IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

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第三三話:我が眠りを妨げるは誰ぞ

 

 八月八日、朝八時。ジギスヴァルトは扉をノックする音で目が覚めた。

 

 彼は決して早起きな方ではなく、その日の予定をこなせるギリギリまで寝ているタイプなのは以前にも述べた。では、全く予定が無く、趣味の彫刻さえやる気にならない日はどうなるか。答えは単純、起きないのである。

 

 彼は授業やら訓練やら何かしらある日はきっちり起きられるし、起きている間はわりとビシッとしている。が、その実完全にスイッチの切れている日は一日のほとんど全てを睡眠にあてる。そんな彼を昼になるより前には起こして何らかの行動を取らせていたのが本音――彼女もネットサーフィン等で夜更かしした結果起床が遅れることは多いが、さすがに一日中寝たりはしない――なのだが、彼女が実家に戻っている今、彼の眠りを妨げる者は居ない。居ない、はずだった。

 

「ぬぅ……本音、もう少しだけ寝かせてくれ……」

 

 目が覚めたからといって意識がはっきりしているとは限らない。寝ぼけた彼は今ここには居ない彼女の名前を呼びつつ布団を頭から被った。ノックの音が布団に遮られて軽減される。僅かばかりの安寧を得て、彼は再び眠りに――。

 

『ブレヒト君? 起きないと本音に言いつけますよ?』

 

「!?」

 

 ――落ちられなかった。むしろ跳び起きた。何故なら、扉越しに聞こえた声は、本音と同じく今ここには居ないはずの者のそれだったからだ。

 

 急いで扉に駆け寄って開くと、そこには布仏虚が居た。

 

「う、虚さん……」

 

「おはようございます、ブレヒト君。……本音の言う通り、普段からは想像もつかないだらしのなさですね」

 

 上から下まで視線をめぐらせて呆れかえる虚。ジギスヴァルトの髪はボサボサで寝癖だらけ。着衣も上は着崩れたタンクトップで下は膝丈のジャージ。左腕は外しているし、表情は眠気のせいかいまいち覇気がない。はっきり言って残念すぎる。

 

「何故あなたがここに居る? 本音と実家に帰ったのではないのか?」

 

「生徒会の用事がありまして。ついでに、どうせ寝てばかりいるだろうから様子を見てきてほしいと本音に頼まれました。その様子だとあの子の言った通りみたいですね」

 

「ぐっ……いや、たまに彫刻したりしていたぞ」

 

「それ以外は?」

 

「……まあ、寝ていたが」

 

「ほらやっぱり」

 

 呆れ顔の虚に返す言葉も無い。

 

「とにかく、寝てばかりというのは感心しません。身体に悪いですし、何よりいろいろと(なま)りますよ」

 

「それは確かに、そうだ」

 

 訓練を一日怠れば取り戻すのに三日かかるとさえ言われる。ましてや睡眠ばかりでは、筋力は衰え脂肪は増え脳細胞は死にと、良いことなど一つも無い。

 

「私はもう生徒会室に行かないといけないのでこれで失礼しますけど、ちゃんと起きてくださいよ?」

 

「わかった。わざわざすまない」

 

 それでは、と手を振って去っていった虚を見送ってジギスヴァルトは部屋に戻る。翌日以降、虚の報告を受けた本音が毎朝電話で起こすようになるのだが――それはまた別の話。

 

 とりあえず着替えようかと、左腕をガシャンとはめたところで腹が鳴った。よく考えたら最後に食事を摂ったのは昨日の昼前だ。そりゃ腹も減ろうというもの。

 

 白地に「Das Fenster! Das Fenster!」とプリントされたTシャツと黒いジーパン、というラフな――手抜きとも言うが――格好になって、洗面所でボサボサの髪と格闘してから、彼は部屋を出た。

 

「あら、ジグ君」

 

 扉を開けると、目の前にスティナのルームメイト、伊呂波が居た。何故ここに。

 

「先程布仏先輩とすれ違いまして。貴方が二度寝していないかどうか見てきてほしい、と頼まれました。その様子だと大丈夫そうですね」

 

 いっそ清々しいほどに信用されていなかった。

 

