IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

19 / 47
第一七話:力こそパワー

 

「それは本当ですの!?」

 

「嘘吐いてんじゃないでしょーね!?」

 

 月曜の朝。一夏、シャルロット、ジギスヴァルト、本音が教室へ向かっていると、廊下にまではっきり聞こえるほどの大声が耳に飛び込んできた。ちなみにシャルロットは楯無に言われた通り、未だ男装している。

 

「なんだろ?」

 

「さあー?」

 

「一夏、貴様また何かやらかしたのか……」

 

「なんで俺だよ!?」

 

 今の声はどう考えてもセシリアと鈴音だった。今度はどんな厄介事が待ち受けているのかと考えると朝から気分が落ち込んでくる。

 

「本当だってば! この噂、学園中で持ち切りなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑君かジグ君と交際でき――」

 

「俺とジグがどうしたって?」

 

『きゃああっ!?』

 

 教室に入って一夏が声をかけると、取り乱した悲鳴が返ってきた。

 

「俺たちの名前が出てたみたいだけど」

 

「え? そ、そうだっけ?」

 

「さ、さあ、どうでしたかしらですことよ?」

 

 鈴音とセシリアは全力で目を逸らして誤魔化そうとしている。どうも一夏には聞かれたくないことらしい。というか、焦りすぎてセシリアの言動がおかしなことになっている。

 

「じゃ、じゃああたし二組に戻るから!」

 

「そ、そうですわね! わたくしも自分の席に戻りませんと!」

 

 慌ててその場を離れていく二人を見送りながら、一夏とシャルロットは首を傾げている。その光景を見ながら、ジギスヴァルトは先程の言葉を反芻していた。

 

 たしか、学年別トーナメントで優勝したら織斑君かジグ君と交際でき――だっただろうか。

 

(まあ、どう考えても『交際できる』だろうが――一夏はともかく、何故私まで景品扱いされている? 私には本音が――)

 

 と、そこで。本音が不自然に汗をかいていることに気づいた。なにやら顔色も悪い。

 

「本音? どうした?」

 

「うぇっ!? あー……そのー……」

 

 本音はしばらく視線を彷徨わせた後、肩を落として、

 

「……ごめんれっひー。 大事な話があるから、お昼に屋上に来てくれるー?」

 

「は? まあ、構わんが」

 

 波乱の予感を携えて、一日が始まる――。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

(な、何故このようなことに……)

 

 教室の窓際の席で表面上は平静を装いつつ、箒は内心で頭を抱えた。それもそのはず。学年別トーナメントで優勝したら一夏と付き合える、というのはもともと箒だけの話だったからだ。

 

 時は一ヶ月弱ほど遡る。二人を除く全生徒が女子という特殊な空間である故の必然として一夏の周りには常に誰かしら女が居る。さらにはセシリアや鈴音といった、本気で一夏に惚れている女まで現れ――箒は焦っていた。

 

 しかもあの英国の雌豚(セシリア)中国の雌猫(鈴音)は、あろうことか彼女の特権であったはずの(別に特権でもなんでも無いのだが)放課後の特訓にまでしゃしゃり出てきた。あの雌猫に至っては彼女だけの特別(ステータス)だった“幼なじみ”まで掠め取っていく始末。

 

 このままでは専用機の無い自分は大幅に差をつけられてしまう――そう考えた箒は一夏を屋上に呼び出し、勇気を振り絞って言った。

 

「学年別トーナメントでもし私が優勝したら――私と付き合ってもらう!」

 

 だがそこはキングオブ唐変木・織斑一夏。箒は恥ずかしさからすぐにその場を走り去ってしまったので知りようがないが、彼はそれを『買い物に付き合え』という意味だと解釈した。

 

 それを知らないままの箒はこの約束を支えとし、ジギスヴァルトに放課後の特訓への参加を禁止されても我慢していた。自分だけが持つアドバンテージをようやく取り戻した優越感からいつもより心に余裕があったと言える。それなのに、これだ。

 

(いったいどこから広まったのだ! これでは私以外の女が一夏と付き合うなんてことになるかも……!)

