IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

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第一八話:学年別トーナメント

 

 六月も最終週に入り、IS学園は月曜から学年別トーナメント一色となる。全生徒が雑務、会場整理、来賓の誘導等に追われ、それが終わると慌ただしく各アリーナの更衣室へ走る。ちなみに、男子組はだだっ広い更衣室を二人占めで、着替え終えた俺とジグは備え付けのモニターで観客席の様子を見ている。

 

「しかし、すごいなこりゃ……」

 

 そこには各国政府関係者、研究所員、企業エージェント、その他諸々ISに関わる人たちが一堂に会している。

 

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認に来ているのだ。それと、他国のISの視察なんかもな。入学して日が浅い我々一年はあまり関係無いが、上位入賞者、そして私やお前やスティナのように特殊なISを所持する者などは早速目をつけられるかも知れんぞ。良い意味でも悪い意味でも、な」

 

「怖いこと言うなよ」

 

 悪い意味ってのは、モルモットとかそういうことだろう。俺とジグは貴重な男だし、ジグとスティナのISは束さんのフルスクラッチ、俺の白式も束さんが手を加えたって聞いている。興味は尽きないってとこなんだろうな。俺がIS動かしたって知られたときには家にマスコミとか変な研究者とかが押しかけてきたし。

 

「一夏ー、ジグー、入っていいー?」

 

「おう、いいぞー」

 

 更衣室のドアが開いて、鈴とスティナが入ってきた。理由は単純。鈴は俺と、スティナはジグと、それぞれペアを組んでいるからだ。

 

 本来は個人戦だったこの学年別トーナメントだが、何らかの事情があってタッグマッチに変わっている。鈴と組んだ理由は――半ば成り行きだ。

 

 セシリアがラウラと戦って負けたあの日、野次馬の中に俺と鈴、シャルロットも居た。と言っても、俺たちが到着した時には既に千冬姉が介入していたから詳しいことはよくわからない。

 

 怪我をしたセシリアが心配だったので、俺たちはしばらくしてから医務室へ向かった。

 

「屈辱ですわ……!」

 

〔自業自得

 反省してください

 人の話は聞きましょう〕

 

 ベッドの上には包帯を巻かれたセシリアがむっすーとした顔で座っていて、窓際にジグが寄りかかっていて、その横で呆れ顔のスティナがリンゴを剝いていた。サバイバルナイフで。しかも器用にもウサギさん……じゃない!? 細長く切ったリンゴの先端を少し切り落とし、余った皮をV字に切って少し上に向ける……これは……まさか……。

 

〔できました

 ナメクジ〕

 

「ちょっとスティナさん!? 気持ち悪いもの作らないでいただけます!?」

 

〔お仕置き

 全部食べなさい〕

 

「嫌ですわ!」

 

〔食べなさい〕

 

 スティナは笑顔でセシリアにリンゴの皿を差し出してるんだが……正直威圧感が半端じゃない。あんな小さな体のどこからそんな迫力を出しているのだろう。

 

「それよりあんた、そんなんで学年別トーナメントどうすんのよ。出られないかもよ?」

 

「こんなの怪我のうちに入りませ――いたたたっ!」

 

 ……。バカなんだろうか。

 

「バカとはなんですの! 一夏さんこそ大バカですわ!」

 

 なんて非道いことを。しかも俺は口に出していないのに。

 

「まあ、先生も落ち着いたら帰って良いと言っていたのだし、そのリンゴを食べたら部屋に戻るといい」

 

「これどうしても食べなきゃいけませんの!?」

 

〔食べなさい〕

 

「いーじゃないリンゴくらい食べれば。ねえデュノア?」

 

「えっ!? い、いやあ……僕もこういうのはちょっと――」

 

 ――ドドドドド、と、地鳴りのような音が聞こえた。

 

 どうやら廊下から響いてきている。しかも段々と近づいて来ているように思うのだが――。

 

「うおっ!?」

 

「敵襲か!?」

 

