まつろわぬ神とは、神殺しとは、どれほど無辜の衆生に近寄ろうとも災害である事に変わりはない。
ましてやいったいどうして巨大な嵐や雷雲に首輪をかけることが出来ると考えるのだろうか?
常人に出来るという事は彼らにすれば児戯にもならず、よしんば首をかけれたとして何故その首輪が耐えられると思うのだろうか?

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『英士の羅盤』が招くは蠱毒か、災害か

───◇◆◇───

 

 

 

 

 雷鳴が走る。

 空を覆い隠す暗雲が稲光を迸らせ、否。

 地上から、空へと。稲光が弾け昇っていった。本来、降り落ちるモノが逆に空へと駆け昇っていく。避雷針による誘導雷だのといったモノでは断じてない、物理法則を無視した雷が空を昇り暗雲を生み出した。

 ありえない、が目の前で引き起こされようとも彼は視線一つ動かすことなく、ただ一点に視線を固定する。

 その一点、地上より空を穿った稲光の発生源。地面や周囲の建物を一瞬で焼け焦がしたのだろう、木や土が焦げた臭いが鼻につく中で、その中心に一つ影。

 

 それは益荒男だった。

 周囲を焼け焦がすような雷であってもその身には一切の焼け傷は無く、むしろその身に弾ける稲妻を侍らせてすらある。

 弾ける金雷と同じように棚引く金色の御髪を纏める黒布の額当て、左胸と左腕を包む鎧に反し上半身の他の部位は堂々たる裸体を剥き出しに。

腰から下に身に着けた具足や太刀と比べればあまりに軽装と言わざるを負えないがしかし、その身に纏う覇気が、肉体が、そんなモノは要らぬ心配であると告げている。

 正しく偉丈夫。

 雷では焼ける事のないその肉体を晒しているどころか、稲妻をその身に纏ってすらいる姿は益荒男、偉丈夫、という言葉がよく似合う。

 だが、その姿よりもなお目を引くのはその手に携えた鉞。

 

 

「わりぃ、オレはお前を倒さなきゃならねぇ」

 

 

 僅かな謝意を含みながらも一切の躊躇は介在しない声音で鉞の益荒男は彼へとその視線を向ける。

 視線一つにすら稲妻が走っているのではないか、と思わせる鋭さに射抜かれれば身動き一つできなくなる重圧。

 だが、彼はそんな視線を真っ向から受け止め、

 

 

「端から分かってた事だよ。その上で、俺はお前が相手で良かった」

 

 

 その視線に獰猛な笑みで応える。

 虚空を手繰り寄せる様に指先を巡らせ、その手に益荒男の携える鉞と比べれば一回りは小さい鎌。

 鎌を握りつつ手の中で回転させ、彼───『草薙護堂』は目の前のまつろわぬ神と成った益荒男と対峙する。

 

 

 

 

 

 草薙護堂は神殺しである。

 そんな一言から始まるのが自分のこの世界での人生だった。

 ちょっとした事、常識的に考えて到底理解できないというよりも笑いものになるような死に方をして、気が付けばこの創作物の世界へと転生していた。

 チーズを側頭部へと叩き付けられ死ぬというそれこそケルトの女王の様な死に方をしたのが、神話的行いと判定されたのか、この神話バトルファンタジーな作品を元にしたのだろう世界に、『草薙護堂』として生まれた。

 いったい、どこの誰がそんな判定を下したのか?と、聞かれたらどうしようもないから、《運命の担い手》が全部悪いと言う事でここは一つ納得しておこう。

 

 元々、愛読書の一つだったという事もあり自分が『草薙護堂』として転生したことに気が付いたのは前世の記憶を思い出してすぐだった。

 同時にこれから自分が歩むことになるかもしれない人生に思わず頭を抱えてしまったのはきっと仕方がなかったことだろう。

 もちろん、草薙護堂と同じ人生を歩むのかはその時点では分からない事だ。なにせ草薙家は魔術だの媛巫女だの、この世界の裏の事情だのとは無縁な家で、転生とかいう十二分に神話じみた経験を持っていても俺自身に何の力もない。本当にこの世界がその世界なのかだって確信は持てなかった。

 それに、俺は中学三年の春休み、つまり高校に入学する直前にイタリアに行かなかった。

 野球よりも剣道の方が好きだった。

 平和主義者だなんて口が裂けても言えない。

 

