病街録   作:とうぶん

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読んでいただき、また感想等誠にありがとうございます。
今回はルート分岐で考えております。



【共通】みにくくいとしいアンタ(貴方)のままでいて

世の中には「高校デビュー」とか、「大学デビュー」という言葉があり、主にそれは若干バカにしたようなニュアンスを持つことが多いけれど。

 

かくいう僕もその現象に陥っている。

そのお陰でクラスでの立ち位置は、仲間はいれど「いじられキャラ」という芸人でもないから旨味も全くない宙ぶらりんな立場に落ち着いてしまった。

 

「宍戸、今日もダッセェ髪型だなぁ~」

 

「それな~。宍戸が仮に彼氏だったら…いや想像でも無理すぎ!」

 

「いやぁ…来る途中にガス爆発に巻き込まれちゃってさ~」

 

「…意外性ねぇな~。もう少し面白いネタコメント頼むぜ、なぁ?」

 

「マジそれなすぎる」

 

登校してすぐに朝の洗礼。

 

…知るかバカ。テメェらのご機嫌取りなんてしたくねぇっつの。

スカしてスマホ弄りながらついでにイジっとこ。じゃねーんだよ。

 

そんなことを思いながら顔はコイツらが好きそうな負け顔を作ってやる。

こんな癪に触るようなことを言われながらコイツらとつるんでる理由はただ一つだけ。

 

発言力のある連中だから。

コイツらとつるむことで思うままに振舞うことができる。

悔しいことに雰囲気を掌握する力をコイツらは持っていて、いわゆるクラスの「一軍」というやつだ。

 

クラスの中でバカ騒ぎしようが、気に入らないやつをハブろうが、よっぽどのことをしない限り大抵のことは許される。

 

素敵なアオハルを過ごすには、求心力を持ったやつの周りにいる必要がある。

だから、俺はコイツらに向かって尻尾を振ってるんだ。

 

「…はよ」

 

「おー…冴加、おはよう…」

 

「冴ちゃんおはよう…」

 

…来た。

場を凍らすような冷却波を放ちながら、猟犬のような刺々しさを持つ女。

長くどこか青みがかったような艶やかな黒髪を揺らし、自席にドスンという音を立ててバックを置く。

 

このクラスの絶対女王である、阿澄 冴加はつまらそうに息を吐くと、無造作に僕の隣の席に座る。

冴加が来るまであれだけ騒いでいた馬鹿どもは挨拶した後、

チラチラと伺うように冴加の顔色を見るばかりだ。

 

…ああ、全く愚かでしかない。

所詮コイツらは冴加の傘に入り込んでるだけの雑魚。

…まぁ、それ以下の振舞いをしている僕はなおさらだが。

 

視線を反らしていると、バックを置いた冴加が不機嫌そうにこちらに顔を向けてくる。

 

「…おはよう」

 

仕方なしに伝わるか伝わらないか分からないぐらいの声量で挨拶する。

べ、別にびびってる訳じゃないんだからな!

 

「……ハァ」

 

対して冴加はため息一つで返してくる。

おいふざけんな。

コミュニケーションになってないだろうが。

朝から見たくない面みたいな反応に、気が滅入るばかりだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

今日の昼休みは屋上で惣菜パンを齧ることにした。

本来なら心の中で青筋を立てながら馬鹿どものご機嫌を取る形ではあるのだが、どうしても我慢ができない時はこうして屋上に来る。

 

ちなみに僕がいようがいまいが馬鹿どもは別に気にも留めていない。

ただ弄るのに都合のいいやつがいないだけ。

…自分で言ってて酷く惨めになってくる。

 

屋上に出ると、快晴で太陽が煌めいていた。

正直、ただ暑いだけでしかないから、雲に隠れちまえば良いのに。

 

「…太陽も自粛してくれればいいのに。…そう思いませんか?」

 

どこからともなく聞こえた粘つくような声に背筋が伸びる。

どうやら先客がいたらしい。

 

「どうやら自粛するどころかこれから加速するみたいだぜ…」

 

「じゃあ宍戸さんはもっと生きづらくなりますね」

 

「流れるようにディスってくんなよ」

 

