ボクはどこにでもいるただの中学生だ。
けれど、人間としては周りよりも程度が低いんだ。
周囲の人たちの視線が恐ろしくて、まるで不審者じみた行動をしてしまう。
「痛って!…んだよ、黒子じゃん」
「う、ご、ごめんなさい」
「ちゃんと周り見ろよ。…って髪長すぎて見えてねぇのか」
「あぅ…」
こんなことは日常茶飯事…
周囲の視線を遮るために、できる限り顔を隠すように髪を伸ばしている。
自意識過剰と言えばそうかもしれないけれど、それでも視線を向けられていると思ってしまうのだから仕方ない。
現に先生にも髪を伸ばしすぎだと注意の言葉をいただくことになったけれど…
「ったく、なんであんな幽霊みたいな奴がクラスにいるんだよ、気分悪いってマジで」
「なんか井戸とかテレビとかから出てきそうだよな!…お前ぶつかったから呪われんじゃね!ギャハハ!」
「うぉ、ならお前に呪いを擦り付けてやるよ。ほら!」
「ハハッ、やめろって!」
またいつものが始まった。
ボクは自分の席で元々猫背な背中をさらに丸めてじっと耐える。
しょうがない。ボクが悪いんだから。…でも、中学生なのにいつまでそんなノリするんだろ。
菌の擦り付けなんて、小学生で卒業しなよ。
ボクの程度が低いのと同じで、あの男子たちだって底が知れてるんだから…
「おいおい、その辺にしといたら?あんまりそういう風に茶化すなって」
「んだよ、伊勢。良い子ぶりやがって。キモいものはキモいんだからしょうがねぇだろ?」
「バッカ、お前のためを思って言ってるんだぜ?…お前の好きなA組の子、この前陰口は嫌いだって言ってたぜ…口は災いのもとって言うだろ?」
「!?あー、まぁ、そうだな、うん。これからは清く正しくいきまっす!」
「うら!その意気だ。そっちの方がカッケェぞ!」
…聞こえてきた。ボクは結構聴力良いから。
伊勢貞光くん。なんか戦国武将みたいな名前だけど、外見は教科書で見るような厳ついオジさんのような顔じゃない。
緩い茶髪で、毛先を遊ばせているのがトレードマーク。
笑った顔はくしゃっとして愛くるしい犬のようだ
。
なにより良い意味で口八丁で、今みたいに状況を好転させることもしばしば。
だから当然だけれど、皆が好意を持つような人格者だ。
陽キャとか陰キャとかではなく、人格者というのがピッタリなんだよね…
ボクはゆっくりと後方へ振り返ると、伊勢くんはこちらに視線を向けながら小さく頷いて、ピカピカの白い歯を見せていた。
…うわー。根暗にも優しい…ボクが見てる景色と伊勢くんが見てる景色って全然違いそう。
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「伊勢くんって、本当に性格いいよね…」
「私たちとは次元が違うけどな」
「うぅ…おんなじ三次元に存在してるはずなのに二次元並みの遠い存在ってこと…?」
「そういうこった」
放課後、唯一ボクが心安らげる場所である「総合カルチャー研究部」の部室で、数少ない友だちの遊里ちゃんと喋っていた。
活動内容は総合と名のつく通り、マンガを読んだり、イラストを描いたりと様々な活動をしている。
ちなみに男子と女子で別れているため、部員は女子だけ。
うちの中学は何らかの部活に所属しなければならず、音楽や演劇以外の文化系の子たちは追いやられるようにここに形だけ入部している子も多い。
…なんか収容所みたいで嫌だなぁ…
でも、ここならボクにも友だちがいる。
だから部活にはきちんと顔を出しているんだけど。
「はぁ…ボクも話ができるようになれれば…」
「いや、どうだろうな。さっきの話も腹の中じゃあどう思ってるかわからないし。ひねくれた見方だけど、もしかしたら好きな女子の手前、アピールしたいとか考えられないか?」
「それは、どうだろうね…」
「あんまり夢見ると後が辛いと思うけど?…だから私は現実には期待しない。二次元のキャラクターだけを信じてる。傷つくのはイヤだし、バカにされるのもイヤ」
遊里ちゃんはソバカスが目立つ鼻まわりをこする。
その視線は、読んでいるマンガに実直に注がれていた。
…確かに、ボクみたいなやつが恐れ多いことはわかってる。
わかってる、けど…。
そんなことを思っていると、騒々しくドアが開かれる。
これは…あの子かぁ。
