病街録   作:とうぶん

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読んでいただいている皆様に大感謝します。


次元違いのあなたへ

「面白いな、このゲーム」

 

夢中でメッセージウィンドウに表示される文章を読み、マウスをクリックする手は止まらない。

俺は友人の木崎から勧められたビジュアルノベルに狂ったようにハマってしまった。

グラフィックは綺麗だし、シナリオも読み応えがある。

この手のゲームはあまり興味は無かったが、食わず嫌いだったということだろう。

なにより、メインヒロインの魅力にしてやられた。

天真爛漫で、外の世界を懸命に目指すその姿に心を打たれてしまったのだ。

ヒロインのルートをクリアしたときは涙を流さずにはいられず、思わず画面に向かって好きだと言ってしまう始末。

途中まで実名を入力してプレイしていたのを若干後悔していたが、没入感に浸れた点からそれも悪くないかと思い直すくらいには、このゲームの虜になっていた。

 

 

 

 

 

時間を忘れて数日間プレイしていると、遂にグランドエンディングまで到達した。

画面の中では美麗な光景の前で笑顔でピースしているヒロインが映っている。

 

「あ~あ、できるならこんな世界で一生暮らしてたいよ」

 

思わず漏らしてしまった一言に、我ながら苦笑してしまう。しょせん現実は現実、ゲームはゲームだ。

 

「ユウジンは二次元の世界に来たいの?」

 

エンドロールが流れ終わり、マウスをクリックするとヒロインの台詞が流れる。

てっきりこれで終わりだと思っていたのでやや面を食らったが、そういう仕様なのだと理解し、思わず「できるもんならね。…まぁありえないけど」と半笑いで呟いた。

願望だけなら誰だって自由なのだ。

 

「そうなんだ!…なら頑張らなきゃね。じゃあ、またね!」

 

「へ?」

 

明らかにこちらの呟きを理解しているようなテキストに、違和感を覚えた。

こんな会話しているような返しになるものだろうか…?

疑問に思ったのも束の間、画面はタイトル画面に移っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ~!」

 

「おぅ。お疲れ」

 

大学生の定番「お疲れ」のやり取りを交わし、俺は待ち合わせしていた木崎と共にカフェテリアに腰を下ろす。

 

「いや~勧めてくれてありがとう!メッチャ面白かったわ!」

 

「そりゃあ良かった。大体勧めても実際にプレイしてくれる奴なんて殆どいないからな」

 

嬉しさ半分、悔しさ半分といった表情で木崎は注文したアイスコーヒーを一気に啜る。実際に布教してもやってくれないやつはダメなんだと常日頃から聞かされているからな…。

 

「特にヒロインのメインシナリオが泣けてしょうがなくてさ~!」

 

「それ分かるわ!あのシーンは心象描写が秀逸よな!」

 

同じゲームにハマった者同士、話が弾む。

各々の解釈の違いはあれど、感想を共有することは作品をさらに理解することの手助けになるだろう。

 

「あ、そうそう!グランドエンディングの後のヒロインの問いかけってどういう意図があったんだろうな?考えたんだけどよくわからないんだよな~」

 

ふと疑問に思っていたことを木崎にぶつける。

あれだけこのゲームの魅力を熱弁してた奴だ、何らかの考えは持っているだろうと顔を見る。しかし木崎の反応はこちらの考えとは違っていた。

 

「……?そんなのあったか?」

 

首を傾げながら思案顔の木崎。

明らかにピンと来ていない。

 

「いや、ヒロインが二次元に来たいかどうかって感じのテキストが出てくるじゃん!」

 

「…いや、覚えがない。俺は三周はしたがグランドエンディングが流れ終わったらすぐにタイトルに戻ったぞ?なにか違うゲームと勘違いしているんじゃないか?」

 

そんなバカな。じゃああれは一体何なんだ?