「仕方ないじゃないですか。日の当たる場所は似合わないんですから」

 

先客である体育座りしながらもそもそと小さいパンを齧っている女…吉良 千秋は相も変わらず陰鬱な雰囲気を周囲に撒き散らしていた。

もはやこいつの周りだけ今にも雨が降りそうなまである。

 

「…お前、飯それだけで足りるのか?」

 

吉良の手に持っている小さなパン以外は、他に食物は無さそうだった。

 

「これだけで足りますから。…お金も無いですし」

 

「お前細すぎて傍で見ると心配になるんだよ…ほれ、やるよ」

 

枝木のように細っこく、吹けば遥か彼方に飛んでいきそうな体型をしている吉良が悪い。

 

「何ですか、これ?…クリームパンですか」

 

「女子は大体甘い食い物好きだろ…文句あるなら返してくれ」

 

「いや、まぁ。好きですけど…」

 

吉良は包み紙を丁寧にはがすと、パンを半分に割った。

なるほど、こいつにはかぶりつくという選択肢はないだろうなと思った矢先。

 

「宍戸さん。…はい、口開けてください」

 

僕の口元に割ったパンを近づけてくる。

空洞の中から卵黄色のクリームが覗いていて、その先には半目で食べることを促してくる後輩。

 

「宍戸さんのことだから、後輩からあーんなんてされたことないでしょうし、体験させてあげます」

 

「舐めんな。僕だってそのくらいの経験あるわ」

 

「…どうせそういうゲームでの擬似体験ですよね~」

 

「チッ」

 

この後輩も僕のことを舐め腐っている。

…ただ不思議とあの馬鹿たちとは違って、嫌悪感はないのだが。

そんなことを思ってるとクリームパンが口に押し込まれ、

カスタードの風味が口いっぱいに広がっていく。

…やっぱり旨いな。

 

「顔、紅くなってますよ?…そんなに私からのあーん、嬉しかったんですか?」

 

「からかうのはその辺にしとけっつの…じゃあ、僕からもやってやろうか?」

 

何か後輩にやられっぱなしってのは僕のちっぽけだけれどトゲトゲしているプライドに触った。

 

「あっ、取っちゃうなんて」

 

吉良が持っていた残りのクリームパンをひったくるように奪い取り、吉良の口元に近づけていく。

おいたが過ぎる後輩には、多少恥ずかしい思いをしてもらおう。

 

「ほら、あーん」

 

「はいっ」

 

「えっ」

 

その思惑は外れ、何事もなく僕が手にしていたクリームパンを口にする。

そこに照れも何も感じはしなかった。

 

「さすがにやり返したい欲が見え見えですよ、宍戸さん。…もっと違うやり方をしたら、別の結果もあったかもしれませんよ?」

 

「~~!!クッソ!!」

 

「ホントに、よく吠える仔犬みたいでかわいらしいですね。宍戸さんは」

 

口元を押さえながら含み笑いを漏らしている後輩に、僕は地団駄を踏む。

…後輩の陰キャにからかわれまくってる!

と思いつつ、吉良の顔は個人的な観点だとかなり整っていると思える。

なんというか、沼りそうな顔をしているというか…雰囲気も込みで。

オタクが自分にもワンチャンありそうだと思うような、絶妙な緩さと黒髪ロング。

 

「今日はなんで屋上に来たんですか?」

 

「ストレスたまってしょうがなかったから。あの性悪たちと付き合ってやるのは骨が折れる」

 

「宍戸さんって…早死にしそうですね」

 

「不吉なこと言うなよ…お前雰囲気が死神みたいでなんか呼び寄せそうなんだから」

 

「あははっ、ひどっ…宍戸さんも性格なら大概なのになぁ」

 

「お互い様だろ」

 

「お互い様ですね」

 

軽口の応酬に軽い笑い。

クラスにいる時の息が詰まるような感覚はない。

ある意味ではこの時間が、憩いの時間ではあった。

スマホを見ると、昼休みの終わりが近づいてきていた。

 

「じゃあ、宍戸さん。また会いましょう」

 

「僕が呼んだら来てくれるのか?」

 

「ええ、そうします。…良かったですね。都合のいい後輩がいて」

 

