「やはり……それは本当なのか」
鬼怒田に忍田は納得、というよりかは感嘆の声を上げる。
ボーダーでも再現できていないトリオンの圧縮。既に存在しているトリオンを小さくすることは過去何度も試されており、成功したことはなかった。
アステロイドやハウンドと言った弾トリガーとして外に出すことはできても、トリオン量に応じてキューブのサイズが決まるなど、やはりトリオンを圧縮することに成功した前例はない。
それを人体でやってのける者が現れた。
技術で成せていないことを、人の体一つでやってしまったのだ。
「それじゃあ、壽隊員の本来のトリオン量は少なくとも7以上だったと?」
「そういうことになるな。だから、サイドエフェクトの発現にはトリオン量が7いるという説は再びその地位を確固たるものにしたというわけだ」
林道の問いに、鬼怒田は少し誇らしげに返答した。
もともとサイドエフェクトの発現に関しては鬼怒田が専門にしていた(鬼怒田ぐらいしかやる人がいなかったこともあるが)こともあり、自らの仮説がより現実味を帯びたことが喜んでいる様だ。
「だったら壽隊員のトリオン量はどれほどなんだ?圧縮と言ってもどれぐらいできてるのかが大事なところだと思うが」
「それに関してはこちらとしても分からん。第一トリオンを圧縮できたことがない我々にそれを観測する手段などない。せいぜいアステロイドの性能を一般的な隊員と比べる程度ぐらいしかできんかった」
「ほう、その結果はどれほどだったんですか?多く見積もって20ぐらいあればすごいと思いますがねぇ」
「あくまで他と比べた結果、正式なものではないから多少のずれはあると思うが現在エンジニアが言っている中で一番多いのは40だ」
「よっ!」
「40!?」
「40ってちょっとしたフィクションじゃん」
「ブラックトリガー使ったおれとおなじぐらいだな。いやー、すごい量」
あまりにばかげた数字。
子供が考える大金のように、トリオンに関して無知なものが考えたトリオン量としか思えない量に全員が驚きを隠せない。
ありえるのか。人の体で40なんて数字のトリオンを持つことが。
「あくまで一説にすぎん。下を見れば20ぐらいだという奴もいるし、60あると言っておる奴もおる。あくまでこう言っている人間が多いというだけだ」
もしかしたらそれ以上かもしれない。
そんな意味の込められた鬼怒田の発言に一同はもうどう反応していいのか分からない。
非現実的、あまりにもあり得ない事実を目の前にして情報が処理しきれなかった。
トリオンに関しては最先端だと言えるボーダーにおいても、あくまでもっとも知っているだけであり、すべてを知りつくているわけではない。
ただ詳しい集団なのだ。
だから、分からないこともたくさん出てくるし、現在も不明な点がいくつもある。
それが少しずつ明らかになっていくのだ。エンジニアたちの苦労を経て。
「それでここではもう少し専門的なことを話し合いたいんだよね?」
トリオン量があまりにも衝撃的過ぎて止まっていた会議を、迅は無理矢理続けさせる。
その発言に鬼怒田すぐさま反応し、一度咳払いをしてからまた話し始めた。
「このトリオンを圧縮するという現象に関して、我々はいくつかの疑問点を挙げた。いくつか説明すると、どうやって圧縮しているのか、どれほど圧縮しているのか、またトリオンがトリオンへ影響を与えることができるのかなどだ」
「最後のトリオンがって言うのは、どういう意味なんだ?鬼怒田さん」
鬼怒田の挙げた最後の疑問、トリオンがトリオンへ影響を与えられるのかという点を忍田は疑問に思う。
最初からこの圧縮している現象はサイドエフェクトだと説明され続けてきた。サイドエフェクトのようなものと言っても、サイドエフェクトだと全く思っていないならそんな表現はしない。わずかにでもサイドエフェクトだと思う理由があるから、そう思わせるような表現がされているはずなのだ。
そんな根底をひっくり返すような疑問。
これはサイドエフェクトなのか。
とても簡単な疑問で、到底結論が出そうになさそうな疑問点。
「サイドエフェクトとはあくまで人間の感覚を強化したようなものだ。人間が元から成しえないようなことを可能にするわけではない。空が飛べるわけでもないし、火が吹けるようになるわけでもない。そう言ったことを踏まえて、これがサイドエフェクトという点が疑問だというわけだ」
「なるほど……トリオンを圧縮するというのが人間に元からあるモノなのかどうか……」
「エンジニアが言うにはトリオンが多かろうと少なかろうと人の体のサイズに影響するわけではないのだから、人の能力としてトリオンを圧縮しているのではと言う奴もおる。ま、あくまで一説だがな、結論は出てない。トリオンの圧縮が現実に存在する以上当面は、利用方法ではなくそれ自体を探っていく必要があるだろうな」
「このトリオンの圧縮がボーダーで再現出来たら、今後の遠征にも大きな影響が出ることになる……」
「間違いない。どれほどの圧縮が可能かにもよるが、今の倍の人数を余裕をもって運べる。人数を優先してもよい、補給の回数を減らすことを優先してもよい。革新ともいえるレベルの事態だ」
「それもこれも開発室の技術にかかっていますがねぇ。今どれだけ語ったところで捕らぬ狸の皮算用。それは後でいいでしょう」
トリオンの圧縮。