 俺は草薙護堂じゃない。

 彼とは似ても似つかない人間で、だから彼の様に神殺しになるはずもなく、ウルスラグナにも会うことはない。

 

 

「ハッ、ハハハッ、クゥックハハハハハハッッ!!───貴様こそが、吾の果実だったか。ならば良しッ!見たなッ、パンドラ!《運命》を嘲弄する女よ!ゼウスでもなく、《運命》でもなく、この果実こそが吾を弑逆したのだッ、ならば、ならば、祝福を!あふれんばかりの祝福を!溢し満ち足りんばかりの呪詛を!」

 

「───さぁ、殺せ。我が果実、神殺しとして、吾という災害に捧げられた贄として、傲岸不遜な《運命》を、あの三女神を。応報せよ、貴様には全てが赦されている。ああ、無常なりや我が果実」

 

 

 目を瞑ればつい数秒前、今この瞬間にでも起きていたかのように思い出せる。

 高校二年生の夏に訪れた地中海で為した神殺しを。

 ウルスラグナのウの字もない。

 エリカ・ブランデッリとも出会う事もなかった、プロメテウス秘笈を持つ事もなく、俺は神殺しに成った。

 記憶を思い返す限り、事は草薙護堂が高校一年の間に起きていた。だから、特に何か目立った事が海外のニュースを見ても起こっていなかったから、俺はこの世界がそうではない、と断定して油断していて結果として草薙護堂と同じ神殺しに成った。

 

 別段、神殺しに成る事自体に文句はない。強いて言えば、こうして草薙護堂と全く違う運命を歩むことが確定しているのは文句が言いたくなっているが……。

 

 

「『英士の羅盤』?」

 

 

 発端はある昼下がりだった。

 正史編纂委員会もとい、沙耶宮から持ち込まれた神具。

 神具の話が持ち込まれた時点で経験則上、面倒事にしかならない、と諦めつつ話を聞いてみれば出てくるのは知識で知っている神具や実際に関わったモノと比べても十二分に面倒事の塊でしかなかった。

 曰く、来歴自体は平安時代ほどまで遡る様で、その頃に大陸で顕現したまつろわぬ神仙の何某が造った所謂、宝貝の一種らしい。

 とうのまつろわぬ神仙はその時代にいた神殺しに討伐された様で、その神殺しもほどなく殺されたらしい。

 十中八九、最後の王案件な気もしなくもないがそれは口にせず、話の続きを聞いていけば、出てくるのはその神具の用途。

 曰く、英雄の断片を神具内部の幽世に注ぎ込み殺し合わせて最後に残った英雄をまつろわぬ英雄神として成立させ、神具を核にこちら側へと顕現させる。なんて、ふざけた神具で頭痛がしてきた。

 これが術者が造っただのなんだの、と言ってたら鼻で笑えるんだが、まつろわぬ神、しかも大陸の神仙がやったというなら真実味を帯びてくる話だ。

 

 

「『弼馬温』を知っていると思いますが、この神具がこの国に来たのが江戸時代ほどで、『弼馬温』の様にまつろわぬ神に首輪をかけられる……なんて考えた術者の家系がずっとこの神具を所有していまして」

 

「『弼馬温』も首輪をかけてるわけじゃあないだろ」

 

「それは本当にそうなんですけどね……そんな神具をそもそも動かすのに一人二人の呪力で足りるわけもなく、彼此数百年、数世代と呪力を注ぎ込んで……」

 

「動いたって?」

 

「はい」

 

 

 くたばれ、《運命》。

 俺が神殺しとなった原因の一つやその原点である神にそう吐き捨てて、俺は沙耶宮からの依頼に首を縦に振る事になった。

 

 

 

────ガオンッ!!

