IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

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Fuenftes Kapitel -Schulfest/Es ist Showtime ! -
第三七話:疾走する思春期の緋兎


 

 篠ノ之束には夢があった。

 

 空に浮かぶその輝きに取り憑かれたのはいつの頃だっただろう。

 頭上に広がる星の海。あの宝石箱の中を思うままに泳ぎ回れたなら――それが叶うならば他には何も要らないとさえ思った。

 

 彼女はそのためのIS(つばさ)を創り上げた。

 否――創り上げたかった。

 

 だが、彼女は“()()”ではあるが、それでもやはり“人間”であったのだ。彼女には空を舞う翼は創れても、星を渡る翼は創れなかった。そのうえ――たったひとつのミスを犯した。

 もしもあの時、二機完成させていたら。もしもあの時、千冬だけでなく――顔さえ朧気にしか思い出せないが――父親にでもお願いしていたら。

 こんな世界にはならなかっただろうか。IS(こどもたち)は、こんな進化をしなかっただろうか。

 

 かつてのミスを正すために、彼女は必死で行動した。臨海学校で一夏に、彼とジギスヴァルトがISを使える理由はわからない、なんて話したが――あんなのは嘘っぱちだ。

 わからないわけがない。だって――自分がそうあれと願って動いた集大成なのだから。

 

「そうあれかしと叫んで実行()れば、世界はするりと片付き申す――いやー片付かないなーおかしいなー」

 

 昔漫画で見た台詞をもじって愚痴る。

 

 ジギスヴァルトだけではダメだった。一夏を加えてもまだ足りない。

 

 ならば“例外”を増やすまでのこと。

 

 そのアテは――愛する“長女”には恨まれるかも知れないが――無いことはない。

 なに、大丈夫だ。好きな人に恨まれるのは慣れている。嫌われたって恨まれたって、いつか誰かに刺されたって――それでも、止まれないのだ。煌めく天球への執着は、棄てられないのだ。

 掌にある“それ”を弄び、彼女は自分に言い聞かせた。

 

「束様」

 

 不意に呼ばれて、思考の海に没していた意識を引き揚げる。振り向けばそこには、コーヒーとクッキーの載ったトレイを携えた“次女”が、目を閉じて立っている。

 

「おやつにしましょう。

 ――ああ、そうだ。お兄様にはいつ会えますか?」

 

 目を閉じたまま、しかしそれでも見えているかのような淀みない動きでテーブルの準備をしながら、“次女”は唐突とも言える問いを投げる。

 

「もーちょっとだけ待ってね。学園祭があるらしいから合法的に会いに行けるよー」

 

 そのときは、クーちゃんだけで行ってもらうことになっちゃうけど――と続けながらジギスヴァルトからせしめた招待券を取り出せば、クーちゃんと呼ばれた“次女”はあからさまに顔を綻ばせる。

 

「ああ、楽しみです。はじめましての挨拶はどんな風にしましょう。失礼の無いよう丁寧に、それでいて印象的なのが望ましいのですが」

 

 なにしろ私の――救世主(ヒーロー)ですから。

 

 ここには居ない“彼”を見るかのように開かれた彼女の目。その眼球は黒く、両の瞳は金色だった。

 

「あ、そーだ。クーちゃん、ちょっと後でおつかいに行ってもらえないかな?」

 

「おつかい、ですか? 構いませんが……いったいどこに?」

 

「ちょっと大八洲国(おおやしまぐに)まで!」

 

「おーやしま……えーと……あ、日本ですか。わざわざややこしい呼び方をしないでくだ――」

 

「チャリでね!」

 

「――さい、ってチャリで!?」

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 新学期が始まった。

 

 普通の高校であれば初日は始業式とHRだけで、授業は翌日からというところも多いが――ここは間違っても普通の高校とは言えないIS学園。一般的な授業に加えて、ISの操縦や整備、戦闘に関するあれやこれや、果ては爆弾解体まで学ぶ場所である。普通の高校と同じ日程では時間が足りない。

 故に、初日から授業が執り行われる。であるからして、至極自然なことに、更識簪もまた自身の所属クラスたる一年四組の教室にて授業を受けていた。

 

「次の問題は――山下さん」

 

「3xです」

 

「違います」

 