 

 まあ、あの時は少しばかり声が大きかったかもしれないが。それでもこんなに広まるのは完全に予想外だった。しかもジギスヴァルトまで巻き込んでしまっている。彼を怒らせるとロクなことにならないのは身を以て知っている。

 

 どうしよう本格的にまずいことになった、と、箒は必死で打開策を考え始めた。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「ごめんジグぅー! たぶん私のせいなのー!」

 

 昼、ジギスヴァルトが屋上に着くや否や、本音が涙目で頭を下げてきた。あまりに突然謝られたものだからジギスヴァルトは理解が追いつかない。なんのことかと問うと、なんとも情けない顔で説明してくれた。

 

「しののんがおりむーに『学年別トーナメントで優勝したら付き合って』って言ってるの聞いちゃってー。面白そうだったからゆーこやかなりんたちに『モッピーが優勝したらおりむーと付き合うらしいよ』って言っちゃってー。そしたら、ほうきんのとこが取れた噂が広まっちゃってー。最終的にジグも巻き込まれちゃったみたい……」

 

 …………。まあ、箒のあだ名がコロコロと変わっているのは置いておくとして、だ。

 

「本音……君とて女だ、女子のネットワークの怖ろしさを知らんわけではなかろう」

 

「うっ……。だ、だって……ジグには私が居るからだいじょーぶだと思ったんだもん……」

 

「噂などどこでどう尾鰭がつくかわかったものではないのだ。軽々しく流布するのは感心せんな」

 

 まあ、たしかに仮に優勝した誰かが交際を要求してきたところで彼に受け入れる気は無いが。それにしたって、プライベートなことを言い触らしてしまうのは誉められたことではない。

 

 と、いうわけで。

 

「お仕置きだ本音。君は一週間おやつ抜きだ」

 

「えぇー!?」

 

 まるでこの世の終わりを目の当たりにしたかのような悲痛な顔で叫ぶ本音に、しかし慈悲は与えられない。

 

 この後一週間、彼女はクラスの皆や生徒会役員をも動員しての厳しい監視のもと、徹底的にお菓子から遠ざけられることになったが――それはまた別の話。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 屋上から直接食堂に行って昼食を摂って、帰り道。食堂で合流したスティナを加えて三人で教室へ向かっていると、曲がり角の先からラウラの声が聞こえた。

 

「何故です教官! こんなところで教師など、あなたのやるべきことではない!」

 

「やれやれ……」

 

 教官、ということは、彼女が話している相手は千冬なのだろう。が、さてここで問題がひとつ――あそこを通らないと、教室に戻れないのである。

 

 なんだか立て込んでいるようなので割り込むのは申し訳ない気もする。けれど、まあこんな公共の通路で話している方が悪いとジギスヴァルトは結論付けた。

 

「ラウラ。あまり大声を出すと他の者に聞かれるぞ。例えば私たちとか、な」

 

「――っ!? ……ジグ兄様。それと……貴様はスティナ・ヴェスターグレンだったか」

 

 割って入ったのは三人であるのに本音のことを気にも留めないあたりは好き嫌いがハッキリしていると好意的にとるべきか、それとも選民的と言うべきか。ジギスヴァルトとしては後者を推すところである。

 

「丁度良かった。兄様にも話があります。貴様もだヴェスターグレン」

 

「…………」

 

「……本音」

 

「ほいほーい。お先にー」

 

 ジギスヴァルトの意志を正確に読み取った本音は文句ひとつ言わず、先に教室へと帰って行った。後で何かフォローしておかなければと思いながら、ジギスヴァルトは壁に寄りかかる。スティナはその隣に並んで待機。千冬は相変わらず腕組みをして仁王立ちしている。

 

「それで? 話とは何だラウラ。今しがた織斑先生と話していたことと関係があるのか?」

 

「そうです。三人とも、何故このような極東で教師や学生などやっているのですか。

 教官はまだまだ現役で通用する、それどころか世界一だって難なく獲れるはず。それにこの学園の連中はISを正しく認識できていない。教官が教えるに値する者たちではありません。

 兄様も、あなたはこんな平和ボケした場所ではなく戦場に居るべきです。戦場に在ってこそあなたは気高く、強い。こんなところであんな女に現を抜かしていてはあなたの強さが失われてしまう。

 そしてヴェスターグレン。貴様、山田真耶との試合、手を抜いていただろう。本気を出せば、もしかして教官と代表の座を争ったというあの女に勝てたのではないか? それほどの力があれば――」

 

「そこまでにしておけよ小娘」

 

 興奮気味にまくし立てるラウラの言葉を、千冬の鋭いひと声が遮った。その声に含まれる覇気にすくんでしまった彼女は言葉を詰まらせ、ただ千冬を見上げる。

 