「お前さぁ…冗談に軽口で返しやがって」

 

「ふふ。どうでしょう…じゃあ、先に行きますね」

 

控えめに胸の前で手を振る吉良に対して、ぶっきらぼうに手を振り返す。

こういうところは吉良のズルいところだ。

少しだけ、ほんの少しだけドキッとする。

…本当に少しだけだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

飯を腹に入れた直後はどうにもだるく、机に突っ伏す。

幸いにして馬鹿どもはギリギリまでどこかでプラプラしているから、しばらくは休めると思った矢先だった。

 

「教科書忘れた。現国の授業いちいち指してきてめんどいから貸して」

 

「…貸せって…僕も同じ授業受けるんだけど」

 

「別にいいでしょ?宍戸なら注意されても」

 

てっきり馬鹿どもと一緒にいると思っていた冴加が、申し訳なさそうな素振りもなく、いけしゃあしゃあと言い放つ。

コイツの中では僕に迷惑をかけるという自覚はないのか。

 

「はぁ…じゃあ貸すよ」

 

しょうがない…他クラスの友達から借りることにしよう。

あとで馬鹿どもから変な茶々を入れられるのはゴメンだ。

 

…いつからこんな関係になってしまったのかと思う。

 

「ん」

 

「せめて礼ぐらい言ってくれ…」

 

僕の嘆願には全く応じない冴加。

その様子は傲岸不遜。…いや応じる僕も僕なのだが。

 

だけど望んでしまう。

元の明るくて、誰にでも優しかった冴加に戻ることを。

頬杖をつきながら、回想に浸っているとスマホに通知が入る。

 

『ありがと』

 

短文ではあったものの、飾らない礼の言葉が送られてきた。

冴加の方を見ると、顔を反らしている。

 

なんだよ。…そんなに直接言うのが嫌なのか?

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あっ…」

 

「…何?」

 

間が悪い、という言葉がある。

ちょうど今の状況がそれにあたるのだろう。

たまたま喉が渇いて、あまり利用されていない外の自販機に飲み物を買いに行こうと思ってしまったことが運の尽き。

おそらく相手もたまたまそういう考えでここに行き着いたに違いない。

だけど、何百人といる生徒の中でこの人と鉢合わせるとは思っていなかった。

 

「買うなら早くして」

 

若干の棘を感じる声音で、その場に固まった私を急かす阿澄先輩。

私はこの人が苦手だ。

威圧するような雰囲気…仮に本人が意図していなくとも、そう受け取れるような態度。

それに加えて無表情なのもより恐ろしさを増していく。

この手の人は本当に苦手…いや、嫌いだ。

 

おずおずと青りんごサイダーが表示されているボタンを押し、電子決済をすると、ガションとサイダーが落ちてくる。

 

「へぇ…アンタみたいなのも、そんな上等なもの飲むんだ」

 

「………」

 

「まぁ、いいや。邪魔だから早くどいて」

 

圧に継ぐ罵倒。

阿澄先輩が言いたいのは、私みたいなのがそんな青春の題材になるような飲み物を飲むことがおかしいとでも言いたいのだろう。

微小な針をちくちくと刺されていることが、痛くてうざったい。

 

阿澄先輩はただの水と微糖のコーヒーを選択し、私と同じように飲み物の落下音が響く。

それを取り出し口から取りながら、こちらを横目で見ている。

 

「何?私になにか言いたいことでもあるの?」

 

挑発じみた口上。

なにかあるなら受けて立つとでもいわんばかりのその態度は、ちっぽけな私の自尊心に火がついた。

 

「阿澄先輩は…まだ、宍戸さんを弄んでいるんですか?」

 

「質問の意図がわからないんだけど」

 

「…っ!!だから!宍戸さんにもう関わらないでください!」

 

私はいつも思い出す。

宍戸さんが泣いた日も、嗚咽にまみれた日も。

結局この人は宍戸さんの心の中に留まっていて、優雅に泳いでいる。

こびりつく汚れが上手くとれないように、人の心に一度刻み込まれた強い感情は、拭き取れたと思っても取れていない。

…だから、人は思い出したように復縁したりする。

 

