個人ランク戦のロビーは黒江の探し人が見つかったということで、大変にぎわっていた。
今期の期待の新人が探し求めている相手ともなれば、どれほどの実力者なのかとC級、B級の隊員が集まっている。もし強かったら、部隊に誘おうと考えている人間もちらほらいる。強い人間はそれほどまでに影響力を持つのだ。なしてや今期最強と言われている黒江よりも戦闘訓練のタイムが良い存在となれば、自然とうわさが広まっていた。
「あれが探してた人ってことか」
「大体2900ぐらい……そんなに強くない?」
「分からないぞ、力を隠してるのかも」
あれほど強い黒江が求めた人間。いかほどかと様々な憶測が広がっている。
その騒がしさに気づいてかA級の隊員もちらほらと来ていた。彼らの耳にも黒江のことは入っており、有望な新人がいると聞かされている。
また、それ以上の成績をたたき出した壽という存在も耳には入っていた。
が、彼は早々にランク戦に顔を出さなくなっていたのでA級で彼と面識のある存在はおらず、黒江を気にかける人間の方が多いのが現状だ。
しかし、太刀川や米屋といった戦闘狂組は壽がいかほどの存在なのかと期待に胸を膨らませていた。
だからこそ、C、B級の隊員は黒江の探し相手が見つかったと聞いて。
A級の隊員は壽が現れたと聞いてランク戦のロビーに集まっていた。
「すっげー人じゃん」
「噂の壽くんの人気ってやつ?」
「どっちかというと黒江だろ。壽のこと狙ってんの主に加古さんだし」
「ひえー、加古さんに狙われるとかかわいそー」
「そういうこと言うとまたしごかれるぞ、緑川」
「その時はよねやん先輩使って逃げる」
「おいこら」
戦闘狂担当、三バカうちの二バカである
噂の人物同士の戦闘がいかほどか、気になってしょうがなかったのだ。
B級に上がってきたらぜひコテンパンにしてやろうと爪を研いで待っている二人。
そんな二人がいるとは知らず、黒江と壽は何食わぬ顔でブースへと入っていくのだった。
「何本勝負がお望みで?」
「5本で」
「了解」
五本勝負ってやったことないけど、変に考えるもんでもないか。
目の前の敵に対応しておけば、気づいたら終わる。
「弧月……3981って高いな」
もうB級だろ。
でも持ってるトリガーは一個だし、不利なところはない。
それに黒江も弧月だ。純粋な技量勝負となる。身長が結構違うけど、彼女なら技術で補えるでしょ。
どっちがどれだけ戦闘がうまいか。気は抜けないな。
「さくさくっとやって作戦室行きますか」
楽しんでこ。
気楽にね。
『C級ランク戦5本勝負 開始』
開始の合図。
目の前に転送された黒江は、すぐさま動き出し、一気に間合いを詰めてくる。
彼女がどのような戦闘スタイルを用いているのか分からないので、後ろに引きながら防御の構えをとる。
アステロイドかハウンドがあったらなー、様子見ができるんだけど。ないものはない。
「───ッ!」
ある程度引いたところで、黒江の方へと跳ぶ。
俺との間合いを詰めたい黒江の願いをかなえてやりながら、彼女が気を抜いた一瞬を狙った。
だが、その程度でやられるほど彼女も弱くない。俺の攻撃を軽々と受け止め、すぐさま反撃してきた。
個人ランク戦で鍛えられた経験が彼女を強くしたってやつなのかな。元から強かったけど。
「強いね」
「ほんとに思ってますか?」
「思ってるよ」
彼女の攻撃を避け、足を払おうとするも避けられる。
やっぱりできる子だなこいつ。当たり前のように反応してきた。
正隊員と戦ったら毎回こんな感じなんだろうな。
さらに一歩黒江へと近づき、切っ先で一気に突き刺そうとするもうまくからめとられてしまった。
やっばい。
「もらった」
なんとか避けようと上半身をねじるもよけきれず、心臓の位置に弧月が突き刺さった。
『
一戦目は敗北。
技術の差で彼女に負けてしまった。ポイントが高いだけあって、それだけの実力を持っている。
昨日まで作戦室でごろごろしてたやつは敵じゃないな。降伏機能とかない?
二戦目も、俺は黒江相手に傷1つつけられずにやられてしまった。
ログで見た戦い方をちょくちょく採用しているのだが、初見で対応されている。才能の差ってやつか?
