IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

32 / 47
第二七話:喋ったあああああ!?

 

 臨海学校二日目。今日は朝から晩まで丸一日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われる。特に専用機持ちたちは――例外も居るが――大量の装備が待っているので大変だ。

 

「全員集まったな。それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速にな」

 

 はーい、と一同が返事をする。一学年全員がずらりと並んでいるのでかなりの人数だ。現在位置はIS試験用のビーチで、四方を切り立った崖に囲まれている。海原へ出るには、崖に開いた穴から入れる水中トンネルを通る必要がある。

 

「それから篠ノ之。ちょっとこっちに来い」

 

「はい」

 

 打鉄の装備を運んでいた箒は千冬に呼ばれてそちらへ向かう。

 

「お前には今日から――」

 

「ちーちゃああああああああああん!!」

 

 ずどどどど……! と砂煙を上げながら人影が走ってくる。速い。とんでもなく速い。生身ではおよそ無理な速度なので、おそらく何らかの機材を使っているのだろうが、問題はその人影が――。

 

「……束」

 

 関係者以外立ち入り禁止もまるっと無視した稀代の天才、篠ノ之束その人であることだった。

 

「会いたかったよちーちゃん! さあハグハグしよう! 愛を確かめ――ぶへっ!?」

 

 ドガァッ! と、生身の人間が出してはいけない音を立てて束が吹っ飛んだ。見れば彼女と千冬の間に割り込んだジギスヴァルトが左腕を振り抜いている。

 

「へぶぅっ!」

 

 さらに、飛んでいった先に居たスティナが思いっきり右脚を振り抜いた。バキィッ! という音と共に暴力的に軌道を変えられた束は海に向かって一直線。ドッボーン! と派手に水柱をあげて海中に突っ込んだ。

 

 突然のバイオレンスに呆気にとられる生徒一同。そんな彼女らを後目に、ジギスヴァルトは波打ち際に仁王立ちして、言う。

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。何をしに来た、束さん」

 

 すると海中から束が勢いよく飛び出して、空中で無駄に三回転半捻ってから着地。両手を挙げて綺麗にポーズを決めた。

 

「愛しの家族と親友に会いに来ました!」

 

「そうか、帰れ」

 

「おっかしーなージグ君がとんでもなく辛辣だなー!?」

 

「……まあ、来てしまったものは仕方ないか」

 

 はあ、と溜息を吐いて、

 

「せめて自己紹介くらいしてくれ。皆が唖然としている」

 

「やだ」

 

「束さん」

 

「その“束さん”ってのをやめてくれなきゃやーだー!」

 

「ガキかあんたは!」

 

「ガキだもーん!」

 

 目の前で駄々をこねるガキ(二十四歳独身)の姿に顔をしかめ、しかし諦めたように項垂れる。こうなった彼女は言う通りにしないと梃子(てこ)でも動かないことを彼は知っているのだ。

 

「頼むから言うことを聞いてくれ、“姉さん”」

 

 ジギスヴァルトが“それ”を口にしたとき、箒の表情が僅かに動いた。それに気づいた者は居なかった。

 

「うん、おっけぃ! 私が天才の篠ノ之束さんだよー、はろはろー!」

 

 そう言って束はくるりと回ってみせる。ポカンとしていた――というか若干引いていた生徒たちも、そこでやっとこの目の前のやけにハイな人物がISの開発者にして天才科学者・篠ノ之束だと理解したらしい。にわかに騒がしくなった。

 

「まったく、もう少し穏やかに再会を喜べんのか。そらお前たち、ざわついてないでテストを続けろ。こいつらのことは無視して構わん」

 

 パンパンと手を叩いて言う千冬に従って、生徒たちは各々の作業に戻っていく。束のことを無視できるかと言えばそれは無理だが、()りとて千冬に逆らってまで好奇心を満たそうとする者は少なくともこの場には居ない。そんな恐ろしいことはできない。

 

「束、さっさと用件を済ませろ」

 

 千冬に睨まれても束は全く怯まない。

 

「えー、もうー? 今からすーちゃんのおっぱいがどれくらい成長したか触診しようと思ったのにー」

 

〔死ね〕

 

 スティナの本気の蹴りを食らって砂浜に顔から突っ込む束。重ねて言うが、彼女こそたった一人でISの基礎理論と実証機を開発した稀代の天才である。決してセクハラオヤジではない。

 

「あの、姉さん……」

 

 やや躊躇(ためら)いがちに箒が声をかける。そのとき束の目がキラーンと光った。

 

「うっふっふー。わかってるよ箒ちゃん。さあ、大空をご覧あれ!」

 

 ビシッと直上を指差す束に従って箒が、千冬が、ジギスヴァルトが――その場に居る全ての者が空を見上げる。

 

 ズズーンッ!

