「うそ!? 一組であの織斑君とブレヒト君の接客が受けられるの!?」
「しかも執事!?」
「それだけじゃなくて、ゲームもあるらしいよ?」
「しかも勝ったら写真を撮ってくれるんだって! ツーショットよ、ツーショット! これは行かない手はないわね!」
一年一組の執事&メイド喫茶――長いので御奉仕喫茶という名で申請してあるが――は朝から大盛況だった。
とりわけ忙しそうなのは一夏とジギスヴァルトで、あっちの席でもこっちの席でもひっぱりだこ。二人目当ての客が長蛇の列を成し、終わりの見えない労働が重圧となって彼らを襲う。
ただ――そんな中でも、休憩というものは必要であり。一夏とジギスヴァルトが同時に抜けてしまうと問題だということで、現在は一夏が教室を抜け出して学園祭を回っている。まあ、そもそもこの客入りでは、接客担当は二人以上同時には抜けられないわけであるが。
「一夏と同時に休憩を取って一緒に回るつもりだったのに……!」
〔無理なもんは無理です
諦めて笑顔で接客するべし
慈悲はない〕
「救いは! 救いはないのか!」
〔あると思ってんの?
それ本気で言ってんの?〕
「そのうざったい
一夏に女子が群がる様を見せつけられ、さらには一夏と一緒に回ることさえ絶望的になったこの状況で、箒が若干荒れているようだが――あれはスティナに任せておこう、というのがクラスの共通見解だった。
あの二人、仲が良いのか悪いのかいまいちよくわからないが、多分相性は悪くはないんだろう――とはクラスメイトたちの弁である。
「そういえばスティナは剣道部の手伝いに行かなくていいのかな?」
たまたま手が空いてバックに引っ込んできたシャルロットが、同じくバックでフロアを眺めていたジギスヴァルトに尋ねる。
――なお、彼がここに居るのはサボりでも何でもなく。この御奉仕喫茶のシステムと現在彼が受けたオーダーとの都合上、オーダーされた品が出来るまでここから動けないからである。
「ああ、なんでも部長一人居れば事足りる出し物らしくてな。手伝いは要らんと言われたそうだ」
「あ、そうなんだ?」
スティナは夏休みに箒と戦った後、本当に剣道部に入った。その際生徒会は抜けようとしたが、
――え? 別にやめなくても、掛け持ちしちゃっていいよ。ていうかやめてもらっちゃうと私が困る。
などと楯無が言ってのけてしまったせいで、結局抜けられなかった。せっかくやめるチャンスだったのにと悔しがっていたのが記憶に新しい。
「シャルロットこそ、部活の方の手伝いはいいのか?」
「僕はほら、朝のうちに作って済んでるし。足りなくなりそうだったら呼ぶけど、それまでクラスの方に注力しなさいって言われちゃったよ」
シャルロットの所属する料理部では、日本の伝統料理を作って販売している。事前にジギスヴァルトが聞いたところによると、彼女は肉じゃが担当らしい。
「――さて、そろそろ一夏が戻る頃だな。次はスティナの番だったか」
言って休憩の順番表を確認した矢先。
「戻りましたー、っと」
一夏が休憩を終えて戻ってきた。
「あ、織斑君。丁度良かった、このオーダーを四番に持ってってくれる? あと、五番のお客さんが織斑君じゃなきゃやだって居座ってるから行ってゲームしてきて」
「お、おう。なんかすまん……」
すぐさま静寐にトレーを渡され、慌ててテーブルへ向かう。
その途中、彼はスティナに告げる。
「あ、スティナ。次休憩だろ。弾がゲートで待ってるから行ってやってくれよ」
〔ゲートですか?