もしもそれをボーダーが再現出来たら、発生する利益は計り知れないものになる。遠征へ計算できないほどの影響を与えるのはもちろん、ボーダー本部の防衛装置の稼働時間も伸ばせる。防壁の強度だって今まで以上の物が作れる。
もし、それが可能ならと考えるとすぐにこれだけの可能性が生まれる。
それほどまでにトリオンの圧縮は、無限の可能性を秘めていた。ボーダーのエンジニアですら想像できないような利益があるとすら考えられているのが現状だった。
「そうだな。とりあえず報告は以上だ。今後、新しい発見があった場合は全員に連絡しよう」
「鬼怒田さんからの報告が終わったのなら私から1つ」
サイドエフェクトについての議題が終わり、すぐに忍田が次の議題へと移す。
前回の会議から時間がたち、また迅がいることでスムーズに進んだ半面、前とは状況が変わったところもいくつか存在する。
「加古隊の件だが、今期はA級からの降格が多く、戦力と人手の不足が指摘されている。なので、途中ではあるが、来週から加古隊をB級ランク戦に組み込むのはどうだろうか」
「シーズン途中の参入ですか……前例はないですが、A級部隊が今期だけで三つも抜けられるのは困るのも事実……」
「私としては別に構わないと思いますよ。それにB級にいつまでたってもA級部隊を入れておくのは酷でしょう。現在ですらB級の上位二部隊は元A級なわけですし」
特例ともいえる措置に難色を示す根付。
それとは反対に、忍田を案に賛成の姿勢を示す唐沢。
A級の部隊は遠征はもちろん、市外に行きスカウトをすることも多く、資金の面に目をつぶれば多数いて困ることはない。
今でさえ戦力は不足気味であり、より多くの実力者が欲されているのだ。
そんななかで、使える人間をぬるま湯につからしておく時間などなく、使えるものは使えるような場所に置いておきたい。それが忍田の思っていることだった。
隊員を動かすことが多い立場にいるため、そういった人材の不足に関しては人一番敏感であり、加古隊の降格要請も最初は断るつもりだった。
が、それは前回の会議には出席していなかった迅からのお願いで要請を受け入れることとなった。なんでも、ボーダーに最も利益がある選択肢だとのこと。
「問題ないですね?城戸さん」
「かまわない。迅からも報告を受けている」
「一応形式的にね。根回しは済んでるけど、許可はもらっておかないとってわけ」
城戸の鋭い視線を避けるかのように、飄々と語る迅。
すべて迅のてのひらの上で行われていたような議論であったが、良くも悪くもボーダーも社会の1つ。
こうした形式的なやりとりも大事なのだ。
下からの意見を上が許可する。
一方的に上層部の一部の人間があずかり知らぬところで話を進めるわけにはいかない。
「本日の会議は以上だ。次回の会議は追って連絡する。迅、お前は残れ」
「はいは~い」
迅以外の人間が会議室から出ていき、先ほどまで熱い議論が交わされていた一室はあっという間に静寂に包まれてしまった。
まるで誰もいないかのような静寂。あまりにも静かすぎる。
「それで、まだ話すことがありましたか?」
その静寂を破るのは迅。
何か言いたいことでもあるのかと、先手を打った。
「ここに至るまで、すべておまえの予知通りか」
「前も聞きませんでした、それ?返答は、はい。ここまで見えていた通りに事は進みました」
ボーダー内での衝突も、壽の行動も、その後の議論、そして前を向く上層部。
すべて、迅の想定内。全員が彼に踊らされていた。
「てか、城戸さん最近ポーカーフェイスが下手になったんじゃない?壽くんの話をするとき、若干顔に出てたよ」
「私は別にポーカーフェイスを意識しているわけではない。一方的にそう思っているだけだ」
「そう?なら、人並みの感情が揺れ動いたってこと?彼のああいった立場を知って」
静かな笑み。
会議室を表してるかのように静寂に包まれている笑顔を浮かべる迅を、城戸はただ見つめる。
何を思っているのか、それは迅には分からない。未来が分かるからと言って、人のすべてが分かるわけではない。
ただ、そうなるように導くだけ。
「ボーダーにはトリオンとの兼ね合いもあり子供が多い。こういった事態になることも我々は想定していた」
「なら、何か手を打つわけ?」
「それは私たちが一方的に決められることではない。知っている情報を勝手に用いては不興を買う」
「何もしない言い訳にしか聞こえないけど。それは、おれの自由にしていいってこと?」
「必要があるのなら、そちらで先手を打て。手は貸そう」
「それなら安心だ。ボーダーも人の心を失ったわけじゃないって知れただけで大きな収穫だよ」
お互いが理解していると思って、進む会話。
城戸は得た情報を、迅は見た情報をもとに計画は立てられていく。
これを他人が見たら、彼らが何について話しているのか全く見当がつかず会話に追いつけないだろう。
理解して、読んでいるから伝わる話。重要な部分を一切触れることなく、話が完結できる。
他の人間にとっては、話の内容が分からないとデメリットしか存在しないが、これは外部からの攻撃を気にかけている最近のボーダーにとっては大変ありがたいことではある。
「子供に未来を預けるって言うのは随分と無責任なことだね」
なんて、乱雑につぶやいて迅は会議室を後にした。
それじゃ、また今度。と別れの言葉を言ってから。
途中参戦は大人の事情です。
許してヒヤシンス。