「突っ込みすぎちゃ駄目よ」
「はい。分かってます」
加古のハウンドを主体として、諏訪隊との戦闘を繰り広げる加古・黒江ペア。
黒江の韋駄天を主軸としての戦闘も考えたが、笹森に一瞬のスキを作られるだけで散弾が飛んでくることを考えると距離をとる方が妥当だと判断した。
いたずらに黒江のトリオンを使う必要もないし、距離があるだけで諏訪と堤によるプレッシャーも格段に低下する。引きの戦闘は加古隊にとってメリットしかなかった。
「めちゃくちゃ警戒されてんな、これ」
「漆間くんが出てこない以上、いたずらにトリオンを使ってはくれないでしょうね」
一方、加古のハウンドを受け続ける立場にある諏訪隊は敗北こそないが、勝利に一歩も近づけない状況を強いられていた。
笹森が近づけない以上、シールドを使った盾役になってもらうしかなく、諏訪と堤が最大火力を出せない距離を維持されては満足に射撃もできない。
なんとなくの射撃を繰り返し、ショットガンの一発撃つごとにある間を狙われては、そのまま首が飛ぶ。
それに、漆間隊が狙ってくるとしたら落としやすい自分たちだと諏訪は思っているので、そちらの警戒も怠れなかった。
「加古!さっきから逃げてんじゃねー!」
「そんなに怒らないで、私だって逃げたくて逃げてるわけじゃないんだから」
ぷんすかと切れ散らかす諏訪に対して、地母神のような微笑みを浮かべる加古。
かたやショットガンをぶっぱなし、かたやハウンドをまき散らす。殺伐とした光景だが、彼らにとっては日常でしかない。
いつかやってくるきっかけを求めて、できることをやる。
それが、どのような形で来るかは分かっていなくとも。
必ずやってくることは分かっているから。
「ついに始まった加古隊と諏訪隊の戦闘ですが、加古隊の逃げの姿勢に諏訪隊は苦しめられている形か」
「近づけないと諏訪さんと堤さんはまともにダメージを与えられないから厳しいね。笹森くんは旋空があるけど、それを加古隊が許してくれるか」
旋空を放つ直前にあるわずかなため。
その瞬間を黒江が見逃さなかったら、それに合わせて加古がハウンドでフルアタックまがいのことをしてきたら。
笹森を犠牲にして、諏訪隊は何も得られないという最悪なシナリオが展開される可能性がある。
「諏訪隊みんなトリガーに余裕あるんだからさ、グラスホッパー入れればいいのに」
「いやいや、みんながみんな緑川くんみたいな使いこなせるわけじゃないから」
「そう?やってみたら案外簡単だよ」
ボーダーでも随一のグラスホッパーの使い手である緑川の言う簡単など全く持って当てにならないが、ただ使うだけなら簡単なのは事実である。
適当に置くだけで仕事ができるので使うだけ間違いなく簡単な部類、それを使いこなすとなると難易度が急激に跳ね上がる。
雑に使おうものなら狙撃手にすっぱ抜かるか、空中の姿勢制御がうまくできず墜落する。
何よりの問題は、グラスホッパーはどれぐらい跳ぶのかを自分で調整できない。
枚数で出力が落ちる性質のため、ほしい出力を出すために枚数を出す必要がある。
常に最大出力で使うことに慣れてしまった場合、二枚出しただけでその差で調子が狂うことになる。
だから、グラスホッパーは使うだけなら簡単だが、使いこなすのは難しいのだ。
「激しい戦闘を繰り広げている一方で、壽隊員と喜多川隊員は動きがありません。漆間隊長狙いの奇襲でしょうか」
「加古隊最大火力の手札を隠すことによって、諏訪隊と漆間隊の両方に圧力をかけているのでしょう。いつでも自分たちが襲われるかもしれないという状態は、精神的にキツイですから」
「あそこまで自由にできたらランク戦めっちゃ楽しそうだよね。オレもやってみたいなー」
前回の一戦で圧倒的な面制圧を見せつけた壽は、見過ごせない存在だ。
それが、隠密を選んだという事実は試合時間が経過するほど重くのしかかる。
トリオン体に疲労はない。戦闘時間が長くなって体の動きが鈍くなるなんてことはないが、もし加古のハウンドが足に当たったら。それはきっと、えさになる。逃げきれないほどの面積に攻撃を叩き込むだけで、点が取れてしまう。
今の加古隊は、傷をつけるだけで点が取れるのだ。
足さえ奪えば終わり。壽の影響力はすさまじい。
それが分かっているから、諏訪隊は加古隊から離れたがらないし。
漆間は狙っている。
ハウンドと射程ぎりぎりのショットガンの応射。
毛先で肌をなでるような戦闘は間もなく10分ほど経とうとしていた。
両者ともここで決着をつけようなんて思っていない。
