学園祭で出し物をするということは、大なり小なり準備が必要不可欠であるが。
「ちょっと、ガムテープ無くなったんだけどー!」
「あっちに新品あったでしょ!」
「あるぜぇー、超あるぜぇー」
「ガムテープを相手のゴールにシュウウウウウッ!」
「超! エキサイティン! ――って危ないじゃない投げんなバカ!」
準備に割ける時間がたったの二週間程、しかも授業は普段通りあるので放課後の短い時間しか使えない故に――準備は修羅場の様相を呈する。
「本音! 衣装どのくらいできてる!?」
「とりあえずー、しののんのはできてるよー」
「ナイス! というわけで篠ノ之さんはこっち!」
「あ、ああ……」
ナギに引っ張られて教室の隅に連れて来られた箒に、癒子がハンガーにかかった状態のメイド服を差し出した。
「さあ着て!」
「いや、着てと言われてもだな……」
「はーやーく! 衣装合わせの他にもやることあるんだから!」
セシリアが実家から調達してきたメイド服は、一応全員分あった。あったが――スティナやラウラ等、どうしてもサイズが合わない者も居た。そういうメンツの衣装は本音と、演劇部の衣装係や手芸部の生徒が作ることになっている。
そして箒も、サイズが合わなかったうちの一人だ。スラッとしているのに胸は大きいので、体型に合わせると主に胸がきつかったり、丈が足らなかったりする。だからといって逆にそれらに合わせると、今度はぶかぶかなのである。
(どうして私がこんなことを……)
多数決の結果として執事&メイド喫茶になったのは、まあ、いい。
だが、自分は裏方でいるつもりだったのだ。給仕なんて自分の柄ではないし。あんなフリフリの服はあまり似合うと思えないし。
とはいえ、実際に現場で使われているヴィクトリアンメイド服であるから装飾は控え目であるし、新規に作っているものもデザインは合わせてあるのだが――それでも箒にとっては少々ハードルが高いらしい。
そうしたわけで、彼女も最初は頑として拒否していたのだが。あるとき、ルームメイトでもある鷹月静寐に言われたのである。
「篠ノ之さん美人だから絶対似合うって。織斑君もイチコロかもよ?」
「着よう」
即断即決即答であった。一夏を引き合いに出されては是非も無かった。
……という事情も今は昔。時を経た今、箒の心は再びやる気ゲージが減少している次第である。
賢者タイムとも言う。
だが、まあ。彼女にとって、クラスメイトと作り上げる学園祭というのは、悪くない。
ないが、勝手がわからない。
しかし今は違う。束の妹という立場もそうだが、紅椿という専用機を手に入れてしまった彼女は少なくとも三年間、IS学園に居ざるを得ない。
だから――ちょっと頑張ってみようかなと、思わなくもない。
ISは嫌いだし、一部の、一夏に色目をつかう女たちは憎たらしいが――久しぶりに得た、じっくりと人間関係を作っていくチャンスだ。
『▼告/入学カラモウ半年デアリマス/今マデ何ヲシテイタノデアリマショウ』
『う、うるさい! 勝手がわからないんだ!』
『コミュ障乙、デアリマス』
『
『ヤレルモンナラヤッテミルデアリマス』
……まあ、その。紅椿と漫才を繰り広げる程度には心の余裕はできたようで、何よりである。
★
『ほらほら弾幕薄いよ! 何やってんの!』
『これ以上厚くすると訓練にならんと思うが』
『と言いますか……わたくしのスターライトは連射には向きませんし、ビットもローテーションを組まないとエネルギーがすぐに切れます。これ以上は無理ですわ』
『パッケージ換装とかすれば別だけど、龍咆が速射とかできると思ってんの? それ本気で言ってんの?』
『私のレールカノンが速射できると思うか?』
『僕もこのマシンガンより上は持ってないなあ……ジグ、ガトリングの予備とかないの?』
『だから今のままでも充分っつーか無理なんだって!』
〔他人事ながら
これは酷い
……これは酷い〕
所変わって第三アリーナ。
発射速度を最高にしたメルツハーゼから熱弾をばらまくジギスヴァルト。
可能な限りスターライトmkIIIを連射しつつ、ビットからの射撃も絶やさないセシリア。
発射速度を優先してほとんどチャージせずに不可視の弾丸を乱射する鈴音。
当たれば大ダメージのレールカノンを不規則に発射するラウラ。
二挺のマシンガンの引鉄を引きっぱなしにしながら正確にエイムするシャルロット。
少し離れた地上で彼らを
そしてそれらを一身に受ける――一夏の姿。
特に衝撃砲がいやらしい。この弾幕のどこかを見えない弾が飛んでいるだなんて、考えるだけでもゾッとする。
だが、この地獄を目にしてなお彼女の心を支配する程に湧き上がる感情は――怒りだった。
また一夏の周りに女が増えている。あの青髪の女、どこかで見た――そうだ、たしか生徒会長だ。先日放課後に突然彼を拉致していったから何事かと思ってはいたが、あの女も一夏を剣道から遠ざけるのか。あるいは、
――逡巡は無い。
――躊躇いも無い。
罪悪感も――そして自覚すらも無く。
『【警告】
紅椿を起動して青髪の女――楯無に斬りかかろうとした箒を、紅椿自身が拒絶した。同時に届いたメッセージに驚き、慌ててスティナに視線を移す。
――赤い瞳が、こちらを見ている。
「……っ!」
さらには楯無が、背を向けたまま、こちらに見えるように扇子を開く。そこには「丸わかり」の文字。
スティナだけでなく、隣の楯無までもが気づいていた。
焦る箒をよそに妙に落ち着き払った楯無は、何を思ったか振り返り、彼女のもとへと歩みを進める。
「篠ノ之箒さんね?」
「……だったら何ですか」
「不合格」
「……は?」
突然の落第宣告。混乱を強める箒の額を扇子で軽く小突いて、楯無は言う。
「不意討ちを狙うならもっと静かに。あ、物理的な話じゃなくて心の話だよ?
