昼。一夏とジギスヴァルト、箒、セシリア、本音、そしてクラスメイト数名は学食に向かっていた。
「今朝は済まなかった。取り乱した」
「いいって、気にすんなよ」
「それから本音。毎回言っているが自分で歩け」
「やーだー」
他愛ない会話をする間に学食に着き、券売機で食券を買う。一夏はいつも通り日替わり定食。箒はきつねうどん。セシリアは洋食ランチ。ジギスヴァルトはザウアーブラーテン。そして本音は親子丼。その他、ついてきたクラスメイトたちも思い思いの料理の食券を購入していく。
世界各国の様々な料理が取り揃えられているため、ジギスヴァルトは食べたいときにドイツ料理を食べられる。そう、IS学園ならね。
もちろん、デザートはお饅頭だ。食べ合わせが悪そうだろうが知ったことではない。
「待ってたわよ、一夏!」
どーんと彼らの前に立ち塞がったのは噂の転校生凰鈴音。その手にはラーメンが鎮座するトレイ。
「邪魔だ、どけ。食券が出せん」
対するは銀髪の男性操縦者ジギスヴァルト・ブレヒト。その手には……あー……特に何も無い。強いて言えば食券。
「げぇっ!? なんでアンタがここに居るのよ!?」
「私もここの生徒だからに決まっているだろう」
露骨に顔を歪められた。別に万人から好かれたいなどとは思っていないが、あからさまに嫌な顔をされてはジギスヴァルトとて傷つくというのに。
「ていうか鈴、ラーメンのびるぞ」
「わ、わかってるわよ! だいたい、アンタを待ってたのになんでもっと早く来ないのよ!」
とは言うが、鈴音は朝以降一度も一夏と会っていない。当然約束していたわけでもない。どうやって彼女が待っていると知れると言うのか。
まあ、一夏の知り合いで、しかもあの後聞いた話によるとわざわざ宣戦布告しに来たと言うから、何か話したいことがあるのだろう。そう考えるとあの時邪魔したのは悪かったかも知れない。
ともかく、食券を出さねば。鈴音もどいてくれたことだし、さっさとしないと後が詰まっている。
「本音、いい加減降りろ」
「えーやだー」
「降りなければ君が部屋に隠し持っているお菓子は没収だ」
「えぅっ!? ひーどーいー!」
なんて言っている間にジギスヴァルトと本音の分の料理が出来上がった。渋々背中から降りた本音に彼女の分を持たせ、彼はまた騒ぎ始めた一夏たちに振り向く。
「先に行って席を取っておくぞ」
「おう、サンキューな」
本音を伴って一夏たちから離れる。早めに席を取っておこうというのはもちろんだが、彼の第六感が告げたのだ。このままここに居てはまたとばっちりを喰う――と。
一夏がクラス代表になってからの数週間。ジギスヴァルトはもう何度も一夏を巡る争いに巻き込まれていた。
あるときはヒートアップした箒に殴られかけ、あるときは何故か矛先を変えたセシリアに罵倒され、あるときは一夏が最悪のタイミングで話を振るものだから「お前の意見も聞かせろ」と二人に詰め寄られ――そしてその度に彼が宥めるのだ。だって一夏は、こと自分への好意が絡む事柄において、火に油を注ぐことについては卓越した技能を持っているから。
愛は地球を救うのではなかったのか。ラブアンドピースどころかラブアンドデストロイな勢いでもって争いが――ああ、でも恋は戦争とも言うな。なら仕方ない。でも出来れば当事者だけで
あれが無ければ皆気の良い奴らなのに。――いや、箒はちょっと愛想が無いが。決して悪い奴ではない。断じて。
「あー、れっひーれっひー。あっち空いてるっぽー」
「そうだな。あそこにするか」
本音が見つけたのは学食の端にある大きめのテーブルだ。十人程度なら余裕で座れるし、何よりまだ誰も座っていない。
席を確保し、本音と雑談すること数分。一夏御一行様がやってきた。やはりと言うか、箒とセシリアは鈴音を威嚇している。
「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ? おばさん元気か? いつの間に代表候補生になったんだ?」
「質問ばっかしないでよ」
それにはジギスヴァルトも同意だった。だってさっきから箒とセシリアの顔がヤバい。あれは年頃の女の子がしていい顔ではない。いくら久しぶりに会った知り合いの近況が気になるからって、彼女らを蔑ろにするな。見ろ、クラスメイトの皆も若干引いているぞあの顔に。
「一夏、そろそろどういう関係か説明しろ」
「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方と付き合ってらっしゃるの!?」
ついに二人の我慢の限界が来たらしい。
「べ、べべ、別にあたしたちは付き合ってるわけじゃ……」
「そうだぞ、なんでそうなるんだ。鈴はただの幼なじみだよ」
「…………」
「鈴? 何睨んでるんだ?」
「なんでもないわよ!」
