IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

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第三六話:スーパー正義の味方タイム

 

 ドアがノックされたので、開けた。そこには“きんのけもの”が居て、私に死を告げた。

 

「二〇XX年八月二十七日。私は死んだ」

 

「お待ちになりやがれですわファッキンジャーマニー」

 

 と、言われても。職業柄生肉や野草等いろいろと食べられるよう訓練してはいる私とて、当然ながら耐えられない劇物というものは存在するのだ。

 例えばそう、今目の前に差し出されているサンドイッチとか。あろうことか寮の部屋の玄関先でいきなり食べろと差し出しやがったのだ、こいつは。

 

「考え直せセシリア。だいたいお前、味見はしたのか?」

 

「してませんわ」

 

「ファッキューせっしー。なぜ自分で食べぬのだ」

 

「女であるわたくしよりも、一夏さんと同じ男性であるジグさんの意見の方が参考になるかと。本当は一夏さんに食べて頂きたいですが、今日はどこかへ出かけてらっしゃるようですし」

 

 それは一夏や鈴のようにある程度他人に食べさせられるレベルの料理が出来る者の台詞だと思うのだがどうだろう。一夏あたりは力強く頷いてくれそうなものだが。

 

 とまれ(注:『ともあれ』の音変化。誤字ではないと古事記にも書いてある)、これはマズい。いやサンドイッチがではなく――まあサンドイッチもどう考えても不味いがそんな自明のことはわざわざ明言せずとも良い――問題は仮に私がこれを食べて正直に感想を述べてもセシリアは納得しないだろうということだ。命を刈り取る味を体験してそんな結果では死んでも死に切れん。

 

 なにしろ普段他人の悪口を言わない一夏でさえ、セシリアの料理を口にした後、本人の居ないところで息も絶え絶えに「あれはヤバイ。美味いとか不味いとかじゃない。辛いとか苦いとかそういう、味で判断する次元ですらない。なんつーかこう、テロい」と言ってのけた代物だ。

 私もその時一夏が持っていたバスケットからひとつ貰って食してみたが、口に入れた瞬間意識が飛んだ。目覚めたら自室のベッドの上。本音が私の手を握ってボロボロ泣いていた。セシリアがその場に居なかったことに“この時は”心から感謝したものだ。ちなみに味は――うむ、テロい。

 

 だが現在の私は、あの時セシリアの目の前で食ってやれば良かったと思っている。ヤバイ物を生産している自覚が無いからだろう、またしても料理を敢行したからだ。

 やはり自覚させる他ない。どうにかこの女に自分の料理を食わせる方法は無いだろうか――。

 

「だめだよせっしー。自分でちゃーんと味見しないとー」

 

 私の背後――つまりは部屋の中から聞こえた本音の声に反応して、セシリアは奥をのぞき込む。直後、私の右脇から、にゅっ、と本音が顔を出した。いつの間にこんなに接近していたのだろうか。

 

「あら本音さん。戻ってらしたのですね」

 

「うん、ちょっと前にねー。でねーせっしー、料理はまず自分で食べてみなきゃー」

 

「ですが、やはり客観的な意見の方が――」

 

「でもでもー、もしジグが不味いって言ったら、せっしー怒るでしょー?」

 

「そんなことはっ! ……あるかもしれませんけど!」

 

 やはり怒るのか。なんて理不尽な。

 

「だからー、まずは自分で食べて、自分の料理のレベルを把握しとかないとぉー。じゃなきゃ何言われても素直に聞けないでしょー。

 それでおりむーに不味い料理食べさせちゃったら嫌じゃなーいー?」

 

「うっ……でも、わたくしの料理はわたくしが食べるためのものでは――」

 

「いいから――」

 

 がしっ、と本音がセシリアの肩を掴んだ。

 

「――さっさと食べて。ね? もし普通においしかったら土下座でも何でもしてあげるから、まずは自分で食べて」

 

 普段の間延びした口調はどこで遊んでいるのやら。淡々と告げる本音が放つ冷気とでも言うべき威圧感に圧倒されたか、セシリアはビクリと肩を震わせた。

 

 ああ、これは本気で怒っているな。理由は――まあ、自惚れておくとしようか。

 

「わっ……わかりました! 食べますわよ! 食べればいいんでしょう!」

 

 私に差し出していたバスケットを引っ込め、中からサンドイッチをひとつ取り出した。

 