何だってそんなところに〕
もう学園祭が始まってしばらく経つ。一夏や数馬と一緒にいろいろ回っているものだとばかり思っていたのだが。
ちなみにその御手洗数馬は、ひとしきり一夏と一緒に回って、今は御奉仕喫茶の行列の一番後ろに並んでいる。
「なんか昨日は興奮して眠れなかったとかで寝坊したんだってさ。さっき着いたって連絡あったから教室まで一緒に来るかって言ってみたんだけど、なんか心の準備がどうとかって――」
「織斑君何してんの! はやくはやく!」
「――っと、急がねーと。じゃ、そういうわけだから」
癒子に急かされて慌ただしくフロアに向かう一夏を見送って。
残されたスティナは現場を取り仕切っている静寐に断りを入れ、弾を迎えるべくゲートへと向かうのだった。――その
★
「ふ、ふ、ふっ……」
IS学園の正面ゲート前で、チケット片手に笑いをこらえている不審者が居た。
「ついに、ついに、ついにっ! 女の園、IS学園へと……来た、着いた、やって来たあああああイエイッ!!」
ていうか、五反田弾だった。――何故か自暴自棄になっているようではあるが。
(寝坊して遅れっちまったけど、数馬にも置いてかれちまったけど――もうヤケクソだコノヤロー!)
さて、ではどうして弾がチケットを持っていて、さらになんだかおかしなテンションになっているのかと言えば。ことは直近の休日まで遡る。
そのとき彼は、彼と一夏共通の友人にしてスティナとも面識のある数馬を招き、自室にてベースの練習をしていた。例の、「楽器が弾けるようになりたい同好会」の集まりである。
「そーいやさ、一夏は彼女できたん?」
「あー、なんか本人は女子に興味が無いとか寝言言ってたぞ。ただ、ジグ
「あー鈴な。そういや帰ってきたんだっけか。
にしても、一夏の野郎まだ言ってんのか、それ……で、ジグって誰?」
ベースの弦を張り直している弾の横で、数馬はアンプリファイアの調整を繰り返している。
「スティナの兄貴分だよ。ニュースでやってたろ、一夏じゃない方の男性操縦者ってやつ」
「あー、あの恐そうなイケメンかー。え、アレってスティナちゃんの兄貴分なの?」
「アレとか言うなよ、普通に良い奴だぞ」
「イケメンで普通に良い奴ってなんかむかつくな」
「まあ否定はしない」
うはは、と笑う。
「そういや、今度学園祭だってな。弾とこは何やるん?」
「うちか? 多分陸上部が、『マッチョハザード ~室伏怒りのパイ投げ~』やるぜ」
「すまん、わけわからん」
「お前んとこは? お前バンドとかやんねーの?」
「人前で弾ける腕前かよってな」
「あー、まあなー、俺たち一年経っても全く上達しねーもんなー」
「ほんまに、どねーかせにゃーおえんのう」
「何弁だよそれ」
「広島だか岡山だか播州だか、なんかそこらへんだったかな。隣のクラスの、その辺り出身の女の子に教えてもらった」
「爆ぜろ」
「なんでさ」
あまり上達する気が見られない調子でダラダラと駄弁りながら、適当に楽器を掻き鳴らしていく。
「しかし、いいよなあ、美少女揃いで有名なIS学園。俺も行きてーよ」
「だよなあ。一夏、女子に興味ないとかアホだよな」
「大アホだよな」
わははと笑ってから、二人同時に黙り込む。
頭の中では、美少女との――弾に限って言えばスティナとの――デートが妄想されていた。
――と、そのとき。
ここがあの女のハウスね。ここがあの女の、ハウスね!
