IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

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第三八話:生徒会長からは逃げられない

 

 月曜日。SHRと一限目の前半部とを使って全校集会が行われた。九月中旬に行われる学園祭についてだ。

 

「それでは、生徒会長から説明致します」

 

 布仏虚が静かにそう告げると、(かしま)しかった生徒たちがサッと口を閉ざす。

 姦という漢字で卑猥なものを連想した人はグラウンドを十周するように。

 

「やあみんな、おはよう。

 私の記憶が正しければ、今年はまだちゃんとした挨拶はしてないよね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後よろしく。

 さて、では今月の一大イベント、学園祭についてだけど――二年生以上は知っての通り、毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票。上位入賞した部は部費に特別助成金が出る仕組みでした」

 

 二年生以上の生徒たちがうんうんと頷くのを見ながら、楯無は続ける。

 

「ですが――皆、ちょっとだけ頭を働かせて頂戴。今年は一年一組に男子が二人居ます。そのうち一人は生徒会に所属していて、そのうえ彼女持ち。迂闊なことはできないけれど――もう一人は、どう?」

 

 ザッ! と、全校生徒の視線が、織斑一夏が居るであろう方向へ向けられた。

 顔を引き攣らせて冷や汗を流す彼を見て「勘付いたかな?」と思うが、それもまた愉しいし――何より、この女子力(物理)包囲網を抜けられやしまい、と楯無は内心ニヤニヤしている。

 

「我が校では部活動への参加が義務になっていますが、彼は無所属。いろんな意味でフリー。

 ――そぉこでぇ! 今年の学園祭には特別ルールを導入します!」

 

 生徒会役員席に座るジギスヴァルトが手元のチープな赤いスイッチを押すと、空間投影ディスプレイが浮かび上がった。

 

「名づけて――『部活対抗織斑一夏争奪戦』! 一位の部活に織斑一夏を強制入部させましょう!」

 

 ぱんっ! と小気味良い音を立てて楯無が愛用の扇子を広げたタイミングで虚が手元のノートパソコンのエンターキーを「ッターン!」と押すと、ディスプレイにはテロップと共に一夏の写真がでかでかと映し出された。

 

『え……ええええええええええー!?』

 

 割れんばかりの叫び声に、ホールが冗談ではなく揺れた。

 叫び声の主な成分は歓喜と驚きだったが――その中には、少しの怨嗟も含まれている。

 

「静かに。あなたたちは次に『どうして出し物が決まった後でそんなこと発表するんだ』と言う」

 

『どうして出し物が決まった後でそんなこと発表するんだ……ハッ!』

 

「うんうん、ノリのいい子はおねーさん大好きよ」

 

 例によって無駄に洗練された無駄の無い無駄な連携を見せた生徒一同に満足げな顔を向けて、楯無は続ける。

 

「発表時期に関しては、各部活の暴走を防ぐためです。突拍子もない出し物が出ても困るしね。毎度毎度却下するのも大変なのよ?

 でも、既に決まった出し物の範囲を逸脱しなければ大抵のことは許可します。

 あなたたちは望むかな? 鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の鴉を殺す、嵐の様な争奪戦を望むかしら?」

 

争奪戦(クリーク)! 争奪戦(クリーク)! 争奪戦(クリーク)!』

 

「よろしい、ならば争奪戦(クリーク)だ。

 私たちは満身の乙女心をこめて今まさに振り下ろさんとする握り拳よ。けれど遠巻きに眺めながら半年もの間堪え続けてきた私たちにただの争奪戦ではもはや足りない!

 大争奪戦を! 一心不乱の大争奪戦を!

 第一次部活対抗織斑一夏争奪戦――派手にやりなさい皆!」

 

 ぱんっ! と閉じた扇子を眼下の生徒たちに向けた、その直後。

 

「うおおおおっ!」「素晴らしい、素晴らしいわ会長!」「こうなったら、やってやる……やあああってやるわ!」「今日から活動時間全部準備にまわすわよ! 秋季大会? ほっとけ、あんなん!」

 

 集会は混沌の坩堝と化した。

 

 一夏は、膝から崩れ落ちそうになったのを、なんとかこらえた。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 さて。集会が終わって(のち)、授業もつつがなく行われ、放課後である。

 

「覚悟おおおおお!!」

 

「おっと」

 

「ぐわああああ!?」

 

