病街録   作:とうぶん

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読んでいただいている皆様に大感謝申し上げます!


ある病医者の幸福論

私はしがない会社員だ。

今日はとある場所に向かおうとしている。

…どうも、「病医者」というものがあるようなのだ。

 

先日、長く付き合っている彼氏が私に気がなくなっていることに気がついた私は、その出来事を飲み会で先輩に話した。

すると、先輩は貴女にうってつけの場所があると言い、私から話しておくから行ってみればと言われたのだ。

 

話を聞くと先輩もその「病医者」にお世話になったらしい。

曰く、紹介を受けた人のみを診療するとのこと。

 

「本当にここなのかなぁ…」

 

というわけで教えてもらった住所に着くと、古ぼけたビルの地下に「病医者」があるということだった。

ネットで所在地を調べてみたけれど、ヒットすることもなかったため、実はそんなものはないのではないかという思いが募る。

その考えを補強するようにビルのエントランスに掲示されている会社プレートにも表示はなかった。

エレベーターに乗り、地下3階を押す。

乗っている人は他におらず、私だけなので不安だけが積み重なり続けていく。

 

『地下3階です』

 

到着すると無機質な音声案内が流れ、ドアが開く。

白を基調とした別の自動ドアが私を迎え、足を踏み入れると、受付に立っていた女性が私に声を掛けてくる。

 

「お名前とご紹介していただいた方のお名前を頂けますか」

 

淡々と話す受付女性はとても綺麗だけれど、どこか機械じみた話し方をするように思う。

 

私は自分の名前と上司の名前を伝えると、受付女性は「かしこまりました」といい裏に消えていく。

 

手持ちぶさたとなった私は椅子に腰掛け、点いていたテレビを眺める。

なにやらインタビューをしている様子らしく、眼鏡をかけた女性が推し活について語っていた。

…その姿を見て、私の悩みは尚更深まってしまう。

テレビから目を反らし、室内を見回すもどうも他の患者はいないらしい。

 

室内は静謐に包まれていて、まるで牢獄に入れられたような感覚に陥った。

病院が繁盛していなければそれはそれでよいとは思っても、どうにも私の中で緊張が走る。

 

「お待たせいたしました。診察室へどうぞ」

 

5分ぐらい経っただろうか。

受付女性が戻り、案内される。

引戸を引き、室内に入ると女性と男性が目に入った。

女性は座っていて、男性はその傍に立っている。

 

「どーも!こんにちは!そこ座っていいよ~」

 

女性の方が私に声を掛けてくる。

私は言われるがままに、勧められた椅子におずおずと座る。

初診というものは、どこか構えてしまう節があると思う。

 

「えーっと、愛垣さんかな?今日は紹介受けて来てくれたみたいだね」

 

「そうです。譜久島という者からこちらの紹介を受けまして」

 

「あー、譜久島さんね!…あの人今元気?」

 

「え…ええまぁ。常日頃仕事の関係で顔を合わせますので…」

 

「そうかそうかぁ…」

 

うんうんと頷く女性に、沈黙し続ける男性。

女性の方はミルクティーのような色合いをした髪色に加え、パーマをかけているようで、毛先がくるくるとカールしている。

肌は雪のように色白く、かなり念入りに手入れしているように見受けられた。

対して男性は服を着ていてもわかるぐらいに、逞しく鍛え抜かれている肉体をしていた。他にも目付きが非常に鋭く、総合して野性味溢れる獣のような印象を受けた。

 

「ああ、ごめんねぇ。大きくてびっくりしたでしょ?うちの看護師だから。怪しい者じゃないからさ」

 

「えっ、は、はい!」

 

私があまりに男性に向けて不躾な視線を送っていたからだろう。

女性は笑いながら話しかけてくる。

それに対して男性は首肯していた。

 

「んで、話を戻そっか?なんかお悩みがあるって聞いてるんだけどさ、聞いちゃってもいい?」

 

