UA10,000越えました!ありがとうございます!
今回は二話一部形式となる予定です。
「好きです!私と付き合ってください!」
「え?」
日が暮れかけ始めている教室で、俺は身に覚えのない告白を受けていた。
身に覚えのないというのは、俺を好きになる理由がないということだ。
「それで…返事はどうかな。玉木くん?」
両指を胸の前で組んでいるその姿はいじらしすぎて目の保養を通り越して男子高生には毒にも思える。
「いや、えっと百川さんがその、俺を好きになる理由がわからないっていうか…」
ウェーブのかかったショートヘアに吸い込まれそうな大きな瞳。容姿に関しては他の追随を許さない。
勉強も秀才中の秀才で、全国模試でも2桁を取ったとか。なにより分け隔てなく人に接するその姿は、高嶺の花というより身近にあるものの誰も手出しできないと形容するのが正しいだろう。
そんな百川さんが俺みたいな中流の人間を好きになることは、おおよそ思い付かなかった。
「理由が欲しいの?」
「うん、凄く。俺が思うに百川さんならもっといい人と付き合えると思うから」
そうだね、と前置きをして百川さんは言った。
「まず、謙虚なところかな。それと顔も中々イケメンだし」
思ったよりも俗っぽい理由にややコケそうになるが、意外とその辺は普通の女子高生なんだと認識する。
自分でも無意識のうちに、優れた人は好きになる相手も特別な理由で選ぶのかと、色眼鏡で見ていたようだ。
「それと…もう一つ理由があるけどそれは今のところ秘密!」
「え?」
「私と付き合ったら教えようかな~?」
今度は悪戯めいた表情でコロコロ笑う百川さんの、
また知らない一面を見た気がして、得した気分になる。
「…少し、時間をもらってもいいかな?申し訳ないんだけど、整理する時間が欲しいんだ」
「そっか。そうだね急だったね。ごめんね!…返事待ってるから」
百川さんは俺が即決しなかったからであろう落胆を数秒見せたが、すぐに人好きのする笑みを浮かべた。
保留の回答はいささか男気に欠けると思ったが、適当な気持ちで付き合うよりかはいいだろう。
しばらくして百川さんは若干の気まずさを感じたのか先に教室を出て、俺も荷物を纏めたその時。
「…おい、よろしくやってたな」
「まぁ、そういう話ではあったよ」
教室の後ろ手の扉にもたれ掛かりながら声をかけてきたのは、幼馴染の榊原 優奈だった。
「ふーん。良かったじゃん。ついに春が来たってか?」
どことなくハーフを感じさせるような綺麗な顔立ちなのに、男口調で喋るのがアンバランスだ。
ただ…優奈って名前なのに全く言葉が優しくないところが嫌だった。
「盗み聞きしてたのか?」
「はっ、まさか。隣の教室にいたら聞こえてきただけ。盗み聞きなもんかよ」
「そうか」
会話を打ち切るつもりでわざと単文で返す。
聞き続けてたのならそれを人は盗み聞きと言うんだという言葉を喉の奥に押し込める。
「…それで、告白を受けんのかよ?ま、お前に百川は勿体ないからやめといたほうがいいんじゃないか~?」
いつの間にか目の前に立っていた優奈は俺の顔を覗き込みんでくる。
昔から思っていたことだが、優奈もかなりの美人だ。
鼻が高く、表情を作らずとも様になっている。
そして何より女子の平均を優に越える高身長を誇り、スタイル抜群なのだ。
「おい、無視すんな。ぶん殴るぞ」
「暴力反対だ。今検討中。はっきり言って俺にとっては隕石が降ってきたレベルの問題だ」
