IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

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第二八話:接敵

 

 自身の携帯端末が震えたとき、布仏本音は旅館の部屋から外を見ていた。この窓からは海が良く見える。

 

「もしもしー?」

 

『本音か。私だ』

 

「私わたし詐欺の人かなー?」

 

『うむ。実は車で事故ってしまってな。早急に百万程必要なのだ』

 

 冗談を飛ばし合うが、本音はなんとなく彼が電話をかけてきた理由がわかっていた。彼女はおっとりしているが決して頭が悪いわけではない。むしろ(さと)い女性である。専用機持ちが集められて、それからわざわざ電話がかかってきたのだから、きっと()()()()()()だ。

 

「いろいろ聞きたいけどー……詳しくは言えないんだよねぇ?」

 

『……すまん』

 

「危険、なんだよね?」

 

『最悪、もう戻らんかも知れん』

 

「……そっかー」

 

 もう一度外を見る。彼らはISに乗って出撃するのだろう。おそらくは、あの海へ。

 

「聞いといてなんだけどー。それ、言ってもよかったのー?」

 

『ぬ? ……ああ、言われてみれば。もしかしたらマズイやも知れんな』

 

「あー、情報漏洩だー」

 

 ならば自分にできることは、と本音は考える。部屋からは出られない。こうして外を見ることさえ、もしバレたら怒られるかも知れない。で、あるならば。

 

「待ってるからね」

 

『…………』

 

「怪我しないで、とは言わない。しののんの時みたいな無茶は――できればして欲しくないけど、それもしないでとは言わない。……言えない。

 だから待ってる。無茶しても怪我しても、きっと私のとこに帰ってくるって、信じて待ってるよー」

 

『...Jawohl(了解した). きっと君の(もと)へ帰ってくると誓おう』

 

「うん、約束ぅー」

 

『ああ、約束だ』

 

 そして、通話が切れる。それを見計らったのだろう、同室の三人が彼女に声をかけた。

 

「ねえ本音ー、こっちでスニップ・スナップ・スノーレムしようよー」

 

「……なんでそのチョイスー?」

 

 苦笑しながらも、窓のカーテンを閉めて合流する。外を見ていたらジギスヴァルトが見えてしまうかも知れない。そうなると決意が揺らぎそうだから。

 

「ジグ君?」

 

「うん。事故ったから百万ちょーだいだってー」

 

「わーお、古典的な詐欺だ」

 

 彼女らとて何百倍何千倍という倍率の入試を通過してIS学園に在籍している、有り体に言えばエリート。普段がどうであれ、優秀な人間であることには変わりない。本音程確信を持ってはいないものの、専用機持ちたちが集められた理由は危険なものからそうでないものまで様々に予想していることだろう

 

 けれど、それは言わない。少なくともこの部屋に居る者の中で最も心中穏やかでないのは本音であることは、皆理解しているから。

 

 カードが配られ、じゃんけんで順番を決め、ゲームが始まる。

 

「じゃあ最初はこれだ!」

 

「スニップ!」

 

「スナップ!」

 

「スノーレムー」

 

 ――作戦開始まで、あと十分。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 現在、火曜日の昼前。ド平日である。故に必然として、五反田弾は学校にて授業を受けていた。

 

「古文ってのはさー、教科書に載るようなヤツぁそりゃもう高尚なことが書いてある――と思うだろ? 言い回しもクソ難しいしな。けど実際はそうじゃない。しょーもないこと書いてあるぞー。

 例えば枕草子の冬がどうののとこなんて、難しいこと言ってるようで実は『冬の早朝に暖房つけてまわるメイドさんマジ激萌え。あと真っ白に燃え尽きた炭とか最高にクールだよね』って書いてあんだぞ。

 どうだ、そう言われるとなんか簡単に勉強できそうな気がしてくるだろ?」

 

 教壇に立つ年若い教師の言葉に「この授業ホントに大丈夫か……?」なんて思いつつ、しかしそう言われるとなんとなく古文が簡単な気がしてきた弾はとりあえず真面目に板書を写そうとして――携帯が震えているのに気付いた。こんな時間に自分の携帯に電話をかけるような者が居ただろうか、もしかしてなにか危急の用件かと、教師にバレないようにディスプレイを見る。

 

 表示された名前に、彼は戸惑った。

 

「あの、先生!」

 

「んー? お前は……あー……五反田か。どした?」

 