 さっさと整備室に行って専用機造りの続きをしたい。そんな気持ちを抑えながらの数学の授業、そのなんと退屈なことか。そもそも彼女は勉強はデキる方なので、一般科目は教科書を読めばだいたい理解できてしまう。

 

 ああ、つまらない――そう思って、ふと窓の外へ視線を投げる。

 

 ――(あか)が、在った。

 

「…………へ?」

 

 とんでもない速度で飛来した(あか)全身装甲(フルスキン)のISが、その翼のようなスラスターを大きく広げ、窓ギリギリの位置で静止。直後、それは直上へと姿を消した。続くようにして、打鉄やラファール・リヴァイヴが何機か上へ飛んでいく。

 

(今の、シャルラッハロート・アリーセ……? なんでこんなとこを……?)

 

 簪が抱いた疑問は、直後の校内放送が溶かすことになる。

 

『全校生徒にお知らせします。

 只今、学園の敷地全体を舞台とした、ジギスヴァルト・ブレヒトVS一年一組・二組一同のIS鬼ごっこが行われています。

 主催の織斑教諭の意向により見学は自由です。興味のある生徒は好きな場所からご覧ください』

 

 ちら、と教壇に目を向ける。どうやら教師の端末に連絡があったらしく、しばらく操作した後に深い溜息を吐いて、

 

「えーっと、見たい人は行っていいですよ。授業は出席扱いになるようなので遠慮しなくて――」

 

 全て言い切る前に、生徒の九割が教室を出た。見やすい場所の争奪戦が開始されたとみて良いだろう。

 

「……私の授業、そんなにつまんないかなあ」

 

 ショックを受ける教師の呟きを心の中で肯定して、簪もまた教室を出た。

 

 男性操縦者や各種専用機の魅力の前ではどんな授業も勝てやしない――とか、そういうフォローをしてくれる人間は、この場には居なかった。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 鬼ごっこが始まる少し前。一年一組・二組の面々は、実技の授業を受けるべくグラウンドに居た。

 

「では、新学期最初の授業を始める。まずは織斑、それとブレヒト。前に出ろ」

 

『はい』

 

 千冬の指示で彼女の横に並んだ男ふたりに、彼女はISの展開を命じた。言われるがままにそれぞれのISを纏ったふたりを教材として、授業は進み始める。

 

「本当はもう少し後に教えることだが、丁度良いサンプルが居るからな。予定を繰り上げることにした。

 さて、ISの第二形態移行(セカンドシフト)についてだ。これは通常、ある程度の経験を積んだISが、自身をより操縦者に適したカタチに変えるべく発現する。そうした性質上、第二形態移行の大半が当てはまる傾向、というものがある。

 どういった傾向か――デュノア、答えてみろ」

 

「はい。『長所を伸ばす』か『短所を補う』か、です」

 

「正解だ。

 専用機はそもそも操縦者に合った調整や武装が施されている――または専用機に合った操縦者が選ばれている。これをより操縦者に適した機体に造り替えるとなると、長所にも短所にも関係ない機能が必要な場合はまず無いと言って良い。

 そして――」

 

 シャルロットの回答を受けて、千冬はまず一夏を――正確には彼が纏う白式・雪融(ゆきどけ)を竹刀で指した。

 

「織斑のIS、白式・雪融は『短所を補う』ことを選択した。

 零落白夜の使用によるS(シールド)E(エネルギー)の急速な消耗、それによる継戦能力の圧倒的な低さ。それを軽減するために白式が開発したのが左腕の盾、雪融だ。

 オルコット、試しにお前のレーザーライフルを織斑に撃ってみろ」

 

「はい」

 

「えっ」

 

 ブルー・ティアーズを展開し、セシリアは白式に狙いを定める。一夏が慌てて雪融を構えて防御フィールドを発動するのを待ってから、引鉄(ひきがね)を引いた。

 

 スターライトmkIIIが放ったレーザーは、白式の防御フィールドに当たって消えた。生徒たちにはそうとしか見えなかった。

 もし彼女らがISを展開していれば、レーザーが防御フィールドに沿って屈折し雪融に吸い込まれる様子をハイパーセンサーが捉えてくれただろう。

 