いや、彼女の場合努力か。ところどころ勘で動いているような部分があり、それが俺の動きに完璧に合っている。
なかなか手厳しい。ログだけ見ても強くはなれないな。
「噂の壽くんめっちゃ負けてんじゃん。やっぱ、双葉の方が強いねー」
「確かにな。でも戦闘訓練では今期の最短記録保持者だぜ。まだ分からない」
一方的な試合展開に、観客は期待外れだなといった感想を抱いていた。
黒江相手に攻撃が通っていればまだマシな評価だっただろうが、黒江は今のところ無傷。それに対して、壽は一撃で仕留められている。
拍子抜けどころの話ではない。戦闘訓練の話は、実は嘘だったのではないかとすら思われ始めている。
「ほんとー?勝手に期待しすぎじゃない?」
「それならお前だって幼馴染だからって甘くないか?」
「全然違うでしょ。どう見ても双葉有利じゃん」
「オレはまだまだ勝つと思うけどな」
三戦目。
これを落としたら俺の負けである。
この後2回勝っても負けは変わらない。
この試合というか、もう負けられない。
だから、全力で行こう。
『3本目 開始』
開始直後、俺と黒江は同時に走り出す。
互いにまずは弧月の間合いに入れようという魂胆だ。
じゃなきゃ、何も始まらない。
基本的には。
「ほい!」
だから俺は、戦闘訓練の時のように弧月を投げつけた。
きれいに飛んだ弧月は黒江に突き刺さる────ことはなく、簡単に防御されてしまった。
無残に俺の投げた弧月を地に落ちる。
「無駄です!」
武器のなくなった俺に容赦なく詰めてくる黒江。
弧月は向こうにあり、抵抗できない。
「くっ!」
初撃を躱し、大きく後ろに飛ぶ。
それに合わせて、黒江も駆け出す。
そして、それによってできた時間で弧月を再生成。左手に握り、俺の間合いに入ったタイミングで力いっぱい振るう。
角度も、威力も、構えも気にせず。
ただひたすらに彼女の体に刃を届かせようとして下から振り上げた弧月。
「……これだけですか?」
そんな弧月が彼女に届くはずもなく。
簡単に受け止められてしまう。
俺が力いっぱいに弧月を振っていたことを向こうも理解しており、安全策として片手を刃に添えている。
だが、それを待っていた。
そうやって、彼女の動きが完璧に止まる瞬間。
弧月が動けなくなる瞬間を、今まで待っていた。
「なわけ」
「────え」
なめたことを言った彼女を、左足で蹴り飛ばす。
腰をひねり、勢いをつけ、容赦なく塀に向かって蹴り飛ばした。
マップは住宅街。
これが開けた場所あったら彼女は遠くへ飛ばされるだけだがここ町中。すぐに塀や家の壁がある。
トリオン体はトリオン以外で傷つかないが、トリオン以外の物が透過するわけじゃない。じゃなきゃ、地面は踏めない。
だからこそ、塀に蹴り飛ばされた彼女はダメージこそ受けていないものの、黒江の体はすぐには動かない。
塀に全身が打ち付けられ、衝撃によって体の自由が失われたその瞬間。
もう一度彼女の体を狙った弧月が、黒江の体を真っ二つにした。
「あ、やりかえした」
三本目の最後を見て、緑川がそうつぶやく。
優勢のように思えた黒江は、蹴りに対応することができずに倒されてしまった。
もし彼女が、壽の間合いに入らず一歩止まることができていたら、もう少し有利に試合を進められていただろう。
「そろそろかな」
「何が?」
「流れの変わり目ってやつ」
「そう?よねやん先輩の気のせいじゃないの?」
笑みを浮かべながら意味の分からないことを言う米屋に、緑川は相変わらず辛辣な言葉をかける。
そんな顔してたか、ともう一度モニターを見るがやはりそんな顔には見えない。焦りながらも、黒江に対して白星をあげたようにしか見えなかった。
また、米屋の言う黒江のつぶし方もいまいち何を指しているのかも分からない。あの一瞬でそんなものが確立できるのかと、緑川は食い入るようにモニターを見始めるのだった。
『四本目 開始』
「はっ───」
始まってすぐ。
黒江は今までに見たことないほどのスタートダッシュを見せてきた。
一気に俺との間合いを詰め、さらにもう振りかぶっている。俺が攻撃に転じている時間はない。
「顔が怖いよ」
「構わないです」
スタートダッシュは良かったが俺の調子が崩されるほどではない。
彼女は俺からの攻撃を受けないように自らの攻撃で完封することにしたらしい。次々と繰り出される連撃を受け流しながら、隙を探る。
下手なタイミングで攻撃を挟んだら、俺が先に切られる。完璧に攻撃の流れが出来上がっており、間に入る隙がない。
スコーピオン使いと戦ってるみたいな感覚になってきた。
攻撃の合間に隙が無い。違うところがあるとすれば、スコーピオンよりも一撃が重いので気を抜いたら手から弧月が飛んでいく。
体がいくら小さくても、しっかりと振りかぶれば十分な威力になっている。真正面からは受けない方がいいな。
「………」
「なんですか?」
「冷静になりな」
「何が──っ!」
黒江の弧月を外の方へと受け流し、一気に体を近づける。
