「ああ、こいつは五反田弾といってな。一夏の中学時代の友人だそうだ。先週私が一夏と出かけただろう? その時に知り合った」
「へぇー」
本音は興味津々といった様子で弾を見ている。中学まで彼女がどんな学校に居たのかをジギスヴァルトは知らないが、二人を除いて全生徒が女のIS学園に居るとやはり男が珍しいのだろう。
「ジグ、この子、こないだ言ってたお前の彼女?」
「そうだが」
「めちゃくちゃかわいいじゃねえか! ちくしょう爆発しやがれ!」
ジギスヴァルトに食ってかかる弾を見て、おおー、と面白がる本音。ジギスヴァルトとも一夏とも違うタイプだからだろうか。
そして言いたいだけ言って弾がいったん落ち着いたところで、ぺこーっと緩やかにお辞儀をしながら自己紹介。
「はじめましてー、月曜から木曜まで暮らしを感じて変えていく布仏本音ですー」
「金土日はどうしたのだ?」
「お休みってぇー、大事だと思わないー?」
「週休三日ってとんでもないホワイト企業だな」
などと軽口を飛ばし合い、一カ所に留まっているのももったいないということでとりあえず移動することにした。
「ところで弾、今日は一人か?」
「いや、蘭も来てるよ」
「だれー?」
「俺の妹。各々用事を済ませた後で集合っつって別れたんだけど……ジグ、どっかであいつ見なかったか?」
「いや、見ていな――あ、いや。今見つけたぞ」
ジギスヴァルトが指差す先には確かに蘭が居た。ただし、余計なおまけ付きで。
まあ、端的に言えば、三人程のチャラそうな男にナンパされていた。彼女は気の弱そうな少女をその背に庇っている。気の強い蘭ははっきりきっぱり断っているようで表情こそ平気そうだが、よく見れば脚が震えていた。
「おー、あの子かぁー。かぁわいいねー。それとー……あれはかんちゃんだねぇー」
「かんちゃん、というと楯無会長の妹御か。本音が仕えているという」
「そーだよぉー。更識簪お嬢様ー」
「お前ら、暢気に言ってる場合か!」
焦った弾は蘭のもとへ駆け出そうとして――しかし踏みとどまった。男たちに近づく者が居たからだ。一人は、初夏にも関わらずロングコートを着てフードを被った小柄な人物。もう一人はツインテールの、これまた小柄な少女。
「鈴と……誰だ?」
「あー、あれはすーちゃんだねぇー?」
「まさかスティナがここに居るとは……」
スティナが男の一人に何事か伝えるが、どうやら彼らはスティナと鈴音をもターゲットに認定したらしい。男がへらへらと何か言って――いきなりスティナがシャイニングウィザードを繰り出し、男を一人吹っ飛ばした。
『えええええええええええええええ!?』
野次馬たちの驚愕が、レゾナンスを、揺らした。
★
私は今日、鈴音さんに頼んでショッピングモールに連れてきてもらった。引っ越してきたばかりで日用品なんかが足りないのだ。
最初はジグさんに頼もうかと思ったけど、その前に彼は本音さんとデートに行ってしまった。それによく考えたら男性と行くのは少しばかり恥ずかしいお店にも行かなくてはいけないから、女性に頼んだ方が都合がいい。
というわけで誰か居ないかと探していたところにちょうど鈴音さんとバッタリ会って、お願いしたところ快諾してくれた。日用品を買える場所を教えてくださいと頼んだら、それならショッピングモールだと言ってここ、レゾナンスに連れてきてくれたのである。
〔ありがとうございます〕
「ん? 何が?」
〔案内〕
「ああ、いいのいいの。どうせ暇だったし、買いたい物もあったしね」
隣を歩く彼女の服の裾を引いて話したい旨を示してから空中投影ディスプレイでお礼を言うと、そう言って笑ってくれた。この人は多分、いわゆる姉御肌というやつなんだろう。実際頼り甲斐がある。
ちなみに、何故ISのプライベート・チャネルで会話しないかというと、それよりもこちらの方がコミュニケーションを取っている感があるから。それに、バレたら犯罪だし。まあこの小型空中投影ディスプレイだってISの機能を使っているんだけど、それはそれだ。
さて、話を戻そうかな。けっこういろいろ買ったから荷物の量もだいぶ膨れあがった。でも買った荷物は私も鈴音さんも片端から拡張領域に放り込んでいるので、どちらも非常に身軽。いやー、IS万歳。量子化ちょー便利。
しかしながら人類とは非力なもので、いかに身軽でも長い間歩いていれば当然疲れる。ああ神よ、なにゆえ我らを斯様にか弱き者と定め
……またしても話が逸れましたが。とにかく、歩き疲れたので休憩しましょうということになって、モール内のカフェにでも行こうと歩いていたのだけど。途中で、何やら揉め事を発見してしまった。
いかにも軽薄ですという感じの男が三人、女の子に話しかけている。その女の子は気弱そうなもう一人の女の子を庇うように立っているが、彼女の友人か何かだろうか?