「セシリアあんた何したの!」

 

「何もしてませんわよ!」

 

「僕がリンゴを拒否したから!?」

 

「…………」

 

 ――ドカーン! と医務室のドアが吹き飛んで、スティナ以外が驚きの声をあげた。と言ってもスティナは驚いていないわけではなくて、単純に声が出ないからだろう。けっこう顔が面白いことになってたし。

 

 ていうか、ドアが吹き飛ぶところなんて初めて見た。比喩じゃなく本気で吹き飛んだんだ。いやマジで。

 

「織斑君!」

 

「デュノア君!」

 

「そしてブレヒト君!」

 

 そしてドアと生き別れた入口から雪崩れ込んできた――入ってきたなんて生易しいものではない――数十名の女子生徒が、ベッドが五つもある広い医務室をあっという間に埋め尽くした。

 

「な、な、なんだなんだ!?」

 

「ど、どうしたの、みんな……」

 

「とりあえず落ち着け」

 

 状況が飲み込めない俺たちに女子一同が「これ!」と出してきたのは、学内の緊急告知文が書かれた――申し込み書? 何の?

 

「な、なになに……?」

 

「ふむ……今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする、か」

 

「えー、なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締切は――」

 

「ああそこまででいいから! とにかくっ!」

 

 人垣から伸びてくる手、手、手。なにこれ怖い。

 

「私と組もう、織斑君!」

 

「私と組んで、デュノア君!」

 

「ブレヒト君の奴隷にして!」

 

 ……おい、今変なの居たぞ。

 

 ともかく、どんな理由によるものかはわからないが、トーナメントの仕様変更があったらしい。この女子たちは学園内に三人しか居ない男子ととにかく組みたいと、先手必勝とばかりに迫ってきているのだろう。しかし――。

 

「悪いな。俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

 

 そう、シャルロットは実は女子なのだから、誰かと組むというのは非常にまずい。いつどこで正体がバレるかわからないし。

 

「まあ、そういうことなら……」

 

「他の女子と組まれるよりはいいし……」

 

「男同士っていうのも絵にな――ごほんごほん」

 

「だったら、ブレヒト君! 私と組もう!」

 

 ジグだけが余ってしまった。今まで俺とシャルロットに迫っていた面々までもがジグに殺到するが――。

 

「私はスティナと組む。機会があったらあいつの機体との共働データを取れと束さんに言われていてな」

 

 この一言で誰も追撃できなくなった。そりゃ、あの束さんの指示とあっては彼女たちではどうにも出来ないし、当然か。各々が仕方ないかと口にしながら医務室を去って行った。

 

「ふぅ……」

 

「あっ、あの、一夏――」

 

「一夏っ!」

 

「一夏さんっ!」

 

 俺に何か言おうとしたシャルロットを遮って、鈴とセシリアが迫ってきた。ていうかセシリアはベッドから出て大丈夫なのか。

 

「あ、あたしと組みなさいよ! 幼なじみでしょうが!」

 

「いえ、クラスメイトとしてわたくしと!」

 

 よくわからないけど二人とも勢いが凄い。つーか絞まってる、首絞まってる!

 

「オルコットさんはダメですよ」

 

 そう言いながら入ってきた山田先生が女神に見えたのはきっと錯覚ではない。だってそのおかげで首もとから手が外れたのだから。

 

「オルコットさんのISの状態をさっき確認しましたけど、ダメージレベルがCを超えています。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥が生じますよ。トーナメント参加は許可できません」

 

「うっ……わかりました……」

 

 すごく怨念の籠もった目で鈴を睨みながらも、すごいあっさり引き下がった。おいおい、そんなに睨むなって。仲良くしろよ。

 

「それからデュノア君、ちょっとこっちへ」

 

「あ、はい?」

 

 先生に呼ばれてシャルロットが出て行った。五分くらい経ってから、ものすごく申し訳無さそうな顔で帰ってきたんだが……なんでだ?