 

「ぬおっ!?」

 

「…………!」

 

「きゃあっ!?」

 

 突如、激しい衝撃を伴って、何やら金属の塊が地上に落下してきた。銀色のそれは、次の瞬間には箒に向いている面をパカッと開いてその中身を公開する。そこにあったのは――。

 

「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機、紅椿(あかつばき)です!」

 

 真紅の装甲のその機体は、束の言葉に応えるが如く動作アームによって外に出てくる。

 

「さあ、箒ちゃん。今からフィッティングを始めようか」

 

「……お願いします」

 

 束がリモコンのボタンを押すと、紅椿の装甲が割れて、操縦者を受け入れる状態に移った。

 

「待てたば――姉さん。篠ノ之に専用機だと!? 本気で言っているのか!」

 

 箒が乗ろうとした時、ジギスヴァルトが声を荒げて言った。隣に立つスティナも、喋れはしないものの束を――否、箒を睨んでいる。この二人は知っているのだ。束が、()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてその理由を。

 

 だからこそ。その束が箒に専用機を用意するということは、則ち箒が彼女にそう要請したということだと、なんとなくだがわかってしまった。

 

「ジグ君とすーちゃんの言いたいことはわかるよ。でも、大丈夫。大丈夫だから。束さんを信じて欲しいなあ」

 

 しかし、いつになく真面目な顔と口調でそう言われて、二人は何も言えなくなってしまった。

 

 そんな二人に小さく頷いて、彼女はコンソールを開いて指を滑らせ始める。さらに空中投影ディスプレイを六枚呼び出して、流れる膨大なデータに目を通していく。それと同時進行で、同じく六枚呼び出した空中投影キーボードをしばらく叩き――エンター。

 

『▼起動/当機ハ《XX-02 紅椿》デアリマス/搭乗者登録ヲ開始』

 

 瞬間、紅椿が音声を発した。

 

『【報告】搭乗者、篠ノ之箒ノ登録ヲ完了/此ヨリフィッティングヲ開始シマス』

 

「なるべく早くねー」

 

『▼了解/暫シ待タレヨ』

 

 というか、喋った。ISが。

 

「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、すぐに馴染むと思うよ」

 

「いや姉さん。何だ今のは」

 

 この場の皆の意見をジギスヴァルトが代弁した。良く見れば千冬までもが目を円くしている。

 

「今のは紅椿のコアの意識だよ。ISコアに意識があるのは知ってるでしょ? それを表出させてシステムに組み込んでみましたー! ぶいっ!」

 

 つまり、なんだ。他のISと違って、この紅椿は明確な意思疎通ができる、と?

 

 ISコアに意識のようなものがあることはISに携わる者の間では常識だ。コア毎に得意な装備や苦手な装備があり、中にはエイフォニック・ロビンのように特定の種類の装備を受け付けないコアさえ存在する。

 

 しかしその意識がよもやこうして会話が出来るほどハッキリとしたものであるとは誰も思っていなかった。

 

「何のためにそんなことを……」

 

「何のためって、決まってるでしょ箒ちゃん。紅椿は()()()()()()()()ISだからだよ」

 

「は……?」

 

 意味が分からないという様子の箒に微笑みかけながら、束はコンソールを再びいじる。ややあって作業が終了したらしく、ディスプレイを全て閉じていく。

 

「あとは自動処理に任せておけばフィッティングも終わるね。いっくん、白式見せて! 束さんは興味津々なのだよー」

 

「あ、はい」

 

 束に言われるがままに一夏は白式を展開した。その装甲に束がコードを挿すと、先程と同じような空中投影ディスプレイが現れてデータが表示されていく。

 

「んー……不思議なフラグメントマップを構築してるね。でもアリーセともちょっと違う感じ……同じ男の子でもこうまで違いが出るのはどういうことなのかなぁー」

 

 フラグメントマップというのは、わかりやすく言うと遺伝子のようなものらしい。そのISがどのように自己進化していったかの道筋ということなのだがこれがまた素人が見てもただ数字と記号が線で結ばれているだけにしか見えない難解な代物なのである。少なくとも一夏にはさっぱりわからない。