「しばらく見ない間に偉くなったものだな。十五歳でもう選ばれた人間気取りとは畏れ入る」

 

「違っ……私はあなたたちのために!」

 

「お門違いも甚だしい。私は以前のそれよりも今の生活にこそ満足している。それにここの生徒たちは私自身が“将来有望と判断し、鍛えてやりたいと思った”者たちばかりだ。貴様が侮辱していいような者ではない」

 

「ですが――」

 

「くどい!」

 

 千冬に一喝され、ラウラの肩が撥ねた。それから何か言わなければと言葉を探すも、視線を彷徨わせるばかりでどうにもならない。

 

 やがて諦めたのか、今度はジギスヴァルトに問うた。

 

「兄様は、どうなのですか」

 

 それまで目を閉じてただ聞くのみだった彼はラウラの問いで目を開き、言う。

 

「私が戦場に在ったのは他の生き方を知らなかったからだ。養父たちは皆傭兵として戦場に在り、私も戦場に在らざるを得ず、故に戦場で生き延びる術を徹底的に教わった。彼らに報いるためにそれを生かしたかったし、生かせるのが傭兵だったというだけに過ぎない。

 平和ボケ大いに結構。彼らの教えで得た力は貴様が“あんな女”と呼んだ彼女に捧げている」

 

「――っ! ならばヴェスターグレン、貴様はどうなのだ!」

 

〔平和万歳

 学園生活サイコー〕

 

 千冬からもジギスヴァルトからも、スティナからも自分の望むものとは違う答えを突きつけられ、ラウラの顔は酷く歪んだ。それが悲しみによるものか、それとももっと別の感情によるものかは本人にしかわからない。

 

「もうすぐ授業が始まる。さっさと教室に戻れボーデヴィッヒ」

 

 先程までの覇気はどこへやら。平静の声音に戻った千冬に急かされ、ラウラは速歩(はやあし)で去って行った。

 

「お前たちも早く戻れ。遅れることは許さんぞ」

 

「それは勿論だが織斑先生。ひとつお願いがあります」

 

「……何だ」

 

「ラウラのことは私に任せてもらえませんか?」

 

 千冬の眉がピクリと動いた。

 

「……理由は?」

 

「なに、私の家族に似たようなのが居るものでして」

 

 言って彼はスティナに視線を投げる。それだけで言わんとすることは十二分に伝わったようで、千冬はわざとらしく溜め息を吐いた。

 

「任せられるのか?」

 

「少なくとも努力はしますよ。彼奴(あいつ)も大事な妹分なので」

 

「……そうか」

 

 話は終わりだとばかりに千冬は彼らに背を向け、職員室へ歩き出した。それを了承の意と取ったジギスヴァルトは彼女の背に軽く頭を下げ、スティナと共に教室へ急ぎ――結局遅刻した。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 放課後、スティナはセシリアと共にアリーナに居た。近接戦闘を苦手とするセシリアに指導を請われたためだ。その間は箒の監視が出来なくなるが、幸いというか、今日はジギスヴァルトが箒を見張ると言ってくれたのでセシリアの指導を引き受けることにした。

 

 そういうわけで、現在二人はISを展開して向かい合っている。

 

『展開は問題なく出来るんですよね?』

 

『いえ、その……実は近接装備の展開は苦手でして……』

 

『まさかのそこからですか……』

 

 指導するに当たって、文字数に制限のかかる普段のディスプレイでは不都合なのでオープン・チャネルを使うことにした。プライベート・チャネルでないのは、他のアリーナ利用者の中にもしかしたら参考にする者が居るかも知れないからだ。別に秘密にするようなことでもなし、皆で強くなっていけばいい。オープン・チャネルとはいえ強制受信ではなく、拾わないよう設定することもできるので周りの迷惑になる心配も無い。

 

『けど、展開はセシリアさんのイメージに()るものなので指導のしようがありません。ですからとりあえず、敵に間合いを詰められたときの対応から始めます』

 

『はい』

 

『では、まずは口頭で。

 セシリアさんのブルー・ティアーズは狙撃型ですから、自分から間合いを詰めることはほぼあり得ないと考えて良いでしょう。それは裏を返せば、近接戦闘は“全て相手の間合いで行う”ということです。これがどういうことか、わかります?』

 

『ええと………………あ、戦ってはいけない、でしょうか?』

 