「と、このように。

 雪融が発生させる防御フィールドに触れたEN(エネルギー)攻撃は全て無力化・吸収される。ENを無力化するという点では零落白夜と同じだが、あちらは“掻き消す”のに対しこちらは“取り込む”という違いがある。そして取り込んだENを零落白夜の発動にまわすわけだ。

 一見すると隙のない組み合わせのようではあるが、その実欠点だらけだというのは第二形態移行前と同様。EN兵器を使うISが相手ならば継戦能力・防御性能が跳ね上がるが、実弾しか持たない相手に対しては従来通り――いや、性能が上がって燃費が悪くなっている分、機体をきっちり使い(こな)せなければむしろ従来より苦しい戦いとなるだろう。

 どんな高性能なISも使い手次第、という好例だな」

 

 そこで一旦説明を切って、千冬は箒をちらと見遣る。

 紅椿という専用機を手に入れた箒であるが、正規の手段でそれを手にした者たちと違って彼女は何の修練も心構えもしてはいない。

 使い手次第、という千冬の言葉は、半ば以上箒個人に向けたものだった。向けられた側がそれを理解しているかは、残念ながら今は確認することが出来ないが。

 

「一方、ブレヒトのシャルラッハロート・アリーセ Zwei(ツヴァイ)は『長所を伸ばす』ことを選択した。

 スラスター出力が上昇し、大腿部にブースターを増設、そして搭乗者にかかる負荷を無視しての強制回避。元々高かった機動力をさらに高め、また回避の判断をISの演算に任せることで、“点”や“線”の攻撃に対しての馬鹿げた回避性能を実現している。

 ただし、“面”で制圧するタイプの攻撃には弱く、また短所である装甲の脆さも一切変わっていない。さらには自分の機動で操縦者を負傷させる。

 たったひとつのために他の全てを置き去りにした、特化型の極致とも言えるだろう」

 

 そこでだ。と、千冬は続ける。

 

「こいつの性能を利用しない手は無い。本日の実習内容を発表する。

 ――鬼ごっこだ」

 

 ――何言ってんだこいつ。

 

 

 

 

 と、そういう経緯で始まったこのIS鬼ごっこ。ルールは単純、「授業が終わる時間まで逃げ切ったらジギスヴァルトの勝ち」。備品等に傷がつく可能性のある武装の使用は禁止されており、本当にただの鬼ごっこである。

 

 ただ逃げればいいだけ。速度に特化したシャルラッハロート・アリーセにとってこれほど簡単な仕事は無い。

 千冬はアリーセの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)について少し誤解しているようで、この鬼ごっこではフェアリュクト・フートマッハーは基本的に使えないのだが――あいつは回避の単一仕様能力を持っている、と相手(鬼たち)が思っていてくれたほうが都合がいいので訂正しなかった。

 

 これがただ授業の一環であるだけだったなら、彼は訂正しただろう。しかし、彼は逃げ切らなければならないのだ、絶対に。

 この鬼ごっこでは――敗者にグラウンド十周が約束されているのだから。

 

『居た!』

 

『一番近いのは――C班(チャーリー)!』

 

『おっけー! 絶対に捕まえてみせるわ!』

 

『走りたくなーい!』

 

『なーいー!』

 

 という通信はジギスヴァルトには聞こえないのだが、それはともかく。アリーセのスピードは皆が知るところであるため、女子たちは必死で連携を取っている。一度に十五機の訓練機を投入する大盤振る舞いを受け、それを三機ずつのグループに分けて。

 とはいえ、これはあくまで授業。生徒全員がISを使えるよう、途中で交代しに戻らなければならない。そういうロスも考えると、本気を出して逃げ回るのは申し訳ないようにも思えてくる。

 

 だが逃げる側、ジギスヴァルトには。グラウンド十周よりも大きな、負けられない理由があった。

 それは――。

 

「和菓子のために……負けるわけには――」

 

 ――逃げ切れたら一週間、千冬が食堂の和菓子を好きなだけ奢る。そういう契約が、先程交わされたからだ。

 いくらアリーセが速度特化型で、この鬼ごっこが機体操作や連携の訓練に効果的であるとはいえ、さすがに一対二十二は酷い――というのを千冬自身理解してはいたようで、それがジギスヴァルトにとって唯一の救いだった。

 