「……まあ、いい。ところで、今日は一人か。スティナはどうした?」

 

「あの子は今日予定があるので、その準備をしていますよ」

 

 聞けばスティナはこれから、今月オープンしたばかりのウォーターワールドへ行くのだという。

 

「一人でか?」

 

「いえ、噂の殿方と」

 

 噂の殿方――それが五反田弾であることを彼は知っている。

 

(……まあ、あいつならいいか)

 

 とにかく、空腹を満たしたい。彼は伊呂波に別れを告げると食堂へ急いだ。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 午前十時。モノレールの駅で、ジギスヴァルトはシャルロットとラウラに出会(でくわ)した。せっかく起きたし街にでも行ってみるか、と思い立った結果だ。

 

 二人ともレゾナンスまで行くらしい。特に予定の無い彼もとりあえずそこまで行くつもりだったし、たまたまとは言えせっかく会ったのだからわざわざ別々にモノレールに乗るのもおかしな話だということで、とりあえずレゾナンスまでは一緒に行く運びとなった。

 

「ところで兄様」

 

「ん? なんだ?」

 

「そのシャツ、なかなかに意味がわかりませんね」

 

 そう(のたま)うラウラ自身は私服を所持していないので制服姿なのだが。

 

「ああ、これか」

 

 彼の服装は起きてすぐ着たアレだ。

 

「何て書いてあるの?」

 

「ドイツ語で『窓に! 窓に!』と書いてある」

 

「……うわあ」

 

 ラウラの返答を受けて微妙な顔になるシャルロット。プリント自体はぱっと見がものすごくダサいということはないが、意味を知ると途端にダサい。あと、そんなことはないはずなのに何故か冒涜的な気がする。

 

「……ジグの服も見に行く?」

 

「……いや、いい」

 

 ジギスヴァルト自身はとても気に入っているTシャツなので内心「解せぬ」という感じなのだが、それはともかく。

 

 本土とIS学園を結ぶモノレールも、駅が二つしか無いわけではない。レゾナンスが併設された駅に着くまでにいくつかの駅が有り、当然その間には一般客も多く乗り合わせる。

 

「ね、ね、あそこ見て」

 

「うわ、すっごいきれー」

 

「隣の子も無茶苦茶かわいいわよね。モデルかしら?」

 

「じゃなくて、いやそっちもだけど、その横の男の人」

 

「…………」

 

 車内はわりと空いていて、しかもものすごく広いわけでもない。近くに居る女子高生グループが声を抑えもせず話している内容など丸聞こえで、しかもチラチラとこちらを見ながら話していることからそれが自分たちに関することであるのもわかった。

 

 が、男――つまりジギスヴァルトの話になった途端に黙り込んだものだから、彼はまさか本当にこのTシャツはダサいのかと少々焦っている。実際は、彼女らは彼の容姿に見入っているのだが。

 

「…………銀髪だね」

 

「隣の銀髪の子のお兄さんか何かなのかな?」

 

「ていうか、その銀髪の子が着てるアレって、制服? なんか見たことない型だけど」

 

「馬っ鹿、アレIS学園の制服よ。カスタム自由の」

 

「え!? IS学園って、たしか倍率が一万超えてるんでしょ!?」

 

「そ。入れるのは国家を代表するエリートだけ」

 

「うわー、それであの綺麗さ、しかもカッコイイお兄ちゃんまで……なんかズルイ」

 

「ま、神様は不公平なのよ。いつでも」

 

 相変わらず声を抑える気など無い彼女らの会話を聞き流しながら待つこと数分。

 

「着いたな」

 

「ほらラウラ、行くよ。考え事は一旦中断」

 

「わかった」

 

 窓から外を見つつ真剣な表情で何事か考えていたラウラを急かしてモノレールを降り、そのままレゾナンスに入っていく。

 

 シャルロットはバッグからなにやら雑誌を取り出し、それを案内図と交互に見ては何かを確認していた。ラウラはその横に立って、よくわかっていなさそうな顔で案内図を見ている。そんな彼女らと別れ、ジギスヴァルトはあてもなく歩きだした。

 

「そこのあなた、ちょっといい?」

 