「あの…最近彼氏が冷たくて。なんか前より返信とかもそっけないし、久しぶりにデートに行こうって言ってたのに、急に予定が入ったってドタキャンされたりするんです」

 

「なるほどねぇ。なにか自分でも思い当たる節はあったりする?」

 

「いや…うーん。結構前から付き合ってるんですけれど、どちらかといえば私の方からアプローチした感じで。だからちょっと束縛気味だったかもしれないです」

 

「へぇ…」

 

先生はパソコンになにやら打ち込みながら、こちらの話に相槌を打ってくる。

 

「うーんとさ、色々選択肢があるんだけど…うちはカウンセリングというよりかは、薬で治療していこうって方針なんだよね」

 

「はぁ…」

 

「その上で聞きたいんだけどさ、彼氏さんに惚れ直してもらう薬か、愛垣さん自身が塩対応されても関係ないぐらい彼氏さんを好きになる薬が適してるかなってところなんだけど…愛垣さんはどうしたい?」

 

「……?ど、どういうことです?」

 

聞こえていたが意味が理解できない。

そんな都合のいい薬、いや恐ろしい薬があるなんて。

私は思わず顔が強ばってしまう。

 

「例えば普通の医者なら、風邪という診断をすれば抗生物質を処方したりするでしょ?…それに対して私達「病医者」は恋情をコントロールする薬を処方するってわけ」

 

あっけらかんと言い放った先生は、私をギラギラとした眼で見つめてくる。

未知の領域に踏み込んでしまったようで、体が震える。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!そんなもの使えるわけないじゃないですか。第一そんな危険な薬、承認されたものとは思えないです!」

 

「…だから、「闇医者」でもあるんだけどねぇ。まぁいいや、今日はこの後の予約も無いし、ちょっと話さない?愛垣さん、最近この街って特に色恋沙汰の事件が増えてると思わない?」

 

「確かに、言われてみればそうですね…」

 

いつからか、この街は少しずつおかしくなっている気がする。

以前よりも、ニュースなどで色恋沙汰の事件がより取り沙汰されている感覚があった。

…まさか、この人たちの「薬」のせいで、そんな状況が作り出されているのだろうか?

 

「よし、じゃあなにから話そうかなぁ…」

 

腕を組みながら顎に手を当てる先生。

先ほどから全く変わらず直立不動で立っている男性。

思わず手を握り込むと、汗がじわりと吹き出した。

 

「私がなぜ、こんなことをしていることから話そうかなぁ。…私は、元々普通の医者を目指してたんだよね。…隣の彼と一緒にさ」

 

「…そうなんですか?」

 

男性はすぐに首肯した。

おそらく本当なのだろう。

 

「私は医師国家試験に合格もした。臨床研修もやったなぁ…だけど、彼は試験に合格できなかったの」

 

「それは…なにか理由があるんですか?」

 

「タチの悪い女に引っ掛かったんだよね。…彼はね、青春をひたすら愚直に勉強とトレーニングに打ち込んでいたからか、女性に免疫がなくってね。…そこからは速かったなぁ。勉強一筋だった彼に、女性というカードが加わったんだからさ」

 

「それは…その女性に夢中になってしまったということなんでしょうか?」

 

男性はどうやら萎縮しているようで、わずかに首肯した。

立派な体格とは正反対の様子が、不釣り合いに思える。

 

「そういうこと。ああ…なんと愚かなんだろうね。…あの時私があれだけ制止したのも聞かずに。ねぇ!?」

 

先生がギョロリとした切れ長の瞳を男性に向ける。

それを受けて男性の顔からじわじわと汗が流れ始めていた。

 

「…おっと、ごめんごめん。話を戻さないと。その女に首ったけになった彼は、次第に勉強が手につかなくなっていったの。勉強がおろそかになった彼は、あろうことかその彼女に貢ぐためにアルバイトを始めて、肉体の疲労まで積み重なっていったの」

 

ごくりと、唾を飲み込む。

私はいつの間にか先生の話に聞き入っていた。

 