「隕石レベルなら黙って受け入れるしかないだろうが…」
若干呆れ口調の優奈はやれやれといった仕草をする。
黙っていれば美人だが、口から出る挑発めいた言葉と本人の人嫌いの質から、容姿を褒め称える者は多いがあえて近づこうというやつはいないという具合だ。
昔は事あるごとに引っ付いてきて、可愛かったんだけどな…
「…なに考えてんだオメェ!」
「うおっ!」
腹に衝撃が迸る。スポーツ万能の優奈の拳は、キレが良くてとてもかわいらしくない。
「すぐ手を出す癖はやめてくれって…痛って…」
「変なこと考えてるの顔見てるとわかんだよこちとら。それにアタシは手だけじゃなく口も出すぞ!」
得意気に鼻を鳴らす優奈を横目に、俺は嘆息しながら荷物を肩に掛ける。
「優奈さ、もう少し大人しくしないと彼氏もできないぞ」
思わず口から出たその言葉は、意識の外だったと思う。
はっと気づいた時には、顔を伏せプルプル拳を震わせている優奈を見て、すぐさま謝るべきだと判断した。
「すまん優奈、さすがにデリカシーが…」
「……が……………いったんじゃん」
「は?」
いつもとは違うか細い声に思わず聞き返してしまう。
「っ!何でもねーよ!ヒロのバカ!」
眉毛を吊り上げた優奈の目には涙が数滴溜まっていると認識した瞬間、目の前に閃光が走り、右頬に痛みが出る。
「もう知らねー!」と優奈は舐めていた飴を俺の口に押し込み、教室から飛び出していった。
「甘ぇ…けどすっごく痛い!」
これが本当のアメとムチってやつなのか!
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「ということがあったんだ」
「…本当かい?」
朝の人気がない教室で前の席に座る風見 隼人に昨日起こった出来事を小声で話すと、驚愕の表情を浮かべながら、右手で顎を触り始めた。
「にわかに信じがたい。いや、君に魅力がないとかじゃなくて、この前、百川さんが3年の桜橋先輩にも告白されてたって話を聞いているからね」
「そうだったのか?」
桜橋先輩はサッカー部のイケメンエースストライカーという肩書きだけでも胃もたれしそうな人物だった。
そんな先輩が告白すれば、フリーであれば大抵の人は告白を受けるだろう。
「…ただ、百川さんは受けなかったって話だ。だから男子の中ではよほど理想が高いか、好きな人がいるんじゃないかって結論になったんだが…」
改めてまじまじと風見が俺の顔を見る。至近距離に男の顔があるというのも、なんだかむず痒くなる。
「あんまりじろじろ見ないでくれ。手を出してしまいそうだ」
「そこまで嫌かい?…まぁ、そこそこにいい顔ではあるか」
ふむ。と一息ついた風見はシャーペンを手に取り、指で弄びながら言う。
「君、特段百川さんと絡んでなかったよな。1年の時も別のクラスだし」
俺が百川さんと話す機会なんて実際ほぼなかった。
話すとしても事務的な会話ばかりだったため、一目惚れという可能性が高いのではないか。
…あんまり自惚れたことは考えたくないが。
ただ、あの時言っていた、「もう一つの理由」は気になっているが…
「まぁ、なんにせよ君はこれから学校中の男子から嫉妬の視線に晒されるわけだ。くわばらくわばら」
「いや、受けると決めた訳じゃない」
「…なぜだい?」
心底理解できないという表情の風見に対して、俺は未だに空いている席を見る。サボりかもしれないな…
「あぁ…なるほどね。榊原か」
俺の視線の先を見て納得したのか、頷く風見。
