病街録   作:とうぶん

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いつも読んでいただき誠にありがとうございます!
今回はファンタジー要素ありです!



「宿命に身を委ねようか」

「僕と、付き合ってくれませんか」

 

大安吉日、朝の占い結果も恋愛運上々。

天気は快晴、場所は少し陰のある校舎裏で。

告白するには最高の日だ。

このまま花束まで渡したいぐらいに。

 

「えっと、ごめん…いや、私、彼氏がいてさ」

 

早すぎる前言撤回。

今日は最悪の日だったみたいだ。

目の前の想い人は、気まずそうに僕に向かって断りを入れた。

その事だけが、僕の鼓膜を突き破る勢いで入ってくる。

 

「私、下島くんのことは、いい友達だと思ってて…いや、まさかこういう感じになるなんて…」

 

もうこれ以上言葉を重ねて傷口に塗り込まないでくれ。

傷が化膿しちゃうでしょ。

告白を断られ、おまけに彼氏がいるという事実だけでノックアウトされてるのに、こっからどうやって友達として見ればいいのさ。

無理、無理です。

 

「だから…ええと、いい友達でいようね!」

 

そう言うと想い人はこの場から離れていく。

僕はその場にぼうっと立ち尽くしてしまうほかなかった。

 

「…終わりだ」

 

「やれやれ、どうやら振られてしまったみたいだねぇ…」

 

「…なんだ、聞いてたんすか」

 

「勝算がないのに、よく突っ込む猪みたいな君だから心配だっただけさ」

 

「ひっでぇ」

 

俺は肩を落としながら、たらたら流れる涙を拭い声の元へ振り返る。

 

そこにはスラリとした八頭身で、肩口につくぐらいのショートカットがさらさらと風になびく先輩女子…新堂翼がいた。

 

「そこは先輩らしく、気の利いた言葉で後輩をフォローするところじゃないんですか?」

 

「君がもっとしおらしい人間だったらそうしてたかもねぇ。生憎、そんなタマじゃないでしょ」

 

「…うるせーし」

 

「まぁ、大丈夫大丈夫。せいぜいクラスの女子に告白されたことを共有されるぐらいだよ」

 

「全然大丈夫じゃないっつの!!」

 

女子のネットワーク舐めてんだろ。

F1マシン並みの加速度で拡散されるんだぞ。

あー、これから告白に失敗したやつみたいな目で見られるのか…事実だけど。

つら。

まぁ、もう耐性がついているんだけどね。

中学校の時も同じことあったし。

 

「それこそ、翼さんなんてどんだけ好意を受け取ってるんだ?参考にまで教えてくれよ」

 

「正確な数までは覚えてないねぇ。だってそれが私の日常なんだもの。毎日の食事をわざわざ覚えないのと同じだよ」

 

「遠い目やめてください、ムカつくから。この好意貴族が」

 

「上級生にそれだけ言えるんなら大丈夫そうだねぇ」

 

くすくすと、口元に手を当てながら笑う翼さん。

くっそ、マジで恥ずかしいわ。

振られるのはともかく、振られた後にその現場を翼さんに見られるのはなんか嫌だ…。

 

「あ、でもさ。そろそろ告白する相手はきちんと見定めたほうがいいと思うけどねぇ?…それじゃ!」

 

翼さんはそれだけ言い残すと、無駄に格好いい背中を見せつけながら、校舎内に戻っていく。

クソッ…

羨ましい!!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「よっ!彼氏がいるのに玉砕告白した漢よ!」

 

「早速じゃねえか…というか、告白する前は彼氏いるなんて知らなかったし」

 

「いや~わかる、わかるぞ。俺にはわかる。高校デビューってわけじゃないが、まだまだ地に足ついてない今の時期に彼女を作りたいって気持ちはよ!」

 

「早速ミスったけどな」

 

「漢たるもの、トライアンドエラーして世界を知っていくのさ」

 

「この達観した感じが鼻につくな…」

 

告白翌日の昼休み、めちゃくちゃにイジってくる友人の紫藤に、俺はげんなりしながら答える。

 

席が前後だったから真っ先に声をかけられて、今では軽口を叩き合う仲にはなったが。

 

しかし…許しがたいポイントがある。

それは、昔から仲のよい幼馴染がいて、その子と付き合い続けているという、恋愛ドラマの主人公のような人間なのだ。

ちなみに彼女も同じ高校に通っていて、とても気さくでいい子だった。

 

叩きたくても叩く場所が1ミリもない。

世界は理不尽にまみれている。

 

そんなことを言いながら廊下を歩いていると、例の見知った顔が通りかかる。

多くの人だかりを連れて。

…大名行列か何かか?

