〈▼告/メルツハーゼ、残弾無し〉
スティナがジギスヴァルトの横に並んだ丁度その時、メルツハーゼの弾が切れた。元々給弾装置内にあった三万発に加え、予備の給弾装置も使って合計六万発を撃ち尽くした計算になる。何度も銃身を交換した(ISの武装展開システムの応用で撃ちながらでも交換できるよう設計してある)し、ラウラの真下の地面にはAICで止められてから落下した弾丸の山。諸経費のことは考えたくない。
『終わったのか?』
『ええ。ただ……多分あまり効果無いですね』
『それは残念』
ジギスヴァルトはメルツハーゼを量子化し、今度はヴァイスハーゼをコールした。
『では本番といこうラウラ。お前は十分間ものAIC使用で疲弊しているだろうし、シールドエネルギーも心許ないかも知れんがな』
「…………」
ラウラは返事をしない。ただ、スティナを見ている。
ジギスヴァルトは肩を
『スティナ。すまんが頼めるか?』
「…………」
首肯。ほとんど使った事の無い打鉄で箒を
葵
『スティナ・ヴェスターグレン……何故本気で戦ってくれない』
それは試合開始時にも言っていた言葉。専用機を持ち出さなかったスティナに、激情に任せてぶつけられた言葉。
『力は誇示しなければ意味が無い。評価されない。評価されなければ――切り捨てられる』
「…………」
『教官はISで世界を獲った。ジグ兄様は自らの意志で戦場に在った。どちらも私の敬愛する方だ。力とは、個人が個人で居るための価値。二人は私にそれを教えてくれた。
――だからこそ、貴様が、教官が、兄様が。それを示さず、他者に埋没しようとするのが我慢ならない。兵器を兵器と思わないような連中の中に沈んでいくのがたまらなくつらい』
『……ああ、はいはい。なんとなくわかりました』
スティナは深々と溜め息を吐いて、ジギスヴァルトを振り返る。
『ジグさーん……やっぱこれ私の仕事じゃないですってー。ジグさんがやってくださいよ、ラウラさんのお兄様なんでしょー? ていうか、織斑先生に「私に任せてくれ、キリッ」とか言ってたじゃないですかー』
『向こうがお前をご指名なのだ、仕方なかろう』
『そんなこと言わずにー、お願いお兄ちゃーん』
『都合のいい時だけ妹になるな。AIC対策に援護はしてやる、それで我慢しろ』
冗談です、と苦笑して再びラウラに顔を向ける。箒にああまで言った手前、自分まで
『わかりました、打鉄で出し得る全力で相手をしますよラウラさん。まあ、相性の問題はありますが――機体の性能の差は戦力の決定的な違いではないですし。それに今回は兄さんの援護もありますから、私が一方的にボコられることにはならないでしょう』
一対一ならたとえ
『どうして貴様はそうなのだヴェスターグレン』
「…………?」
そう、とはどういうことだろうか。
『何故そうも自分を下に置く?
これまでの試合、特に一回戦を見て確信した。貴様は私が知る中でも強者の部類に入る。おそらく私よりも強い。
だのに貴様は頑なに私より弱いと言う。それではダメだ。それでは意味が無い。例え貴様を倒せたとしても、強者として在る貴様を倒さなければ私は高みに至れない! 私の
「…………」
――つまり、なんだ。踏み台になれ、と。
まあ、それ自体はいい。彼女が彼女自身のために力を振るい、スティナを踏み台にすると言うならば。だが――。
『……あなたはどうも勘違いしているようですが』
構えを変える。右脚を前に出して半身になり、担いでいた左腕の葵を降ろして脇に。右腕もそれに添えるように並べ、二刀による脇構えとでも言うべき状態。
『“力”なんてものは――道具に過ぎません』
――特攻。
高いGやそれに伴う機体の歪みにも耐えられる体と、束のもとでひたすらに“前”への加速を突き詰めた末の技術。エイフォニック・ロビンにはスラスターが無いため普段はPICしか頼れないが、今乗っている打鉄ならスラスターも使うことができる。
だから――瞬時加速中でも曲がることができる。
「!?」
見当違いの方向に突っ込んだと思っていたスティナが、次の瞬間には目の前に居た。そのことに驚いて反応が遅れ、AICを発動できない。慌てて回避行動を取るも、ジギスヴァルトの撃つ弾が退路を塞いでくる。結果、中途半端な回避行動では避けきれず、スティナが振るったふたつの刃はシュヴァルツェア・レーゲンの右脚を破壊した。
『力はね、確かにあれば便利な道具ですよ。私もたった今それを用いて箒さんをコテンパンにしてきたところです。
それに、ほとんど実験しかしなかったとはいえ、私だって曲がりなりにも元軍属ですから。力を持つこと、誇示することを否定はしません。力なんかよりもっと大事な強さが