そして確実に殺せる間合いまで決して悟られないように。殺れると確信できるまで決して手を出さないように。あとは、殺れても殺れなくても速やかにその場を離れないと、こんな風に反撃されちゃうわ」
「……えーと」
どうして今攻撃しようとした相手に、殺しの何たるかをレクチャーされているのだろうか。
と、いうか。
「別に――」
殺すつもりは無い――と言いかけて、気付く。気付いて、恐怖する。
自分がISを展開しようとしていたことと――その攻撃の成功は、人を殺めることを意味することに。なにせ相手は生身の人間。ISの腕力で振るわれる刀を受けて真っ二つにならない道理が無い。
「うん、やっぱり不合格。織斑先生も人が悪いなあ」
「は?」
箒の様子を見て楯無が発したその言葉の意味は、わからない。
「よし。じゃあ箒ちゃん、アレ、やってみよっか」
「はい?」
アレ。……アレ?
楯無の指さす先には、どうも一夏の姿があるように見える。
――え? やるのか? アレを?
『望ムトコロデアリマス』
「おい紅椿!?」
『最新型ガ負ケルワケガナイデアリマス/イザ!』
「今のお前は第二世代相当なんじゃなかったのか!」
「はーい、一名様ごあんなーい♪」
〔哀れ〕
一夏に代わって弾幕に蹂躙される箒を見上げて、楯無はいつになく
今、紅椿は自律稼働している。箒は特に操作しておらず、しかし――否、だからこそ――紅椿は弾幕を完璧に避けきっている。
ハイパーセンサーの感知した情報を余すことなく拾い上げ、それを殆どタイムラグ無しに処理して対応できるのだから、その精度は人による操縦とは較べるべくもない。その機動は一切の無駄が無く、第二世代相当の性能であってもこの程度切り抜けられるのだと誇示するようですらある。
――さて。では、これが決して無理ゲーではないのだと示したところで。
『じゃあ箒ちゃん、自分で動かしてみよっか!』
『はぁっ!?』
『▼了解/
『いや、ちょ、待て――』
いまだ
「ぐあああああ!?」
あっという間に弾の雨に飲まれていった。
「まずはISという兵器の脅威を体で覚えてもらわないと、その先なんて望めないものね」
〔だからといって
これは酷い〕
「ちょっと強烈なくらいの方が覚えやすいでしょう? ――さて、では一夏君」
「…………はい」
眩しいくらいにこにこして自分を呼ぶ楯無の姿に背筋を凍らせる一夏。その感覚は間違いでも何でもなく。
「再開しましょ」
語尾にハートでもついていそうなほど甘ったるく言われて、彼は身震いした。
「マジで勘弁してくださいよ! だいたい、なんでこんな訓練――」
「そんなの、キミの被弾率が高すぎるからに決まってるでしょう? 高機動寄りの近接格闘型なんだから、『肉を切らせて骨を断つ』なんて御法度よ? アリーセばりに避けていかないと」
「あんなん無理ですって!」
「そんなのわかってるよ。気持ちというか、目標はそれくらい高くってこと。
ほらほら、ちょっとでも前進できたらおねーさんがご褒美上げるから頑張りなさい!」
そんなこと言われても、と箒の方を見る。彼女が被弾してすぐに皆射撃を止めたが、それでも
彼女よりは操縦が上手いという自負はある。だが、それが何だというのか。少しでも気を抜けば彼女と同じ末路を辿る。それに、先程あの弾幕に挑んだときは後退しながら避けてやっとだったのだ。前進など考えられもしない。
――それでも。
「守りたいんでしょ? なら、まずは自分を守れるようになりなさい。負けはもちろん、刺し違えるなんてことも無いように。それをしてしまったら、その場は脅威を退けられても、
そう、言われてしまっては。
「……わかりましたよ、やればいいんでしょう!」
「うんうん。スティナちゃんも言ってたけど、頑張る男の子ってステキよ」
やるより他は、ないのだ。
(でも、あれを避けながら前進とかできるの、それこそ国家代表クラスの実力者くらいですけどね)
私もちょっと無理っぽいなあ、こっちに矛先が向かないようにしないと――なんてスティナが冷や汗をかいていたのは、その日はなんとかバレなかった。
――まあ、後日結局やらされることになるのだが。それはまた別の話である。
