「来週からですか!?」
加古隊への入隊が正式に決まったということで、あいさつであったり、隊服の件であったり、色々とやるべき課題が山積みということもあり、俺は加古隊の作戦室に来ていた。
そして、一番最初に聞かされたのは隊員の自己紹介でも、炒飯の新作でもなく、ランク戦の時期。
「ら、来週の水曜からって早すぎませんか!?」
なんと、今日中にB級への降格の連絡を全体にするので来週にはランク戦に参加してほしいとのことだった。
いやいや。いやいやいやいや。
いくらなんでも急すぎるし、俺の想定では来期だったんだけど!?
こんな急なことある?
さっき言ったやるべき課題もあるし、部隊の戦い方も決まってない。
あまりにも急すぎて、やるべきことの順序が分からない。
先にランク戦での作戦を決めるべき?いや、でも隊服が決まらないのは見た目が悪いか。
「ま、私たちが無理言ってB級に落としてもらった立場だからさすがに強くは言えなかったわ。でも、なんとかなるから大丈夫よ。今日は木曜日、ランク戦まで時間はあるし、一個づつ終わらせていきましょ」
「そ、そうですね。ちょっと焦りすぎました」
あまりのことで気が動転していたが、約一週間はあるんだ。
たぶん、片付く。たぶん……。
「どうしましょうか、自己紹介?でもみんな知盛くんはもう私たちのこと知ってるし、私たちも知盛くんのことは知ってるものね……」
簡単な自己紹介ならはじめて会ったときにしているし、黒江と過ごすことが多かったので加古隊の人とはもう顔なじみだ。
今更、紹介することもされることもない。大体知ってる。
「なら、知盛くん用の隊服のデザイン決めちゃいませんか?準備に若干の時間がかかりますし、早い方がいいと思います」
「杏の言うとおりね。あれ地味に時間かかるから今日中にちゃっちゃと決めちゃいましょ」
「隊服ですか……加古隊はみなさん結構違いますね」
加古さんは七分袖でスキニーパンツ(ってやつだった気がする)。
黒江は、上は半袖の下はショートパンツ。あと、今は着けてないけど戦闘の時は手袋がついてた。
喜多川先輩は……なんだろうこれ。全身覆ってる感じ?てか、しっぽが生えてるのでなんだかよくわからない。猫のコスプレってことにしとこ。
「みなさん、結構違いますね」
「自主性を尊重した結果」
「自主性……」
一番尊重されてそうな喜多川先輩。
ここまで隊服に装飾を加えている人は見たことないな。
二宮隊を除いて。
「うーん……」
隊服はあくまで見た目が変わるだけ、多少機能性に影響はあるだろうけどそこまで気にする必要はないはず。
だが、基本的にはこれを着用して過ごすことが多いので、雑には決められない。俺のファッションセンスがないなんてうわさを流されては困る。
どう困るのかは分からないけど、たぶん困る。
「
「しっぽは別に……」
この人、ボーダー隊員を猫化する計画とか立ててたりする?
