IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

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第二九話:緋と白とときどき紅~銀色を添えて~

 

 時間はほんの僅か遡る。

 

 福音の特殊兵装《銀の鐘(シルバー・ベル)》。三十六の砲口を備えたその翼が振りまいた無数の光は、その一つ一つが爆発弾だった。

 

 広域殲滅兵器。データ上ではただ“全方位への拡散射撃が可能な装備”でしかなかったそれは、蓋を開ければあまりに凶悪。

 

 照準精度はそれほどではない。そもそも()()()()()()()()()()()。ただ弾をバラ撒けば、爆発が全てを巻き込むのだから。

 

「ぐっ……いったい何が……」

 

 福音の周囲に半球状に発生した爆発の連鎖に巻き込まれて、一夏は一瞬意識が飛んでいた。軽く頭を振って気を取り直し、周囲を確認する。目の前、少し離れた位置には白い煙の塊が浮かんでいて、どうやら軽く吹き飛ばされたらしいと知れる。

 

「一夏、聞こえるか!」

 

 二時方向からジギスヴァルトの声が聞こえた。何故か通信ではなく肉声だが、ハイパーセンサーのおかげである程度クリアに聞こえる。見れば白式と同じくところどころが焼け焦げたシャルラッハロート・アリーセが、大剣とアサルトライフルを展開して煙の塊を睨んでいる。

 

「聞こえる! どうした!」

 

「今ので通信機能が逝った! 管制室と連絡が取れん! そっちはどうだ!」

 

 言われて一夏は管制室との通信を試みるが――応答が無い。

 

「こっちもダメだ!」

 

「ならば仕方ない、皆が来るまでは私たちだけで――っ!」

 

 煙の中からジギスヴァルトに向かって、今度はある程度固まって光弾が飛んできた。先程は“光弾”という見た目からレーザーの類と判断しヴォーパルシュピーゲルで返そうとしたが、それが仇となって爆発に巻き込まれた。それを踏まえ、今回は全てを回避するべく大空を飛び回る。

 

 追い縋る光弾、その爆発を置き去りにして彼は飛ぶ。爆煙は彼の軌道を正確になぞって空に白い線を引いていく。

 

(……やはりあれはレーザーではないな。純粋なエネルギー……それを圧縮して撃ち出しているといったところか)

 

 そして撃ち出された光弾がある程度進むか何かにぶつかるかするとエネルギーが圧縮に耐えられなくなり爆発する――そう彼は推測した。爆発するまでの時間は一定ではないところを見ると、それも調整できるのだろう。

 

 で、あるならば。彼ら――特に刀一本しか無い一夏は、この雨のような光弾の中を掠りすらせず突破しなければならないことになる。そしてそれはどう考えても不可能だ。いくら零落白夜がエネルギーを無効化できるからといって全ての光弾を斬り払うなんて現実的ではないし、零落白夜でも爆発は掻き消せない。しかも常時発動などしようものならすぐにエネルギーが無くなる。長引けば長引くほど彼らは不利だ。

 

 必要なのは短期決戦。そのためには一夏が福音に辿り着く必要がある。

 

 通信は使えない。一夏に指示を出そうとしたジギスヴァルトを執拗に狙っていることから、敵は暴走状態でもこちらの言葉を理解し対処できる可能性がある。先のように大声で伝えるのは避けたい。だから、何も言わずとも一夏が零落白夜を発動して斬りかかるような状況を作らねばならない。

 

 幸い福音は今ジギスヴァルトだけを狙っている。この好機を逃すわけにはいかない。

 

 ヴォーパルシュピーゲルを仕舞い、二挺目のヴァイスハーゼをコール。ろくに狙わずとにかく福音の方へと乱射する。福音はそれを回避しながら、徐々にジギスヴァルトへ飛ばす光弾を増やしていく。攻撃を仕掛けてこない一夏よりも先にジギスヴァルトを墜とすことにしたようだ。

 

 光の雨を避け続ける。白式よりも数段上の速度で飛び、時に急旋回や急停止も織り交ぜて福音の軌道予測を外していく。その動きは複雑で、スラスターの性能の良さと機体制御の精密さを如実に示している。

 

(まだ……まだだ……)

 