我ながら今日はよく喋るなあと思いながら、スティナは言葉を続ける。
『ですが、力はあくまでも“道具”なんですよ。あればあっただけ選択肢が広がるだけのことです。絶対的な価値ではないし、無くてはならないものでもない。
『……なに?』
『力とは自分のためのものです。そんなのはただの暴力だなんて言う人も居ますが、それが権力だろうと攻撃力だろうと“力”とは則ち全てが“暴力”。そして誰かのためにと振るわれた力だって“他者のために力を使うと決めた自分”のための暴力です』
どんな綺麗事を並べたって、力とはそれを振るわれる側にとっては常に暴力なのだ。その善悪はただ他者にその暴力が正当だと思わせられる“説明”ができるかどうかの違いでしかなく、誰のために行使したかは問題ではない。
『私は私自身のためなら何だってします。力を誇示するべきときには全力でそうする。そうでないときは適度にしか振るわない。
それは織斑先生も兄さんも同じ。いざとなったとき自身の大切なものを守れるだけの“暴力”を振るうことができるからこそ、普段はそれを振るわない。ましてや、絶対に“他者のため”になど使わない。それは言い訳だから。それをしてしまうと自らの望む生活を壊してしまうから』
だから、ラウラの望む姿でいるためになんて絶対に使わない。そんな姿でいることを、スティナも千冬もジギスヴァルトも望んでいない。
ちらりと、観客席に居る一夏を見る。転校初日、自己紹介のあとにラウラが彼を殴ろうとした理由が、今ならわかる。
千冬は第二回モンド・グロッソにおいて決勝戦を棄権した。スティナが束に聞いたところによると、どうも一夏が誘拐されてそれを助けに行ったらしい。その事実を、開催国だったドイツが隠蔽。千冬は渋々ながらそれを容認し、さらにドイツは一夏の居場所を割り出したことをダシにして彼女にドイツ軍での教導を依頼した。
だが、ドイツが誘拐を隠蔽したせいで、千冬は公には“理由無く決勝を棄権した”ことになっている。おかげで日本政府から嫌われ代表の座を追われた。彼女がIS学園で教鞭を執っているのは、高いIS戦闘技術を持つ彼女を他国に奪われないためだ。自国の代表はさせたくないが余所にはやりたくないというわけだ。おかげで千冬は国家代表にはなれない。試合にも出られないし、専用機が与えられることも無い。わかりやすく力を誇示できる立場になれない。
それがラウラは我慢ならない。自らの憧れる強者が、強者として世に君臨していないことが許せない。
それはおそらく、ラウラの出自にも起因するのだろう。一夏を殴ろうとした彼女を取り押さえたとき、彼女の首筋にバーコードが見えた。それは
――余談だが、このバーコードは
閑話休題。ラウラが遺伝子強化素体であるなら、彼女が身を置いていたのは厳しい実力社会だったはずだ。なにしろ代わりはいくらでも居るのだ。訓練や実験で良い結果が出せなければすぐに処分される。スティナだって、たまたまスウェーデンに引き渡されていなければ失敗作としてすぐに死んでいただろうから。
故に、彼女の価値観は力、特に攻撃力に支配されている。それは道具に過ぎないのに、その道具が絶対だと思っている。
このままではラウラの人生はロクなことにならないだろう。力を崇拝の対象として見る者がたいてい破滅することを彼女は知っている。
けれど、それでは千冬が、そしてなによりジギスヴァルトが悲しむだろうから。この場でラウラの崇拝を打ち砕かなくてはならない。本来ならばジギスヴァルトの役目だが、ラウラの指名はスティナなのだから。
『先日の無粋と、今日の無礼はお詫びしますよラウラさん。理由があるとはいえ専用機を使わずに試合に出るなんて、あなたにはずいぶん失礼なことをしました。
あなたは私のことを格上だと言ってくれましたね。力を崇拝するあなたからすれば、格上の相手が本気を出さないなんて侮辱もいいところでしょう』
だから。
『気が変わりました。あなたと
ジギスヴァルトを振り向くと、彼は頷いてヴァイスハーゼを量子化し、後退してくれた。これで邪魔は入らない。
あとは――コテンパンに
『あなたが自分より格上だと思った私の力――それがいかに脆弱か、身を以て知るといいです』
★
スティナとラウラの戦いは、スティナの予想通りラウラが圧倒的に有利――
『……どうしてAICを使わないんですか、ラウラさん』
シュヴァルツェア・レーゲンは既にボロボロ。レールカノンは砲身を切断され、手脚の装甲はところどころが削ぎ落とされている。しかしこれは、スティナに言わせれば有り得ないことだ。
