IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

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第六話:ようよう兄ちゃん金くれよ

「では、一年一組のクラス代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一つながりでいい感じですね!」

 

 セシリア戦の翌日。SHRでの真耶の言葉を聞いて、一夏がゆっくりと手を挙げた。

 

「先生、質問です」

 

「はい、織斑君」

 

「俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

 

「それは――」

 

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 

 がたんと立ち上がり、腰に手を当ててセシリアが声高に宣言する。

 

「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから、仕方のないことですわ。

 それで、まあ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして――」

 

「反省も辞退も結構だが、お前は私に負けただろうセシリア。それも一方的に」

 

「ジグさん!? 話の腰を折らないでいただけます!?」

 

 話に割り込んだジギスヴァルトに青筋を立てて怒鳴るが、対するジギスヴァルトは涼しい顔で受け流している。しかしその雰囲気に以前のようなトゲは無く、むしろじゃれ合っているようにも見えた。いつの間にか名前で呼び合っているし。

 

「ていうか、そうだよお前が一番勝ったんじゃねえか! お前やれよ!」

 

 ビシィッと一夏に指をさされ、ジギスヴァルトは深く溜息を吐いた。その表情から、態度から、雰囲気から、彼が残念がっていることがよくわかる。

 

「私とてクラス代表には興味があった。ああ、あったとも。できることならやってみたかった」

 

「だったら――」

 

「だが、昨日セシリアと話し合った結果、一夏にクラス代表を譲ると約束してしまったのだ。傭兵稼業は信用で成り立っている。約束を違えるわけにはいかん」

 

 彼は昨夜、本音の食事を持って部屋に戻った後のことを思い出す。

 

 何故か本音に「れっひーが食べさせてー」と要求され、うどんは食べさせるには向かないからとなんとか断ったもののプリンは押し切られた。そして精神をかなり削られながらプリンを食べさせ終えたのとほぼ同じタイミングで扉がノックされたのだ。

 

 人前に出られる状態にない本音に代わって応対すると、来訪者はセシリアだった。なにやらジギスヴァルトに用があるらしい。あまり他人に聞かれたくないからとロビーに呼び出された。それならロビーよりもどちらかの部屋の方が良いのではと彼は思ったが、それを口にする前にセシリアは歩き去ってしまっている。

 

 そして一連の会話を聞いて何故か急に不機嫌になった本音をなんとか宥めて、彼はロビーへ向かった。消灯まではまだ時間があるが、それでも用もなしに出歩くような時間でもない。ロビーにはセシリア以外に人は居なかった。

 

「それで、何の用だセシリア・オルコット」

 

「ひとつは、謝罪ですわ。先日は無礼なことを言って申し訳ありませんでした」

 

 互いに欧州人、頭を下げることこそしなかったが、彼女が本当に心からの謝罪を口にしていることはわかった。

 

「そうか。こちらもすまなかったな。ついカッとなってイギリスを貶してしまった」

 

「それはお互い様ですわ。それと、わたくしのことはセシリアで構いません」

 

「了解したセシリア。私もジグでいい。それで? 他の用件は何だ?」

 

「そ、それはですね……その……」

 

 ジギスヴァルトが促すも、セシリアは言いづらそうに視線を彷徨わせるばかり。

 

 ……そのままなんと五分が経過し、さすがのジギスヴァルトも痺れを切らした。

 

「……用が無いなら帰るぞ。本音を待たせているのでな」

 

「あっいえちょっとお待ちになって! 言います! 言いますからぁ!」

 

 だったら初めから言え――とは言わなかった。かろうじて。

 

「あの、ですね……? ジグさんは、クラス代表……なりたいですか?」

 

「何?」

 

 おかしなことを聞く。なりたいからこそああして試合を――いや待てそういえば、ジギスヴァルトと一夏はクラスの皆に推薦されこそすれ、自らやりたいと言ったことはなかった。それにあの試合も半ば成り行きだったし、そう考えるとセシリアは二人の意志を知らないことになる。

 

 ……まあ、一夏はやりたくなさそうだったが、それはそれだ。

 

「そうだな。興味はある。なにしろ学校生活というもの自体が初めてだ。あらゆることに興味は尽きない」

 

「そう、ですか……」

 