「ん? あ、すまん、電話だ」
「おい着信音おい」
「って、一夏からじゃん! なんてタイムリーな!」
鳴った携帯端末を操作し、弾は嬉々として回線を繋いだ。
『おっす』
「おう一夏。なんだ、どした?」
『前にお前さ、IS学園に来たいとか言ってたよな?』
「おう、言った言った。なに、招待券でもあんの?」
『応』
「――――――」
絶句とはまさにこのことといった様で二秒固まってから、
「え、ま、ちょ、マジで!?」
めちゃくちゃ食いついた。
『マジで。一枚につき一名だけだけど、お前要るかなーと思って』
「要る! 行く!」
即答である。迷う余地など猫の額よりなお狭い。
『まあそう言うと思って、既にお前ん
「マジでか!」
『おう。スティナがな』
「――――へ?」
今度はあまりに呆けた間抜け面で二秒固まってから、
「な、なな、ななな、なんでスティナ!?」
『そりゃ、スティナが自分の分の招待券でお前に来て欲しいって言うから。で、あいつ電話できないから俺が代わりに連絡して、本人がそっち行くってことになったんだ』
郵送でも良いのだが、スティナは直接渡したがった。それは弾の家の場所は知っていても住所は知らないというのもあったし――夏休み以来弾とは会っていないので久しぶりに顔を見たかったという、甘くて酸っぱい乙女な理由もあったりした。
他人のことには妙に鋭い一夏はそれを察して、住所を教えるなどという無粋はせずこうして連絡役を引き受けたわけである。スティナが自分でメールすればいいじゃんなどと言ってはいけない。
『多分そろそろ着くと思うから、詳しくは本人から聞いてくれ。じゃ、俺は数馬にも連絡しなきゃいけないから切るぞ』
「あ、おい!?」
弾が何か言う前に通話は切れ、
「話は聞かせてもらった! お兄は滅亡する!」
ガラッと扉を開けて蘭が乱入し、
「……………………」
絶対零度の眼差しのスティナがその後ろからひょこっと顔を出し、
前歯に青のりついーてるーよー前歯に青のりついーてるーよー♪
「およ、電話が」
数馬の携帯端末が着信音を奏でた。
「…………」
「…………」
携帯端末とベースを抱えて座ったまま動けない弾と対峙したスティナは、温度の無い瞳で弾を見下ろしている。
〔弾さんがIS学園に
来たがっているとは
一夏さんから聞いてました〕
「……はい」
〔男性同士の会話で
そういう話をするのは
仕方ないとは思います〕
「……はい」
そんなことを言う資格は自分に無いとわかっている。恋人というわけでもなく――ましてこの身は
――だからといって。
〔美少女揃いだとか
そんな理由で来たいなんて
言って欲しくなかったです〕
弾にだけはそんなことを言って欲しくないと――そう思ってしまうのを止められるわけでは、ない。
まったく、これでは箒のことを責められない。落ち着いて、割り切って、本来の用事を果たすだけでいいはずなのに。顔を見られただけで満足だったはずなのに。もっと言えば、立ち聞きしてしまった自分の自業自得なはずなのに。
自覚する前――それこそ一緒にウォーターワールドに行ったときには、こんなではなかったのに。
〔チケットは
蘭さんに渡しておきますから
来たければ勝手に来ればいいです〕
違う。そんなことを言いたいんじゃなくて。
〔帰ります
お邪魔しました〕
これ以上ここに居ると抑えられなくなりそうで、彼女は小走りで出て行った。
「……………………」
「……お兄、ドンマイ」
「……………………」
残された弾は抜け殻のように呆けていて。
「マジで!? 行く行く、絶対行く!」
その後ろで、数馬は電話の内容に歓喜し小躍りしていた。
――とまあ、そんなような経緯を思い出して。
(……思い出さないようにしてたのに。一夏はスティナを迎えにやるとか言ってたし……いやそれ自体はすげー嬉しいけど、顔あわせ辛え……。
ていうか、ホントに来てくれんのか? 無理じゃね?)
来たければ勝手に来ればいいとまで言われたのだ。いくら一夏に頼まれたといったって、迎えになど来てくれるだろうか?
(ダメだったらどうすっかなあ。一人でまわるのも寂しいしなあ)
それに、と辺りを見渡す。
「あそこの男子、誰かの彼氏かな?」
「どうだろ、ちょっといいよね」
「えー、私は織斑君の方がいいなー」
弾は若干気合いの入った私服を着ているが、それを抜きにしても十代の男が居るのは目立つらしく、既にいくらかの注目を集めている。
普段の――というよりはスティナと出会う前の彼であれば、飛び上がらんばかりに喜び、出会いの予感に胸を踊らせたことだろう。
だが今は、そんな感情は全くと言っていいほど湧かなかった。こうして衆目をひいていることも、どころか今この場に居ることでさえも、「美少女揃いだから」来たがったのだと証明しているようで嫌になってくる。ついでに、いくらヤケクソかつ
どうしよう失点が多すぎる、胃が痛くなってきた、やっぱり帰ろうか――などとうだうだ考えていると。
「あら、五反田君……だったかしら」
「はい?」
どこかで聞いた覚えのある声に名を呼ばれ、振り返る。そこに立っていたのはファイルを手にした布仏虚だった。
「あ、っと……布仏さん」
「虚でいいですよ。妹と紛らわしいし。
ここに居るということは、誰かの招待? 一応、チケットを確認させてもらっていいかしら」
「は、はい」
どこにしまったっけと焦って少し時間をかけ、弾はポケットから取り出したそれを手渡す。
「はい確かに。配布者は……ああ、やっぱりヴェスターグレンさんなのね」
「やっぱり?」
素直に違和感を口にすると、
「つい昨日まで、五反田君に酷いことを言っちゃっただとか、来てくれなかったらどうしようだとか言って頭を抱えて唸っていたのよ。だから招待してるんだろうなと思って」
そう答えてチケットを返してくれた。
「え、スティナが?」
「ええ。何を言われたかしらないけれど、あまり気にすることはないと思いますよ」
そして、他にも仕事があるからと去っていく。その背を見送りながら、弾は今の言葉の意味を考える。
――希望を持っていいのだろうか。
だって、来てくれなかったらどうしよう、だぞ? それはつまり、そう――あの日一夏が言っていたように、来てほしがっているということだろう?
