六月もそろそろ下旬に差し掛かるぐらい。
俺は久しぶりに諏訪隊の作戦室でゴロゴロとしていた。
ランク戦も先日終わったばかりで、みんな英気を養っている最中ということで室内で過ごすことを許可された。ここにいることができないと個人ランク戦のブースに行くか、致し方なく、甘んじて、腹をくくって加古隊の作戦室に行くかのどちらかである。
あと、三輪隊の作戦室もたまに行く。
「洸太郎さんなんか俺が枕にしてるコート餅くさい」
「あー、昨日の夜に麻雀してった太刀川のだな。あいつ、忘れてったのかよ」
「あとなんか……、きなこ?ついてるけど」
黄色の粉がいたるところについていた。
餅くさいことを考えると、きなこだろう。カビとかじゃないはず、あくまで餅くさいだけだし。
「な!?きなこだと!?それ本当か!」
「え?多分そうだと思うけど……だって餅くさいし」
「くっそ、あいつきなこ餅作んなって言っただろ!知盛!ちょっと用事が出来たから留守番頼んだぞ!」
「はーい」
きなこという言葉を聞き、洸太郎さんは慌てて作戦室を出て行ってしまった。
きなこ餅ってそんな大事になるようなものだっけ?餅を焼くだけなら手間もかからないし、腹持ちもいいからどちらかと言えばよいイメージの方があるけどな。
誰かアレルギーがあるとか?それなら一大事だ。きなこのアレルギーが存在するのかは知らないけど。
洸太郎さんが部屋を出て行ったことで、諏訪隊の作戦室には諏訪隊の人間ではない俺だけになってしまった。
他の三人は今日来る予定はないらしいので、洸太郎さんが帰ってくるまで一人かな。
「暇だ~」
ログはデータベースに入ってる限り全部見たし、本棚に入ってる本でも適当に読もうかな。
そう思い、体を起こした俺はのそりのそりと本棚に近づく。本棚には推理小説、時代小説、漫画、海外小説と偏りがありながらもかなりの数の本がある。
ま、俺は漫画しか読まないんだけどね。小説をゆっくりと読む時間はあまりないから、漫画しか読まない。
だから、今日は東〇喰種の続きでも。
と、漫画の手を伸ばそうとすると後ろで扉の開く音がした。
洸太郎さん帰り早いな、なんて思って振り返ろうとするが。
「壽くんはいるかしら」
「いません」
「なら、そこにいる壽くんでいいわ」
どうやら、俺は複数人いるらしい。
なら、もう一人の壽くんの方に行ってくれ。
「何の御用でしょうか、加古さん」
「今日の挨拶をしようと思って」
「懲りないですね」
挨拶。
なんて言いながら、加古さんはいまだに俺の勧誘に来る。よく飽きないなこの人と毎回思いながら、相手をしている。
「気は変わったかしら?」
「あまり変わってないですね」
「あまり……ね。ちょっとは考えてくれたってことかしら?」
抜け目のない人だ。
ちょっとした言葉の変化をここまで正確に捉えられると恐ろしい。
「加古さんは、俺が入隊の条件としてB級への降格をお願いしたら受け入れてくれますか」
「構わないわ」
一切の間もなく。
なんなら食い気味に、加古さんは言い切った。
構わないと。
「え……良いんですか」
「別に降格したところで今期中にB級1位になればいいだけでしょ」
「なれるんですか?」
「なれる人間しかうちの部隊には誘わないもの」
はは。
恐ろしい人だ。ここまで言い切られるとは。
「それに、二宮くんの顔面にハウンドを打ち込むのは楽しいと思わない?」
「そういう趣味はないのでわかりませんが……」
そっちがメインだったりしない?
あくまでついでにやりたいことだよね?B級に降格する目的は二宮さんをボコるためじゃないよね?