混戦になった瞬間が、もっとも漆間にとって都合が良い。だから、そうならないうちに引き釣り出すか、どうにか見つけ出す。
時折、加古のハウンドが明後日の方向に飛んでくのもそのせいだ。トリオン反応であわよくばハウンドが食いつかないかと思っているが、そううまくはいかない。
その事実に加古も、加古が見つけることを期待している諏訪隊もやきもきしていた。
そうなることを漆間も分かっているので、常に場所を変え、しかしいつでも襲い掛かれる位置を人知れず保っている。
誰かが浮いた瞬間が、漆間の独壇場であり、稼ぎどころだ。
「なかなか出てきませんね」
「この程度で出てくる男ならここまで脅威と思われないわ。落ち着いていきましょ」
「……はい」
出てこない漆間にやきもきしている加古たちに対し、黒江は静かに諏訪隊を見つめていた。
接近戦ではない以上、黒江の出番もない。たまにシールドを張って、弾を防ぐぐらい。
そんな仕事を嫌に思っているわけではないが、そんなのでいいのかという思いがどこか心にはある。
私にできることはなにかないか。
この意味のない戦況をどうにか打破する瞬間は作れないか。
思惑だらけのこの戦場で何か役に立てないか。
そう。
悩んだ時にはすでに。
やるべきことは決まっていた。
『先輩。あとは任せました』
そう言って。
「韋駄天」
盤面が動いた。
「─────ッ!」
「堤!!」
黒江の蛮勇が、ガチガチに固まった戦場に新たな流れを作り上げる。
韋駄天が一瞬で距離を詰め、前衛の笹森を抜け、堤の左足を切り捨てる。
両者で保っていた均衡が崩れた瞬間だった。
「もらった」
───ッッッ
サイレンサーを付けた漆間の攻撃が、バランスを崩した堤に襲い掛かる。
それに気づいた堤がなんと体をひねって避けようとするが、それも織り込み済み。
よけた先すらも漆間の場所だった。
『トリオン供給機関破損』
「チッ!」
視界の端で撃破される堤。
しかし、それに意識を向けている暇はない。
目の前には韋駄天で飛び込んできた黒江がいる。
「逃がすかよ!」
加古のハウンドの援護を受けながら引こうとする黒江。
そんな彼女ではなく、彼女が跳んだ先を諏訪は狙って引き金を引く。
あるはずだった足場がなくなり、バランスが崩れた。
その瞬間を、相方は見逃さない。
「日佐人!」
「はい!」
「─────ッ」
黒江は本能からシールドを展開する。
が、それは旋空を受け止めるほどには至らず、シールドを破った弧月が黒江の体を切り伏せた。
「お願いします」
そう言い残し、黒江も緊急脱出する。
黒江双葉の蛮勇と思われる一撃から、一瞬で二人いなくなった。
漆間隊は一点を得て、諏訪隊は堤を失った代わりに一点。それに対して、加古隊は何も得られなかったうえに黒江がいなくなった。
その事実だけを見れば、加古隊の失策。
何も得られなかったばかりか、失ってしまった。
だが、それ以上のアドバンテージを得た。
黒江の作った今の状況は、間違いなく加古隊の思い描いていたものに近しい。
諏訪隊が全員捕捉でき、漆間隊もいる。黒江は落ちてしまったが、それ以外の全員は無傷で戦える余力もある。
動きのないつまらなかった盤面は、いつの間にか加古隊によって塗り替えられていた。
『逃走ルートだ』
だからこそ、逃げを選ぶ。
漆間隊の撤退の判断は速く。すぐさまこの場を離れ、加古隊と諏訪隊をもう一度戦わせる判断をする。
『加古さんと喜多川先輩で追ってください。小早川先輩はそのフォローを』
だからこそ、追走を選ぶ。
すべてが明らかになった以上、漆間隊を逃がす選択はない。加古と喜多川が確実にとる。
『追うぞ!』
『はい!』
だからこそ、追撃を選ぶ。
黒江はおらず、目の前にいるのは加古のみ。テレポーターにさえ警戒すれば気を付けるものはない。
それぞれの新たな思惑が交差し、激動の時間が始まる。
どこか一部隊でも思惑が成功したところがもっとも勝利に近くなる。
そんな状況だからこそ。
もしもに備えていた部隊が大きく有利をとれる。
「旋空弧月」
「チッ!」
今まで姿を隠していた壽。
それは、奇襲をかけるためであり、漆間隊が現れた時に加古と黒江にスムーズに追走に移行してもらうため。
多少予定と違うが、誤差程度。
「堤さんがやられちゃったのは残念だけどしょうがない。絶対はないからね」
「二対一だぜ。勝つ気か?」
「愚問だね──
戦況は思い通り。
漆間が追われ、壽は諏訪隊の相手。
これ以上ないほどの好条件。
─────勝つさ」