 

「ごめん一夏……僕も学年別トーナメントには出られないや」

 

「え!? なんでだ!?」

 

「専用機の調整と日程が被っちゃったみたいなんだ」

 

「マジかー……」

 

 ――と、まあこんな感じで。俺とシャルロットのペアは結成から十分足らずで解散と相成った。後で聞いたところによると、機体整備は性別がバレる可能性を考慮しての出場禁止措置の口実だったらしい。

 

 シャルロットと組めないとなると、やっぱ男同士で組みたい。けど、ジグは頑なにスティナと組むって言って譲らなかった。だから、残ったメンバーで一番一緒に戦いやすいと思った鈴に頼んだ。そのときなんかすげえ嬉しそうに見えたんだが……まあ気のせいだろう。

 

 さて、話を学年別トーナメントに戻そう。IS装着前の最終チェックを終えて、俺たちは対戦表の決定を待っている。

 

「そろそろ決まる頃ね」

 

 聞くところによると、対戦表の決め方も変更があったらしい。去年までは前日に発表していたらしいのだが、今年は当日の朝に発表される。これもまた、試合をより“実戦的”にするための措置だそうだ。

 

「お、出たぞ……って、え?」

 

「あらま」

 

「ほう?」

 

「…………」

 

 俺と鈴の試合はAブロック第一試合。そしてジグとスティナの試合も、Aブロック第一試合。

 

 つまり、俺たちの対戦相手は――。

 

「手加減はせんぞ、一夏。そちらも全力で来い」

 

〔鈴音さん

 負けませんよ〕

 

 発表された対戦表は。

 

〈一年の部Aブロック一回戦第一試合〉

 

〈織斑、凰VSブレヒト、ヴェスターグレン〉

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 一夏と鈴音はどちらも既にISを纏い、ピットで試合開始を待っている。もうすぐゲートが開き、飛行許可が出るはずだ。

 

〈【警告】IS二機の起動を確認。データ検索――シャルラッハロート・アリーセ及びエイフォニック・ロビンと一致〉

 

 甲龍が提示するメッセージを見て、鈴音がにやりと笑った。

 

「あっちも準備できたみたいね」

 

「ああ。勝ちにいくぜ」

 

「当然よ」

 

 ゲートが開く。カタパルトで飛び出すと、向こうからもISが飛び立つのが見えた。(あか)全身装甲(フルスキン)の、ウサギと鳥を足したような見た目の小柄なISだ。

 

『あら、ジグだけ? あの子は?』

 

『まあ焦るな。あいつの機体はカタパルトに固定するのに少々手間取っていてな』

 

『え? そんな変な機体だったかしら?』

 

 鈴音の記憶では、両脚が近接ブレードになっていて接地できない以外は普通のISと変わらない形だったはずだ。いったいどういうことかと一夏と二人して首を(かし)げていると、相手方のピットから緩慢な動作でスティナが飛び立った。

 

『……へ?』

 

『なんか、前と違くねえ?』

 

 ジギスヴァルトの横に並び、彼より少し低い位置に静止したスティナを見て、一夏と鈴音は顔を引き攣らせた。

 

 スティナのIS、エイフォニック・ロビンの形がずいぶん特殊なものに変わっている。一言で表すならば――でっかい四角錐、だろうか。

 

 機体前面に、巨大な装甲が増設されている。それは大きく前に張り出していて、普段よりも機体の前後幅がおよそスティナ自身の身長分くらいは伸びている。脚部は後ろへと折り畳まれていて、腕も装甲の中に入ってしまっているようだ。そして顔が出るように装甲上部には切れ込みがある。まあ、相変わらずバイザーで目元が隠れているため口元しか見えないが。

 

 さながら、その姿は巨大な(やじり)。そんな変貌を遂げた機体が何をしてくるのか、一夏と鈴音にはひとつの予感があった。

 

『……そうだ。ジグ、ひとついいか』

 

『なんだ?』

 