「その、電話かかってきて……もしかしたら緊急かも知れないんで、通話してきていいっすか?」

 

「おう、いいぞー」

 

 意外とあっさり許可が下り、彼は廊下へ出て回線を繋いだ。

 

「も、もしもし?」

 

『…………』

 

 相手は無言。しかしそれは当然なのだ。ディスプレイが示した相手の名はスティナ・ヴェスターグレン――彼女は声が出せないのだから。

 

「……なんかあったのか?」

 

 聞こえるのは息遣いだけ。もしかして何か事件に巻き込まれて助けを求めているのかとも一瞬思ったが……それにしては、電話の向こうの彼女は落ち着いている気がした。

 

「あー、その……なんだ。なんだかよくわかんないけど――頑張れ?」

 

 声の出せない彼女が電話をかけた理由はわからない。完全な当てずっぽうだ。けれど、彼なりに必死で考えて、自分ならどういうとき“どうしても誰かに電話をかけたい”と思うかを想定して――出た言葉がこれだった。

 

『…………!』

 

 息を呑む気配がして、数秒。通話が切れた。

 

 これで合っていたのだろうか。しばらく携帯を見つめて、正否を気にしてもどうにもならないと気分を入れ替え、教室に戻ろうとして――再び携帯が震えた。今度はメールのようだ。差出人はスティナ。内容は――。

 

 

 ――ありがとうございます。

 

 

 ただ一文、そう書かれていた。

 

 それを読んで、当てずっぽうとはいえ一応は正しい答えを返せたらしいことに安堵した彼は教室に戻る。

 

「おう五反田、彼女との電話は有意義だったか?」

 

「違いますよ!!」

 

 入って早々教師に茶化されたが、結局緊急連絡だったと言える根拠は無い。何だったのかと聞かれれば答えに窮する。それに、戻った弾の顔は少し嬉しそうだったから、茶化されるのもある意味仕方ないのかも知れなかった。

 

 ――作戦開始まで、あと五分。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 時刻は十一時二十分。

 

 七月の空は容赦なく澄み渡り、陽光が阿呆程降り注いでいる。

 

 砂浜で一夏とジギスヴァルトは少し距離を置いて立ち、それぞれのISを呼び出(コール)した。

 

「来い、白式」

 

「茶会だ、アリーセ」

 

 全身が光に包まれ、ISアーマーが構成される。同時にPICが身体を浮かせ、ハイパーセンサーが視界をよりクリアにしていく。

 

「じゃあ、ジグ。よろしく頼む」

 

「うむ。振り落とされるなよ? 私の愛馬は凶暴だからな」

 

 作戦の性質上、移動の全てはジギスヴァルトに依存する。つまりは一夏が彼の背に乗るのである。野郎同士でおぶさるというのは若干抵抗のある二人だったが、こればかりは仕方ない。作戦なのだから。

 

『織斑、ブレヒト。それから他の者も。聞こえるか?』

 

 オープン・チャネルに千冬の声。二人は頷いて、はいと返事をした。

 

『これより目標を福音と呼称する。今回の作戦の要は足止めだ。織斑が初擊で仕留めるのが理想的だが、一番の目的は可能な限りここから離れた場所で戦闘を行うために福音を釘付けにすることだということを忘れるな』

 

 そう、戦って倒すことだけが目的なのであれば、わざわざ彼らが出向く必要は無い。何故なら福音はこの砂浜の上空を通過する軌道をとっているのだから。ここで待っていれば向こうから来てくれる。

 

 だがそれではダメだ。ここには百人を超える生徒が居る。旅館の従業員の皆様方も居る。何より、少し離れた場所には街がある。ここで戦えばそれらへの被害は免れない。だからこそ、できる限り沖の方で接敵し、そこに福音を縫い付ける必要があった。

 

『織斑先生』

 

 ジギスヴァルトはオープン・チャネルではなく、プライベート・チャネルで千冬と回線を繋いだ。

 

『どうした?』

 

『万一の場合、一夏だけは――いや、私以外は必ず生きて帰しますので』

 

 一瞬の、間。

 

『馬鹿者。お前も無事に帰れ。布仏が泣くぞ?』

 

『……そうでした』

 

 そして通信は再びオープン・チャネルに切り替わる。

 

『では、始めろ』

 

 ――作戦、開始。

 