「――いかんのだ!!」

 

 そんなわけで、和菓子という餌を目の前にぶら下げられた彼は――本気(ガチ)で、真剣(マジ)だった。

 

 校舎ギリギリで制動をかけ、外壁スレスレを上へ。まだまだISの操縦に自信の無い彼女ら(鬼たち)はあまり校舎に寄れない。勇気を出して寄れた者も、操作をミスしてぶつかるのが怖くてスピードを出せない。

 

 これでC班(チャーリー)は振り切った。そう思った矢先。鈴のような音がして。

 

 ――()()に、剣が、居た。

 

 空中に逆さまに()()したエイフォニック・ロビンが、アリーセ目がけて跳躍。遠音(ブースター)で急加速して迫り来る。

 

『今よF班(フォックストロット)!』

 

『了解。誘導、ありがとうございます』

 

 オープン・チャネルから聞こえる会話に舌打ちする。

 

 専用機持ちたちの姿が見えない、とは思っていた。待ち伏せくらいは予想していたが、まさか他の生徒たちに誘導されるとは。

 自身が彼女らを侮っていたことに気付き、自らを叱責する。IS学園に居る以上は彼女らとて優秀な人材で、専用機の有無はただ稼働時間の多少であるとか、タイミングや運であるとかだけの差なのだと、わかっていたはずなのに。実際はわかっているつもりになっていただけかと自嘲する。

 

『だがそれでも――負けられんのだ!』

 

 大腿部のブースターを起動。スティナの進路上から強引に外れ、再び上を目指す。

 

 が――。

 

『そうはいくか!』

 

 スティナの陰から別の機体が飛び出した。白式・雪融だ。一年生勢の専用機の中でもアリーセに次ぐクラスの機動力を誇るそれが、進路上に立ちはだかる。一夏の瞳が、どう逃げたって追いすがってやる、と宣言していた。

 

『よもやお前がそこに居ようとは。乙女座の私にはセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられない!』

 

『いくぞ白式! 踏み込みと、間合いと――気合いだ!』

 

 白式がアリーセへと手を伸ばし、アリーセは回避のため機体を捻らんとスラスターを調節する。その、瞬間。

 

〈【警告】特殊なエネルギーを感知/AICと断定〉

 

 視界の隅に表示されたアリーセの警告を受け、ハイパーセンサーを介して真横を見る。いつの間にそこに居たのか、ラウラがこちらへ手を翳している。

 

『一夏さえ囮だったというのか……!』

 

『すみません兄様。私たちのために、捕まってください!』

 

 上には一夏が。下にはすれ違い反転したスティナが。そして横には校舎の壁と、反対側にはラウラ。さらに、AICのエネルギー波が水平方向を塞がんと迫り来る。

 通常の機体であればこれで捕らえられたかも知れない。だがアリーセは、(こと)回避に関して、条件さえ整えばまさに“化け物”である。

 

 彼らのミスはたったひとつ。それは――。

 

〈▼告/当機へのAIC投射を確認/最適回避演算を開始します〉

 

 アリーセにAICを使った――則ち、()()()()()()()()

 

 自らを停止せしめるであろうこのエネルギー波を攻撃と判断したアリーセは、単一仕様能力を起動。ジギスヴァルトの視界に“AICと障害物(他の機体)を完全に回避して()()()()()()()()”軌道を赤い(ライン)として描画し、「今からこの軌道で動くから覚悟しやがれ」と彼に示す。

 

 そしてジギスヴァルトが“後ろ”を指定してGOサインを出せば、アリーセの制御は彼の意を離れ――。

 

『残念』

 

『そんなっ!?』

 

 スラスターとブースターを恐ろしく精密に操作し、速度を落とすことなく鋭角にすら曲がってのけて全てを潜り抜けたアリーセは、ラウラのすぐ後ろに機体をつけてから操縦権(コントロール)をジギスヴァルトに返した。

 

『ではな。私は逃げるとしよう』

 

 そしてもちろんジギスヴァルトがそこに留まることはなく。

 ラウラが振り返る前にスラスター出力最大で離脱する。

 

『くそっ! E班(エコー)! G班(ゴルフ)! 行ったぞ!』

 

 他の班に連絡するラウラの声を置き去りにして、緋兎(アリーセ)は超音速でIS学園の空を駆け回る。

 