「って、あれ蘭じゃん」
〔知人?〕
鈴音さんに尋ねると、庇っている方の女の子は鈴音さんの中学時代の友達……の、妹さんだという答えが返ってきた。庇われている方の子は彼女は知らないらしい。
……ふむ。面倒だけど、鈴音さんの知り合いならまあ、助けてあげるのもいいかな。あの子、気丈そうに見えはするけど脚が震えてるし、あの男たちもずいぶんしつこいみたいだし。
「え? あ、ちょっと、スティナ!?」
驚く鈴音さんを置いてけぼりにして、私は彼らに近づいていった。とりあえず一番近い男の肩を軽く叩いてこちらに気づかせ、
〔嫌がってる
やめてください〕
相手は私が喋らずにディスプレイを用いたことで一瞬怯んだみたいだ。けれど、フードの中を見て私が女だとわかるや否や今度は私も標的にしたらしい。普通にしていればかっこいい部類なのであろう顔にニヤニヤと気持ち悪い笑いを貼り付けて話し始めた。
「キミもかわいいね! 俺たち今からこの子たちと遊びに行く予定なんだけど、キミもどう? そしたら丁度三人ずつだし!」
〔拒否〕
「そう言わずにさあ」
「俺たち楽しいこといっぱい知ってるぜ?」
「お金も全部俺たちが出すし!」
――聞かないってわかっちゃいたけど話を聞けよ面倒くさい。どうせ体だけが目的なのがわかっているのに誰が行くか。ていうか、私の体は身長の低さもあって完全に幼児体型なんだけど、こいつらもしかしてロリコンなのか?
〔声帯に欠陥
声が出せない
私と遊んでも楽しくない〕
「あ、そうなんだ? で? それが何か問題?」
チクショウ手強い。こういう手合いは身体的なハンデを持つ女を敬遠するって聞いたのに。ガセか。その粘り強さをもっと他のことに使えばいいのに。
「ちょっとアンタたち! あんまりしつこいと警察呼ぶわよ!」
「鈴姉!? なんでここに……」
鈴音さんが追いついてきたみたいだ。でも正直、この場に彼女が来るとややこしくなる気がする。
「お、またかわいい子が来た!」
「今日はツイてるな!」
……だんだんイライラしてきた。いい加減にしろよ猿ども。
「それじゃあお嬢さん方、まずはあっちの――あがぁっ!?」
――あ。
しまった、あまりに腹が立ったものだからついシャイニングウィザードをかましてしまった。相手の膝の角度のせいで若干後ろに跳びながらの攻撃になっちゃったから威力はそこまででもないはずだけど……いや、でもけっこう吹っ飛んだな。やりすぎたかも。
「我々の業界では御褒美です!」
前言撤回。
とりあえず手近な奴からだ。さすがに今は剣もナイフも手許に無いけど、手刀でも本気でやれば喉笛を裂くくらいならできる。素っ首、貰い受ける――!
「やめんか阿呆」
一気に踏み込んで放った手刀を、割り込んだ誰かに手首を掴んで止められた。視線を上げて顔を見ると……あらジグさんじゃありませんか。奇遇ですねこんなところで。
〔邪魔〕
「仕方なかろう。少し灸を据えるだけなら静観しようかとも思ったが、今完全に殺す気だっただろうが。私たちが逮捕されれば困るのは束さんだぞ」
「…………」
……そう言われると言い返せない。
「それから貴様らも。これ以上この娘たちに関わるな。そろそろ警備員が来るぞ」
「……ちっ」
警備員と聞いたからか、それともジグさんがかなり恐い顔で睨みつけたからか、男たちは未練がましく何度もこちらを振り返りながら去って行った。こいつら、男や権力が相手だと強く出られないタイプの人間だったか。
「蘭!」
「あっ……お兄」
「大丈夫か? 変なことされなかったか?」
「だ、大丈夫。あの人とか、鈴姉とか、ブレヒトさんとかが助けてくれたし。あの、三人とも、ありがとうございます」
蘭とかいう女の子に駆け寄ってあれこれ聞いてるあの人が、鈴音さんの言っていた中学時代の友達って人かな。蘭さんにお兄とかって呼ばれてるし、顔も似てるし。赤い髪をずいぶん長く伸ばしててなんだかチャラそうにも見えるけど、鈴音さんがそんな人と友達になるとは思えないし、何より蘭さんを心配するその姿を見るとなかなかいい人っぽい……気がする。あと顔はけっこうかっこいい。
「ちょっと弾! あんた、妹の面倒くらいちゃんと見なさいよ!」
「うっ……それについちゃ返す言葉も無い……」
「鈴姉、別行動を提案したの私だから、あんまりお兄のこと責めないでください」
「……蘭、アンタなんかキャラ違くない? もっとこう、このバカ兄ー! って感じじゃなかった?」
「私は日々進化してますから」
「ゴメンそれ意味わかんない」
うーん、この置いてけぼり感。やっぱり、身内同士の会話に部外者は入って行きづらい。私は声が出ないからなおさら――って、あれ?