 生徒会室に向かう楯無に、竹刀を持った生徒が襲いかかり――傍らに居たジギスヴァルトに撃退された。

 こう、左腕で竹刀を受けて――竹刀と人間の腕がぶつかったときにしてはいけないような金属質な音がしたが、腕はともかく竹刀には何か仕込まれていたのではなかろうか――足を引っかけると、勢いのまま面白いくらい吹っ飛んだ。

 

 そしてそれを見送る間も無く、今度は窓ガラスが破裂した。

 

「…………」

 

 次々と飛来する矢。隣の校舎から飛んでくるそれを、今度はスティナが迎撃する。

 先程の女子が落とした竹刀を拾った彼女はそれを用いて見事に矢を捌き、その間に狙いを定めて――相手が矢を(つが)える隙に竹刀を投擲。下手人たる袴姿の女子生徒の腹にぶち当たり、沈黙させる。

 

「もらったあああああ!!」

 

 バンッ! と廊下の掃除用具のロッカーが開き、ボクシンググローブを装着した女子生徒が現れた。

 

「そぉーい」

 

「なんとおおおおお!?」

 

 が、現れたその瞬間。ロッカーが怪しいと睨んで待ち受けていた本音の当て身を喰らってロッカーへ逆戻り。派手な音を立て、扉が閉まり、そして何事も無かったかのように元通り佇むロッカーだけがその場に残った。

 

「いやー、優秀な護衛が居て、おねーさん助かっちゃうなあ」

 

 上品に笑いながら扇子で自身を扇いでいる楯無。その、隣で。

 

「いや、つーか、何これ?」

 

 生徒会長様御一行に連れられた――というか、授業が終わるや否や教室にやってきた楯無の指示で一年一組の生徒会関係者一同に拉致られた――一夏が唖然としていた。

 

「うん? 見た通りだよ。か弱い私は常に危険に晒されているので、頼もしい騎士たちが守ってくれてるのさ」

 

「生徒会長はサイキョーなんじゃなかったんですか」

 

「あら、覚えてたの」

 

 一本取られたなあ、なんて言って、閉じた扇子で自分の頭を小突く。さすがは名家の出というか何というか、そんな仕草からでさえ俗っぽさが感じられない。

 

「まあ、簡単なことよ。生徒会長は最強でなければならない。その選出方法はなんともシンプルに“戦って倒す”。

 生徒会室へのカチコミに果たし状からの決闘、闇討ち不意打ち、果てはハニートラップまで何でもござれ。どんな手を使われても、“負けた時点で”長失格。倒した者が次の長。

 わかりやすくていいでしょう?」

 

「いやに原始的ですね」

 

「でも一番確実に“最強”を選べるでしょ?

 それにしても、私が会長になってからは襲撃もそんなに無かったんだけど……これは君のせいかなあ」

 

「なに人のせいにしてんですか」

 

 ジトッとした――そしてどこか疲れたような――一夏の視線もなんのその。華麗にサラッと受け流し、楯無はそれには答えずにただ微笑む。

 

「お前を景品にしたからな。勝てんと踏んだ部活が実力行使に出たんだろう。会長になって景品キャンセル、そしてお前を自分の部活に入らせるという寸法だ」

 

 代わりに説明したジギスヴァルトの言葉は、なんとも無責任なものだった。

 

「いや、つーかそもそもなんで俺を勝手に景品にしてんの?」

 

「それについてはちょっと落ち着いてからにしましょう。ほら、丁度着いたよ」

 

 一行が足を止めたのに合わせて一夏もまた立ち止まる。

 楯無が指す扉は他の部屋と比べると重厚で、そしてドアプレートには「生徒会室」と刻まれている。

 楯無が扉をノックすると、ジギスヴァルトにとっては聞き慣れた、そして一夏にとっては初めて聞く声が返ってきた。

 

「確率」

 

 そして楯無がそれに応える。

 

「目安」

 

 さらにもう一度。

 

「不足」

 

 すかさず楯無。

 

「勇気」

 

 そして扉が内側から開かれる。重そうな扉が音も無く開いていくあたり、相当良い物なのだろう。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

「あん、お嬢様はやめてって言ってるじゃない」

 

「失礼しました、つい癖で」

 

 出迎えた虚と話しながら中に入っていく楯無、それに続くジギスヴァルトたち。そして入っていいものか迷って立ち尽くす一夏。

 

「何してるの一夏君、入って入って」

 

「いや、はい……ていうか、今の何?」

 

「何って、合言葉よ?

