病街録   作:とうぶん

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いつも読んでいただき誠にありがとうございます。
現在「みにくくいとしい~」を作成中ではありますが、先に作れたものを投稿いたします。


〖人外中心〗人非人たちによる小夜曲
愛の産声(上)


 

「葵、お前は獅々倉家を繁栄させるために生きるんだぞ」

 

 

 

 幼い頃僕が父に言われた言葉だ。

 

 父のこの言葉に僕は頷くほかなかった。

 

 実際、僕はこの言葉に沿って今日まで生きてきた。

 

 

 

 人は明確な意思を持たなければ、ただ流れるままに人生を過ごして行く。

 

 昔の僕はそれが悪いことだとも思っていなかった。

 

 

 

──────────

 

 

 

「葵様、起床のお時間になります」

 

 

 

「はい」

 

 

 

 もう何度目かもわからない朝。

 

 しっかりと睡眠は取っているはずなのに、どこか身体が重だるい。

 

 つまるところ僕にとって朝は憂鬱なものであり、決して歓迎するものではない。

 

 

 

「朝食のご用意ができておりますので」

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 こうして行儀のよい御飯が卓上に並べられている。

 

 僕はただ、それを咀嚼し嚥下する。

 

 味も健康が考えられているのだろうか、非常に淡白である。

 

 ……僕は高校生だが多くの人が食べるようなジャンクフードを口にしたことはない。幼い頃に父と母に言われた言い付けを守っているから。

 

 

 

「葵様、お口に合いましたでしょうか?」

 

 

 

 傍にいた給仕がこちらの機嫌を伺うような表情で問いかけてくる。

 

 僕よりも酸いも甘いも噛み分けているだろう人間が、青二才の顔色を伺うなど内心は思うところがあるのではないかと。

 

 

 

 僕は慣れたものだと顔の筋肉を動かす。

 

 口角を上げ、いかにも満足しているという表現を示すために。

 

 求められているのは「これ」だから。

 

 

 

「ええ、とっても。ご馳走様でした」

 

 

 

 僕の言葉にほっと胸をなでおろす仕草をする給仕。

 

 これでいい。

 

 誰もが傷つくことのない、円満な回答。

 

 その役割を僕は求められている。

 

 ただ、そういったことを続けていると物事に興味を示すことが億劫になったり。

 

 

 

 しかし僕に求められるのは模範解答ばかりであり、自分のしたいことという意思は不要なのだから。

 

 ただひたすらに起伏も陥没もないなだらかな道を歩み続ける毎日が日常なのだ。

 

 

 

 食事を終えると、登校する準備をする。

 

 家事使用人が手慣れた様子で制服や僕のヘアスタイルを整えていく。

 

 

 

 昔はあれこれ考える必要がないからよいと思っていたが、年を重ねるにつれて精神年齢も伴うと、これはいわゆる「家畜」の扱いなのではないかと思い始めた。

 

 丹念に栄養のある餌を与え、環境の管理をしどこに出しても不足のないものを育てる。

 

 

 

 僕も同じで、父と母が育てる「商品」に過ぎないことを思い知っている。

 

 なぜなら小さい頃から僕の結婚相手は決まっているのだから。

 

 俗世に疎い僕でも理解しているほど、時代錯誤な許嫁という制度だった。

 

 そのお相手は、僕よりも二回りも年上の女性だったが、実際に会うと年齢よりもはるかに老け込んでいると思わざるを得ない方であった。

 

 なんでも彼女の家柄は相当に良く、後々の父と母の仕事に良い影響をもたらすものらしい。

 

 

 

 学校で学んだ戦国時代の政略結婚のような、家長同士の合意による取決め。

 

 そこに僕の意向は反映されることがないのだ。

 

 

 

「葵様、ご準備が整いました」

 

 

 

 数分の微睡みの中、家事使用人の声で意識が戻る。

 

 

 

「ええ、毎日ありがとうございます」

 

 

 

 定型文のような言葉を口から吐き出す。

 

 昔、母に厳しく躾られた影響かすぐに笑顔を取り繕うことができる。

 

 他にも剣舞など多くの習い事や芸事を叩き込まれた。

 

 

 

 ただこれも、教養のある人間を作りたいという母の考えでしかない。

 

 「商品」としての価値を向上させるためのものでしかないのだ。

 

 

 

 こうして人並みの世界から隔絶されていき、普遍的なことを知らない僕は外側だけ整えられた「商品」となるのだろう。

 

 

 

───────────

 

 

 

 暑い夏になった。

 

 確か例年よりも気温が高くなっていると家事使用人たちが話していた気がする。

 

 そして、ここ最近変わったことがあった。

 

 

 

「葵様、ご機嫌いかがですか~?」

 

 

 

「……普通ですね」

 

 

 

 大体の家事使用人は僕よりも遥かに年上の、言わば中年や老年と呼んでも差し支えない人ばかりだったのに対し、ただ一人若い家事使用人が採用されたらしく話すようになった。

 

 

 

「今日もお勉強、頑張ってましたね~」

 

 

 

「……髪型が崩れてしまうので」

 

 

 

「その時は私が格好よく整えさせていただきます!」

 

 

 

 彼女……月読さんはまるで陽だまりのような明るさがあった。

 

 僕には兄妹がおらず、一人っ子だったからか年の離れた姉という形がしっくりくる。

 

 敬語で話しかけてくる姉というのはどうにもちぐはぐだとは思うが。

 

 

 

「あの、月読さんはなんでそんなにお綺麗なのですか? 教えていただけませんか」

 

 

 