 

「ッ゛ウッ!!」

 

 

 大気を焼き裂きながら轟音と共に振るわれた鉞を、その手に握るアダマスで受け止めるがその益荒男の肉体美は決して見掛け倒しではない。ましてや、英雄神。

 その膂力は神殺しのソレを上回る。拮抗したのも一瞬、帯同する稲妻と共に衝撃が走り俺は大きく弾き飛ばされる。

 稲妻の方はオートで動いている権能の範疇でこの程度は無視できるが衝撃そのものはおとなしく受けるしかない。

 

 

「ははっ、やる気満々じゃないか!ええっ?」

 

 

 いくつかの家屋をクッション代わりにして衝撃を殺しながら、アダマスを地面に突き立てブレーキをかける。

 

 

「砂塵よ」

 

 

 アレとの距離は大きく離れた。

だが、一直線。

当然、距離なんぞ有って無い様なモノ。

権能を即座に走らせ、間に無数の砂岩の壁を乱立させる。勿論、こんなもの何の障害にもならない。

 

 

「邪眼よ」

 

 

 故に追加が必要だ。彼女の眼を借りて、前方一帯を即座に石化させる。

 英雄神が相手ではこれもそこまで使えるとは思ってない。無いよりはマシだ。

 

 

「英雄と力比べ?ははっ、ふざけた話だ」

 

 

 そう口走った瞬間に全てが破壊された。砂岩や岩の破片がぶちまけられながら眼前に迫るのは英雄神。

 迸る稲妻をブースター代わりにでもしたのか?否、そんなモノは彼には要らない。

 純粋な蹴りだけでここまで突っ込んできたのだろう。

 

 

「でも、負けるつもりはないんだよ」

 

「うぉぉおおらぁぁああああああっ!!」

 

 

 先の一撃と違い、真正面から受ける事無く角度と勢いをつけてアダマスを振るわれた鉞に横合いから叩き付ける。

 稲妻が火花の様に弾けていく。

 

 

「護堂ッ!!」

 

「楽しめッ!お前はそうじゃないだろう!義務感で俺を殺すのか!?違う筈だ!」

 

 

 彼が吠える。

 まつろわぬ神として、無辜の民草を護る英雄神として俺という民衆の敵である魔王を討たんとしているにも関わらず、その声音が少しばかり足りない。

 躊躇は無いだろう。

 ただ、そこにあるのは彼がまつろわぬ神と成るまでに培ったモノが挟まっている。

 まるで歯の隙間に挟まる様に。

 この『英士の羅盤』で行われた英雄どもの蠱毒で俺と共に戦い抜いた絆が、まつろわぬ英雄神を完全なまつろわぬ神となるのに引っかかっているのだ。

 

 弾ける稲妻が、アダマスを通して殺到していくのを即座に無視出来ぬ威力であると感じつつ対処する。

 アダマスを手放し、その場から跳躍して彼の側頭部へと蹴りを叩き込む。

 パワー自体はあちらが上なのは何度も言うが分かり切っている。

 だが、それは平時の話だ。

 

 

「ッ、クソ!」

 

 

 魔術による強化を施した蹴りを叩き込んだことで僅かに揺れた体幹、そうして作りあげた間隙に俺は手を伸ばす。

 左半身、鎧に包まれていない脇腹へと掌を触れさせれば感じてくるのは正しく『鋼』その一文字に相応しい肉の鎧。

 並の、魔術師程度が造った武器では傷一つ付くわけもないだろう頑強な身体に、俺は

 

 

「断」

 

「ぬぅぐぅぁッ!?」

 

 

 痛打。英雄神が苦悶の叫びをあげる。

 俺の掌を染め上げる鮮血、左脇腹に刻まれた賽の目状の切傷。

 『鋼』の肉体を切り刻む嵐の権能。

 

 

宙天劫火────戴冠

 

 

 聖句を口走れば、頭の中で火花が弾けるのを幻視する。

 だが、それも刹那。

 溢れるのは嵐。

 

 

「ぬぅぉおおおお!!」

 

「どうした!まだ、脇腹を掻っ捌いただけだぞ!?何が、英雄!何が────源氏!」

 

 

 嵐の一風、一風が斬撃として『鋼』の肉体へと殺到していく。確実に、彼の肉体に切傷を残していき、鮮血が溢れていく。

 本来なら英雄神程なら攻撃を受けつつもこちらを叩きのめそうとしてくるモノだが、これは別だ。

 俺の持つ権能。『鋼』の英雄神に対して特効を有する嵐の権能。簒奪の側面を持つ嵐が襲った土地の木々や地面、生命を奪い去っていく様に、彼の肉体を刻みながらその内より呪力を奪う様に蹂躙していく。

 プロメテウスの様に生きながらに臓物を啄まれるように。

 英雄神が苦悶の声をあげていく。

 

 

「魅せてみろ坂田金時」

 