 しかし特に今欲しい物があるわけでもない。しかも完全に男性向けの売り場は全体の三割あるかどうかであるから、一時間程で回り終えてしまった。これはさっさと外に出て街をぶらつくなり公園を散歩するなりした方が有意義なのではないだろうか。

 

「ちょっと、聞いてんの?」

 

 公園といえば、以前彼が木材とチェーンソーを買いに本音と街に出たときに公園で見つけたクレープ屋にはちょっとした噂があるらしい。なんでも、そのクレープ屋でミックスベリーを食べると幸せになれるが、それはいつも売り切れだとかなんとか。その時は知らなかったので彼は海老カツ、本音はチョコバナナを買って食べたのだが、あの店にミックスベリーなどあっただろうか?

 

「聞けぇ!」

 

「――あ? ああ、もしかして私か?」

 

 背中を殴られ、ジギスヴァルトは振り返る。先程から聞こえていた女性の声は、どうやら彼に向けられたものだったらしい。

 

「そうよ! あなたなかなかカッコイイから、私の荷物を運ばせてあげるわ!」

 

 そう言う女性は、化粧が濃いめで気の強そうな顔をしている。身長は日本人女性の平均程度といったところだろうが、ヒールのある靴を履いているためもう少し高い。まあ、それでも百八十を超えるジギスヴァルトから見ればだいぶ低いのだが、とまれ、この女性は彼を荷物持ちにしたいらしい。見れば彼女の手にはいくつもの紙袋がある。

 

「……失礼だが、私はどこかで貴女(あなた)と会ったことがあっただろうか?」

 

「はあ? 無いけど?」

 

「ならば断る。初対面の女の荷物を何故私が運ばねばならんのだ」

 

 彼の返答に、女性はただでさえツリ気味の目尻をさらに吊り上げる。

 

「断る? 男の分際で? アンタ、自分の立場わかってんの? 私が悲鳴をあげるだけで、アンタは犯罪者なんだから」

 

「そちらこそ、自分の立場をよく弁えた方が良いな。そういう態度は自分の首を絞めるだけだ」

 

 言いながら、彼は思考を回転させる。女性が言う通り、彼女が悲鳴をあげれば少なくとも一旦警備員なり警察なりにしょっ引かれるだろう。監視カメラがこちらを(うつ)しているのは確認済みなので彼が何もしていないことは証明できると思うが、その過程でおそらく、自分が世界的に報道までされた男性IS操縦者であることは確実にバレる。そしてそれは、“とある団体”を呼び寄せてしまう可能性がある。もしアレが出張ってくれば、最悪ここで人生が終わる。

 

 ああ、なんて、面倒くさい――。

 

「あー! こんなとこに居ました! もう、向こうで待っててって言ったじゃないですか!」

 

 突如聞こえた、聞き覚えのある声。左に顔を向ければ、今朝も遭遇した和服姿の少女――スティナのルームメイト、伊呂波――が小走りで近づいてくるところだった。

 

「さあ、次は公園に行きましょう。今日こそミックスベリーを食べますよ!」

 

「は?」

 

 ジギスヴァルトの手を取り走り出す伊呂波。どうやったら和服でそんなに素早く動けるのかと問いたくなるようなスピードでさっさと進む彼女に引っ張られ、彼は女性からどんどん遠ざかっていく。

 

 レゾナンスを出て、公園方面へ。しばらく進んでから後ろを向き、女性がついてきていないことを確認してから、ほっと息を吐いて手を放した。

 

「災難でしたね。大丈夫でしたか?」

 

「ああ、助かった。ありがとう。しかし、何故あそこに?」

 

「ジグ君と同じですよ。あまりに暇でしたので」

 

 聞けば二組の生徒は彼女と鈴音とティナを除いて皆里帰り中らしい。鈴音は九時頃にどこかに出かけてしまい、ティナはゲームに夢中だとか。スティナは弾とプールに行ってしまったし、二組と合同授業の多い一組にも親しい者は居るが偶然にも皆今日は何かしら予定が入っている。他の組にもそれなりに仲の良い者は居るが休日にわざわざ遊びに出かける程の仲ではない。結果的に今日はたまたまひとりぼっちというわけだ。

 