 

「束さん、どうして男の俺やジグがISを使えるんですか?」

 

「ん? んー……どうしてだろうね。いっくんはなんとなーく予想はできるんだけど、ジグ君は私にもさっぱりぱりだよ。ナノ単位まで分解すれば確実なことがわかるかもしれないけど、してみる?」

 

「……するわけないでしょ」

 

「だよねーん」

 

 にゃははは、と笑って白式からコードを引き抜く。

 

「あ、あのっ!」

 

 と、そこに一人の生徒が、勇敢にも声をかけた。誰あろうセシリアである。有名人であるところの束を前にして興奮しているのか、目がやけにキラキラと輝いている。

 

「篠ノ之博士のご高名はかねがね伺っております! もしよろしければわたくしのISを見て頂けないでしょうか!?」

 

「うん? ……誰さん?」

 

「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットと申します!」

 

「へー、イギリスの。……まあ、そーだね。身内でもないのにタダで見ちゃうと際限無くなっちゃうからね。悪いけどお断りだよ」

 

 一夏、千冬、そして箒は、顎が外れるんじゃないかというくらい口をあんぐりと開けて驚いた。()()束が、他人と会話を成立させている。

 

 一夏たちを相手にするときとは違って明らかにテンションが低いとはいえ、彼女は今、確かに他人を認識している。『人間の区別がつかないね。わかるのは箒ちゃんとちーちゃんといっくん、あとまあ両親かねえ。うふふ、興味無いからね、他人なんて』とまで言っていた彼女が、だ。しかもそれだって、他人を完全に無視していた彼女を千冬が殴った結果千冬たち三人を認識するようになっただけ。それ以外は従来通り無視していた。それがこうも(比較の問題ではあるが)取っ付きやすくなるとは、いったいどういう心境の変化があったものだろうか。

 

「あの、束さん――」

 

『【報告】フィッティング終了』

 

 一夏が尋ねようとしたのを、紅椿が遮った。

 

「終わったね。じゃあ、試運転も兼ねてちょっと飛んでみてよ」

 

「あ、は、はい」

 

 連結されていたケーブル類が自動で外れていく。全て外れたのを確認してから、箒は目を閉じて意識を集中させた。すると紅椿はゆっくりと上空へと飛んでいき、百メートル程の高さで静止。

 

「ねえ、あれって篠ノ之さんがもらえるの? 身内ってだけで?」

 

「なんかズルくない?」

 

 箒が近くに居なくなったからだろうか、彼女を見上げる生徒たちの中からそんな台詞が飛び出した。

 

「そう言わないでほしいね。なにせ紅椿の性能は制限つきまくってるからね」

 

 そしてそれに反応したのは意外にも束で、彼女の言葉はハイパーセンサーの恩恵を受ける箒にも聞こえていた。

 

『姉さん、制限がついているとはどういうことですか』

 

『言葉通りだよん。今の紅椿の性能は打鉄と同レベル。装甲が薄い分打鉄にも劣るかも知れないね』

 

 オープン・チャネルでの通信が専用機持ちと、そして試験のためにISを装着していた生徒に飛び込んできた。そうでない者にも束の台詞だけは聞こえていて、その内容に戸惑いを隠せないでいる。

 

『そんな! 約束が違う!』

 

『何も違わないよ。箒ちゃんの注文通りに造るとは言ってないもん。キミのためになるISを造るって、束さん言ったよね?』

 

『それはっ……でも!』

 

『それに、紅椿はフルスペックなら現行最高性能のISだよ。箒ちゃんに資格があるなら搭乗者登録が終わった時点で制限は解除されるようにも設定してあった。コアの意識が表出したままってことは、箒ちゃんは足りないってことだね』

 

『然リ/故ニ当機ハ、機能ヲ第二世代相当マデ制限シテオリマス』

 

 紅椿の言葉に、箒はぎりっと奥歯を噛み締める。

 

『紅椿はある程度自律して行動できるから、箒ちゃんの判断に誤りがあると認識したらそれを正す動きをする。もし紅椿が箒ちゃんを認めて、スペック制限を解除できたら、その時はコアの意識はもう二度と出てこない。完全に箒ちゃんの意思だけで動くようになるよ』

 

『……そう、ですか』

 

『それじゃ、装備のテストしてみよーよ。両腰の刀を――』

 

「たっ、たた、大変です! お、おおお織斑先生!」

 

 真耶の声が束の台詞を遮った。普段から慌てている彼女であるが、それを(かんが)みても今回の様子は尋常ではない。

 