 ほら、さっき言ったじゃない。生徒会室へのカチコミって。開けた瞬間に襲われたら嫌でしょ?」

 

「……そーですね」

 

 もはや考えるのもアホらしくなって、一夏は言われるがまま室内に入り。虚が引いてくれた椅子に、崩れるように座り込んだ。

 

 ――ブー、と、鳴った。

 

「やーい引っかかったー」

 

「いい加減ぶん殴りますよ楯無さん! いや殴りませんけどね女性だし!」

 

 椅子に敷かれたクッションの下から所謂(いわゆる)ブーブークッションを引きずり出し、一夏が吼える。彼の心は、なんというか、そろそろ限界だった。

 

「わあこわい。でもそれ、私じゃないよ?」

 

「他に誰がこんなことするってんですか!」

 

「私だ」

 

 ジギスヴァルト・ブレヒト。上司(たてなし)からのストレスを(いちか)で発散するクズの名である。

 

 

 

 

 いろいろと打ちのめされた一夏が回復するのに三十分程を要したが、そんな些事はともかく。

 

「それじゃ本題に入ろうか。どうして一夏君を景品にしたのか」

 

「お願いします……」

 

 なんとなく色素が抜けたようにさえ見えるほどに疲れ果てた一夏。そんな彼に、やっとこさ真面目な顔になった楯無は語る。

 

 曰く――てめーがさっさと部活に入らねーからいろんな部活から苦情きてんだよ。

 

 それについては一夏にも言い分はある。

 ISの特訓だけで手一杯で部活などしている余裕は無い。ついでに言えば、自分以外は女子なので精神的につらい。しかもそれが運動部であれば自分は試合には出られない、マネージャーという柄でもない、第一着替える場所もシャワーも無い。

 そんな彼の反駁はしかし、楯無に捻伏せられることとなる。

 

「でも、ISの訓練があるのは他の子たちも同じでしょう?」

 

「うっ……」

 

「それに、キミはいろいろイレギュラーだから今まで強く言えなかった部分はあるけど、我が校は部活に入らなきゃいけないことになってるし」

 

「うぐっ……」

 

「柄じゃないからって校則を破ろうとするなんて、一夏君ってば不良だね。織斑先生に脚色マシマシでチクっちゃおっかなあ」

 

「だーっ! わかりましたすみませんでした!」

 

 根が真面目な一夏が楯無に口で勝てるはずもなく。抵抗虚しく早々に降参するハメになった。

 

「ま、タダでとは言わないから安心して。これから学園祭まで、この美人な生徒会長さんがキミを鍛えてあげようじゃないか。ついでに同じ部屋に住んであげちゃう」

 

「うわ自分で美人とか言ったよこの人。どっちも遠慮します」

 

 本気で嫌がっているのが表情からありありと読み取れる一夏を見ながら、ジギスヴァルトは内心で合掌する。

 

 ――もう手遅れだ、と。

 

 何を隠そうこの美人な生徒会長さんは、既に一夏の部屋に荷物を運び入れて荷解きを終えているのだ。更識の使用人さんたちが一時間でやってくれました。

 

 まあ、これがただ面白がってやっているだけなら、ジギスヴァルトは楯無を殴ってでも――実際は殴ったところで返り討ちだろうが――止めただろう。止められるかどうかはともかく。

 けれども今回、彼女の行動には一応正当性がある。あるったらある。

 

 さて、抵抗を続ける一夏が丸め込まれるまであと何秒かかるだろう――などと益体もないことを考えつつ、彼は先週金曜日の放課後に思いを馳せた。

 

 

 

 

亡国機業(ファントム・タスク)、学園祭来るってよ」

 

〔マジですか

 亡国機業最低ですね〕

 

 なんて楯無とスティナが話しているまさにその時に本音を伴って生徒会室に入ったジギスヴァルトは、話の流れもわからないのに、ただ悟った。

 

 ――あ、これめんどくせえ、と。

 

「詳しく話せ」

 

 どうせめんどくせえなら事情に精通していた方が被害を抑えられる、と判断した故の質問。それに答える楯無もまた、常にない倦怠感を全身から滲ませている。

 

「詳しくもなにも、そのまんまよ?