「なので散歩でもと思いましてあそこに。だいたい一周したので次は城址公園に行こうかな、とレゾナンスを出ようとしたところであの現場に遭遇したわけです。

 ところでジグ君、特に予定が無いなら一緒にお散歩しませんか?」

 

「良いのか?」

 

「もちろんです。一人で歩くのもそれはそれで楽しいですけど、やはり誰かと一緒の方が。それに二枚目の殿方と散歩出来るなんて心が躍ります。あ、でも本音ちゃんには内緒ですよ?」

 

 怒られちゃいますからね、と笑う伊呂波と共に公園へ向かう。ジギスヴァルトは街を歩いてみたことが一度しか無いので、あれは何だそれは何だと伊呂波に質問しながら。銀髪の外国人と黒髪の和服少女が並んで歩く姿はそれなり以上に人目をひいたが、彼らはそんなことは気にもとめなかった。

 

 そうして歩くことしばらく。公園に着いた二人はとりあえず城跡の方へ歩いていく。

 

「……伊呂波、気付いているか?」

 

「ええまあ。だんだん人が減っていますね」

 

 公園の奥へ行けば行くほど、人がまばらになっていく。ついでに、男女比も女性が多くなっていく。さすがにこれは、何かある。

 

「……ジグ君、何か心当たりは?」

 

「……ありすぎる。お前は?」

 

「まあ、無くはないですけど……今回はジグ君でしょう? 周りは女性ばかりになってきましたし」

 

「……だよなあ」

 

 と、その時。一人の女性が立ち塞がった。

 

「ジギスヴァルト・ブレヒトね?」

 

「人違いだ」

 

「えっ? あ、ご、ごめんなさい!」

 

 間髪(かんはつ)を入れない、自身に満ちたジギスヴァルトの返答を受けて、女性は反射的に頭を下げた。その横を悠々と通り抜けようとして――。

 

「って、んなわけあるかぁ!」

 

 交差する瞬間、女性が足元に蹴りを繰り出した。軽くジャンプしてそれを躱し、伊呂波を抱えて数歩跳躍して距離を取ってから、ジギスヴァルトは女性と正対する。

 

「……何をする」

 

「うっさい! あんたは邪魔なのよ!」

 

 明らかに彼女は敵意を――というよりは、害意か殺意とでも言うべき感情をこちらに向けている。

 

「……どうしてこうなった?」

 

「さあ……どうしてでしょう」

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 ――女性権利団体、と呼ばれる団体がある。

 

 かつてあったもので言うならば、例えば平塚らいてうによる青鞜社や新婦人協会。例えば社会主義の女性たちによる赤瀾会。例えばエメリン・パンクハーストによる婦人社会政治連合。

 

 とにかく、誤解を恐れず大雑把に言うならば、“女性の権利拡大”を主張する団体の総称である。

 

 そしてそれらは現代にも――否、ISという、女性にしか扱えない最強の兵器が登場した現代()()()()()と言うべきか――多数存在する。その中には男女が平等な世界を目指すものもあれば、女性も男性も各々違った権利を持つことで相対的な平等を目指すものもあり、実にバラエティ豊かだ。そしてあらゆる手段を以て男性を社会的弱者にせんとする過激派も当然存在し――悲しいかな、現代ではそれが全体の少なくとも半数を占めている。そして、それらは現に非常に強い権力を持ってしまっているのである。

 

 過激派の団体にとって、ISはまさに天恵だった。たった一機で戦場を支配できる圧倒的な兵器、それを扱えるのは女性だけ。それは彼女らが世を女尊男卑に造り替えていくのを大いに後押しすることとなった。ISの登場から十年。彼女らは国家機関にも圧力をかけられるほどの組織連合へと成長していったのである。

 

 しかし。形になっていく彼女らにとっての理想郷に、ガンが発生した。ISを動かせる男性の発見だ。

 

 もし、彼らについての研究が進み、男もISに乗れるようになってしまったら。女尊男卑の世は崩れ去る。良くて男女平等。悪くすれば、この十年虐げられてきた男たちが復讐を始め、女性を迫害する可能性だってある。

 

 それを阻止するにはどうすれば良いか? 実に簡単な問いだ、子供にだってわかる。

 