「うぅぅおぉおおおおッッ!!」

 

 

 溢れていく鮮血、叫ぶ苦悶、刻まれていく切傷、それでもなお彼───まつろわぬ坂田金時はその手から鉞を離すことはない。

 こうして煽っても反撃がとんでこない。

 油断も慢心もするつもりはないが、神殺しの性なのか、それとも俺も知らない元来の性格なのか、より強くを望んでしまう。

 そんな相変わらずに自虐の笑みを胸中で溢しつつ、指先に呪力を張り巡らしていく。

 このまま肉体を解体していく為に───

 

 

「あ?」

 

「オォォオ、オレは、まだ、負けてねぇぞッ!!」

 

 

 まつろわぬ坂田金時が奮起の叫びをあげる寸前に、切り刻んでいた肉体に生じたモノに目を奪われた。

 賽の目状の切傷ではないモノが。

 それに視線を盗られたのが原因だろう。俺は振り上げられた鉞に反応するのが遅れた。

 

 

「ッガァアッ!?」

 

「望むと言うならば、見せてやらぁ!!音に聞こえし、源頼光四天王が一角足柄山の坂田金時ッ!!神殺し、テメェを、衆生の明日の為にぶちのめしてやらぁっ!!!」 

 

「ぐぅぎぃッ」

 

 

 まつろわぬ坂田金時の叫びが聞こえる。

 何を叫んでいるのかは聴こえやしない、身体を走る激痛に俺は血反吐を溢し苦悶を叫ぶ。

 大上段から振り下ろされた鉞で左肩とその右側を両断されたのだろう。赤く染まった視界の端で稲妻で焼き焦がされた左腕や左半身の一部が転がっているのが見え、次の瞬間には二度目の衝撃が襲った。

 自分の下半身、胴から下をその場に残していくのを最後に俺の意識は消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした、我が王」

 

 

 頭上から少女の声が降ってきた。

 その声に、瞼を上げれば俺の視界を占めるのは一人の美少女の顔、否、一柱の女神の御尊顔だった。

 後頭部に感じる柔らかさに膝枕をされているのだろう、というのは分かる。だが、問題はついさっきまで俺はまつろわぬ英雄神として成立した坂田金時と戦っていたはずだが……。

 そんな俺の疑問も彼女の顔を見ているうちに氷解していった。

 

 

「そうか、死んだのか」

 

「そうだ。相も変わらずあのような手合いには心躍るようだな、我が王」

 

「すまない」

 

 

 彼女の刺すような言葉に俺は大人しく謝罪し彼女の吸い込まれるような漆黒の瑪瑙(オニキス)の瞳を見つめる。

 もはや彼がまつろわぬ英雄神として成立した以上、この羅盤の幽世にいるのは彼と俺だけなのだが、彼女は別だ。

 出来るならば、一緒に祐理かリリアナがこの場にいてくれると助かったんだが……と、そんな俺の胸中を見透かしたのか彼女の視線がやや鋭くなったのを見て取り、彼女の眼から自分の身体へと視線をやる。

 そこにあるのはいつも通りの五体満足の身体。

 

 

「太陽で最悪、諸共消し飛ばすつもりだったんだけどな」

 

「戯け。太陽の自滅にあの神具が耐えられるわけがないだろう。外の姫御ら諸共消し飛ぶことになるだろう」

 

「まあ、だろうな」

 

 

 彼女の言葉に肩を竦めつつ、意識を自分の裡へと向ける。

 複数ある権能の内、不死性、復活の権能が自動発動して今回はもう使用できない。

 後がない、とは言わないが。

 

 

「ここから、だ」

 

「流石はエピメテウスの申し子、と言うべきだな。妾が必要なのだろう?」

 

 

 先ほどまで冷たい視線を向けていた彼女が微笑み、熱を帯びてきたのを感じながら俺は先ほどの敗北の原因を思い返す。

 あの時、俺が見たモノ。

 

 

「鱗だ。俺の斬撃で付けた傷跡じゃあない、アレは『蛇』、竜蛇の鱗だった」

 

 

 坂田金時、金太郎。

 彼は母を山姥、父を赤龍であるという。

 つまりは父由来の性質だろう。だが、あの時感じたのは親由来のモノとは違う別の神格を眼で垣間見た。

 

 

「アレは確かに坂田金時だろう。だが、別の要素がある」

 

