EDENS@DREAMS 夢現に駆ける少女たち   作:よるめく

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第30話 夜宵深遠/ヘヴンの死神

 凄まじい風の音と砂のこすれ合う音が去った後、流鯉(りゅうり)は顔を護っていた腕を下げ、エデンの消失を確かめた。

 

 先ほどまでの死闘が嘘のような、静かな夜だ。鍵玻璃(きはり)もちゃんと、元いた位置に佇んでいる。彼女は、ふらりと倒れ掛かった。

 

肌理咲(きめざき)鍵玻璃(きはり)っ!」

 

 慌てて駆け寄った流鯉の腕がつかまれる。ぎりぎりで倒れるのを堪えた鍵玻璃は、滝のような汗を掻きながら、苦労して体勢を立て直した。

 

 今にも倒れてしまいそうな体に鞭を打って顔を上げると、離れた場所に死神が仰臥していた。全身を揺らぐノイズに包まれたその姿は、異様という他にない。

 

 なんとか自力で体を支えた鍵玻璃は、咳き込みながら呟いた。

 

「やった、のよね……?」

 

「ええ。頬をつねって差し上げましょうか?」

 

「いらない。それより……」

 

 鍵玻璃(きはり)は顔を歪めると、足を引きずって死神へと近づいていく。流鯉(りゅうり)も最大限警戒しながらそれに続いた。

 

 軽く蹴飛ばせる距離まで近づいても、死神は起き上がらない。大鎌はどこにもない。ローブの下の顔も体も、ローブと同じ白と黒。ただ瞳だけが、少し暗い空色だった。流鯉はその様をカメラフレームに収め、記録しながら問う。

 

「それで……これは一体? 人間ではないのだろうと薄々思っていましたが」

 

「知らない。私は幽霊か何かだと思ってたけど、これは……」

 

 まるでバグに見舞われたゲームのような有様の死神を見下ろし、鍵玻璃(きはり)はその脇腹を蹴りつけた。

 

 ノイズが抗議するように少し強まり、死神の輪郭がさらに不明瞭になる。流鯉(りゅうり)が二回連続で驚き、慌てて後ずさった。鍵玻璃は構わず考え込む。

 

 死神がどういう存在なのかはわからない。けれど恐らく、彼がこれまで狩って来た人々同様、敗北を契機に消えようとしているのだろう。

 

 鍵玻璃の胸に熾火のような怒りが灯った。このまま消えて逃げるなど、許せるはずもない。死神をまたいで胸倉をつかみ、引き起こして怒鳴り散らす。

 

「起きなさい! あんたが消した人たちはどこにやったの? なんのためにこんなことをしたのか、あんたはなんなのか……洗いざらい吐いてもらうわよ!」

 

 疲れ切ってろくに回らない頭で叫ぶが、反応はない。

 

 死神のノイズが徐々に激しさを増していき、ローブが指をすり抜ける。鍵玻璃(きはり)が逃がすまいと手を伸ばした瞬間、ノイズがぶわっと広がった。

 

 死神は大きく背を仰け反らせ、壊れた動画の如き耳障りな異音を発し始めた。

 

 ガクガクと機械的に痙攣しながら、大ボリュームで不協和音をまき散らす。

 

「うるさっ……うあっ!」

 

 爆ぜたノイズが鍵玻璃(きはり)を強く突き飛ばす。死神を包むノイズはトゲトゲしく強くなり、ローブの色も分からなくする。しばらくそんな状態が続いた後、死神は鳩尾に穴が空く。さながら焚火の火の粉のようにノイズの欠片が立ち上り、虚空に溶けて消えていく。

 

「待ちなさい!」

 

 鍵玻璃は即座に手を伸ばす。だが、消えゆく死神を捉えることはできなかった。

 

 やがて、不気味なローブの怪人は綺麗さっぱり消え去った。最初から、そこに何もなかったかのように、跡形も無く。

 

 流鯉(りゅうり)はカメラと現実の映像を交互に見やり、呆然と呟いた。

 

「消え、ました……わね……?」

 

「……くっ!」

 

 鍵玻璃(きはり)は奥歯を噛んで拳を握った。

 

 これが報酬か。あまりにもあっけなく、何が得られるわけでもない。こんな形の終焉で―――納得できずに体を震わせていると、目元に下ろしたままのD・AR・T(ダアト)が通知を鳴らした。エデンズアプリからだ。

 

 内容は、カードが届いたというもので、差出人の名はノイズで隠されていた。

 

 まさかと思い、急いでエデンズのアプリを開く。だが、そこにあったのは。

 

「……なに、これ……」

 

「どうしました?」

 

 死神がいた場所を刑事か探偵のように撫でまわしていた流鯉(りゅうり)が顔を上げた。

 