 セシリアの顔があからさまに曇る。そんなにクラス代表になりたいのだろうかと思ったが、続くセシリアの言葉でそれは否定された。

 

「あの、一夏さんにクラス代表を譲っていただくことはできませんか?」

 

「何?」

 

 なんとも意外な要請だった。

 

 話を聞くに、セシリアは一夏のために、彼をクラス代表にしようと考えているらしい。クラス代表ともなれば他のクラスや学年の生徒と戦う機会が増える。今日の試合で自分を追い詰めるほどの成長を見せた一夏なら実戦の中でさらに強くなるに違いない、と。

 

 それに、セシリアやジギスヴァルトがコーチを引き受けることも出来る。他者に教えるためには自らもそれについて深く知っていなければならない。だから一夏に教えることで自分たちも上を目指すことができる。

 

 そう理由を並べ立てるセシリアだが、ジギスヴァルトはどうも他の理由があるように思えてならなかった。

 

 明確な根拠は無い。ただの気のせいである可能性の方が高い。だが彼女が一夏の名を口にするときの声の調子、目の輝き、そして表情が、なんというか――甘ったるいとでも言おうか。

 

「一応尋ねるがセシリア。君は一夏に惚れたのか?」

 

「なぁっ!?」

 

 瞬時に耳まで真っ赤になった。どうやら図星のようだった。

 

 それを見てジギスヴァルトの中で話が繋がっていく。セシリアの真意が見えた気がした。

 

「なるほど。一夏をクラス代表に据えてあいつを鍛える必要性を作り出し、あわよくばコーチを買って出てアプローチがしたい。そういうことだな」

 

「だいたい合ってますけどそんな真顔で指摘しないでいただけます!? とても恥ずかしいですわ! せめて茶化してくださいな!」

 

「何を言っている。人が人を好きになる、これ以上に真摯で純粋なものがあるものか、いや無い。茶化せるはずがないだろう」

 

「だからそれをやめろと言っているんですのよぉ!」

 

「落ち着け、何をそんなに怒鳴ることがある。聞きつけた誰かが来たらどうするのだ」

 

「あなたのせいでしょう!?」

 

 ――とまあ、後半はなんだかキレ芸の漫才のようになってしまったが。結局ジギスヴァルトはセシリアの頼みを聞き入れた。

 

 もちろん、彼には彼の思惑があってのことだ。一夏にもし何かあったとき、せめて誰かが援護に来るまでくらいは自衛できなければ彼としても少々どころではなく厳しいものがある。故に一夏には最低限の力を早急につけてもらう必要があり、そのためにはクラス代表をやらせるのが一番という結論に達した。

 

 自分がクラス代表になれないのは非常に、非常に、非っっっっっ常に口惜しいが、友人と束のためなら仕方ない。仕方がないのだ。悲しくなんてない。

 

「というわけで一夏、やれ。拒否することは私に対する冒涜だ」

 

「どういうわけだよ! 説明しろ! 二人だけでわかり合ってないで、お前らは説明をしろぉ!」

 

 一夏の叫びも虚しく、説明は為されない。やいのやいのと話は進んでいく。

 

「いやあ、セシリアわかってるね!」

 

「そうだよねー。せっかく世界で二人だけの男子が居るんだから、同じクラスになった以上持ち上げないとねー」

 

「ジグ君が辞退したのはちょっと意外だったけど」

 

「私たちは貴重な経験を積める。他のクラスの子に情報が売れる。一粒で二度おいしいね、織斑君でもジグ君でも」

 

 クラスメイトを売るな、と言いたいところだったが、言わない。この一週間でジギスヴァルトは学んだのだ。

 

 騒いでいる女性に男の声は届かない――と。

 

「そ、それでですわね」

 

 コホンと咳払いをして、顎に手を当てるセシリア。

 

「わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間が――」

 

「私に負ける程度のパーフェクトさだがな」

 

「だから話の腰を折らないでくださいな!?」

 

 ついつい口を挟んでしまった。ジギスヴァルト自身にもなんだかよくわからないが、こうすると楽しいのだ。愉悦というやつだ。

 

「とにかく! わたくしがIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を――」

 

 バァン! と机を叩いて箒が立ち上がった。

 