スティナの動き、特に攻撃は、得物の特性上どうしても“線”になる。だから、ラウラはただ手を翳し、その線に交差するようにAICのエネルギー波を投げるだけで簡単に攻撃を止められるはずだ。ましてや、エイフォニック・ロビンのようにトリッキーに動けるならともかく、打鉄ではスピードも旋回性能もシュヴァルツェア・レーゲンに劣る。AICで攻撃どころか機体そのものを止めることだって造作もないはずなのだ。
実際、ラウラは何度かスティナに手を翳しているが、AICを発動できずに回避行動に移っている。しかしその遅れはスティナの剣の前では十分に過ぎる隙となり、ジリジリと機体が傷ついていった。
彼女はAICに絶対の信頼を置いている。過信していると言い換えてもいい。そんな彼女がそれを使わない理由がわからない。
『なに、少々考え事をな』
AICを使うには多大な集中力が必要となる。考え事をしていたと言うのなら使えないことにも納得だが、はたしてあのラウラが戦闘中にそんなことをするだろうか?
『今度はこちらからだ。いくぞ!』
ラウラがワイヤーブレードを飛ばしてくる。その全てをふたつの葵で斬り飛ばし、彼女の胴目がけて斬り込んでいく。
彼女はスティナに右手を向けた。そしてAICを――発動しない。苦しげに顔を歪めたかと思うと、AICは諦めたのか回避に移ろうとする。が――遅い。
「がはぁっ!?」
スティナが横薙ぎに振るった刀はラウラの胴を確実に捉え、彼女を大きく吹き飛ばした。壁まで飛ぶことは無かったが、二人の距離は大きく離れる。そして――。
『ラウラ・ボーデヴィッヒ、シールドエネルギー
「ああああああ――――っ!」
ラウラの絶叫が響いて、シュヴァルツェア・レーゲンが変貌を始めた。
★
〈――願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか……?〉
スティナに右足を破壊された瞬間から、ラウラの頭ではそんな声が響いていた。
(要らん。私は私の力で奴と戦う。でなければ意味が無い)
スティナの予想した通り、彼女は遺伝子強化素体だ。ISが登場するまでの彼女はあらゆる訓練、実験で最優だった。そうでなければいつ処分されるかわからないからだ。
それが、ISの登場で全てが変わった。世界中の軍がISに傾倒し、それはドイツも例外ではなく。戦うために生み出された遺伝子強化素体たちには高いIS適正を求められた。その結果生まれたのが、肉眼へのナノマシン移植によって目を疑似ハイパーセンサー化する技術――
制御不能に陥った越界の瞳は常に起動状態。瞳を通して脳に直接送り込まれる膨大な情報をISの補助も受けずに処理するには、人間の脳ではスペックが圧倒的に足りない。そんな情報の化け物に押し潰された彼女は日常生活すらままならなくなり、成績は最優から最低へ。多くの者に落ちこぼれと蔑まれた。彼女が処分されなかったのは“不適合者のデータ”にある程度の価値があったからに過ぎない。
その後、処分も兼ねて適当に放り込まれた作戦でジギスヴァルトと出会って精神的に持ち直し、その直後に教官としてドイツ軍に来た千冬の指導で再びトップに返り咲いた。
力を示せていた頃、ラウラはラウラでいられた。落ちこぼれたとき、ラウラは無価値だった。再び力を示せたとき、ラウラはまたラウラとして在れた。
だから、力とは則ち価値。それはラウラ自身の経験に加え、戦果をあげることで傭兵としての価値を確立していたジギスヴァルトと、そしてISで世界最強の座に君臨しその名を轟かせた千冬が証明している。
証明――しているはずだった。
スティナ・ヴェスターグレン。あいつは力のことを、価値ではなく道具だと言う。ラウラの見立てではあいつはラウラより強いが、頑なにそうではないと言う。
――理解できない。自分の方が弱いなどと申告するのは自身の価値を否定することと同じだ。
――我慢できない。あいつが価値に見合う評価を受け入れないことが。
だから、勝つ。他の何にも頼らず、ただラウラ自身の
〈――願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか……?〉
頭に響く声がラウラの集中を掻き乱す。AICを発動できず、回避が遅れ、装甲やシールドエネルギーを削られていく。
(要らない。どこの誰だか知らないが、私の
自分の
彼女は生身の生徒が居る場所に砲を撃つほどに非常識かつ非情ではあるが、見境無く力を欲するほど分別が無いわけでもまたなかった。自分の物ではない力を行使すればいずれボロが出ることは理解していた。
〈――願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか……?〉
(何なのだお前は! 邪魔をするな!)