「最終的にボロボロの状況で挑んだ国家試験はあっけなく不合格。彼はそのことをその女に伝えたところ、何て言われたと思う?…「医者になる資格すら合格できない貴方に価値なんてない」と言われたみたい。滑稽でしょ?」

 

先生はやれやれといった素振りで首を左右に振る。

私は男性の方をチラリと伺うと、明らかに肩を落としていた。

 

「それですっかり心を砕かれた彼は、浪人する気力すらなく、日々呼吸をするだけの男になったわけ。起きてる時は毎日毎日ぐすぐす泣いててさぁ…あの時は参ったなぁ」

 

「そんなことが…あの。気になったんですが、先生は看護師さんとよく会ってたんですか?」

 

話の流れから、どうにもそんなニュアンスが感じられる。

その問いに先生は仰々しく頷いた。

 

「そう!彼は不器用で、交遊があったのは当時の彼女を除いたら数人の男友達と私ぐらいだったの。…けれど、彼女に夢中になりすぎた彼に付き合いきれずに、友達は徐々に離れた結果、私だけが彼と会っていた。まぁ私が彼の家に押しかけてたんだけどさ」

 

「そうなんですか…えっと、失礼ですけど友達さえ離れた看護師さんにどうして先生は付き合い続けたんですか?」

 

「それはひとえに彼のことを好んでいたから。愚直で世間知らず。けれどその何にも染まっていない無垢な精神を持っていた彼に私は惚れたの。…当時の彼の彼女にメチャクチャにされたけどね。正直、彼女に振られた後の彼には失望したところもあった。だけど…それ以上に彼を私色に塗り替えることができるかもしれないという高揚感もあったねぇ」

 

放熱するように、流暢に言葉を繋げる先生。

両手を頬に添えながら、陶酔しているように見える。

 

 

「そうして私以外誰も彼には関わらなくなった環境の中で、私は研修中にある人と出会ったの」

 

「その方は一体…?」

 

「病医者の先駆けであり私の師匠。人の精神をコントロールする薬を開発する過程で、人の恋情をコントロールできる薬を創ったの」

 

そんなことがあり得るのか。

それが本当ならもっと世間が大騒ぎしているはず。

当然、人の恋情をコントロールできるということになれば、犯罪などに利用することができてしまうだろう。

少なくとも…目の前にいるこの人は、先生という高貴な名称で呼ばれる人では無いように思えて仕方がない。

 

「私はその師匠に師事することにした。当然、私はヒヨッコで知識も不足していたから全く薬の開発には携われなかったけど…ま、今こうして多少は悩める人の手助けが出来るぐらいには、やれているって感じかな?」

 

ニッコリと微笑む先生は話の終わりと言わんばかりに、手を一叩きした。

 

「どう?何か聞きたいことある?」

 

「その…先生は、倫理に反しているという自覚はあるんでしょうか?話を伺っていると…先生が扱う薬は、他人の人生まで奪う可能性のあるものだと思います」

 

私は重い口を開き言った。

どうやらかなりの深淵に辿り着いてしまったらしい。

すると、間髪入れずに先生が答える。

 

「無いね。無いよ?そんなもの。だって幸せになるには邪魔なだけだし。…私はね、どんな手を使ってでも彼を手に入れたいと思った。だから師匠に師事したの。知ってる?…日和見の考えじゃあ、幸福は他の人間に流れていくんだよ?」

 

「……」

 

「だから、愛垣さんもこのまま踏みとどまっていたら、大好きな彼氏さんとの縁もいつか容易く切れちゃうんじゃないかな?」

 

先生はニヤリと口を歪め、私を試すような言葉を投げかけてくると、思わず言葉に詰まってしまった。

 

彼氏とは結構長い付き合いで、それなりに苦楽を共にしてきたという自信がある。

 

その記憶などを今から全て上書きして、別の恋を探すのは私には耐え兼ねるものだった。

…不安や迷いというものは、人の判断力を著しく奪う。

 

「私は…」 

 