少々不安になる言葉が出たが、加古さんはそうまでして俺を入れたいようだ。
また、そうまでしてもA級に余裕で戻ってくる予定らしい。
本当にそれができる人間だけを集めたの自負しているってところか。
小早川先輩と、喜多川先輩の活躍に関してもログを通して見させてもらったが実際可能なのだろう。
加古隊は強い。間違いなく、強い。
「前向きに考えておきます」
「あら、今までで一番マシな返事ね」
「一か月も経てば人は変わりますよ」
「そうね。じゃ、双葉とも仲良くしてちょうだい」
「はい、これからも仲良くする予定です」
また明日、と言って加古さんは帰っていった。
いや、また明日来る必要はないのだけど。
そんな毎日来られても困るし、毎度話しかけるとちょっとドキッとして心臓に悪い。
「ハウンドか……アステロイドと交換して入れてみるか」
ちょっとした気分転換。
基本弾トリガーはアステロイドを入れているが、ハウンドも実践で使ってみても面白いかもなんて短絡的な考えで、俺は動き出す。
「あ、でも留守番頼まれてるんだった。じゃあ、洸太郎さんが帰ってくるまで──」
「ただいま戻りましって、あれ誰も──あっ、壽くん」
「笹森先輩、こんにちは。ちょうどいいところに、留守番お願いできますか?」
「え、いいけど……」
「じゃあ、お願いしますね!」
運のいいことに笹森先輩が戻ってきてくれたので、留守番を押し付けて開発室へと向かう。
トリガー構成の変更といこう。
「おじゃましまーす」
ちょくちょく人がいる開発室。
ここではトリガー構成の変更だとか、身体検査とか色々してる。
俺のトリオン量をはかったのもここだ。量的には普通らしい。
「トリガー構成の変更をお願いしたいんですけど」
「はい。じゃあ、この書類に記入お願いしますね」
今のトリガー構成や、変更後のトリガー構成などを記入する必要があるようだ。
ボーダー側でそういった情報は管理したいということか。ちゃんと組織として機能してるんだ。
思いのほかきちんとした対応に驚きつつも、ぱっぱと書いていく。
「これで」
「はい……アステロイドをハウンドね……。ちょっと待っててね。はい、これ番号札。後で呼ぶから」
ここは古典的。
フードコートみたいに音を鳴らす仕様にでもすればいいのに。
壁際のソファに座りながらそんなことを思っていると、見覚えのある人影が近づいてきた。
「開発室にいるなんて珍しいね。壽くん」
「あ、
開発室のチーフエンジニアだ。俺のトリオン量とかをはかったのはこの人で、洸太郎さんと仲がいいそうだ。
「トリガー構成の変更に来ました」
「そういうことね。てっきり、前に言ってたアステロイドの件かと思ったよ」
「ああ、そういえば、それもありましたね。あれってここで検査すれば何かわかりますか?」
「たぶん、とだけ言っておこうかな。ボーダーもトリオンに関してすべてを解明してるわけじゃないからね」
バカ火力アステロイド。通称バステロイド。
二宮さんに指摘されて、一度寺島さんに相談したことがあった。その時は開発室での会話じゃなかったので即検査とはいかなかった。
だが、今日は違う。運よく開発室だ。
「ちょうどいいし、検査してしてこうか。トリガーの方はあとで、こっちに運んでもらうように言っておくよ」
「じゃあ、お願いします」
俺のバステロイドの謎が明らかになるのなら、ぜひやっておきたい。
何か秘密があるのだろうか。
その後、寺島さん用の研究室に案内され、身体能力やトリオン量の検査が行われた。
いろんな管を体に着けて、モニターで寺島さんが何かをメモしていた。なんか普通の医療現場みたいだな、なんて思いながらその光景を眺めているのは結構楽しかった。
「うーん。特に気になる点はないね」
「やっぱり、そうですか」
「どれも健康的で、一般的な数値。健康優良児だね」
誉められた。
本来の目的は一切果たせてないけど、悪い気はしない。
「一応サイドエフェクトの検査もしておく?」
「でもそれってトリオン量7以上ないと持てないんですよね?」
「そう言われてはいるね。でも、断言はされてない。君がトリオン量6で持ってたら今までの前提が間違っていただけだ」
言われてみればそうか。
別に断言はされていない。トリオンの研究の一環ということで、検査をしてもいいかもしれない。
あくまで一説にそう言われているだけ、俺が持っていないと断言できる根拠はない。
「ちょっと待っててね。えっと機械は──っと。これだこれ」
奥の方から見たことない機械が出てくる。
でかいな。俺の身長は優に超えている。二メートルある……かも?