「ねぇ、聞いて聞いて!さっきさぁ、さっきさぁ!サッカー部の伊勢くんとバスケ部の戸張くんがなぜか肩組み合ってててさぁ!いや、ホントに尊すぎで脳内メモリー保存しまくってぇ!ホントにあのカップリング推せるッ!」
「あぁ…透子ちゃん…」
「相変わらず声デッケぇ…」
部室に入るや否やマシンガントークでまくし立てるのは部員の透子ちゃん。
遊里ちゃんとは違って現実の方に推しがいるタイプ。
興奮しているからか結われたツインテールが激しく乱れている。
「いやだってさぁ!サッカー部とバスケ部の爆イケたちが絡みあってるんだよ?これは心のファインダーにおさめないと!…皆よく言うけど推しは推せる時に推さないと!ねぇ!詩実ちゃん!」
「え、え、ボク?」
「よせよせ、皆が透子みたいにナマモノ好きじゃねーんだ。すーぐカップリングしやがって…なぁ、詩実?」
「え、え、えぇ…」
二人ともボクと違ってモノをはっきり言うタイプだから、挟まれると圧殺されそうなプレッシャーがかかる。
やめてぇ!挟まないでぇ!
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「ふーん☆伊勢くんの話してたんだぁ」
「あぁ、詩実がさっきまでその話をしてきてな」
「あはは、まぁ…うん」
透子ちゃんが落ち着いた後、ボクたちはまた伊勢くんの話に戻った。
透子ちゃんは目をキラキラさせながら、遊里ちゃんは変わらずマンガに視線を向けながら。
「…詩実ちゃん、伊勢くんのこと好きなの?」
「うびゃあっ!?」
「さすがにストレートすぎないか?もう少し包んでやれよ…」
「勝負球はいつだってど真ん中だよ!」
「お前
「あうう、まぁ…嬉しかったし、きら、嫌いじゃない…けど」
言ってて顔が赤くなっている気がする。
恥ずかしい。いや、ボクみたいな人間があんな人格者に想いを向けるなんて。
まるで月とすっぽんだ。
「いいじゃーん!私は応援するよ!」
「まぁ…さっきはああ言ったけれど…詩実がそうしたいなら、私も応援してやるよ」
「そうと決まれば、まずは少しでも伊勢くんに興味を持ってもらうようにしないとね☆」
そう言うと透子ちゃんは部室にあるホワイトボードを引っ張り出してくる。
なんか授業みたいだなぁ…
「じゃあ、まずは…髪、かなぁ?詩実ちゃんの場合、髪型が違うだけでも全然印象違う気がするー!」
「え…髪、切らないとダメ…?」
「確かに、髪が長すぎて詩実の表情は読めないからな。表情が読めないとコミュニケーションも上手くいかないだろ」
「……」
怖い。すごく怖い。今も髪のわずかな隙間から覗く景色だけで精一杯なのに、キレイに切った暁には周りの視線を遮るものが無くなるんだから。
「うーん。まぁとりあえずさぁ、髪を切る切らないはともかく、髪上げたらどうなるかは見てみたくない?」
「…そうだな。ずっとこの状態の詩実しか知らないから、どうなるかは気になる」
「そうそう!ちなみに私もこの状態の詩実ちゃんしか知らないからさ~」
二人はどうやら、私の髪を上げた状態が見たいようだ。
…別に、上げても不美人があらわになるだけだから嫌なんだけど…
でも、友だちなら…
「わ、わかった。じゃあ上げるね」
ボクは思い切り長くて黒々している髪をかきあげる。
その様子を黙って二人は見つめている。
「ど…どうかな?」
未だに羞恥心はあるけれど、友だちならそんなに酷いことは言わないだろう。
そう思っていると、透子ちゃんは目を見開き、遊里ちゃんは眉をひそめている。
「なぁ…詩実?お前ってさ…その、すまん、忘れてくれ…」
「…詩実ちゃん、ごめんね…」
二人はもういいと、髪を下ろすように言う。
なんだか場の空気が急にずんと重くなったところで、遊里ちゃんが口を開く。
「こうなると…難しいな。そもそも、詩実には悪いが中々接点を作るのが難しい相手だ。マンガみたいに劇的にカップルになるなんてそうそう上手くいくわけじゃねぇ」
「それなー。…あーあ、惚れ薬みたいなのがあればいいのにね!そうすれば解決するのに!」
「そういや、噂で聞いたことがあるけどな。惚れ薬を渡している非合法な病院がどこかにあるって…ただ本当かどうかはわからん…」
「えーマジ?冗談のつもりだったんだけど。そもそもそんなのあっても使っちゃまずいっしょ」
「まぁな…私らみたいな中学生でもわかる」
うんうんと唸っている二人を横目に、ボクは部室内に置いてある小さいサボテンのように置物になっていた。