ああいや、けれど――それを加味しても、やはり顔をあわせづらいことにはかわりない。なにせあんな欲望ダダ漏れの会話を聞かれていたのだ。女なら誰でもいいんだろうなんて思われていないだろうか。そりゃ別に自分とスティナはああいう欲望を持つことさえ許されないような関係というわけではないが、
「――ん?」
――裾を引かれた。遠慮がちに、くいくいと。
「…………」
顔を俯けたメイド服姿のスティナが、弾の服の端を掴んでいた。
「あっ……スティナ」
〔虚さんと
何を話してたんですか〕
「何、って……」
顔を上げぬまま問う彼女は何を思っているのか。表情も伺えないせいで予想すら立てられない。
まさか去り際の言葉について言及するわけにはいかないだろう。しかし逆に言えば、それさえ避ければ正直に答えたって地雷にはなるまい。なにせ、
「チケットを確認させてくれって言われただけだけど」
虚の用件はこれだけだったのだから。
〔本当に?〕
「本当だって」
「…………」
数秒の間。
〔ようこそ念願のIS学園へ〕
顔を上げた。彼女の表情は、安堵と不安と罪悪感とその他諸々がごっちゃになりすぎて逆に穏やかなものになっている。穏やかすぎて無表情にすら見える程に。
〔そこら中に居る美少女に頼めば
誰かは案内してくれるでしょうが
私でいいですか?〕
不安と罪悪感の種は、これ。
弾と学園祭を回りたい。けれど、自分が弾を占有するのは間違っているとも思う。だってその分、彼が
ならば自分ではなく、そこらの生徒に頼んだ方がいいのでは――という思いが彼女を苛んでいる。
けれど同時に。自分はどうしたいのかと考えたときに。
やはり弾と一緒に居たい。触れたいと思うし、触れられたいと思う。許されるとか許されないとかではなく。せめて、弾に拒絶されるまでは。
そうすることで弾が自分に縛られてしまうのはわかっている。彼は今後幾度もチャンスを逃すのだろう。
それでも、他ならぬ自分のために、我が儘を通す。いつか弾に呵責されるその日まで。
その覚悟を決めた罪悪感と、それが今かも知れない不安。
なのに――。
「お、応。スティナで、じゃなくて、スティナがいい。頼むよ」
そんなことを言われたら期待してしまう。希望を持ってしまう。
まっとうな人間ではない自分を、受け入れてくれるかも知れない、と。そんなことがあるはずはないのに。
〔わかりました
どこか行きたいところは?〕
声が出せないことをこんなにありがたく思ったことはない。空中投影ディスプレイに表示される無機質な文字に感情は乗らないから。声が震えるなんて心配はしなくていい。
「いや、どこに何があるかわかんないし、任せるよ」
〔了解です
それではご案内致します
ご主人様〕
「っ!?」
ご主人様、に反応して真っ赤になる弾に一礼して、彼の手を取って
今日は全部――そう、全部忘れて。彼を独り占めしてやるのだ。
というわけで、やって来たのは。
「爆発は芸術だ!」
美術部である。部長の腕章をつけた女子――二年生で、スティナは以前整備室で一緒になって彼女と知り合った――が不穏なことを叫んでいる。
〔芸術は爆発だ
じゃないんですか?〕
「おやスティナちゃんじゃないか。確かにかの有名な芸術家はそう言ったけどね、考えてもみてよ。芸術と爆発がイコールで結べると思う?」