俺は思わず椅子から勢い良く立ち上がる。

 

「い、いや!確かに俺の名前を呼んでいた!ユウジンって!」

 

「はぃ?そんなのありえねぇよ。あのゲームは主人公の名前は設定できるけど、主人公名を読み上げる機能なんかついてねぇよ?」

 

まぁお前はあの手のゲームはあんまりやったことないだろうからなぁとケラケラ笑う木崎。

 

「なら、今日うちに来てくれ!お前も一緒に確認すればわかるだろ!」

 

「お、ぉう?まぁいいけど…」

 

困惑した様子で頷く木崎をよそに、俺は腑に落ちない思いを抱きながら、講義室に向かった。

 

 

 

 

 

 

講義を終え、木崎を連れてアパートの鍵を開けた後、俺はすぐにパソコンを起動させる。

 

「あったな」

 

デスクトップに表示されているアイコンをクリックし、ゲームを立ち上げ、グランドエンディング手前のデータをロードする。

 

「別になんも変わらなくね?」

 

「問題はこれからだって」

 

ほどなくしてエンディングロールが流れ始める。

そして流れ終わると、画面はタイトル画面に戻った。

 

「え?」

 

そんなバカな。昨日は確かにヒロインのメッセージウィンドウが表示されて…

 

「やっぱりなぁ。そんなことなかっただろ?お前の思い違いだって」

 

肩をポンと叩かれ、呆れが半分混ざった笑みを向けてくる。

 

「それより他のゲームやろうぜ!俺はこれとか良いと~」

 

あれは俺の幻だったのか?疲れていたのか?

胸の中にあるもやが晴れないまま、その場は勧められた新しいゲームをダウンロードしてお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

木崎が帰った後、俺はもう一度ゲームを立ち上げる。

どうしても、もう一度自分の目で確かめたくなったのだ。

タイトル画面が表示された瞬間、目を疑った。

 

「EX…?」

 

こんな項目は無かった。

さっき木崎と確認した時も現れていなかった。

俺は恐る恐る表示されている「EX」をクリックすると、グランドエンディングが終わった後の場面が表示される。

…それからは黙々とマウスをクリックし続けた。

画面の中のヒロインと主人公は洞窟の中に入っていき、一際輝く物体を見つける。

 

「わぁ、これがこの世界の真実なのね!こんなところに隠されていたなんて!」

 

ヒロインが物体に手をかけ、満足そうに胸に抱える。

 

「これで、これで、やっと繋げることができる…」

 

うふ、うふと綺麗なヒロインの顔が歪んでいく。

まるで淀んだ泥だまりのような瞳に、俺は気味悪さで肌が粟立った。

 

「一体、それは何なんだい?教えてくれないか?」

 

画面の中でにこやかな笑みを浮かべる主人公がヒロインに尋ねる。

この「EX」のシナリオはヒロインが主導し、主人公が着いていくという形だった。

 

「ああ…まだいたのね。貴方はもう用済みよ」

 

「それは、一体…?」

 

ヒロインが面倒臭そうに呟くと同時に、ブツンといった耳障りの悪いノイズがイヤホンを伝い耳に入る。

 

「あはは!ようやく面倒臭い奴を消すことができた!私はやったんだ!」

 

瞬間、狂ったような高笑いが耳に響き渡る。

不快感と驚きがごちゃ混ぜになり、思わずパソコンから距離を取る。

なんだよこれ、バグか何かか?

とっとと終わりにしてしまおうとマウスをクリックするが、テキストが進まない。

 

「何なんだよこれ!」

 

オートもスキップもクリックするが使えない。

これも仕様なのか?

