EDENS@DREAMS 夢現に駆ける少女たち   作:よるめく

33 / 33
エピローグ

 翌朝。学生寮、鍵玻璃(きはり)たちの部屋。

 

 キッチンから聞こえる洗い物の音を聞き流しながら、ありすはソファに目を向ける。背もたれに隠れて見えないが、そこには解恵(かなえ)が横たわっているはずだ。

 

 天気は雲ひとつない快晴。窓から差し込む光は暖かく、浮足立った空気が部屋の外に満ち満ちているのを感じ取る。

 

 今日は新入生歓迎会が行われる日。朝から晩まで行われるパーティの始まりが、もうすぐそこまで迫ってきていた。

 

「……解恵(かなえ)、そろそろ起きたら。いつまでそうしてるつもり?」

 

「だって……お姉ちゃん、帰って来てない……」

 

「一泊って言ってたんだし、今日中に帰ってくるよ。そろそろ時間だよ。そんな落ち込んだして、パーティ台無しにする気?」

 

「うん……」

 

 返って来たのは、今にも泣きだしそうな生返事。

 

 ありすは食卓に頬杖を突いて嘆息する。昨夜から、ずっとこんな調子だ。

 

 部活から帰って来てみれば、どこかへ出かけようとする鍵玻璃(きはり)とそれを止めようとするふたりの姿。解恵(かなえ)は膝立ちで姉に縋りつき、ハニーは床の上で丸くなっていた。

 

 結局、鍵玻璃は出て行って、後に残された三人はこうして顔を陰らせている。

 

 洗い物を終えたハニーが、キッチンから出て来て、視線で尋ねてくる。ありすは無言で首を振った。

 

「かなえん……」

 

 ハニーは力無く呟き、目を伏せる。

 

 昨日、彼女は鍵玻璃(きはり)に勝負を挑んだ。

 

 勝てば自分たちもついていき、事情をすべて話してもらうと。入学式で負けたからか、解恵(かなえ)との対戦を頑なに拒んでいた鍵玻璃もこれを承諾。

 

 もちろん、結果はこの通りである。

 

 ハニーはありすの隣に座ると、卓に突っ伏す。彼女の胸の内は、慚愧の念でいっぱいだった。

 

 ―――かなえん、あんなに落ち込んじゃって。……わたしのせいだ。

 

 ―――わたしが負けたりしなければ……今頃、きっと。

 

 解恵を慰めてあげたい。けれど、どの面下げて声をかければいいというのか。

 

 ハニーが負けたせいで、鍵玻璃(きはり)を引き留められなかったのに。

 

 重い空気の中、解恵がうわ言のように呟く。

 

「お姉ちゃん、どうしよう……。もし、帰ってこなくなったら、あたし……」

 

 そう言って、ぎゅうっと顔に押し付けるのは、姉のベッドにあった枕だ。

 

 ラベンダーの残り香がする。日々うなされる姉が穏やかに寝付けるようにと、母が買ってきたアロマの匂い。

 

 鍵玻璃(きはり)は効かない、意味ないと言いつつも、この香りを良く付けていた。

 

 ―――昔は、おひさまの匂いがしたのに。

 

 ―――昔は良く笑ってた。髪も染めてなかったし、カラコンも入れなかった。

 

 ―――あたしと同じ髪の色。あたしと同じ、でもあたしよりも似合う服。

 

 ―――あたしと同じ顔してて、背丈も同じで。けどあたしよりもかっこよかった。

 

 ―――それでも、ずっと一緒にいてくれた。

 

 なのに今は、同じ家にもいてくれない。なんとか引き留められたと思ったら、ようやく解決の糸口が見えたと思ったら、どこか遠くへ行ってしまった。

 

 口の奥から軋むような音が漏れ出す。一睡もできず、ひりひりと痛み始めた瞳が潤む。ますます体を縮めた解恵が最初の嗚咽を漏らすと同時に、扉が開いた。

 

