人外二話目になります。
立派な魔法使いになる予定だった。そんな意気込みを胸に、この魔法科学院に滑り込めたは良いものの。
「…はぁ、もう立てないのかしら?見込みがないわよ、貴方」
呆れた様子でこちらを見やる銀髪の女子に、俺は完膚なきまでに叩きのめされ、地面とキスしている状態に陥っていた。あまりに不甲斐なくて、もはや涙すら浮かぶこともなく。
「私は挑まれた闘いは受けて立つけれど、貴方のような人間では調整にもならないわ」
散々な言われようだ。
この女子…安形 リリスは同期の最強格の魔法使いになると有望視されている奴で、なんでも犬であれば血統書がつくような高貴な血族の出らしく、やたらと耳が長い。
「…くそっ!負けた…でも次こそ負けないからな!…闘ってくれてありがとう!」
でもしかしだ。これだけボロクソに言われたとしても、感謝だけは忘れてはならない。
どこかの書物で見た「ブシは食わねどタカヨウジ」とか言う精神が大切なんだ。
「え、ええ。私結構ひどいこと言ったと思うのだけれど。…被虐体質なのかしら。ちょっと怖いわ」
安形が腕を交差するようにしてぶるりと震えていた。中々事実に即しない不名誉な考えを持っているようだが、俺はそんなことは気にしない。
逆境が一番燃える展開ということを、嫌というほど頭に刻まれているから。
「そういえば、貴方…名前はなんというのかしら。そもそも名乗らずに私闘したいなんて無茶苦茶だったのよね」
「そういえばそうだな!俺の名前は
そう。この魔法科学院に入学できたことはこの世界を守る魔法大隊に入隊するためのプラチナチケット。
ただしかし、入学したことにホッとしたのもつかの間。この学院で魔法大隊について調べていると、卒業時に有望かつ良好な成績を持った生徒のみが入隊を許可されると知った時には愕然とした。
となれば、手っ取り早く有望株として躍り出るには同期の最強格である安形を倒すないし善戦すれば、一目置かれる存在になると思ったのだが…
「皇ね。一応覚えてあげるわ。でももう少し考えた方がいいと思うけど。どちらにせよ、貴方が私を倒すことはコインの裏表を10回連続で当てるぐらい難しいわね」
「?…えっと、それ…どのくらいなんだ?」
「それを人は奇跡と言うのよ。…じゃあね」
俺は計算が苦手だから、なんとも答えることが出来ないのだが。おそらく、無理だと言いたいことだけはわかった。
「なんと退屈…早く魔法の特訓がしたいんだけどなぁ」
安形に初めて挑んで数週間経った。ぶつくさと文句を漏らしながら、古語の講義を受ける昼下がり。
正直だるくてやる気がしないのだが、この学んだ古語がいつか魔法習得に役立つかもしれない。そう思いながら筆を進めていると、ふと隣の席から丸めた紙がポスッと俺の机に落ちる。
『やぁ、生真面目ちゃん。進捗はどうかなぁ?』
「刹那…お前、授業中だぞ」
俺はその紙の差出人に向かって恨めしげに顔を作り、小声で注意をする。ただそんなことはどこ吹く風といわんばかりに、新たな紙に走り書きで何かを書くと、それをこちらに寄越してくる。
『あんまりカリカリするもんじゃないさ、ね?皇♡』
「うおおっらっっ!!」
怒るなと言われた方がより怒りに火が着くように、こちらをからかうような内容に俺は思わず紙をビリビリに破く。
そして気がつけば周囲の視線は俺に集まっており、教壇から見下ろしている教師が口を開いた。
「皇…何をしている?」
「はっ…」
目の前で無惨に散らばる紙屑に、気がつけば周囲の視線は集中線が幻視できるぐらいに向けられていた。
「はぁ…『ウィンド』」
呆れたようにため息を教師がついたと思うと、轟音が響き俺の頬を何かが掠める。恐る恐る振り返ると、白いチョークがぽっきりと折れ床に転がっていた。
「私も鬼ではない。一度目は警告として、どうやら異国の地で行われている『チョーク飛ばし』とやらをやってみたかったのだ。…次は当てるぞ。静かに受講するように」
そう言った教師は何事もなかったように講義を進めていく。こうやって魔法に優れた人物たちは応用を加えて自らの技量を高めていく世界。
かたや基礎魔法すら覚束ない俺は、圧倒的逆境の中に立たされている。
そしてその原因を作った隣の席の女はニヤニヤとしながらこちらを観察するように眺めていた。この女に目をつけられてからロクなことがない。
「今日の授業、急に発狂したような声を出してたわね。ついに自分の才能のなさに絶望して壊れたのかと思ったわ」
「あれは刹那が100%悪い」