『最高に高めた私のフィールで最高の和菓子を手に入れてやる! もっと速く()()れー!』

 

 和菓子のせいでテンションの上がったジギスヴァルトの楽しそうな叫びが、オープン・チャネルに木霊した。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「あー……つっかれたー……」

 

 結局。ジギスヴァルトは授業終了まで逃げ切った。

 捕まえられなかった生徒一同は放課後に千冬の監視の下でグラウンドを十周した。

 

「まだまだだな一夏。ところでどうだ、ひとつ食うか? ただしふたつ以上食べたら左腕で殴る」

 

「うっせ。お前が速すぎんだっつーの。つーか左腕ってお前、俺の頭がパーンするじゃねーか」

 

 現在は夕食後の自由な時間。ジギスヴァルトは千冬の奢りの和菓子(ねりきり)が山ほど入った箱を抱え、一夏の部屋の椅子に座っている。

 好きなだけ奢るという千冬の言葉に甘えに甘えた彼は、本当に好きなだけ注文した。これがあと六日も続くと思うと、心がぴょんぴょんするのを抑えられない。

 

捕獲()ったと思ったんだけどなあ。何だったんだよあのデタラメな機動」

 

「あれこそがアリーセの単一仕様能力だ。“備品等を傷つける可能性のある武装”に入らないからといってAICなど使うから、アリーセが本気を出してしまってな」

 

 シャルラッハロート・アリーセの単一仕様能力、フェアリュクト・フートマッハーの回避能力が発動する条件は、ふたつ。

 ひとつは、“攻撃”を受けていること。もうひとつは、“攻撃”を仕掛けてきているモノ――例えばISであるとか、砲台であるとか、人間であるとか――の位置をアリーセが把握できていること。

 このふたつを満たしていないと不発となる。何故ならこの回避能力は厳密には“回避”ではなく、“攻撃に当たらずに敵に接近する”能力だからだ。

 なので、例えばスタートから見える位置にゴールがある障害物レースを行う場合。()()()()アリーセに攻撃してくるならば、単一仕様能力を発動させると攻撃も障害物も全て避けて自動でゴールする。しかしゴールではなく障害物が攻撃してくるならその障害物に突撃するし、攻撃の無いただの障害物レースであれば発動すらしないので自力で動くしかない。

 幸いなのは、複数の敵が攻撃を仕掛けてくる場合に、対象とする敵を任意で選べる点か。

 

 と、そういった説明を一夏にしていると。つけっぱなしにしていたテレビから、とあるニュースが流れた。

 

『フランスのデュノア社がIS関連事業からの撤退を表明しました』

 

「む?」

 

「なんだって?」

 

 その内容が自分たちに無関係でないものであるが故か、二人は食べるのを止めて画面に注目する。

 

『経営陣の発表では、第三世代型IS開発の目処がいまだに立っていないこと、第二世代型では今後の展望が望めないことが理由であるとされています。

 現在販売されている、デュノア社のIS関連製品のライセンスは――』

 

 まあ、要約すると。デュノア社がIS関連事業から手を引くから、今あるデュノア社製IS関連製品の生産やらサポートやらは別の企業がやりますよ――というようなことなのだが。

 

 いったいどうしてそうなったのか。そうなるとシャルロットは大丈夫なのか。いろいろな疑問が浮かんでくる。

 

「大丈夫よ、シャルロットちゃんはフランス政府が認めた代表候補生なんだから。製造元が親戚の会社じゃなくなったくらいで支援が無くなるとかはないわ」

 

「へえ、そっ――か?」

 

「それならば安し――ん?」

 

 自分たちの疑問に答える声につい納得してしまいそうになったが。

 待て、そもそも今、この部屋には一夏とジギスヴァルトしか居ないはず。

 

「はぁい♪」

 

 振り向けばミトコンドリア――ではなくて。

 

「……生徒会長さん」

 

「貴様どこから()()った」

 

 生徒会長・更識楯無が、相変わらずの笑顔で立っていた。

 

「もう、楯無でいいって言ってるのに。

 それとジグ君? 貴様はやめてっておねーさん何度も言ってるわよね?」

 