さすがにしっぽはつけない。喜多川先輩は後方からの援護がメインだからいいけど、俺は前線で戦う人間だからしっぽが引っかかって倒されたとかになると目も当てられない。
そういうイレギュラーな感じの出来事は避けたいかなあ。
「上は黒江と同じ感じで、下は加古さんのに寄せて感じにしようかな」
「それでいいの?萌え袖とかでもいいのよ?」
「それは戦いづらいんで……」
萌え袖で戦ったことないから分からないけど、弧月持つの大変そう。
シューターだったらもしかしたら採用したかも。
いや、やっぱない。
とっさに手を伸ばした時に、物を握れないのは致命的すぎる。
流行に乗ってるかもしれないけど、さすがにそれは流行に身を任せすぎてる。
「上をあたしと同じにするなら手袋もどうですか?」
「手袋?」
黒江が戦闘中は着けてるやつか。
少なくとも実践で一人使っている人がいる程度には使えるから悪くない。
だけど、手袋をわざわざつける理由もない。あってもなくてもいい。
「じゃあ、どうせなら手袋もしよかな」
なら、つけとくか。
大は小を兼ねるってやつ、問題ないならつけておいてもいいだろう。
手から弧月が滑りにくくなるみたいな実用性もあると思う。実際どうなのかは知らないけど。
「なら、しっぽも──」
「しっぽはまた今度にしておきます」
喜多川先輩の提案をはねのけて、大まかな部分が決まったので細かいところを決めていく。
服の袖は黒江のはキュッとしているが、俺のは一般的な半袖シャツみたく円形な感じ。あと、黒江の手袋はひもみたいなやつがついてるけど、俺のはなし。他には、加古隊特製のアコーディオンポケットはもう少し下げて、普通のポケットも付けた。二宮さんリスペクトだ。
いつでもポケットインできるようにしておかないとね。
おそらく、ランク戦でポケットインしながら戦おうものなら終わった後に二宮さんにめためたにしごかれるだろうけど、それもまた面白そう。
それぐらい無理矢理接点作らないと、最近の二宮さんは遊んでくれないからしょうがない。それほどランク戦で忙しいらしい。
「基本的なカラーリングとかの変更はなくて大丈夫?」
「はい、色はそのままで大丈夫ですよ」
個性あふれる加古隊の隊服だが、色合いに関しては全員統一されているので、俺もそこには手を加えない。
二宮隊のようなぱっと見の統一感はないけど、それぐらいはそろえておこう。
「じゃあ、このデザイン後でエンジニアの方に送っておきますね。明後日ぐらいにはできると思います」
「お願いしまーす!」
エンジニアって隊服関係の仕事もやるんだ。
デザインは決めないにしても、大変だな。戦闘以外のボーダーの仕事大体やってるんじゃないか?
だから、冬島さんはエンジニアをやめても仕事があるのかもしれない。年中人手不足。
「じゃあ、次どうしましょうか。四人での戦い方でも決めますか?」
「戦い方……ね。双葉と知盛くんが前で戦って、私が後ろから。真衣がトラップを設置して回る。それでいいんじゃない?」
「そ、そうですけど。なにか連携の取り方とか、色々決まってたりしないんですか?攻撃寄りの陣形があるーとか」
「ないわね」
ないんだ。
あるのは基本的な、攻撃手が前。射手が後ろといったそれだけのようだ。あと、トラッパーは見えないところで頑張る。
A級の部隊ってめっちゃ作戦が決まってて、完璧な勝ちパターンがあるとか思ってたけどそういうわけじゃないのかもしれない。
まあ、加古隊が例外って可能性もあるけど。
じゃあ、ログで見てきたA級部隊の戦闘は高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処していた結果なのかも。
雑……とは言わないけど、阿吽の呼吸ってやつか。
ま、黒江の戦闘に合わせるのなら俺は問題ないし、加古さんも前で戦ってる攻撃手にハウンドを当てるような人でもないから大丈夫だろう。
真衣さんも、攻撃することはないし。でも、トラップの発動タイミングの意思疎通の取り方は決めておくべきかも。
トラッパーがどこまでできるのか俺が把握しきれてないから、そっちの方が先だけど。
「とりあえずはそんなところかしらね。双葉と知盛くんの連携も問題ないでしょうし、一度解散にしましょうか」
「分かりました」
「あ、夜は歓迎会をするから……そうね。五時ぐらいにここに集まってちょうだい」
「歓迎会……なにするんですか?」
「それは──
─────秘密よ」
秘密かー。
ちょっと怖いんだよな。まさか炒飯じゃあるまい。
そうだよね。炒飯じゃないよね。ね。
もしそうだったらどうしよう……。
さすがに歓迎会で出た食事を食べてぶっ倒れるわけにはいかない。
何かゲテモノでも食べて胃を衝撃に慣らしておくか?