 あなたか、スティナちゃんか、はたまた一夏君か箒ちゃんか――篠ノ之博士の手が入ってるISを狙ってだとは思うけど、彼らが学園に潜入しようとする動きがあるの。

 ただ、もし彼らが――キミが夏休みに遭遇したような仕事で動いているのなら」

 

「狙いはその中でも特に私か一夏。そして最も潜入しやすいのは学園祭だが、平時に来やがる可能性もある、と」

 

「理解が早くて助かるわ」

 

 そこで問題なんだけど、と楯無は言う。

 

「ジグ君は自衛できるよね? 本音ちゃんを守りながらでも」

 

「うむ」

 

「スティナちゃんも大丈夫でしょ?」

 

〔もちろんです〕

 

「箒ちゃん……は、紅椿がどうにかするだろうからいいとして」

 

「おい、いいのかそれで」

 

「問題は一夏君よ」

 

 ジギスヴァルトのツッコミを無視して、楯無は閉じた扇子をビシッと彼に突きつける。

 

「彼、自衛とか出来ると思う?」

 

「無理だろ」「無理っぽー」〔無理ですね〕

 

 生徒会一年生ズ、即答である。一夏の、戦闘面での評価がよくわかろうというものだ。

 

「でしょう? 一応私が稽古をつけてあげようとは思うけど、学園祭までじゃ付け焼き刃もいいところだし。

 だから、最低でも学園祭が終わるまで……ううん、終わってしばらく経つまでは二十四時間体制で護衛したいところなんだけど――昼間はともかく、寮はどうしようかなあって」

 

 力無く開かれた扇子には「難題」の文字。

 しかし、そんなに難しい話だろうか、とジギスヴァルトは思う。

 

「私が一時的に一夏の部屋に移るのではダメなのか? あいつは一人で二人部屋を使っているのだから、調整は別に難しくもなかろう」

 

 最もシンプルかつ現実的な案。それくらいは楯無なら即座に思いつきそうなものだが――。

 

「ジグ君。隣、隣」

 

「隣?」

 

 言われて隣の席を見る。

 

 今にも泣きそうな顔があった。本音の。

 

「ジグ、私を置いてっちゃうのー?」

 

「え、あ、いや……」

 

「………………やだぁ」

 

「すまんが楯無会長、今の話は無しだ。私は絶対にあの部屋を動かん!」

 

 決壊寸前の本音の頭を撫でながら、叫ぶ。

 

 最近バカップルが加速してねーか、と思う楯無とスティナであったが、口には出さない。

 

「とまあ、こうなることがわかってたから言わなかったわけなんだけど。

 本格的にどうしようかなあ。ジグ君と本音ちゃんの部屋に移ってもらう?」

 

「断固拒否する」

 

「そうよねー」

 

 だらーん、と机に身を任せる楯無。わりと本気で悩んでいるらしく、いつものキレが感じられない。

 どれくらいそうしていたか。泣きそうな本音をジギスヴァルトが必死であやし、なんとか機嫌が直った頃――ガターン! と椅子をはね飛ばして、楯無が立ち上がった。およそ(ろく)なことを考えていないと窺い知れる行動である。

 

「――思いついたわ。私、天才じゃないかしら」

 

「……一応聞いておくぞ。何をだ」

 

「私自身が一夏君の部屋に住むことだ……」

 

 ほらみろ、碌なことじゃなかった――。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 とはいえ、それ以外に誰かが何かを考えつくことも無く。結果的に楯無の案は実行されることになった。

 

 なった、のだが。

 

〔どうして私が

 こんなことを……〕

 

「……ごめん、スティナ」

 

〔いいんです

 一夏さんは悪くありません

 全部あの腐れ生徒会長のせいです〕

 

 ISの特訓なら一年一組の専用機持ち+鈴音にみてもらってるから間に合ってますと拒否する一夏に、ISだけじゃなく生身もみてあげるからと指導をゴリ押しする楯無。

 どうしてそんなに指導したがるのかと問う一夏に、弱いからだとバッサリいく楯無。

 弱いと言われてムキになる一夏に、なら勝負しようと持ちかける楯無。

 売り言葉に買い言葉とばかりに勝負を受ける一夏に、チョロいとほくそ笑む楯無。

 

 で――結果が、畳道場で向かい合う一夏とスティナである。一夏は白胴着に紺袴の武芸者スタイル、スティナは……何故かISスーツ姿だ。

 

「ていうか、なんでスティナにやらせてんですか」

 

「それはもちろん、生身の格闘()()()()私より強いからだよ」

 

 まあ、直接戦ったことは無いから推測だけどね、と彼女は笑う。

 