――致命的な隙が生まれた。
胴に近接ブレードが叩き込まれる。あまりの衝撃に胃はシェイクされ、肺の空気は強制的に吐き出される。
意識が沈んでいく。ぼやけた思考の中で、とうとう彼女は屈することになる。
〈汝では勝てぬ……代わるが良い……〉
(やめろ……これは私の戦いだ……やめ――)
Damage Level――D.
Mind Condition――Error.
Certification――Error.
Operating System――Forced termination.
《Valkyrie Trace System》――Forcibly boot.
★
シュヴァルツェア・レーゲンが変形していく。
否、変形というよりもそれは変態、あるいは変身と言うべきか。装甲がぐにゃりと溶け、ドロドロの何かになってラウラの全身を包み込んでいく。
黒い、深く濁った闇が、ラウラを飲み込んでいった。
『ええー……なにこれぇ……』
スティナは軽口のような調子で通信にそう乗せたが、内心かなり戸惑っている。それは、この場でこの光景を見ている者全てがそうであるに違いない。
ISはその原則として、変形はしても変態はしない。出来ない、と言うべきか。
例えばジギスヴァルトのスラスターのように装甲がスライドしてレーザーの発振器が顔を出したり、スティナの追加装甲のように後付けの何かを積んだりパージしたり、はたまた一夏の雪片弐型のように刀身が開いてレーザーブレードが出たり。そういった変形は、する。もしかしたらロボットアニメに出てくるようなダイナミックな変形ギミックを搭載したISも今後登場するかも知れない。
その他、『
そして、その粘土細工は地上に降り立つと、急速に形を成し始めた。
ボディラインは少女のそれ。しかして黒い装甲はその全身を包み込み、頭部では赤いラインセンサーが光を発している。
そして、
『雪片弐型……?』
『いや、形状が微妙に異なる。おそらくあれはその
それは、織斑千冬がかつてその身を預けた刀。
ならば、あの黒いISがすることは――!
『退がれスティナ!』
「…………!」
黒いISがスティナへと飛び込んだ。居合いに見立てた刀を中腰に引いて構え、必中の間合いから放たれる必殺の一閃。
二刀を交差させてなんとか受けきったスティナに、さらに追撃が迫る。雪片を上段に構え――。
『退がれと言っているのだ阿呆が!』
横からスラスター出力全開で突っ込んできたジギスヴァルトが、ヴォーパルシュピーゲルを叩き込んだ。しかし狭いアリーナで最高速度など出したせいか――そのまま止まることなく、敵ISと共に壁に突っ込んでいった。
『兄さん!』
『問題ない! いいからこれを止めるぞ!』
敵ISの蹴りで壁から押し出された彼はヴァイスハーゼをコールし、撃ちながら後退する。敵は標的をスティナからジギスヴァルトに移したようで、再び雪片を構えて飛び上がった。
あれはおそらく、
だが、あれは零落白夜を使ってくる様子が無い。ISの特性上当たり前といえばそうだが、
「ふざっけんじゃねええええええ!!」
「なっ……一夏!?」
突如として乱入してきた一夏が黒いISに挑みかかった。どうも零落白夜でアリーナのシールドを破壊して飛び込んだらしい。
零落白夜を発動したまま、彼は敵ISに雪片を振り下ろす。だが、もとより未熟な彼の剣は敵に届かず、反撃を受けた彼は右腕を破壊され雪片弐型を取り落とした。
「……がどうした」
だが、一夏はすぐにそれを左手で拾って、
「それがどうしたああああッ!」
再度突撃。このままではまた敵ISの剣の餌食となる。
『この――』
そんな、怒りに任せて暴れる一夏に。
『
オープン・チャネルに乗せた絶叫と共に上空からジギスヴァルトが急降下して、綺麗な蹴りを一夏の背中に入れた。そのまま地上にぶつけ、スラスターの出力に任せて一夏を地面に押し付ける。
『スティナ、少しアレを抑えていてくれ』
『了解です。ところで、抑えるのはいいんですけど――別にアレを倒してしまっても構わないんでしょう?』
『ああ、構わん。好きにやれ』
ジギスヴァルトの指示を受けたスティナは、一夏を追撃しようとする敵ISを背後から斬り付けた。それで倒し切れればよかったのだが、現実はそう甘くはないらしい。できた傷はみるみるうちに修復され、赤いラインセンサーが彼女を捉える。