『そう、()()あなたは近接装備で相手を倒すことを考えてはいけません。

 もちろん、あなたがこれから修練を積んで近接戦闘に熟練すればその限りではありません。ですがそうなるまでの間は、あなたの近接戦闘は全て“逃げ”に費やさなければなりません。何故なら、近接戦闘を仕掛けてくる相手はそれに少なからぬ自信があるからです。近接戦闘の苦手なあなたが、近接戦闘用の調整がされていない機体で勝てる道理は無いということです』

 

『な、なるほど……』

 

 プライドの高いセシリアは言い返しそうになったが、なんとか堪えた。今の自分は師事する側であり、何よりスティナの言っていること――つまり近接戦闘が苦手というのは事実なのだ。そこを認めなければ成長は無く、それではわざわざ時間を割いてくれたスティナに申し訳ない。

 

『なのでこれから学年別トーナメントまでの間にすべきこと――というより、それまでの時間で出来ることは大きくふたつ。ひとつは後退加速(バック・ブースト)の練習、及び余裕があれば後退瞬時加速(バック・イグニッション・ブースト)の習得。もうひとつは、相手の近接攻撃をあなたの近接装備でいなし、なんとかして後退できるだけの隙を作る練習。

 ただ、私のエイフォニック・ロビンにはスラスターが無いので前者の指導は他の人に任せざるを得ません。今日は後者を徹底的に行います』

 

『お願いしますわ』

 

 セシリアはブルー・ティアーズの近接装備、ショートソード《インターセプター》を展開した。初心者用の音声呼び出しコマンドを使っていたが、それは今日はいい。今後の課題というところだ。

 

『では、とりあえず力量の把握からいきましょうか。適当に斬り込むので、出来る限り防いでください。今回は私はこの音裂(おとさき)しか使わ――っ!?』

 

 突然振り向いたスティナが折り畳まれた音裂の刀身を瞬時に伸ばし、振るった。飛んできた何かに刃がぶつかり、弾き飛ばす。

 

 音速を易々と超えて飛んできたのは砲弾だった。飛んできた方を見ると、そこには漆黒のIS。

 

 機体名は《シュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)》。登録操縦者は――。

 

『何か御用ですかラウラさん? 見ての通り、私今セシリアさんと遊んでるんですけど』

 

『スティナ・ヴェスターグレン。私と戦え』

 

 話を聞けよ、とスティナがこめかみを押さえる。昨日のチャラい三人組といいラウラといい、どうしてこうもコミュニケーションを放棄するのか。言葉はISなど及びもつかない人類最高の発明だというのに。

 

『どういうつもりですの? いきなり撃ってくるだなんて』

 

『イギリスのブルー・ティアーズか。……ふん、データで見た時の方が強そうじゃないか』

 

『喧嘩を売ってますのね? いいでしょう、買いますわよ?』

 

 ラウラの挑発的な物言いに、セシリアは口元を引き攣らせながら言う。が、ラウラからセシリアの体を隠すようにスティナが移動したことで少々冷静になったようで、スティナとラウラの会話を優先してくれた。

 

『私と戦ったらあなたが勝ちますよ。その機体に有効打を与えるのは、うちの子では少々難しいですから』

 

『それは貴様が本気を出さんからだろう。貴様はそこの、古いだけが取り柄の国のお貴族様とは違うはずだ』

 

『なんですって!?』

 

 明らかに自分を見下す言葉と目つきに、セシリアの感情はいとも容易(たやす)く再沸騰した。せっかくさっき少し落ち着いたのに、とスティナは頭を抱えたくなったが、今はこの場を収めるのが先だ。

 

『ええ、ええわかりました、わかりましたとも。スクラップ志願者というわけですわね?』

 

『あの、セシリアさん落ち着い――』

 

『はっ! 出来るのか貴様に? くだらん種馬を取り合うような(メス)にこの私が負けるものか』

 

『ちょ、ラウラさんもやめ――』

 

『どうやらこのジャガイモは言語をお持ちでないようですわね?』

 

『あの――』

 

『やるなら相手をしてやるぞ? ヴェスターグレンと戦う前の準備運動には丁度良い』

 

「…………」

 

 ダメだった。今度はラウラのみならずセシリアまで全然話を聞いてくれない。

 

『上等です! その減らず口、後悔させて差し上げますわ! スティナさん、手出しは無用でしてよ!』

 