★
そうして目まぐるしい日々が過ぎていって。あれよあれよと言う間に。
「さあ、いよいよ本番よ! 皆、準備はいい? 衣装はきっちり着れてる?」
「ばっちり!」「もち!」「やったるぜー!」
「よろしい!」
学園祭当日である。
「ねえ本音、織斑君とジグ君は?」
「もーすぐ来ると――おー、来た来たー」
ワイワイ騒いでいたはずの一年一組一同、本音の言葉を聞き逃した者は居なかったようで――サッと静まり返り、更衣スペースへ視線を向ける。
――そこには。
「なあ、なんか息苦しいんだけど。襟元開けちゃダメか?」
「我慢しろ。一流の
「いや、一流どころかそもそも俺たち執事じゃねーし」
「今日のこの場に限っては、私たちは執事だよ。そしてやるからには最強の執事を目指す」
「わーかったよ。はぁ……。あ、ジグ、そこの靴ベラ取ってくれ」
「かしこまりました。温めますか?」
「温めるわけねーだろ!? ていうかそれ執事っつーより店員!」
「冗談だ」
などとじゃれ合いながら出てくる二人の執事の姿があった。
「……いける」「いけるね」「勝ったわね」「最初からクライマックスね」
と、よくわからない勝利を確信するクラスメイトの輪から、少し離れたところで。
箒は執事姿の一夏に見惚れつつ、同時にクラスメイトたちに――そしてこれから一夏を目当てに押し寄せるだろう女たちに――苛立ちを感じていた。
さすがに、先日ISで生身の人間を攻撃しかけて恐怖したばかり。楯無にやったように紅椿を展開して攻撃しようとはしない――というか、しようと思っても紅椿に拒否される――が、だからといって彼女の攻撃性がなりを潜めたわけではなく。八つ当たりのように壁をコツコツ蹴っていると、
〔怖い顔しない
壁にあたらない
スマイルスマイル、です〕
「っ!?」
何の前触れもなく現れた空中投影ディスプレイに驚いて
「……ヴェスターグレン」
メイド服に身を包んだスティナが、上機嫌で立っていた。まるでお人形さんのよう、という形容がしっくりくるその姿は、彼女をあまり良く思っていない箒をして可憐だと思わしめる程で。
〔今日はお祭りですし
私たちはメイドです
楽しみましょうよ〕
何より、篠ノ之神社に連れて行ったあの日のように生き生きしていて。
「そーだよしののんー。笑顔で接客してればー、おりむーもイチコロかもよー?」
そして、これから自分の恋人がたくさんの女に囲まれるだろうに全く気にしていなさそうな本音がやって来て、そんな風に言うものだから。
(……そうだな。……ちょっと憧れていたのは事実だしな)
クラスメイトと、協力して、楽しんで、学園祭を成功させる。去年までは叶わぬ願いだったそれを実現させるために、この感情は邪魔だ。
(一夏に私の魅力に気付かせるいい機会だ、とでも思っておくか)
そう決意して、彼女は学園祭開始の合図を待つ。
――決意したところで感情を切り離せるかどうかは別問題なのだと彼女が痛感するのは、この後すぐのことである。
そして、学園祭に際して、ついに。
「ついに、ついに、ついにっ! 女の園、IS学園へと……来た、着いた、やって来たあああああイエイッ!!」
五反田弾、IS学園に立つ。
★
――洋上。
IS学園からおよそ四千メートル離れたポイントにて、
白銀の装甲に陽光を浴びるそれは。右脚が異様に大きな人型のそれは――存在するはずのない、
「上弦月起動。下弦月の観測データを
少女の言葉に従い、白銀のISの右脚が変形。踵に畳まれていた二本の長大なウィングがさらに伸び、そして水平に展開。脚が真ん中から割れ、横にスライドし――巨大な、それこそISの身長の四倍はあろうかという弓となる。
「お呼びじゃないのですよ、あなたたちは。傲慢に過ぎる――よもやその
ウィング間に張られた
狙うは少女の視線の先――祭りに沸くIS学園の、立ち入り禁止のはずの区画。“白”を護るべく
それは祝福であり、感謝であり――懺悔であった。
「――――ナイスファイト、という奴です」
――流星が一条、真昼の空を横切った。
時間かけたわりにいつもより短いですが、キリがいいのでこのあたりで。箒のキャラがブレ始めた今日この頃。