殿様でももう少し慎みがあるだろ。

 

「相変わらずすごいな。新堂先輩は」

 

「気取りすぎって意味か?」

 

「いや普通に顔面と振る舞いと親衛隊みたいな奴らが」

 

「いけすかねぇ…」

 

「嫉妬の炎ヤバすぎない?肉を黒焦げにしそうな火力よ」

 

リアルに学園のプリンス(女)とか現実にいるんかい。

さらに男女問わず人気なのだからなおさら驚きだ。

普通なら女子だけがきゃいきゃい騒いでるぐらいなものだろう。

 

「…やぁ、昨日ぶりだね。調子はどう?」

 

「おかげさまで、また一つ心が強くなりましたよ」

 

「くくっ。それはよかったねぇ」

 

僕に気づいた翼さんが空気も読まずに声をかけてくる。

マジで人が集まっているところで声を掛けないで欲しい。

見ろ、周りに集っている親衛隊とやらを。 

銃でも持ってたらためらいなく僕を撃ちそうな雰囲気を出しているぞ。

 

「君は面白いねぇ、本当にからかいがいがあるよ」

 

「こっちはいい迷惑なんですけどね…」

 

「つれないねぇ…私たち中学の頃からの付き合いなのにさ」

 

「腐れ縁ってやつですか」

 

「いいね。君らしい表現だねぇ、トゲがあって」

 

多くの人を魅了するであろう深みのある奥二重が俺を映している。

この人と話していると何か、飲み込まれる…というよりも、見透かされている気がして、どうにも落ち着かない。

別に嫌いというわけではないが、人を見透かすような瞳と親衛隊の圧が辛いのだ。

 

あとは単純に1つ歳上というのはデカい。

普通に気後れする。

…言葉と態度には出さないけれど。

こっちは未だに中学生上がりたてのガキだぞ。

 

そんなことを思っていると、翼さんの顔が間近に迫っていた。

そうして、こそりと耳打ちする。

 

「放課後、また手伝って欲しいことがあるんだ…いいよね?」

 

「……うっす」

 

「ありがとう」

 

僕の肩を軽く叩いて、通り抜けていく。

おー、ほんとに恐ろしい。

親衛隊とやらが、「静まれ、俺の左腕…」とか「この角度で、こう落とせば…」とか言って腕振ってるんだもの。

もはや厄介通り越してヤバいファンだろこれ。

 

翼さんと親衛隊がいなくなった後、数分経ってようやく固まっていた紫藤が再起動した。

 

「…下島さ、なんで新堂先輩と普通に話せるわけ?俺固まっちゃったよ」

 

「いや、別に話が通じない化物ってわけじゃないし…」

 

「オーラヤバいわ。顔の曲線美しすぎないか。てかとにかく顔が良い。ヤッベぇ冷たくあしらわれたい…」

 

「ちょっともう一回言ってもらっていい?録音してお前の彼女さんに聞かせるわ」

 

「俺の彼女も新堂先輩推しで同じこと言ってるから意味ないぞ!」

 

「…きっしょいカップルだなぁ」

 

似た者同士だったか。どおりで…

 

「というかさぁ、下島はなんで新堂先輩と仲が良いわけさ?前々から思ってたんだけど」

 

「聞かせるほどの話なんかないんだけど」

 

「えー、聞かせて聞かせて聞かせてよぅ!」

 

「ツーブロック男のぶりっ子は世界が汚染されるから速やかにやめろ」

 

一瞬でも目には映してはいけないものを目の当たりにして発狂しそうになってしまった。

 

「はぁ…あれは僕が中学生の時だった」

 

「いや、本格的に語る時のフリじゃん…昼休み中に終わるよね?」

 

「話の腰折るなよ本当に。…膝折るよ?」

 

