EDENS@DREAMS 夢現に駆ける少女たち   作:よるめく

4 / 33
第2話 画竜点睛/何が何でもあなたとともに

 一か月後。電車の扉が開くなり、解恵(かなえ)は姉の手を引いて、駅の外に飛び出した。

 

 春の日差しと風が、姉妹を暖かく出迎える。都会の真っ只中と見紛う駅前広場。空に浮かぶディスプレイ。それらに書かれた、入学おめでとうの文字。

 

 桜が舞い散る空の下、 解恵は、春の風を浴びながら、両手を空に突き上げた。

 

「ん~~~~~っ、着いたぁ――――――っ!」

 

 大声が周囲の者の視線を集める。

 

 いるのはそのほとんどが、シルバーホワイトの……界雷(かいづち)マテリア総合学院の制服を着た少年少女だ。

 

 彼らと同じ服に袖を通した解恵(かなえ)の声に、鍵玻璃(きはり)が鬱屈した表情をした。

 

 投げ捨てるように繋いだ手を切る鍵玻璃(きはり)は私服。

 

 といっても、白いブラウスにネクタイ、黒いプリーツスカートという出で立ちなので、さほど悪目立ちはしない。他校の制服と言っても通じるかもしれない。

 

 姉は、緩慢にまばたきをしながら首を振る。しかしすぐにまた手をつかまれ、引き寄せられた。

 

「お姉ちゃん、ほら行こ! 入学式始まっちゃうよ!」

 

「……もう帰らせて」

 

「だーめ! ちゃんと式にも出るの!」

 

 ぱんぱんになったリュックを揺らし、解恵(かなえ)は姉を引きずりながら案内に従って進んでいく。

 

 今日別れたら、なかなか会えなくなってしまうから……そんな母の説得と、解恵の泣き落としによって、なんとかここまで連れて来た。

 

 鍵玻璃(きはり)は何度もふらつき、立ち止まり、帰ると言い出すために苦労した。顔色は悪く、処刑台に上がる病の死刑囚のような顔をしている。薬を勧めても拒否される。

 

 思うところはあるものの、後はリュックに詰め込んだものを渡すだけ。

 

 やがて差し掛かったのは、桜が連なる大通り。

 

 樹の足元には、様々な映像がが流されている。学部学科、部活の紹介。OB、OGからの祝辞。学院を運営する企業のCM。有名インフルエンサーによる案内。

 

 理事長のバストアップが別の少女に切り替わったところで、解恵は鍵玻璃を抱き寄せた。

 

「お姉ちゃんお姉ちゃん、見て見て! あれ、今映ってる人! 屏風ヶ浦(びょうぶがうら)ふぁんぐさんだ! ここに通ってたら会えるのかなあ? もしかしたら今日、ゲリラ配信とかあるのかなあ!? 入学式だし!」

 

「離し、て……っ!」

 

 鍵玻璃(きはり)解恵(かなえ)を突き飛ばし、足を速めた。

 

 顔を半分手で隠し、先行する姉の背中を切なげに見つめながらも、後を追う。

 

 広い並木道を歩いていくと、プロスポーツで使われるようなアリーナに辿り着く。

 

 案内役の生徒たちに促され、長蛇の列に並んで入ると、受付にはたくさんの機械が鎮座していた。チケット販売のマシンを流用し、新入生名簿と照会するようだ。

 

 列がスムーズに進む中、解恵はドキドキしながら鍵玻璃の手を強めに握る。

 

 いよいよ作戦は最終フェーズ。ふたりの番が近くなる。

 

 前に立つ派手なツインテールの少女が、チョーカーにつけたハチの巣型のアクセサリーを外して硝子(ガラス)の台座にセットするのが見えた。

 

 スキャンの光に撫でられるそれは、飾りではない。D・AR・T(ダアト)という名の、最新ウェアラブルデバイスだ。同様のものを、解恵たちも持っている。形は大きく異なるが。

 

 前の少女が認証を終え、受付を離れる。その際、彼女と一瞬目が合う。微笑みかけられ、解恵の胸はますます弾んだ。上手くやっていけそうな気がする。

 