「それじゃあ、かいさーん」
そう言って、一番最初に加古さんは作戦室を出て行った。
まさか……炒飯の具材を買いたくてわれ先に出て行ったってわけじゃないよね。
歓迎会って言葉に創作意欲が爆発して、ありとあらゆる珍味を求めてスーパーに駆け出して行ったわけじゃなよね。
違うと言ってくれ。
恐ろしい未来に恐怖しつつも、正気を何とか保った俺は喜多川先輩を呼び止めて、スイッチボックスの性能について教えてもらうのだった。
「失礼しま──あら、東さんだけ?」
「ああ、小荒井と奥寺はランク戦の方に、人見は仕事があったらしい」
東隊作戦室。
そこに訪れた加古を迎え入れたのは、東隊隊長の東だった。
「その方が私としては都合がいいけどね」
「それには俺も同意だな。座ってくれ、お茶を出そう」
「ありがたくいただくわ」
慣れた動きでお茶を取り出し、机の上に置く東。
訪問者の多い東隊の人間はみな、どこにお茶があり、お茶請けがあるのか理解しているためその辺の高級料理店の従業員に負けず劣らずの動きを見せることができる。
「それで、どうだ?壽は」
「問題ないわ。最初からそう思っていたけどね。双葉とも仲良くしてくれてるって話だったし、真面目でいい子よ。それはもうすごくね」
「そうだろうな。二宮や秀次からもずっとそう言われてる」
定期的に東のもとへ集まり、二宮と三輪は壽について軽い報告をしていた。
どんな様子で、何をしていたのか。何か気になることはなかったか。
していたが、これといった収穫はなく。ただ壽が優秀な子であるぐらいの報告しかなかった。一部例外があるとしたら、二宮には生意気な部分を見せて、よく遊んでいるという報告が犬飼から個人的にあったぐらい。
「ほんと、いい子ね……」
「とりあえず、加古隊に入ったのならこれまで以上に彼のことを気にかけやすくなった。よく見ておいてあげてくれ」
「分かってるわ。そう言った部分も含めて勧誘していたわけだし」
「そうか?純粋に壽の実力を認めたわけじゃないと?」
「実力は認めてるわ。じゃなきゃ、勧誘しないもの」
東のいたずらっぽい問いに、加古は笑みを浮かべながら返答する。
壽の勧誘は実力以外の面も考慮されたものだが、実力が考慮されていないわけではない。
それに、加古隊に入隊しない場合も考えていたし、ただ良い方向に未来が確定したに過ぎない。
那須隊や柿崎隊に入隊したらといった想定で、根回しの準備も東はしていたがそれも無駄に終わってしまった。
その代わり得る可能性のある利益はそれ以上だと東は思っているので、多少の損には目をつぶった。
少々のお茶菓子が東隊の作戦室にため込まれただけだ。
「それと、どうやら上層部も彼のことを探り始めたようだ」
「聞いてるわ。最近、身体検査が多いって言ってたもの。何を目的にやっているのかは分からないけどね」
「迅に聞いてみたがはぐらかされてしまった。もしかしたら、彼はまた別の問題も抱えているのかもしれない」
「これ以上に?世界は彼を苦しみのどん底にでも落としたいのかしら」
「協力するとも言われたけどな。どうやらこちらが抱えている壽の問題には迅、もとい上層部は協力的な姿勢を見せてくれるみたいだ」
「それならいいけど」
上層部が探りを入れている壽のサイドエフェクトの件については口封じがされており、上層部と迅、一部のエンジニアしか知らない。
なので、東ら壽との関わりが多い人間であっても、彼の特別なそれに関しては分からないのだ。
トリオンを本能で理解できるといった、漠然としているサイドエフェクトの存在こそ本人の口から明かされているが、もう1つの方は本人すら知らない。
本人が知らない以上、東らがサイドエフェクトについて知れるルートは限られており、東とはいえそこまでたどり着けてはいなかった。
いくら東がボーダーにおいて重要な存在とはいえ、情報を話す人間はいないであろう状況ではその一端すら見つけることはできなかった。
「そっちの方も探ってみたほうがいいかしら?」
「いや、やめておこう。俺にすら話が降りてこないとなると、かなり重要度の高い話題だ。下手に首を突っ込んでも悪影響が出る可能性が高い」
「了解」
「ひとまず、これまで通りのことを続けてくれ。状況が変わったらこちらから連絡する」
「わかったわ」
そう返事をして、カップに残っていたお茶を飲み干し立ち上がる加古。
二人の秘密の会談は終わりを告げる。
「頼んだぞ」
「ええ、任せてちょうだい」
優しく、妖艶な笑みを浮かべて加古は作戦室を後にした。
部屋には飲み終わったカップと、さほど食べられていないお茶請け。一人残された東。そして──
「とりあえずは、これでいいんだろう。諏訪」
独り言がふわりと浮き上がるだけだった。
本日は2013年7月11日です