 そういえばあの日一夏が食べたのも、私が食べたのもサンドイッチだったか。相変わらず見た目だけは完璧だ。見た目を完璧にするためにどんな過程を経たかは考えたくない。

 というかだな。サンドイッチなぞ切って挟めばそれだけである程度は教本通りの見た目になると思うのだが――いったい何をどうしたらあそこまでの味になるのだろうか。

 

 などと考えている間にセシリアは小さな口を開き、味覚破壊爆弾(サンドイッチ)を舌に載せ、噛み切った。

 

「――――――――」

 

 こういうのを“声にならない悲鳴”と言うのだろう。顔は青白く、脂汗が次々に滲み出ている。およそ淑女がしてはいけない表情(かお)になって悶絶しているきんのけものが、そこには居た。

 

 セシリア・オルコットという少女が、ひとつ大人になった晩夏の日だった。

 

 

 

 

「落ち着いたかね?」

 

「……ええ」

 

 半狂乱になったセシリアをとりあえず部屋に入れて、本音と二人で必死に宥めてからしばらく。正気を取り戻した彼女は、ズーン、という音が聞こえそうなほど落ち込んでいる。

 まあ、かつて想い人に振る舞った料理があんな出来だったと知ったのだから無理も無い。誰だってそうなる、私だってそうなる。

 

「わたくし、決めました」

 

「何をだ?」

 

「必ずや美味しい料理を作れるようになってみせます!」

 

 決意を込めた瞳で表明するセシリア。

 ……不安だ。限りなく。

 

 そんな私の内心など知らないセシリアは(おもむろ)に私に目を向けた。

 

「というわけでジグさん、料理を教えてくださいな」

 

「断る。というか、私は料理など出来ん」

 

 肉と野菜を焼くだとか、適当に調味料をぶち込んで煮込むだとか、そんなものなら出来るが。

 ……一応食べられるものは出来るからな?

 

「しょせんはジャガイモで暮らす蛮族、ということですか……」

 

「おいコラそこのライミー。何かジャガイモに怨みでもあるのか」

 

「ジャガイモにはありませんわ。ジャガイモには」

 

 まるで私には怨みがあるような言い(ぐさ)だ。はなはだ心外である。

 

「では本音さんはどうです?」

 

「私は食べるの専門だからー」

 

「そうですか……では他を当たることにしますわ」

 

 首を――もとい、手を洗って待ってなさい。

 そう言ってセシリアは部屋を出て行った。

 

 レシピ本片手に料理しているはずなのにあんなものを作るような人間が、そうすぐにまともに作れるようになるとは思えんが――まあ、もう行ってしまったし、いいか。

 わざわざ追いかけて言うようなことでもないし、なによりそんなことをしても無意味に怒らせるだけだ。これから彼女に目をつけられる哀れな犠牲者に心の中で詫びておこう。

 

「さて。では本音、昼を摂ったら出るとしよう」

 

「あー、今日はアレの日だっけー。りょーかーい。お昼はどーするー? 私作ろーか?」

 

「ふむ。では最近の鍛錬の成果を見せてもらうとしようか」

 

 セシリアにはああ言ったが――本音は最近、料理を練習しているのだ。

 そもそも更識の使用人の家系である彼女。面倒だし現状必要無いからやらなかっただけで、料理の基礎は学んでいるのだそうだ。経験値が圧倒的に足りんので今のところ簡単なものしか作れぬし、他人に教えることもできないが。

 

「じゃーお昼はレトルトカレーだー」

 

「待つがよい」

 

「じょーだんだよー」

 

 本音が言うと冗談に聞こえない。

 

「……む?」

 

 ふと。机上にセシリアが持ってきたバスケットが残っていることに気づいた。

 この時の行動を私は生涯後悔するだろう。好奇心猫をも殺すとはよく言ったものだ。彼女がどうやってサンドイッチをあれほどのアレに変じさせたのか興味が湧いてしまったのだ。

 

「アリーセ」

 

 愛機に呼びかけてセンサーを起動し、バスケットの中身を精査した。

 何度か言ったかも知れんがISは本来宇宙空間で活動するためのものだ。搭乗者を保護するためにあらゆる機能が搭載されており、その中には対象が安全かどうか確認するための超高性能センサーも含まれている。ハイパーセンサーもその中のひとつだ。

 

 コンマ数秒の後、アリーセがスキャン結果を提示した。

 