「まぁ、少なからず君に好意はあるよな、絶対」
「どうしてそう思う?」
「どうしてって…それは君たちが幼馴染で、わざわざ君と同じ高校に通うくらいだし、なにより榊原が学校サボるのだって君の気を引きたいからって傍から見たら考えられるからさ」
やれやれといった態度で風見は呟いていたが、そうかと素直に受け止める気にはならなかった。
確かに昔からの付き合いで、中学の時は進路希望を合わせてきたり、優奈がサボっているのを咎める役割は俺に任されていたが、それを好きと直結させるは甚だ疑問だ。
進路は制服が好みだからと優奈本人が言っていたし、サボりの件は幼馴染みの俺が周りからしたら使いやすかったからだろう。
「いや、もうそれが優奈の中で当たり前になっているだけで、好意云々ではないと思うが…」
そう言うと風見は怪訝な顔を浮かべる。まるで宇宙人を発見してしまったという表情に、心外だという気持ちが湧いてきた。
「つまり榊原は君が世話するのは当然だと思っていて、そこに好意は含まれていないということかい?」
「まぁ、そうだな。あいつにとっては都合のいい幼馴染ってところじゃないか?あぁ…そういえば前に一度放っておいたら携帯の着信とメールの量が凄いことになってた時があったなぁ」
あの時は大変だった。結局家に帰っていたが部屋の真ん中で俺の名前をブツブツ呟いていると焦った様子の優奈の母さんから連絡が来たんだった。
「…そのメールの内容は?」
「最初は「なんで来ないんだ」とか送られてきたんだけど、徐々に「さびしい」とか「アタシはいらないのかなぁ」って感じで文面が変わってきたんだよなぁ」
「………」
風見の顔を見ると怪訝から慈愛の表情に変わっていて、どうにも気持ち悪かった。
「…君が死んだら俺が送別の手紙を読もうじゃないか」
「いや死ぬ予定なんかまるでないんだが」
「近々君に選択の時が訪れるでしょう」
「なんだそりゃ…え、ガチのトーン怖いんだが」
神妙に頷いた風見は憐れみの目も向けていたような気がしていて、心底不愉快になった。
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午前の授業も終わり、昼休みになった。
購買にパンでも買いに行こうか、と考えていたら背後から声を掛けられる。
「玉木くん、ちょっといいかな?」
ちょいちょいと手招きする百川さんに呼ばれ、俺は思案中の問題を思い出す。未だに回答を出すことができていないのだが、呼ばれたからには行かなければならない。
「百川さん、えっと…昨日のことは…」
俺が切り出すと百川さんは被せ気味に
「お弁当、作ってきたの!お昼一緒にどうかな?」と言った。
思いもよらない提案に面を食らう。
百川さんの後ろには数人の女子が見守るように覗いていたので、なおさら身を固くしてしまった。
「玉木くんいつも購買のパン食べてるから。…もし良かったらお弁当食べてくれないかなって」
こちらをチラチラと上目遣いで伺ってくるその様は、男心を激しく揺さぶってくる。
それに、作ってくれたのなら無下にする理由もない。
「ぜひいただこうかな」
「ホントに!じゃあ屋上で食べようよ!」
ぱあっと花が咲いたように笑顔を見せる百川さんを見て、嬉しさが込み上げてくる。
ついでに後ろの女子達のガッツポーズがすごい。拳を突き上げすぎていて、全然隠れてない。
こんなにいい子に好かれるなんて、今後の人生あるのだろうか?