〔いえ全く〕
というか、あれは実際に何かを爆発させるとかではなく、生き方がどうとか生命のエネルギーが云々とか言ってなかっただろうか。爆発は今も続いている。
「そう、芸術が全て爆発だと思ったら大間違い! でもその逆、爆発と芸術はイコールで結べるの! 爆発は
〔須くの使い方間違ってません?〕
「…………。
というわけで、美術部は爆弾解体ゲームをやってまーす!」
あ、逃げた。
「爆弾解体ゲーム……?」
「おや? スティナちゃん、この男子はもしかして、噂の彼氏さん?」
部長の言葉を耳敏く聞きつけて、周囲の部員たちが一斉に反応した。
「彼氏!?」「彼氏持ちが来たの!?」「来やがったの!?」「アパム! 最高難度の爆弾持って来い!」「彼氏持ちを生かして返すなー!」
きゃあきゃあと騒いで、そのうちの一人がスティナに爆弾を押し付けた。
うえぇ……、という顔をしつつも部長に工具を要求し、彼女は爆弾解体に取り掛かる。ちょっと複雑な爆弾が相手でも爆弾解体はスウェーデン軍時代の訓練で慣れています。
「……なあスティナ」
〔はい?〕
手際良く作業を進めていく彼女に、弾が遠慮がちに声をかける。
「IS学園ってそんなことまで学ぶのか?」
〔まあ、そうですね
授業でもやりますよ〕
自分はそれより前にそれが本職だったわけだが――まあ、それは言わない。
ISの操縦と直接関係は無いが、ISに関わるということはそれだけ“IS以外の”危険にさらされることもある。それに備える授業のひとつが爆弾解体だ。
「……蘭、IS学園ってお前が思ってるよりすげーぞ……うん。いろんな意味で」
「…………?」
誰に聞かせるでもなく呟かれたそれをしっかり聞き取ったスティナであるが、かつて五反田食堂で交わされた会話を知らない彼女には何故そこで蘭が出てくるのかわからなくて、首を傾げる。
「お、スティナちゃんさっすがー。もう最終フェイズだね」
最終フェイズ――簡単に言うと、映画でよくある「赤か青か」というやつだ。
実際の爆弾にあんなわかりやすいケーブルを使うかと言えばNOだが――これはゲームなので、やはり赤と青のケーブルが使われている。
正しい方を切ればクリア、間違えればドカンというわけだ。
〔弾さん
どっちだと思います?〕
「えっ俺!? 俺何の知識も無いぞ!?」
〔ゲームですし
どっちが正しいとか
調べられる機材も無いので〕
だから勘で大丈夫だと促すも、弾は真剣に悩み始めた。
そんな真面目に考えなくても、と苦笑しつつ、何か選択の糸口になりそうなものを考える。
(青、青……ブルー・ティアーズ? とするなら赤は……この色味だとアリーセよりは紅椿でしょうか)
これなら選びやすいかな、と、スティナは弾の袖を引く。
「お、おう? どした?」
〔金髪の女性と黒髪の女性
どっちが好きですか?〕
「へ? なんで?」
〔いいからいいから
どっちですか?〕
数秒間考えた後、
「……いや、白かな」
「……!?」
選択肢を無視した弾の発言に心臓が跳ねる。
だからそんな期待を持たせるようなことはやめてくれと――言ってはいないので仕方ないのだけど、それでも少し恨めしい。こちらを弄んでいるのではと勘繰ってしまう。
(…………ん? 白?)
