「というわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとう!」
「おめでとー!」
乱射されるクラッカー。乱れ飛ぶ紙吹雪に紙テープ。
夕食後の自由時間、寮の食堂に一組メンバーが全員集まっていた。各自飲み物を片手にやいのやいのと盛り上がっている。壁には“織斑一夏クラス代表就任パーティー”と書いた紙がかけてあった。
ちなみに、一応主賓であるはずの一夏の表情は暗い。別になりたくてクラス代表になったわけではないから当然といえば当然だが。
「人気者だな、一夏」
「……本当にそう思うか?」
「ふん」
箒は誰の目にもわかりやすいくらい不機嫌だ。一夏が女子に囲まれてちやほやされているのが気に入らないのだろう。
そんな皆の様子を、ジギスヴァルトは少し離れた席から見ていた。
「れっひーは混ざんないのー?」
急に背中に何かがのしかかった。柔らかいものが押し付けられているのを感じるが、努めて意識しないことにする。気にならない。ああ気にならないとも。
「ああ。混ざると一夏に代表を譲ったのを後悔しそうでな」
「そんなにやりたかったならー、やればよかったのにぃー」
「全くだな。それより、本音こそ混ざらなくていいのか?」
「私はねぇー、れっひーと話してる方が楽しいからー」
そうして密着したまま話す二人にもある程度の視線が集まっていることを、二人は知らない。
「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君とジギスヴァルト・ブレヒト君に特別インタビューしに来ましたー!」
オーと一同盛り上がる。一夏は余計に顔をしかめている。
「何やら盛り上がっているな」
「なんだろうねー?」
「ところで本音、なんだか人数が多くないか。明らかに一組の総数よりたくさん居るだろう」
「みんなーおりむーが気になるんじゃなーい?」
実際には一夏と同じ、どころかセシリアを倒したことで一夏以上に、ジギスヴァルトは注目を集めている。
しかし皆彼の雰囲気――一夏と違って言葉遣いが堅いのでどうしても少しばかり威圧的な印象を与える――に気圧されて話しかけないでいるので、自分も標的にされていることにまるで気づかない。知らぬが仏とはこのことである。
しばらくそのまま一夏たちの方を眺めていると、先の新聞部を名乗る女子が二人に近づいてきた。
「こんばんは。私は黛薫子、新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」
「新聞部?」
今まで学校に馴染みの無かったジギスヴァルトにはいまいちピンとこない。
「校内のいろーんなことを記事にしてー、校内新聞として貼り出す人たちだよぉー」
「ふむ。してその新聞部とやらが私たちに何の用だ? 特に提供できる話題も無いと思うが」
本音に教えられて新聞部が何かは理解したが、その目的がわからない。そんなジギスヴァルトに、薫子は意外そうな顔を向ける。
「何言ってるの、キミは存在自体が話題性抜群じゃない」
「そうだろうか? だが今日の主賓は一夏だ。あちらに話を聞いた方が良いのではないか?」
「そっちはもう取材済み。あとはキミのインタビューと、それから一夏君とセシリアさんも交えた三人の写真を撮らせてもらうだけ」
「そうか。それで何が聞きたい?」
「んーそうねえ……それじゃあ例えば、さっきからキミにくっついてるその子との関係は?」
――喧騒が止んだ。
さもありなん。一夏にベタ惚れの箒とセシリアはともかく、他の生徒たちはジギスヴァルトのこともあらゆる意味で狙っているのだ。彼とよく一緒に居る――しかもベタベタしている――本音が彼にとってどんな存在なのかは皆が気にしているところである。
――ただまあ、そこは本音の人柄の成せる業か、彼女がもしジギスヴァルトと付き合っているというのならみんな生温かく見守る気でもいた。温かく、ではない。生温かく、だ。抜け駆けなのだからそのくらいは、ということだ。
「本音はルームメイトだが」
「それだけ?」
「うむ」
「付き合ってたりは?」
「ないな」
――会場が沸いた。
――怒号と言って差し支えない、ものすごい音量だった。
「うっひゃー、みんな喜んでるねー」
事の発端である薫子は苦笑いで耳を塞いでいる。
「何を喜ぶことが――ぐっ!? 本音、何をする……し、絞まる……」
「ふーんだ」
「どうしたと言うのだ本音……! なぜ怒っている……私が何をしたと……!? ぐぁ……死ぬ、冗談抜きで死ぬ……ヤバイってこれヤバイってば本音ぇ……!」
「つーんだ」
後ろから抱きついた姿勢のまま首を絞められ悶絶するジギスヴァルト。
その気になれば抜け出せるが、本音に手荒な真似をする気にはなれず――いったい何が彼女の機嫌を損ねたのかわからないまま、彼の意識は遠のいていく。
「ちょっ!? ジグ君顔青い! ストップ! 本音落ち着いてストップ! ジグ君が死んじゃう! 本音えええええ!?」
異変に気付いた鏡ナギが止めに入った頃には、ジギスヴァルトは既にオチていた。
「あーらら、私知ーらないっと。黛薫子はクールに去るぜ……」
後日掲載された新聞には、一夏とセシリアを真ん中に据えたクラス写真が貼られていた。写真の端には白目をむいたジギスヴァルトの顔が合成されていた。
また、余談ではあるが。意識を失う直前のジギスヴァルトの口調――死の危険を感じて無意識に出たものだが――は、それを聞いていたナギ以下数名によって瞬く間に広まった。以来、イメージが多少変わったのか、皆が前より話し掛けてくれるようになったのはケガの功名と言える……だろうか?