 ジギスヴァルトは一夏を背に乗せ、一気に上空五百メートルまで上昇した。遥か眼下に、彼らに続いてISを展開するために旅館から出て来た専用機持ちたちが見える。

 

 そのスピードに、一夏は無言で歯を食いしばる。アリーナという狭い空間でシャルラッハロート・アリーセが出していた速度とは較べ物にならない。非限定空間でこそ発揮される機動特化型ISの真価を、彼はこの時初めて垣間見た。

 

『暫定衛星リンク確立……情報照合完了。目標の現在位置を確認した。一夏、覚悟は良いか?』

 

『当然!』

 

〈▼告/グライフ、巡航モードで起動/各部スラスター、出力上昇〉

 

 上昇時の速度など比較にならない。世界を置き去りにしたような感覚。ISの搭乗者保護があってなおブラックアウトしかけた意識を一夏はなんとか繋ぎ止める。

 

(なんつー加速だよ……!)

 

 速度計を見る。瞬きの間に達した速度は時速二千四百キロ――福音のカタログスペック上の最大速度とほぼ同じ。シャルラッハロート・アリーセにとってはまだまだ余裕のある速度だが、それは白式の搭乗者保護の性能で耐えられる速度の限界ギリギリだ。

 

 そのまま、少し迂回しながら移動していく。相手の側面から零落白夜を叩き込むためだ。ハイパーセンサーで全方位を知覚できるのは相手も同じ――それどころか暴走状態にある福音に人間と同じような“反応の遅れ”が存在するかどうかは不明。であるから焼け石に水の可能性は高いが、それでもバカ正直に真正面から突っ込むよりはマシ、というわけだ。

 

『見えたぞ一夏。準備はいいか』

 

 肉眼ではまだ目視できない距離に在る目標をハイパーセンサーはしっかりと捉え、二人に視覚情報として提供する。

 

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はその名が示す通り全身が銀色をしている。異質なのは頭部から生える一対の巨大な翼だ。資料によると、シャルラッハロート・アリーセのグライフと同じく大型スラスターと射撃装備を融合させた代物だそうだが――グライフと違うのは、それが“全方位への同時攻撃”を可能としている()()()()()()である点だ。それの詳細まではデータに無かったが――。

 

『あと十秒で接敵する』

 

『了解!』

 

 だがそれについて考えている時間は無い。今はとにかく作戦通りに。

 

 零落白夜を発動。まるで瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使ったときのようなスピードで敵との距離が詰まっていくのが、超高感度ハイパーセンサーの恩恵でずいぶんゆっくりに感じられる。

 

 五、六、七、八、九、十――!

 

「なっ!?」

 

 ジギスヴァルトの背から降りた一夏が振るった刃は空を斬った。零落白夜の光の刃が触れる直前、福音が機体をぐるりと回転させたのだ。

 

 必殺の刃を紙一重で躱して見せた福音は一夏たちに向き直る。顔全体を覆うバイザーのセンサーが発光した。

 

『他機確認。目標到達の障害となる可能性・大。《銀の鐘(シルバー・ベル)》、稼動開始』

 

 オープン・チャネルから聞こえたのは、ISに搭載されているシステムアナウンス。しかしその内容にジギスヴァルトは僅かばかりの違和感を覚えた。

 

(目標、到達? こいつはどこか目指している場所があるのか?)

 

 そもそも何故、福音は花月荘のある空域に向かっていた? 暴走して無作為に針路をとった結果、その途中にたまたま花月荘があった――それも考えられなくはない。

 

 というより、作戦立案段階ではそう想定していた。福音と花月荘を結ぶ線の延長線上には特に軍用ISが目指すような施設は――少なくとも地図情報で確認出来る限りには――無いし、そもそも暴走しているISが何かを目指すとは考えづらかったからだ。

 

 だが、そうではないとしたら――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『敵機を殲滅します』

 

『――っ!』

 

 まさか、こいつは――。

 

『管制室、聞こえるか』

 

『こちら管制室。どうした』

 

『他の専用機持ちたちはどうしていますか』

 

『既に作戦空域に向かっている』

 

『急がせてください。どうやら事態は最悪のようだ』

 

『なに?』

 

 福音の翼の装甲が開き、三十六もの砲口が顔を出す。

 

『こいつの目的は――』

 

 全ての砲口から、幾重もの光弾が全方位に向けて撃ち出された。

 

『――花月荘だ』

 

