結論から言うと、一夏はセシリアに負けた。
とは言え、善戦はしたのだ。初期設定のみの白式――一夏の専用機――で出撃して
――とりあえず千冬姉の名前は守るさ!
と啖呵を切った直後のエネルギー切れだった。だがあのまま攻撃できていれば勝ったのは一夏だったかもしれない。それに初心者があそこまで戦ったのだ、大金星とさえ言える。
「なんで俺負けちゃったんだ?」
「バリア無効化攻撃を使ったからだ。武器の特性を考えて戦わないからこんなことになる」
納得いかないという顔でピットに帰ってきた一夏に、千冬が答える。
白式の零落白夜は自身のシールドエネルギーを攻撃力に転化することで相手のバリアを切り裂き、機体に直接ダメージを与える。するとISに搭載された絶対防御が発動し、相手は大幅にシールドエネルギーを削られることになる。
使い方によっては一撃で敵を沈められるその単一仕様能力について千冬が説明する傍ら、ジギスヴァルトは壁に寄りかかって目を閉じていた。
セシリアのブルー・ティアーズが補給を終える時間を見越して、彼の試合は二十分後に始まることになっている。それまで何もすることがない。
「ジグ」
「……一夏か」
目を開けると、千冬の講義が終わったのか、一夏が右の拳を突き出して立っていた。
「絶対勝ってくれよ、俺の分まで」
「無論だ。あんな高飛車な女に負けはせん」
その拳に自分の拳を軽くぶつける。
今まで特に親しい友人も居なかったのでやったことはなかったが――こういうのも悪くない。
そして一夏は千冬や箒の居るところへ戻っていった。同じピット内ではあるが、集中しやすいように配慮してくれたのだろう。こういうところは鋭いのだがなとジギスヴァルトは苦笑した。
「れっひー」
「……本音?」
この場でするはずのない声がした方を見ると、昼食以降姿を見ていなかった本音が居た。だが、その表情は暗い。
「どうした本音。何故そんな顔をしている」
「っ……なんでもないよー」
「とてもそうは――」
「ブレヒト! 時間だ!」
なんて間の悪い、とジギスヴァルトは内心舌打ちした。だがセシリアはともかく千冬を待たせるわけにはいかない。出席簿が飛んでくるのは避けたい。
「……れっひー」
「何だ?」
「……がんばってね」
「ああ、勝ってくる」
本音から離れて千冬のもとへ。千冬は本音が居ることについては何も言わなかった。
「先生、ゲートを開けてください」
「何?」
「私のISは少々特殊だ。後からセシリア・オルコットに文句を言われると面倒なので、アリーナに出るまでは生身でいきます」
何を言っているんだこいつは、とでも言いたげな表情の千冬だが、ジギスヴァルトは彼女から目を逸らさない。
ふざけているわけではないと悟ったのだろう。千冬は真耶に指示を飛ばした。
「山田君、ゲートを」
「いいんですか?」
「構わん。私としてもオルコットにまた騒がれては面倒だしな」
――そして、ゲートが開く。
「
言ってジギスヴァルトはアリーナへ歩を進めた。
上空にはブルー・ティアーズを纏ったセシリアが居る。一夏との試合でビットが破壊されたはずなのだが、全て揃っているあたり予備があったのだろう。
彼女は、ISスーツを着ただけの生身で出てきたジギスヴァルトに驚いているようだ。それは観客席を埋めているギャラリーも同じで、アリーナはにわかに騒がしくなる。
……何というか、一夏の試合のときより人数が増えている気がする。
まあ、一夏の試合は授業時間と若干被っていたから、授業を終えた生徒たちが噂を聞きつけて集まってきたのだろう。ううん知らないけどきっとそう。
「最後の問いだセシリア・オルコット。本当にハンデは要らんのだな?」
気を取り直してセシリアに問いかける。
「しつこいですわよ野蛮人。一夏さんと違って頭の出来が悪いようですわね」
一夏さん、ときたか。どうやら先の試合中に何か心境の変化があったようだ。だがジギスヴァルトには関係ない。今後の学園生活の平穏をセシリアに邪魔されないためにも、ここで天狗の鼻を完全にへし折る気でいた。
「ならばいい。――来い、アリーセ」
展開は一瞬。変化は瞭然。
ジギスヴァルトは緋に飲み込まれた。
「あれがブレヒトのISか。なるほど、それで生身で出て行ったのだな」