「――――――っ!?」

 

 ……今の私には理解できない。どうやったらサンドイッチがこうなるのか。

 だが、ただ一つ言えることがある。

 

 ――およそ人類の食べ物ではない。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 さて、突然だが時は数日前の朝まで巻き戻る。

 

 朝が来れば学校が始まるのが高校生にとっての大自然の摂理であるが、今はまだギリギリ夏休み。多くの生徒が惰眠を貪る。

 

『▼告/起床予定時刻デアリマス』

 

 そんな中、篠ノ之箒は紅椿による時報で目を覚ました。時刻は五時半。仮に学校へ行く日であっても早い部類だ。

 

「…………」

 

 ベッドから降りた箒はルームメイトである鷹月静寐を起こさないよう、無言で身支度を整えていく。

 

 ――さて、行くか。

 

 心中でそう呟いて、彼女は部屋を出て行った。

 

 

 

 

 彼女が早起きした理由は、何のことはない、毎朝の日課である走り込みと素振りのためだ。

 

「……ん?」

 

「あ」

 

 しかして今日は普段と違うことが起こった。前方から歩いてくる凰鈴音と鉢合わせたのである。

 

 ちなみにこのエンカウント、全くの偶然であって、そこには何者の意思も介在してはいない。ただたまたま鈴音が早く起きて、たまたま目が冴えて眠り直せなかったから散歩に出て、それでたまたま遭遇したというわけだ。

 

「おはよ。丁度よかったわ。アンタに話があるのよ」

 

「私には無い」

 

「まあまあそう言わずに」

 

 ニコニコと笑って進路を塞ぐ鈴音に不気味さを覚え、箒は足を止める。

 

「さっきすれ違ったんだけど、千冬さんが探してたわよ。部屋行ったけど居なかったって。

 アンタの端末のアドレス知らないし、校則上プライベート・チャネルとか使うわけにもいかないから連絡手段無いらしくて、見かけたら伝えてくれーって。

 で、アンタ何したの?」

 

 ちなみに、ISがプライベート・チャネルを繋げられるのは“番号を知っている”か“物理的に接触している”か“自機と交戦状態にある、あるいは友軍登録してある”機体だけ。さらに言えば、プライベート・チャネルには距離の制限は無いがオープン・チャネルには基本的に距離に制限が設けられている。

 これらは後になって国防の観点から科された制限であり、本来の――束が設計した時点でのISには無かった。宇宙空間という広大すぎる場で活躍するための翼だったのだから当然とも言える。互いの通信は生命線であり、機密を扱う可能性のあるプライベート・チャネルはともかく、オープン・チャネルに制限など設けるのは愚行この上ない。

 

 なお余談であるが、福音事件のときジギスヴァルト達が用いていた通信は、言うなれば“チャット形式のプライベート・チャネル”である。携帯端末の無料会話アプリケーションのグループ会話(の、セキュリティがとんでもなく強固なやつ)と言った方がわかりやすいだろうか。

 

「……いや。特に心当たりは無いが」

 

「そ。ま、とにかく伝えたわよ。後で寮長室にでも行くことね」

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 時は現在に戻って、八月二十七日の午後。

 

鎧気装(がいきそう)!」

 

 鈴音の掛け声と共に、万物を構成する「木火土金水」の五元気と「星」「風」の気を合わせた七星気が鎧となり、彼女の身を包んだ(気がした)。

 甲龍を身に纏い、双天牙月をバトンのように回しながら彼女は強気な笑みを浮かべる。

 

燦然(さんぜん)!」

 

 続くシャルロットはどこからともなくバイザーを――断じてサバではない――取り出し、頭に装着して叫んだ。バイザーを目元へ下ろしたその瞬間、発現したクリスタルパワーが彼女の姿を光の戦士に変えた(ように見えた)。

 鈴音と同じくラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを装着した彼女は、少し恥ずかしそうに近接ブレード《ブレッド・スライサー》――重ねて言うがサバじゃねぇ――を構える。

 

『Start Your Engine ! /デアリマス』

 

「…………へんしん」

 

『Drive ! Type-Camellia ! /デアリマス』

 

 さらに箒が――何とも嫌そうに――ぼそりと呟いた。紅椿の声が高らかに響くと同時、乗り物の力的なアレで赤いライダーに変身した(と思ってほしい)。

 