 一方一夏は、以前ジギスヴァルトに言われたことを思い出しながら待っている。すぐに熱くなるな。ジギスヴァルトだけが狙われているこの状況を好機と思え。助けようなんて考えるな。大丈夫、あいつならそう簡単に墜ちない。

 

 福音とジギスヴァルトが目まぐるしい速度で繰り広げる攻防を仰ぎ見ながら、ただ待つ。そして――。

 

「一夏! ジグ! まだ生きてる!?」

 

 花月荘のある方向から、声。遥か遠く、豆粒のような大きさにしか見えないが、増援の三人がそこに在る。

 

 福音がそれに反応した。新たに現れた三機を無視はできず、そちらに注意が向くのがわかる。動きが一瞬、止まる。

 

(ここ!)

 

 後方下側からの強襲。人間であれば、普段意識をほとんど向けないそこからの攻撃には反応が遅れる。側面からだった初擊よりも命中する可能性は高い。

 

 ――だが。

 

 ――福音と、“目”が合った。

 

「――――っ!?」

 

 ジギスヴァルトが撃つ弾を回避することも、増援を確認することも、何もかもを放棄して一夏に機体を向けている。いくつも被弾しながら決してその場を動かず、ただ翼の砲門を一夏に向ける。瞬時加速中の今、曲がることはできない。一旦止まっての回避も間に合わない――!

 

「一夏っ!」

 

 ジギスヴァルトの叫びが聞こえた次の瞬間、一夏に光弾が降り注いだ。

 

 (おびただ)しい数の爆発にさらされ、エネルギーシールドで殺しきれなかった衝撃が何十と続く。アーマーが破壊され、熱波で肌が焼けていく。

 

(あー……ジグが脚やったときってこんな感じだったのか。熱いわ痛えわ、最悪だな、これ)

 

 世界が傾いていく中で、一夏が考えたのはそんなことだった。

 

 ジギスヴァルトが突撃し、ヴォーパルシュピーゲルで福音を弾き飛ばす。その光景を最後に、一夏は意識を失った。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 増援の三人、セシリア、ラウラ、シャルロットは、海へ落ちていく一夏を見てスピードを上げた。ギリギリで着水前に受け止め、そのまま一度福音から距離を取る。

 

「一夏! 一夏!」

 

 シャルロットの呼びかけに、傷だらけの彼は応えない。だが、なんとか息はある。

 

『織斑先生! 一夏が墜とされました!』

 

 管制室に通信を飛ばす。その間に福音がこちらに攻撃しないようジギスヴァルトが苛烈に攻めたてていくのを、福音はひらひらと躱している。

 

『……デュノアは織斑を連れて撤退しろ』

 

『はい!』

 

 この三人の中で最も機体のスペックが低いのは自分であることを理解しているシャルロットは素直に従い、白式の展開が解けた一夏を抱えて離脱していく。

 

『オルコットとボーデヴィッヒは予定通りブレヒトの援護だ』

 

『はい』

 

『了解しました』

 

 セシリアとラウラはそれぞれレーザーライフルとレールカノンを上空の福音に向けた。が――。

 

「くっ……速い……!」

 

「照準が……!」

 

 いまだジギスヴァルト相手に凄まじい機動戦を繰り広げる機動特化型の軍用IS、その機動力に翻弄されて狙いが定まらない。そうしてモタモタしている間にもシャルラッハロート・アリーセの損傷は増えていく。

 

 狙いは定まらない。ならばせめて弾幕を張って福音の動きを制限し、少しでもジギスヴァルトの攻撃が当たるように支援しよう――そう結論づけた二人は、とにかく撃った。どちらもそう連射の利く武器ではないので充分な弾幕とは言いづらいが、セシリアはビットも総動員して、ラウラは可能な限り狙いをつけて、とにかく撃った。

 

 福音はそれを難無く躱す。そしてその顔がセシリアたちの方を向いた。

 

 ――次の瞬間には、セシリアの目の前に福音が居た。

 

「きゃあっ!?」

 

 衝撃。瞬時加速で移動してきた福音に蹴り飛ばされたのだと理解したときには、既に三十六の砲口がセシリアを向いている。

 

「……っ!!」

 

 恐怖に思考が塗りつぶされる。あれを食らったら、一夏のように――。

 

