壽が加古に入隊を旨を伝える数日前。
加古隊の作戦室では、ある話し合いが行われていた。
「壽くんは、入隊の条件としてB級に降格することを提示してきたわ」
「降格ですか……?わざわざ?」
その意図の読めない提案に、小早川は首をかしげる。
飛び級のような制度でA級に上がれる。固定給も出るし、トリガーの自由度も増す。
だから、A級という立場は一目置かれるのだ。B級とは違い、A級になるのも、A級であり続けるのも決して楽ではない。
なのに、B級に居続けることをこだわる壽の提案は理解できなかった。
B級に降格してしまうことはあれど、自らB級に落ちることを要求する隊員なんて聞いたことがない。
よっぽど理由があるのだろうか。と、小早川は思った。
「彼が言うには、B級でいろんな人と戦いたいってことらしいわ。私としても新しく二人も加えるわけだし、ちょっとした練習程度に良いかなって思ってるんだけど、どうかしら?」
なんて、真面目に考えたのが馬鹿らしくなるような戦闘狂的お願いだった。
もしかしたら壽くんは太刀川さんみたいな人なのかもと、人知れず小早川の中で壽という人間がどのような存在なのかが出来上がっていく。
「あたしは壽先輩がそれを望むのなら特には。あの人の強さはあたしが一番知っていますので」
加古の提案を黒江は承諾する。後半何を言っているのかは全員分からなかったが、少なくとも一人は壽の入隊を受け入れた。
「私も別に、拒否するつもりはありません。加古さんのお眼鏡にかなったのであれば実力は保証されてますし」
「
「そうだね、真衣さん。壽先輩は良い人だね」
「あら、案外反対意見がでないのね」
「加古さんが入れたいって言うのなら、反対する人の方が少ないと思いますよ?」
加古のつまらないとでも言いたげな発言に、小早川が反論する。
加古がどういった理由で加古隊入隊への誘いを出すのか知っている隊員からすると、選ばれたのなら問題ないという認識がある。また、新しく入ってきた黒江と仲良くしており、喜多川も気に入っているようなので隊員との関係もすでに良好ということもあり、特段反対する理由などなかった。
実力に関しては明らかになっていない部分が多少あるが、師匠があの三人なので不安視する必要もない。
なんなら、本当に加古隊に入るのか怪しいぐらいなのだ。あれほどの実力者なら、自らで部隊を作った方がやりやすい場面も多いはず。わざわざ加古隊に入隊する必要もなさそうなのだ。そのあたりは壽自身の選択なのでとやかく言うつもりもなければ、気にしすぎても意味がないと小早川は理解しているので深くは考えない。
「私としては熱い議論を交わしたいと考えていたのだけど、ちょっと拍子抜けね。ま、予想通りではあるけど」
「それにしても、壽先輩がよく首を縦に振ってくれましたね」
「え?」
黒江の発言に、加古が首を傾げた。
何を言っているの?なんて顔をしながら。
「まだOKはもらってないわよ?」
「「え」」
黒江と小早川の声が重なる。
今までの前提を突然覆され、ここまで働いていた脳の活動が停止した。
「あくまで条件として提示してきただけよ。それを受けたら入隊するなんて一言も言われてないし、あくまで方針を固めて置こうってだけ」
「そ、そうだったんですね。そちらで話が決まっていて、確認に来ただけだと思ってました」
「まさか、部隊の話なのに隊員に確認をとる前にやるわけないじゃない」
勧誘は確認をとる前に行われていた事実はどこへやら。どうやら都合よく消えてしまったらしい。
加古隊への勧誘は加古の独断で行われることが多く、黒江の入隊も気づいたら決まっていた。また、それと並行して行われてた壽への勧誘ももちろん確認など行われておらず、黒江の入隊すらも、小早川たちには入隊後に伝えられた。
「でも、彼ならきっと入ってくれるわ。間違いなくね」
「そうなんですか?壽先輩となにか約束でも?」
「いえ、そういうわけじゃないけど、これでも人を見る目には自信があるもの、彼が何を選択するのかぐらいサイドエフェクトなしでもわかるわ」
加古の言っていることが本当かどうかは定かではないが、その発言が冗談ではないことは他の全員には分かった。
加古は確信しているのだ。壽が加古隊への入隊を選択すると。
「驚かないんですね」
俺のお願いを、加古さんは焦るようなそぶりも、驚くようなそぶりも見せずに快諾した。
あまりのあっけのなさに、俺の方が驚いてしまったぐらいだ。
「誘ってたのは私の方なんだから、いつだって承諾される準備はできていたのよ?」
「そんな簡単なもんですかねー」
だからって、もっと反応があると思うんだけど。
二か月も誘って受け入れなかった人間が突然受け入れたなんて、結構衝撃の出来事のはずだが、加古さんからするとそうでもないのかな。
よくわからない人だ。
「そういえば、以前から言ってた俺のお願いを聞いて貰えるんですか?入隊を受け入れてもらってからであれですが」
「ええ、問題はないわ。少なくともうちの部隊のみんなは納得してくれたもの」
B級への降格の話。喜多川先輩に小早川先輩は受け入れてくれたようだ。
無理難題とはいかなくとも、なかなかな注文をしたと思っていたのだが加古さんの様子を見るに簡単に決まってそうだ。A級部隊という立場に対してこだわりは持っていなかったのだろうか?加古隊であればいい、みたいな。
「それに、あなたが入隊するかもって言ったらみんな喜んでたのよ」
「俺の入隊を?」
そんな喜ばれるような人間だろうか?