 バッ、と開いた扇子には「窓から」の文字――いや、窓からって。ここ、十階なんですが。なんて思うが、それより何より、先の楯無の言葉に引っかかるものを感じて、一夏はそちらを尋ねることにした。楯無の行動に突っ込むのを諦めたとも言う。

 

「あの、今親戚って……デュノア社の社長ってシャルロットの父親じゃないんですか?」

 

 親戚という言葉からはどうしても“親”というニュアンスは感じられない。

 

 しかしどうしたことだろう。一夏の問いを受けた楯無はキョトンとし、ジギスヴァルトは「やっちまった」と言わんばかりの表情で額に手を当てているではないか。

 あまりに予想外の反応に一夏が戸惑っていると、

 

「ジグ君、言ってないの?」

 

「いや、まあ……その、なんだ。シャルロットが言っているものとばかり……」

 

 明らかに何かを知っている様子の二人。それにますます混乱する一夏。

 

『あー……シャルロット。今いいだろうか』

 

『――ジグ? どうしたのこんな時間に』

 

 とりあえずシャルロットに確認を取るべく、ジギスヴァルトはプライベート・チャネルを繋いだ。

 

『お前、一夏に両親の話、していないのか』

 

『え? …………………………あ』

 

 どうやら忘れていたらしい、と判明した。

 

『今、デュノア社のニュースを見た流れでその話になってな。私から話していいか?』

 

『うん。話すつもりだったのを忘れてただけだし、言っちゃっていいよ』

 

 当事者の許可は得た。ならば、目前で狼狽える友人に伝えよう。別に隠しているわけではなく、うっかり、本っっっっ当にうっかり、伝え忘れていただけなのだし。

 

「一夏。説明するから一旦落ち着け。

 ――落ち着いたな? よし。では話すぞ。少しばかり重い話だ」

 

 そしてジギスヴァルトが語ったのは、言わばシャルロットの出生の真実だ。

 

 シャルロットの父親がデュノア社の社長()()()のは間違いない。そして彼女はその社長の愛人の子などではなく、間違いなく()()()()()()だった。

 しかし、彼女の父親は――彼女が生まれてしばらくした頃、病死していた。

 会社は彼の弟が引き継ぎ、シャルロットの母親は追い出され――あとは彼女があの夜に語ったように、田舎でひっそりと娘を育てていた。デュノアという姓を名乗り続けた理由は愛だの何だの多々推測できるが……フランスではさほど珍しい姓でもないため、特に勘繰られる心配が無いというのはある程度大きな理由だっただろう。

 彼女の母親が亡くなった後、現社長が父親を(かた)って迎えに来た。ある時街で催されていたイベントで何気なく受けたISの簡易適性検査の結果を、どうやってか知り得たらしい。どうせずっと監視していたのだろう、とは楯無の談である。

 

「――とまあ、これが。例の男装の件の折に判明したことだ」

 

 シャルロット自身、そんなことはその時まで知らなかった。政府やら何やらへの根回しのために色々調べていく中でわかったことで、全て終わった後に楯無から彼女へ伝えられた。

 ジギスヴァルトは、あの夜に居合わせた人には知ってもらいたいと言うシャルロットから聞いたのだが――一夏についてはご覧の有様である。

 

「ま、ようやくデュノア社がこうなったようで何よりだわ」

 

 そして楯無が語るのは、先のニュースの真相。

 

 そもそも、正規の手続きを経て現社長夫妻の養子になったわけでもないシャルロット。いくら親戚といえど現社長には親権もクソも無いし、シャルロット自身も彼らに情などありはしない。

 そこでIS学園――というより更識家がフランス政府及びデュノア社に出した要求は三つ。

 

 一つ、今回の件について、シャルロット・デュノアを罪に問わないこと。

 

 一つ、デュノア社はIS関連事業から撤退し、今後一切シャルロット・デュノアに干渉しないこと。

 

 一つ、デュノア社現社長夫妻の、直接・間接問わぬシャルロット・デュノアへの接触禁止措置。フランス政府は彼らを監視し、シャルロット・デュノアに接触しようとする動きがある場合これを阻止すること。

 