 歓迎会のスタッフが、自分たちを呼びに来たのだろうか。

 

 断ろう。そう思うのだが、体が固まってしまって動けない。静かな足音が玄関の方から聞こえてきて、やがてリビングに到達する。

 

 ガタッ、と食卓の方から音がした。やってきた誰かが、肩を揺さぶってくる。

 

解恵(かなえ)。ここで何してるの」

 

「…………んぇ?」

 

 間の抜けた声を上げ、解恵は枕から顔を上げた。

 

 聞き間違えるはずもない。暗闇に慣れた目が少し眩んでも、彼女の顔がはっきり見えた。

 

「おねえ、ちゃん……。……お姉ちゃん!?」

 

 跳ね起き、両手で目の前の相手を包み込む。

 

 頬をむにむにと揉まれた鍵玻璃(きはり)は、不満そうにその手を振り払った。

 

 解恵(かなえ)は気にせず起き上がり、くしゃっと表情を崩して腹にしがみついてきた。

 

「お姉ちゃん……! お姉ちゃん、帰って来た!」

 

「一泊するだけって言ったでしょ。いちいち大げさなのよ、あんたたち」

 

 鍵玻璃(きはり)は呆れ気味に言って立ち上がると、食卓の方に目を向ける。

 

 ありすとハニーが、ふたりそろってポカンとした顔をしている。

 

 自分で慰めの言葉をかけておきながら、解恵とハニーの悲哀に当てられていたありすは、帰宅した鍵玻璃を前にして言葉に詰まっていた。

 

「え、ええと……お帰り。早かった、ね?」

 

「今日、歓迎会でしょ? あのお嬢様がそこのスタッフだから、一緒に帰って来たのよ。あの子も新入生のはずなんだけどね」

 

 そう言いながら、鍵玻璃(きはり)は髪を撫でつけた。

 

 死神に勝利した後、鍵玻璃と流鯉(りゅうり)は才原邸にとんぼ返りし、事と次第を辰薙に語って聞かせた。

 

 正確に言うと、語ったのは流鯉である。鍵玻璃は帰りのリムジンの中で力尽き、気付けば客間のベッドで眠りこけていた。

 

 ボストンバッグに忍ばせた、辰薙の手紙を思い出す。目を覚ました時、彼は既に出立した後だった。

 

“鍵玻璃くんへ。まずは、このような形での報告となることを許してほしい”

 

“昨夜の顛末は娘から聞いた。死神は我々の想像を超えた強さだったと聞いている”

 

“そんな相手に勝利し、無事に戻ってきてくれたことを、心より嬉しく思う”

 

“私はこれから、流鯉から得た情報を元に対策委員会を設立するつもりだ”

 

“正直、君を行かせたことを、やや後悔している”

 

“一歩間違えれば、君だけではなく娘をも失い、そのことにさえ気づけなかったろう”

 

“死神は再び闇に消え、今度こそ取り返しがつかなくなっていたかもしれない”

 

“だが、人間というのは結局、心の赴く方に引っ張られていく生き物だ”

 

“私も流鯉も、君もそうであるはずだ。だから、無理に引き留めなかった”

 

“だからこれからも、君の意思を尊重したい”

 

“寮に帰るも、ここで静養するのも君の自由だ。もちろん、死神ついて調べることも”

 

“己の心と向き合い、死神を退けた君であれば、もう心配はいらないと思っている”

 

“そしてもし、このまま死神を追う道を選ぶのならば、必ず我々を頼ってほしい”

 

“将来の夢について考えるのも忘れないように”

 

 ―――私の夢、か。

 

 鍵玻璃(きはり)は腹に抱きついた解恵(かなえ)の頭に手を置いた。

 

 妹はぴくっと反応し、上目遣いに見上げてくる。

 

 鍵玻璃は、その幼い仕草を見返した。

 

 今朝は、悪夢を見ていない。長年苦しめられた死神の夢は、昨夜に終わりを告げたのかもしれないが、その証明が欲しかった。

 