戦力が向上する的な話?微力ながら頑張ろうとは思ってるけど。
「壽くんは気づいてないかもしれないけど、あなたはちゃんと評価されてるのよ。いろんな人にね」
「そう……なんですね。あんまり実感ないですけど」
評価……。
されているのだろうか。
確かについ先ほど、当真先輩に褒めて(?)もらったけど他の人も俺のことをそんな風に認めているのか、俺にはよくわからない。
そんな、自分がどう評価されているのかなんて一覧になって見えるわけでもないし、直感的に感じられるものでもない。一方的に相手が思って、伝わらない程度のモノ。
気にかけてもらってるとは思うけど、それが評価なんて漠然とした観点につながるわけでもない。
「ま、とりあえずうちの子たちはみんなあなたを歓迎してるってことよ」
「それなら良かったです。みなさんに入隊を認めてもらえているのなら」
ちょっとだけ部隊の人に入隊を反対されて、入れなかったなんて結末も想像していたのだがさすがになさそうだ。
みんないい人だったし、ないだろうとは思ってたけどね。仲よくできていたと思ってたのに、そんなこと言われてしまったら次に会ったときにどんな顔をすればいいのか分からなくなってしまう。ボーダーの人とは仲良くしたいと思っているので、気まずい関係は避けたいのだ。防衛任務とか、いろんな場面で一緒になることも多いし。
「双葉もすごい喜んでたわよ。おさげをピコピコってさせながらね」
「それなら俺も入った甲斐がありますね」
あのおさげにそんな機能があるのかは大変疑わしいが、黒江が喜んでくれているようなら何よりだ。
唯一の同期の知り合い。最初に会ったときはちっちゃくて強い女の子って認識だったが、今じゃちっちゃくてすごい強い女の子になってしまった。
驚異的な速度で成長していく彼女を近くで見られるって言うのは、悪くないね。一応師匠面をさせてもらってるわけだし。
「それで、色々と手続きがあるのだけれどいいかしら」
「今日は暇なんで大丈夫ですよ」
どこもランク戦で忙しくてかまってくれないからね。
こんないたいけな少年を気にかけてくれるのはマキリサ先輩だけである。
「B級に降格してもらえるように上層部に頼む必要もあるし、歓迎会もしないといけないし、しばらく忙しくなるわよ」
「俺のせいでそうなってるわけですから、俺はかまいません。申し訳ないぐらいです」
「それを受け入れたのが私たちなんだから、気にしないで頂戴」
大学生とは思えないぐらい懐の深い人だ。
人生を5周ぐらいしてそう。
てか全体的にボーダーには年齢のわりに大人びた人が多い気がする。
先輩の影響を受けてそうなっていくのか定かではないが、年上の人たちがそんな感じなのでそれが下の人間に受け継がれてるってことなのか?
いつかは緑川もクールなスコーピオン先輩になるのだろうか。なんかいやだな。
「じゃあ、早速書類系を終わらせちゃいましょ」
「はい!お願いします!」
こうして俺は、確かな一歩を踏み出したのだった。
ちなみに小早川先輩はのちのち、これ来馬先輩とお近づきになるチャンスなのでは!?と気づきました。