「…足、震えてんじゃん。ダッサ」

 

「……うっ」

 

自分では変われてきたと思っていたのに。

こうして一睨みされただけで生物として、私の方が弱いと思わされる。

それでも、退けない。

宍戸さんのために、私は絶対に退けない。

 

「…めんどくさ。アンタさ、もしかして自分が特別だと思ってんじゃないの?」

 

「そんなことありません。自分が一番平凡であることを理解していますから」

 

「はぁ…アンタはもっと下の人間でしょ?…そんな平凡以下なアンタにアイツは見合わない。…錯覚したんでしょ?ただ救われただけのアンタが、アイツの隣に並べるって本当に思ってるわけ?…マジであり得ないんだけど」

 

「少なくとも根っこから腐りきった性格をしている阿澄先輩よりも私といた方が宍戸さんにとっても有意義です」

 

売り言葉に買い言葉。

幸いにして人通りがないからか、お互いへの憎しみの押し付け合いは加速していく。

 

「アンタと喋ってると頭が痛くなる…」

 

綺麗な顔をしているくせに陰険な阿澄先輩はこめかみを押さえながら顔を歪ませている。

それはこちらのセリフなのだが。 

 

「ええ、私も。仮に宍戸先輩に仲良くしてくれって言われても阿澄先輩とは絶対にできませんから。…それ以外のことなら、まぁ…自尊心の高い阿澄先輩にはできないこと、私ならしてあげられますから」

 

この人はスペックが高いけれど、人間的には大きく欠けている。

そんな人間についていく成れの果ては決まって相手の消耗でしかない。

現に宍戸さんは私を求めて屋上に来たりしている。

逃げたいのだ。宍戸さんは。

…存在するだけで気を遣わせる阿澄先輩から。

 

いいですよ、宍戸さん。

私ならいつでもどこでも貴方を受け入れます。

下らない、何の価値もなかった私を見ていてくれた貴方だから。

 

「…マジでナメんなよっ!」

 

遂には私の言葉に耐えかねた阿澄先輩は私の首元を掴む。

自らプライドの高さを証明している辺り、この人もただの人間に過ぎないのだと冷めた目を向けることができる。

 

「痛いじゃないですか、胸ぐら掴むだけでも暴行になるの知ってます?」

 

「なに余裕そうな顔して私に講釈垂れようとしてんだよ!…人間はそんな簡単には変われない…お前のせいで私はアイツと付き合えなかったんだから!」

 

次第にギリギリと締められる胸元に苦痛を感じる。

確かに私の方が力は弱くて、振り払うことができない。

思いっきり逆恨みのくせに…

 

「アンタみたいなやつは、ずうっと地中に埋もれて人様の目に入らないように生きていけよっ…」

 

阿澄先輩の私に対する侮辱は、すうっと心に対して深く届く。 

瞬間、伝播するようにこれまで受けた数々の罵倒や貶しが脳内に散乱するけれど、それは何の意味も為していなかった。

ただの「言葉」でしかない。

 

私は、数百の暴言よりもたった一つの優しさで生きていける人間だから。

 

胸元にかかっている阿澄先輩の腕を掴み、正面から視線を受け止める。

 

「阿澄先輩のような、外面(そとづら)の強さだけで生きてきた人間に対して最終的に私が負けるわけありません。…残酷なことを言ってあげましょう。貴女が宍戸さんを支えることはできない。…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

瞬間、阿澄先輩の長い睫毛に縁取られた大きな眼がくわりと開かれたところで、忙しない足音が耳に届いた。

 

阿澄先輩もマズいと思ったのか、掴んでいた私の手を振りほどき、こちらを睨み付けながら落ちている水とコーヒーを面倒そうに拾い、背を向け駆け出す。

 

「サイダー、落としちゃった…」

 

拾うと容器の中で細かい泡が広がっていて、このまま開けたら吹き出しちゃうなと嘆息する。

 

「…あっ、吉良か」

 

「宍戸さん?」

 

足音の主が姿を現したと思ったら、見覚えがありすぎて愛おしい先輩だった。

ちょっとぽやっとした顔つきで、ドキッとする。

 