「何してるの? 早くすれば」

 

「あ、わわっ!」

 

 鍵玻璃(きはり)に背を押され、解恵(かなえ)は受付の前に立つ。

 

 額に引っかけたゴーグル型のD・AR・T(ダアト)をスキャン台にセット。滞りなく認証が終わり、機械音声が歓迎の言葉を発した。

 

“認証成功。ようこそ、肌理咲(きめざき)解恵(かなえ)さん。入学を心より歓迎いたします”

 

「よしっ!」

 

 思わずガッツポーズをしてしまう。これで登録完了だ。晴れて解恵は、界雷(かいづち)マテリア総合学院の生徒として認められたことになる。

 

 すぐ後ろの姉が、何も言わずに踵を返す。解恵はすぐに振り向き、鍵玻璃(きはり)の額からゴーグル型のD・AR・T(ダアト)を奪った。

 

 鍵玻璃は泡を食ってD・AR・Tがあった場所に触れるが、遅い。

 

 彼女が反応する前に、デバイスは機械の台座に置かれ、スキャンに晒された。

 

解恵(かなえ)っ、ちょっと、何して……!」

 

 振り返った鍵玻璃(きはり)が抗議の声を上げかける。

 

 だが、言葉よりも早くスキャンが終わる。女性の機械音声が、柔らかな口調でテンプレートな祝辞を告げた。

 

“認証成功。ようこそ、肌理咲(きめざき)鍵玻璃(きはり)さん。入学を心より歓迎いたします”

 

「やった!」

 

「――――――!?」

 

 鍵玻璃(きはり)は絶句し、目を見開く。

 

 そんな姉とは裏腹に、解恵(かなえ)は体内で花火が上がったような心地に酔った。

 

 作戦は大成功だ。液晶画面に華やいだ自分の笑顔が映り込む。

 

 これでふたりそろって入学確定。だがその喜びを、冬の如き声音が凍り付かせた。

 

「……どういうこと?」

 

 解恵(かなえ)が姉の方を向くと同時に、肩と背中に衝撃が走った。

 

 リュックサックが、受付マシンに打ち付けられる。派手な音も痛みもない。しかし突然の暴行に、マシンは警報音を鳴らした。

 

 鍵玻璃(きはり)はそんなもの聞こえていないかのように、俯いて肩を震わせている。解恵が唇を動かすものの、姉の言葉が先んじた。

 

 表情は、一切見えない。

 

「ねえ解恵。今の……何?」

 

 指が鎖骨に食い込んだ。

 

 痛みが臆病風を呼び起こし、解恵(かなえ)の膝を震わせる。

 

 しかし、解恵は力尽くで笑顔を作った。

 

 ここで退くわけにはいかない。

 

「み、見たまんまだよ! お姉ちゃんはあたしと一緒に、ここに通うの!」

 

「……は?」

 

 ごく短い疑問の言葉が、解恵(かなえ)の首を絞めた気がした。

 

 計画の始まりは、中二の冬に遡る。進路もろくに決めていないが、界雷(かいづち)には通わない。そんなことを言う姉を、解恵は説得し続けた。

 

 記念受験でいいから、受けて欲しい。最終的にその要求で妥協させ、ふたりで合格した後は、親に頼んで入学手続きをしてもらう。

 

 あとは学院まで鍵玻璃(きはり)を引きずって来ればいい。

 

 突発的な異変に、近くの人々がどよめき始める。騒ぎを聞きつけた案内役の生徒が来るより早く、鍵玻璃は解恵を投げ倒した。

 

 そして、何もかもから目を逸らすように背を向ける。

 

「―――帰る!」

 

「えっ? ちょ、待って、待ってよお姉ちゃん!」

 

 騒ぎを聞きつけてきた生徒たちを振り払い、解恵(かなえ)は慌てて立ち上がり、姉の後を追う。

 

 入学式にそぐわない雰囲気に気付いた他の新入生や、その保護者が振り返る中、鍵玻璃(きはり)の歩みは加速する。

 

 逃げるように人の流れを逆行していく姉。彼女がスタジアムから出た瞬間、解恵の右手が彼女を捕らえた。

 