皆みたいに、うまく話せたらいいのに…
「じゃあさ、おまじないなんてどう?」
「まじないって…ま、いいか。…どうだ、詩実?」
「そ、そうだね…」
もはや現実的な方法よりもオカルト気味な路線に舵を切っていて、ボクも本当に伊勢くんと付き合えるとは思っていないから、頷きを返す。
「確かー、この辺に…あ、あった!「超おまじない」って本!」
透子ちゃんが本棚を探って一冊の本を取り出すと、そのピンクの装飾がされた薄い本をめくっていく。
「うげぇ…あんまり目に良くない本だな。ショッキングピンクって言うんだっけ、この色」
「えー、良いじゃん。この色!私好きだけどな~。お、これなんてどう~?」
透子ちゃんが指差したページには、「これで彼もアナタのことを意識させることができるかも?念動力の使い方について!」というページだった。
「いや、なんだこれ…?普通もっとかわいらしいまじないだろ…シャーペンの芯の中に紙入れるとか、枕の下に写真入れたりとか…」
「遊里ちゃん結構知ってんじゃーん?なになに、やったことあるの?」
「まぁ…好きなキャラの写真を枕の下に入れたことは…あるけど」
「キャー!遊里ちゃんったら夢女子なんだから!」
「ばっ、違ぇよ!あくまで私はそのキャラが出てくる夢をみたいだけだっつーの!自分とキャラがどうこうなんて思ってない!」
「遊里ちゃん、か・わ・い・いー!」
「…これ以上からかうならぶっコロしてやる…」
気がつけばどんどん話が逸れに逸れていき、いつの間にボクの話は消えていった。…まぁ、そんなものだろうと、二人の話を傍で聞いていた。
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「んじゃ、またな」
「じゃあねー!」
「ま、また明日…」
あれから数日後、今日も部活動終了時刻となり、ボクたちはそれぞれの帰り道に向かうため別れる。
一人になり、寂しさを感じながらとぼとぼ歩いていると、見覚えのある後ろ姿が目に入ってきた。
…伊勢くんが珍しく、一人で帰っていた。
(こ、声掛けてみようかな…)
この前ボクをさりげなく助けてくれたこと。
まずそれだけでも感謝したい。
そこから少しでも話ができたら…という妄想が頭の中を巡る。
(よ、よし…)
伊勢くんは早足のため、ボクもそれなりに早く動かなければ追い付けない。
普段使わない筋肉を総動員し、伊勢くんに追い付くように走るスピードぐらいで歩く。
もう、数メートルで…声を掛けられそうと思った矢先だった。
不運にも、足元にあった石にけつまずいて、派手に石畳に倒れこむ。
その音が響き、耳に入ったようで伊勢くんが駆け寄ってくるのが見えた。
「…あの、大丈夫ですか?…って、黒子じゃん!」
「あ…あぅあぅ」
「うわ、派手に膝擦ってんなぁ…痛そー」
意識ははっきりしているけど、目の前がぐわんぐわんと揺れている。
あー、本当にこういうところなんだよな…
ボクのダメなところって…折角助けてくれたのに、また面倒かけて…その繰り返し…だから存在が罪っていうか…
「ごめん…なさい」
「いやいや、気にすんなって!今消毒して絆創膏貼ってやるから、待っとけ」
そう言うと伊勢くんは近くのベンチにボクを座らせ、手際よくバックから器具を取り出した。
「少し染みるぞ」
消毒液が傷に噴射された後、じわりと痛みが広がる。
「わりぃな、痛くして。…ほら、終わりだ」
気がつくと大きめの絆創膏が貼られていて、処置が終わっていた。
「本当に、ありがとうございます…、この前も、助けてもらったのに…」
「そんな大したことやってねぇって。この消毒液も絆創膏も俺がサッカーでよくすっ転ぶから持ってただけだしな。ラッキーラッキー!」
この人はなんて慈悲深いのだろうか。
まるで後光が差しているようにボクには見える。
「神様…みたい」
きっと伊勢くんはボクでなくてもきっとこうやって助けてくれるだろう。
そこがボクの琴線に触れる。
大体の人は自分にだけ優しさを向けてほしいと思うだろうけれど、誰にでも平等に手を差し伸べるというのはなかなかできることではないと思う。
「…神様って!大げさだなぁ。大人は言うだろ?人には優しくって。だって厳しくして揉めたりするよりよっぽどいいじゃん!」
思想がボクとまるで違う。
どうしたらこうやって生きることが出来るんだろう?