『まさか模倣とはいえ
さあ、私の剣とあなたの剣、どちらが上か試しましょう。私が挑むは世界最強――恐れずして参ります!』
漆黒の
――一方。
「
「落ち着け馬鹿者。貴様がやる必要は無い。今はスティナが戦っているし、じき教員たちが鎮圧しに来る」
実際、試合中止と非常事態宣言のアナウンスが為されている。あと数分で教員部隊が到着するだろう。
「だから俺が危ない場所へ飛び込む必要は無いってか?」
「少し違うが、まあ概ねそうだ」
「違うぜジグ。全然違う! 俺が『やらなきゃいけない』んじゃないんだよ。これは『俺がやりたいからやる』んだ。他の誰がどうだとか、知るか。だいたい、ここで引いちまったらそれはもう俺じゃねえよ! 織斑一夏じゃない!」
「――あ?」
ブチッ、と、何かが切れる音をジギスヴァルトは確かに聞いた。それは恐らく、自身の内から聞こえたものだ。
「……そうか。ならば仕方がない」
嘆息したジギスヴァルトはグライフを起動した。装甲がスライドしレーザーキャノンが姿を見せる。
「十数える間に大人しくなれ、一夏。さもなくば撃つ」
「何を――」
「――
カウントが始まる。しばらく暴れていた一夏だったが、
「……わかった、大人しくする。暴れない。これでいいか?」
「よかろう」
そしてジギスヴァルトが彼の上から
「お見通しだ阿呆が」
そんな一夏の腕をジギスヴァルトは直ぐさま掴み、容赦なくグライフを撃った。左右各四基ずつ、合計八基の発振器から放たれたレーザーは白式の装甲を一発で大破させ、その展開状態は呆気なく解除される。
そして彼は一夏の腕を掴んだまま持ち上げ、吊し上げた。
「離せよ!」
「落ち着けと言っている! 貴様、自分が何をしたかわかっているのか!」
「何がだよ!」
「貴様のその我が儘が! 何人の命を危険にさらしたのかが! わかっているのかと言っているのだこのド阿呆!!」
「――っ!」
一夏はアリーナのシールドを
「わかるか! 貴様のせいで大勢死んだかも知れんのだ! 大切な人を皆守る? ここで引いたら織斑一夏ではない? 巫山戯ているのか貴様! 守るどころか! 今貴様は! しょうもないエゴのために大切な人を危険にさらしているのだぞ!」
「しょうもないだと? ざっけんな! あれは千冬姉だけの剣――」
「織斑先生が貴様に頼んだのか? アレは私だけの剣だ、気に入らんから倒せ、と?
違うだろう。織斑先生を言い訳にするのはやめろ。貴様は! 貴様が不快だから! 貴様のために! あれを排除したいだけだ! たしかに力とは自らのためにのみ振るわれるべき物だが、関係の無い者にまで被害があるならばそれは力ではなく災害だ!
目を逸らすな! 織斑先生に逃げるな! 貴様はとんでもない過ちを、自らのために犯したのだ!」
一夏の腕を掴む手に力が入る。ISの手で掴んでいるのだから、このまま力が込められればもしかしたら折れるかも知れない。そうなれば千冬に殺されるので、怒りに熱くなりながらも冷静に力を緩める。
「いい加減そのすぐに熱くなる性格をどうにかしろ。そして事実を受け止めろ。何度でも言ってやる。貴様は今、何百人もの人間を殺しかけた」
「…………!」
俯き黙り込む一夏。その心中はわからないが、とりあえず大人しくさせることには成功したようだ。
さてひとまず生身になった一夏を安全な場所に運ばなくては、とピットへ脚を向け、チラとスティナへ視線を投げると――意外にも善戦していた。そして彼女は落胆していた。
「…………」
千冬を模倣しているとは言え、所詮は機械。動きはある程度パターン化されており、数合打ち合ううちになんとなく把握できてきた。
距離が離れれば、例の居合いに見立てた構えでの突撃。近くに寄れば、背後に回り込む機動からの苛烈な連擊。しかしそこには、高い技術はあっても意志が無い。意外性が無い。こんなものは世界最強の剣技ではない。
「…………」
スティナは敢えて距離を取った。それに反応した敵が雪片を構える。
――よく見ろ
敵ISの突進。敵は目前に迫り、刀を振り始め、だから奴が左腰から横薙ぎに振るうそれをくぐるようにして奴の左脇を抜ければ追撃はされづらい――!