 嫌な予感を払拭するかのように、一夏はジギスヴァルトとプライベート・チャネルを繋いだ。

 

『もし俺が勝ったら――こないだシャルロットを助けるのを渋った理由、教えてくれよ』

 

 試合開始のカウントダウンが始まる。

 

 ――五。

 

『――よかろう。ただし、勝てなかったらこちらの質問に答えてもらうぞ』

 

 ――四。顔が見えないためわかりづらいが、彼は笑っていると、一夏は思った。

 

『言ったな? 忘れんなよ』

 

 ――三。鈴音がオープン・チャネルで通信を繋いだ。

 

『さあいくわよ、覚悟しなさい二人とも』

 

 ――二。スティナは機体の角度を調整しながら挑発で返す。

 

『来なさい。鈴音さんはともかく、一夏さんはすぐに沈むかも知れませんが』

 

 ――一。雪片弐型を展開し、一夏が笑う。

 

『そう簡単にはいかねーよ』

 

 ――零。

 

 試合開始のブザーが鳴ると同時に――スティナの背の遠音が火を噴いた。

 

 爆発的な加速。瞬時加速をも凌駕するためのブースターは、機体が重量を増しても加速度が衰えることはなく。弾丸よりもなお速く、スティナは一夏に突っ込んでいった。

 

「うおっ!? やっぱそういう事すんのか!」

 

 なんとなく予想できていた一夏はある程度余裕を持ってそれを躱した。射線上から目標がロストしたエイフォニック・ロビンはそのまま通り抜け――追加装甲の横から一瞬炎が噴射され、機体が百八十度反転した。方向転換用のブースターが内蔵されているらしい。後ろ向きに飛びながら遠音を噴かしてスピードを殺し、静止。

 

『ちょっと! アンタ、いくらISがある程度Gを緩和できるからって、そんな無茶な機動してたら体がグチャグチャになるわよ!?』

 

『ご心配無く。私の体は少々特殊なんです。これくらいのGはなんともありません。それに――』

 

 今度は鈴音の方に機体を向けて、

 

『私の心配をする暇なんて、ありませんよ』

 

 特攻。

 

 真正面からのそれを躱すのは、やはり容易い。避けられたスティナは先程と同じようにそのまま進み――先程とは違って、止まらない。追加装甲各部のブースターを小刻みに噴かして少しずつ向きを変え、遠音が生み出す“前”への推力とPICによる機体制御で滑らかに曲がって――。

 

「今度はこっちかよ!」

 

 一夏に突っ込んだ。微妙に回避が間に合わず、腕に当たりそうになったのをなんとか雪片で逸らす。凄まじい衝撃に雪片を取り落としそうになったがなんとか堪えた。しかしISのパワーアシストや耐衝撃性を持ってしてなお腕が痺れている。

 

『余所見をしている暇は無いぞ一夏』

 

「ぐっ!?」

 

 そこへジギスヴァルトのヴァイスハーゼ(アサルトライフル)の弾が飛んできた。反応が遅れて数発もらってしまったが、すぐさま回避行動を取る。

 

『一夏! くっ……!』

 

 ジギスヴァルトを攻撃しようと龍咆(衝撃砲)を起動した鈴音に、横合いからスティナが突っ込んできた。そちらに意識を割かれたせいで集中力が維持できず、龍咆の発射はキャンセルされる。

 

 一夏と鈴音は焦っていた。事前に決めた作戦では一夏がスティナを、鈴音がジギスヴァルトをそれぞれ相手にし、分断して連携を取れなくすることになっていた。それは同時に自分たちも連携できないことになるが、そもそもいくら幼なじみとはいえ結成したばかりのコンビでは完璧な連携などできない。中途半端に連携するくらいなら始めから各個撃破、先に倒した方が援護に行く、というわけだ。

 

 だが、アリーナ全体を奔放に飛び回りながら時折突進してくるスティナの戦い方はそれを根底から覆してしまった。あれでは分断どころの話ではない。

 