『▼問/此ノ状況ノ必然性ヲ説明ス(ベシ)

 

「……私に()かれても知らん。というか、お前今ノリノリだったじゃないか」

 

『台本ニ従ッタマデデアリマス』

 

 箒たちは許可を得たうえでISを展開している。

 ――大勢の幼い子供たち(ISの性質ゆえか主に女の子だが、ISは男の子のメカ魂をくすぐるので男の子もわりと居る)の前で。

 

「あたしたちが揃ったからにはもう逃げ場は無いわ! 観念してお縄につきなさい!」

 

「ハッ! 笑わせるなよ凰鈴音。我々はまだ変身を一回かそこら残している!」

 

 箒の前方では、なんだか特撮ものの悪役めいたコスチュームに身を包んだ一夏とジギスヴァルトが、鈴音とシャルロットと向かい合っている。

 

 ここで説明せねばなるまい!!

 現在彼らが居るのは城址公園近くにある多目的ホール、本日行われているこのイベントはISのイメージアップやらなんやらいろんな目的のもと企画されたISによるヒーローショーであり半ば無理矢理出演させられた箒の内心はどんよりどよどよ雨模様であるからして一夏は今日も腹立たしいほど爽やかイケメンで今夜のおかずはサバの味噌煮なのだ! なお、武装の使用は事故防止のため近接ブレードと長ネギとサバのみ認められているぞ!

 

「こっちには最新鋭の戦闘支援システム《MOP》を搭載した最終兵器《モッピー》が居るんだから! 君たちはここで終わりだよ、カルトッフェル団!」

 

 箒の隣でラファールを展開しているシャルロットが――半ばヤケクソ気味に――吠える。ちなみにカルトッフェルとはジャガイモのことである。ポテトである。馬鈴薯である。

 

「おい待てデュノア、モッピーとは――」

 

『オハヨウゴザイマス/独立型戦闘支援ユニット、MOPデアリマス/操作説明ヲ行イマスカ?』

 

「何? おい紅椿――」

 

『当機ハモッピーデアリマス/紅椿トハ何デアリマショウカ』

 

 説明しろとか言っていた割にこのIS、やっぱりノリノリである。

 

 またしても説明になるが、本国から出演許可が出たのは一夏と鈴音とシャルロットだけ。国からの貸与ではなく個人所有となるジギスヴァルト、スティナ、箒は束直筆で許可の手紙が送られてきたが、スティナは声を出せないため出演はかなわなかった。

 不許可組の理由の例を挙げるとすれば――セシリアは、射撃が禁止されていてはブルー・ティアーズの性能を喧伝できないので不許可。ラウラは、ヒーローショー自体が軍上層部に「くだらない」と一蹴され不許可。といった具合で、上級生の専用機持ち含め全滅である。

 

「そちらも本気モードというわけか。ならばこちらも最終兵器といこうではないか!」

 

 ジギスヴァルトは懐から緋色のドッグタグを取り出し、右手で頭上に掲げ――。

 

「蒸着!」

 

 眩い光に包まれたジギスヴァルトは一瞬でシャルラッハロート・アリーセを身に纏った。

 

『カルトッフェル団総帥ジギスヴァルトがIS(コンバットスーツ)を蒸着するタイムは、僅か〇・〇五秒に過ぎない。では、蒸着プロセスをもう一度見てみよう!』

 

 渋い声のナレーションの後、ステージ奥のディスプレイが、どう考えても〇・〇五秒では不可能な蒸着プロセスを映し出した。だが気にしてはいけない。若さとは振り向かないことなのだ。愛とはためらわないことなのだ。

 

「美しく戦いたい! 空に太陽がある限り! 私は太陽の子、アリーセRX!」

 

 ……いろいろ混ざりすぎである。あと、世代的にジギスヴァルトとはズレすぎである。しかもひとつは魔法少女モノではなかっただろうか。

 

「俺もいくぜ――変身(エクスチェンジ)!」

 

 額の前で両腕を交叉させ、一夏は高らかに宣言した。(まばゆ)い光に包まれた彼はISを装着し、そして右手人差し指で天を、左手親指で自分の胸を指す。

 

「お前ら――心に太陽当ててるか?」

 

 ――なんというか、二人とも悪役というより正義の味方(ヒーロー)のような口上である。

 