 道場に居るのは一夏とスティナ、そして楯無だけ。布仏姉妹とジギスヴァルトは仕事があるということで、生徒会室に残っているが……扉が閉まる直前、虚がジギスヴァルトの目の前に書類の山をドーンと置くのが見えた。ついでに、「あの大(うつ)けめがぁ!!」なんて聞こえたから、きっと楯無が溜め込んだ書類なのだろう。

 

「さて、勝負の方法だけど。スティナちゃんに一撃入れたらキミの勝ち」

 

「え?」

 

「逆にキミが続行不能になったら私の勝ちね。それでいいかな?」

 

「え、いや、ちょっと、それは……」

 

 スティナが、というか楯無が不利すぎるのではないか――と言おうとした一夏に、楯無が言葉を被せる。

 

「だーいじょうぶ。キミには無理だから」

 

「………………」

 

 安い挑発とわかっていてもついムッとして、一夏は構えをとった。一夏が子供の頃に通っていた篠ノ之神社の道場では――箒はそれを嫌っていたが――武器を失ったときのための無手での古武術も教えていた。一夏もそれを、少しだけ習っている。

 長年のブランクで錆びついてはいるだろうが、それでも一度身についた技術が朽ちることは無い。

 

「悪いけど」

 

〔どうぞ〕

 

 対するスティナは仏頂面で立っているだけだ。だが、どうぞ、と言うからには既に試合は始まっているとみて良いのだろう。

 

 彼女の実力を、一夏は知っているようで実は知らない。ISでは放課後に何度か模擬戦をしたことがあるし、彼女の試合を見ることも幾度もあったが――生身では、戦ったことも、見たことも無かった。

 

(とにかく、まずは小手調べだ)

 

 基本に忠実なすり足移動。スティナの腕を取らんと手を伸ばす――。

 

「!?」

 

 伸ばした手に軽い、本当に軽い衝撃を感じた直後――ふくらはぎに強烈な痛みを感じ、視界が回転した。そのまま彼の背は畳に(したた)かに叩きつけられる。

 衝撃に息が詰まり、次いでぶはっと息を吐いた瞬間。落とされた踵が鼻先でピタリと止まった。

 

『まず一回、です』

 

 プライベート・チャネルで聞こえるスティナの声を聞いて、一夏はようやく自分が何をされたかを理解した。

 

 彼の方に倒れ込みながらその手の甲を弾き、畳に手をついて回転――ふくらはぎを蹴って彼を倒し、腕のバネで飛び起きる勢いのままに踵を振り下ろす。

 ブレイクダンスにも似た、足技主体の動きだった。

 

『もしかしたら言ったことがあったかも知れませんが――』

 

 一夏が起き上がるのを待つ間に、スティナは言葉を紡いでいく。

 それは、あるいは一夏にとっては知りたくない事実であったのだが。

 

『私、軍の白兵戦訓練()()()最優だったんですよ』

 

 それを聞いて一夏は悟る。彼女が居た軍全体のレベルがどの程度かは知らないが、そこで最優となると今の自分と比べて――否、比べることも出来ないくらいに彼我の実力に差がある。楯無の推測は正しく事実だったということだろう。

 

 そうなると、勝つためには迂闊に仕掛けるわけにはいかない。結果として、両者全く動かず状況は膠着してしまった。

 

『来ないんですか?』

 

 いつもの空中投影ディスプレイでないのは、そちらに意識を向けさせるのはフェアではないから。

 

『では――こちらから』

 

 またしても前に倒れるような動き――しかし今度は、畳スレスレの低い姿勢での前進に繋げる。

 一夏がやったすり足移動とは全く違った、トンと畳を蹴っての、跳躍に近い移動。

 それはつまり、体が完全に浮く瞬間ができるということで――そこを狙われると回避に移るのが遅れる、あるいは無理な回避行動になる、ということ。

 

 ただしそれは、反応できればの話。

 

 スティナの体が傾くところまでは認識できた。だが、その後。気づいたら、懐に入った彼女の回し蹴りが腹を狙っていた。

 

 これは、古武術で言うところの、相手の律動――心臓の鼓動であるとか呼吸であるとか――の間隙をついて動く技術だろうか。咄嗟に体を折ってなんとか躱した一夏がそんなことを考えているうちにも、彼女は次の行動に移っている。

 

(――やべ)

 

 躱し方を完全に間違えた。バランスを崩したこの体勢では、どうやっても避けられない。

 

 振り抜いた脚が畳につくと同時、軸足をそちらに入れ替えて、逆の脚で一夏の右脚を“押す”。ただでさえよろけかけていた彼の体は、それだけでさらに前に傾き、彼女に向けて()()()()()()