『スティナ、鈴は頼んだぞ』

 

『りょーかいです』

 

 しかしジギスヴァルトは鈴音には目もくれず、一夏にヴァイスハーゼを乱射し続ける。スティナは、鈴音がジギスヴァルトを邪魔しようとするタイミングで彼女に突っ込む。

 

『なるほど、あたしの相手はアンタ、ってわけね』

 

『はい。接近戦しかできない私には、一夏さんの零落白夜は恐すぎますから』

 

『いいわ。最初の予定とはちょっと違うけど、あたしか一夏がさっさと倒して援護に行くのは変わらないもの』

 

 今のスティナの戦法はシンプル。故に、対処法もまたシンプル。

 

『あたしが駒鳥(ロビン)を殺す(スパロウ)になればいいだけの話よ』

 

『残念、今は私が(スパロウ)の矢です』

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「め、滅茶苦茶だねスティナ……」

 

「出鱈目もいいとこですわ……」

 

 観客席で観戦しているシャルロット――もちろんいまだに男装している――とセシリアは、スティナの戦法に頬を引き攣らせていた。

 

「おや? 二人はああいうの嫌いー?」

 

 そんな二人とは対照的にきゃーきゃーとはしゃいでいた本音は、彼女らの呟きを聞いて首を傾げる。

 

「嫌いっていうか、無理だよ。あんなことしたら機体にかかる負荷がとんでもない。下手したら内蔵ごとグチャグチャだよ」

 

「ISの搭乗者保護にも限度がありますもの。急な高負荷が別ベクトルで連続してかかる、なんてことは想定されていないはずです」

 

 瞬時加速の最中に軌道を変えることですら骨折等の危険性があるが、あれはそんな生易しい機動ではない。エイフォニック・ロビンに搭載されているのは推進器(スラスター)ではなく加速装置(ブースター)。一瞬でトップスピードにまで至れるが、その速度を()()()()ことができない。つまりスティナは今、小刻みに加減速を繰り返しながら移動・方向転換しているのであり、その度にとんでもないGが多方向からかかっているはずなのである。戦闘機のように緩やかにスピードを調整しながら少しずつ旋回するのとは訳が違う。

 

 それでもPICによる機体制御を補助に留めているのは、単純にその方が速いからだ。ついでに言えば、緩急をつけやすく少しばかり衝撃砲を躱しやすいというのもある。

 

「まー私もよく知らないんだけどー、すーちゃんはちょっと生まれが特殊らしくてー。耐G性能がバカみたいに高いビックリ人間なのだぁー! って本人は言ってたよー?」

 

 束のところでISに乗り始めてからわかったことなのだが、どうもそういうことらしい。スウェーデン軍でモルモットしていた時には評価項目に耐Gなんて無かったから平凡な成績しか残せなかったということになる。

 

 まあ、人体を破壊しかねないほどのGがかかるような兵器など現状では一部の特殊なISしか無いのだから評価されなくて当然なのだが。さらに言えば、彼女はそういうコンセプトで造られた遺伝子強化素体(アドヴァンスド)()()()()。それ故検査や試験が行われなかったというのもわからなかった理由のひとつだった。

 

「それとねー。こないだ整備についてったときに見せてもらったスペックだと、れっひーのISもアホみたいなのだよねー」

 

「そうなの? ていうか、本音ってそういうのわかるんだ?」

 

「あーでゅっちーひどいー。私これでも整備科志望だよー?」

 

 頬を膨らませてポカポカとシャルロットを叩く。地味に痛い。

 

「いたたた、ごめんごめん。それで、何がどうアホみたいなの?」

 

「んー? んー……F-15って知ってるー?」

 

「戦闘機だよね? 詳しいことは知らないけど」

 

「確か、全力だと成層圏においてM(マッハ)二・五くらい出る機体だったと記憶していますわ」

 

「そーそー。でねー、れっひーのISはねー、()()()()()()()()()()()()、しかも()()()()()()()あの戦闘機の最大マッハ数くらい出るのだよー」