解恵(かなえ)

 

 妹を呼び、屈みこむ。自分がさっきされたように、解恵の顔を両手で包んで、翡翠の瞳を直視する。

 

 解恵が驚いてまばたきする。こうして妹を見つめるのは、随分久しぶりのことだ。

 

 歪んで、死神や過去の記憶と重なって見えていたせいで、真っ直ぐ見られない。

 

 でも、今は違った。ふわふわしたオレンジ色のショートヘア。丸っこく、大きな瞳。泣いた後のような童顔。すべて見たまま、揺らがない。

 

 解恵は戸惑いながら、問いかけて来た。

 

「お姉ちゃん……? どうしたの? ええっと……」

 

「なんでもない」

 

 鍵玻璃(きはり)はこつんと額と額を触れ合わせる。

 

 立ち上がると、軽く妹の背中を叩いた。

 

「ほら、とっとと起きて準備する。歓迎会、出るんでしょ? あんたたちは?」

 

 唐突に話題を振られて、ハニーが自分を指差した。

 

 えっ、どうしよう、と傍らのありすに視線を向けると、ありすは意外そうな顔で小首を傾げてから告げる。

 

「ぼくも……出ようとは思うけど。鍵玻璃(きはり)も出るの?」

 

「出るつもり。確か、エデンズの大会もあるのよね」

 

 その一言が、ハニーの心に引っ掛かる。新入生歓迎会に言及しておいて、それを出すと言うことは、つまり。

 

「きはりん、もしかして……」

 

「うん。エデンズ、復帰しようと思ってる」

 

「ほんとに!? じゃあ……!」

 

「アイドル部は遠慮しておくわ」

 

「うぅ……!」

 

 目を輝かせかけた解恵(かなえ)が、散歩に行けなくなった子犬のようにしょげかえる。

 

 その頭を撫でる鍵玻璃(きはり)を見つめ、ハニーは強い不信感に襲われた。

 

 不満、いや不安だろうか。自分でも上手く言えない。とにかく、ここ最近めまぐるしく変化する鍵玻璃に対して、良くない感情を抱いているのは確かであった。

 

 ―――おかしいな。かなえんと同じで、嬉しいことのはずなのに。

 

 ―――なんでこんな、もやもやした気持ちになっちゃうんだろ。

 

 ―――きはりん……何を考えてるの?

 

 きっと、問うてもろくに答えてくれないだろう。釈然としない気持ちを抱えていると、すっかり元気になった解恵が洗面所へ駆けていく。

 

 妹と束の間離れた鍵玻璃の顔は、やっと一息つけたという具合の表情をしていた。

 

 密かにほっと胸を撫で下ろした鍵玻璃の中にある想い。ハニーたちには伺い知れぬ、彼女の目的。

 

 それは、強くなることだ。

 

 死神の事件はまだ終わっていない。悪夢からは解放されたが、一番大切な人が帰って来てない。それに、あれの正体が不明な以上、復活する可能性も否めないのだ。

 

 その時に備えて、強くなる。エデンズブリンガーとして、誰にも負けないぐらいに。そのためにはとにかく戦い、デッキ構築やプレイングを煮詰めなければ。

 

 五年のブランクを埋め、さらに先まで。

 

 死神が奪い去っていった人々と、その存在した証のすべてを奪い返すのだ。

 

 ―――私は、私の夢を取り戻す。そうしたら……。

 

 鍵玻璃はそこで思考を止めた。チャイムが鳴って、歓迎会のスタッフが鍵玻璃たちを呼びに来たのだ。

 

 時間だ。決意を胸に秘めながら、鍵玻璃は自室にボストンバッグを投げ入れる。

 

 ラベンダーの香りが漂う部屋には入らず、後ろ手に扉を閉じると、玄関に向かって歩き始めた。

 

               第一章:ウェルカム・エデンズ・アゲイン‐了‐

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。