「待ってってば! これから入学式あるんだよ!?」

 

「だったら何よ!」

 

 鍵玻璃(きはり)解恵(かなえ)を振り払って、押しのける。

 

 数歩よろめいた解恵は、心臓がなくなったような感覚に戸惑いながら、姉を見つめた。

 

 鍵玻璃は決して目を合わせない。地面に敵がいるかのように、足元めがけて叫びを浴びせる。

 

「入るつもりはないって言ったでしょ! なのにこんな、私を騙して……っ! お母さんとお父さんも一緒になって、こんな……ッ!」

 

「だ、だって……!」

 

「だってじゃない! 私はもうあんたとはいられないのよ! あんた、あんたとは、あんたと、は……っ!」

 

 手袋に包まれた指と指の間から、カラーコンタクトを着けた姉の瞳が見え隠れする。激しく揺らぎ、焦点の合わなくなった銀の瞳が。

 

 解恵(かなえ)を見ているようで、見ていない。顔がみるみるうちに血の気を失い、呼吸が荒くなり始める。

 

 鍵玻璃(きはり)は自分の肩を抱き、打ち震え始めた。その姿は怒っているというよりも、何かを強く恐れているように思えた。

 

 ぶつぶつと何かを呟いているが、聞き取れない。解恵が一歩踏み出すと、鍵玻璃は体を固くし、背を向けてきた。

 

 小さく、弱々しく、頼りない背中だった。

 

「帰る……私は帰る、私は……!」

 

「お姉ちゃん!」

 

「はーい、はいはい! そこまで、そこまで~」

 

 解恵(かなえ)が姉に飛びつこうとしたその時、拍手と間延びした声が姉妹喧嘩に割り込んできた。

 

 からん、ころんという下駄の足音が静まり返った桜並木に波紋を広げる。

 

 振り返る解恵の隣を、誰かがすり抜ける。ひとりの少女が、鍵玻璃(きはり)の背中をポンと叩いた。

 

 腕章付きの制服に、茶髪のショートボブ。足には漆塗りの下駄。両のこめかみあたりにひとつずつ、虎の形の髪飾り。

 

 ―――誰? いや、あたし知ってる! あの人、もしかして……!

 

 解恵(かなえ)は視線を真横にずらした。

 

 道の端に浮かぶディスプレイの、プロモーションビデオが切り替わる。画面の中には、鍵玻璃の傍に立つ少女と全く同じ顔が映されていた。

 

 解恵は脳がすっぽ抜けるような衝撃を受けて、少女を指差す。

 

「あ、あーっ! 屏風ヶ浦(びょうぶがうら)ふぁんぐさん!? 本物!?」

 

「本物やで~。毎度おおきに、いつもはアイドルブリンガー、今は入学式の運営委員。屏風ヶ浦ふぁんぐやで。よろしゅうねぇ~」

 

 はんなりとした笑顔を浮かべたふぁんぐが解恵(かなえ)に手を振る。

 

 解恵は直面した問題も忘れ、あんぐりと口を開いた。

 

 エデンズで自己表現して舞い踊る。それがアイドルブリンガー。エデンズフォーム・ディザスターズがもたらした、新世代のアイドルである。

 

 ふぁんぐは、その中でもかなり根強い人気を誇る者のひとりだ。突発的なゲリラ配信、対戦イベントを行うことでかなり有名。

 

 そんな少女は、鍵玻璃(きはり)をまじまじと見つめている。過剰な拒否反応を示す鍵玻璃に対し小首を傾げ、マイペースに諭しにかかった。

 

「ふむふむ。受付でトラブッたのはおふたりさんで間違いないな? あかんで~、暴力は。せっかくのおめでたい日やっちゅうのに、うちらが出動してもーたらな。トラブル仲介役なんて、暇でなんぼや。せやろ?」

 

 やんわりと咎められた鍵玻璃(きはり)は、誰にも顔を見られないように数歩下がると、その場を立ち去ろうとする。

 

 ふぁんぐは慌ててそれを引き留めるが、乱暴に振り払われた。

 

「触るなっ! 近づかないで……!」

 