 

『……はい?』

 

 セシリアの言う通り、F-15のカタログスペック上の最大速度はM二・五。これは成層圏では時速にしておよそ二千六百キロとなる。そしてそれだってアフターバーナーを用いての話だ。

 

 しかし、音速とは大気の様々な条件で変動するものであり。地上におけるM二・五はおよそ三千キロにも達する。本音の話が真実ならば、それを通常推力のみで実現するらしい。

 

「さすがに最大速度で戦闘機動はできないみたいなんだけどー……でも、それでも普通のISよりかなり速いみたい。だからGとかから体を守るために全身装甲なんだってー」

 

 ――さすが篠ノ之博士が造ったIS。二機ともぶっ飛んでいる。

 

 束の規格外ぶりを変なところで再認識して、セシリアとシャルロットは再び顔を引き攣らせた。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

『どうした一夏! 避けるだけではお前の剣は当たらんぞ!』

 

「くっそ……!」

 

 二挺のヴァイスハーゼから吐き出される弾丸が執拗に一夏を追いかける。避けた先には既に弾が迫っている、なんてことを繰り返され、一夏は攻勢に転じることができないでいた。

 

『……む? おっと、弾切れか』

 

 突然弾幕が途切れた直後、わざわざ通信に乗せてそんなことを言う。こいつは臭い、罠の臭いがプンプンする。

 

(それでも、踏み込まなきゃ勝機は無い!)

 

 瞬時加速を使い、ジギスヴァルトに肉薄する。零落白夜を起動し、斬りかかり――雪片は空を斬った。

 

(消えっ……!?)

 

 背後から衝撃。吹き飛びながら体勢を立て直し、振り向くとそこにはヴォーパルシュピーゲル(大剣)を担いだジギスヴァルト。

 

『何を驚く。いつだったか織斑先生がアリーセを指して言っていただろう、“スラスターの化け物”だと』

 

『……ああ、そういやそんなこともあったな』

 

 雪片弐型を再び構える。対するジギスヴァルトも、空いている右手にヴァイスハーゼをコールした。やはり弾切れはブラフだったらしい。

 

『いくぞ一夏。ついて来れるか』

 

『無理矢理にだって食らいついてやるよ』

 

 言って突っ込んだ一夏の雪片をヴォーパルシュピーゲルで弾き、ヴァイスハーゼの弾を撃ち込む。それを回避した一夏が斬りかかってくるのを後退して躱し、そのまま上へ。追い縋る一夏をヴァイスハーゼで牽制しながら、高速でアリーナを飛び回る。

 

(狭すぎて本来のスピードは出せんが……それでも白式程度の機動力では追いつけまいよ)

 

 彼は自身の機体の機動力に絶対の信頼を置いている。それはシャルラッハロート・アリーセが他の第三世代ISとは全く違ったコンセプトの――というか、便宜上第三世代なだけで一般的な分類ではどの世代にも属さないISだからだ。アリーセの設計思想は“速いこと”ただそれだけ。拡張性を重視された第二世代とも、イメージインターフェースを使った特殊兵器を擬似的な単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)とする第三世代とも違う。

 

 スラスター出力上昇。突っ込んでくる一夏以上の速さでジギスヴァルトも突っ込み、大質量のヴォーパルシュピーゲルをぶつける。それは一夏の力をあっさり上回り、吹き飛ばす。

 

 これがシャルラッハロート・アリーセの基本的な戦法だ。ヴァイスハーゼもメルツハーゼ(ガトリング砲)グライフ(レーザーキャノン)も、予備兵装、戦い方に幅を持たせるための付属品に過ぎない。

 

『さあ、私は手の内を全て見せたぞ。私にはこれ(スピード)しか無い。さあどうする一夏。お前はどうやって私の誇り(スピード)を凌駕する?』

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 ――一方。スティナの突進を躱す鈴音は既に彼女への対策を見出し、準備に入っていた。

 