またこの朴念仁は……とジギスヴァルトは溜息をひとつ。大方、よくわからないけど鈴が急に怒り出した、とでも思っているのだろう。鈴音が怒る理由は明白だというのに。
「じぃぃー……」
「ん? どうした本音」
わざわざ口で擬音を放って見つめられた。さすがに反応しないわけにはいかない。
「べーっつにぃー。れっひーよくおりむーに呆れてるけどー、自分もおりむーのこと言えないよねーって思ってー……」
なるほど、どうやら溜息を吐いたのがバレたらしい。
――まあ、確かに。彼もまた鈍感ではある。
「一緒にしないでくれ。私はちゃんとわかっている」
「へ?」
何を言われたのかわかっていない様子の本音をよそに、彼は料理を食べ進めていく。
「れっひーれっひー、今のどういう意味ー!?」
「食事中に騒ぐな本音。先日テレビで見たところによると、騒音は味覚を鈍らせるらしいぞ」
「でもでもー!」
「それから
「それは一人で食べるときの話でしょー!」
「いいから落ち着け。普段ののほほんとした君に戻――む? なんだお前たち」
気づけば、その場の全員の目が彼ら二人を向いていた。
「……アンタたちさ、もしかして付き合ってんの?」
「いや、そんな事実は無いが」
鈴音の質問に、またか、という感じで答える。
「でもアンタたち随分仲良いじゃない」
「ルームメイトだからな。仲が悪くては暮らしていけない」
この回答も何度目だろうか。いい加減飽きてきた。
「ルームメイトぉ? 男女で?」
「私も問題だらけだとは思うが、学園の采配に口は出せぬ」
まあ、恐ろしいことに、本音と同室という状況に完全に馴染んでしまった自分が居たりするのだが。
「むぅー……」
「……あ、なるほど」
そして何故か不機嫌になる本音。
しかし鈴音はそんな本音を見て何かを察したらしい。急に優しい目になって、本音に手を差し出した。
「お互い苦労するわね……」
「ありがとーりんりんー」
「りんりん言うな!」
ガシッと握手を交わす二人を、一夏は不思議そうに見ていた。
ジギスヴァルトは、それからずっと無言だった。
★
放課後、本音は生徒会室に足を運んだ。
「あら、本音ちゃん? 珍しくやる気になったの?」
生徒会室には既に楯無が居た。姉の――布仏
「お姉ちゃんはー?」
「虚ちゃんならちょっと用事を頼んだから今日は来ないけど……何か用だった?」
「ううん、そーいうわけでもないんだけどー」
寮に居ればそのうちジギスヴァルトが帰ってくる。彼の居ない所でゆっくり考えを纏めたい、と思って真っ先に浮かんだのがここだった。
(わかっているーとか言ってたけどー、そのあと普段通りだったしー……てゆーか、やっぱ私そーなのかなー……)
鈴音に手を差し出されたので握り返しはしたが、実のところ彼女自身、自分の感情がよくわかっていない。わかっていないというか、確信が持てていない。
「……ふむ」
自分の席に座ってうんうん唸っている本音の様子をじっと見つめて、楯無は真剣な顔で口を開いた。
「……男ね?」
「はにゃっ!?」
瞬時に顔を真っ赤にして、普段では考えられないほどわたわたしだした。何だろうこのかわいい生き物。
そしてその反応で楯無は確証を得た。
――実際に男かどうかは置いておくとして、このネタで弄れば面白い、という確証を。
「男ね! 男なのね! ほら本音ちゃん、おねーさんに話してみなさい! ほらほら!」
「ち、ちがうよぉー! れっひーは関係なーいー!」
「誰もジグ君とは言ってないわよ? さあ白状しなさいこのこのー!」
「やーめーてー!」
結局、ゆっくり考えるどころか頭の中が空っぽになった。
★
――大変に面倒くさそうなものを見つけた。
ジギスヴァルトが“それ”を発見したときの感想はその一言に尽きる。
一夏に訓練をつけてやる話は、結局今日は無しになった。箒が訓練機――打鉄の貸出を受けることができたからだ。そしてどちらがコーチをするかで打鉄VSブルー・ティアーズが勃発。この流れではその後自分にも矛先が向くと思ったジギスヴァルトはコーチを辞退してアリーナの観客席から訓練の様子を眺め、そのまま彼らとは会わずに部屋に帰った。フリーパスは欲しいが、命あっての和菓子だ。
その後しばらく部屋で休んでから食堂へ。夕食を終え、本音が楯無の妹の部屋へ出かけ(彼女の家系は代々更識家に仕えているらしく、彼女は楯無の妹専属のメイドなのだそうだ)、暇になったので購買ででも時間を潰そうと部屋を出た次第だ。
そして、遭遇した。
場所は寮のロビー。“それ”はソファーに居た。
「一夏のバカ……」
膝を抱えて涙を流し、一夏の名を呼ぶ凰鈴音だった。
(あの馬鹿者、今度は何をやらかした……!?)
たかだか二度顔を合わせただけだが、彼の見立てでは鈴音はそう簡単に泣くような女ではない。それを泣かすようなことというと――ダメだ、ろくでもないことしか思いつかない!