「どうした?」

 

「こ、こっ、これを!」

 

 渡された小型端末の画面を見た千冬の表情があからさまに曇った。

 

「特務レベルA、現時刻より対策を始められたし……」

 

「そ、それが、その、米国本土からハワイ沖へ試験飛行をしていた――」

 

「機密事項を口にするな。生徒たちに聞こえる」

 

「す、すみませんっ……!」

 

「専用機持ちは?」

 

「ひ、一人欠席していますが、それ以外は」

 

 と、小声でやり取りしていた二人だったが、数人の生徒の視線に気付いて手話で会話を始めた。それも普通の手話ではないようだ。

 

「そ、それでは、私は他の先生たちにも連絡してきますのでっ」

 

「了解した。――全員、注目!」

 

 真耶が走り去った後、千冬は声を張り上げて生徒全員の注意を自分に向けた。

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動に移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機。許可無く室外に出た者は我々で身柄を拘束する。いいな!」

 

『はっ、はいっ!』

 

 何が何やらわからないうちに全員が慌てて動き始める。接続していたテスト装備を外し、ISを終了させてカートに乗せる。その間に千冬は新たな号令を飛ばした。

 

「専用機持ちは全員集合しろ! 織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、それからブレヒトとヴェスターグレン! ――篠ノ之は他の者と旅館に戻れ」

 

「なっ……私だって!」

 

 一夏の隣に降りてきたばかりの箒は千冬に異を唱える。自分だって今日からは専用機持ちなのだ、と。

 

「お前はそのISを今手にしたばかりだろう。これまでのお前のデータを考慮しても、戦力として数えることはさすがに出来ん。わかったらさっさと戻れ」

 

「……はい」

 

 項垂れた箒は紅椿の展開を解除して、旅館へ戻る生徒の波に加わる。それを見る束の表情は少し暗かった。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「では、現状を説明する」

 

 専用機持ちと教員は旅館の一番奥の大座敷に集められた。照明を落とした薄暗い室内に大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

 

「二時間程前、米国本土からハワイに向けて試験飛行中だったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS《銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)》が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

 なされた説明に、声にこそ出さないもののその場の全員が狼狽えているのがわかった。

 

 軍用ISが暴走。そしてそれがこの場で伝えられたという事実。専用機持ちが集められた意味。それらが導き出す現実は――。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここの上空を通過することが分かった。時間にしておよそ五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった。

 教員は学園の訓練機を用いて空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう。

 それでは作戦会議を始める。意見のある者は挙手するように」

 

「はい」

 

 まずセシリアが手を挙げた。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「よかろう。ただし、これらは二カ国の最重要軍事機密だ。決して口外するな。情報漏洩が認められた場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

 

「了解しました」

 

 開示されたデータを元に皆が相談を始めた。一夏だけは――こうした事態に対応する訓練はまだ受けていないので当然だが――現実味を感じられず、話に付いていくのが精一杯という様子だ。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……全方位への拡散射撃を行えるようですわね」

 

「攻撃と機動の両方に特化した機体ね。厄介だわ」

 

「この特殊武装が曲者って感じはするね。拡散射撃だけじゃない、一点に収束しての射撃もできる――しかも威力がシャレにならない」

 

「データ上とはいえこの威力は脅威だな。さらにこのデータでは格闘性能が未知数だ。偵察は出来ないのですか?」

 

 ラウラの問いに、千冬は首を横に振った。

 

「目標は現在も超音速でこちらに向かっている。偵察する程の時間は無いな。アプローチも一回が限界だろう」

 

 それを聞いて全員の顔が(かげ)る。それをなんとか払拭しようとするかのように、ジギスヴァルトが努めて冷静に言う。

 

「だが、偵察が出来ずともある程度の推測は出来る。データでは最大速度がおよそ二千四百キロとなっているが、これはあくまで巡航速度。アリーセのように超々高速機動下での保護機構が無ければ――否、あってもそんな速度で戦闘機動はとれん。まして格闘戦でそんな速度を出そうとすれば中身がシェイクされてぐちゃぐちゃだ」

 

「その機構が目標に搭載されている可能性は?」

 

「アリーセの搭乗者保護はオーバーテクノロジーの類だ、こいつにそこまでの性能はまず無いと思って良いだろう。武装は何とも言えんが、機動力はせいぜいが白式と同等か少し上、最悪でもアリーセよりは下に留まるはずだ」

