IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

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閑話:Die Melancholie der Alice

 

 初めて目覚めたとき、目の前に居たのはディアンドルを着た胸の大きな女の人と、左腕の無い銀髪の男の子。

 

「かんせーい! どうかなジグ君、これが君にテストしてもらう機体だよ!」

 

「いや、どうと言われてもな……まずは左腕をなんとかしてくれないと乗れさえしない」

 

「あ、そっかそういえば左腕はリサイズ中だったね。成長期ってめんどくさいなあ」

 

「面倒でもなんでも、ちゃんとやってくれ。でないと痛くて仕方ないんだ」

 

「痛みに悶えるジグ君……ハアハア」

 

「うわ姉さんそれは引くわー、マジ引くわー」

 

 …………なんだこいつら。

 

 

 

 

 

「お疲れー」

 

「データは取れたのか?」

 

「ばっちし!」

 

 あれから一年。私は毎日のように彼――お兄ちゃんを抱いて飛んでいる。私の性能を出し切ると体に相当な負荷がかかるはずなのに、文句ひとつ言わないどころか表情さえ歪めない。テストが終わると私のことを気遣ってくれて、整備だって自分でしてくれる。

 

 それに私は応えられない。だって、私は声を出すことも、文字を書くこともできないのだ。システムメッセージ以外を表示することもできない。機体を私の意思で動かすことだってできない。だから、彼が声をかけてくれても、そこには物言わぬ(あか)い鉄塊があるだけ。にも関わらず彼は頻繁に私に話しかけてくれる。

 

 私は幸せ者なのだと思う。私は自発的に動けないけれど、でも彼のことは私が守ろうって、そう思う。

 

 

 

 

 

「姉さん。話がある」

 

 お兄ちゃんが、お母さん――束さんから離れると決めた日、私はいつも通り彼の首にぶら下がっていた。もしホントに彼がここを離れるなら、私はきっと回収されて、初期化されて、新しい()()()に生まれ変わる。その時、()()私の記憶は無い。

 

 それは、何というか――嫌だ。

 

 でも私にはどうすることもできない。二人が話をつけるのを黙って見ているしかなくて――けれど話が一段落したとき、束さんがすごく優しい顔でこっちを見た。

 

「その子も連れてっていいよ。もうデータはだいたい取り終わったから」

 

 それを聞いた瞬間、私は今までに感じたことの無いほど強い喜びに打ち震えた。それは比喩ではなくて、待機状態の私はホントに一瞬だけカタリと動いたのだ。

 

「む? 今、少し動いたか?」

 

「きっと嬉しいんだよ、ジグ君と一緒に居られて」

 

 ありがとうお母さん。お兄ちゃんは、私が絶対守るから。

 

 

 

 

 

 束さんの(もと)を離れてから二年程が経ったある日、束さんから連絡があった。またデータ採取の依頼かと思ったけどそれは違って、お兄ちゃんは日本にあるIS学園に行くことになった。

 

 学園に行ってからはいろんなことが立て続けにあった。束さんの妹を庇ってお兄ちゃんが大怪我したり、いつの間にか束さんが拾っていた女の子が編入してきたり、ちょっと前にドイツで会った女の子がちょっと面倒くさい子になってたり。

 

 でも、今ほど自分の無力を痛感したことは無い。

 

 敵は暴走した軍用IS。コアの製造順で言うと私の姉に当たる機体。その攻撃は私が苦手とする“面”で制圧するタイプのもので、避けきれなかった攻撃が徐々にダメージを募らせていった。装甲がどんどん剥がれ落ちていって、お兄ちゃんを保護する機能がどんどん低下していって。そしてついに、敵の攻撃を避けられなかった私はお兄ちゃんと一緒に海に墜ちていった。

 

(まだ……まだ墜ちるわけには……!)

 

 お兄ちゃんの声が聞こえた。理屈は私にもよくわからないけど、定まりきらない意識が一時的にコア(わたし)と繋がっているらしい。

 

 今なら。今なら、私の声が聞こえるかも知れない。

 

(――お兄ちゃん、まだ飛びたい?)

 

 返事は無い。

 

(お兄ちゃん、飛びたいの?)

 

(ああ、飛びたい)

 

 返事があった――届いた!

 

 嬉しくて、こんな状況にも関わらずはしゃいでしまいそうだったけど、グッと堪える。

 

 このまま墜ちてしまっても、お兄ちゃんの生命を維持したまま岸まで辿り着くだけのエネルギーは残ってる。だから、彼がもう休みたいって言うなら、私はそっちに全力を注ぐ気でいた。でも彼は飛びたいって言うから。彼自身のために飛ぶんだって、言うから。なら、飛ばなきゃ。

 

 けどさっきまでの私と同じじゃあダメだ。それだとまた墜とされちゃう。

 

 私の装甲は軽さを追求しすぎてすごく脆いから、避けなきゃいけない。敵の攻撃を全部。そのためには――ダメだ、それじゃお兄ちゃんが壊れちゃう。

 

 でも、そうするしか無い。目の前の敵を倒すには、防御力(けってん)を補うよりも速度(いいところ)を伸ばさないと。だから、例えお兄ちゃんに嫌われても、こうしなきゃ。せめて不安にさせないように、笑って笑って。

 

(じゃあ、飛ぼう。新しいお友達が手伝ってくれるって!)

 

 ただお兄ちゃんのために、チェシャ猫と帽子屋さんを、私の中に生み出すのだ。

 

 

 

 

 

 結局お兄ちゃんは、体を壊してしまう私を受け入れてくれた。

 

 私の声が彼に届いたのはあの時だけで、私は紅椿(いもうと)と違って相変わらず声なんて出せないし機体も動かせない。

 

 けど、ちょっとだけ変わったこともあった。それは――。

 

「落ち着け。試験の規約なのだから仕方なかろう」

 

 待機状態の私は、ちょっとだけ動けるようになったのだ。といっても、ガタガタ震えるくらいしかできないのだけど。それでも、感情の一端くらいは伝えられる。

 

 今、お兄ちゃんは期末試験を受けている。実技試験の中には受験者の条件を同じにするために訓練機を使わなきゃいけないものがいくつかあって、彼は今まさにラファール・リヴァイブに乗ろうとしているのだ。

 

 彼が他の機体(おんな)に乗るのは、試験だから仕方ないのがわかっていても、不愉快だ。醜い嫉妬と笑わば笑え。入学試験のときと違って今は動けるんだから、目いっぱいガタガタしてここぞとばかりに不満をアピールしてやる!

 

「後で整備してやるから、大人しくしていろ」

 

 む。そう言われたら黙るしかない。お兄ちゃんに整備してもらうのは気持ちいいから。声が出せていたならきっとアレのときの本音お姉ちゃんみたいに――や、なんでもない。

 

 あーあ、いいなあ、紅椿は皆とお話できて。私もお兄ちゃんとお話したーい。浮気を小一時間問い詰めたーい。

 

 

 

 




 というわけで、今回はコア視点の話でした。
 浮気ってのはラファールであって、本音ではないです。
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