「そうだ、聡いな我が王。あの益荒男には雷神の相が見える。妾と同じ『蛇』の相を持つ雷神と地母神である山の女神が結びついたことで生まれた『鋼』の英雄。それがあの男だ」

 

「山に落ちた雷が土壌に栄養を齎し、雷火が山の鉱石を鋼へと鍛えた。金太郎は鉞を担いで山野の動物たちと相撲を行い勝利する。タケミカヅチとタケミナカタの国譲りが相撲で成った様に、金太郎は相撲で山野の動物、土着の神を打ち負かし、開拓、山野を切り拓き征服する鉞で山を平する。生まれも成していることも典型的な『鋼』だ」

 

 

 朗々と、彼女と視線を交わしながら俺たちはまつろわぬ坂田金時の神話を読み解き白日に晒していく。

 時折聞こえる雷鳴、頭上に広がり荒れ始めている雷雲、それらがまだまつろわぬ坂田金時がこの幽世から出られていないことを保証していた。

 

 

「武者として取りたてられた坂田金時は大江山の鬼を酒で眠らせ討ち取った。酒呑童子は遡れば伊吹明神、この国の神話にある八岐大蛇の子であるという。この八岐大蛇も酒で眠らされスサノオに討ち取られているな」

 

「だが、スサノオではない」

 

 

 英雄神という点ではその逸話と重なるが、スサノオを複合している様には視えなかった。

 むしろ、竜蛇寄りだ。

 

 

「坂田金時は死後、倶利伽羅権現として奉られている。倶利伽羅、それは不動明王の剣に絡みついた竜王であり、不動明王の化身」

 

 

 ここまで言えば分かるな?

 と、でも言いたげな笑みを浮かべて眼を細める彼女に俺は上体を起こす。

 

 

「教授は不要か?」

 

「それは終わった後にもらうよ」

 

 

 まつろわぬ坂田金時に生じた龍鱗は倶利伽羅権現を由来とした竜蛇だろう。

 そして、倶利伽羅権現を複合しているのならば不動明王もまた複合しているのだろう。

 主体は坂田金時だが、衆生を助けるという英雄としての在り方が不動明王と繋がっている。

 ここまで視れればそれでいい。

 

 

「流石にシヴァまで持ってきては無いと信じたいな」

 

「シヴァを起源とするのは誤説ゆえ気にする必要はない。であれば、智慧と闘争を司るこのアテナがあなたの勝利を求めよう。我が王よ、妾に当然捧げてくれるのだろう?」

 

「────是、俺の姫神。俺の騎士が、媛巫女が、姫神が望むのなら、応えよう」

 

 

 アテナ。彼女の不敵な微笑みに俺は笑って返す。きっと、鏡で見れば獰猛な笑みなんだろう。

 緑色のケープを纏い、月を溶かしたような輝きを宿す短めの銀髪を揺らす神域の彼女。

 俺が草薙護堂ではなく、この世界があの世界ではない事の証明。

 俺の権能に取り込まれた彼女に後ろ手を振って、俺は吹き荒れる稲妻の中心へと歩を進める。

 流石にこれ以上の不甲斐無さを見せるわけにはいかない。他の四人もそうだが、好いた相手の前ではかっこつけたくなるのが男の性だ。

 だから、俺は聖句を吐き捨てる。

 

 

嵐は訪れた、神々の山脈より追われ辿り着いた砂塵の大地。

恐怖・混乱・混沌の中で大いなる太陽が齎された

 

 

朗々と権能を励起させる為の聖句は少なくとも俺の知っている聖句とは異なる形。

こうして聖句を吐き捨てる度に思うのは別作品の異能系バトルやらに出てくるようなモノになってしまうのはそっちの方が俺の中でイメージが作り易い、というのがあるんだろう。

 

 

おお、偉大なる神王よ。貴方の威光が世界を照らすだろう。

 ならば、威光を阻まんとする蛇を私が一切打ち砕いてみせよう

 

 

 俺はウルスラグナから権能を簒奪することはなかった。だから、黄金の剣もなければ猪も召喚できない。

 だが、代わりの権能はある。

 

 

されど、我が身を悪だと指差すならば答えよう。

 お前たちがそう望むなら、此処に嵐を戴冠する

 

 

 空気が乾いていく。

 周囲の倒壊した家屋、再現された京の都が砂へと崩れていく。

 