 ――殺してしまえばいい。他の男がISを動かせるようになる前に。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「一応聞いておくが、私が今まで打ち倒してきた者の仇討ち、とかか?」

 

「違うわ。アンタが居ると困る人が居るのよ」

 

「ふむ。その連中には私も心当たりがあるが、さすがに私兵は擁していないはずだ。貴様、亡国機業(ファントム・タスク)か?」

 

「そう聞かれて、はいそうです、なんて答えると思って?」

 

「いや、全く思わん」

 

 女性と会話しながら、彼はシャルラッハロート・アリーセのハイパーセンサーを起動した。――少し離れたところに、大型のカメラを構えた女性が居る。その近くには照明や集音マイク等、テレビや映画の撮影で使うような機材を動かす女性が数人。これから繰り広げられる一切は撮影なのだ、と周囲に認識させるためだろう。白昼堂々襲撃してきたからにはそのあたりも一応考えているらしい。その他、こちらを覗っている何人かの女性はおそらく目の前の女性の仲間だろう。

 

「伊呂波、とりあえずここを離れろ」

 

「……良いのですか?」

 

「相手の狙いは私だけだ。お前を人質に、などと考えているかも知れんからすんなり逃げられるかはわからんが……どうだ、いけるか?」

 

「もちろん。五所川原を舐めないでください」

 

「なら、行け。別に助けは要らんぞ」

 

「了解しました。ありがとうございます」

 

 自分たちが歩いてきた方に駆け出す伊呂波を、敵は黙って見送った。あまりにすんなり通したものだから、ジギスヴァルトとしては少々拍子抜けだ。

 

「まさかそのまま逃がすとはな」

 

「本当なら捕まえて人質にでもしたいけど、雇い主の都合でね。女性には一切危害を加えられないのよ」

 

 言いながら彼女は懐からナイフを取りだした。

 

「なんだ、銃じゃないのか?」

 

「日本で銃なんて持ち歩けないわよ。残念だけどね」

 

「なるほど。ナイフもだいぶアウトな気はするが、それもそうだ。だが、私と貴様の間には今、随分と距離がある」

 

 彼我の距離はおよそ十五メートル。

 

「それだけあれば、貴様が私に辿り着く前にその綺麗な顔を吹っ飛ばしてやれるぞ」

 

 女性に向けて左腕を掲げる。その手の中には、いつの間に現れたのか――全長五十五センチ、重量は六キロにもなる巨大な、リボルバー。六十口径の銃口が女性の頭を捉えている。

 

 ――パイファー・ツェリスカ。“最強の拳銃”と呼ばれる、設計思想からして頭のおかしい代物。

 

「なっ……!? いつの間に、というかどこからそんな大きな銃を……!」

 

「忘れたか? 私はIS操縦者だ」

 

 真っ赤に塗装された巨大な銃を前にして、女性は怯む。だが、それも一瞬だ。

 

「ハッタリかましてんじゃないわよ。撃てるわけがないわ。ここは日本だもの」

 

「まあ、たしかに撃ったら面倒だな。逮捕されれば私をモルモットにする理由を与えることになるから、少なくとももう日本には居られまい」

 

 ――だが。

 

「だがそれだけだ。ここで死ぬよりはずっといい」

 

 ……睨み合い。両者ともしばらく動かないでいたが――不意に女性がナイフを仕舞った。

 

「……帰るわ」

 

「なんだ、私をぶちのめさなくて良いのか?」

 

「この距離なら銃の方が速い。それに、そんなデカい銃をこれだけ長時間、全くブレずに私に向け続けられる男を相手にして勝てる気がしなくなった――ということにしておくわ」

 

「本音は?」

 

「こんなクソみたいな仕事で死ぬなんてアホ臭い。私たち、別に女尊男卑社会に興味ないの」

 

「なるほど」

 

 周囲の女性たちが離れていく。どうやら本当に帰る気らしい。

 

「じゃあね。できればもう二度と会いたくないわ」

 

「私は傭兵を辞める気でいる身だ、貴様がまたこういう仕事を受けない限り会わんよ」

 

「だといいんだけど」

 

 背を向け、走り去っていく。彼は撃たない、と確信しているらしい。事実、面倒なことになるから撃たないのだが、もう少し警戒しても良いのではないだろうか。

 