 だがそれも仕方なかろうというものだ。なにしろこのヒーローショー、台本が壊滅しているのである。

 ほとんどが「なんかかっこいいアクション」だの「わりといい感じの台詞」だのといったアバウトに過ぎる内容なのだ。今のシーンだって、彼ら彼女らへの指定は「いい感じの掛け声でISつけてアツい前口上」だったのであるからして、全員が全員、最近見た特撮や小説のヒーローの台詞を流用しているに過ぎない。

 ジギスヴァルトと一夏はヒーローじゃなくて悪役の台詞を使えよ、という意見もあろうが、そこは二人とも男の子。正義の味方(ヒーロー)したいのである。

 

『敵、ランカーISヲ確認/シャルラッハロート・アリーセ及ビ白式・雪融デアリマス/敵ハ近接ブレードヲ装備/遠距離攻撃ガ有効ト思ワレマスガ、現在ノ当機ニハネーヨソンナモン、デアリマス』

 

「……ならばどうする」

 

『▼告/ブレードニヨル格闘戦ヲ提案』

 

「……やれ」

 

『▼了解/雨月・空裂、レディ』

 

 あまりにもあんまりな、頭痛さえ覚える状況に、箒は考えるのをやめた。丁度自律稼動できる紅椿がノリノリなのだし、もう全部こいつにやらせてしまおう。

 

「さあ、行くわよラファール、モッピー!」

 

「逃げる奴は悪役、逃げない奴は訓練された悪役だよ!」

 

『▼了解/敵機ヲ殲滅シマス』

 

「恐れずしてかかってこい、正義の味方(ヒロイン)ども!」

 

「マッハで(なます)切りにしてやんよ!」

 

 なんだかんだノリノリで戦端を開いた彼らの中で。

 

「…………はあ」

 

 勝手に動く紅椿に身を任せ、どこまでも憂鬱な箒であった。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 星が輝く空の下、五所川原伊呂波は寮の屋上のベンチに座り、携帯端末で映像を流していた。昼間ジギスヴァルトたちが出演したショーのものだ。

 

『これにて一件コンプリートよ!』

 

『メガロポリスハ日本晴レ、デアリマス』

 

『あとはお風呂でのーんびりっと』

 

 画面の中では丁度、鈴音と箒――というか紅椿――とシャルロットがジギスヴァルトたちに勝利したところだった。

 

(まあ、こんなもんですかね)

 

 つまらなそうに画面を見ながら、彼女は別の端末に何やら打ち込んでいく。

 

 武装制限はそのままで、尋常の試合だったならば、ジギスヴァルトと一夏が勝っただろう――と伊呂波は思っていた。ジギスヴァルトの操縦技術は他の四人よりは高い。一夏はまだ未熟ではあるが、零落白夜の使用は禁じられていないのだから希望はある。

 加えて、紅椿の性能は現在は打鉄レベルらしいし、甲龍は他機と比べてあからさまに鈍重、シャルロットに到っては武装制限のせいで高速切替(ラピッドスイッチ)という最大の強みを封じられた状態だ。勝率はかなり低くなるだろう、と伊呂波は考える。

 

 だが、今回のこれは普通の試合ではないのだ。

 

「そのショーは撮影禁止だったはずだぞ。どこで手に入れた」

 

 不意に横から声をかけられた。見ればいつの間にか千冬が隣に座っている。

 

「あら、織斑先生。全く気付きませんでした」

 

「どうだか」

 

 肩をすくめる千冬に、伊呂波は内心、本当に全然気付かなかった、とこぼす。()()()()()()()()()()()()この女本当に人類か、とも。

 

「それで、どうだ?」

 

「特に何も。強いて言えば、えーと――あ、ここですね。このシーンの、ここ」

 

 一時停止した映像の一部分。伊呂波が指すそこには、ショーのスタッフの女性が映っている。

 

「この方、以前会ったことがあります。亡国機業(ファントム・タスク)に登録されてる方で、たしか――バリバリの女尊男卑主義者だったかと」

 

「目的は何だと思う?」

 

 亡国機業の人間が偶然スタッフをしていた、などということはまずあり得ない。何かしらの意図があって潜入したと考えるのが妥当だ。

 

「こんなところで手は出せないでしょう。そも、これだけISが揃った場所でろくな装備も持たず、一人で――いえ、ISを持ち出さないならフル装備の兵を千人集めたところで襲撃なんて出来ようはずもない。

 ですから、男性操縦者と紅椿の監視……あるいは、報告(レポート)