 

「────吹き荒ぶ砂風、呑み乾し満つる砂海

 

 

 呪力が周囲一帯に満ちていくのを感じる。

 

 

砂塵を駆け抜けよ

 

 

 

 

 

砂塵を駆け抜けよ」 

 

 最後にそう締めくくり、世界が砂塵に満ちていく。

 周囲を崩して生まれた砂が雪崩の様に歩を進める『草薙護堂』の身体を覆い隠し、砂塵の塊となって進んでいく。

 だが、それもすぐに解けていく。

 砂塵の内より姿を現したのは『草薙護堂』の姿ではない。在るのは獣人の姿。

 およそ六メートル程度はあるだろう体躯はジャッカルかオオカミといったイヌ科を思わせる獣を二足歩行にした人狼めいた姿に、エジプトやギリシャ的要素を見せる鎧装束で身を包んだ姿。

 変身の権能。

 『草薙護堂』が有する第五権能。

 かつて彼がまつろわぬセトより簒奪した砂塵と闘争を司る【王の指先、砂塵の安寧】その真価である。

 

 

───ルゥォオオオオオオオンンンッッッ!!!

 

 

 咆哮。

 ただそれだけで周囲一帯のまだ原型を残していた建物や木々が砂へと崩れていく。

 そんな人狼の背を見送っていた権能のアテナはその姿を一羽の銀梟へと転じ、吹き荒ぶ砂塵に消えていく。

 そして、先の咆哮を聴いたか、前方より向かってくる影が一つ。

 砂塵を背負う『草薙護堂』に対し、稲妻を伴って向かってくるのはまつろわぬ坂田金時改め、不動明王と坂田金時の複合神、まつろわぬ倶利伽羅権現。

 

 

「ははっ、見ないうちにとんだ妖獣に化けやがったな!神殺し、いっちょ相撲としゃれこもうかッ!!」

 

 

 大まかな外見は変わらない。

 たなびいていた金の御髪は気炎の如く揺らめき立ちのぼり、鎧を身に纏っていない素肌は龍鱗が生え揃いその左腕は赤龍の影響故か赤熱し染まっているのが見える。

 その変化を視て、『草薙護堂』は目を細める。

 足を止める事無く、むしろその勢いを強めて突貫するまつろわぬ倶利伽羅権現に『草薙護堂』は迎え撃つように地面を蹴り砕く。

 

 

「オラァッ!!」

 

───ルゥオォオオッ!!

 

 

 振るわれる金色の稲妻を纏い赤熱した鉞を迎え撃つのは砂塵より形成した巨斧。

 先ほどの様に押し負ける、などという醜態は晒さないとでも言う様に逆にまつろわぬ倶利伽羅権現の体幹が揺れる。

 だが、流石は英雄神。

 すぐに押し切るのではなく手数を優先する様に鉞を引き、片手で腰に下げている太刀を引き抜く。

 三鈷剣の片側中央のみが刀剣として伸びた特異な形状の太刀は正しく不動明王の振るう降魔の剣。すなわち倶利伽羅権現が巻き付いているという倶利伽羅剣そのもの。

 片手に稲妻を纏った鉞、もう片手には炎を纏った倶利伽羅剣。

 異形の二刀流による連撃。

 常人、さしもの英雄であろうとも不可能としか言えない絶技の連撃が『草薙護堂』を襲う。

 鉞による上段からの振り下ろし、倶利伽羅剣による横薙ぎ、鉞の逆袈裟切り上げ、倶利伽羅剣の突き────常人であればどの一撃すら目で捉えるどころか武器が振るわれた事すら気づけぬ文字通りの神速。

 それを前に『草薙護堂』は回避を選ばない。その手に握る巨斧を、その身に纏う砂塵を、まつろわぬ倶利伽羅権現の振るう一撃一撃に適した対応で受けていく。

 『草薙護堂』は英雄神とやり合う武器の技量などない。

 剣バカと呼ぶサルバトーレ・ドニの様な剣の才も、同盟者である羅翠蓮の様な武術の才は無い。

 彼に在るのはアテナから得た叡智と、セトより得た武術。後天的に得たそれらを神殺し特有の直感で運用している。

 

 

「ウラァッ!」

 

 