(落ち着け、クールになれジギスヴァルト・ブレヒト。ここは奴に気付かれぬよう慎重に部屋に戻るのだ。購買になど行っている場合ではない)
泣いている女の子を放っておくなんて最低だと言われるかも知れない。だが、少なくとも今はダメだ。せめて本音が戻ってきてからだ。
傭兵として今まで培ってきたスニークスキルを今こそ発揮――。
「……あ。アンタ」
(終わった……)
――できなかった。行動する前に見つかった。どうしてそんな絶妙なタイミングで泣き止んで帰ろうとするんだこの女は。
そのまま固まるジギスヴァルトと、彼をじーっと見つめる鈴音。しばらくそのまま睨み合いのような状況が続いた後、鈴音が口を開いた。
「……アンタ、一夏と仲良いわよね?」
「……まあ、たった二人の男だから、ある程度は」
「……だったら、ちょっと相談があるんだけど」
「……拒否権は?」
「無いわ」
「私は男だぞ? 同性に相談したらどうだ。ルームメイトはどうした」
「それが出来ないからアンタに相談させろって言ってんじゃない。昨日会ったばっかの人に話すようなことじゃないわよ」
「私は今日初めて貴様と会ったはずだが」
「だって一夏と仲良いんでしょ? アイツが信用してるならホントに信用できるんだろうし」
「その理屈はおかしいだろう……」
彼は悟った。逃げられない。逃がしてくれそうにない。どうしてこうなった。
「……まあ、どうしてこんなところで泣いていたかくらいは聞いてやる」
そして語られた経緯に彼はまた頭を抱えた。
彼と本音が同室ということは一夏はどうなのだと思い至ってしまった鈴音は、訓練を終えた一夏を労いにアリーナへ行ったときに問い質したらしい。結果、一夏は千冬の部屋で生活していると知り、「千冬といえば」と昔の話に花が咲き――その流れで過去の約束を持ち出した。
一夏はその約束を
「あー……あれか? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を
――一夏よ、さすがにそれはどうなのだ。弁護のしようがない。無論、するつもりも無いが。
それに怒った鈴音が平手打ちをかまして走り去り、彼女はロビーで泣いていたというわけだ。……ジギスヴァルト以前に誰も通り掛からなかったのか、通ったが声を掛けられる雰囲気ではなかったのかは知らない。おそらくは後者だろう。
「どうしたらいいと思う?」
「私に聞かれても困る」
なにしろ、彼女いない歴=年齢なのが自慢のジギスヴァルトだ。友達も居なかったから恋愛相談を受けた経験も無い。彼はそういうことに全く向いていない。……泣いてないさ。
「私とて阿呆ではないからわかっているつもりだが、一応確認しておくぞ。貴様がした約束は要するに、
「…………そうよ」
「ならば問題は貴様にもあろう。何故酢豚なのだ。普通に味噌汁で良いではないか」
「だって私味噌汁作れないし。それに、味噌汁だとストレートすぎて恥ずかしいじゃない!」
「だが酢豚で伝わると思うか? 相手は“あの”一夏だぞ。味噌汁ですら通じるか怪しいレベルだろうに」
「それは……」
鈴音とて一夏の朴念仁ぶりは理解している。というか、中学時代それで散々苦労しているのだ、理解していないわけがない。
だが、それでもさすがに。さすがに、あの言い回しなら気づいたっていいじゃないか、むしろ気づかないわけがない、と思ったのだ。思ってしまったのだ。
「それで? 貴様自身はどうするつもりなのだ」
「あいつが謝るまで口きかない」
――なんて短絡的な。
彼女曰く、徹底的に無視すれば一夏が寂しがって謝りに来る――という構想らしい。
だがあのド朴念仁相手にそれが上手くいくとは、彼には到底思えない。むしろ一夏と顔を合わせる回数が激減する分、箒とセシリアに有利になるのではなかろうか。
「……効果があると本気で思うのか?」
「もちろんよ。じゃなきゃやんないわ」
頭が痛くなってきた。この娘、おそらく相当な頑固者だ。彼女がこう言うからには彼が何を言っても聞く耳持たないだろう。それに、一夏の方から謝りに来させたいという意地もあるに違いない。
相談って何だっけ、と思うジギスヴァルトだった。
「よし、聞いてもらったらなんかスッキリしたわ! ありがと! 昼間見たときは一夏とどっこいに見えたから相談するのちょっと不安だったけど、そうでもないみたいね」
「……そうか」
一応、彼女の取ろうとしている行動がいかにリスキーか言ってやろうかと思ったが――なんだか話を纏めにかかっているようだし、なんかもう、いいか。一夏が誰とくっつこうが自分には関係ないし。それになんだか失礼なことを言われた気がするし。
「用が済んだなら私は帰るぞ。そろそろ本音が戻る頃だ。彼女に数学の宿題を手伝ってもらわねばならん」
「あ、うん。じゃあね」
おのれ数学め、グライフの火力を以て必ずや地上から根絶してくれる……! などとぶつぶつ呟きながら去っていくジギスヴァルトの背を見送って、鈴音は思う。
そういえば、あいつの名前知らないや――と。
翌日、クラス対抗戦の対戦表が貼り出された。一夏の相手は――鈴音だった。
なんだか主人公のキャラがブレている気がしますが、なに、気にすることはありません 川´_ゝ`)
予定通りです(虚勢)