「あいにくだが、一夏の教官は足りている。私が、直接頼まれたからな」

 

「あなたまで遮らないでください! 反論するにしてもせめて最後までいわせていただけません!?」

 

「黙れ。頼まれたのは私だ。い、一夏がどうしてもと懇願するからだ」

 

 もはやちょっと泣きそうになっているセシリア。原因の大半を担ったはずのジギスヴァルトですら少しかわいそうになってきた。

 

 ……ところで。

 

「一夏、お前、懇願したのか」

 

「してねえ」

 

「だろうな」

 

 織斑一夏の苦難は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、ブレヒト。試しに飛んでみせろ」

 

 四月も下旬。桜の花もほとんどが散り、見事な葉桜となり始める頃。一組の面々は千冬の授業のためにグラウンドに出ていた。

 

「ふむ、これがヤパーニッシュ・カツアゲというものか」

 

「まだ小銭の音がするじゃねえか! というやつですわね」

 

「いや違えよ」

 

 一夏のツッコミにジギスヴァルトは肩をすくめた。一度言ってみたかっただけだ。

 

「くだらんことを言っていないで早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒とかからないぞ」

 

 千冬に睨まれ、指名された三人は意識を集中させた。次は叩かれると身を以て学んでいるのだ、無駄な負傷はしたくない。

 

 ISは一度フィッティングを済ませると、その後はアクセサリーの形状で操縦者の体にくっついて待機している。一夏は右腕のガントレット、セシリアは左耳のイヤーカフス、そしてジギスヴァルトは首にさげたドッグタグ。質量保存の法則はどうしたとか突っ込んではいけない。全ては量子化とやらが解決してくれる。

 

 ……ところで、ガントレットはアクセサリーにカテゴライズしていいのだろうか。

 

「織斑、早くしろ。他の二人はすでに展開済みだぞ」

 

 言われて一夏が左右を見ると、二人は既にブルー・ティアーズとシャルラッハロート・アリーセを纏って地面から数十センチ浮いていた。相変わらずジギスヴァルトは顔が見えない。

 

 一夏も慌てて白式を展開する。展開までの時間、およそ0.7秒。まずまずだ。

 

「よし、飛べ」

 

 言われて、セシリアとジギスヴァルトの行動は早かった。急上昇し、遥か頭上で静止する。

 

 一方、一夏の上昇速度は二人と比べてかなり遅かった。

 

「何をやっている。スラスターの化け物のシャルラッハロート・アリーセはともかく、ブルー・ティアーズより白式の方がスペック上の出力は上だぞ」

 

 そんなことを言われても、と一夏は思う。急上昇、急降下は昨日習ったばかりであるし、何より“自分の前方に角錐を展開させるイメージ”でと言われてもなんとなく感覚が掴めない。

 

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

 

「そう言われてもなあ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。そうだ、ジグはどんなイメージで飛んでるんだ?」

 

「私は鳥をイメージしている。丁度グライフが翼型だしな」

 

 言って背中の大型スラスターをガシャンと動かす。確かに、シャルラッハロート・アリーセは遠目には鳥に見えなくもない。

 

「白式にも翼状の突起があるじゃないか。いっそ羽ばたいてみたらどうだ?」

 

「……なんかそれカッコ悪そうだな。まあ考えとくよ。でも翼を使わずに飛んでるとなるとやっぱちょっと不安になるな。なんで浮いてるんだ、これ」

 

 確かに、原理がわからないと不安になる。例えば、ある程度原理が周知されているはずの飛行機でさえ不安を煽るのだ。それが翼を必要としないISともなるとなおさらだろう。

 

「説明しても構いませんが、長いうえに難解ですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

 

「わかった、説明はしてくれなくていい」

 

 すぐさま断った。授業についていくだけで精一杯――というかついていけていないのだ、授業で触れてさえいないことを説明されて理解できるとは思えなかった。

 

「そう、残念ですわ。ふふっ」

 

 楽しそうに微笑むセシリア。事実楽しいのだろう。

 

 あの試合以来、セシリアは何度か一夏のコーチを買って出ている。ジギスヴァルトはその真意を知っているが、別に一夏を害するわけではないし、他人の色恋沙汰になど興味も無い。無いが――。

 