「させんよ」

 

 発射の直前、福音が身を翻して離脱した。刹那、福音の居た場所を八条のレーザーが蹂躙する。いつの間にか射程距離まで近付いていたシャルラッハロート・アリーセのグライフだ。彼はそのまま福音とセシリアの間に割って入り、セシリアに何かを投げ渡した。

 

「セシリア。お前には奴の動きが見えるか」

 

「……見えませんわ」

 

「ラウラはどうだ?」

 

「……私も、今のは見えませんでした」

 

 あの速度は、おそらくカタログスペックから推定される瞬時加速のそれよりもさらに速い。それまでは照準こそ合わないものの見えてはいたが、今のは完全に見失った。

 

「そうか」

 

 そしてそれは、作戦会議の折にセシリアとスティナが予想した“最悪”そのもの。あの動きは搭乗者のことなど度外視している。超高感度ハイパーセンサーの使用を前提としたアリーセでさえ、急すぎる加速に反応が遅れた。セシリアが撃たれる前に割って入れたのは半ば偶然だ。そしてこの先、そう何度も同じことはできない。

 

「お前たち、一旦退()け」

 

「そんな!」

 

「兄様一人で戦うと言うのですか!」

 

 グライフの威力を見て警戒したか、福音は上空にとどまって今は攻撃してこない。退くのなら今が好機だ。

 

「いいから行け。そしてセシリア、それを束さんに渡せ」

 

 言われてセシリアはたった今投げ渡された“それ”を見る。ブルー・ティアーズのマニピュレーターにすっぽり収まったそれは、小型の記憶媒体。

 

「それがあれば見えるようになる。だから二人とも、さっと行ってパッと戻ってこい」

 

「でも!」

 

「いいから行け! 今のままではどのみち全滅だ!」

 

 再び福音が動きだした。機体を回転させ、全方位へ光弾をバラ撒き始める。その間を縫うようにしてジギスヴァルトは再び飛びあがり、セシリアたちと距離を置く。

 

『……セシリア、行くぞ』

 

 光弾を避けながら、ラウラは徐々に後退していく。

 

『ラウラさん!? お兄さんを見捨てるんですの!?』

 

『……私だって嫌だ。来て早々に退くなど、いったい何をしに来たのかとさえ思う。

 だが私たちは奴の動きが見えん。ならば兄様を信じて一度戻るべきだ』

 

 このまま全滅するよりも、機体を調整して再度出撃した方が良い。そうすれば、仮にジギスヴァルトが撃墜されても花月荘は守ることが出来るかも知れない。彼を切り捨てるようで気分は悪いが、きっとこれが“最善”なのだ。

 

『……わかりましたわ』

 

 苦渋の表情でセシリアは機体を反転させた。そのまま全速力で離脱していく彼女らを追おうとする福音の前に、(あか)いウサギが立ちはだかる。

 

「どこへ行くのかねお嬢さん(フロイライン)。まだ茶会は終わっていないぞ」

 

 彼の装備は福音と相性が悪い。レーザーではないからあの光弾は反射できないし、グライフはある程度近づかなければ使えないし、グライフ以外は実弾兵装ばかり。相対速度は通常より上がっているため(あた)れば威力は絶大だが、あの機動力を相手に実弾を()てるのは少々骨が折れる。あの爆発のせいでアリーセ自慢の機動力も活かしづらい。

 

 それでも通すわけにはいかない。花月荘には同級生たちが――何より、そう。本音が居るのだ。敵の装備が予想以上に自分と相性が悪いからといって、退くわけにも墜とされるわけにもいかない。

 

「もう少し楽しんで行け。退屈はさせんぞ」

 

 セシリアたちが戻って来るまでは、なんとしてもこの場に留まらせる。墜ちるのは彼女らが来てからだ。

 

 本音との約束が脳裏を()ぎったが、振り払った。

 

 ――きっと、私は許されない。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「篠ノ之博士! いらっしゃいますか!」

 

 花月荘に帰還したセシリアとラウラは、大座敷の襖を思いっきり開けた。スパーン! といい音を鳴らすそれを気にも止めず、ずかずかと中に入っていく。

 

「オルコット、それにボーデヴィッヒ? 何故戻った、撤退の指示は――」

 