混乱する頭をよそに、俺は気付いてしまった。

ヒロインの目線が、俺を捉えて離さないことを。

 

「やっと、2人になれたね。ユウジン?」

 

「………」

 

明らかに俺に向かって放たれた言葉に、脳が思考を停止した。

 

「いやいや、本当に大変だったんだよ。これまで主人公を通して君を見ていたんだからさ~」

 

「…ありえない…」

 

自分でも滑稽なほど声が震えているのがわかる。

目の前で起きている現象は想像を越えていた。

こんなこと、他の人間に言ったら心配をかけてしまうだろう。

 

「君と直接話したくて、私本当に頑張ったんだから!この世界の隅から隅まで駆け回って、ようやく「真実」の在処を突き止めたんだよ?」

 

「…何を言っているのか…さっぱりわからない」

 

ヒロインはポリポリと頭を掻くような仕草をしながら、物覚えの悪い生徒を導くように優しく語りかけてくる。

 

「うーんとね。ハッキリ言うと、私は貴方のことが好きなの!あ、この場合の貴方って言うのは主人公のことじゃないよ!まぁ、もういないんだけどね!現に貴方自身の手で物語を進めることはできなくなってるでしょ?」

 

「ま、待ってくれ。これはそういう仕様なんだろ、そうなんだろ!」

 

脳がオーバーヒートし、目の前の出来事を受け止めきれない。プレイヤーに干渉してくるゲームは木崎から聞いたことがあるが、少なくともこんなに精密な会話が成立するなんてありえないだろう!

 

「うーん?そうじゃないんだけど、まぁいいや。それで、私が「真実」を探してた理由は、ユウジン。貴方をこちらの世界へ招くためなんだ!」 

 

「…は?」

 

口から出る間抜けな声をよそに、ヒロインの言葉は続く。

 

「前にユウジン、言ってたよね?二次元の世界に来たいって。それを可能にするために私は次元を繋ぐ架け橋を探してたってわけ」

 

「いや、そんなの冗談に決まって…」

 

「あはは!冗談!…そんなの知らないよ。私は貴方を手に入れる。ただそれだけ」

 

色が抜け落ちた瞳でヒロインはじっと俺を見つめてくる。

明らかに異常なソレは、俺の恐怖心を駆り立てるには充分だった。

 

「と、とにかくもうこのゲームはやらない!じゃあな!」

 

返答も聞かずに強引にパソコンの電源を落とす。

これでいい。

そもそもゲームのキャラクターと言葉を交わすなんてアホらしい。この年にもなってメンヘルすぎる。

悪い夢に違いない。

…恐怖を打ち消すように布団を頭から被り、そのまま眠りにつく。

 

 

 

 

「ふふ。もう遅いよ。結末は決まってるんだから。でも、ちょっと傷ついたなぁ…。少しお仕置きしなきゃね…」

 

 

 

 

朝日が窓から差し込み、俺は目を覚ます。

時計を見ると既に八時半を回っていた。

 

「やべっ。一限の講義入ってたんだった!」

 

支度もそこそこに家を飛び出し、大学に向かう。

…?やたら人が振り返ってくるな?

まぁバタバタ走る人間が目についただけだろう。

息を切らして辿り着いた講義室の前には同じ講義を受けている木崎の姿が見え、声をかける。

 

「うっす木崎。ギリギリになっちまった…」

 

「おー。おはようユウジン…!?お前、なんだよその体!」

 

「え?なにが?」

 

驚愕する木﨑と周りにいる学生もこちらを見て何事か囁き合っている。

 

「つ、爪先が…」

 

木崎の指差す方向に向けて視線を向ける。

 

「!?なんだよこれ!」

 

角ばっている無機質なソレはおよそ人間らしいものではなく、所謂ポリゴンだった。

 

「と、取り敢えず救急車を!」

 

木崎がスマホを取り出しタップしだす瞬間、俺はその場から駆け出した。

わからないわからないわからない!

なんでこんなことに!

 

「おっ、おい!どこ行くんだよ!」

 

後ろから呼びかける声を背中に受けながら、無我夢中で街中に飛び出す。

先程よりも明らかに驚愕に満ちた視線が俺を射抜く。

見るな、見るな!