 

「けど白式の機動力って僕たちの中でも上位だよね。純粋な機動戦になったとき、白式についていける機体は少ないよ」

 

「しかもそれは搭乗者の意志で動いている場合の話。暴走状態にある目標が搭乗者の身の安全を考慮して動くとは思えませんわ」

 

〔最悪

 超音速での格闘戦も

 あり得ます〕

 

「と、なると……」

 

 皆の視線が一夏とジギスヴァルトに向けられた。

 

「作戦の要は一夏と兄様だな」

 

「え……? お、俺!?」

 

 ラウラの言葉に一夏が戸惑う。まさか満足に訓練を受けていない自分が中心に据えられることになるなどとは思ってもみなかった。

 

「現状、目標の機動力についていける可能性が最も高いのがあなた方お二人なのですわ」

 

「一回きりのアプローチで仕留めるなら一撃必殺級の火力があれば理想的だ。白式ならそれが実現出来る」

 

「問題は、一夏は極力エネルギーを使わずに接敵する必要があるってことね」

 

「なるほど、そこで私の出番というわけだな」

 

「うん。ジグのアリーセは目標以上の巡航速度を誇る超機動特化型だから、他の皆と違って換装に時間を取られないからね。それに、それだけの機動力を素で出せるなら超高感度ハイパーセンサーも積んでるんでしょ?」

 

「無論だ」

 

 つまり、こうだ。ジギスヴァルトが一夏を曳航して白式のエネルギーを温存し、接敵と同時に零落白夜で目標を墜とす。外した場合はシャルラッハロート・アリーセと白式の機動力で敵に食らいついて足止め、可能ならば撃墜。足止めしている間に他の専用機持ちが作戦領域へ向かう。

 

「要である私が言うのもなんだが……なんとまあ穴だらけな作戦だ」

 

 暴走した軍用IS相手に零落白夜を当てられる確率は低い。この作戦は一夏が外す前提で展開されなければならないが――まともについていけそうな機体が二機しか無いということは、万一この二機が墜とされるようなことがあれば作戦が瓦解するということだ。

 

〔けれど

 現状それしか

 手がありません〕

 

「だが織斑。これは訓練ではなく実戦だ。もし覚悟が無いなら無理強いはしない」

 

「そのときは私が一人でもたせてみせる。心配は要らん」

 

 及び腰になっていた一夏だったが、千冬とジギスヴァルトにそう言われて顔つきが変わった。先程までの戸惑いは見られない。

 

「やります。皆に任せて見ているだけなんて、俺にはできない」

 

「よし。ならば他の者の動きを決めるぞ」

 

 千冬は感情を窺わせない表情で頷き、先を促す。

 

「念のため、全員で行くのではなく何人かは残しておきましょう」

 

〔では

 私は残ります〕

 

 スラスターの無いエイフォニック・ロビンでは、皆と足並みを揃えて移動するのは難しい。

 

「ならあたしも残るわ。甲龍の機動力じゃ一夏たちの邪魔になりそうだし」

 

 近~中距離型の甲龍は膂力こそこの中でトップだが、機動力が足りない。衝撃砲も、見えないが故に援護には向かない。

 

「では、お二人を残して他は出撃、でよろしいですわね?」

 

 セシリアの確認に皆が肯く。

 

「話は纏まったな。では、二十分後に作戦を開始する。各自準備を怠るな」

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「腹が減ったな」

 

「減ったな――じゃねえよ!」

 

 会議をしていた大座敷を出てすぐ、ジギスヴァルトが何とも気の抜ける言葉を発した。一夏のツッコミもどこ吹く風、彼はクソ真面目な顔でさらに続ける。

 

「しかしもう昼前だぞ? お前はどうだ、減っていないか?」

 

「いや、そりゃ確かに腹は減ってるけど……」

 

「そうか、それは良かった」

 

「え?」

 

「これから内蔵をシェイクしに行くわけだからな。吐くぞ」

 

「あー……」

 

 なんとなく彼の言わんとすることは分かった。イメージ的には、ジェットコースターとかに乗ったときに感じるアレの物凄いの、という感じだろうか。普段白式に乗っているときは搭乗者保護のおかげかそこまで激しいのを感じたことは無いが、これから行うのは普段以上のスピードでの戦闘。一夏にとっては未知の領域だ。

 

「あ、ジグ君いっくん、お話終わったー?」

 

 旅館の外に出ると束が居た。驚いたことに、大人しく待っていたらしい。

 