★
朝。一組はあるひとつの話題で持ちきりだった。
何でも、転校生が二組に来るらしい。IS学園に、入学はともかく“編入”するとなると入試以上に厳しい試験に加えて国の推薦も必要となる。それはつまり――。
「中国の代表候補生が来るんだってさー」
ということである。
そして代表候補生と言えば、
「あら、今更わたくしの存在を危ぶんでの転入かしら」
一組の代表候補生セシリア・オルコット、今日も平常運転であった。
それから、中国の代表候補生のことに一夏が興味を持ったことでまたしても箒とセシリアがヒートアップ。そこから何故かクラス対抗戦、つまりクラス代表同士のリーグマッチに向けての話になり、どちらがコーチをやるだのなんだので一悶着。
こうなった二人は周りなど見えやしない。普段ならそうなってもジギスヴァルトが止めるのだが――。
「私たちの手には負えないよー! ジグ君、この二人止めてー!」
「いや無理でしょ、ジグ君まだ来てないし」
「あれ、ホントだ。本音も居ないや」
「どうせ本音が寝坊でもしたんじゃない?」
――ドライだの薄情だのと言ってはいけない。本当に手に負えないのだ。
「クラス対抗戦といえば、フリーパスのためにも織斑君には頑張って欲しいよねー」
空気を変えるべく鷹月静寐が発した一言は一組の総意である。クラス同士の交流という意味合いの強いクラス対抗戦では、一位のクラスに賞品として学食デザートの半年フリーパスが配られる。やる気を出させるためだそうだ。
「そーいう意味では織斑君よりジグ君の方がよかったかもねー代表」
「なにせセシリア倒しちゃったしね」
「でも、ジグ君そういうのノってくれるかな?」
「どうだろ。でもまあ、今のところ専用機持ってるクラス代表は一組と四組だけだし、余裕じゃない?」
楽しそうに話すクラス一同。その雰囲気に一石を投じる者があった。
「――その情報、古いよ」
声のした方――教室の入口に皆の視線が集中する。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないわ」
腕を組み、片膝を立てて、小柄な少女がドアにもたれ掛かっている。
「
闖入者そっちのけで箒とセシリアが騒ぐ中、その中心たる一夏が反応した。それに釣られて二人も口論をやめて入口に注目し、ようやく教室が静かになる。
「そうよ。中国代表候補生、
「何かっこつけてるんだ? すげえ似合わないぞ」
どうやら一夏の知り合いらしい。中国の代表候補生と知り合いとは、ずいぶん交友関係が広いものである。
「んなっ……!? なんてこと言うのよ、アンタは!」
ツインテールを振り乱して憤慨する鈴音。そのまま一夏に食って掛かろうとしたが、それは別の人物の声に遮られた。
「おい」
「なによ!?」
後ろから降ってきた声に反応して鈴音が振り返ると、そこには――
さて、先述の通り、鈴音は小柄である。身長は百五十センチほどしかない。対するジギスヴァルトは百八十と少し。頭ひとつ分以上の差。
加えて、端整な顔というのは表情によってはとても恐い。今、彼は入口を塞がれているせいで少々不機嫌。自然と眼光も鋭くなる。
つまり鈴音は“自分よりもかなり大きな相手が嫌悪丸出しの恐い顔で見下ろしてくる”という状況にある。
――ハッキリ言って、ビビった。
「な、なによ、誰よアンタ」
「貴様こそ誰だ? 見ない顔だ」
いまだ自分のことを知らない者がこの学園に居ることに驚きつつ、ジギスヴァルトは質問で返す。
「あたしは……二組のクラス代表の凰鈴音よ」
「なに? 二組の代表は別の者だと記憶しているが」
「変更になったの! 今日!」
ビビっていることを悟られてはいけない、舐められてはいけないと、鈴音は声を張り上げる。それが鬱陶しかったのか、ジギスヴァルトはさらにあからさまに顔をしかめた。
「そうか。それはそうと、だ」
「こっ……今度はなに?」
「邪魔だ。入れん。どけ。というか帰れ」
「はい! すみませんでした!」
負けた。あっさり負けた。だって仕方ないじゃないか、学園内では許可無くISを展開できないんだから。ISさえ使えればこんな奴コテンパンにしてやるのに。
「また後で来るからね! 逃げないでよ一夏!」
捨て台詞を残して、鈴音は脱兎のごとく逃げ出した。
「……何だったのだいったい」
頭上に疑問符を浮かべながら教室に入る。よく見ると彼の背に本音がぶら下がっていた。ぶら下がって、寝ていた。なんとも器用なものだ。
「ぐーてんもるげーん、ジグ君」
「あと本音もおは――いや寝てるわこの子」
「おはよう二人とも。すまないが本音を頼む」
ナギと癒子に本音を預け、先の鈴音について考える。
今日から二組のクラス代表だと言っていた。しかし、やはりあんな女は知らない。
二組の生徒を全て把握しているわけではないが、あんな目立ちそうな生徒を今まで見た記憶が無いというのもおかしな話だ。一夏の知り合いのようでもあったし。
「清香、さっきの女は何者だ?」
考えたところで、来たばかりで情報が足らなすぎる。わかりようがない。そう結論づけ、近くに居た相川清香に尋ねると予期せぬ答えが返ってきた。
「あー、転校生らしいよ。なんか中国の代表候補生だってさ。しかも専用機持ってるんだって。こりゃフリーパスは厳しいかなぁー」
転校生と言うなら見たことが無いのも納得だ。専用機持ちの代表候補生ならばクラス代表を交代したのも頷ける。
だが――。
「待て清香。フリーパスとは何だ?」
フリーパスには聞き覚えが無かった。というか、フリーパスを使うような物が学園にあっただろうか?