店先のガラス戸が俺の体を反射し、下腿までポリゴンに変わっている姿を映し出す。

体をさらに侵触しているのは明白だった。

視線を振り切りながら辿り着いたアパートに転がり込み、布団に包まる。

 

「なんだってんだよ一体!」

 

ガクガクと震える指を噛みながら、これは夢なんだと念じ続けていると、パソコンに光が灯り独りでに起動しだす。

 

「ふふっ。気分はどう?」

 

見るとデスクトップの画面にはヒロインが微笑みながらウィンドウの縁に手をかけている。

俺は思わず声を荒らげる。

 

「お前が何かしたのかよ!ふざけるな!」

 

「私は只のゲームのキャラクター。そう考えていたのはユウジンじゃなかったっけ?」

 

「うぐ、このゲームをやり始めてからおかしくなっていったんだ!だから…」

 

「まぁ、実際に何かしたかって言えばしたんだけどね。ユウジンのポリゴン化は私が仕組んだものだし」

 

ケロリとした表情でトンデモ発言をする画面の中のキャラクターに、俺は戦慄する。

もう既に夢だ何だで自分をごまかせる限度は過ぎているし、ポリゴン化というものを周りの人間も視認している。

つまり…これは現実なんだ。逃れることができないものなんだ。

 

「なんで…なんでこんなことを…」

 

「最初から言っているじゃない。ただ貴方が好きなの」

 

「理由になってない!そもそも、君が好きになるのは主人公のはずだろう。俺のことを好きになるのはおかしいんだ!」

 

「ユウジンは好きに理由が必要なタイプみたいだね?簡単だよ、主人公を通して覗いた貴方はいつも私を見てくれた。一挙一動にリアクションをくれた。私のエンディングの時には泣いてくれた。それだけで私は嬉しくてしょうがなかったんだよ」

 

「それはいつも傍にいた主人公だってそうじゃないのか!?」

 

「いや、違うよ。主人公は私だけを好きになってくれない。私だけと感情を分かち合ってくれない。だから主人公に好きだなんて言われたって薄っぺらいと思わずにはいられなかった。だって節操なく他のヒロインのルートを攻略するじゃない。だから私は貴方が好きなの。私を見て好きだなぁって言ってくれた貴方に私は応えたかったの」

 

頬を両手で挟みながら惚けるように語るヒロインは美しくも、その内に潜む恐ろしいモノを感じざるを得なかった。

 

「だから邪魔な主人公を消したの。後は貴方を代わりにこちらに取り込むだけ。いや、代わりじゃないわね。私だけの主人公になるの。そうしたら、ユウジンの二次元に行きたいって願いだって叶うじゃない!」

 

 

最早、俺に打てる手立てはない。

俺がゲームに干渉することなどできない。

ただの人間だから。

絶望の二文字が、頭の中をかき乱す。

 

 

「さぁ、私の手を取って。貴方は私だけを愛し、私も貴方だけを愛する世界を創って、永遠に過ごしましょう?」

 

画面の中の面の良い悪魔がこちらに向かって手を伸ばしてくる。

人によっては天国への切符だろうが、今の俺にはとてもそんな魅力がある代物には思えなかった。

 

「…一応聞くが、このままお前の手を取らなければ、俺はどうなるんだ?」

 

想像はついているが、聞かずにはいられなかった。

そしてそれは、俺の想像を軽々と飛び越していった。

 

「まずはユウジンを構成する物質がポリゴンに置き換わるかな。そのあとは…まぁ自我が失われるね。それは人間としての死と同義だと思うよ」

 

ヒロインがこともなげに言い放った狂気的な言葉には、有無を言わさない力が籠っていた。

 

「そうか…」

 

もう吐き出す言葉も空虚で、無意味だと悟った。

 

「さぁ選んで。異形となって自我を失くして死ぬか、私と共にかつて貴方が望んだ永遠に続く幸せな日々を過ごすか」

 

 

…そして俺は。

伸ばされた手を…

 

「これで私たち、文字通り永遠になれるね…」

 

 

 

 




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