千冬が得心したその横で、一夏と箒、真耶は戸惑いを隠さずにいる。
「あれが、ジグの……?」
「あんなISは見たことがないぞ」
「そもそも
通常、ISは部分的な装甲しか持たない。必要が無いからだ。
ISには絶対防御があるため、エネルギーがある間搭乗者は死なない。よって装甲を増やすということは、それを動かすためのエネルギーを無駄に消費することにしかならない。
だがジギスヴァルトのISは全身を装甲で覆っている。手足や胴はもちろん、頭部さえも。
全体的なシルエットは細く、ともすれば女性的ですらある。それが背部に搭載された
緋色の装甲の中にところどころ黒が混じり、頭部を完全に覆う装甲にはウサギの耳のような突起。体格自体は搭乗前とそれほど変わっておらず、“乗る”というより“着る”という方がしっくりくる。
背中には大型スラスターとは別に小型のスラスターが二基と、腰部にも四基がスカート状に連なったスラスター。さらに腰部背面から尻尾のようにケーブルが一本伸びている。
周囲を見渡すためのアイカメラは彼自身と同じ翡翠色。その目がセシリアを見上げ、そして彼は飛び上がった。彼女と同じ高度で静止し、試合開始の合図を待つ。
ブルー・ティアーズと並んでみると、ジギスヴァルトのISの小柄さがよくわかった。
「……それがあなたのISですか」
目には相変わらず敵意が見える。しかし初日に見たような侮蔑の色は無い。慢心も見当たらない。やはり一夏と戦って何か思うところがあったようだ。
「シャルラッハロート・アリーセ。篠ノ之束の手になるISだ。顔が見えぬから目の前で展開してやったぞ。これで後から別人だの何だのとは言えまい?」
「もとより言うつもりはありませんわ。勝つのはわたくしですから」
睨み合い。シャルラッハロート・アリーセの姿に驚いたのか、ギャラリーも水を打ったように静かになっている。
ジギスヴァルトはギャラリーに聞かれないよう、プライベート・チャネルでセシリアに言った。
『特別サービスだ、セシリア・オルコット。いくぞ』
『はい? 何を――』
セシリアが聞き返す前に、試合開始のブザーが鳴った。
同時。シャルラッハロート・アリーセの大型スラスターが変形、装甲が開き――合計して八基の発振器が顔を出した。
――発振器全てから光が迸り、セシリアを飲み込んだ。撃ち出されたエネルギーがブルー・ティアーズのバリアと反応して爆発が起き、煙が彼女の姿を隠す。
「戯け。躱せと言ったのだセシリア・オルコット」
言いながらエネルギー残量を確認する。可変式大型スラスター《グライフ》に内蔵されたレーザーキャノンは有効射程距離を短くすることでエネルギー消費を抑えたまま高威力を実現しているが、それでもバカスカ撃てるようなものではない。
なにより今回は無理やり出力を上げて射程を伸ばしている。通常より多くエネルギーを喰うやり方だ。事実、アリーセのエネルギーは既に三割ほど減っていた。
しかしさすがに代表候補生。直撃は免れたのか、アリーセのハイパーセンサーはいまだ健在なブルー・ティアーズを捉えている。
「……っ! 言われてませんわそんなこと!」
「攻撃を予言してやったのだ、躱せと言っているようなものだろう」
煙の中からレーザー。セシリアの大型レーザーライフル《スターライトmkIII》によるそれをひらりと躱し、ジギスヴァルトは八〇口径六銃身ガトリング砲《メルツハーゼ》を呼び出した。
銃身長およそ百八十センチ。給弾装置も合わせるとかなり巨大なそれは、小柄なアリーセが持つと余計に大きく見える。
「一夏に言っていたな。貴様はそのISで
★
ジギスヴァルトがメルツハーゼで弾をバラ撒き、セシリアが避ける。その様子はまさに彼の指揮で踊っているかのようだ。
「すげえ……」
一夏はそれに驚きと悔しさを感じていた。自分があれほど苦戦した相手を手玉に取っている。代表候補生をだ。
「なぜオルコットは反撃しないんだ?」
「しないのではなくできないんだ。
先の被弾でオルコットのシールドエネルギーは半分以下。第三世代ISは燃費が悪いうえ、あいつの武装は全てレーザー兵器。これ以上被弾すると攻撃に回すエネルギーが無くなる。