悪意に晒されることなく、まっすぐに成長してきたのだろう。
それがとにかく眩しくて…浄化されるような感覚。
「そういや、顔とか打ってないか?」
「い、いや…大丈夫…です」
「それなら良かったわ…女子の顔に傷なんかついたらヤバいからなぁ…」
なんでそんな言葉を掛けてくれるのか。
もっと周りのようにぞんざいに扱わないのか。
数少ない友だち以外には、いないものや嘲笑の的にされているのに。
一周回って、伊勢くんの方がおかしい気がしてきた。
「歩けそうか?送っていった方がいいか?」
「い、いや、大丈夫です、そこまで迷惑、かけられないです…ひ、ひとつだけ聞いて良いですか…?」
「おう、なんだ?」
「ボ、ボクみたいなのと関わっているのを見られたら…とか、思わないんですか…?」
「…なんで?別にクラスメイトといて変なことがあるのか?」
「じ、自分の地位が、下がるとか!そういうこと、思わないんですか…?」
「そんなこと気にする奴、小せえ奴だなぁと思うけど。…黒子はもう少し、自分に自信持っても良いんじゃねぇかな?」
「………」
やっぱりだ。根っこからの善人なんだ。性善説、という言葉が頭に浮かぶ。
もともと人間は善人で、周囲の環境でさらにその善性を伸ばしていく。
それが伊勢くんなんだ。
あまりの輝きに、ボクの卑屈さがより浮き彫りになる。
「もっと自分を大切にしてやれ!じゃあ、また明日!」
爽やかに挨拶をすると、伊勢くんはどんどん遠ざかっていく。
その様子を見つめながら、この想いを整理していく。
これは、好きという温い言葉では済ませることはできない。
…崇拝。この言葉が合致している。
そもそも、好きという言葉ははあまりにも傲慢で、不躾だった。
ボクという小さく醜い存在でさえも視認してくれて、照らしてくれる。
ボクにとっての救世主。…初めての、信仰対象。
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家に帰り、長らく使っていなかったセルフカット用のハサミをおもむろに髪に入れていく。
長すぎて重い
…だいぶスッキリとし、同時に視界も大きく開けた。
その代わり、おでこにある深い火傷痕があらわになる。
今はいない、酒乱だった父がつけていった痕。
父が死んでも、自らの子を傷つけた父の穢らわしい血は、この瞬間もボクの体内を循環している。
そして多くの人は目を背けたがるだろう、この痕はボクが醜い人間であることの烙印。
この痕を見ても、伊勢くんはボクを気持ち悪がらないでくれるだろうか。
…いや、別に気持ち悪がってもいい。
なぜなら、伊勢くんの反応全てが正しいのだから。
ボクはこれから幸せになれるかもしれない。
この年齢で、救世主をすでに見つけることができたのだから。
そう考えると恵まれ過ぎている。
ボクは家で一人、汚れた鏡に向かって歪に微笑む。
絶対的な価値観ができたというのは、本当にありがたい。
ボクのような程度の低い人間は信仰対象を見つけて、自分の価値観を渡してしまうことが一番幸せなのだ。
なぜなら考えれば考えるほどに、悪循環にはまって、自分が嫌いになっていくのだから。
なんとなく…遊里ちゃんや透子ちゃんの言う、「推し」がわかった気がする。
憂鬱なこの世界でさえ、伊勢くんという救世主を目に映すだけで満足できるだろう。
…今日、ボクにとっての生きるよすがを見つけることができた。
全てを委ねたいと思うほどに、清純なのに悪魔的な魅力を持った救世主をボクは
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