「ジグさんが、これを篠ノ之博士に渡せと」

 

「束さんに? 何かな何かなー?」

 

 ひょこりと千冬の後ろから出てきた束にあの記憶媒体を手渡す。すると束は急に真面目な顔になって、

 

「せ、せ……なんだっけ、せっしー? だったかな? これ、ジグ君は何て?」

 

「……これを貴女(あなた)に渡せば福音のスピードについていけるようになる、と」

 

「なるほど。その言い方だとキミたちはあの子に振り切られたわけだね。

 わかった、ついてきて。そっちの銀髪ちゃんと、ツインテと、すーちゃんも。あともう一人の金髪ちゃんも呼んでくれるかな?」

 

 束に従って旅館を出る。途中、一夏を連れ帰ってそのまま手当てに参加していたシャルロットも合流し、砂浜へ。そして束は全員を一列に並べて、ISを展開するように指示を出した。展開された五機のIS全てにコードを繋げて、その先の端末にあの記憶媒体を挿す。

 

「あの、何をするんですか? というか、その記憶媒体はいったい……」

 

「ああ、これ? これはね、アリーセの稼動データのバックアップのために載せてたものだよん」

 

 セシリアの問いに答えながらも手は止めない。五枚の空中投影型キーボードを叩き、膨大な量の空中投影ディスプレイに表示されるデータを全て一度にチェックしていく。

 

「キミは高速戦闘の訓練時間、どれくらいかな?」

 

「え? えーと……二十時間程でしょうか」

 

「なるほどなるほど。他の皆は? だいたい同じくらい?」

 

 スティナ以外の全員が肯いた。スティナは機体の汎用性が恐ろしく低いため、高速戦闘というか“高速で突撃しても相手を見失わない訓練”しかしていないのだ。そしてそれをさせたのは束なので、わざわざ答えずとも彼女はそれを理解している。

 

「福音のスピードについて行けなかったのはね。まあぶっちゃけると経験不足だね。キミたちのISは、あの子を捉えられるほど“速さ”に慣れてないのだよ。だから超高感度ハイパーセンサーからの情報の処理が追っつかないんだね。

 そこでジグ君はこれを寄越したわけさ」

 

「その稼動データを使って、これから何をすると?」

 

 ラウラが投げかけた疑問の答えは、およそ常識とはかけ離れていた。

 

 曰く。

 

「キミたちのISに、アリーセの経験を追体験させるのさ。そうすれば、アリーセと同じだけの時間――およそ八百時間分の高速戦闘訓練の経験値が得られるよ」

 

 スティナ以外の全員が、目を円くした。口もポカンと開いている。

 

「そんなことが可能なんですか?」

 

 ただ稼動データをインストールするだけでは意味が無い。本当に、疑似体験としてISコアがそれを経験しなければ。

 

「束さんに不可能はないのだー!」

 

 シャルロットにブイサインを向けてそう言うと同時。束の周囲に光の粒子が集まって形を成す。

 

 前腕部だけの、ISのアームアーマーに似たパーツが左右に二本ずつ浮いている。さらに腰のあたりには何かよくわからない箱型のパーツがある。束の移動型ラボ《吾輩は猫である(名前はまだ無い)》、その一部だ。

 

 彼女はその箱型のものに端末をはめ込み、そして――二十枚近い空中投影型キーボードが出現した。

 

「ホントは他人にこんなことしたくないんだけど、ジグ君の命もかかってるからね。

 それじゃ始めるよ。五分くらいで終わるからねー」

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 一夏は見知らぬ砂浜を歩いている。

 

 足の裏に直接感じる砂の感触と熱気、海が運ぶ潮の匂いと波の音。風は適度に涼しく、しかし太陽は容赦なく熱を降らせる。

 

 どうしてここに居るのかはわからない。福音に攻撃して迎撃されたところまでは覚えているが、その後気づいたらここを歩いていた。何故か制服を着ていて、ズボンの裾は折り返されて、手にはいつ脱いだのかわからない靴と靴下がある。

 

「――。――♪ ――――♪」

 

 ふと、歌声が聞こえた。とても綺麗な、歌声。ゆっくりで、アップテンポで、なめらかな歌だった。

 

 その歌に誘われるように彼は砂浜を歩いていく。さくさく。さくさく。さくさく――。

 