「うおっ!? なんや、そないハリネズミにならんでも……え~と? おふたりさんの名前が……」

 

 そう言ってふぁんぐがパチンと指を鳴らすと、虎の髪飾り……の、ような形のD・AR・T(ダアト)が口を開け、主の目元をディスプレイで覆い隠した。

 

 一体何を見たのだろう。ふぁんぐは、何やら目を丸くして感嘆の声を上げかけたものの、すぐに咳払いをして誤魔化した。

 

「ごほん。鍵玻璃(きはり)ちゃんに解恵(かなえ)ちゃん。ええか、うちらはおふたりさんの揉め事に深入りはせん。けどな、うちは生徒会所属の先輩として教えんといかんことがあるさかい、ちゃんと聞いてってや」

 

「私には関係ない……」

 

「待てっちゅ~に! ああもう、せっかちやなぁ。しゃーない!」

 

 横をすり抜けようとする鍵玻璃(きはり)を捕まえ、再度指を鳴らした。

 

 新たに呼び出したディスプレイに何事か入力すると、桜並木の映像全てがふぁんぐの顔一色となる。

 

 それらは画面に向かって手を振るふぁんぐの動きとシンクロし、全く同じ映像と音声を発する。左上にはLIVEの四文字。彼女の持ち味、突発的な生配信が始まったのだ。

 

 ファンがいるのだろう、人垣の中から待ってましたとばかりの歓声。ふぁんぐはそれに答えつつ、画面にウィンクをくれた。

 

「屏風の虎が会いに来た~! さては我が友? イエス、屏風ヶ浦ふぁんぐやで~! 界雷(かいづち)限定、突発生放送~! いぇいいぇ~い~!」

 

 広大な敷地内にいる者すべてに声が浸透していく。

 

 遠くから風に乗ってやってくるどよめきや歓声。何事かと辺りを見回す鍵玻璃(きはり)を、いくつもの撮影ディスプレイが取り囲む。

 

「新入生の皆さ~ん、式まだやけど入学おめでとさ~ん! ぴかぴかの一年生のみんなにぃ~、うちが界雷(かいづち)の流儀っちゅーもんを教えたる~。ゲストは新入生の、このふたり~!」

 

「っ!」

 

「へ?」

 

 鍵玻璃(きはり)解恵(かなえ)が、配信画面に映る。

 

 数秒経って、解恵は状況を飲み込んだ。

 

 チャンスだ。直感的にそう思い、後ずさる鍵玻璃にしがみつく。

 

 姉の顔に頬をくっつけ、撮影ディスプレイに笑顔を向ける。

 

「お姉ちゃん、ほら、笑顔笑顔! あとカメラ目線!」

 

「……!」

 

 解恵(かなえ)は反射的に目元を隠した鍵玻璃(きはり)を抱きしめる。

 

 腕の中で体を強張らせる姉を、決して逃がさない。

 

 鍵玻璃が藻掻いたり何か言うより早く、ふぁんぐが画面に割り込んだ。

 

「覚えて帰って界雷(かいづち)流儀~! “トラブルは話し合いで解決すべし。それが不可能である場合、生徒会の立会いの下、エデンズで決着をつけるべし”! おやおや、ここにちょうどトラブッちゃったおふたりさんと、生徒会のうちがおるやん?」

 

 わざとらしくそう言って、ふぁんぐは双子をまとめて抱き寄せる。

 

 有名人のハグを受けた鍵玻璃(きはり)は、それですべてを察したらしい。ぐっ、と苦しそうに喉を鳴らすと、つっかえつっかえ問いかけた。

 

「まさか……戦えっていうの? 今、ここで?」

 

「せやで~。揉め事はエデンズで解決するのが一番や。勝ちと負けでキッチリ決める。それ以降は恨みっこなし。オーケー?」

 

「い……」

 

「いいよ!」

 

 姉の言葉を遮り、解恵(かなえ)は強い口調で言い切った。

 

 入学拒否は予想していた。だからこそ、家では伝えずここまで黙って連れて来た。登録まで済んだ今、鍵玻璃は正式に界雷(かいづち)の生徒である。

 