 スティナの後ろから飛び出したセシリアがスターライトmkIIIを乱射。怒りに任せたそれはお世辞にも“狙撃”とは言い難いほどに乱雑で、狙いの甘いそれをラウラは難無く躱し、機体からワイヤーを射出。彼女の意志に従って自在に動くそれを振り切ろうと飛行するセシリアを見ながら、スティナは思った。

 

 ――なんかもういろいろと面倒くさい、と。

 

(……まあ、ラウラさんの()()はレーザーを止められないらしいですし。機体相性的にはそう無茶な試合でもない、か。手を出すなと言うのだから出さないことにしましょう)

 

 人の話を聞かない人間が嫌いな彼女の機嫌が加速度九・八メートル毎秒毎秒で果てしなく垂直落下していく。ISを使ってしか“普通の”会話ができない彼女にとって、言葉を交わすことは特別なのだ。

 

 しかし――と、すぐに頭を切り換えた。そんなことより、今はラウラだ。彼女が自分と戦おうとする理由を、スティナはなんとなく理解している。廊下で会ったときの会話が関係しているのだろう。

 

 だが彼女は戦う気が一切無い。何故なら、端的に言えば、ラウラと戦うことは彼女に何の利益ももたらさないからだ。勝てばまた力がどうのと付き纏われ、負ければ負けたでラウラを増長させる。なにしろあの黒兎はスティナの力量を過大評価――否、山田真耶という女を過小評価しているのだから。

 

 ラウラが転校してきた日の授業での、あの模擬戦。真耶は“教師として”全力で戦ったが、“本気”ではなかった。

 

 だって彼女は教師なのだから。下で見る生徒達が、そして実際に戦闘を行ったスティナと鈴音が、その模擬戦を通じて何かを学び取れるように戦わなければならない。実際の試合や戦場での交戦のように相手をただ倒せばいいわけではない。まあそれでも実際に相対したスティナは勝てる気がしなかったのだが。

 

 それをわかっているのかいないのか――わかっていないからこそのこの状況だろうが――本気を出したスティナは山田真耶(織斑千冬と国家代表の座を争った女)よりも上だと、ラウラは認識しているらしい。原因はおそらく――試合前の墜落と、真耶は(あくまで教師としてだが)全力だったことと、そして明らかに手抜きに過ぎるスティナの戦い方だ。あれが真耶の実力の全てだと思っているのだろう。

 

 なので、もし戦ってスティナが負ければ、彼女の中では千冬>ラウラ>スティナ>真耶というパワーバランスが認定されてしまう。そうすると彼女は増長しますます手がつけられなく――。

 

「あっ!?」

 

 セシリアの悲鳴で我に返った。スティナが思考に没頭している間に、彼女はとうとうワイヤーに捕まってしまったらしい。ブルー・ティアーズの脚部に巻きついたワイヤーが彼女を振り回し、地面に叩きつけた。そこに、既にチャージが完了していたレールカノンの砲弾がぶち込まれる。

 

「きゃあああっ!?」

 

 悲鳴をあげながらもブルー・ティアーズのコンディションを確かめてみると、シールドエネルギーこそまだまだ余裕があるが装甲のダメージが深刻だった。地面に叩き付けられたのと今の砲弾とで体も至る所が痛い。

 

 それでもセシリアは立ち上がり、ラウラにライフルを向ける。ビットでラウラを囲み攻撃するが全て避けられ、ライフルが吐き出すレーザーも当たらない。

 

(……そろそろ止めましょうか。セシリアさんはどうしても冷静になりきれないようですし、さすがにこれ以上機体が損傷すると学年別トーナメントに支障が――やばっ!)

 

 ラウラが瞬時加速(イグニッション・ブースト)でセシリアとの距離を一気に詰め、シュヴァルツェア・レーゲンの両腕に生成したプラズマブレードで斬りかかった。片方のプラズマは咄嗟に掲げたライフルで受け止めたが、もう片方は装甲の無い腹部に直撃し、絶対防御が発動。セシリアは弾き飛ばされ、さらにその首にワイヤーが巻きつき吊し上げ――割って入ったスティナがそれを切断した。解放されたセシリアは地面に倒れ、ISが解除された。

 

『なんだ、やっと戦う気になったのか?』

 

『なってません。ですが、見過ごすわけにもいきません。あなたは明らかにやり過ぎです』

 

『ふん。戦場にやり過ぎも何も無い。力無き者から()()される。それだけだ』

 

『ここは戦場ではありませんよ』

 