「じゃあ、これ握って。これは肩に着けて。これは腰に巻いて。こっちは両足に巻いて……はい、あとはしばらく待ってればいいから」
「こんなので確認できるんですか?」
「サイドエフェクトはあくまで感覚がトリオンに影響されるものだからね。体をめぐるトリオンの流れに変化とか、違和感があればそこから解析がかかってすぐにわかるよ」
そんなもんなのか。
専門知識は一切ないので、詳しく説明されても分からない。
サイドエフェクトは案外簡単に見つけられるものだとだけ思っておこう。
その後、寺島さんと雑談をしながら機械の検査が終わるのを待っていると、ウィーンと機械が音を鳴らし始めた。
がたっと一度揺れてから、寺島さんの横に置かれていたモニターの下から紙が生えてくる。
「えっと……え、まーじか」
「どうでした?」
「あるね。サイドエフェクト」
「え?」
マジ?
トリオン量6なのに……、サイドエフェクトあり?
んなバカな。いやでも、あくまでトリオン量が7必要ってのは一説。別に覆されてもなんらおかしくない。
「どんなのですか!?」
「えっと…………そうだね。トリオンに対する高度な認知機能の発達が見受けられたって感じかな?」
「それは……サイドエフェクトなんですか?」
なんか、ただ感覚が鋭いだけな感じがするけど。
目がいいとか、耳がいいとかそっち系のサイドエフェクト?
「立派なサイドエフェクトだよ。それに五感はトリオンによって変化が表れやすい場所だ。そうだね、この場合は触覚と視覚になるのかな」
「へー、なんだかよくわかりませんが、それが俺のバステロイドに影響してたってことですか?」
「……んー、まあ、そんなところだと思うよ?」
なんか、歯切れが悪い?
いや、気のせいか。それにしても、トリオンに対しての高度な認知機能の発達……それが俺のバカ火力アステロイドの秘密だったとは。
もしかしてバイパーを使おうとするときのあれも、そういうことなのか。
「検査は以上だよ。あとで、データの方に記載は入れておくから。今日は帰ってもらっていいよ」
「ありがとうございました!」
「あ、トリガーはそこね」
いつの間にか届けられていたトリガー。
ハウンドへの交換は問題なく終わったようだ。
サイドエフェクトといい、ハウンドへの変更といい。やりたいことというか、気になることか。
それがいろいろあって、なんだかわくわくする。何をしよう。
とりあえずは、ハウンドの調子を試すとしよう!
「じゃあ!」
「ああ。じゃあね」
寺島さんに別れを告げ、開発室を後にする。
作戦室に戻ろうと思ってたけど、これは大急ぎで個人ランク戦と行こうじゃないか!
サイドエフェクトが分かったところで特に変化はないけど、気分の問題。今なら何でもできる気がする!
そんな多幸感に包まれながら、俺はブースへと向かうのだった。
「んー、トリオン量が6ってのはのちのち修正かもしれないな」
壽が去ったあとの研究室では、寺島が一人サイドエフェクト検査装置から出てきた紙を見つめていた。
そこに記載されている文言を何度も読み直し、その不可解さを理解しようとする。
「トリオンへの高度な認知機能の発達は副次効果ってやつなのかな……あくまでサブ」
悩みは解決しない。
自分に言い聞かせるように発せられた言葉は、耳から入り脳にまでたどり着かない。
どうしても否定が入る。それはサイドエフェクトなのか。
「認知機能の発達のおかげでこうなっているのか。こうなっていたから認知機能が発達したのか。それとも、偶然両方持っていたのか」
サイドエフェクトとは、そこまで可能にするのか。
はたまた、トリオンという未知の存在が成す。ボーダーの人間では知りえない領域の話なのか。
寺島には分からない。
今までの研究にここまで不可解なものはなかった。
壁に当たることはあった。理解が及ばない現実に驚愕することなど何度もあった。
それほどまでにトリオンという存在は、いまだに謎が多くある。
どこまでわかっているのかも分からない。実はもうほとんど明らかになっているのかもしれないし、1%も分かっていないかもしれない。
分かったと思っていたことが間違っているかもしれない。
だから、トリオン研究は人々を魅了するのだ。
「とりあえず、この件は鬼怒田さんに報告だけしとくか」
携帯を取り出し、メールをうつ。
報告だけはしておこう。どうするかは、鬼怒田さんに全部任せれば、自分に責任はない。
そんな思いで、壽知盛のもう1つのサイドエフェクトについての報告が、
ある程度各部隊との交流と、覚悟が見られたところでガチの入隊アンケートを取ろうと思います。
今回の結果は本編に強く影響するため、よーく考えたうえで皆さんの欲に従ってください。
また、以前のアンケートで上位だったのにもかかわらず今回のアンケートに選ばれなかった部隊に関して活動報告の方に理由を記載しておきます。物好きな方はご覧ください。