そんなことを考えながら屋上に足を進める。
ウチの高校の屋上は金網が周りに設置されていて、常時解放されている。
今日は珍しく人気がなく、俺と百川さんは高々昇る太陽の下で二人きりだった。
「どうぞ」
ベンチにハンカチを敷き、百川さんに座るよう促す。
「…ありがとう。優しいね」
百川さんはふにゃりとした笑顔でお礼を言った。
これからご飯をいただくのだから、これぐらいの気遣いは必要だろう。
渡された弁当箱は小さめで、一般的な男子高校生には多少物足りないというのが正直な感想だった。
「おおっ」
しかし開けてみると、小さいハンバーグに五目野菜炒め、だし巻き玉子など、俺好みのおかずが彩りよく敷き詰められていた。
たまたまだと思うけれど、全て俺の好物というのもめちゃくちゃポイント高い。
「どうぞ、食べてみて…」
百川さんは落ち着かないのか、若干ハラハラとした表情でスカートの端を握りしめている。
「いただきます」
まずハンバーグを口に運んだが、とても美味しい。
そこから箸を止めることなく、比較的小さな弁当箱はすぐに空箱になった。
「お弁当、めちゃくちゃ美味しかった。ありがとう」
それにしてもルックスも良く、性格も良く、料理もできる。
間違いなく非の打ち所が無い。
俺は昔、知らずのうちに徳を積んでいたのかもしれないな。
そして揺らいでいる天秤が傾きかけていることに、自分でも気が付き始めていた。同時に、打算的な考えで付き合うことを考える浅ましい心に嫌悪感を抱く。
「お粗末様でした。…よかったぁ。玉木くんが美味しいって言ってくれて」
ホッとしたような表情で柔らかく微笑む百川さんは、弁当箱を俺の手からするりと取ろうとする。
「あの、百川さん。弁当箱は洗って返すよ?」
当然だが貰ってばかりなのはバツが悪いため、そう告げると百川さんはニコリと微笑むだけで弁当箱を掴む手は全然緩めない。
…結構力強いんだな。
「あの、百川さん?」
「大丈夫だから。気を使わないで欲しいな」
有無を言わせないその眼力に、思わず弁当箱から手を離す。
そうすると百川さんはハッとした表情に戻り、あたふたし始めた。
「いや、その、気持ちはとっても嬉しいんだけどね!だけどわさわざ食べてもらったのに悪いし、ごめんね!」
「う、うん」
迫力に押され、頷く俺を余所に手早く弁当箱を包み、立ち上がって扉に向かう百川さん。
「もうすぐ予鈴鳴りそうだから、教室戻ろう?」
俺も遅れて立ち上がり、扉に向かおうとする矢先だった。
「なんか起きたら胸焼けしそうなことしてんじゃん」
屋上に設置されている給水塔の付近から、聞き覚えのある声が降ってくる。
給水塔に顔を向けると、のっそりと起き上がりながら優奈が口元を歪ませて階段を降りてくる。
「ここでサボってたのか?」
「そーですそーです。ま、真面目なヒロには縁がないわな」
「…そんなことしてるとまた生徒指導の太谷にキレられるぞ。つーかお前が怒られると俺まで怒られるから嫌なんだよ!」
「ヒロの監督不行届で~す!嫌なら帰りに一緒にスムージー飲みに行くなら授業出てあげてもいいけど?」
「わかったから早くしろ!予鈴鳴ってんだよ!」
「ハイハイわかりましたよ~っと」
コイツは本当に…。
訳のわからない交換条件を突っぱねてやりたいけれど、幼馴染の情からかどうしても甘く接してしまうところが自分でもあるかもしれないな。
「あはは…榊原さん、サボりはほどほどにしたほうがいいと思うな」
先に教室に戻ったと思っていた百川さんが扉の横に立っており、困ったように眉をハの字にしながら優奈を諌める。
「…あ?そんなことアンタに言われる筋合い無いんだけど」
「おい!そんな言い方…」
あまりに強い返答に制止をかける。
なんでコイツは百川さんにこんなに厳しいんだ?
人嫌いにしても酷すぎる。
特段絡んだこともないはずだが…
「チッ!…萎えたわ。やっぱりサボる。それじゃ」
不機嫌そうな目を百川さんに向けながら、優奈は荒々しく階段を下りていく。
「 」
その姿を見送った百川さんは何事か呟いていたが、その言葉は俺の耳には届かなかった。
「百川さん、ごめんな。そこまで悪いやつじゃないんだけど…」
「…ううん。私が言うのもお節介だったね。…教室、戻ろう?」
そう言ってこちらに向けられた笑顔は、さっきよりも陰りが見えた。
屋上を照らしていた陽光はいつの間にか雲に紛れていて、まるで俺の心情を表しているかのようだった。