第一話:おいでませIS学園
(これは……思った以上にキツいな……)
IS学園。その名の通りIS関連の人材を育てることを目的とする世界唯一の教育機関。ISは女性にしか扱えないため必然的にここは女子校である。
否――女子校“だった”。
今年のIS学園は非常に特殊な状況にある。なぜなら男子生徒が“二人”居るからだ。
(席が織斑一夏の真後ろだったのは不運と言わざるを得んな。離れていたら視線が分散されたものを)
男子生徒の片方――ジギスヴァルト・ブレヒトは周囲を見回していた視線を目の前の織斑一夏に向けた。
――ガッチガチに緊張しているようだ。
無理もないかも知れない。入学式を終えて、今は教室で教師を待っている……つまり全ての生徒が手持ち無沙汰だ。県どころか国単位で様々な出身の者が教室に詰め込まれているためほとんどの生徒は互いに初対面。つまり話し相手も居ない。
となると、必然的に視線がたった二人の男子生徒に集まる。それも、誰一人として言葉を発しない異様な雰囲気の中で。しかも織斑一夏の席は最前列のド真ん中で、ジギスヴァルトはそのひとつ後ろ。誰だこの配置を考えた奴は。
正直ジギスヴァルトもこれまで戦場で培ってきたクソ度胸が無ければ固まってしまっているだろう。
だがそれにしたって緊張しすぎじゃないだろうか。席が近いとはいえ一応視線が分散された状態でさえこれなのだ、もしジギスヴァルトがこの学園に来なかったらと思うと同情を禁じ得ない。
「……織斑一夏」
見かねたジギスヴァルトが声をかけると、今存在に気づいたと言わんばかりの顔で振り返った。
――なんとも情けない顔だった。
「な、なんで俺の名前知ってるんだ?」
「ニュースになっていたからな。それに、何度か束さんから聞かされている」
「束さんから? お前、束さんを知ってるのか?」
やはり姉が束の親友なだけあって面識があるのか、彼の言葉からはある程度人柄を知っている者特有の親しみのようなものを感じる。
「ああ。あの人は私の恩人だ。というか、ニュースを見ていないのか? 私も一応報道されたぞ、あの人の関係者であることもな」
一夏のことが世に知れてから数日後、世界は再び震撼した。“本当の世界初の男性操縦者”が現れたからだ。
騒ぎになるのを恐れ篠ノ之束の手で隠匿されていたが、この度の織斑一夏の登場に便乗して公にすることにした――というのがこの時の報道の内容である。それはある程度正しいし、ある意味では間違っているが、ともあれ世界はそれをアッサリ信じた。なんとも簡単なものだ。それだけ束の影響力が強いということだろうが。
「あー、そういえばそうだったな。おかげで俺からそっちに興味が移ってくれたんで助かったよ。お前の名前はたしか……じ……じき……?」
「ジギスヴァルト・ブレヒトだ。覚えにくいようだからジグでいい。皆そう呼ぶしな」
「そうか、よろしくなジグ。俺のことは好きに呼んでくれ」
「わかったよアインスゾンマー」
口の端を歪めてそう言ってやると、一夏は目を円くして固まった。しばらくそのままでいたが、硬直が解けると今度は口をへの字に曲げて軽く睨んできた。
「……ナニソレ」
「“一”と“夏”を母国語にしてみた」
「……やっぱ普通に一夏って呼んでくれ」
「了解だ一夏。数少ない男同士だ、仲良くしようじゃないか」
そうして互いの自己紹介が丁度終わったタイミングで、教室の扉が開かれた。入ってきたのは小柄な、およそ教師には見えない女性だ。
「全員揃ってますねー。SHR始めますよー。私は副担任の山田真耶です」
言って頭を下げる真耶の、その動きに合わせて揺れる胸がなんともアンバランスだった。
「さて、今日から皆さんはこのIS学園の生徒です。仲良く助け合って、充実した楽しい三年間にしましょうね」
……無言。
真耶以外に誰一人として喋らない。視線は相変わらず一夏とジギスヴァルトに向けられ、真耶を見てすらいない。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします! そっちの席の人から順番に、ねっ!」
少し泣きそうな彼女に促されて相川という生徒が自己紹介を始めるのを聞きながら、ジギスヴァルトは一夏を観察する。
相変わらずガッチガチだ。だが先程までとは違い、視線をチラチラと窓側に向けている。視線を追うと、窓際に座るポニーテールの生徒に行き当たった。
(あれは……束さんの妹か。そうか、一夏の幼なじみだったな。確か名前は箒だったか)