「ごめんごめん…続けてどうぞ」

 

ある日のこと、中学一年生だった僕は本当に急いでいた。

寝坊したのだ。

…ついでに母さんも寝坊してた。

 

だから自分でも起きることができず、起こす人もいなかったわけなのだが…

 

僕は急いで着替え、近くにあった食パン一切れを口に咥えながらいつもの通学路をひた走った。

近くをすいすい走っていく自転車が恨めしかったが、そんなことを言っても仕方ない。

 

そうしてこの十字路の先が中学校…というところまで来たのだが。

いつの時も一息つけそうな時に限って問題は起こる。

それは一瞬の出来事だった。

 

僕が直線を駆け抜けようとしたところで、横からぬっと人影が出てくる。

避ける余裕もなく、お互いに衝突したけれど。

 

結果として転がったのは僕だけだった。

恐ろしい体幹のソイツは、僕に向かって手を伸ばしてくる。

 

「……申し訳ないねぇ…大丈夫…君?」

 

そのぶつかった相手が新堂翼なのだが。

僕は即座に恐怖を覚えた。僕の方は普通に鼻血もドバドバ出ていたが…それ以上に、まるで動じてないその姿に。

恐れおののいたのだ。

 

「というのが、僕と翼さんの出会いだ」

 

「なんつーか、少女漫画みたいだけど現実はもっとグロいのな」

 

「マジで痛かったわ。で、そっから翼さんは僕に構ってくるようになったわけ。本人はぶつかったことを気にしてたみたいだけれど」

 

「単純に遅刻しなければそんなことにならずに済んだのにな」

 

「あと、あの人変なことたまに言うんだわ…「宿命」とか。言葉の使い方怖くね?…まぁ普段はからかってくるぐらいだけど」

 

「…不可思議なところもまた良いな」

 

「嘘だろ…マイナス要素も無理やりプラスに変換されんのか…無敵じゃん」

 

「そういうものだよ。マイナスなことも見つめてみてプラスになることだってあるんだ」

 

「急に真面目な顔になって真面目なこと言うのやめてくれ。寒暖差で風邪引くわ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私には視える。

何が?というと他の人に伝えても全く視えないんだからしょうがないけれど。

 

…いわゆる運命の糸と呼ばれるものが私には視えるのだ。

 

誰と誰が結ばれるとか、この子達は別れてしまいそうだとか。

それぞれ色とりどりの糸があちらこちらに電線みたいに張り巡らされている。

 

私だけの特殊能力だと小さい頃は喜んだものだが。

結果として、こんなものはいらないと思うことの方が多かった。

 

例えば両親なら、私が幼少時に視えていたのは真っ赤な赤い糸で結ばれていたのに、近年は錆びた銅のような色の糸で結ばれている。それも、ところどころ切れかかっているようにも視える。

 

はたまた友人で言えば、赤い糸が複数人へ伸びているのが見えて、移ろいやすい恋多き子なのだと思ったり。

 

そして何より、自分への好意の糸がおびただしく伸びてきていることに、辟易してしまう。

別に、好きでもない人間に好かれるのはあまり好ましく思っていない。

ただ、生活するにあたって利があるから無下にしないだけで。

 

総合すると、人の好意が明け透けに視えるのは、私にとっては嫌なことだったのだ。

 

彼と出会うまでは…

 

その彼とは中学時代、私の不注意もあってケガをさせてしまった。

珍しく寝過ごしてしまった日、快足飛ばして中学校へ向かう途中、十字路で食パンの切れ端を加えた彼と交錯してしまう。

 

私も多少の衝撃はあったけれど、私よりも頑健でなかった彼は吹き飛び、鼻血を出してしまっていた。

だがしかし、それよりも気になってしまったことがあった。

 

私の元から彼に向かって伸びる黄金色の糸。

 

これまでどの男子と関わっても、私から出ることはなかったものが、急に今出たのだ。

これには興味を引かれた。

それもよくある赤い糸ではない、黄金色に光る糸。

こんなもの、私の過去の記憶にはない。

 

気になって仕方がなかったが、まずは彼を助けなければ。

吹っ飛んだ彼を保健室に連れていった後、結局始業時間に間に合っていなかったため、先生から小言をもらうことになったけれど。

 