「それにしても、女尊男卑社会に興味が無い、か」

 

 あれでは依頼主が誰だか言っているようなものだな、と考えながら、銃を量子化して収納する。

 

 あれだけ巨大な銃を持ち運べるのも、弾切れを気にせず撃てるのも、ISのおかげだ。かつて戦場でもその恩恵に幾度となく助けられた。というか、それが無ければ死んでいたかも知れない場面がいくつもある。

 

 日本に来る際、この愛銃をどうするか少し迷ったが――愛着のある銃だし、高い金を払って買ったことだしで手放せなかった。オーダーメイドでしか買えないせいでとにかくバカ高いのだ。たしか、一万三千八百四十ユーロだったか。そんなものを簡単に手放す気になるわけがない。

 

 ……まあ、まさか日本で、撃たないにせよ取り出すことがあるとは予想だにしていなかったが。

 

 まあ、とにかく。一応伊呂波に無事を連絡しておかなければ。そう思って携帯端末を取りだしたときだ。

 

「あー! 居た! 見つけた!」

 

「――む?」

 

 叫び声がした方を見ると――レゾナンスで荷物係を要求してきた女性が居た。その周囲には数人の男が控えている。皆わりかしガタイが良い。

 

「げっ……」

 

「あの女が居ないようだけど、この際あんただけでもいいわ! さああんたたち、この優男をやっちまいなさい!」

 

『応!』

 

 ズザザザザッ! と、男たちがジギスヴァルトを取り囲む。

 

「……どうしてこうなった」

 

 彼の呟きは誰に聞かれることもなかった。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

『でー、どーなったのー?』

 

「ああ、かくかくしかじかいあいあくとぅるふ」

 

『田んぼじゃ取れないサザエのつぼ焼き、と……。ふーん、災難だったねー』

 

 夜、ジギスヴァルトは自室で本音と電話していた。

 

 あの後、襲いかかってくる男たちの攻撃を全て躱しながら隙を窺い、包囲網をすり抜けて全力ダッシュで逃げ出した。追ってくる男たちを引き連れたまま駅前の交番に駆け込み、速効魔法「おまわりさんこのひとたちです!」を発動。さすがに逃げだそうとした男たちを今度は警官が追いかけ、なんとか二人が確保された。

 

 ジギスヴァルトと男たちへの事情聴取の結果から推測される経緯は、こうだ。

 

 あの女性は言動からわかる通りの女尊男卑主義者。一人で買い物に来たが荷物が増えすぎ、そこら辺の男に運ばせようとあたりを見回してジギスヴァルトを発見。「美形の男をアゴで使う」という状況をある種のステータスと考えた――かどうかは知らないがとにかく女性は彼をロックオンし、声をかけたがすげなく断られ、憤慨したところに伊呂波が登場。獲物を横から掻っ攫われたと感じた女性は“知り合い”の男性数人に連絡。一人に荷物を持たせ、残りを彼にけしかけた。

 

 本当は伊呂波も狙っていた――というか彼女がメインの標的だったらしいが、見当たらなかったのでジギスヴァルトを襲撃したらしい。

 

 駅へ走って行ったはずの伊呂波と男たちが遭遇しなかったのが少々不思議だが、おそらく考えてはいけない。

 

「全く、こういうのは勘弁してほしいものだな」

 

『でもぉー、ちょっと嬉しかったりしたんじゃなーいのー? 女の人に声かけられてー』

 

「なんだ本音、妬いているのか?」

 

『そーだよーだ、妬いてますよーだ。ジグかっこいーから、私ちょっと不安ー』

 

「心配しなくとも、私は君以外に興味は無いよ」

 

『ほんとにぃー? いろりんに助けられてコロッといったりしてないー?』

 

「してない」

 

 いろりん、というのはおそらく伊呂波のことだろう。彼女は相変わらず他人にあだ名をつけたがる。

 

 それから、彼女の実家に行く日の事等を話し合って、通話を切った。

 

(それにしても、いきなり白昼堂々の襲撃とは敵さんも大胆なことだ)

 

 普通最初はもっとこう、こっそり殺そうとするのではないだろうか。初回の襲撃からこれでは――。

 

(――いや、本当に初回か?)