「ああ、たば――ではない、姉さん。頼みがあるのだが」

 

「なになに? ジグ君の頼みなら束さん何でも聞いちゃう!」

 

「白式の調整を頼む。どうせ聞いていたのだろう? リスが居たぞ」

 

 会議の最中、ジギスヴァルトは視界の端に機械仕掛けの銀色のリスが居るのに気付いたが、敢えて無視していた。説明する手間が省けるからだ。

 

「うん! 聞いてた! まっかせてーん♪」

 

 悪びれもせず軍事機密を聞いていたのを認める束。先の言は訂正しよう。やはり大人しく待ってはいなかった。

 

「ついでに高速戦闘のアドバイスをしてやってくれ」

 

「ジグ君は?」

 

「私は少しやることがある」

 

「はっはーん……コレだなぁ?」

 

 束はニヤニヤと笑いながら小指を立てる。その様はまるで中年オヤジのようだ。

 

「そうだ。それも知っているのだろう?」

 

「モチのロンさ。そのうち紹介してねーん。じゃあいっくん、あっちで白式の調整しよう。広い方がやりやすいからね」

 

「あ、はい」

 

 束は一夏の手を引いて砂浜へと歩いて行った。一方、ジギスヴァルトはポケットから携帯端末を取り出して電話をかけた。

 

「…………」

 

 その様子を、スティナは見ていた。それほど離れているわけではないので、ジギスヴァルトが発する言葉は微かにではあるが聞こえてくる。

 

 ふと。どうしてそうしようと思ったのかは分からないが。彼女もまた、携帯端末を取り出した。そのまま少し迷っていたが――意を決して、今まで一度も使ったことの無い機能を起動する。

 

 ――作戦開始まで、あと十五分。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 自身にあてがわれた旅館の部屋で、箒は他の皆があれやこれやと現状を予想して盛り上がっているのを見ていた。あの中に混ざる気にはどうしてもなれない。

 

(私だって、今日からだが専用機持ちだ……)

 

 一夏と同じ、専用機持ち。機能が制限されていると聞いて落胆したが、それでも立場だけは同じになったのだと思うことで自分を納得させていた。

 

 けれど千冬は箒だけを部屋に帰した。

 

 戦力として数えられん、と彼女は言った。何か戦闘に発展するような状況なのだろう。であるならば、紅椿に機能制限が無ければ、今頃は一夏の隣で話を聞けていただろうか――。

 

『▼告/ソレハ有リ得マセン』

 

 不意に紅椿の声が聞こえて、慌てて周りを見回す。皆は気づいた様子が無い。プライベート・チャネルのようなものらしい。

 

『どういう意味だ』

 

『織斑千冬ハ当機ノ稼動時間ノ少ナサト貴女(キジョ)ノ力量ヲ基ニ判断ヲシテオリマス/当機ノ制限ガ無クトモ結果ハ同様デアリマショウ』

 

『だが、お前は現行最高性能なのだろう。それほどの性能があれば私だって……!』

 

『【警告】現在ノ貴女ニ当機ヲ(ギョ)スル力量ハ有リマセン』

 

『そんなことは無い! だいたい、お前は私のための機体なのだろう! ならば私の言う通りにしろ!』

 

(イナ)/当機ハ貴女ノ為ノ機体デハアリマセン/貴女ノ為ニ成ル機体デアリマス/貴女ノ為ニ成ル()ク機能ヲ落トシテオリマス/現状ニ於イテ解放ハ有リ得マセン』

 

『何故だ!』

 

『【警告】其レガ(ワカ)ラヌカラデアリマス』

 

 待機状態の――鈴付きの赤い飾り紐姿の紅椿を、箒は睨む。姉がこんなものを自分に渡した理由が本気で解らなかった。

 

 けれど、それでもコレは、フルスペックなら最強のISらしいのだ。だから、しばらくは付き合ってやろう。そしていつか紅椿の全権を掌握し、そして――。

 

(一夏のために、あいつに近寄る虫を排除する……!)

 

 ――彼女は、まだ気付かない。

 

 

 

 

 

 




 ど う し て こ う な っ た 。
 魔改造するにしてもなんで喋ってんの? バカなの? 死ぬの? 深夜のテンションって恐ろしい。ちなみに紅椿の台詞の表現の元ネタは某ライトノベル、第二宇宙速度なハイスピード虫アクションの虫です。

 次回、『ジギスヴァルト、死す』。デュエルスタンバイ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。