それでも自分の中に少しだけ残る冷静な部分が、あることに気付いて体を動かす。白、白――。
(あ。ホントにあった)
赤と青のケーブルの後ろ。何本もの黒いケーブルが密集する部分。そのケーブルの束を掻き分けていくと、あった。
白いケーブル。
ばちん、とニッパーで切断する。
――ピロリン、と爆弾が鳴った。
「クリアー! おめでとーう!」
「なにぃっ!?」「うそぉ!」「絶対無理なやつ渡したのに!」「なんでわかったの!?」
絶対無理とかそれゲーム成立しないじゃないか、と思ったのをぐっとこらえる。たしかにあれはよほどのことがなければたどり着けまい。そのよほどがあってしまったわけだから、自分がその構造を責めても仕方ない。
「はいこれ景品!」
〔……はい?〕
「…………これ?」
部長がスティナに手渡したのは――飴玉が十個ほど入ったかわいらしい袋だった。
〔飴玉て
あの難易度で飴玉て〕
「あれお客さんにやらせる気無かったから、景品それしか用意してないんだよねー。
あ、じゃあもう一袋あげちゃおう。あと、今度お昼奢ったげるからそれで許してよ」
ちなみに失敗したら参加賞は飴玉一粒だよ、と補足されて、溜め息。
美術部が一位を取ることは無いだろうなぁ、と思いながら、美術部を後にした。
★
(あれは……)
本音ともスティナとも同時には休憩できないので、ジギスヴァルトは一人寂しく徘徊していたわけであるが。人混みの中に既視感のある姿を認めて足を止めた。
(ラウラ……なわけはないな。あいつは今クラスでせかせか働いている。何より盲目などではない。
しかし、ではあれは……誰だ?)
腰まで届く銀髪と顔立ち、小柄な身体はラウラに似ているが――そのせいか、閉じられた目と白杖が強烈な違和感として主張してくる。
「……あら」
「む」
その、ラウラに似た顔が、こちらを向いた。
――見られている。
目は閉じたままだが、確かに見られて――否、そんな生易しいものではない。
きっと、どこに隠れてもこの視線からは逃れられない――そう感じてしまうほどに、圧倒的な。
そして、こちらを見ているその少女が。携えた白杖を
「はじめまして――お兄様」
「……なに?」
目の前に来て、青いスカートをつまんで一礼したこの少女は――今、何と言った? お兄様、とか言わなかったか?
「わたくし、先日助けて頂いた鶴でございます」
「鶴だと? 何を………………あ。ちょっと待て、貴様まさか……」
「ですから、鶴です」
口元に手を当ててクスクスと笑う彼女は、ひとしきり笑った後にもう一歩だけジギスヴァルトに近づき、その手を彼の胸に当てた。その位置、服の下には待機状態のシャルラッハロート・アリーセがある。
「あなたの傭兵としての最後の仕事。日本に来る直前、束様から、弟としてではなく傭兵として依頼されたそれを、あなたはこの子の力を借りずに成し遂げて――あの時、私はあの場に居ました」
たしか、そう。束はこう言っていた。
――えー、どうしても知りたい? でもあんまり気分の良い話じゃないから……あ、そーだこーいうのはどうかな! 悪いお爺さんに捕まった鶴が不眠不休で
……いや、傭兵に仕事を依頼しようってのにそれはどうよ、と思わなくもないが。それ以上のことはどうしても喋ろうとしなかったので、情報不足のまま敵地に乗り込むハメになった。
そして結局、施設を制圧した頃に「鶴はこっちで回収するから、ジグ君は早く帰ってきてねー!」とか指示された。
鶴が何なのかさえ知らなかったが、それが何であれどのみち身ひとつで乗り込んだ彼に回収は無理で。アリーセを使えばどうかわからないが、万一誰かに機体を見られると困るため、素直にそれに従ったわけだが。
「つまり、何か? その不眠不休で機織りをさせられている鶴、というのが……」
「ええ、私です。私にとってあなたは、
そこであっさりと一歩
「近いうちに機を織りに来ます。それまで、寂しいですが――さよならですね」
今度はしっかり白杖を使って、彼女は去って行った。
残されたジギスヴァルトは右手で顔を覆い、天を仰ぐ。
「こいつは……面倒なことになったかも知れん……」
とにかく、今夜にでも束に連絡をつけなければ。我が身の平穏のためにも。
生徒会の出し物は観客参加型の演劇だ。無論、私も生徒会の一員として協力せねばならんのは理解しているし望むところではあるが――楯無会長、この仮面はどうしても被らねばならんのか?
そうか。必要ならば仕方が無い。仮面を被っている間は別の人生を得たつもりで全力で演じよう。ついでに口調なども、変えてみたりしとくゥー?
――いや、やめておこう。
次回、IS -Scharlachrot-。「黒い盾 -Cinderella, the mighty-」
あ、今更なんですが、スティナの空中投影ディスプレイの文字数制限は十五文字×三行=四十五文字です。