 ――全ての光弾が、爆ぜた。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

『こいつの目的は花月荘だ』

 

 その言葉に続く爆発音を最後に、ジギスヴァルトとの通信が切断された。一夏も同様に繋がらない。

 

「ブレヒト君! 織斑君! ……ダメです、繋がりません!」

 

「……どういうことだ」

 

 福音の目的は花月荘。この言葉が真実だとするならば、福音は暴走しているという話は嘘なのだろうか。

 

「それは本当だよ」

 

「……束」

 

 いつの間にか束が管制室――大座敷に入室していた。いつもの千冬であれば関係者以外立ち入り禁止だと叩き出すところだが、今回ばかりはそうもいかない。

 

「何故わかる?」

 

「ISは私が造ったからね。全てのISコアは、私からの命令があった場合にはそれを最優先で実行するよう設定してあるんだよ。安全装置ってやつだねー」

 

「それがどうした」

 

「一応この事態に対処しようとしたんだ、私。搭乗者が死なないよう最低限の機能を残して今すぐ活動を停止しなさいって。そしたら――(はじ)かれちった。どうも束さんを束さんだと認識しないみたいなんだよねー」

 

 でも、と彼女は続ける。

 

「コアの状態のデータは取得できたよ。その後コアネットワークから切断しちゃったみたいで、干渉できなくなっちゃったけどね。んでんでんでー、これがそのデータだよーん」

 

 空中投影ディスプレイに、よくわからない記号や数値が映し出された。千冬と真耶はなんとか理解出来ないものかと数秒間それを眺めたが、無理だとわかると潔く束に説明を要求した。意地を張って時間を取られている場合ではない。

 

「わかりやすく人間で言うと、そうだねぇ……催眠術にかかってる、とでも言おうかねえ」

 

「催眠術だと?」

 

「作戦目標が“ハワイへの到達”から“花月荘への到達”にすり替わってるんだよ。しかも外界からの刺激に対する反応値が明らかに異常――ものすごく噛み砕いて言うと、この世の全てが敵に見えてる。だから私の干渉を弾いたんじゃないかな」

 

 ――私は生みの親・篠ノ之束じゃなくて自分を(おびや)かす敵だからね。

 

 それを聞いて、千冬の中で様々な状況がシミュレートされていく。ジギスヴァルトは「事態は最悪だ」と言った。

 

 それはきっと、花月荘への到達が敵の目標だという推測から彼が導き出した“最悪”――則ち、撤退不可。

 二人が撤退してしまうと福音は当然花月荘に向かう。故に二人は機体が壊れようがエネルギーが切れようが撤退は出来ない。そんなことをしている間に福音は花月荘に到達する。

 

 そしてそこに束のもたらした情報を統合すると――“福音が花月荘に到達した場合、視界に入る全てを無差別に攻撃する”ということになる。

 今までは、戦闘に巻き込まれて被害が出ることを防ぐために、福音を花月荘周辺から引き離すという話だった。戦闘試験ではなく飛行試験中の暴走だったこともあって、仮に仕留められなかったとしても日本上空を通過するだけの可能性が高かった。

 だが、福音が花月荘を目指していることが束によって確認され、しかも奴は目に入る全てを敵と認識していることがわかった今――福音は絶対にここで墜とさなければならない。

 

 こうなっては一夏たちだけで戦わせるのはマズい。

 かといって不用意に救援を出せば花月荘の守りが手薄になる。さらに言えば、もし誰かが撃墜された場合、回収班すら出せない。福音が回収班を攻撃するからだ。

 よって撃墜された者は現場に居る誰かが回収して戻らねばならず、そうなると戦力が大幅に削られてしまう。

 

 となれば、やはり専用機持ちたちが早急に作戦空域に辿り着き、一人も墜とされずに仕留めなければならないが――。

 

『織斑先生!』

 

 ――突然の通信はシャルロットから。

 

『――一夏が墜とされました!』

 

 そしてその内容は、事態がとことん悪い方へ向かって動いていることを示していた。

 

 

 

 

 




 若干短いですが、キリが良いところがここくらいだったので一旦切ります。ジギスヴァルトじゃなくて一夏が死んだ。生きて帰すって言ったじゃないですか、お兄様の嘘つき! 話が破綻していないか心配です。

 小説概要にも書きましたが、設定資料にスティナの設定画を追加しました。あくまで私のイメージです。読者の皆さんの数だけスティナが存在します。
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