 

 自らの思考に違和感を覚えて、彼は記憶を掘り起こす。

 

 五月の、クラス対抗戦。襲撃してきた無人機は所属も製造元も不明でコアも未登録、というのはジギスヴァルトの知らないはずの情報だが、彼はそれを把握している。だってあれは、()()()()()()()()。造って、失敗作として破棄したはずのものだからだ。それを何らかの手段で回収して利用した何者かが、居る。

 

 六月。学年別トーナメントで起動したVTシステム。ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたそれは、ドイツの言い分を信じるならば、搭載された事実は無い。それを何らかの手段でレーゲンのシステムに潜り込ませた何者かが、居る。

 

 そして先月の、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走。束が言うには、コアは催眠術にかかったような状態だった。つまり、コアにクラッキングを仕掛けて、時限式で暴走させて花月荘にけしかけた何者かが、居る。

 

 それら全てが、同一の集団の手によるものだとしたら、どうだろうか。今日の襲撃が初回ではなく四回目で、だから向こうも焦っていたのだとしたら――。

 

(穴だらけな推理だが、絶対にあり得ないような話でもない、か)

 

 だとしたら、今後はさらに(なり)振り構わない可能性がある。

 

「勘弁してくれ……」

 

 なんとなく、自分の未来は真っ暗な気がした。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「警告というか、ヒントのつもりだったんだけど、気付いてくれたかなー」

 

 深夜、月明かりの下、昼間ジギスヴァルトを襲撃した女性がぽつりと呟く。彼女は昼間と違って真っ白な和服に身を包んでいる。

 

「まさか本当にやるとは思いませんでした。下手したら死んでますよ?」

 

 女性の背後から声がかかる。彼女が振り向くと、赤い和服に身を包み恵比寿のようなお面をつけた黒髪の女性が立っていた。

 

「私は彼らには生きて欲しいからね」

 

「それは私も同感なんですけどね。まあそれはそれとして、上から連絡です。サボってないで仕事しろ、ですって」

 

「それわざわざアンタ来させる? メールか電話でよくない?」

 

「あと、新しい仕事です」

 

「そっちがメインか! ていうか、これ以上仕事増えたら捌ききれないんだけど!?」

 

「サボるからです」

 

「救いは無いんですか!」

 

「仕事するべし、慈悲は無い」

 

「ちっくしょう! 世の中クソだな!」

 

 悪態をつきながらも赤い和服の女性から書類を受け取り、パラパラと目を通していく。

 

「……わかった、やりますよやればいいんでしょ。確かにこれは私たちの仕事だわ」

 

「わかってもらえて嬉しいですよ」

 

 白い和服の女性は書類を袖に突っ込んで、懐から赤い何かを取り出して顔につけた。

 

「じゃあ早速今から行ってくるよ、事代主(ことしろぬし)

 

「はい。お願いしますね、猿田彦(さるたひこ)

 

 白い和服の女性が顔に装着した“それ”は――天狗のお面だった。

 




 今回の話のキモはたった二つです。それ以外の部分が難産で、しかも無残な出来に。ぐぬぬ。
 大事なのは以下の二つです。

1.アリーセの拡張領域にはジグの愛銃が格納してあるんだぜっていう設定をいい加減出しておきたかった。
2.男性操縦者死すべし、慈悲は無い。

 せっかく義手なんだから普通生身じゃ撃てないような銃を持たせたい撃たせたい。
 あと、以前にも述べましたが、本作では亡国機業の設定を大幅に――というか、名前が同じだけの全く別な組織とさえ言えるほど変えています。ジグが突然「亡国機業か?」と聞いたのもそれが理由ですね。もしかしたら勘の良い方はどういう改変をしたのか気付いているかも知れませんが。

 そして最近出番の多い五所川原さん。最初は本当に使い捨てのモブのつもりだったんですが、書いてるうちに愛着がわいてきたのでわりと重要なモブにクラスチェンジしました。今回の話の彼女“は”目的があって行動しています。

 最後に、「田んぼじゃ取れないサザエのつぼ焼き」の元ネタがわかった方は私と握手しましょう。
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