そこからは、とにかく彼につきまと…いや、先輩として後輩とコミュニケーションを取るようにした。

 

その結果、なんというか…不憫な子であり、面白い子であるというのが印象に残った。

 

稀代の不幸体質といっても良いのかもしれない。

飛んできたボールが彼に直撃したり、鳥のフンがちょうど頭に落ちたり。

 

本人から聞いた話では、下駄箱にラブレターが入っていて、その場所に行ったら違う子へ宛てたものだったというベタなものまで。

 

思わずそういう話を聞いて笑ってしまうが、当の本人はそれを引きずらず、ネタにしてしまうのだ。

 

不憫なのに、からっとしている気っ風のいい子。

 

そんな日々を過ごしていると、段々と彼へ伸びている糸が太くなっているのを感じた。

加えて黄金色の煌めきはより増している。

 

確かに、彼への友愛は感じていたし、もしかしたらこれが恋愛感情なのかとも思った。

 

けれど、それを決定付ける出来事があった。

いつもどおり、彼と話していた時だった。

 

彼が切り出した「好きな人ができた」という言葉に、少なからず動揺してしまった。

 

なぜなら、彼の元から私に向かって赤い糸は伸びていなかったから。

私ではない誰かに彼は恋をしたというのが、明確にわかってしまったのだ。

 

その瞬間、私の元から伸びていた黄金色の糸に漆黒が混ざり始め、彼の体に巻き付くように伸びていく。

 

私が驚いた顔をしていたからだろう。彼は不思議な顔をしながら、こちらに問いかけてくる。

しかし、現実で実体として巻き付いているわけではないので、彼が苦しむわけではない。

それは良かったけれど。

これは私の深層心理の中にあった、欲求なのだろう。

 

この時理解した。

 

私は、「彼が他の子と付き合うのは嫌だし、彼との時間を奪われたくない」ということを。

 

その証拠として、私の運命の糸が指し示している。

 

だが、ダメだ。

彼からの糸がこちらに伸びていない以上、一方通行でしかない。

 

…というか、なぜなのか。

少なくとも私は私という存在に自信がある。

顔やスタイル、勉学という単純なステータスも高水準だけれど、面倒見も良い方だと思うし…

やっぱりファーストコンタクトが良くなかったのか?

 

とにもかくにも、彼のなかでは「先輩」でしかないことに戸惑いしかない。

これまでの人生で、私は返却したいぐらいいらない好意は貰ってきたのに、ここにきて…

 

これなら、好意なんて見えない方が良かったのに。

 

これまで私には、周りが恋に熱中する意味がわからなかった。

だって、好意なんてはっきり視えているんだから。

結果がわかっているものほど、興味が削がれるものはない。

なのに、恋の喜びを味わうこともできず、悲しみだけはしっかり与えられるなんて。

 

私は、なんて不幸なのだろうか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あのさぁ…なんでこんなことになっちゃったんですか」

 

「君の不幸体質のせいかもしれないねぇ」

 

放課後、どうやら先生より体育倉庫の片付けを承っていた翼さんは、ちゃっかり僕に付き合わせようと思っていたらしい。

それで、中に入ったはいいものの。

 

「出れねぇじゃんかよ!どーすんのこれ!」

 

「おかしいねぇ…内鍵だから開くはずなのに鍵が動かないねぇ…」

 

なんの因果か、体育倉庫に二人、閉じ込められてしまったわけだ。

最悪だ。なんでこんな時に…

…想い人と閉じ込められたならワンチャン…あったかもしれないのに。

よりによってこの人とかぁ…

 

「あ、そうだ携帯で人呼べばいいんだ!…ってソシャゲやりすぎて充電切れてるんだったぁ!」

 

「君さぁ、まさか授業中もやってたんじゃないよねぇ…目を逸らすってことは、クロってことかな」

 

「ま、まぁそれは今良いでしょ!翼さんなら親衛隊の誰かに連絡取れば開けてくれるでしょ!早く、hurryup!」

 

「残念ながら、携帯置いてきちゃってねぇ…いやぁ、うっかりしてたよ、ホントに」

 

「なにしてんすかホントに!あーもう、どうすれば…」

 