 だが、それも長くは続かない。

 まつろわぬ倶利伽羅権現の意気と共に鉞からいくつもの稲妻が迸る。

 それは今までの無秩序に降り注ぐソレではない、明確に意思を持って、蛇の様にのたうち回りながら空間を迸り『草薙護堂』へと襲い掛かる。

 振るわれる攻撃へと対応しようとする『草薙護堂』の動き一つ一つの起こりから潰そうと噛みつく。

 巨斧を振るう自身を襲うのは何も問題にならない。元より雷に対し耐性がある為、高位の雷神でなければそこまで気にしなくても良い。だが、砂塵は別だ。

 少しずつ少しずつ、砂塵と稲妻が弾け合って威力を殺され対応が難しくなっていく。

 

 

(頑強さの点で言えば、セトで良い。だが、このままだとこっちの呪力消費がキツイ……!!太陽はもう昇ったばかり、次の蘇生は無理だ)

 

 

 砂塵による対応が減り、自分自身で受ける回数が増えてきた事に『草薙護堂』は胸中で舌を打つ。

 

 

(こうなったら、アラマサ────いや、そうだよ。恵那に預けてきたな……)

 

 

 この場を無理くりに押し切ろうとしたが、その肝心の案が今この場にない事を思い出し思わず天を仰ぎたくなるが、こうして戦っている時にそんな事できる筈もない。

 そうこうしている内にも少しずつ受け切れず鎧装束や身体に傷が入り始めている。

 

 

「どうしたッ!こんなもんなのか!?」

 

「いや?こっからだろ」

 

 

 まつろわぬ倶利伽羅権現の怒号が響き、『草薙護堂』が笑った。

 元来の青年のソレではなく、鎧装束を身に着けた獣面で獰猛な笑みを。

 まつろわぬ倶利伽羅権現はすぐにその笑みがはったりだと見抜き、しかし油断をするつもりはないと今度は火を燃え上がらせた倶利伽羅剣で頸を落としにかかる。

 

 

「────いや、まだだ」

 

 

 倶利伽羅剣が頸に食い込む瞬間、嵐が吹き荒れた。

 セトの砂塵ではない。

 先の一度目のぶつかりで『草薙護堂』が使った『鋼』殺しの嵐。

 それによって倶利伽羅剣が弾かれる。思いもよらぬソレにまつろわぬ倶利伽羅権現が眼を見開く。

 そして、その隙を逃さぬ神殺しではない。

 

 

大地の母が嘆くというのならば応えよう、我が身は嵐である!!

 

 

 巨斧を投げ捨て砂塵へと変え、『鋼』殺しの嵐を背負う。セトと嵐は別の権能であるが、ことこの二種に関しては相性が一際いい。

 脳裏に描くのは雷風雨を纏う狼王。

 『鋼』殺しの嵐に加え、『蛇』殺しのセトの権能をフル稼働させていく。

 

 

 もしも此処が神具内部の幽世でなく現実のどこかであれば台風直撃以上の被害が起きていたと容易く予想できる程の規模の嵐。

 

 

「セトとは!砂嵐を引き起こし砂漠の災害を司る神であり、ラーが航海する時に悪蛇アペプよりラーを護ることが出来る唯一の神である。故にセトは『蛇』殺しであり、外敵より守護する守護神!」

 

 

 叫ぶ様に自らの権能、セトの来歴を告げていく。

 それはより強く自らの権能をこの空間に、目の前のまつろわぬ神へと刻み込む言霊。

 砂塵が嵐を混じり砂塵嵐を形成し、周囲をより一層削り崩し解いていく。

 同時に獣面の顎が軋み、開かれていく。

 大きく開かれた大顎、その内部で黒が収束する。

 

 

「ッ、ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャクサラバタタラタ

 

 

 さしものまつろわぬ倶利伽羅権現とて、ソレが危険であると判断したのだろう。

 鉞を投げ捨て、倶利伽羅剣を両手で握り真言を唱え始める。

 される前に仕留める、という選択は吹き荒ぶ嵐の前で既に捨てていた。

 

 

センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン!!