 言って、気絶したセシリアを医務室へ運ぶべく彼女に近寄ろうとして――真横を砲弾が掠めた。ロック警告が無かったあたりノーロックだったのだろう。

 

『もう一度言う。スティナ・ヴェスターグレン。私と戦え』

 

『嫌ですってば。私それ何の得も無いじゃないですか』

 

『貴様に無くとも私にはある。貴様を倒し、力とは振るわれなければ意味が無いことを証明してやる』

 

 シュヴァルツェア・レーゲンから再びワイヤーが伸びる。

 

 前進以外の機動に難のあるエイフォニック・ロビンでは追尾してくるそれを振り切れない。そう判断したスティナは右腕の音裂に加えて両脚部の近接ブレードも使い、その場で縦に横にと回転することで全て斬り払った。

 

〈【警告】ロックされています〉

 

 エイフォニック・ロビンが警告を発するのとほぼ同時、電磁加速された砲弾が飛んできた。避ければセシリアに当たる――!

 

「…………!」

 

 ワイヤーを斬った動きの流れのままにサマーソルトの要領で砲弾を蹴り上げ、遠音(とおね)を噴かしてセシリアの側から離脱。エイフォニック・ロビンの武装が何一つラウラに届かない位置にまで自ら移動したスティナを見て、ラウラは表情を怒りに歪める。

 

『貴様……そんなに私と戦いたくないか』

 

「…………」

 

『貴様程の力がありながら! 何故戦おうとしない! 私を馬鹿にしているのか!』

 

「…………」

 

『答えろ! スティナ・ヴェスターグレン!』

 

『……戦うわけないでしょう。もう一度言いますけど、あなた相手じゃうちの子は相性最悪なんです。手も足も出ない私をいたぶるのがあなたの言う“力”ですか? それ、楽しいですか? ドイツのバニーちゃんはずいぶん高尚な趣味をお持ちですね』

 

『……貴様ァ!』

 

 瞬時加速。プラズマブレードを展開して踏み込んできたラウラの攻撃を、スティナは音裂で受け止める。ラウラの腹を蹴り上げて少しだけ距離を取り、遠音の大出力でラウラの横を通り抜けて再度距離を取ろうとしたが――機体が動かない。

 

(これが噂のアクティブ(A)イナーシャル(I)キャンセラー(C)……。思った通り、寄って斬るしかない私では相性が悪すぎる……!)

 

 ニヤリとラウラが笑う。レールカノンの砲口が向けられるのが、スティナにはやけにゆっくりに感じられた。

 

 ――しかし。

 

「ぐっ!?」

 

 ガギンッ! と金属同士が激しくぶつかり合う音が響いて、ラウラは機体ごと弾き飛ばされた。

 

「……やれやれ。これだからガキの相手は疲れる」

 

「教官っ!?」

 

 それを為したのは千冬だった。しかも彼女はISを纏うどころか普段と同じスーツ姿で、なのにIS用近接ブレードを軽々と扱っている。生身でラウラを弾き飛ばしたと思うとスティナの背筋を冷たいものが駆け上った。

 

「織斑先生と呼べ。模擬戦をするのは構わんが、拒否する者に執拗に迫るのは感心しかねる。どうしても戦いたいのなら学年別トーナメントでやるがいい」

 

 スティナが拒否していたのを知っているということは、管制室で通信を拾っていたのだろうか。何にせよ説明の手間が省けるので助かるが。

 

「……教官がそう仰るなら」

 

 渋々といった感じで頷いて、ラウラはISの装着状態を解除した。

 

「だから織斑先生と……まあ今はいい。ヴェスターグレンもそれでいいな?」

 

「…………」

 

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁ずる。解散!」

 

 スティナが頷くのを確認すると、千冬は改めてアリーナに居る全ての生徒に向けて言った。訓練中の生徒だけでなく、いつの間にか観客席にも野次馬が集まっていたらしい。

 

 アリーナを去っていくラウラの背を見送り、スティナは溜め息をひとつ。こういう面倒事は一夏さんかジグさんの役目のはずなんだけどなあ、などと内心で愚痴りながら、セシリアを医務室へ運んでいった。

 




 モッピー知ってるよ。二巻の話は学年別トーナメント中の構想を練ってばかりでそれ以外を疎かにしてたってこと。
 モッピー知ってるよ。そのせいでラウラがただの危ない人になっていってること。

 次回、ようやくスティナが本気を出します。明日から本気出す。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。