 だが、鍵玻璃(きはり)はそれに答えられない。

 

 彼女の目に映ったカードには、名前も能力も記されていない。あるのはただ、イラストだけだ。寄生虫の群れのように蠢く白と黒の色彩が、微かに人のシルエットらしきものを作り出している。

 

 奇怪で、不気味なカードが一枚。それこそ、死神が唯一吐き出したもの。

 

 そして彼女に与えられた、新たな手掛かりだった。

 

⁂   ⁂   ⁂

 

“救世女傑メリー・シャイン”

レギオン:奮戦レベル3

パワー:3000

レギオンスキル①:『このレギオンが場に出た時』この対戦中に行った誓願成就の回数に応じて以下のスキルを適用する(強制)。

●30回以上:“救世女傑メリー・シャイン”以外のレギオンすべては、元々のパワーが0となる(永続。相手の場に新たなレギオンが出た場合、それにも適用される)。

●40回以上:???

●50回以上:???

レギオンスキル②:『常時』①を発動したこのレギオンは、他のレギオン・レリックのスキルを受けず、誓願成就で選ばれない。

 

 私はあなた。あなたこそが光そのもの。

 私たちこそ、救いの星なの。

 

⁂   ⁂   ⁂

 

>ヘヴンがやられた。

 

>ヘヴンが? 一体誰がそんなことを。

 

>ログ送ったからあとはよろしく。

 

>中身は見ましたか? ヘヴンと同期などはしていなかったのですか?

 

>は?

 

>……やってないのですね。わかりました。

 

 ごくごく短いやり取りを終え、男は溜め息を吐いた。長い茶髪の毛先を指に巻きつけ、三白眼を神経質に尖らせる。

 

 前代未聞だ。まさか、ヘヴンが倒されるとは。

 

 ―――いや、倒されるのは構わない。また再構築すればいいだけですし。

 

 ―――問題は誰にやられたか。そこいらのブリンガーに倒せる素体ではない……。

 

「はぁ……参りましたね。ログを洗って、ヘヴンを再構築して、デッキの見直しをして。ヘヴンが溜め込んだデータは失われたのでしょうし。どうしましょうかね」

 

 暗がりの中で体を伸ばし、背骨を鳴らす。

 

 やることも、考えなくてはならないことも非常に多い。気分転換にと席を立ち、薄暗く広い部屋の奥へと進む。

 

 そこにあったのは、ちょっとしたビルほどの大きさがあるモノリスだ。表面には空色の幾何学模様がいくつも走り、呼吸するようにゆっくりとした点滅を繰り返している。冷たい大理石のような黒い石板を思わせる機械。それが左右に一台ずつ。男はその表面に触れ、手に冷たさを感じながら肩を落とした。

 

「どうしてこうも、上手く行かないことばかりなんでしょうかね。あの失敗から……もう四年と八か月ほど経ちますか」

 

 モノリスの光が男を照らす。少し暗い空の色。その明かりを頼りに、男は十字模様を刻んだタブレットに指を滑らせる。

 

 上から下まで流れる無味乾燥な文字の列。その最終段で指を止め、呟く。

 

界雷(かいづち)マテリア総合学院……そこでひとりを狩って、あとのことはわからない……? そして今しがたロスト、ですか。……どう報告したものですかねぇ」

 

 男は大きく嘆息し、タブレット型のD・AR・T(ダアト)をしまうと、モノリスに背を向けて歩き始めた。

 

 エデンズブリンガーの死神……“幻界(げんかい)揺卵(ようらん)XEGG(ゼッグ)HVN(ヘヴン)”の使い手が、誰と戦い、どう負けたのか。何もかも不明である。これまでにそんなことは一度もなかった。

 

 だからこそ、心当たりがひとつだけある。この事態を起こしうる要因は、彼の記憶する限りたったひとつしか存在しない。顔の右側を隠す髪を撫でながら、男は目を鋭く細めた。

 

「やっと見つけましたよ……手がかりを」

 

 出口を半歩またいで、男は最後に部屋の中のモノリスを振り返る。

 

 モノリスは依然としてそこにあり、静かに佇み続けている。機械だが、その実起動はしていない。あくまでも、スリープモード。モノリスの中身がからっぽだということを、彼はよく知っている。喪失がもたらす落胆は、約五年間尾を引き続けた。

 

 ―――しかし、それももうじき終わるでしょう。

 

 ―――我が師よ、見ていてください。今度こそ、我らが悲願、完遂させます。

 

 眼鏡を押し上げる男の視線を、スライド式の扉が遮る。

 

 機械のモノリスを収めた部屋は、闇に閉ざされた。それが放つ空色の光を除いて。




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