束の妹君のことはジギスヴァルトもいくらか調べていた。何しろ今回の束の“お願い”に関わることだ。
――とは言え束にほとんどを、それも箒の写真つきで何度も何度も聞かされていたので、彼が調べたのは現在の住所程度。しかも調べてから気付いたが、全寮制のIS学園に居る間はほとんど無意味な情報である。
……それにしても、束は何年も会っていないはずの箒の現在の写真をどこから手に入れたのだろうか。
などと考えている間にも自己紹介は進んでいく。次は一夏の番だが、どうやら緊張で真耶の声が聞こえていないらしい。
「織斑君。……織斑君? 織斑一夏くーん!」
「は、はいぃっ!?」
ガタッと音を立てて一夏が立ち上がる。目の前で突然大声を出された真耶は怯え、周囲のクラスメイトからは笑いが起きた。
「あの、次は織斑君の番なので……自己紹介してもらえないかな? ダメかな?」
「あ、はい!」
それでもさすが教師と言うべきか、すぐに持ち直した真耶に優しく促されて教壇に上る。
が、その動きは実に機械的である。ロボットダンスでもやらせればいいのではと思えるくらいカックカクな動きで移動した一夏はクラスを見回して――さらに緊張を募らせたようだ。あれでは何を言うかなど頭から抜け落ちているに違いない。
「えーっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
――再びの静寂。誰もが一夏に“次は何を言うんだ”という期待の眼差しを向け、しかしそれがさらなる緊張を誘うのか一夏は固まったまま動かない。
「――以上です!」
ガタタタッ! と教室中が音を立てた。
ジギスヴァルト以外の全員がコケる音だった。
「……あれ、俺なんかマズ――いってぇ!?」
スパァンッ! と気持ちの良い音がした。見れば一夏の後ろに黒髪で目つきの鋭い女性が立っていて、手には出席簿。
一夏は頭を押さえている。どうやらあれで叩かれたようだ。
「げぇっ、喬玄!?」
「微妙な知名度の三国武将を出すな馬鹿者。どうせなら関羽か呂布にしろ」
出席簿が再び爽快な――一夏にしてみれば爽快なんて言われたくはないだろうが――音を立てる。
そしてそれを為した女性の姿を見たクラスの反応は――嬌声だった。
それはそうだろう。何しろ一夏の頭を叩いたのは元世界最強、《ブリュンヒルデ》織斑千冬。ISに携わる女性たちの憧れの存在なのだ。
にわかに騒がしくなった教室。さらにその後の千冬と一夏のやり取りで二人が姉弟であることが発覚し、教室の熱気はもはやピークに達した。
千冬の人気はいまだ衰えないことを考えると、おそらく毎年この調子なのだろう。彼女は心底鬱陶しそうな顔をしている。あまりこういうのは好きではないようだ。
「うるさいぞ、静まれ! 自己紹介はまだ終わっていない! ……静かになったな。織斑、お前はもういい。席に戻れ。次!」
肩を落として席に戻る一夏に心中で同情しつつ、ジギスヴァルトは前に出た。クラス中の視線を浴びて少々気後れするが、無様なことをすれば一夏の二の舞になりかねない。
「……ジギスヴァルト・ブレヒトだ。長くて覚えにくいだろうからジグでいい。ドイツの出だ。ここに来る前は傭兵をやっていた。
歳は皆より一つ上だが、私は学校に通ったことが無いのでこの学年からスタートすることになった。右も左もわからんからいろいろと教えてもらえると助かる。以上だ」
一気にそれだけ言って席に戻る。出席簿が飛んでこなかったからには成功と見て良いだろう。
「イケメンだよイケメン! しかもドイツ!」
「銀髪だし! 背ぇ高いし!」
「年上だし大人っぽいし!」
「クールそうなのも良い感じ!」
周囲から聞こえる声は、努めて聞かなかったことにした。
★
「……ちょっといいか」
自己紹介を終え、続く最初の授業も終えての休み時間。一夏とジギスヴァルトが話していると、箒が一夏に声をかけた。
ジギスヴァルトには視線さえよこさない。一夏にだけ用があるのだろう。彼が一方的に箒を知っている状態であるため当然のことではあるが。
「一夏、行ってくるといい。箒はお前にだけ用があるそうだ」
「……お前に名前で呼ばれる筋合いはない」
「それは失礼した、篠ノ之。あまり家名で呼ぶ習慣が無くてな」
それに加えて束から耳にタコができるほど話を聞かされたからだが。それを言うとさらに怒るだろうことは想像に難くない。
「ふん」
相当に気分を害したのか、有無を言わさず一夏を引っ張って行ってしまった。