 

嵐よ、全てを呑み乾す砂塵よ

 

 

 刹那、嵐が止んだ。

 不発、ではない。

 それは文字通りの嵐の前の静けさ。

 自身の神力を滾らせ、不動明王の真言によって不動明王の揺ぎ無き守護者としての防御を固めたまつろわぬ倶利伽羅権現にソレは襲い掛かった。

 すべての嵐を一つにし、ソレを解放させた様な呪力の嵐。風の一つ一つが『鋼』殺しであり『蛇』殺しの性質を併せ持つ二種権能の合わせ技。

 後の神域では『嵐の咆哮』と呼ばれる一撃が眼前の全てを破壊した。周囲に砂塵をばらまき、当初この幽世に広がっていた京の都の姿などどこにもなく、エジプトも格やと言わんばかりの砂塵に呑まれた荒野だけが────

 

 

 

 

 

 

 

「────そうだ、まだだ。オレはまだ、負けてねぇッ、何度だってオレは立ち上がるんだ。オレは足柄山の」

 

 

 砂塵を吹き飛ばし姿を晒すのはまつろわぬ神。

 しかし、その威容は先ほどまでのそれとは異なり、肌に浮かんでいた龍鱗は生え伸び、側頭部からは龍の角すら伸び始めていた。

 尾は生えていないがじきに生えるだろう事は充分予想が出来る。

 全身から流れ出ていく鮮血は赤熱していく龍鱗の様に赤い蒸気となっていく。

 その手の倶利伽羅剣を握りしめ、砂塵の向こうにいる神殺しを仕留める為に眼前の砂塵を薙ぎ払い、

 

 

火よ(ケラヴノス)────」

 

 

 火が灯る。

 そこにいたのはセトの権能を纏う彼ではない、包むような形で両手を突き出し中指と人差し指を伸ばす『草薙護堂』の姿。

 その包まれた手の内に火が。

 

 

「金ッ」

 

 

 距離にして数十メートル。

 常人ならばともかくまつろわぬ神からすればこのような距離有って無い様なモノだ。

 だが、今、この瞬間。

 彼にとってこの距離があまりにも遠かった

 

 

大地の母が嘆くというのなら、応えよう。

 語る舌は無し、今こそ新たな聖戦を

 

 

 聖句を吐き捨てる。獰猛な笑みを浮かべ、血の涙を垂らしながらもその好いた姫神と同じ漆黒の瑪瑙の瞳は目の前のまつろわぬ神を捉えて離さない。

 

 

世界を、宇宙を、混沌を、恐ろしき嵐火で焼き尽くさん────

 思いあがったその光すら、嵐をもって呑み干そう

 

 

 火が溢れる。

 それだけは駄目だ。

 そう、まつろわぬ倶利伽羅権現は本能的に悟り、その身体を無理矢理に動かして

 

 

「不動明王だったか、我が王を一度殺した礼だ。その名の通りそこに居よ」

 

 

 乙女の声が響いた。

 ギチリ、とまつろわぬ倶利伽羅権現は自身の足が灰色の石と変わったのを見た。

 先の一撃を耐えた弊害か、術への抵抗が落ちたのだろう。

 だが、『蛇』の性質によってこのまま石と成った部分を砕いて戻せばいい。そう判断して、まつろわぬ倶利伽羅権現は自らの足を砕こうと

 

 

宙天劫火────戴冠

 

 

 それはこの状況ではあまりのも致命的な判断としか言えなかった。

 火が爆ぜる。

 権能の連続発動。脳への負荷など分かり切っているが故にそんなモノはとうに考慮していない。

 ただ殺す。

 ただ勝つ。

 その為の万死の火。

 【無常の嵐荒ぶ宙天に、光はなく(Storm-ruler Keraunos)

 宙天(ゼウス)を焼き殺す(ケラヴノス)。一つの神話を終わらせる為に生まれた末の巨人、『鋼』殺しの大災害、すなわち『草薙護堂』が神殺しとなる最初の神、まつろわぬテュポーンより簒奪した権能。

 火と、簒奪の嵐、ゼウスより簒奪したアダマスと雷霆を内包した災害権能がこの場にてその本性を曝け出した。

 

 

 

 

 

 

───◇◆◇───





『草薙護堂』
 チーズを側頭部にぶつけて死んでしまい『カンピオーネ!』に酷似した世界に草薙護堂として転生した。
 ヒロイン勢との年齢差が異なり、高校2年生の時に神殺しとなりその後大学生となる直前の春休みにエリカと出会う。なお、ヒロイン勢はこの時点で高校2年生の年齢なので2歳差。
 全力で最後の王フラグを折りに行く神殺しの鑑。

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