そうして放課後。俺はある意味日課のように安形に勝負を申し込んだあと、コテンパンにされて地面に大の字に転がっていた。手合わせして感じるのが、やはり魔法の技量もそうだがバリエーションの多寡も大きい。
「刹那?ああ、あの金髪の子ね」
「珍しいな。安形が名前と容姿を覚えているなんて」
「…あの娘、変なのよね。なにかその、魔力の気が他の人と違うような気がして」
「はぁ」
才能のない俺には全く何も感じとることができていない。俺から見る刹那はただ意地悪な笑みを浮かべながら、ちょっかいをかけてくる女子だった。
「貴方も気をつけなさい。…とはいっても、あれだけ近くにいて何も感じないようじゃ、気をつけるってのも酷な話よね…」
「お前って俺を貶める時は特に生き生きしていないか?」
「しょうがないじゃない。あれだけボコボコにしても性懲りもなく立ち向かってくる貴方が悪いし、すっきりするもの。…ねぇ、本当に私に勝てると思ってるの?」
「いつかはな。俺が使う氷の魔法の可能性は無限大だからな…」
「私の焔に数分で燃やし尽くされてたのだけれど」
「…その通りだ」
事実、炎や焔の魔法に氷の魔法は属性的には有利のはずなのに、全く意に介すことなくやられてしまう。これがトップと落第の差だと思うと、気持ちがめげそうになる。
「まぁ…わずかな成長に期待するわ。…ほんの少しだけど、魔力は高まってるみたいだし」
「安形…」
「べ、別に励ましてるわけじゃないわよ!…私に何度も向かってくるなんて、貴方ぐらいだし…」
「え、なんだって?」
「……『フレイム』」
「あっつ、あっついって、うわ、尻に炎が!」
「ふんっ!…またね、皇」
「これを消してから行ってくれ!!」
あたふたしながら尻を地面に打ち付けていると、すぐに炎は消え、安形は立ち去っていた。あまりにもおっかない。
ただしかし、少しは認めてくれているような気がして、なぜか越えるべき相手なのに誇らしい。カラカラに乾いた地面に横たわっていると、ふと後ろから影が差す。
「よっ!皇~。こんなところで何してるのん?」
聞くだけで主がわかるほどの、特徴的な芝居がかった声。すぐさま立ち上がり、振り返ると金髪のボブカットに軽やかに揺れる十字架のピアスが目に入る。
「何の用だ…刹那」
「や~ん、目つきこわ~い。全然あの子に対する視線と私に向ける視線がちが~う!」
変に間延びする言葉になぜか眉間にしわを寄せたくなる。この女…刹那 縁は人を食ったような喋り方をすると共に、「ある噂」が学院中に蔓延していた。
曰く、宵闇の中で人を喰っているという噂。
奇妙な伝聞というものは魔術師を目指す者とはいえど、関わるのは不要なリスクを抱えることから、多くの生徒は刹那を遠巻きに見ている。現に刹那は入学当時色々な生徒に声を掛けていたものの、次第にそういうことはなくなり、席が隣の俺だけに話しかけてくるようになった。
「そんな眉間に皺寄せないでよ~!せっかく皇に対してプラスになるものを渡しにきたのにさ!」
「プラスになるもの…?」
そう言った刹那はポケットから小さな木箱を取り出し、丁寧に開けていく。
「なんだこれ…玉っころ?」
真っ黒くて全く歪さのない球体が目に入ってきて、それはどこか丹念に作り上げた泥団子のようにも見える。木箱をしまい、にいっと唇を引き薄く微笑む刹那。
「頑張り屋の皇に、私から愛を込めたプレゼント!…受け取ってくれる?」
「なんだよ、愛って…というかこれは一体どういうものなんだ?」
ざっと思いつくものでも、俺が触った瞬間爆発なり白煙が上がるなどの細工が仕掛けられたものか。それともなんの変哲もない、ただの黒玉か。普段の言動により、素直に受け取ることができかねている。
「も~!女の子からプレゼントって言ったら笑顔でありがとうじゃないの~!…それはね、肌身離さずにいれば魔力を高めてくれる秘蔵のアイテムなんだ!」
「魔力を、高める…」
「もちろん皇みたいな魔力感度の低い人でも高めることができる優れもの!ほんとなら結構なお値段するものだよ~」
親指と人差し指を丸をつくるように合わせた刹那。…胡散臭いが、実際に文献ではそういった力を持つ物があることを見かけた気もする。
なによりほんの少しでも能力の向上が見込めるのなら、使ってみるのも手ではあるか。おそるおそる刹那の持つ玉っころに触れ、それを引き取る。
「まだ完全に信じた訳じゃないからな。変なことがあればすぐに返却させてもらう」
「疑り深いなぁ~。まぁでもそれでいいよ!私の純真無垢な心が傷ついたけれどもさ」
「ぐっ…」
そう露骨に落ち込んだアピールをされると、まるで俺の方が悪いことをしているように思えて、良心の呵責に駆られる。
「ねぇ、君はなんであそこまで安形に固執するの?」