しかもブレヒトのアレは大口径の連射武器だからな、一度被弾すると連続でもらいかねない。よってオルコットは回避に専念するしかない」
「ビットを使ったらどうなんだ?」
「織斑、お前は実際にあいつと戦っただろうが。あいつはビットを操作しながらは動けん」
「あ、そうか」
箒と一夏の疑問に千冬が答えている間もジギスヴァルトは弾を吐き出し続ける。
「それにしても、なんでお茶会なんだ? あいつってそんなキャラか?」
「あ、それはおそらくあのISの名前とかけているんだと思いますよ」
今度は二機のデータを見ていた真耶が答える。
「ブレヒト君のISの名前はシャルラッハロート・アリーセ。日本語だとおそらく“緋色のアリス”となります。
そして解析データによると開幕に放ったレーザーの名前がグライフ、これは“グリフィン”ですね。それからあのガトリング砲がメルツハーゼ、日本語だと“三月ウサギ”です」
「それがなんでお茶会?」
「不思議の国のアリスだな」
箒の行き着いた答えを真耶は肯定し、さらに続ける。
「おそらく全ての武装がアリス関連の名前なんだと思いますよ。まだ使用されていない武装は解析できないのでわかりませんけど」
「……それってジグの趣味なのかな?」
「いや、おそらく束だろう。さっき『束の手になるIS』と言っていたしな」
親友の姿を思い浮かべて千冬は言う。あいつは不思議の国のアリスが好きだったはずだ。
今まで束の手で隠されていたというジギスヴァルト。今度、奴に束のことをいろいろ聞いてみてもいいかもしれない――などと考えたところで試合が動いた。
「ていうか箒、お前不思議の国のアリスなんて知ってるんだな」
「……私だって女だ、別に不思議なことでもないだろう。そんなことより、オルコットが仕掛けるようだ」
★
メルツハーゼの弾が切れた。
とは言え、毎分数千発の弾を撒き散らすメルツハーゼの弾幕をセシリアは五分間避けきったのだ。彼女が避けた弾の数を考えればむしろここまで弾切れにならなかったことにこそ驚くべきである。
ジギスヴァルトはメルツハーゼを消し、次の武装を展開しようとしている。この瞬間こそがセシリアの待ち望んだ瞬間であった。
「行きなさい、ブルー・ティアーズ!」
四基のビットがジギスヴァルトを取り囲む。対して、ジギスヴァルトが展開したのは刃渡り二メートルはあろうかという片刃の大剣《ヴォーパルシュピーゲル》。
このまま遠距離から攻撃すれば――いける。
そんな希望は一瞬で崩されることになる。
「そんなっ!?」
四基のビットからの一斉射撃。そのうちの三射はバリアすれすれの位置を通るように躱し――あろうことか残りの一射は大剣に反射させて軌道を曲げられ、別のビットに直撃した。
(それなら……!)
一斉射撃は中止。残る三基のうち二基で威嚇し、もう一基はハイパーセンサーの死角に飛ばす。
ハイパーセンサーは全方位死角無く一度に見ることのできる技術だが、それを扱うのは人間。人間の脳では全方位の情報を一度に処理することは出来ず、どうしても前方以外は意識しないと関知しづらい。
そんな死角を狙った射撃。だがそれはまたしても大剣で軌道を曲げられ、ビットをまたひとつ墜とされてしまう。
「わかりやすいな。避けてくれと言っているようなものだ」
ジギスヴァルトの挑発。それが動揺し不安定になっているセシリアの集中を乱す。
集中が鈍ればビットの制御は甘くなる。ブルー・ティアーズの動きは一瞬止まり――その一瞬を見逃さなかったジギスヴァルトは一気に近づいてビットを全て切り裂いた。
「……飽きたな。終わりにしよう」
――
「ぐっ……!」
上段から振り下ろされた大剣を咄嗟にスターライトmkIIIで受け止めるも、スターライトmkIIIは破壊され、衝撃を殺せず地面に叩き付けられる。
間髪を入れずジギスヴァルトはアサルトライフル《ヴァイスハーゼ》を右手に展開。フルオート。
『セシリア・オルコット、エネルギー切れです。勝者、ジギスヴァルト・ブレヒト』
マガジン一本撃ち尽くした丁度そのとき、ジギスヴァルトの勝ちが決まった。
地上に降り立ち、ISを解除する。ギャラリーが騒然となる中、彼はニヤリと笑ってセシリアに言い放った。
「どうだ、男もなかなかやるものだろう?」