 バック転で少し後退しつつ、しかしその途中に脚で彼の頭を挟み――胸板を(すね)で掬うようにしてそのまま投げ飛ばす。

 

 二度(ふたたび)背を畳に打ち付けた一夏は、「プロレスでこんな技あった気がするなあ」なんて的外れなことを考えていた。

 

『二回目』

 

 首のあたりから落ちたせいか、すぐに体を起こすことができず。

 

『続けますか?』

 

 息を乱すことすらなくそう問うスティナの姿に、一夏の闘志が刺激される。

 

「まだまだ、これからだ……!」

 

『はいな。頑張る男性は素敵ですよ』

 

「そいつはどうも、っと」

 

 全身で跳ね起きて、深呼吸。

 焦る精神を落ち着けて、しっかりと相手を見据える。

 

『本気、ですね』

 

「…………」

 

 無言は肯定か。

 必殺を狙い集中力を高めていく一夏とは裏腹に、スティナはあくまで自然体。「一撃入れられたら負け」というルールの都合上、相手がどんな手できても避けられるように備えているのだろう。

 

(初撃で決める覚悟で……!)

 

 スティナの攻め手は「動」……つまり、相手が先手を取ったとしても、それを上回る動きで以て呑む。

 ならば、それをも上回ることが出来なければ勝ちは無い。

 

「……!」

 

 今までとは違う速さに感心したような顔になるが、それだけ。まだ彼女の余裕は崩れない。

 それでも、攻める。スティナが動き出すより前に、一夏は彼女の腕を取って――。

 

「あれ?」

 

 ――居ない。

 

 ――腕の真下を通って、そのまま後ろに回られている。

 

「クソッ!」

 

 伸ばした腕をそのまま背後に振るう。

 その腕を掴まれる。が、腕の速度は落ちない。代わりに腕に感じる重さ。

 一夏の腕の動きを利用して、自身は力をほとんど入れること無く、その腕の上に片手で倒立して――そのまま肩車のように彼の肩に乗る。そして少し重心を動かしただけで、簡単に転倒した。

 

(どんな動きだよ! 漫画かっつーの!)

 

 胸の(うち)で毒づきながら、タダでは起きぬとばかりに彼女の足首を掴もうとする。しかし読まれていたか、軽やかなステップで後退され、彼の腕は空を掻く。

 

 ならばと跳び起き、もう形振(なりふ)り構ってられるかと、今まで投げ技のみを狙っていたのを変更。拳打や蹴りも交えてのラッシュ。

 

 ――だが、当たらない。

 

 躱されている、という感じではない。

 どちらかというと、狙いが絞れない。

 一夏の戦法が変わったからか、スティナの動きも変わっている。フラフラとステップを踏みながら後退。少しでも隙があればすぐに一夏の視界から外れるか、手刀や蹴りをごくごく軽く当てられる。まるで、実戦ならここで終わっているぞと言わんばかりだ。

 彼女は距離が離れるのもお構いなしなうえ、ステップにも規則性が無い。彼女の体の小ささも相俟って、やりづらいことこの上ない。

 ただひとつ確かなのは、彼女が常に動き回っていること。いずれスタミナ切れとなるだろうが――それが一夏より早いなどとは、彼には到底思えなかった。

 

 そしてその予感は、現実となる。

 

(あっ……)

 

 今までのダメージの蓄積もあったのだろう。逃げるスティナを追い続けるうち、体が限界を迎えたか――脚がもつれた。

 それを、見逃すスティナではない。

 

『隙あり、ってやつです』

 

 振り上げた脚を一夏の腕に巻きつけ、跳ぶ。脚で腕を捻りあげながら背中に乗り、そのままうつ伏せに組み倒す。

 

「いっ……てえ!? 腕が、肩が!?」

 

『どうです? 続けますか?』

 

 首筋に指を這わせながら、言う。今ので何回目の“負け”かを考えて発言しろ、とでも言いたげに。

 

「…………わかった、降参だ。だから腕それやめてくれ痛ぇ!?」

 

『はぁい』

 

 クスリと笑いながら、一夏から降りる。

 

「じゃ、勝負はおねーさんの勝ちね?」

 

「ああ! しまった、途中から完璧に忘れてた!?」

 

 こうして、しばらく一夏が楯無の餌食となることが決まった。




 果たして人間に可能な動きなのか……まあフィクションだし、いいですよね。
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