「簡単なことだよ。自分の欲望に忠実に。愛する人は決して離すことなく。…悔いだらけの人生よりよっぽど楽しいと思わない?」

 

「それが…他人の人生を左右することでもですか」

 

私はなおも食い下がる。

自らの道徳心と、欲望がかけられた天秤がゆらめく。

 

そう言うと、先生はたまらないという風にゲラゲラと(わら)った。

その様子を見ていると、まるで私の考えがおかしいのかと錯覚してしまう。

 

「あー、おっかしい。…そういえば、譜久島さんも最初はそんなこと言ってた気がするよ。うんうん。愛垣さんはとっても優しい人だなぁ。…いや、きっと大多数の人間がそうなんだと思う。だけどさ、それって自分の人生を生きてないよね?気を遣えば遣うほど、彼氏さんは愛垣さんに物足りなさを感じて、気持ちはより一層冷えていくだろうね」

 

「そんなこと…ない…はず」

 

「でも言いきれないでしょ?だからこんな怪しげな所に来て、それでもなお椅子から立てずに留まっている。それが答えじゃないかなぁ」

 

ずいと先生が私の顔に近づいてくる。

ぬかるんだ泥のような瞳が、私を引きずり込むように離さない。

 

「さぁ、そんな悩みから解放されて、愛垣さんも幸せになろうよ?愛した人が傍から離れないという充足感、愛した人のことだけを想い続けることができるのは、どんなことにも代えがたい幸福なのだから」

 

その言葉の重みと強さに、目まぐるしく動いていた天秤が片方に落ちた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「じゃあ、この薬にしようか。またなにかあったら、すぐ来てちょうだい。あ、譜久島さんにもよろしく言っといて!」

 

「はい…!」

 

そう言うと彼女は確かな足取りで診察室を後にする。

去り際の彼女の頬は赤らみ、活力が漲っているように見えた。

…また今日も、恋する人間を救ってしまった。

そうして、この診察室には私と彼だけが残った。

 

私は最愛の彼に向けて話しかける。

 

「いやー、良かった。私は自分が幸せになるのはもちろんだけど、人が愛のために自らの(たが)を外すのを見るのも好きなんだよね」

 

彼は数秒置いて頷いた。

 

「ねー。本当にさ。この世界に愛だけが溢れればいいのに。純粋な愛だけが、私達を潤すんだからさ」

 

彼は静かに深く頷いた。

 

「今日は仕事終わり!ハグしよ、ハグ!幸せホルモン必要だよ!」

 

そう言うと彼はすぐに私を優しく抱きしめた。

 

本当に幸せな日々を私は手に入れた。

けれど、それと引き換えに彼は喋ることはなくなった。

 

彼の心が壊れたあの日から、私は師匠から貰った薬を彼にひっそりと飲ませ続けた。

彼の身の回りの生活は私が行っていたため、何の疑いもしなかった。

 

…けれど、飲ませれば飲ませるほど、口数は少なくなり、ついには喋ることはなくなった。

 

…私のことを認識はしていて、意思は伝わるのに。

言葉にして欲しいことは聞くことができない。

 

師匠に尋ねたところ、稀に起こってしまう副作用だろうとのことだった。

受けた悪感情まで全て塗り替えるという都合の良いことは起きなかったのだ。

 

結果として外形的には、私を見ていてくれているけど。

彼の心には、あの女の最低な言葉が残ったまま。

 

自分で表情が強ばっているのがわかり、それを見た彼は少し不安がるような表情をしていた。

 

「…ごめんごめん。君はいるだけでいいんだからね」

 

私は人々が幸せになる可能性をこれからも配り続ける。

それが人倫に抵触するものだとしても。

後に後悔し、嘆く方がよっぽど辛いだろうから。

 

「結局幸せになりたいなら…リスクを取るしかないんだよ。きっとね」

 

彼は頷きも否定する素振りも見せず、ただ私を抱きしめ続けた。

ただただ、愚直なのは変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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