『一夏っ! いつまでそんなところに居る! 早く降りてこい!』

 

 いきなり通信回線から、それもオープン・チャネルで怒鳴り声が響いた。三人ともが不意討ちを食らって耳がキーンとする。こういうとばっちりは勘弁して欲しいものだとジギスヴァルトは顔をしかめた。

 

 地上を見ると山田先生がインカムを箒に奪われておたおたしていた。

 

 箒に関してはいつもこんな調子だった。一夏とセシリアが話しているところに割り込んで、大抵ジギスヴァルトが何らかのとばっちりを食う。最近では彼は三人の保護者だなどという認識まで広まりつつある。不本意この上ない。

 

『三人とも、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地面から十センチだ』

 

 箒の頭に出席簿を降らせた千冬から指示が飛んだ。

 

「了解です。ではお二人とも、お先に」

 

 言って、すぐさまセシリアは地上に向かう。

 

「私も先に行くぞ一夏」

 

 頭を下に向け、地上へ向かって加速する。イメージは獲物を狙う隼だ。

 

 タイミングを見計らって体勢を戻し、制動をかける。別にスラスターを噴かして加速していたわけではないので、PICによる機体操作のみで停止できた。

 

「ふむ。二人とも合格だな」

 

「ま、これくらい当然ですわね」

 

「私の方がより正確だがな」

 

 ピクッとセシリアの眉が動く。得意げだった表情が引き攣った。

 

 ――あ、また始まる。と、クラスの皆は思った。

 

「先生が合格と言ったのですからその一言は余計ではなくて?」

 

「事実を述べたまでだ」

 

「ですからそれが余計だと言うのです!」

 

「なんだ、怒るということは私より劣っている自覚があるのかお嬢様?」

 

「上っ等ですわこのジャーマンポテト! 今日こそその鉄面皮を剥がしてロンドンブリッジに逆さ吊りにして差し上げます!」

 

「やれるものならやってみるがいい、このユニオンジャックめが。その高慢ちきなツラを撃ち抜いてライン川に沈めてやる」

 

「ユニオンジャックを罵倒語としてつかわないでいただけます!? 由緒正しい旗ですのよ!」

 

「貴様こそジャガイモを舐めるなよ。あれは万能食材だ。

 ところでジャーマンポテトをドイツと絡めるな」

 

「ジャガイモなんて茹でて潰すくらいしか使い道がありませんわこのジャガイモ蛮族!

 あら、ジャーマンポテトはドイツ料理ではないんですの?」

 

「これだから淑女(笑)(かっこわらい)は。ジャガイモの素晴らしさに気づけないとは哀れなものだなグレート味音痴およびメシマズ連合国。

 ジャーマンポテトは日本生まれだ」

 

「国名を勝手に変えないでもらえますかポテトラント人! イギリスにだって素晴らしい料理はありますわ!

 ジャーマンというくらいですからドイツ料理だとおもっていました」

 

「ハッ、ウナギの煮凝りなどというゲテモノを平然と食すような異次元国家が何を言う。

 ジャーマンポテトの元となった料理はあるがあれはまた別物だ」

 

 口論しながら雑談するというある意味高等な技術を披露する二人であるが、今は授業中である。さらには、千冬の授業である。

 

「貴様ら、いい加減に――」

 

 しろ、とは言えなかった。

 

 出席簿も振り下ろせなかった。

 

 何故なら――一夏がトップスピードのまま地面に突っ込んだからだ。

 

「どわああああああ!?」

 

 ズドォォンッ! と、ちょっとあり得ないくらい派手な音を立てて墜落した一夏と白式は、グラウンドにちょっとしたクレーターを誕生させた。

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

 

「……すみません」

 

 謝りながら浮き上がり、体勢を立て直す一夏。一方、セシリアはその一夏をめぐって今度は箒と口論を始めた。心配する必要は無いだの猫かぶりだの鬼の皮がどうのと言っているが、ジギスヴァルトは関わらない、関わりたくない。

 

 その後、武装の展開の実践を行ったところで授業が終わった。

 

「織斑、グラウンドを片づけておけ。それとブレヒト、手伝うなよ」

 

「えっこれ俺一人で埋めんの……?」

 

 織斑一夏の苦難は、続く。

 




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