まだ弧月では狙わない。受け流した弧月がすぐに方向を変え、俺の体を狙っているから。
だから、膝を腹に叩き込む。
容赦なく。全力で。
腹への衝撃で体の動きが鈍くなったところで弧月で首をはねる。
先ほどの同じように肉体への直接攻撃からの弧月。そろそろ対策されるかもな。
『五本目 開始』
すぐさま始まる五本目。
さすがに黒江も落ち着きを取り戻したのか。ゆっくりと俺の動きを探っている。
「俺に勝てそう?」
「勝ちます」
「それは当たり前のことだ」
弧月の投擲と共に駆ける。
何度か見せている手段だったので、少しの焦りもなく避けられるがそれでいい。
間合いさえ詰められていれば問題ない。
弧月の再生成をしながらの振り下ろし。さすがに防がれるが、黒江は捉えた。
ここまで寄ってしまえば俺の足が体を狙える。
そのことを向こうも理解しているので距離をとろうと立ち回る。
後ろへと大きく飛び、俺の間合いから外れる。それは自らの攻撃手段をなくすのと同義だが、今の彼女は攻め気を失ってしまった。
あくまで守備に回り、隙を伺いたいらしい。
最初ならそれでよかったかもしれないけど、最終ラウンド。
そんなことをして時間をもてあそぶ暇はない。強い奴が勝つ。
その強い奴を決める一戦だ。
「仕留めるッ!」
一気に間合いを詰める。それに合わせて後ろに逃げようとする黒江。
だが、先ほど同じ要領で下がった黒江はより力を入れて跳んだ俺に捉えられる。
くるりと体を回し、遠心力を加えた弧月を右側から叩き込み完全に動きを止めさせる。
そして、弧月に加えた力を弱めて彼女の防御を抜け、体の回転を再開する。時間は取れない。弧月を叩き込んだ流れを止めることは負けである。
今この一瞬だ。この一瞬。彼女に向けて先ほどと同じように蹴りを叩き込むために足を上げる。
「ッ!」
だが、彼女も馬鹿じゃない。一度やられたことを再度やらせるほど愚かな人間ではなく、回ってきた足を切ろうと自由になった弧月が下に降りていく。
それがほしかった。何度も足を使い。何度も足の動きを見せつけて、彼女の意識は完全に足に向けられた。
だから気づけない。
視界に入っていないから。
俺のフリーになっている右手に、彼女は気づけなかった。
「あッッッッがッッッッ!!!!」
容赦なく、彼女の顔面に右手のこぶしを叩き込む。女子の顔面を殴るってのは心が痛むがしょうがない。それは勝負であって、遊びじゃない。
イメージは木崎レイジ隊員の使っていたレイガスト殴り。あいにく、今回はトリガーを挟んでいない攻撃なのでダメージは入らない。本物はレイガストで殴っているし、スラスター込みのですごいパワーだと思う。
顔面を殴られ吹き飛んだ黒江に弧月で一閃。
ここで吹き飛んだ黒江を見逃すほど俺は優しくない。真っ二つになった黒江はさすがにトリオン体を維持することができずベイルアウトした。
『5本勝負終了 勝者──壽知盛』
市街地からランク戦のブースへと戻される俺の体。
バフンと、全身がベッドへと落とされた。なかなか柔らかくて快適だ。家にほしい。
「大丈夫かな?顔面殴っちゃったけど」
実際の肉体にダメージが入るわけじゃないことは知っているし、ランク戦で用いられているトリオン体は偽物だ。
偽物の体のさらに偽物なのだから、彼女に何かしらの傷害が与えられるわけではないと知ってはいるが、女子の顔面をぶん殴ったという事実が俺の心を傷つけている。
急いでブースを出て、彼女の所へと向かう。
出た瞬間めっちゃ人がいたけど、見なかったことにしよう。きっと他にすごい隊員が戦ってたんだ。俺と黒江の試合を見ているわけではない。
はず。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……」
鼻をさすりながらそう答える黒江。
ちょっとだけ目元が赤くなっているような気がしなくもない。
絶対大丈夫じゃないでしょ。泣いてない?
ベッドに座っている黒江に近づき、顔を覗き込む。
恥ずかしそうに顔を背けるので、すぐに見えなくなってしまった。
「痛覚は切ってたよな?」
「ほとんどは……ちょっと残してましたけど」
「痛い?」
「いえ、それほどじゃ」
本当か?
本当にそれほどじゃないのか?
痛くないのならその手を鼻からどけてくれ。どれだけ痛くないと言われても信憑性がない。
会話は続かない。
俺は何を話すべきなのかわからず黙ってしまう。それに対して黒江が何か言ってくれるわけでもない。
ただ静かに、鼻をさすっている黒江とそれを眺める俺。さすがに耐えきれない。
「あー…………後でなんかおごるよ」
「分かりました……ぐすん」
やっぱ泣いてる。
戦闘用のトリオン体はトリオンを介さない攻撃に圧倒的な防御力を持ってるけど、トリオン体に殴られた場合にダメージが入るのか。
こういう微妙な設定の穴を自分だけで埋めるべきか、アンケートを使って読者のみなさんと一緒に作っていくかちょっと迷ってる。