 以上の要求を飲まない場合、フランスとデュノア社にとって甚大な損害となる形で今回の件を公表する。

 実際はもう少しいろいろと複雑怪奇なやり取りがあったが、シンプルに言えば概ねそんなようなことが話し合われて合意が取れて。そのうちの「IS関連事業からの撤退」が今、ようやく準備ができて実行に移された――ということらしい。

 

「へー、そんなことが……。シャルロットがIS学園(ここ)に居られるってだけで全部解決した気になってて全然気にしてなかった……」

 

「私もそんな要求をしていたとは知らなかったが……そうか、よく考えれば、デュノア社をどうにかしておかなければまた同じようになる可能性は高いか」

 

「そーいうことよ」

 

 ともかくこれで、約定が守られる限りシャルロットの憂患は取り除かれたことになる。

 

 もちろん、あの件はフランス政府も噛んでいたわけであるから、デュノア社をどうにかしたところでフランス政府がまた何かしないと言い切ることはできないが――仮にも一国の政府が、同じ人間を使って何かしようとする可能性は低いだろう。多分。

 

「そんなことよりそれ、おねーさんにもひとつ頂戴な」

 

「よかろう。ただしふたつ以上食ったら左腕を部分展開して殴る」

 

「えっ、酷くない?」

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 ある日の昼。五反田弾は祖父に買い出しを頼まれ、両手に大きな買い物袋を()げて住宅街の細い通りを歩いていた。

 

 そろそろ九月とはいえ、まだまだ真夏と言っていい程度には暑い。彼は汗だくになり、胸中に祖父への恨み言を渦巻かせながら自宅たる五反田食堂へと歩を進める。

 

「あっちぃー……って、ん?」

 

 前方から歩いてくる人が一人。それ自体は別に取り立ててどうということもないが、しかしその姿はひどく印象的だった。

 

 小柄な少女だ。顔立ちは白人系。長く伸ばされた髪は銀。白いブラウスに青いスカート。目は閉ざされ、手には白杖。

 

 このあたりでは見かけたことの無い顔だ、というのが弾の抱いた感想だ。いくら生まれたときから住んでいるといえど、住民全員を知っているわけではないが――それでも、噂くらいにはなっていそうなほど印象的な少女。それにも覚えが無いから、観光客か新しく越してきたかのどちらかだろうとアタリをつける。

 

 あと、すげー美少女だな、とも思った。

 

 さて、そんな少女が歩いてくるわけであるが。彼女は先にも述べたように白杖を携えていて、地を叩いている。そして両者は、このままの進路で歩いていてはぶつかる。

 ならば自分が道を空けるべきだろう、と弾が横にズレると、何故か少女は足を止め――。

 

「――五反田弾様ですね」

 

「……え?」

 

 突如として名を呼ばれ、弾もまた足を止めた。少女とはまだ数メートルの距離がある。

 

「五反田弾様、ですよね?」

 

 現在、この通りには弾と少女しか居ない。必然として、彼女の言葉は弾に向けられている――そもそも名を呼ばれているのだからそれ以外は考えづらい――わけだが。しかし弾には理由がわからないし、知らない相手が自分の名前を知っているという事実に恐怖すら覚える。

 

「そうだけど……あんたいったい……」

 

 目を閉じたままの少女に自分が見えているとは思えない。初対面の人間が彼を五反田弾だと断定できるような音なり何なりを発した覚えも無い。

 

「失礼。(わたくし)、クロエ・クロニクルと申します」

 

 スカートを摘んで一礼した少女――クロエは、わけがわからなくて固まっている弾に微笑みかけて、

 

「本日は、さる御方より貴方にお願いがあって参りました」

 

 




 クーちゃん&弾、魔改造計画進行中。
 特に弾は、スティナルートに行く場合にやりたかったことがいっぱいあります。
 クーちゃんは……黒鍵は使いませんとだけ。第三話で不用意なことを書いてしまったせいで今まで出しあぐねていたクーちゃんの今後の活躍やいかに。

 デュノア社云々は要らないかなーと思いましたが、学年別トーナメントのあたりを読み返していて「あれ? でもこれシャルロットの問題の根本的な解決になりませんよね?」と思ったので――急遽後付けでいろいろ捏造しました! ええ後付けです。ライブ感です。
 おそらく穴だらけなんですが、今後一切話に関わらないであろう部分なのでそのうち変更なり削除なりするかも知れません。
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