IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

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第五話:デザートにプリン

 

 試合を終え、ジギスヴァルトは寮へ繋がる道を歩いていた。

 

 ピットに戻ったとき、本音は居なかった。誰に聞いても行方はわからないと言うので、部屋に戻れば会えるかも知れないと判断した。

 

 試合前に見た彼女の顔が頭をよぎる。なんとなくだが、思い詰めたような顔をしていた。

 

「……誰だ?」

 

 不意にジギスヴァルトが立ち止まった。振り向いて、近くの茂みを注視する。

 

「もう一度聞く。誰だ」

 

「はいはい降参降参」

 

 両手を挙げて出てきたのは青い癖毛と赤い瞳の少女。片手に閉じた扇子を持っている。リボンの色からして二年生のようだ。

 

「いやー、気付かれるとは思わなかったわ。お姉さんはびっくりです」

 

 手をおろして扇子を開く。毛筆で“見事!”と書いてあった。

 

「よく言う。わざわざ気付かれるように動いたのだろう。今の今まで気付かなかったしな」

 

「いやいやそんな謙遜なさるな。《灼熱の緋(グリューエン)》の名が廃るわよ?」

 

「……何の話だ?」

 

Wer kaempft, kann verlieren.(戦う者は負けるかもしれないが) Wer nicht kaempft, hat schon verloren(戦わない者は既に負けている)

 

 少女の口から出てきたそれに、ジギスヴァルトの顔が強張る。

 

「自己紹介がまだだったわね。私は更識楯無。この学園の生徒会長よ」

 

「その生徒会長が、何故ベルトルト・ブレヒトの言葉をわざわざ私に?」

 

 言葉それ自体はドイツ人作家ベルトルト・ブレヒトのものだ。知る者は多い。

 

 だがそれを、《灼熱の緋》という単語と共に口に出す。それもジギスヴァルトに向かって。それが問題なのだ。

 

「あなたのISの待機状態、あれが掘られているのでしょう?」

 

「……だから何だ」

 

「《灼熱の緋》と呼ばれる人物が率いた、ドイツ最強とさえ言われた傭兵部隊。数年前に突如全滅したその部隊のシンボルがその言葉」

 

「……つまり?」

 

「私はあなたが《灼熱の緋》だと思っているわ。(あか)いし、ドイツ人だし、彼らのシンボルを大事にしているようだし――それにその左腕、生身じゃないでしょう?

 見たわよー篠ノ之箒さんとのチャンバラ。あんな速さで竹刀振れないわよ人間は」

 

 ――正直表情を隠すので精一杯だった。

 

 彼女の言う通りだった。ジギスヴァルトは束に拾われる前、およそ一年の間だけ《灼熱の緋》を継いでいた。そして左腕は束の用意した義手だ。

 

 どうやって調べ上げた。何を知っている。何が目的だ――。

 

 ……しかし彼は気づいた。今更自分が《灼熱の緋》だと知られたところで特に不都合は無い。どうせ部隊は全滅して彼しか生き残っていないのだし、本来の《灼熱の緋》は自分ではないのだから。

 

 それに目の前の少女は“更識”と名乗った。たしか更識は対暗部用暗部と言われる家系だったと記憶している。変にしらを切って敵に回すと後が怖い。

 

 結論として――バラすことにした。

 

「私がその《灼熱の緋》だとしたら――どうする?」

 

「もしこの学園を害する意思があるなら始末するわ」

 

「そうか。ならば安心しろ。今の私はこの学園の一生徒であるし、私は篠ノ之束の頼みでここに居る」

 

「篠ノ之博士があなたに何を頼んだと言うの?」

 

「学校に行ってこい、だそうだ。ついでに織斑一夏を守れと」

 

「…………」

 

 楯無の顔があからさまに歪んだ。自分たちが任されている警備にいきなり他人が割り込んできたようなものであるから無理からぬことだが。

 

「ああ機嫌を悪くしないでくれ。別に更識や学園の警備が信用できないと言っているわけではない」

 

「ならどういうことかしら?」

 

「護衛は私をその気にさせる口実に過ぎない。束さんの――否、私の目的は、単に今まで経験の無い学校というものに通うこと。普段の一夏の安全は学園側に任せる」

 

 楯無はじっとジギスヴァルトを見ている。彼の言葉が信用に足るかどうか測っているのだろう。

 

 どれくらいそうしていたか。楯無はふぅ、とため息を吐いて表情を緩めた。

 

「いいわ、信じましょう。何かあったとき、もしも私たちよりもあなたの方が早く対応できるようならそちらに任せる」

 

「感謝する、更識楯無」

 

「堅いわねぇ。あなたもこの学園の生徒なんだし、楯無でいいのよ。それか、たっちゃん」

 

「了解した、楯無会長」

 

「……まあいいでしょう。時間を取らせてごめんねー。それじゃあお姉さんは帰るわ」

 

「待て」

 

 踵を返しかけた矢先に呼び止められた楯無はバランスを崩してつんのめった。恨みがましい視線をジギスヴァルトに向けるが、彼は構わず言葉を続ける。

 

「生徒会には本音が所属していたな。なにやら思い詰めた顔をしていたのだが、心当たりは無いか」

 

「あー……それは多分、これねえ」

 

 申し訳なさそうな顔で楯無が取り出したのはICレコーダー。彼女が操作すると今日の昼食のときのジギスヴァルトたちの会話が再生された。

 

「……なんだそれは」

 

「いやー、その、ね? 織斑一夏君は身元とかハッキリしてるからともかくとして、あなたはいろいろと警戒対象だったから、その……たまたま同室だって聞いて、あの、本音ちゃんに、監視を、お願い……してて……」

 

「その一環として、私にISのことを喋らせてそれを録音するよう指示した、か?」

 