僕は頭を搔きむしる。

打開策が見つからないのもそうだし、この人が悠然とマットに寝っ転がってるのも気に入らない。

本当に良かったな僕で。

他の男なら流れでキスぐらいされてたかもしれねぇってのに。

 

「まぁ、大丈夫さ。そのうち先生が来るだろうから。まさか生徒に片付けさせといて、何も確認しに来ないってことはないだろうねぇ」

 

「まぁ、そうっすね…」

 

翼さんの話を噛み砕いて、少し落ち着きを取り戻す。

ま、これが笑い話になればいいか。

…いや、これ親衛隊の耳に入ったら僕の血肉でフェスティバル開催されちゃうんじゃね?

その想像をしてしまい、ブルッと体が震えた。

 

「…待つにしても、スマホが使えないんじゃ暇っすね」

 

「いやぁ、そんなことないけどねぇ。こんなにゆったりできそうな時間は中々ないよ」

 

「ま、翼さんは人気者ですからね。いついかなるときでも学校じゃ人が周りにいる」

 

「それねぇ…いや、本音を言えば放っておいてほしいんだけどねぇ」

 

のっそりと頭を起こす翼さん。

その顔は心底面倒臭そうな表情だった。

 

「なんでっすか?僕は羨ましいと思いますけどね」

 

「…好きでもない人から向けられる、感情は煩わしい以外に言い表せないんだよ」

 

「え?」

 

「私って、人当たりが良い方だと思わない?」

 

「ま、そりゃあそうっすね…」

 

事実、学校生活では涼やかな笑みを浮かべた「プリンス」といった面しか見ていない。

 

「あれはね、ただ受け流すために仮面を被っているに過ぎないんだよ。わざわざ渡してくれる好意を撥ね付ける必要なんてないから」

 

「だけど…行き過ぎた幻想を押し付けてくる人たちもいるんだよ、これが」

 

「はぁ…大変っすね」

 

「そういう人たちから向けられる押し付けがましい感情は、私にじわじわと染みるようなダメージを与えるんだよね」

 

「……」

 

…なんか、今日の翼さんおっかないな。

体育倉庫みたいな狭い空間だと、なおさら空気が重く感じるんだが。

 

「聞いているかい、君?」

 

マットから立ち上がり、こちらへつかつかと歩いてくる翼さん。

距離が急速に縮まり、体が強ばる。

 

「ど、どうしたんすか、翼さん。なんか変っすよ…?」

 

「とにかく、言いたいことは一つだ。…なぜ君は私のことを好いてくれない?」

 

「へぁ?え、い、いや、好き…ですけど」

 

瞬間、顔の横に翼さんの手が弾丸のように突き出される。

 

「違うんだよ!友情でも先輩後輩としてでもない!ただ私は君からの好意が欲しいんだよ!」

 

くいっと顎を掴まれ、僕よりも高い体躯で覆い被さられる。

これが壁ドン…なのかと思いつつも、恐怖が勝っていた。

 

「私の世界を見せてあげるよ…ほら」

 

「~~~!!」

 

息ができずに翼さんの体をタップする。とても「プリンス」と呼ばれるような優しいキスの仕方ではなかった。

 

「ま、マジで、翼さん!冗談ならシャレにならない…え、なん…なんすかこれ」

 

デカイ、とにかくデカくて太い糸が僕に巻き付いている。鈍い黄金色が漆黒と喰いあって、まるで危険を示すような…

その大元を辿ると、まっすぐ翼さんから伸びていた。

 

「これが私の想いの丈だよ。ずっと、誰にも視ることのできなかったもの…」

 

これが熟成された「宿命」の糸だよ。と翼さんは言った。

 

「もしかしたら、これがあったから、中学、高校と君の告白は上手く行かなかったかもしれないねぇ。予約済にしていたわけだ…しかし、君が他の子に告白したのは気に入らないけれどさ」

 

僕の脳のキャパを超えてしまったので、完全になされるがまま。ぼんやりとした視界には愉悦と言わんばかりに口を歪める翼さんが映る。

 

「…もう我慢できない…これから、ゆっくり君に好きになってもらえばいいさ…ああ、ようやく手に入りそうだねぇ。だからさ、君は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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