 いかに速く、いかに大質量で、いかに見た目に威圧感があろうと――それが突進である以上、スティナは真っ直ぐに突っ込むしかない。さらに言えば、実質的な一対一であるこの状況下では、鈴音は常にスティナを目視している。つまり全て正面からの突進となる。

 

 故に対処は簡単。だがそれ故に、鈴音の中には疑問があった。

 

(なんでわざわざ一対一にしたのかしら……乱戦でこそ力を発揮する装備のはずなのに)

 

 彼女の考える通り、エイフォニック・ロビンの追加装甲――《誰が殺したクックロビン(Who killed Cock Robin?)》を用いたこの戦法は、乱戦において相手の不意を突くのが最も効果的だ。何しろ、全ての攻撃が直線的なのだから。

 

 それなのに、わざわざ向こうから一対一の状況を作ってくれた。

 

(考えても仕方ないわね。とにかく、そろそろ反撃よ!)

 

 龍咆の装甲内部が輝きを増す。チャージ状況を表すこの光がここまで大きくなったのは、学園に来てからはこれが初めてだ。

 

 龍咆、チャージ最大。タイミング良く、スティナが鈴音に突っ込んでくる。

 

『これがあたしの――』

 

 ――スティナが、笑った。

 

『全力全開――!』

 

 最高威力の衝撃砲が、真正面からスティナに襲いかかった。さすがに耐えきれなかった追加装甲が爆発――。

 

(違う――爆発したんじゃない、自分から爆破した――!?)

 

 爆発(E)反応(R)装甲(A)、Explosive Reactive Armor――弾丸や砲弾などが着弾したとき、装甲を爆破することで弾き返しダメージを軽減する技術。衝撃砲に反応して装甲全体が弾け飛んだらしい。

 

 そして、戦車等に搭載されるこの装甲のデメリットとされるのが――爆発した際に飛び散る装甲で近くの味方に損害が出やすいこと。目の前で爆発したそれも例に漏れず、いくつもの巨大な破片を撒き散らした。それは容赦なく鈴音に襲いかかり、いくつかは直撃してシールドエネルギーを削っていく。

 

 ――その破片の奥から、音裂を展開したスティナが斬り込んできた。

 

 咄嗟に双天牙月で受け止めると、向こうから通信が飛んできた。

 

『龍咆、撃ちましたね。全力で』

 

『それがどうしたっての、よ!』

 

 パワーでなら甲龍の方が上だ。力任せに押し返すと、追加装甲を全てパージしいつもの姿になったエイフォニック・ロビンはすぐに再び斬り込んでくる。

 

『燃費重視の甲龍でも、さすがにもう余裕が無いはずです。そのための追加装甲、そのための爆発反応装甲ですから。もう、高威力の衝撃砲は撃てない』

 

『……なるほど。最初からこれが狙いだったわけね』

 

『そうです。一夏さんも最近実力を上げてきていますが、まだ足りない。私は、鈴音さん。あなたと、(これ)で戦いたい』

 

 スティナが脚の近接ブレードで蹴り飛ばし、再び距離が開いた。

 

『いいけど、アンタが不利よ? あたしの甲龍も大概遅いけど、その機体、前進以外は甲龍より遅いじゃない』

 

『心配要りません。そのためのエイフォニック・ロビンです』

 

 鈴音の心配をよそに、スティナは自身の第三世代兵器を起動する。

 

〈特殊兵装《小夜啼鳥(ナイチンゲール)》、起動します〉

 

 リィン……と、鈴のような音がアリーナに響いた――。

 

 




 だいぶ長くなってきたのでここで一旦切ります。
 突っ込まれる前に言い訳しますが、私はバリバリの文系なので物理学とかの話は付け焼き刃もいいところです。軍事関係も然り。
 スティナの追加装甲はあれです、デ○フィング第三形態したかったんです。あと、クックロビンは雄だろと突っ込まれる前に申し上げますが、殺す側がスティナなので無問題です。
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