「ラ、ラー♪ ラララ♪」

 

 そこには少女が居た。

 

 波打ち際で僅かに爪先を濡らしながら、少女は歌う。謳うように踊り、踊るように謡う。その度に真っ白な髪が揺れた。真っ白なワンピースが風を孕んで舞った。

 

 一夏は声をかけることはせず、近くにあった流木に腰を下ろした。目の前の少女の邪魔をしてはいけない気がした。

 

 ざあざあと波の音が聞こえる。それをバックに少女は謳う。

 

 ――どのくらいそうしていたのか。ふと気がつくと少女の歌は終わっていた。踊りもやめて、少女はじっと空を見ている。

 

「どうかしたのか?」

 

 声をかけると、少女は一夏に目を向けた。

 

「妹がね。一人でかっこつけて頑張ってるみたいだから」

 

「え?」

 

 少女は再び空を見上げた。一夏も彼女の隣に立って、空を仰ぐ。

 

 ――遠くで何かが光った。

 

 目をこらす――あれは、銀色の鳥、だろうか。何かを追い回している。

 

(あか)い……ウサギ?」

 

 信じがたいが、間違いない。緋いウサギが空を跳ね回り、銀色の鳥から逃げ回っている。

 

「あなたはどうしてここに居るの?」

 

「え? うーん、そうだなあ……よくわかんないんだよな。気づいたらここに居たんだ」

 

 少女の問いに正直に答えた一夏だったが、少女は首を横に振る。

 

「あなたはこんなところに居るべきではないわ。来たのは仕方がないけれど――でも、あなたは望めばすぐにでも帰ることができる。ここに居るのは、なぜ?」

 

「なぜ、って言われてもな……」

 

 暫し考える。波の音だけが絶えず響く。

 

「……うん。君の歌が綺麗だったから、かな」

 

 一夏がそう言うと、少女は奇妙なものを見たかのように目を点にした。

 

「歌?」

 

「せめてこの歌は聴いてから――そう思った」

 

「……そう」

 

 人懐っこい笑み。口調とは少しギャップのある無邪気な笑顔でにこりと笑いかける。

 

「じゃあ、お(ひね)りでも要求しようかしら」

 

「なんだよ、金は持ってないぞ」

 

「いらないわそんなの。使い道が無いもの」

 

 そして少女は一夏の手を取り、

 

「妹たちを、お願いね。特に赤いの二匹は危なっかしいから」

 

 ――空が、海が、砂浜が。世界が、眩いほどに輝きを放ち始める。風景が徐々にぼやけていく。

 

 手に感じる少女の体温が消える、その直前。

 

「おう、任せとけ」

 

 一夏は頷いて、意識を手放した。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 もう何度目かもわからない爆音が絶えず空気を震わせる空を、ジギスヴァルトは飛んでいる。

 

 他のISと較べて脆いアリーセの装甲はところどころが欠落している。アリーセの搭乗者保護は全身を覆う装甲にその性能を依存するため、装甲が減れば減るほど普通のISのそれに近付いていく。それはつまり、ダメージを受ければ受けるほど機動力が落ちるということだ。

 

「ぐっ!」

 

 避けきれなかった光弾が爆ぜ、また装甲が剥がれ落ちる。もう万全のときと較べると三割は機動力が落ちている。

 

 それでも、まだ。まだ、彼女らは戻ってこない。まだ、落ちるわけには――。

 

「がはっ!?」

 

 装甲の落ちた腹に、福音の脚がめり込んだ。

 

 見えてはいた。福音が瞬時加速で寄ってくるのは。

 

 動けなかった。それを躱せるだけの機動力を、もうアリーセは発揮できなかった。

 

 痛みと衝撃で息が、動きが、止まる。そこに光弾が殺到し、大爆発――結果、装甲のほとんど全てを失い、意識も失いかけて、ジギスヴァルトは数百メートル下の海面へと落下していく。

 

(まだ……まだ墜ちるわけには……!)

 

 朦朧とした意識の中で福音に手を伸ばすが、銀色の翼はどんどん遠ざかっていく。

 

(――お兄ちゃん、まだ飛びたい?)