箒の用は明白だ。束の言っていた通りなら一夏に惚れているらしいから、何かそれ関連だろう。願わくば自分が機嫌を損ねたとばっちりを一夏が受けませんように、と彼は思う。
さておき、ジギスヴァルトは教室に取り残された形だ。一夏と話しているときは気にならなかったが、周囲からはいまだにコソコソと話す声が聞こえてくる。
「ねえ、あなた行ってきなよ」
「えー無理だよ」
「外人補正もあるんだろうけどすごくカッコイイよね」
「いやいや、外人から見てもカッコイイよあれ」
「ちょっと近寄りがたい雰囲気だけどそこがまた……!」
……ずいぶんと好き勝手言ってくれる。
これではまるでサーカスのライオンではないかとうんざりしてきた。いっそ直接話しかけてくれれば気も楽なのだが――などと考えたところに救いの手が差し伸べられる。……それは後々考えれば救いでも何でもなかったのだが。
「ちょっとよろしくて?」
「……む?」
声がした方に視線を向ければ、綺麗にロールがかかった金髪の、いかにもお嬢様然とした生徒が立っている。視線に多分な侮蔑を含んで。
「何ですその気の抜けた返事は! わたくしが話しかけて差し上げているのですからもっと光栄に思いなさい!」
(何を言っているんだこいつは)
内心で辟易しつつも彼は自己紹介の記憶をたぐり寄せる。確かこの女は――セシリア・オルコット。名前に関連して思い出される項目は――たしかイギリスの代表候補生の一人がそんな名前だったか。
「何の用だ、セシリア・オルコット」
「――っ! あなたねえ、このわたくしを誰だと――」
「だから、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットだろう? 理解しているからさっさと用件を話せ」
ISが登場してから世界は変わった。女性の地位が向上し、反対に男性の地位は地に堕ちた。世は極端な女尊男卑社会となったのである。実際にISを使えようと使えまいと、女性であるというだけで偉い。今はそんな時代だ。絶対数の少ないISは厳重に管理されており、実際に乗ることができる者などほとんど居ないというのに。
そして目の前のセシリアも女性の方が優れているという考えの持ち主なのだろう。事実、ジギスヴァルトの態度が気に入らないのか額に青筋が浮かんでいる。
「男性のIS操縦者がどんなものかと思ったのですが……どうやら礼儀知らずの野蛮人のようですわね」
「それはそうだろう。お前は私の自己紹介を聞いていなかったのか? まあ私は貴様の自己紹介など名前以外聞いていなかったが」
「あなただって聞いてないんじゃありませんの! いえ、わたくしは聞いていましたけども! というか、このわたくしの自己紹介なのですから五体投地で一言一句逃さずお聞きなさい!」
五体投地を知っているとは、イギリス人にしては珍しい。というか、五体投地は欧米人からすれば逆に失礼な態度に見えそうなものだが。地面にうつ伏せで寝るのだし。
――と、言いそうになったのをジギスヴァルトはグッと堪えた。わざわざ火に油を注ぐ必要はない。
……ちなみに、だが。彼が五体投地を知っているのは育ての親が日本人だからである。ある日突然「お前に面白い言葉を教えてやる!」と暴走した彼らに教わったうちのひとつだ。
「それは失礼した。とにかく、聞いていたのならわかるだろう。学校にも行かず傭兵などやっていたのだ、品格や教養など身につけようがない。野蛮人でないわけがなかろう」
「馬鹿にしてますの!?」
彼としては当たり障りの無い、というか怒りを鎮めるために放った言葉だったが、何故かセシリアの怒りのボルテージが上がった。このお嬢様、どうにも面倒くさい。
「何故そうなる。むしろ自身を卑下しているというのに」
「それが馬鹿にしていると――」
セシリアがそこまで言ったところで予鈴が鳴った。次は千冬の授業だ。
「――くっ! 覚えてなさいジギスヴァルト・ブレヒト!」
出席簿の制裁を恐れたのだろう。セシリアは足早に自分の席へ戻っていった。
(というか、名前はしっかり覚えているのか。わざわざ嫌いな者の名前など覚えなくてもよかろうに)
それともそういう趣味でもあるのだろうか、などとくだらないことを考えたが、益体も無いことだと早々に切り上げた。
「何かあったのか?」
「なに、お偉いお嬢様がご訪問くださっただけさ」
「は?」
戻ってきた一夏は「わけわからん」とでも言いたそうだった。というか、言った。
こんな感じでどうにか。