――打鉄の物理シールドが犠牲になった。だがそのおかげで狙い通り奴の左後ろに抜けられた。敵はそれに反応し、すぐさま振り返って雪片を振り下ろそうとして――その前にスティナの葵が敵の胴を横に一閃、次いで両腕の装甲を破壊し、さらに脚を薙いだ。
そして動きの鈍った敵の体を今度は縦に斬り――それで、終わった。シールドエネルギーが尽きたのか、はたまた別の要因があったのか、というかそもそもシールドエネルギーの概念が当てはまるのかどうかすら知らないが、黒いISは崩壊していく。解放されたラウラはスティナの腕の中へと倒れ込んだ。
★
――ジグ兄様。兄様は何故傭兵なのですか?
――兄様はよせ。それで、何故とはどういう意味だ?
――兄様はこの部隊で最も戦果をあげていると聞いています。それだけの力があるなら、軍属でも十分にやっていけるはずです。
――だから兄様はよせと……いや、まあ良いか。私は傭兵の方が性に合っている。規律でガチガチの軍属というのは息が詰まるし、傭兵は力を示した分だけ自分の価値を押し上げられる。
――価値、ですか。
――ああ、だが勘違いするなよ。力は道具でしかない。自らの価値を押し上げることはできるが、力そのものは価値では……む、居ない? まだ話の途中だというのに、せっかちなことだ。
これは、記憶だ。私が
――被検体D-0000ねえ……言いにくいし長えな。ドイツの奴ら、名前くらいつけてやりゃいいのに。
――それはウチの偉いさんも同じだろうよ。こんなかわいいお嬢ちゃんなのに。
――そうだ、俺たちが名前つけてやるよ。
――お前にしては良い案じゃないか。
――ところがどっこい、こいつは上からのお達しでね。体裁上国民として登録しなきゃいけないから、俺らで名前を考えろとさ。
――早く言えよ馬鹿野郎。感心して損したよ。そういうわけだから、それでいいかい嬢ちゃん?
真っ白な幼子が、好き勝手笑い合う男共を見上げて呆けている。これは私ではない。だが、ドイツの被検体D-0000ということは……遺伝子強化素体、だろうか。
――よう、お疲れさん。今日は何やらされたんだっけ?
――あれでしょ、ほら、あの……あれ。
――いやあれってどれだよ。
――や、だから、あれよ。あの……旋回しながら撃つやつ。
――ああ、あれな。で、どうだった成績は?
――ド平均? あんた、白兵戦は凄いのに射撃関係はホント平凡よね。
――まあまあ、人には向き不向きがあんだよ。お前なんてIS関係全くダメじゃねえか。
――うっさい! そういうあんたはISの起動すらできないでしょうが!
――はっはっは、そりゃ俺は男だからな!
――威張って言うことじゃないわよ!
男女のやり取りを、真っ白な少女がニコニコと笑いながら見ている。あれは、ヴェスターグレンか。ならばこれは、あいつの記憶。
――教官は、何故そんなに強いのですか。
――私には弟が居てな。
――あの、誘拐されたという男ですか。
――なんだ、知っているんじゃないか。まあ、あいつを守ろうと思ったら
――ですがあの男を守るために、教官は
――何を言う。私は何も手放してなどいない。
――よく、わかりません。
そしてこれは、私。織斑教官に強さを問うたときの記憶。
何がどうなっているのかわからないが、私は私自身の、そしてヴェスターグレンの記憶を覗いているらしい。
思い出したくない記憶も、見た。あいつの、人には見られたくないであろう記憶も、見てしまった。
けれど、あいつの記憶を見て、私は――。
長え!!!!
表現がクドすぎたでしょうか。しかもその割にはラウラがスティナに執着していた理由をちゃんと表現できた気がしません。ヤバい。一応筋の通る文章にはしたつもりなんですが、はてさて。