「……そうです」

 

 目を逸らして答える楯無。ジギスヴァルトは盛大にため息を吐き、踵を返す。

 

「彼女は寮に居るのか」

 

「居ると思うわ」

 

「ならば今日のところは私が何とかする。だが次に彼女にあんな顔をさせるようなことがあれば、そのときは覚悟してもらおう」

 

 とは言えここはIS学園、相手は対暗部用暗部更識。自分一人ではどうにもならないのはわかっている。要は、それくらいの気概があると示すための方便だ。

 

「肝に銘じておくわ。私としても、幼なじみのあの子にこんなことはそう何度もさせたくないしね」

 

 楯無は扇子を一度閉じ、再び開く。そこには“反省”と書かれていた。……既に背を向けて歩き始めているジギスヴァルトには見えていないが。

 

 肩をすくめて楯無もまたその場を去る。

 

 彼女の言葉がどこまで信用できるか、それを考えながら、ジギスヴァルトは再び寮へと急ぐ――。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 部屋に帰ると、中は真っ暗だった。

 

「本音? 居ないのか?」

 

 照明をつけて部屋を見回すと……居た。ベッドの上で頭まですっぽりと布団を被っている。

 

「居るじゃないか。返事をしてくれないと心配するだろう」

 

 ジギスヴァルトも自分のベッドに腰を下ろし、本音に声をかける。反応は無い。寝ているのかも知れない。

 

「……先程生徒会長に会った」

 

「――っ!」

 

 ビクッと布団が震えた。起きているようだ。

 

「私のことについていろいろと聞かれたよ。全く、あそこまで見事にバレるとは私としても予想外だった」

 

 笑いながらそう言うと、ようやく本音が顔を出した。目のあたりが腫れている。泣いていたのだろう。

 

「れっひー、怒らないの?」

 

「怒る? 何をだ」

 

「私、れっひーのこと監視してたんだよ?」

 

「ああ、聞いた」

 

「勝手に録音したんだよ?」

 

「それも聞いた」

 

「今までのれっひーとの関係……初日に仲良くしようって言ったのとかも、全部監視のための嘘かもしれないんだよ?」

 

「嘘なのか?」

 

「違うけどー!」

 

 ガバッと本音が起き上がる。

 

「でも、監視のこととかバレたときにそう思われたらどうしようとか……もしかしたら嫌われるかも、とか……思ったら……思ったらぁー!」

 

 俯き、再び泣き出した本音。

 

 ジギスヴァルトは正直こういうときどうすればいいのかわからない。束に拾われてからISの実験と傭兵稼業以外のことはしてこなかったため、対人スキルが著しく低い。

 

 悩んだ挙げ句――。

 

「ふぇ?」

 

 ――とりあえず頭を撫でてみることにした。

 

「泣くな本音。そんなことでは嫌わん」

 

「……嘘」

 

「嘘ではない。むしろ私は嬉しいぞ」

 

「……嘘だー」

 

「だから嘘ではないと言っている。そんな風に悩む程度には私のことを好いてくれているということだろう? どこに怒る必要がある」

 

 これは彼の偽らざる本心だ。責めるべき者が居るとすれば本音ではなく彼女に命じた楯無だし、そもそもたった二人の男性操縦者の片割れという時点で何らかの監視がつくのは予想していたのだ。彼にとってみれば予定調和とさえ言える。

 

 だが本音にとってはそうではないのだろう。本心から仲良くなりたいと思った相手を監視しろと言われて、この数日間彼女は罪悪感を抱え続けていたに違いない。

 

「……ふむ、やはり本音を泣かせた楯無会長は締め上げておくか」

 

「だ、ダメだよそんなことしちゃぁー!」

 

 慌ててわたわたと両手を振る彼女がおかしくて、ジギスヴァルトはついつい吹き出してしまった。本音はびっくりしたのか、泣くのもわすれて目を円くしている。

 

「ククッ……冗談だ。あまりに君が泣き止まないものだからついな」

 

「うぅー……」

 

「とにかく気にする必要は全く無い。どうしても気になると言うのなら、今後はこれまで以上に仲良くしてくれればそれでいい」

 

「…………うん、わかった」

 

 ようやく落ち着いてくれたようだ。全くあの生徒会長、とんでもないことをしてくれる。

 

 ともあれ、とジギスヴァルトは立ち上がった。現在時刻は七時前。丁度夕飯時だ。

 

「本音、食事はまだだろう。食べに……いや、目が腫れているな。その状態では人前には出られまい。取ってこよう、何が良い?」

 

「え……えっと……じゃあ、おうどん……」

 

「了解した」

 

「あ、あとあと! デザートにプリンー!」

 

Jawohl, Fraeulein(かしこまりました、お嬢様)

 

 ジギスヴァルトが部屋を出て行く。本音はベッドに横になり、今しがた彼がかけてくれた言葉を思い返した。

 

 ――そんなことでは嫌わん。

 

 ――そんな風に悩む程度には私のことを好いてくれているということだろう? どこに怒る必要がある。

 

 ――どうしても気になると言うのなら、今後はこれまで以上に仲良くしてくれればそれでいい。

 

「ジグは優しいなあー……」

 

 皆が呼ぶように自分もジグと口に出してみたが、これはなかなかに、なんというか、恥ずかしい。当分は今まで通りれっひーでいこう。

 

「みんな、おりむーと比べてちょっと怖そうとか、近寄りがたいとか言ってるけど、全然そんなことないよねぇー」

 

 でも、それで彼に女の子がいっぱい寄ってこないならその方がいいかも、なんて思う。思って――どうしてそんな風に思ったのだろうと首を傾げる。

 

 彼女が違和感の正体に気付くのはもう少しだけ先の話である。

 

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