「あれ? ジグ君知らないの? 織斑先生が言ってたじゃない。クラス対抗戦で一位になったクラスには学食デザートのフリーパスが配られるって」
「なん……だと……?」
迂闊だった。自分はクラス対抗戦に出ないからと完全に聞き流していた。千冬に殴られないようにクソ真面目に聞いているような表情を作っていたが、話の内容は右から左だった。
だがそれは過ぎたこと、今はそんなことはどうだっていいのだ、重要なことではない。
学食デザートのフリーパス。それは……それはまさか……!
「清香」
「な、何?」
ジギスヴァルトの雰囲気が変わったことに気付いた清香は少し引き気味に答えた。
「そのフリーパスは……どのデザートにも使えるのか」
「使えるはずだけど……」
「和菓子類もか!」
「わひゃい!?」
びっくりした。普段は静かなジギスヴァルトが珍しく大声を出したのだ、クラスの皆が何事かと彼を見ている。
だがそんなことには構わず、彼は清香に詰め寄っていく。
「そのフリーパスとやらは和菓子類にも使えるのか! 答えろ清香!」
「つ、使える使える! 使えるから落ち着いて! 離れて! 顔近い!」
言われるまま彼は顔を真っ赤にして慌てる清香から離れ、今度は一夏のもとへ。
「一夏ァ!」
「な、何だよジグ……」
一夏だけでなく、鈴音について聞き出そうと彼に詰めよっていた箒とセシリアも、ジギスヴァルトの異様な雰囲気に少しばかりビクついている。
「お前にはなんとしても一位になってもらわねばならん! 今日から私が鍛えてやる!」
「はあ!? どうした急に!」
「急でも何でも良かろう! いいか、お前が優勝すれば学食デザートのフリーパス、すなわち和菓子のフリーパスが得られるのだ!
和菓子はいいぞ、人類究極の発明だ! その起源はアメノウズメが岩戸の前でストリップショーをした時代にまで遡り、神様どころか金閣寺までもあんこを包んで法隆寺、お汁粉ぐつぐつすねこすりですら唐傘お化けが手の目弁天まんじゅうぐるぐる練り切り片手にお歯黒べったり羊羹もぐもぐ小袖の手さえも飴を練り練り和菓子和菓子和菓子和菓子――」
ジギスヴァルトが壊れた。誰もがそう思った。
……というかこの男、いくら何でも日本の知識が偏りすぎていまいか。お歯黒べったりやら手の目やら小袖の手やら、今どき日本人だってそうそう知らない妖怪だろう。
「――ああくそっ! やはり私がクラス代表になっていればっ!」
「約束だとか言って頑なに辞退したのお前じゃねえか! だったら今からでも代わってやるよ!」
「なっ……! それはナシでしょうジグさん! わたくしとの約束はどうなるのです!?」
「というかだなブレヒト、一夏のコーチは私だ! いくらお前がオルコットより強いからと言ってもこればかりは譲れん!」
「ええい黙れ貴様ら! 和菓子は何よりも優先されるのだ! あんこが、練り切りが、お饅頭が私を待っている!」
なんかもう、わやくちゃである。保護者役のはずのジギスヴァルトまで暴走してしまってはもう誰にも止められない。
そしてこの混沌の中、本音が目を覚ました。が、一度眠そうに目を擦っただけで、あとは平然としている。暴走するジギスヴァルトの姿を見ても動じていない。さすが一夏にのほほんさんと呼ばれる女。
むしろ、普段のぽわぽわした笑顔に、なんというか――子供を見守る母親めいた慈愛が追加されている気さえする。
「ねえ本音、ジグ君どうしちゃったの?」
本音なら事情を知っているはずだとナギが尋ねると、彼女は珍しく苦笑して、
「んー……? なんかねぇー、こないだ和菓子の詰め合わせ食べさせてあげたらねー、ちょお喜んじゃってー。和菓子に目覚めたみたいー」
その結果が、
「うるさいぞお前たち! SHRを始めるからさっさと席に着け!」
結局。ジギスヴァルトの暴走は、千冬がその頭に出席簿を落とすまで続いたのである。