「固執だと?」
「私の見立てだと君が今後成長したとしても倒せる可能性は低いんだよね~。…無駄な時間の使い方っていうか」
刹那の声は後半にかけて冷たく響く。いつもの音階ではない底冷えするような声。
「確かに…周りの人間から見たら無駄って思われても仕方ないかもしれないな。…だけど何回ぶっ倒されても越えなきゃいけない壁っていうのがあるんだよ」
手で黒玉を強く握り込む。才能の差なんて織り込み済みだし、それを承知で挑んで果てなき夢を追いかけている。
「だから、目標は安形を倒して次のステージに辿り着くことなんだよ」
絞り出すような声だけれど、しかし強く言葉を吐く。その様子を見ていた刹那は張り詰めた空気を壊すように、相好を崩した。
「……いひひっ。やっぱり君、いいね。そのギラギラした欲望と情熱、たまらないよ…」
「何でもいいから顔戻してくれ。見るに堪えないぞ」
いつものようにどこか陶酔したような刹那が表れ、いつもの弛緩した空気に戻る。
「君のハングリー精神はそれこそ美徳だよ。才能がなくとも足掻くその姿は美しい…それを君には忘れないでほしいね」
「…引っかかるけど、とりあえず貰っておくわ」
そうして含み笑いを残しながら立ち去っていく刹那。アイツの腹が読めないのが癪ではあるが、この黒玉の効果なのかじわじわと体の奥底から何かが沸き上がってくる感じがする。
『…アイスバーグ』
魔法を唱えると、今までに見たことのない大きさの氷塊が現れる。この向上した魔力はこの黒玉のお陰なのだろう。
「…使える」
正直、驚きを隠せなかった。これまで手のひらで包めるぐらいの氷塊しか出せなかったのに…
力の使い方さえ間違えなければ、これは使える。
ただしかし、どこからこんなものを刹那は持ってきたのか。奴の成績も特筆すべきほどのものではなかったはず。であれば普段は使用していないということなのか。
「…まぁいいか。なんだって構わない」
そういった茨の道を俺は歩いている。使えるものは親でも使わなければ、俺に明日はないのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーー
さらに数週間が経った。自らの魔力を高めるためのトレーニング、拡がった魔法の応用方法、たまに茶々を入れてくる刹那…
たまにノイズがあったものの、次第に自らの可能性の高まりに否が応でも心が浮わつく。今日も安形との手合わせをしているが、魔力の高まりから得た魔法を活用するまでに至った。
『ファイアニードル!!』
『……アイスシールド』
絶えず向かってくる炎熱の尖頭の前に、円形の氷壁を表出させ防ぐ。安形の攻撃に今では力負けすることも以前より少なくなっていて、成長を実感していた。
「…貴方、凄いわね。急にメキメキと力が伸びてる…」
「まぁな」
もちろん、黒玉の力だけではなく自らの知識研鑽があってこその力なのだ。…それでもこの力を渡してくれた刹那に礼をしなければいけないだろう。
だけど勝ちきることは出来ない。未だに安形の膝をつかせるまでには至ってはいない。そのもどかしさは心の奥から湧き出てしまう。
「この分だとこれから良い評価が得られるかもしれないわね。…貴方の私闘に付き合った甲斐があったわ」
「だといいけどな」
「それにしても…こんなに急激に魔力が伸びるなんて。私の指導の賜物ね!」
「最初に才能ないとか言ってたのにな」
嘘だ。黒玉がなければここまで善戦することすらできない。しかしこの力を手放すことは致し難いが、なぜか安形に伝えることはばつが悪いような気がする。
「私だって間違えることはあるのよ。貴方が想定外の成長を見せたってだけ…あんまり言わないで頂戴」
安形の長い耳が朱に染まり始める。…なんだかむず痒い雰囲気に、俺はたまらず口を開く。
「なぁ、安形は夢とか目標はあるのか?」
一度、聞いてみたかったこと。この学院に入ったからには、やはり魔法大隊に入ることを目標にしているのだろうか。
「人を救う…私の魔法で世界を灯すことが目標よ」
あまりにスケールの大きい話に、やはり見えているものが違うのかとどこか自分の矮小さを感じる。
「私の一家は、自分で言うのもなんだけど由緒ある魔法一族なの。父や母だって、魔法を使って世界に幸せをもたらしてる。それを知っているからこそ、私もそうありたいと思ってる」
安形は照れたように笑う。その姿は、学年首席という仰々しいものを取り払った、一人の優しい少女の顔だった。
「さ、トレーニング再開といきましょ」
「…ああ」
…なぜか自分の魂の内側が、穢れてきているような気がした。