 おそらく、現状あちらも静観するより無い、というところでしょう。箒ちゃんや一夏君はともかく、ジグ君は強いですしね」

 

 一夏はともかく、というところで千冬の眼光が鋭くなったが、伊呂波はどこ吹く風といった様子だ。心中ではめちゃくちゃビビっているが。

 

「紅椿も、か?」

 

「そりゃ、名高い篠ノ之束の作ともなれば、世界中の注目の的でしょう。アリーセがそうだったように、ね」

 

「やはりそうか。そうだろうな。希望的観測はしない方が良さそうだ」

 

「ええ。楽観は身を滅ぼします。

 とりあえず、今日は台本通りジグ君たちは負けてくれましたし、紅椿もそれなりに性能を見せてくれましたから。どうしても今すぐ排除しないと気が済まないとか、どうしても今すぐ奪って解析したいとか、そんな連中が増えるのだけは防げたと思いますよ」

 

 減ることはないでしょうけど、と言うと、千冬は嫌そうに顔を歪めた。

 

「奴らは私兵を持たんのだから、仕事を受ける奴さえいなければ済む話なんだがな」

 

「勘弁してください。()()()()()()だって、先生も知っているでしょう?」

 

「株主総会か何かで議論したらどうだ? 『仕事を選びたいです』とかな」

 

「しましたよ。学園から正式の依頼として受理した以上、()()()()もう受けません。けれど、()はそうではない」

 

「ままならんな」

 

「ええ、本当に」

 

 伊呂波は立ち上がり、

 

「報告書はいつも通り、学園のサーバーに送っておきました」

 

「……すまんな、色々と」

 

「いえいえ、これも仕事ですから。それに、彼らが――特にスティナちゃんが悲しむのは私も本意ではないですからね」

 

 本当は私情で仕事を受けるのは御法度なんですけれど、と冗談めかして言って、伊呂波は部屋へと戻るべく歩いていく。

 

 ――階段室の扉が少し開いている。

 

「あら、箒ちゃん」

 

「……っ!」

 

 (いぶか)る素振りも無いままに扉を開けると、箒が居た。気分転換に夜風にでもあたるかと屋上に出ようとしたところで伊呂波と千冬に気付き、どうやら話の内容が一夏や自分と関係あるようだったので聞き耳を立ててしまい――出るに出られなくなっていたのだ。

 

「今の、聞いてました?」

 

「いや、その……だな……」

 

 伊呂波の言は質問ではなく確認だ。彼女は千冬の接近には気づけなかったが、箒がここに居ることには気づいていた。まあ、一度思いっきり扉を開いて体を晒した後に二人に気付いて急いで引っ込む、というプロセスで隠れたのだからわかりやすすぎるのだが。

 そして千冬が箒の存在に気づかないほど間抜けなはずもない。

 

「聞いていたならそれでいいんですよ。それでは、お休みなさい」

 

「あ、ああ……」

 

 去っていく伊呂波の背を呆と見つめる箒の頭は、彼女の台詞を理解できていない。だが、どうやら話を盗み聞きしたことを咎められはしないらしいことはわかった。

 

 

 

 

 ――さて、一方その頃。

 

〔すみません

 セシリアさんが食堂の厨房を

 占拠していて〕

 

 使用可能時間内に厨房を使うことはおろか、足を踏み入れることすらできなかった。

 

「ああ、うむ。事情はだいたい理解している。巻き込まれなかったか?」

 

〔それは大丈夫

 でもケーキは

 作れませんでした〕

 

「構わん。気持ちだけで十分に嬉しいとも」

 

〔はい……〕

 

「ほらすーちゃん、今は暗いのは無しだよぉー。それではー、気を取り直してー。

 ジグ、おたんじょーびおめでとーう!」

 

〔おめでとうございます〕

 

「ああ、ありがとう」

 

 八月二十七日が終わる前にと、スティナと本音がジギスヴァルトの誕生日を祝っていた。

 ジギスヴァルト・ブレヒト。今日で十七歳。乙女座。




 エタったと思いましたか? 奇遇ですね、私もそう思いました。危ないところでしたね。
 ギャグ時空で他作品ネタに頼らざるを得ない我が身の非力を嘆きつつ夏休み編は終了です。ようやく。


 ポイズンクッキングのくだりは必要かって? 必要ですよ、だって私が楽しいですから。
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