「あれー? かんちゃんはー?」
かんちゃんとやらがあの気弱そうな女の子のことなら、本音さんの言葉は私の言いたいことを見事に代弁してくれている。居ないのだ、どこにも。さっきまで居たのに。ていうか本音さんの知り合いなのか、あの子。
「言われてみれば居ないわね」
「蘭、あの子お前の友達か?」
「ううん、知らない子。もともとはあの子がナンパされてたから私が割って入ったの。まあ何もできなかったけど……」
まあ、さっきの三人組についていったわけではないのはわかっているから、大丈夫だろう。
それから、ジグさんは本音さんとモールを回ると言うのでここで別れた。デートの邪魔をしても悪いし。
一方、私と鈴音さんは当初の目的通り休憩のためカフェへ。鈴音さんのお友達――弾さんというらしい――と蘭さんも一緒に行くことになって、せっかくなので二人と連絡先を交換させてもらった。そのとき弾さんがすごいしどろもどろというか、挙動不審? な感じになっていたのは、もしかしてさっきのシャイニングウィザードで恐がらせてしまったのだろうか?
いや、でも交換し終えたとき弾さんすごい喜んでたみたいだから恐がってはいないか。でも、だとしたらなんであんなにオドオドしてたんだろう? 今度聞いてみようかな。
あと、例の――えっと、かんちゃん? は、後で聞いた話だと楯無さんの妹さんらしい。更識家の人間ならどこかに護衛が待機していてもおかしくないはずなんだけどなあ。更識仕事しろ。
★
深夜、更識簪は寮の自室のベッドで今日のことを思い出していた。
漫画の新刊を買いに行くついでに日用品なんかも買いに行って、知らない男性三人に話しかけられて、パニックになってあわあわしているうちに知らない女の子が割って入ってくれて。でも彼らは諦めるどころか女の子が増えたなんて言って勢いづいて。そこに専用機持ちとしてそれなりに有名なスティナ・ヴェスターグレンと凰鈴音が来て――なぜかシャイニングウィザード。
それでもめげない彼らに、スティナが追撃しようとして――ジギスヴァルト・ブレヒトが割り込んでそれを止めた。そして彼は男三人組をさっさと追い払ってしまった。
ジギスヴァルト・ブレヒト。IS学園に彼のことを知らない者はおそらく居ない。なにしろ、学園どころか世界でたった二人しか居ない、ISの男性操縦者。否応なく目立つし、それに――。
(あれが……本音の、恋人)
自分専属のメイドということになっている幼なじみの少女、布仏本音。彼女がジギスヴァルトと付き合っているという噂は女子のネットワークを通じてあっという間に広まり、それはあまり友達が多い方ではない簪の耳にもすぐに入ってきた。
それに、本音自身の口からもある程度彼のことは聞いていた。彼女の語るジギスヴァルトは、強くて、かっこよくて、優しい。さらには、クラス対抗戦の事件ときには身を挺して篠ノ之箒を庇い重傷を負ったと聞いている。まるでヒーローだ。
(あれが……ジギスヴァルト・ブレヒト……)
実を言うと、今日、あの時。彼と一度だけ目が合った。自信と才能がある者特有の、強い意志の宿った目。それが、姉と被って見えて――皆にお礼を言うのも忘れて逃げ出してしまった。
(ちょっと……苦手、かも……)
彼が本音の恋人である以上、二人の関係が長く続けば続くほど、簪が彼と顔を合わせる可能性も増えていく。この先一度も顔を合わせないなんてことはあり得ない。さらに悪いことに、彼は姉とも親交があると聞いている。
(考えるのやめよう……鬱になってきた)
少女の悩みに関係なく、夜は更けていく――。
シャルの救済方法、私の頭ではこんなのしか思いつきませんでした。
そして簪初登場。どうにかして弾とスティナを会わせようとイベントを考えているときに「あ、簪も出せる」となってこうなりました。弾の、そして簪の明日はどっちだ。