 

 幻聴だろうか。海面がやけにゆっくり近付いてくるなかで、そんな声が聞こえた気がした。

 

(お兄ちゃん、飛びたいの?)

 

 また、声。

 

(ああ、飛びたい)

 

 試しに返事をしてみると、不思議そうな声が返ってきた。

 

(どうして? お兄ちゃん、もうボロボロだよ。休んでもいいじゃない。何のためにまだ飛ぶの?)

 

(自分のためだ)

 

(自分?)

 

(今飛ばねば、大切な人を(うしな)う。それは嫌だ。とても怖い。

 だから私は飛びたい。いや――飛ばねばならない)

 

(へえー)

 

 声はどこか不思議そうに。それでいてどこか嬉しそうに、楽しそうに、笑う。

 

(じゃあ、飛ぼう。新しいお友達が手伝ってくれるって!)

 

 ジギスヴァルトの体が――否、シャルラッハロート・アリーセが光に包まれ、装甲が再生し、形を変えていく。

 

 光の向こうに何かが――誰かが見えた気がした。

 

 それは赤いドレスを着た幼い少女。少女の周りには二羽のウサギと、首に鏡を提げ(くちばし)に鋭い剣を咥えた1頭のグリフィン。そしてその輪に加わる、帽子を被った男とニタニタ笑う猫。

 

 そして彼はハッキリと意識を取り戻す。

 

(今のは……)

 

 幻覚の類いと断ずるのは簡単だが、そうではない気がした。

 

「やるぞ」

 

 そしてジギスヴァルトは、姿の変わった機体の右腕に新しい装備を展開し、花月荘に体を向け今にも加速せんとする福音を照準し――撃った。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

『――――』

 

 紅椿が何か言ったような気がして、箒は閉じていた目を開けた。彼女はずっと、部屋の隅に座り込んでいる。

 

『▼問/篠ノ之箒/貴女(キジョ)ガISニ乗ル理由ヲ聞キタク思イマス』

 

『理由、だと?』

 

 何故今そんなことを聞くのかわからない。それに答えれば紅椿(こいつ)の機能制限が解けるのだろうか。

 

『一夏の隣に立つためだ』

 

『▼問/其レハ誰ノ為カ』

 

『決まっている。一夏のためだ』

 

 彼を剣道の道に()()()()()ために。そのために、自分から全てを奪ったISを利用する。一夏をこんな疫病神に関わらせてはいけない。

 

『其ノ為ニ他ヲ排除スルト』

 

『そうだ』

 

『▼問/ナラバ織斑一夏ガ其レヲ拒絶シタ時、貴女ハ潔ク身ヲ引ケマスカ』

 

『な、に?』

 

 ――拒絶? 一夏が? 私の行為/厚意/好意を拒絶する?

 

『そんなことがあるものか! あいつが私を拒絶するなど、あるはずがない!』

 

()シモノ話デアリマス/返答ハ如何(イカ)ニ』

 

 もしも。もしも一夏が箒を拒絶したら。それは、その時は――。

 

『受け入れさせる。あいつのためにやっているのに拒絶しようだなんて――そんなのは許すものか』

 

『▼告/ヤハリ今ノ貴女ニ当機ヲ(ギョ)スルハ不可能デアリマス』

 

『だから何故だ! 何故今の問答でその結論になる!』

 

 表面上は相変わらず顔を伏せて黙ったまま、内心では激情に駆られて箒は叫ぶ。その姿は紅椿にどう映っただろう。

 

『其レハ己ノ力ニテ辿リ着クベキ答エデアリマス/(シカ)シヒトツダケ助言ヲ致シマショウ』

 

 続く紅椿の言葉は余計に箒を混乱させた。

 

『貴女ハ何ノ為ニ戦ウノデスカ』

 

 この時。紅椿は意味も無く一連の問いを投げかけたわけではなかった。箒が篠ノ之束の設定した“答え”を出すことができれば、すぐにでも機能制限を取り払い、旅館の壁をぶち破ってでも出撃させる気でいた。

 

 ――それほどまでに、この時の紅椿は焦っていたのである。

 




 一夏死んでなかった! よかったね鈴ちゃん!

 そして臨海学校中にもう箒の出番が無い可能性が……。だって仕方ないじゃないですか、戦闘に参加できないんですよ!
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