 生徒なら、校則に従わねばならない。

 

 ふぁんぐはパチンと指を鳴らした。

 

「ん~、いいお返事! 決まりやね!」

 

 ギリッと歯軋りをする鍵玻璃(きはり)を解放し、ふぁんぐと解恵は距離を取る。

 

 深い皺のできた眉間を左目ごと手で覆い隠す姉と、真っ向から向き合う解恵(かなえ)。騙した罪悪感はもちろんあるが、この際飲み込む。先に約束を破ろうとしたのは姉なのだから。

 

 鍵玻璃は僅かに顔を上げ、解恵の方を見た。唇が小さく動いているが、何を言っているのかは聞こえてこない。解恵に対する恨み節か、それとも。

 

 ふぁんぐは鍵玻璃の様子を気にしつつ、進行の方を優先した。

 

「ではでは~、屏風ヶ浦(びょうぶがうら)ふぁんぐの名において~、対戦を承認するで~! 解恵(かなえ)ちゃん、勝ったらどないしてほしい~?」

 

 問われて、ふう、と息を吐く。

 

 自分の立てた計画の、ここが最後の正念場。

 

 要求は既に確定していた。

 

 解恵(かなえ)は撮影ディスプレイとカメラ映りをやや気にしながら、半身になって鍵玻璃(きはり)を指差す。

 

「あたしが勝ったら? もちろん、あたしの言うこと聞いてもらうよ! そういうことでいいんだよね?」

 

「そういうことでえ~んやで~。話早くて助かるわぁ」

 

 のほほんと返すふぁんぐとは逆に、鍵玻璃(きはり)は髪を逆立たせる。

 

 顔に当てた手をゆっくりと引き離しながら、脅し文句を口にする。

 

 その姿はまるで、追い詰められた獣が、最後の力で威嚇するかのようだった。

 

「……本気? 入試ギリギリって言ってたけど、エデンズでも苦労したんでしょ、あんた。第一、私に勝てたことないし……それでもやる気?」

 

「やる!」

 

 解恵(かなえ)はノータイムで首肯した。

 

 確かに、姉に勝てたためしはない。けれどそれは何年も前の話だ。

 

 ゴーグル型のD・AR・T(ダアト)を身に着け、エデンズ起動。対戦申請を叩きつけると、鍵玻璃の前にそれを示すウィンドウが現れた。

 

「勝負だ、お姉ちゃん! もう逃がさないよ!」

 

「あんた……私を、そんなに……。わかってる、わかってる、けど……っ!」

 

 改めて宣告すると、鍵玻璃(きはり)は苦しそうに顔を歪めた。

 

 何か強い葛藤に苛まれている表情。しかし、その葛藤がなんなのか、解恵(かなえ)は知らない。ここ数年、姉が心のうちを語ってくれたことは一度もなかった。

 

 けれど。ちらりとふぁんぐの方を見る。若くして名を馳せるアイドル兼エデンズブリンガーの先達。ふぁんぐ以外にも、既に引退した者、未だ現役の者を問わず、彼女たちは解恵の憧れであり続けている。

 

 そしてそれをくれたのは、他ならぬ鍵玻璃(きはり)であった。

 

 ―――覚えてるよね、一緒にアイドルごっこしてた時のこと。

 

 ―――歌も踊りもお姉ちゃんの方がずっと上手で。

 

 ―――あたしはへたっぴだったけど、お姉ちゃんは根気よく教えてくれてさ。

 

 ―――みんなから笑われてたのに、一緒にアイドルになろうって言ってくれた。

 

 解恵(かなえ)は大きく呼吸をしながら、必死に自分を落ち着けようとする姉を見据えた。鍵玻璃(きはり)は苦しそうだ。汗もひどく、しきりに独り言を繰り返している。

 

 ある日突然、彼女はそうなった。解恵を拒絶するようになり、見えない何かと言い争う。

 

 その理由を、解恵は知らない。何度聞いても、教えてくれない。

 

 解恵はぎゅっと両手を握り、瞳に強い力を込めた。

 

 ふたりは既に円形の人垣で囲まれていた。居合わせた誰もが事態を見つめ、戦いの予感に息を呑む。

 