「喉乾いちゃってさ。ジュースいっぱい買っていこうと思ってんだわ。…おっ、美味しそうだなそれ。この前までなかったような気がするけど」

 

「新製品だったので買っちゃいました。…飲みますか?」

 

「いいや。僕も自分のやつ買うしな。…なんかよく見たら少し泡立ってないか?」

 

「あははっ、バレました?さっき少し振っちゃったんですよ」

 

「お前それ渡そうとしたのかよ…性格っ!」

 

「飲もうとしたら止めてましたよ~」

 

あぁ、心地いい。

なんでこんなに話してて心が安らぐんだろう。

崩れていた心的バランスが整っていくのがわかる。

 

宍戸さんと私は絶対に相性がいい。

それは当然阿澄先輩よりも。

私の方が宍戸さんに寄り添っていける。

私の方が宍戸さんと心地よい関係を築くことができる。

この緩やかに流れる時間が、理想郷なんだ。

だからこそ、この話は切り出しておこう。

 

「宍戸さん、さっき阿澄先輩とすれ違ったりしました?」

 

「えっ?」

 

ガシャンと宍戸さんが選んだコーラが取り出し口に落ちる。

そして同じように何本か飲み物を選んでいく。

 

「…いや、会ってないけどな」

 

「そうですか。それなら良かったです」

 

あぁ、もどかしい。

なんで私は後輩なんだろう。

同級生というのはなにかと都合がよい。

話も噛み合いやすいし、勉強だって基本的に同じ単元をやっているから教え合ったりもできる。

後輩という利点も無くは無いけれど、どちらかを選ぶというのなら迷いなく私は同級生を選ぶ。

後輩は常に後手に回るからだ。

 

「…お前ら仲良いの?面識あるぐらいは知ってたけど」

 

「いやいや、仲がいいなんてとてもとても」

 

事柄に対して渦中にいる人は案外周りが見えていないことがあるんだろうなと思う。

そうして何本も自販機で購入した飲み物を腕をパンパンにしながら抱えている。

 

「…宍戸さん。いつまでそんなことするんですか?」

 

「……」

 

およそ一人で飲む量ではないのはなんとなくわかる。

そんなことを宍戸さんにさせる連中(先輩達)に対して軽蔑の念が止められない。

他人に対して心を配れる人間に対して、それを搾取する未熟な悪者。

宍戸さんにだってプライドがある。

それを尊重してあげたいとも思う。

 

けれど、ふとした瞬間に見せる物憂げな顔に私は全てが詰まっているのだと思っているから。

 

私たちは醜い心を少なからず誰しも抱えている。

聖人君子などどこを探してもいない。

それでもそれを抑えて生活できるか否かを、人は試されているのだろう。

 

「私は宍戸さんが決して嘲られる存在でないことを知っています。…少なくとも私の目にはそう映ってます」

 

「…止そう、堅苦しい話。…苦手なんだよ、僕」

 

「どうして宍戸さんはそうまでして耐えられるんですか?先輩方はどうあっても友達だとは思っていないと思いますよ…都合のいい人間扱いをしているに過ぎないはずです」

 

「わかってるよ…そんなことくらい」

 

「なら!」

 

私の語気が強くなると同時に寂しく笑う宍戸さん。

その様子は、いつかの様子を思い出させるような表情で…

 

「ただ楽しく過ごしたいだけなんだ。…ホントにそれだけなんだ…しがらみとか何もなく、ただ笑って…」

 

空疎。

もはや宍戸さんは自らが描いていた幸せに固執しているに過ぎない。

別に画一的な幸せなどあるはずもないのに。

それを貴方が教えてくれたんだから。

ひっそり泥臭く咲く、美しさを。

 

「…そうですか。でも、辛くなったらいつでも私にもたれ掛かっていいんですからね」

 

「ありがとな。そう言ってくれるだけでも助かる」

 

そう言って校舎内に戻っていく宍戸さん。

一人になると、心臓の拍動が妙に強く感じられた。

 

サイダーのキャップを開けると押し込まれていた泡がシュワシュワとわき出る。

 

蓋を外したのなら最後、全てが終わるまで止まることはない。

私はその様子をぼうっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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