 比較的年の近い異性……学校以外では話すことはなく、その対象は僕には月読さんしかいなかった。

 

 そして、群を抜いて綺麗な彼女に対して思わず口に出してしまった思惑。

 

 

 

「……そうですねぇ〜。恋ですかね」

 

 

 

「恋?」

 

 

 

「好きな人を想うことが、私のかわいいのモチベーションになるんです!」

 

 

 

「恋……」

 

 

 

 僕には馴染みのない言葉だった。

 

 たまに会う父と母には、自らのレベルに合致する者とだけ話すように言われていた。

 

 実際は僕の方が皆が話している内容についていけなかったというだけの話なのだが。

 

 

 

「恋って……どうすればできるんですか?」

 

 

 

「うーん、そうですねぇ」

 

 

 

 僕の質問に、月読さんはわずかに言い淀んだ。

 

 おそらく、僕の毎日の生活を知っているから濁したのだと思う。

 

 

 

「あくまでも、私の場合なのですが……昔、運命の出会いだと思った時があったんです。それこそ出会った時にこの人を好きになるんじゃないかって」

 

 

 

「……そうなんですか」

 

 

 

「はい。それからは一直線でした。彼と会って……一緒にいられた時はとにかく幸せでした」

 

 

 

 月読さんはうっとりとした表情で僕に向けて語りかけてくる。

 

 その語り口は徐々に熱を帯びてくる。

 

 

 

「けれど彼氏が一度、ほんの一度。私以外の女性に靡いてしまったんです。私はそのことが悲しくて、悲しくて……運命だと思ってたから。今はお別れして、こちらに勤めさせていただいているんですけどね」

 

 

 

「は、はぁ……」

 

 

 

 ぞっと、背中に冷たいものがなぞるような感覚。

 

 絶えず語っている月読さんはいつの間にか薄暗い笑みを浮かべていて、いつもの快活な様子は見えなかった。

 

 

 

「まぁ、色々な道を回りながら、恋を愛へと育むというのが大切なのだと私は思うんです。葵様もそういった興味があったようでなによりです」 

 

 

 

 けれど、月読さんの言葉は温かみがあった。

 

 僕は幼少時から人の機微を聡く汲み取れると思っていたけれど、月読さんと他の家事使用人とは異なる点は言葉に温かみがあるということ。

 

 

 

 僕の機嫌を損ねないようにと繕った言葉ではなく、こちらの心情に寄り添ってくれる月読さんは僕にとって稀有な存在だった。

 

 けれど。

 

 

 

「……無理ですね。僕の将来は、僕のものじゃないですから」

 

 

 

 諦めるしかなかった。

 

 僕の人生は、きっと誰かのためにあることを。

 

 心から純粋な喜びを得ることができないことも、この十数年程度の人生でも先が見えていた。

 

 

 

「葵様……では、代わりといってはなんですが私とこっそり遊びましょう!」

 

 

 

「どういうことですか?」

 

 

 

「ほんの少しでも葵様には普通の高校生らしく楽しみを持って欲しいと思いまして。……不肖の身ながら、お教えいたします。……いかがでしょうか?」

 

 

 

 この何気ない始まりが、僕の人生を狂わせるとは夢にも思わなかった。 

 

 

 

──────────

 

 

 

「お話とはなんでしょうか? 父様」

 

 

 

 

 

「葵、最近学習や稽古に身が入っていないという報告が上がってきたが、これは事実か」

 

 

 

 

 

 仲秋、久々に帰ってきたと思った父が、開口一番詰問するような口ぶりで僕に語りかけてくる。

 

 

 

 近頃、学習も稽古も身が入っていないというのはもっともだった。

 

 

 

 なぜなら合間を縫ってする月読さんとの会話や深夜にこっそりと自室で見る映画など、いままで乏しかった経験をすることが新鮮で。

 

 

 

 そのことを思い返すと確かに身が入らない瞬間があったかもしれない。

 

 

 

 

 

「……お話のとおりかもしれません」

 

 

 

 

 

「それは以前雇った月読という使用人が絡んでいる。そうだな?」

 

 

 

 

 

 完全に情報が掴まれている。

 

 

 

 そうなると僕は頭を垂れるほかない。

 

 

 

 

 

「沈黙は肯定とみなす。まさかお前に悪影響を及ぼすとはな……若く顔が良かったから雇ったのだが。私も目利きが悪くなったものだ」

 

 

 

 

 

 父は大きくため息をつき、僕を見やる。

 

 

 

 

 

「月読は解雇する。……すぐにとはいかないがな。お前は以前のようにきちんと日課をこなし続けろ。以上だ」 

 

 

 

 

 

 冷徹な言葉と共に、僕は部屋の外に出る。

 

 

 

 ここ数ヶ月だったけれど、月読さんと過ごした僅かな楽しみを奪われてしまうのか。

 

 

 

 父は宣言した以上、ことを進めるだろうし、それを止める術は僕にはない。

 

 

 

 ……それならば、せめて感謝の言葉だけは伝えたいと思う。

 

 

 

 

 

「あ、葵様! ……どうしました? 少し元気が無さそうですが」

 

 

 

 

 

 何も知らない月読さんの姿が眩しい。

 

 

 

 気がつけば僕は父との出来事を話し、精一杯の感謝と謝罪をしていた。

 

 

 

 

 

「そうだったのですね……申し訳ございません。私のせいで葵様にこんな気苦労をかけてしまうなんて。……少しお時間をいただければと思います」

 

 

 

 

 

 顔を上げると、悲しそうな……しかしどこか嬉々とした表情を浮かべる月読さんに、得体の知れないものを感じ取った。

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