 キリキリと張り詰める沈黙の中、歯の音を震わせていた鍵玻璃は、きつく目をつぶってD・AR・T(ダアト)を装着。

 

 やり場のない感情をぶつけるように、殴打で対戦申し込み受諾すると、引き裂くように自分の首を掻き毟る。

 

 解恵に向けられた顔は凄絶だった。そうとしか言いようがない表情に、解恵はたじろぎかける。しかし足の指を丸め、地面を踏みしめて相対した。

 

「おっと、気合充分やな。ほな、行こか~!」

 

 対戦受諾と鍵玻璃(きはり)の咆哮を聞いたふぁんぐが片手を振り上げる。

 

 振り下ろされる手刀を合図に、今度は姉妹が片手を空に突き上げる。

 

 一瞬で暗くなる空。きらりと輝く一番星を握りしめるようにして、それぞれD・AR・T(ダアト)に浮かんだ祝詞を紡ぐ。

 

 それは己の世界、己の戦場、己のエデンを紡ぐ詩。決闘開始の宣誓である。

 

 鍵玻璃(きはり)はためらいがちに息を吸い、震える声で詠唱をした。

 

「夢のカタチ、星のカタチ、光のカタチ……一番星はこの手の中に」

 

「双角、双刃、番いの光芒! 描き出せ、あたしたちの未来のサイン!」

 

 解恵(かなえ)が続けて詠唱すると、空に瞬く光芒が強くなり、レーザーのように落ちてきた。

 

 強まる輝きを見上げたふたりは、同時に叫ぶ。

 

「「ジェネレーション・マイ・ディザスター!!」」

 

 ふたつの光が、それぞれ姉妹を飲み込んだ。

 

 捩じれ、膨らみ、嵐となった光の柱は融合し、ドーム状に拡大していく。

 

 その内側は、無限の暗黒。その中に浮いた双子の周囲が光り輝く。

 

 鍵玻璃(きはり)の足元に浮き上がるのは、ネオンライトのようなブロック。

 

 次々と現れた立方体が連結して作り上げた足場にアンクルブーツの足が降り立つ。左右に大型スピーカー、背後で組み立てられる巨大なモニター。

 

 サンドボックスゲームのような、独特の雰囲気を持つライブステージ。

 

 一方で、解恵(かなえ)の方には無数の星屑が集まっていた。

 

 全方位からひとりの少女に収束していく流星群。暖色の煌めきが大きな塊を作り出し、波紋を広げるように足場を生成。変形した光の塊が、夜明けの海を思わせるツートーンの舞台を生み出す。

 

 対峙する、違った形のライブステージ。それこそ、彼女たちの理想郷(エデン)。ブリンガーの心が作る、ふたりだけの戦場だった。

 

 闇に浮かぶ舞台の上で、鍵玻璃はガクンと背中を丸め、肩を抱く。

 

 二の腕を、頭を、首を掻き毟りながら、彼女はぶつぶつと独り言を呟き始めた。

 

「夢……夢じゃない……私のエデン、私の……。でも、解恵(かなえ)……っ、解恵は……うっ、く……っ!」

 

 たじろぐ解恵の前で、鍵玻璃(きはり)がこめかみに爪を立てる。

 

 解恵(かなえ)の方だ。自分の心臓をすり下ろされるような乾いた苦痛を感じた。

 

 底知れない恐怖と狂気の気配に、解恵は生唾を飲み込む。来歴わからぬそれが、双子を引き裂こうとしている。

 

 気付かないふりを続けて来た。

 

 ふたりの間に隔たりがあると受け入れてしまったら、姉は本当にいなくなってしまう気がして。それだけは、絶対に耐えられなくて。

 

 ―――でも、だからこそ、だよね。

 

 解恵は胸に当てて深呼吸し、力強く言い放った。

 

「行くよお姉ちゃん。あたしは……負けないっ!」

 

 火蓋が切って落とされる。

 

 先攻は、鍵玻璃(きはり)。彼女はふらつきながら腕を振り、手札をそろえた。

 

 そして始まる。鍵玻璃の闘い、そして……悪夢が。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。